シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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Cleaning&Clearing

 

 窓ガラスが割れる音が響いた後、壁に蜘蛛の巣状の罅が入り────そして、貫通した。

 

 13.97mm弾。対物ライフルに使用される殺意が凄まじい精度と速度で飛来する。認識後の回避は不可能、故に狙撃手の思考の先読みが必要だ。だが、相手は思考が読まれる事も織り込み済みのようで、ただ単に狙うだけでなくフェイントやブラフで巧妙に獲物(ターゲット)を揺さぶり、仕留めに掛かる。回避後の位置に置かれている次弾。回避しようとすればするほど、掌の上から抜け出せなくなる。

 

 其処に一切の遊びは無い。油断も慢心も皆無だ。狙撃手……Cleaning&Clearingのコールサイン02(ゼロツー)、その役割は後方火力支援。角楯カリンはスコープ越しにモモイとミドリの姿を眺めていた。

 

 見通しの悪い夜。距離は約250m。強い風が吹くビルの屋上から、ミレニアムの廊下を全力疾走する少女2人を狙撃している。流石は凄腕のエージェント集団の一角、と賞賛すべき腕だ。悪条件をものともしていない。

 

 彼女は己自身を一個の兵器と定義し、心臓の鼓動や血管の収縮、呼吸といった生理反応を全て制御しているのだ。故にブレない。故に当たる。狙撃で彼女に並ぶ生徒は、どれだけ多くとも片手で数えられる範囲であろう。

 

 闇夜に溶けるような褐色肌の手が閃き、そのトリガーを引く。間髪入れず次弾、狙いは回避した先。破滅的な音が2回夜空に響き、立ち昇る硝煙と火薬の香り。必殺、と呼称するに足る狙撃。1射目の狙いは心臓、2射目は脳天。凡百の生徒なら1射目の時点でノックアウト、戦闘に長けている生徒でも2射目の回避は困難極まる。

 

 だが────。

 

「……成程、筋は悪くない。狙撃の回避方を熟知している。誰かの入れ知恵か……それとも、優秀なセンサー役がいるのか」

 

 モモイとミドリは両方とも完全に回避して見せたのだ。庇おうとしても当たるように仕込んだはずであるが、それすらも掻い潜り……彼女達には未だ、傷一つ付いていない。流石双子、互いのカバーは完璧だ。

 

 しかし、それだけではないのだろう。此方が想定した戦闘能力を大幅に超えているのだ。勿論、無策でC&Cに挑んできた訳がないだろうが……それでも、策を練ったからといってC&Cに彼女達が勝てる道理は薄い。

 小手先の策でひっくり返せるのは、ある程度実力が拮抗しているときだけ。どう転ぶか分からないという天秤を傾けるのが策であり状況。最初から絶望的に開いている差をそれらで埋めることは出来ないのだから。

 

 しかし、どうだろうか。確かに彼女達は劣勢だ。余裕はない。有利なのは依然此方で、このままいけば順当に勝利できる。

 だが、それは順当に事が運べば、の話だ。少しでも油断すればひっくり返される……カリンがそう思ってしまうほど、彼女達は食らいついていた。

 

 一朝一夕で戦闘力が上がらない事を知っているカリンはその不自然さを疑問に感じるが、狙撃を緩める事は無い。まるで手と目だけが別の生き物のように、思考から完全に独立して動いている。

 

「小さくて、すばしっこくて……しかもポジショニングも上手い。確かに、並みのスナイパーなら当てれないだろうけど……」

 

 呟き、カリンは弾倉を落とし新しいものに変える。狙いは依然、あの2人。鷹の様に細められた金の瞳に剣呑な色が灯り、周囲の温度が僅かに下がる。

 

「速度とパターンは把握した。風も許容範囲、視界を遮る物も少ない……もしかしたら、『壁を背にすれば安全』って思ってるのかもしれないけど……」

 

 しなやかな指先がトリガーに掛かり、鋼の弾丸が射貫く先を見据えた。

 

「残念。次は当てる……」

 

 ────彼女の宣言通り、弾丸は命中する。発射するのは3発。1発は牽制、2発目が本命。これでミドリを仕留める。そして、続く3射目で動揺したモモイを撃ち抜く。

 

