シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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勇者の条件

「私達が派手に動けば動くほど、一度閉じ込めたアリスへの警戒は薄くなるはず……」

 

 そう、この作戦は段階により陽動と本命が切り替わるものだったのだ。最初はアリスが陽動で、2人が本命。だが、今は────アリスこそが本命だ。彼女は今頃、誰もいないお膳立てされた道を走り、差押品保管所に向かっている事だろう。

 

 となると、この現状の意味ががらりと変わる。陽動の2人がC&Cの全員を釘付けにして、ロボットまで動員させたのだ。戦果としては限りなく最上に近い。

 今のモモイとミドリの役割はアリスが鏡を奪取するまでの時間稼ぎだ。この場にいるメンバー全員、作戦完了まで他に目を向けさせない。釘付けにするのだ。

 

 そのための布石も既に完了していた。今、此処には先生が向かっている。類稀なる指揮能力を持つ彼がこの場に居れば、流石にC&Cも無視する事は出来ないだろう。仮に2人と先生を無視してアリスを追いに行っても、ヴェリタスが封鎖した隔壁を複数枚突破する必要がある。それに掛かる時間とアリスが鏡を手に入れるまでの時間を天秤にかけた場合、後者の方が圧倒的に速い。

 

「それに、もしこのタイミングで私達が捕まったとしても、謹慎くらいだったら部室でこっそりG.Bibleを見ながら『テイルズ・サガ・クロニクル2』を作れる」

「うーん、何の相談かなー? ちょっとずつ必死さが無くなっている気がするけど……まさか、諦めた訳じゃないよね?」

「────この状況なら、諦めた方が賢明だと思いますがね」

 

 冷静な声の主は、アスナでも2人でもない第三者。ゲーム開発部の彼女達が嫌と言うほど見た、セミナー会計の彼女。

 

「うッ……ユウカ!」

「久しぶりね。取り敢えず、ここまで状況を引っ搔き回した事については褒めてあげる。ここまで手を焼くなんて、本当に驚いたわ」

 

 そして、ユウカは「でも……」と言い、その顔を怒りと呆れで歪めた。

 

「それはそれ、これはこれ。こんなありとあらゆる方法を使ってセミナーを襲撃するなんてやり過ぎよ。猶予を与えた事といい、ちょっと甘過ぎたのかしら」

 

 ユウカは銃のセーフティを外し、2人に銃口を向ける。2丁のSIG MPX、ロジック&リーズン。

 

「もう悪戯じゃ済まされないわよ。無条件の1週間停学か、拘禁くらいは覚悟しなさい」

「停学!? 拘禁!?」

「そんな……1週間だと……ミレニアムプライスが終わっちゃう!」

「アリスちゃんも、今は反省部屋に入って貰ってるわ。1人だけで可哀想だったけど、あなた達が来ればきっと喜ぶでしょう」

「うぅ……!」

 

 想定していたよりもずっと重い罰に2人は再び焦りを覚える。だが、ユウカから見ればこれでも軽くしたつもりであった。1週間と言わず、1ヶ月くらいに伸ばしても当事者以外誰も文句を言わないような事を彼女達は起こしている。

 それなのに罰を軽くしたのは、こんな事をさせるまで追いつめてしまった負い目もあるのだろう。人情家のユウカらしい理由だった。

 

「捕まっても大丈夫だと思ったけど……このままじゃ例え鏡を奪えたとしても、期限内にゲームは作れない……どうにかして、突破しないと!」

「突破? へぇ、私達を?」

「────ふぅ、やっと着きました……こんなに息が切れるなんてまさか本当に体重が……いえ、そんなはずは……」

 

 ユウカの声に呼応するように現れたのは、彼女を閉じ込めるために配置したシャッター全てを爆破解体したアカネ。だが、爛然なメイド服には煙や煤はおろか、火薬の匂いすらない。そして、その後ろには大量のロボット達が2人に銃口を向けている。

