シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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終わらない戦い

「────なるほどな」

 

 呟き、ネルは背中を柱に預ける。そんな彼女の眼前には3名全員のエージェントが揃っていた。

 部長たるネルが不在の間に受けたセミナーからの依頼。その報告と情報共有。全てを聞き終えた彼女は微妙な表情を浮かべて。

 

「ゲーム開発部、か。知らねぇ部活だったが……そいつらにしてやられた、って事だな?」

「……申し訳ありません。この依頼を受託して、作戦を準備したのは私です。メイド部の名に、C&Cの戦果に傷をつけてしまいました。罰は何なりと」

「────んなこたぁどうでもいい」

 

 首を垂れ、ネルから与えられる罰の全てを甘んじて受け入れるつもりだったアカネは肩透かしを食らった様に疑問の声を漏らす。C&Cの華々しい戦績と任務達成率に泥を塗る真似をしてしまった事を『どうでもいい』の一言で済ませられてしまえばこうもなるだろう。

 アカネはコールサインの没収……つまり、C&Cからの除名処分すらも想定していたのだ。それだけ、彼女にとってC&Cは重いものだった。

 

「それに、あたしが此処に戻って来た時にリオから連絡が来た」

「会長から?」

「あぁ。任務は撤回。無かった事に、だとよ」

「ッ!?」

 

 その内容に全員が驚愕を覚える。セミナーの、ミレニアムのトップたるリオから直々に任務の撤回が来るなんてとても珍しい……否、記憶に在る限り初めての異常事態だった。そもそも、今回依頼したのはユウカで、受託したのはアカネだ。そこに会長が介入して事態を有耶無耶にするのは何か裏を感じてしまう。

 

 元々、彼女は面と向かった殴り合いや撃ち合いは得意でなく、後ろから糸を引いて戦術を巡らせるのが得意な戦略家タイプだ。彼女の今後の動向には気を付けなければならないだろう────と、ネルは頭の片隅で考えながら。

 

「……それは、一体何故……?」

「アタシの知った事かよ……けど多分、リオもヒマリも確かめてみたかったんじゃねぇのか?」

「……ゲーム開発部の力量を、ですか?」

「惜しいな。アイツ等が確かめたかったのはアリスとかいう奴だ」

 

 今回依頼の受けるに至った情報をセミナーに流したのはヒマリであり、彼女はセミナー、C&Cと敵対したヴェリタスの部長だ。そして、彼女はリオと繋がりを持っている。そんなリオはセミナーの長。

 此処まで状況証拠が出揃えば自ずと答えが見えてくる。

 

 アリスを何かを確かめたかったヒマリは同様の目的を持つリオと共謀。

 G.Bibleを求めている事も同時期か、或いは事前に知っていた彼女は、それに掛かっているロックを解除するツールである鏡をセミナーに押収させた。押収自体はユウカがやったようだが、そこに至るまでのお膳立てはヒマリから情報を受け取ったリオがしたのだろう。

 そして、鏡を求めるゲーム開発部は必然的にセミナーと敵対せざるを得なくなり、タイミングを見計らってヒマリがその情報を流す。このタイミングでリオは全てを御破算にし得るネルを遠ざけ、C&Cに欠員を生む。

 あとはC&Cというリオとヒマリが知る物差しでアリスを測るだけ。

 そして全てが終わった後、起きた事態を権力で揉み消せば完了。

 

 大体のシナリオはこうだ。一部異なる点はあるだろうが、大筋は間違っていないだろう。

 つまり、C&Cはリオとヒマリに良いように使われたのだ。

 

「ま、その辺りの事情は知ったこっちゃねぇ」

 

 ネルは預けていた背を柱から離し、スカジャンのポケットに両手を突っ込む。そのままスタスタと歩き……アカネ達を振り返る。その彼女の唇の両端は、三日月の孤のように吊り上がっていた。

 