 これは、先生の手腕で以てしても変えられない未来。先生の回避指示、それを聞いたミドリであるが回避する間もなく射貫かれてしまう。カリンの狙撃はミドリの思考と行動のタイムラグを勘定に入れたものであるから。今までのデータと、カリンの経験から逆算した値を狙撃に組込み、時間の隙間を縫うように放つのだ。

 故に回避不能の必中攻撃。健闘空しく、彼女達2人はカリンの狙撃を前に斃れるだろう。

 

 しかし、今までのは全て()()()()()()()()の話だ。

 

「それはどうかな?」

 

 真後ろから聞こえた声。その時初めて、カリンは己の得物たるボーイズ対戦車ライフル(ホークアイ)から手を離した。

 

「私の計算結果は少し違う。君の弾丸があの子達に当たる確率は……0%だ」

 

 即座にスカートの裏に隠し持っていたハンドガンを引き抜き、声が聞こえた方向に銃口を向けて────そして、絶句した。

 

 流線型の白いボディ。2つの脚部と胴体側面にはミレニアムのロゴ。だが、何よりも目を引くのは座れそうな部分の真下に付いたガトリング砲だろう。黒い銃口が無言でカリンを見つめ……そして、モーター音と共に弾丸を吐き出し始めた。その唐突さにカリンも反応が僅かに遅れ、引き抜いたハンドガンが弾丸により破損する。

 しかし、咄嗟に姿勢を低くし回避に専念した判断の速さは流石と言うべきだろう。完全に意識の外からの攻撃であったのに弾丸数発しか当てる事が敵わず、壊せた武装もハンドガン1つ。これでは戦力低下は望めない。

 

「なッ、何だそれは!?」

「紹介しよう。エンジニア部の新作……全ての天候に対応可能な二足歩行型戦闘用の椅子、雷の玉座さ」

「なんで椅子を歩かせ……それにカタパルトまで付いている?」

 

 歩行する椅子とは何なのか。しかもキャタピラまで付いているなんてどこを想定しているのか。それに、戦闘用とはどういうことなのか。椅子に戦闘力は果たして必要なのだろうか。

 C&Cにおいては比較的常識人なカリンらしい、非常に真っ当な疑問。だが、その疑問は雷の玉座の製作者たるウタハのお気に召さなかったようで。

 ウタハは少しだけ残念そうな、悲しそうな息を吐いて腰を掛ける。

 

「この雷ちゃんの魅力を理解してもらえないとは、残念だね……」

「……理解はできないけど、およそ把握はできた」

 

 置いたままにしていた身の丈ほどあるライフルを担ぎ、カリンはウタハを見つめる。

 

「ずっと、気になってはいたんだ。どうしてゲーム開発部がセミナーのセキュリティを突破して此処まで来ることができたのか……あなた達エンジニア部が、そして先生が協力していたのか。ヴェリタスとゲーム開発部に」

 

 そう考えると、色々と辻褄が合う。狙撃の回避も、様々な場所で同時多発的に発生しているインシデントも。全て先生が裏で糸を引いているのだ。まるで音楽を奏でるように。その指揮能力、全体を俯瞰する目は凄まじいと言う他ないだろう。

 何せゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部という荒事に特別秀でていない集団をC&C相手に正面から戦えるレベルにまで押し上げているのだ。

 

「やはり、ヒマリの情報も私達を混乱させるための罠だった……? ということは……」

 

 刹那、銃口が閃いた。対物ライフルで早撃ち(クイックドロウ)を行う、半ば曲芸染みた神業。その弾丸の先はウタハではなく、その横の椅子(雷ちゃん)100ヤード(91.44m)で垂直23.2mmの装甲板をする威力を持つ弾丸は機体を大きく吹き飛ばした。

 

「雷ちゃん!」

「成程、これで貫通しないとは随分丈夫にできてるな……何か転んで、足をバタバタさせてるけど」

 