 アカネの合流────それは、セミナー側の戦力の大部分がこの場に集結した事を示す。当初の予定なら手を挙げて喜んだ状況であるが、罰の内容を聞かされた今は少々拙い。少女達の心を諦観の2文字が侵食し始めた。

 

「ふふっ、今度こそ本物みたいですね……改めて初めまして。モモイちゃん、ミドリちゃん。マキちゃんとコトリちゃんについてはギリギリ許せる範囲かもしれませんが……ここまで入り込んで来てしまったあなた達に、もう言い訳の余地はありませんよ」

 

 アカネはそう言って嫋やかに微笑む。だが、その奥には獰猛な攻撃性が隠れていて、どう考えても碌な未来が待っていない事が見て取れる。拘禁や停学の前に病院送りになりそうだった。

 

 そして────ユウカはモモイとミドリの奥、ゆったりとした歩みで向かって来る人影を見つけた。連邦生徒会を示す白の制服、闇夜に映える白のコートと、シャーレの腕章。

 

「先生……こんな形でお会いしたくはなかったですよ」

「……ごめんね、ユウカ」

 

 モモイとミドリを庇う様に立ったのは、今まで個人行動で己のやるべき事を果たし続けた先生だった。ユウカと対峙する顔には申し訳なさが色濃く滲んでいて、心なしか声音も暗い。あまり戦いたくない、という心情が見て取れる。

 そして、彼はアカネの方を見ると……視線が合った。

 

「初めまして、アカネ。私はシャーレの先生だよ。よろしくね」

「はい、初めまして、先生。いえ、ご主人様と呼んだ方がよろしいでしょうか。室笠アカネです。よろしくお願いいたしますね」

 

 2人は対峙する立場であるが、その初対面の挨拶はとても穏やかで気品に溢れていた。互いが互いに尊重している事が分かる。だが、それはそれ。アカネは例え先生であろうと容赦する事はない。今の彼女のご主人様は彼ではなくミレニアムなのだから。

 故に従うのはユウカの命令。アカネは彼女に視線を送ると、その顔を随分と愛らしい膨れっ面にして。

 

「シャーレに抗議文くらいは送らせていただきますので、ご承知おきくださいね」

「それについては弁明はしないよ。君達の断罪は甘んじて受け入れるさ。あぁ、でも、モモイ達の罪はできるだけ軽くしてあげてほしいな。こんな事を私が嘯く権利はないと思うけど、それでも……彼女達は彼女達なりに、大事なものを守ろうとしたんだから」

 

 彼の言葉。自分が全ての罪を被る代わりに、ゲーム開発部を始めとする少女達の罪を軽くしてあげてほしいという嘆願。そして、その罰も。彼がこの場の全てを背負うつもりであった。まるで、それが責任であると言わんばかりに。

 

 その願いにユウカはたっぷり10秒考えてから……大きな溜息を吐いた。

 

「……先生に免じて、その事情は考慮しましょう。ですが、容赦はしませんよ」

「充分さ。私の戯言に耳を傾けてくれてありがとう。今度、必ず埋め合わせはするよ」

 

 心底嬉しそうに笑った彼は、そのままユウカに背を向けて……諦めかけている2人の少女と視線を合わせた。

 

「ごめん、ごめんね先生……色々助けてくれたのに、私達の力不足で……私達のせいで……」

「まだ諦めるのは早いよ。それに、こんな所で立ち止まりたくはないだろう?」

「だけど……もう、無理だよ……」

 

 現実問題、ここから勝利を掴むのはかなり厳しい。こちら側の戦力はモモイとミドリの2人と、指揮の先生。対するはセミナーの会計とC&Cが3名。流石の先生もこの戦力差を覆すのはしんどかった。

 だが、それでも────ここで手を伸ばすのを辞めてしまうのは違うだろう。何せ、彼女達にはまだ可能性があるのだから。

 