「アカネ、調べておいてくれ」

「はい? 何をですか?」

「ゲーム開発部だ。関係者も纏めてな」

「いきなり何故……リベンジ、ですか?」

「その表現はなんか癪だが……まぁ、ちと興味あってな。一通り情報が洗えたら、そいつ等ん所に行くぞ」

 

 ネルの命令。彼女達がゲーム開発部に行く用事なんて、理由なんて一つしかないだろう。何時もの頼もしい、負けず嫌いの極地の様な彼女らしい指令に全員の顔色が明るくなった。

 

「はい、望む所です。今頃あの子達は、メイド部に一泡吹かせたと喜んでいるはずです。ふふっ……次にお会いする時、どんな表情を見せてくれるのか……楽しみですね」

「うんうん! リベンジマッチだね! 私も準備しに行こ!」

「以前の戦闘では役目を果たせなかった。次は、失敗しない」

 

 ゲーム開発部の少女達の知らぬ間に、C&Cフルメンバーとの再戦が決定した瞬間であった。

 

 

 ▼

 

 

 同刻、ゲーム開発部。何時もなら活気に溢れ、楽しそうな声が飛び交う場であるのだが……。

 

「……こんなに落ち込んだのは……『テイルズ・サガ・クロニクル』のプロトタイプをアップロードした時以来……」

 

 まるでお葬式のような空気であった。その雰囲気に唯一呑まれていない……否、状況を呑み込めていないのは、良くも悪くも純真無垢のアリスだけ。

 

「あ、あの……モモイ……?」

「ふふっ、ふへへへへ。全部終わった! おしまいだぁ!」

 

 モモイは良くない狂い方をしていた。心配そうに声を掛けたアリスの姿すら目に入っていない彼女は重度のダメージを受けてぶっ壊れている。昔のテレビみたいに叩けば治るかも……とアリスは思うが、実行には移さなかった。

 

「み、ミドリ? その……大丈夫、ですか?」

「アリスちゃん、ごめん……今は何も話したくない気分なの……」

 

 ミドリも重いダメージを受けているが、モモイよりは幾分かマシだ。最低限アリスを気遣える余裕は残っていて、傷つけないように遠ざける事が出来た。それが出来ただけでも、ミドリは自分自身を目一杯褒めてやりたかった。

 

「えっと、ユズ────」

「嚇怒、破滅、濫觴、糜爛、絶望、虚脱……世界は今、破滅へ向かって……遠くの星が地上を焼き払う……」

 

 ユズはこの中で一番良くない壊れ方をしていた。精神ダメージが重すぎて、普段なら絶対に言わない事を口走り、この世の全てに絶望したような顔を浮べている。

 

「あ、あの! えっと、私はあまり理解できていないのですが……もしかして、この状況は……」

 

 アリスはそう言って、無造作に床に転がっているゲーム機を指差す。点灯したままの画面にゲームは映されておらず、黒い画面に白で彩られた無機質な文字列が浮かぶのみ。

 

「G.Bibleの所為、ですか?」

 

 モモイの頑張ったゲームデータを犠牲にして手に入れたゲームの聖書ことG.Bible。C&Cとセミナーを敵に回しながらも奪取したヴェリタスの鏡を使用し、パスワードを無事解除できた彼女達は意気揚々ファイルを開き……そして、アリスを除くゲーム開発部の3人が撃沈した。

 

「────」

 

 無言の視線がアリスの全身に突き刺さる。彼女も勿論G.Bibleに書かれている内容は読んだが、皆が撃沈した理由がいまいちわからなかったのだ。

 

「G.Bibleは、嘘は言ってないと思いますが……」

「そういう問題じゃないッ!」

 

 モモイの渾身の大声にびっくりしたアリスは丁度隣にいた先生の腕にしがみつく。その仕草に、情緒に溢れた姿に彼も胸の奥が熱くなった。数日前の無機質な、機械的な動作は何処へやら。今はこんなにも人間味に溢れていて、暖かい。

 彼はアリスを膝の上に乗せて、頭の形を覚えるように優しく撫でる。そうすると彼女は気持ちよさそうに目を細めて『もっと』と頭を突き出してかた。甘えん坊だなぁ、と彼は微笑みを浮べ、ガラス細工に触れるように彼女の髪を梳かした。