 カリンは極めて冷静に、彼我の戦力差を分析する。相手はウタハ1人と、雷ちゃんこと雷の玉座。もしかしたら、他のエンジニア部の部員も居るかもしれないが……それを加味しても、彼女達が勝てる確率は決して高いとは言えない。銃を撃つ椅子は確かに面白いが、それだけだ。タネが分かっているなら幾らでも対応できる。

 

「私を本気で止めるつもりなら、奇襲で来るべきだった。その椅子があるとはいえ、正面から挑んでくるなんて……それは計算ミスだろう、ウタハ」

 

 そう────カリンの言う通り、先の一撃で確実に彼女の意識を刈り取るべきだった。彼女が最も油断していた瞬間であったから。事此処に至った今、もう奇襲は通じない。

 

 この場はカリンの本領が発揮できる狙撃が可能な交戦距離を確保できないが、それでも遅れを取るつもりはなかった。

 

 ────確実に、戦闘力を奪う。

 

「遮蔽物も無い、こんな広い屋上で、私に正攻法で勝てるとでも思ったのか?」

「……君の言う通りだ、此処には遮るものは何もない」

 

 ウタハは雷ちゃんを起き上がらせながら、ぽつりと呟く。見渡す限りの平面は確かに正面戦闘を強いる地形だ。此処が室内だったらウタハは成す術なくカリンに倒されていただろう。

 だが、この地形は屋上。遮る物が無いという事は────別の箇所からもまる見えだという事だ。

 

「そう、天井すらもね」

「……ッ!?」

 

 ウタハの勝ち誇ったような言葉に悪寒が走ったカリンは急いでその場を飛び退くが……僅かに遅かった。彼女が先ほどまで立っていた場所が爆音と共に吹き飛び、抉られた地面が破片を飛び散らせる。立ち込める煙に咳込みながら、威力と弾道からその獲物を推定。

 

「まさか、曲射砲!? 一体どこからッ!?」

「うちのヒビキがミレニアムタワーの反対側から、ね……君がヒビキを狙撃するためには幾つもの壁や天井を貫通させなきゃいけない。或いは、同じように曲射するか。さて、私を目の前にしながら、君にそのどちらかが出来るかな?」

「くッ……!」

 

 状況は遷移した。先ほどまで圧倒的にウタハが不利であったのに今では拮抗か、僅かに有利を取っている。

 

「ふふ、もう一度言ってあげようか?」

 

 ウタハはその顔を勝ち誇ったものへと変えて。

 

「────計算通りだ」

 

 

 ▼

 

 

「……狙撃が止んだ」

「ウタハ先輩とヒビキちゃんだ! 2人がカリン先輩を食い止めている間に先を急ごう!」

 

 狙撃される危険性が無くなったとはいえ、此処は依然相手のホームグラウンド。油断なんて一切できない。それに、作戦開始前に2人は言っていたのだ。「いつまで止めれるか分からない」と。そんな2人が稼いでくれた貴重な時間を無駄にするなんてとんでもない。

 故に、安全な今、一歩でも前へ進もうとしたのだが────轟音が響き渡った。

 

「えええッ!? なになに、地震!?」

「違う! これは爆発! ということは、まさか……!?」

 

 振り返るミドリ。それに呼応するように爆発音が再び鳴り響いた。

 

 

 ▼

 

 

 ミレニアムの校舎の中、モモイとミドリが居る場所から数階層下の場所で戦闘が起きていた。

 スカートの内側から多種多様の爆弾を転がし、この場一帯をイニシアチブを握っているのはコールサイン03(ゼロスリー)、室笠アカネ。家庭、学園内のお掃除(外敵の排除)が得意な彼女は優雅に微笑んだ。

 

「くうっ……講義はまだ、終わって……!」

「ひーッ、死ぬかと思った! 一体どこにそんな大量の爆弾を隠してたのさ……!」

 

 息も絶え絶えで文句を言うのはコトリとマキ。彼女達は服のあちこちが焦げていて、顔にも煤やらなにやらで汚れている。対するアカネは全くの無傷。メイド服には汚れはおろか皺すら見当たらない。

 