「たとえ無理でも、最後まで頑張ってみようよ。大丈夫、私がついてる。それに……」

 

 先生は少しだけ遠くを見て。

 

「彼女はまだ、諦めてないみたいだよ」

「────光よッ!」

 

 夜を切り裂くような光が先生の真横を通り過ぎる。諦めかけた2人に希望を与える、見慣れた極光。

 その光の矛先はロボットを薙ぎ払いながら進み……そしてアスナまで辿り着く。予想外の長距離攻撃を無防備のまま貰ってしまった彼女は大きく吹き飛び……その背を思いっきり床に打ちつけた。

 

「あ、アスナ先輩!? 大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないよー! あははっ、思いっきり当たっちゃった! 何これめっちゃ痛い、頭のてっぺんからつま先まで今1ミリも動かしたくない!」

「……大丈夫そうですね」

「アスナ先輩と半数近くのロボットを纏めて行動不能に……!」

 

 たった一射で、この場の最高戦力たるアスナとオートマタの半数が撃破された。天秤が一気に傾く大番狂わせ。これで勝負はどうなるか分からなくなった。

 まさか、相手にこんな隠し球が────ユウカは僅かに奥歯を鳴らした。

 

 だか、ユウカよりも動揺しているのはアカネだった。身近で見ている分、アスナの無法な強さはよく知っている。そんな彼女が一撃で倒されたともなればその内心は穏やかでいられない。

 そして彼女は、その焦りのまま通信を繋ぐ。C&Cには優秀な眼を持つ狙撃手(カリン)がいる。故に、この類の奇襲は事前に彼女が察知してくれていて、早期にその旨の連絡が来ているはずだ。別働隊がいる、気をつけろ────と。だが、今回はそれが無かった。何故か?決まっている。そんな事をしていられない状況に彼女が陥ったのだ。

 

「カリン、状況を報告してください! 今のビーム砲はどこから……!?」

 

 アカネはその冷静な声音と表情を崩して通信機に叫ぶ。いつからかは不明であるが、気がついたら支援射撃が止んでいたのだ。無性に嫌な予感がして呼びかけているが、その不安を裏付けるように彼女の声は返ってこなかった。

 

「カリン、カリン!? 返事をしてください!」

 

 無恩を貫く通信機に向かって叫びながら、彼女はカリンがポジションを取っている屋上を見上げると……そのタイミングで、夜空に光が咲いた。

 

 

 ▼

 

 

「くっ……閃光手榴弾(フラッシュバン)……ッ!」

 

 100万カンデラを超える光と150デシベルを超える音を撒き散らす非致死性の兵器を至近距離で受けてしまったカリンは視覚と聴覚の両方を潰されていた。

 

「私の後輩は、大事な先輩に爆撃を当てたりしない優しい後輩で合っているとも。だか、それでいて、とても賢い。この状況を予測し、的確な選択ができるくらいにはね」

「これじゃ、アカネへの支援が……どうしてここまで……!」

 

 この短時間で聴覚が回復しつつある事に驚愕しながらも、ウタハは極めて冷静に、当たり前の事を説くように答える。

 

「部活を守りたいからに決まっているだろう?」

「……あのゲーム開発は、ちゃんとした部活動とは言い難い。あんな自己中な問題児達をなぜ助ける?」

「ただの自己中じゃないから、かな。あの子達は友人のために、一生懸命頑張っている。だから、様々な人が手を貸すんだよ」

 

 私達みたいにね、とウタハは付け加える。

 唯の自己中な問題児ならば協力なんてしなかった。

 最高傑作とも言える武器を渡したりしなかった。

 彼女達が友人想いの良い子達だと知っているから────ウタハはあの剣を渡し、こうして協力している。

 

「……別に、部活動じゃなくてもゲームは作れるだろう」

「それは君の言う通りだ」

 

 カリンの真っ当な疑問に肯定しつつも、「でもね」と付け加えて。

 