 

「いっそのこと嘘って言ってくれた方がまだマシ! うああああん! 終わった! 私達はもう廃部なんだ! ふえぇぇぇぇん!」

 

 モモイの魂の籠った悲痛な叫びを聞きながら、先生は数刻前を思い返す。

 

 パスワードの解除が終わり、実行可能な状態になったG.Bibleを持ってきたのはマキ。彼女はUSBメモリに入った.exeファイルと────もう一つ、Keyと名付けられたファイルを全員に見せた。曰く、前者は解析できたが、後者は何一つ分からなかったらしい。強いて言えばファイルが壊れていない事が判明した程度であり、既存の言語では書かれている内容に一切触れられない、眼を疑うような構成をしている。

 

 ────Keyというファイルをマキが指差したとき、先生が届かない星を想うような優しい……それでいて、寂しそうな感情を滲ませた事は誰も知らない。

 

 尚、モモイはKeyをケイと呼んでしまい一同から総ツッコミを受けたことは、彼女の名誉のために伏せておくべきだろう。

 

 兎にも角にも、G.Bibleは目を通せる状態になった。それを実行させて、彼女はG.Bibleの真実に迫る。

 エンターを叩いて足早に前書きを読み、いよいよ最高のゲームを作る術のお披露目。意を決して叩いた先には……。

 

『ゲームを愛しなさい』

 

 書かれていた内容はこれが全て。ゲームを愛すれば、ゲームもそれに応えてくれる……という、半ば精神論のような何か。確かにそうであるし、書かれている内容は間違っていないし嘘でもない。確かにゲームを愛しなければ良いものは作れないだろう。それ自体は大いに納得できる。

 ただ、ゲーム開発部がG.Bibleに求めていたものと、実際に書かれていた内容に大きな乖離があった

 

 危険な廃墟に2度も探索に赴き、色々な人を巻き込み、セミナーとC&Cを敵に回してまで手に入れたものの内容が、縋った最後の希望の中身がこれだった……その残酷な現実に、彼女達は大きなダメージを負ってしまっていた。

 

「あの、モモイ……デイリークエストは……?」

「アリス……私のHPはもうゼロだよ……」

「ミドリ……?」

「ごめんね、アリスちゃん……知っていたけど、現実は残酷なの……そう、つまりこれがトゥルーエンド、ハッピーエンドじゃない、別の到達点……選ばれなかったヒロインは救われない……」

「……ユズは、何処に……?」

「多分、またロッカーの中に引きこもってるんだと思う。よく見て、ロッカーが偶にプルプルしてるでしょ?」

 

 モモイの言葉とアリスの疑問に返答するように、今一度ロッカーが震えた。確かにあの中にユズはいるのだろう。実際、先生も先ほど肩を落としながら入っていく彼女を見ている。

 

 程度はどうであれ、アリス以外のメンバーは一様に重いダメージを負ってしまった。こうなってしまったら、今はG.Bibleやゲームの事、廃部の事から離れさせた方が良いだろう。それに、ここ最近はずっと心が休まるときなんてなかっただろうから。

 

「……えーっと、アイスでも食べる?」

「……食べる」

「ユズはどう?」

「……わ、私も……」

 

 全員の返事を聞いた先生は膝の上から降ろし、冷蔵庫からアイスを4つ出す。差し入れとして先生が買ってきたちょっと高めのもの。

 口に運ぶと上品な甘さを感じるそれに、少女達の顔が少しだけ明るくなった。疲れた時やしんどい時には息抜きや甘いものが一番効くのだ。

 

「今の皆の姿はまるで正気がログアウトしたみたいです」

「うぅ……仕方ないじゃん! 最後の手段だったのに! それが、あんな誰でも知ってる文章が1つ入ってるだけだなんて! 釣りにもほどがある! ブログだったら炎上だよ!」

 