「ふぅ、あまり学校の施設を壊したくないのですが……ユウカ、申し訳ないですがシャッターは無理矢理破壊しました。ゲーム開発部の現在の位置は?」

『さっきまでカリンが足止めしてたけど、逃げられたわ。けど、目的地は分かる』

「『鏡』がある差押品保管所の方ですね。では、直ぐにエレベーターでそちらの方へ向かいます」

 

 そう言って、通信を切ろうとした刹那────このフロアの全ての明かりが消えた。

 

「ッ!? ユウカ、聞こえていますか? ユウカ?」

 

 呼びかけるが、返答は終ぞ返ってこなかった。

 

「まさか、電力と電波を遮断して……!?」

 

 その回答に思い至ったアカネは初めてその表情を焦りが籠ったものへと変える。

 

「くッ……ここまでするとは……!」

 

 

 ▼

 

 

 廊下を走り抜けた先、窓すらない閉鎖的な空間に足を踏み入れる事ができた2人は大きく息を吐いた。額の汗を乱暴に袖で拭って、荒れた息を整える。

 

「さっきの停電、ウタハ先輩とヒビキの策が成功したって事だよね?」

「うん、そのはず……確か、このポイントを抜ければ……」

「もう直ぐ生徒会の差押品保管所のはず。漸くこれで……!」

 

 見え始めた旅の終点。鳴り響く心臓の鼓動。それは走ったからなのか、それとも緊張か。それは分からないけれど、兎に角『早く』という気持ちだけがあった。

 

 だから、気が付かなかった。

 

「お、やっと来たね!」

「え!?」

「ッ!?」

 

 C&Cのエージェントに。

 

「遅かったね~、だいぶ待ってたよ~。ようこそ、ゲーム開発部の子達!」

 

 そう言って、無邪気に笑う彼女はコールサイン01(ゼロワン)……一之瀬アスナ。ネルに次ぐトップクラスの戦闘能力を持つ彼女がゲーム開発部の壁として立ちはだかっていた。

 

「あ、アスナ先輩!? どうしてここに!?」

「どうしてって言われても……何となく? 予感とか直感とか、そういうのってあるでしょ? 此処で待ってたら、あなた達に会えるんじゃないかなーって。そんな予感がしてたから!」

 

 ────作戦前、先生が言っていたことを思い出す。アスナは完全なイレギュラー、直感と予感が尋常じゃないほど優れているから、足止めは行うだけ無駄だと。彼女は確実に、そういった包囲網をすり抜けて本命を狙いに行くだろう、と。

 

 分かっていたつもりであったが……こうして目の当たりにすると、信じがたいものがある。

 

先生(ご主人様)にも会えるかなーって思ってたけど、居ないし……遅れて来るのかな? 別動隊みたいな感じで!」

 

 しかも、此方側の策まで言い当てられた。彼女の言う通り先生は別ルートを通って来る。カリンを食い止められなかった場合に備えてのリスク分散であったが……それが仇となった。合流するまで待てばよかったと思うが、後の祭りだ。

 

「さ、じゃあ始めよっか?」

 

 アスナはFA-MAS(サプライズパーティー)を構えた。

 

 

 

 

「差し押さえ品のロボットを全部出して!」

 

 セミナー室にて矢継ぎ早に指示を飛ばすユウカ。その表情は芳しくない。何せ、今のところ対応が後手に回っているのだ。引っ搔き回されてばかりで指揮系統も混乱している。一部の区画は停電したりジャミングが起きていて、これでは連携なんて望めない。加えてシャッターが下りている部分もあり、部隊の合流すらできない始末。

 

 彼女達が幾ら集まろうと正面戦闘でC&Cに勝つことは困難極まるため、策を弄するのは分かっていた。だが、その策ごと踏み潰す算段であったのだ。最強のエージェント集団たるC&Cは、たとえ相手が有利な状況であろうと負ける訳がない……と。その慢心に付け込まれて、一枚上を行かれた。

 

「本当なら塗装し直して、学校の掃除用ロボットとして使おうと思ってたけど……背に腹は代えられない。今は侵入者達を撃退するのが先!」

 

 監視カメラに映る映像、その全ては差し替えられている。センサーも全て掌握されていて、何の情報が正しいのか分かったものではない。ヴェリタスを相手にするとはそういう事だ。情報戦のアドバンテージは相手側にある。