「勿論、唯の友達でも大きな意味はある。気の合う友人同士で作ったゲームにも素晴らしい何かは宿るだろう。それでも……同じ部活の仲間というのは、お互いを強く結び付けてくれるものだ」

 

 ウタハが信じるのは縁の形。彼女達が何より欲したのは────同じ部活という繋がりの中、切磋琢磨できる仲間達。

 

「あの子達も、あの部活で一緒にやりたいんだという気持ちがあるから、こんなにも必死に頑張っているんだろう」

「っ、でも……!」

 

 カリンが何かを言うよりも先んじて、次弾が降り注いだ。爆発的な光と音。目を閉じたり、耳を塞いだりしても防げない五感を奪う攻撃が彼女の行動を再び封じ込める。

 再び動き始めた状況を感じて、ウタハは唇を少しだけ歪めて。

 

「計算通り、ではないけれど……面白くなってきたね」

 

 

 ▼

 

 

「モモイ、ミドリ、先生!」

「アリスちゃん!?」

「どうしてここに!?」

 

 煙を吐く巨大なレールガンを担ぎながら現れたのは、差押品保管所へ向かったはずのアリスだった。本来であれば彼女が鏡を奪取するはずであったのだが……その予定は崩壊した。

 

 その理由は、たったひとつ。

 

「どんなゲームの中でも、主人公達は────決して、仲間の事を諦めたりしませんでした。なので、アリスもそうします」

 

 アリスは光の剣を構える。

 大切な仲間達を諦めないために。貰った勇者の証、それに相応しい存在になるために。

 

「試練は、共に突破しなくては!」

 

 その真っ直ぐな、高潔さを感じさせる決意。それを聞いて、諦めかけていた2人の瞳に再び強さが宿った。

 

「……うん、どうせこのまま捕まったら全部終わり。だったら……!」

 

 リロードを済ませ、眼前に聳える巨大な壁を見つめる。もうその高さに絶望する事はしない。必ず乗り越えるのみだ。

 

「行こう、ゲーム開発部! 前進ッ!」

 

 

 

 

 戦場となったあの場からの退却及び差押品保管所への突入を目的とするゲーム開発部と、それを阻止したいセミナーとC&C。両陣営の戦闘は苛烈を極めた。

 モモイとミドリが阿吽の呼吸で攪乱し、その後ろからアリスがレールガンで狙い撃ちにする。だが、相手はユウカとC&C。大味な戦略が通用するほど甘い存在ではない。シールドの瞬間的、局所的な展開により最低限のダメージと消耗で凌いだユウカは姿勢を低くして疾走、前衛の2人を無視してアリスの方へ突貫する。

 当然、モモイとミドリとて素通りさせる訳がない。彼女達はユウカを止めようと銃口を向けるが、そこはアカネがきちんと見ている。射撃と爆撃で的確に足を止めて、彼女の邪魔をさせないように手を尽くす。

 

 そして、対峙するユウカとアリス。アリスの武器はクロスレンジ、ミドルレンジの交戦には向かないため、彼我の距離が5mもない戦闘では順当にユウカが勝つだろう。しかし、アリスの背後には先生がいる。そこが勝利の分かれ目だった。

 

 アリスは敢えて更にユウカとの距離を縮める。手を伸ばせば触れられる距離。そのレンジで一番早いのは銃撃ではなく単純な物理攻撃だ。光の剣(スーパーノヴァ)の140kg以上という莫大な質量を活かした原始的な暴力は、反応が僅かに遅れた彼女のシールドを粉砕し、吹き飛ばした。

 

 そこで状況が傾き、今まで無傷を貫いてきたアカネにも漸く有効打を与える事が出来た。大丈夫、行ける────そう思った彼女達は決して臆することなく戦場へ飛び込み、再び銃撃を開始する。互いに一歩も退かぬ熾烈な攻防の軍配は、諦めを薙ぎ払ったゲーム開発部に上がった。