 だが、それは完全なその場凌ぎ。アイスで逸らしていた現実は食べ終わった後にはちゃんと直視しなければならない。

 縋っていた最後の希望が砕かれてしまった、残酷な現実を。

 

「知ってた! 世界にはそんな、それ1つで全部が変わって上手くいくような、便利な方法なんか無いって! でも期待ぐらいしたっていいじゃん! うああぁぁぁんっ!」

「ごめんね、アリスちゃん……私達は……私達だけの力じゃ、良いゲームは作れない……」

「────いいえ」

 

 その弱音を、アリスは強く否定する。彼女達が良いゲームが作れないなんて、アリスは欠片も思っていなかった。寧ろその逆、彼女達ならばきっと良いゲームが造れると確信している。何故ならば────。

 

「アリスは『テイルズ・サガ・クロニクル』をやる度に思います。あのゲームは、面白いです」

 

 アリスは、このゲームに……彼女達が作ったゲームで、泣くことができたから。

 

「感じられるのです。モモイが、ミドリが、ユズが……このゲームをどれだけ愛しているのかを。その沢山の想いが込められたあの世界で旅をすると……胸が、高鳴ります。仲間と一緒に新しい世界を旅する、あの感覚は……夢を見るというのが、どういう事なのか。その感覚をアリスに教えてくれました」

 

 機械仕掛けの少女は夢を見た。人間が羊の夢を見るのと同じように、彼女もまた夢を見たのだ。電子の夢を。

 アリスは、その感覚を嘘にしたくない。ましてや、その夢を見せてくれた彼女達に────否定なんて、してほしくなかった。

 

「だから、待望のエンディングに近づくほどに、あんなに苦しんだのに、思ってしまうのです……この夢が、覚めなければいいのに……と」

 

 さらっとあのゲームを苦行認定しつつも、アリスの主張は徹頭徹尾変わらない。あの夢はとても心地の良い夢だった。自分に感情を、経験を、心を、愛を与えてくれたのだ。眠り続けた機械を暖かい命にしてくれたその感謝は、ずっとこの胸に。

 

「アリスは、そう思うのです」

 

 あのゲームに救われた1人の人間として、今一度思いの丈を綴る。この想い、どうか少しでも届け。あなたの心の鐘を鳴らしたいから。

 

 そんな彼女のあまりにも純真な願いは。

 

「────作ろう」

 

 ユズの胸に、ちゃんと響いた。

 

 心ない酷評と冷やかしばかりで、外の全てが怖くて仕方がなかった時……モモイとミドリは『面白い』と言ってくれた。態々ここまで訪ねて来てくれた。仲間に、友達になってくれた。

 その時の嬉しさは、感謝は片時も忘れたことがない。

 

 確かにプロトタイプを元に作り上げたゲームは再び酷評されてしまったが……それでも、『作らなければ良かった』なんて思わなかった。

 

 心の通じ合う大事な仲間達と一緒にゲームを作って、それを面白いって言ってもらう────それがユズの夢だ。そして、その夢はアリスによって叶えられた。モモイとミドリという大切な仲間と共に作ったゲームは、アリスの胸にちゃんと響いて……そして、こうして仲間になってくれたのだ。

 部屋の片隅で、藍色の空に綴った夢────それが、こうして形になってくれた。

 

「私の夢は、私達が作ったゲームを皆に面白いって言ってもらう事。だから、これ以上は欲張りかもだけど……叶うなら、私はこの夢がこの先も終わらないでほしい」

 

 だから、もっと先へ。次へ。藍色の空を突き抜けた先まで行ってみたい。この夢の続きを見てみたい。夢の終わりなんて────知りたくない。

 

 だから。

 

「……ねぇ、今からミレニアムプライスまでどれくらい時間残ってる?」

「6日と4時間38分です」

「よし、それだけあれば充分!」

 

 モモイもミドリも気持ちは同じ。もっと先へ、前へ。夢の続きを歩んでみたい。これからもずっと、大好きな仲間と共に在りたいから。

 

「さあ、ゲーム開発部一同!」

 