 

「メイド部の命令を聞くように全機プログラムを変更したわ、アカネッ!」

「承知しました。ではこの子達を連れ、改めてゲーム開発部をお掃除しに行きます」

 

 

 ▼

 

 

 差押品保管所へ続く広い廊下。普段ならば静寂に包まれる場であるが、今は異なる。断続的な発砲音が鳴り響き、銃弾が壁と床を抉る。

 

 そう、此処は────戦場だ。

 

「うあぁッ!」

 

 体勢を崩したモモイに襲い来る5.56mmNATO弾。吐き出される暴力の塊を前に彼女は何とか回避しようとするが、その回避先を読んだかのように銃口が向けられる。トリガーが引かれるまで、あと0.1秒。

 

「お姉ちゃんッ!」

 

 モモイを助けるように放たれた弾丸は一直線に敵へ向かうが、当たる事は無い。一旦射撃を止めたアスナはまるで舞う様に避けたのだ。尋常ではない身のこなし。戦闘開始から暫く経つが、未だに有効打はおろか弾丸一発すら当てられていない。

 

「で、でたらめに強い……! これが、C&Cのナンバーツー……!」

 

 対する2人は満身創痍だった。致命打こそ貰っていないが弾丸は大量に受けており、万全とは言い難い。集中力も切れてきて、背中に冷や汗が流れる。浅い呼吸を繰り返し、眼前に立ちはだかる高い壁を見つめた。

 

 そして、2人の表情は苦虫を嚙み潰したようなものへと変わる。どう考えても勝てっこないのだ。肌で感じられる実力差。先生のサポートがあったとしても、それを覆す事は難しいだろう。

 

 ────何か、策は……いや、アスナ先輩相手に策なんて通じない。でも、正面からじゃ勝てない。私達の目的は差押品保管所で鏡を手に入れる事……いや、だとしても、アスナ先輩を無視する事なんてできない。

 

 ミドリは思考を回すが、考えれば考えるほど八方塞がりな気がしてきた。お世辞にも強いとは言えない2人、相手はC&Cのナンバーツー。数では上回っているが、それ以外の全てで負けている。故に戦闘を続ければ続けるほど不利になる。

 

 1回仕切り直すか、或いはサブプランに移行するか。ミドリはそれを決められないでいた。

 

「ふーん……」

 

 その脳内作戦会議を、何をせず眺めているアスナ。彼女は2人に対する評価を大幅に上方修正していた。

 

 ────思ってたより全然悪くない。お世辞にも戦闘能力が凄いとは言えないけど……チームワーク、って言って良いのかな。まるで2人で1人みたいな動き。その点において間違いなくベテラン級の……。

 

「双子のパワーってやつかな。良いじゃん良いじゃん!」

 

 自身が攻めあぐねるという初めての感覚。それがなんだか楽しかった。故に、思考は切り替わる。任務の達成から一歩踏み込んだ場所……即ち、2人の防御をどうやって切り崩すか。

 

 あの方法が良いかな、それともこの方法? どれも楽しそうだから、全部試しちゃおう────心の底からこの遊戯を楽しんでる事が分かる彼女の表情に、モモイとミドリは背筋が冷たくなった。

 

「くぅ、分かってはいたけど、こんな所でアスナ先輩に出くわすなんて……」

「……お姉ちゃん、一旦退こう! 私達じゃアスナ先輩に勝てない!」

「うん、仕方ない……!」

 

 選ばれたのは一時撤退。生粋のバトルジャンキーの彼女を真っ向から相手になんてできないと考えたのだろう。

 だが────。

 

「そうはさせないよッ!」

 

 アスナの言葉に呼応するように壁の一部が吹き飛んで風穴が空いた。舞い上がった粉塵に咳込みながら、破壊痕からその獲物を推定。間違いない、これは対物ライフの弾丸だ。そして、対物ライフルを使う人物なんて1人しか思いつかない。

 

「これ、カリン先輩の……っていうことはまさか、ウタハ先輩……ッ!」

 

 

 ▼

 

 

「……どうして私は横になって……それに、この大きなお尻は一体誰の……?」

「……大きくて悪かったな」

 