 相手側の陣形に風穴を開けた彼女達は果敢に進み、セミナーとC&Cを突破。最後の仕上げで先生が隔壁を下ろして足止めを行う。

 

 そして、暫く全力疾走した後────漸く目的地たる差押品保管所のドアを潜る事が出来た。転がり込む様に入室した少女達は勢いよくドアを閉めて、大きく息を吐いて壁に凭れる。

 

「はぁ、はぁ……ふ、ぅ……に、逃げ切れた……?」

 

 息も荒く、汗に塗れて、服も汚れて、髪もぼさぼさ。だが、モモイの問いに力強く頷く少女達は達成感に満ちた美しい顔をしていた。彼女達はあの絶望的な状況を切り抜け、そして大きく一歩進んだのだ。健闘、という言葉では言い表せないほどの大立ち回り。今だったら何でもできそうだ。

 

 30秒ほど休息し、呼吸を整えた少女達は立ち上がり室内を見渡す。差押品保管所、彼女達の目的地。倉庫の様な風貌を予想していた彼女達であったが、その実態は少々異なっていた。窓は割れ、棚は倒れ、床も壁もあちこちが破壊痕に彩られている。カリンの跳弾か、或いは戦闘の余波か。

 

「ユウカは、もうさっきの時点でアリスが『鏡』を持っていると思い込んでいるだろうから……きっと、部室の方に逃げたと考えてるはず。まさか、私達が此処に来てるとは思わないだろうね……よし、各々手分けして『鏡』を探そう!」

 

 モモイがそう宣言するや否や、ミドリとアリスは散開し惨憺たる状態の部屋の物色を開始する。だが、もとはセミナーが管理する部屋、整理整頓は行き届いているため、ほどなくして見つける事が出来た。登録№、回収日、回収場所……間違いない、このUSBメモリに追い求めた鏡が入っている。

 

 それを確認した少女達はそのままこっそりと部屋を後にしようとするが────ふと、アリスが立ち止まった。

 

「……アリス?」

「静かに、ミュートでお願いします」

 

 アリスの鋭敏な五感が何かを捉えた。彼女は視覚を切り、耳を澄ませて、肌を研ぎ澄ませて……あらゆる感覚を起動させる。

 

「……誰かが此方に向かって来ています。足音から考えて、数は1人」

「うーん、このまま此処に居て、ユウカとかメイド部とかが纏めて戻ってきたら困るし、1人くらいなら皆で無理矢理突破しちゃおっか」

 

 モモイの案は決して悪くなかった。この閉所でユウカとメイド部を相手にするのは悪手であるため、1人なら無理やりにでも突破した方が安全だ。何より数で勝っているため、多少の実力差ならば戦力差で埋める事が出来る。

 

 だが、それは────戦力差が()()の範囲で済ませる事が出来たらの話だ。

 

「────ちょっと待って、ハレ先輩から連絡が来てる」

 

 言い、モモイはメッセージ画面を皆に見えるように差し出す。書かれていた文面は『逃げて、いや隠れて! 早く! 何としてもそこ$! #^&! @#』────という、なんとも奇怪な文字だった。

 

 後半部分は文字化けしているが大体の内容は把握できる。どうやら彼女は隠れてほしいようだ、何かから。逃げるではなく、隠れる。それはまるで、立ち向かう事そのものが間違いであると言わんばかりであった。

 

「えぇ、一体どういう事……?」

「いつも冷静なハレ先輩がどうしたんだろ、ネズミでも出たのかな」

「接近対象を確認、ミレニアムの生徒名簿を検索……対象把握(ヒット)

 

 そして、アリスは一歩踏み込む。ハレが隠れろと言った理由に。無邪気なまま。

 

「身長146cm、ダブルSMG、メイド服の上から龍柄のスカジャン……」

「────え?」

「ま、まさか……!」

 

 低い身長。

 ダブルSMGという圧倒的な制圧力と火力。

 ミレニアムの暴力装置たるC&Cの象徴、メイド服。

 そして、その上から羽織るのは龍があしらわれたスカジャン。

 

 ここまで言われれば分からない訳がなかった。間違いない、今この場に向かっているのは────。

 

「隠れてッ!」

 

 

 ▼

 

 

 重厚な扉が吹き飛ぶ破滅的な音が鳴り響いた。先生が仕掛けた電子ロックも物理ロックも一切合切無視して、極めて合理的に扉を蹴破ったのは小柄な少女。

 メイド服にぶら下げられた2丁のSMGと、それに取りつけられた鎖。両手をスカジャンのポケットに入れた彼女は扉をぶち抜いた足を下ろし……鋭い目つきで室内を見渡した。

 

「ふーん、もう滅茶苦茶だな」

 

 呟き、もう一度室内を見る彼女。壁には彼女が蹴り砕いた鉄製の重厚なドアが突き刺さっていて、その通り道となったであろう箇所は抉られたような轢殺の痕。通常の生徒がかなり頑張った末に起こせるであろう規模の破壊を、この少女は無造作な……ただ部屋に入るという目的の為に繰り出した蹴りで生み出したのだ。

 

 その姿を見て、机の下に隠れているモモイとミドリは背筋が凍るような感覚を覚える。ミレニアムの中でも随一の知名度を持つ彼女を見間違える訳もない。彼女は間違いなくC&C最強のエージェント、コールサイン00(ダブルオー)の美甘ネルだ。

 しかし、コタマの情報では彼女は本日不在だったはず。それなのにどうして此処にいるのだろうか。まさかC&Cのメンバーの誰かが、セミナーの誰かが彼女にSOSを出したのか、或いは別の理由があるのか。

 詳しい事は分からない。だが、明確なのは見つかった瞬間に今までの苦労が全て水の泡と化すことだけだった。

 

 その恐怖が震えを生み、手が少し震えて……机のフレームに僅かに触れた。

 

「……ん?」

 

 常人なら絶対に聞こえていない筈の音であるが、規格外のネルにそんな常識は通用しない。彼女の鋭敏な聴覚はその音を正しく捉えた。

 

「何か、音が聞こえた気が……」

 

 呟き、頭を掻いて音源の方へ足を進める。聞こえたのはデスク近辺。丁度ネルからは、入口からは見えなくなっている部分。確かに、侵入者が隠れるには適した場所だろう。

 

 響く足の音はまるで死神の吐息か、或いは断頭台に吹き荒ぶ風の唸り。突き付けられる明確な死と敗北のイメージ。絶対に勝てない、戦ってはいけない類の存在。彼女達は言葉ではなく、もっと根源的な部分でそれを理解させられる。

 

 アリスはこの時初めて、『恐怖』を覚えた。

 

「ふーん……確かに、気配がある。机の下か? 数は3、いや4……?」

 

 ネルは唇の両端を僅かに吊り上げ、その手にMPX(ツイン・ドラゴン)を取った。セーフティは既に解除済み、マガジンにはたっぷりと弾が詰まっている。立ち姿に隙なんて見当たらない。例え3人で掛かっても一方的に蹂躙される未来に変わりはないだろう。

 

 一歩、一歩。ゆっくりと、しかし着実に近づくネルの足音。それに呼応するようにモモイとミドリの心臓の鼓動は速くなり、背中に嫌な汗が流れる。お願い、どうか────と思っても、彼女のセンサーに一度捉えられてしまった以上、もう逃げる事はできない。

 

 そうこうしている内に、隠れている机の目の前まで彼女は来ていた。先生が鏡面偽装プロトコルを走らせているおかげで、彼女達の姿は風景と同化しているが……それでも天板を挟んで30cmもない距離だ。目視で姿が確認できなくとも、気配で捉えた彼女ならば確実に捕捉できる。つまり、覗き込まれた瞬間に終わり。

 