 声は思ったより近くから聞こえた。ウタハは痛む頭を上に向けると、膝立ち(ニーリング)のまま動かないカリンが居た。

 

「結構キツイ所に当たったはずだけど……思ったより早いお目覚めだ」

 

 そして、彼女は視線をスコープから離さないまま「ごめん」と小さく呟いた。

 

「手加減する余裕は無かった」

「まさかヒビキの攻撃を受けながら、正確に私を撃ち抜けるなんてね。それに、君がこうして私のすぐ傍に居るのは……」

「そう。この状態なら、先輩想いの彼女は撃ってこないだろう」

 

 在り来たりな表現をするならば、ウタハはヒビキに対する人質であった。こうやって固まっていると彼女とて迂闊に撃てなくなる。曲射砲はスナイパーライフルのような点の攻撃ではなく面の攻撃、ウタハを避けてカリンを狙う事は兵器の性質上不可能だ。2人の距離が1mも離れていないならば猶更。

 

 そして、もし仮にウタハを巻き込むことを承知で撃ってきたとしても、カリンとしてはそれでも良い。体のスペックは彼女の方が上のため、曲射砲の無差別で先にダウンするのはウタハだ。この広い屋上で1人になった後は、先ほど言われたようにビルの外壁を撃ち抜くなり曲射するなりでヒビキを仕留めてしまえばゲームセット。あとは流れるようにゲーム開発部を撃ち抜いて、この騒動は幕を下ろすのみだ。

 

「……はぁ、これは計算外だった。あの砲煙の中で、どうして私の事を正確に狙えたんだい?」

「視覚でしか敵を捕捉できないような狙撃手ではC&Cは務まらない」

 

 2人の敗因は幾つかあるが、その中で最も大きいものはカリンを甘く見過ぎたことだろう。カリンの敵を捕らえるセンサーは視覚だけでない。聴覚も、触覚も、直感も、あらゆる全てが彼女のセンサーだ。其処を見誤っていなければ、今よりは多少マシな状況になったかもしれない。

 

「先生に作戦内容を見てもらうべきだったのかもね……」

「それより、あまり離れないでほしい。余計な事をしても体を痛めるだけだ。私も心が痛む」

「……ほんの少しで良いから離れてもらえるかい? この状態だと君のお尻が近すぎて、ちょっと困る」

「そっちが背を向ければいいだろう!?」

 

 

 ▼

 

 

 ハレからの通信。それはウタハの無力化により、カリンを抑える事が出来なくなった……という内容だ。

 ヒビキはカリンへの砲撃を止めてゲーム開発部の援護を試みているようだが、位置がバレたのか彼女の下へロボットが向かっている。それへの対処もしなければならないため、今すぐに……とはいかないようだ。

 

 次いで、マキからの通信。隔壁封鎖により閉じ込めたアカネが、シャッターを爆発させて無理矢理脱出した。そして、今は大量のロボットを引き攣れて差押品保管所……つまり、モモイとミドリが居る場所まで向かっているようだ。

 

 そして、この場には既にアスナが居てカリンの射程範囲。そこにアカネまで加わるとC&Cの3名が揃う事になる。集団戦では勝ち目がないから、と各個撃破を前提にして作戦を立てたのに、それが崩壊してしまった。

 

 ────不味い。

 

 ミドリは焦燥感を滲ませながら、奥歯を鳴らした。

 

「あははっ、何が何だか分からないけど……私達が優勢って感じ? もしかして、もうそっちの計画は失敗寸前かな!」

「……違う」

 

 ミドリは焦りも、不安も全てを薙ぎ払って、叫ぶ。

 

「まだ、失敗なんかじゃない……!」

 

 

 ▼

 

 

 作戦決行15分前、ヴェリタスの部室でモモイは絶賛頭を抱えていた。

 

「うぅ、どうやっても結局ここで詰まっちゃう……」

 

 扉を破壊し、注意を引き付けるところまでは成功する。そして、アカネとシャッターで閉じ込め、カリンをエンジニア部の2人に足止めしてもらう。アスナは相対した誰かが頑張り、なんとか退ければ……差押品保管所まで侵入すること自体は可能だ。