 拙い拙い拙い────そんな思考が頭を埋め尽くしていると、ふと足音が聞こえた。その音はスニーカーやヒール、ローファーの類ではなく、もう少し軽い……スリッパやサンダルが床を叩く音だ。少なくともC&Cやセミナー所属の生徒ではないだろう。

 

「あ、あの!」

「あん?」

「ね、ネル先輩! 大変です!」

 

 その音の主は、万が一に備えてヴェリタスの部室……その隅に置かれているロッカーに待機していたユズだった。きっとネルが怖いのだろう。足は震え、声は上擦っていて、真っ直ぐ顔は見られず視線は右往左往している。そもそも、外が怖い彼女が自らオープンな場に出る事は滅多にない。だが、それでも

 ────彼女は此処に来た。ゲーム開発部の大切な仲間達を助けるために。

 

「アンタは……?」

「せ、セミナー所属のユズキです! 今、戦闘ロボットが暴走していてあちこちが滅茶苦茶なんです! アカネ先輩とカリン先輩、アスナ先輩が制圧を試みていますが……」

「なんだよ、暴走か? アレを差し押さえたのなんか随分前だろうに、まだ整備が終わってねぇのか……」

「状況的に助けが必要かと思い……それで、ここにいらっしゃると聞いたので……」

 

 言葉の終端が弱々しく先細り、怯えるような瞳でネルを見る。下手な芝居だった事なんて自分でも分かる。不自然な箇所の方がきっと多いだろう。バレた瞬間に蜂の巣だ。ミレニアムプライス、なんて甘えたことが言えないレベルには叩き潰される。

 

 怖い、怖い、怖い────でも、逃げない。仲間が、様々な人達がゲーム開発部の為に繋いでくれたバトンなのだ。ここで、立ち向かわないと。

 

 そんな決死の覚悟が、願いが通じたのか────ネルは「はぁ」と大きく息を吐いて。

 

「仕方ねぇな。場所は何処だ?」

「あ、ありがとうございます! 場所は2Fの……Bブロック全域だったはずです……」

「結構広いが……まぁ、アタシが気にする事じゃねぇな。アンタはどうするんだ?」

「わ、私は此処の整理をします。そ、その……戦闘は怖くて……経験もあまり無いですし……」

 

 戦闘に参加しない旨を聞いたネルは踵を返し、風通しが良くなった部屋の出口まで歩いていき……そして、振り返った。

 

「アンタ、覚えておきな。戦闘で一番大事なのは、武器でも経験でもねぇ。度胸だ」

 

 それは、怖くても誰かの為に逃げなかったユズへ送る最大の賛辞。

 

「その点で、アンタに素質が無いとは思わねぇ。自分がどう思われているかくらい、アタシにも分かってる。アンタが結構ビビりな事も、まあ見てれば分かる。それなのに、初対面のアタシに声を掛けるのは、度胸がないとできない事だろうからな」

「は、はい! ありがとうございます!」

「じゃあな、またどっかで会おうぜ」

 

 そう言い残し、去っていくネル。遠くなる足音が完全に聞こえなくなったタイミングで────ユズは全身の力が抜けて、その場に倒れ込んだ。

 

「ふぇぇ……」

「────っと。お疲れ様、ユズ」

 

 それを支えたのは、いつの間にか机から出ていた先生。ユズは彼の穏やかな微笑みを見て安堵したのか更に力が抜けて、その体重の大半を彼に預ける形に。極度の緊張状態が急に緩んでしまったのが原因だろう。

 

「し、死んじゃうかと思った……」

「ユズうぅぅぅ────!」

「ユズちゃん凄い! おかげで命拾いしたよ!」

「う、うん……力になれて良かった……」

 

 大切な仲間の助けになれたこと。

 振り絞った勇気を肯定してくれたこと。

 そして、何より────臆病で、逃げてばかりで、怖がりだった自分が一人で進めたこと。

 それが嬉しくて、ユズは花が咲いたような笑みを浮べた。

 

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