 だが、これは全て綱渡り。どれか1つでも失敗した瞬間、この作戦は瓦解する。最低でもメイド部を孤立させ、身構えさせない事が条件だ。最大の不確定要素こそアスナであるが、他の2人も想定通りに動いてくれるとは思わない。

 

「もしヒマリ先輩の名前を出して混乱させたとしても多少時間を稼げるだけで、最終的にはそのまま包囲されるはず。侵入から2分以内にアカネ先輩を封じる。5分以内にカリン先輩を阻止、11分後にロボットを突破、13分後に鏡を確保。そして、この間のどこかでアスナ先輩を退ける。その後……」

「……どう頑張っても、20分後には全員捕まっちゃう」

 

 ユズの発言通り、20分が最大の作戦時間。この時間を超過しての作戦行動は不可能だ。そして、この20分の間にも次々とメンバーは減っていくだろう。一番危険なのはアカネと共に閉じ込めるメンバーと、カリンを抑えるまで彼女の狙撃を掻い潜る必要があるモモイとミドリ。誰が、どんな順番で、誰に落とされるか。それも加味して作戦を考えなければならない。

 全員が揃っての大団円……それは最初から不可能であった。

 

 だから。

 

「全員じゃなければ、良いんじゃない?」

「え?」

「例え私達の内の何人かが負けたとしても、最後には勝つ方法……」

 

 そう……あくまで目的は鏡の奪取。C&Cの撃破でも、全員揃っての成功ではない。最低、このメンバーの中の誰か一人が作戦終了までに鏡を持っていれば、それで勝利なのだ。

 

「もし、そのタイミングで……」

「み、ミドリ? 何言ってるの?」

「計画通りに行かなかった場合の事も、計画しておかないと……ですよね、先生?」

「そうだね。無駄を削ぎ、確率を高め、完璧かつ確実に……なんて言っても、現実はそんなに上手くいかない。だから、成功しようが失敗しようが、結果がどちらに転んでも、それはそれで美味しいように仕込んでおくのがポイントなんだ」

 

 そう言って先生は立ち上がり、ミドリの方まで歩いて行って。

 

「一緒に考えようか、この状況を切り開く一手を」

 

 

 ▼

 

 

 セミナーが保有する反省室。少々高級な、過ごしやすい独房にアリスは1人座り込んでいた。彼女はモモイとミドリへの注意を逸らすためのデコイ役として一足先に暴れており、その役目を全うしてからこうして捕らえられた。

 

 様々なセキュリティで固められた電子の檻。手枷足枷、床は全てセンサー。監視カメラも複数台ついていて、檻を開ける扉は生体認証とパスワードの二重ロックが掛かっている。外はオートマタが巡回していて、とても脱走なんてできそうもない。

 

 しかし、それでも────アリスの目は死んでいなかった。

 

 その理由は、まだ仲間達が頑張っているから。

 まだ、負けじゃないから。

 まだ……勇者(アリス)には役割があるから。

 

「……あっ」

 

 そして、その時は訪れる。牢に灯っていた明かりが全て消えた。勿論明かりだけではなく、その他全て電子機器の電源も落ちた。予備の電力に切り替わるまでの30秒間、この場は無防備になる。

 

「電力遮断、このイベントが起きたという事は……EMP発動、ハッキングを使った設定の変更、タワーの権限の掌握を確認……把握しました」

 

 強固なロックが掛かっていた電子扉はすんなりと空いた。彼女は時が止まったままのオートマタ達をすり抜けて、己の武器たる光の剣を持ち、スマホを見る。画面に映るのはマップとそこに引かれたライン。ヴェリタスが用意した、差押品保管所に至るまでの道。そして、その道中から少し外れた場所にある……1つの光点。

 

「アリス、脱出します。ここからのアリスのクエストは……まず、セミナーの差押品保管所に向かう事。ですが……」

 

 呟き、僅かに迷いを見せるアリス。だが、それも一瞬で己のやるべき事……否、やりたい事を選び取った。

 

 そして、彼女は駆け出す。誰もが諦めた大団円────それを、実現させるために。

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