 残された時間の全てを使って。

 

「『テイルズ・サガ・クロニクル2』の開発、始めよう!」

 

 大切な居場所を守るための最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

「お姉ちゃん、まだ!?」

「ま、待って、急かさないで! あとこれだけ入力すれば終わりだから……!」

「あと2分だよ!? 急かさずにはいられないって!」

「正確には96秒です。そう言ってる間に残り92秒……」

「わ、分かった分かった! もうできたから焦らせないで!」

 

 PCと睨めっこしているモモイを左右から挟み込むよう陣取り、『早く』と急かすミドリとアリス。それもその筈、今日はミレニアムプライスのエントリー締切日。アリスの言う通り、残り1分半が差し迫っている中、まだ提出できていないともなれば、焦るのも当然だろう。ここで間に合わなければ今までの苦労が全て水の泡と化す。それどころか、部活を存続させるための戦いの舞台にすら上がれない。

 ────そんな結末は、御免だった。

 

 その近くではユズが床に座り込みながら、PCとゲーム機を繋いで、ソースコードを写しながらデバッグ作業を行っている。ユーザー側の様々な挙動を考える時間はもうない。故に、ゲームを進行する上で必ず踏んでしまうような致命的なエラーだけを修正し、もう一度テスト。それも終盤に差し迫っていて、目に見える致命的なバグは全て取り除けた。整合性チェックを行い、モモイとタイミングを合わせるだけ。

 

「うん、エラーはでてない……モモイ!」

「オッケー、ファイルをアップロード! 完了までの予想時間は……15秒! アリス、あと何秒!?」

「残り19秒です……!」

「お、お願い……間に合って……!」

 

 両手を合わせ祈るミドリ。やれる事は全てやった、あとは天に任せるのみ。回線やサーバー側の状況、その他諸々の要因でデータのアップデート時間は左右される。15秒という時間通りに必ず事が運ぶわけじゃない。だから、全ては運だ。

 皆が固唾を呑んで見守る画面のバーが右端まで行き、残り時間が0秒になり、完了の二文字が表示される。

 

 そして。

 

 ────ミレニアムプライスへの参加受付が完了しました。

 

 画面にそのポップアップが表示された時、皆は一様に大きな安堵の溜息を吐いて肩の力を抜き……そして、その喜びを嚙み締めた。

 

「間に合ったあぁぁぁ!」

「ギリギリ……心臓止まるかと思った……」

「皆、お疲れ様。よく頑張ったね」

「うん! 先生もありがとう!」

 

 抱き合い、達成感に溢れた顔で喜びっを体現する彼女達の横から先生は労いの言葉を掛ける。彼としても気が気でなかったのだ。彼女達の居場所が失われるか否かの瀬戸際、先生として何もしてやれない事が歯がゆくて……だから言ったのだ。私に出来る事があれば、と。

 

 実際にゲームをプレイするユーザーとしての意見を言ったり、彼女達の身の回りの事を行ったり。製作開始から一週間弱の期間、彼はゲーム開発部に入り浸っていた。シャーレに戻ったのもやむを得ない要件がある時だけで、それ以外の全ての時間は彼女達の為に。

 

「あとは3日後の発表を待つだけ、だね」

「うん。取り敢えず間に合って良かったけど、これで終わりじゃない。3日後には……このまま部室にいられるのか、そうじゃないのかが決まる」

 

 ミレニアムプライスに出て終わりではない。ここはあくまでスタートライン。ゴールは成果として何らかの賞を受賞する事だ。もしそれが叶わなければ、早急にセミナーから立ち退き要求をされるだろう。ユウカは人情家で優しい……と言うより、かなり甘い人柄であるが公私の分別はついている。努力賞、という言葉は通用しない。

 

 故に、気を緩める事は出来ないのだが……モモイには1つだけ、どうしてもやりたい事があった。

 

「でも、3日後って結構長いじゃん? そこで提案なんだけどさ……先にWeb版の『テイルズ・サガ・クロニクル2』をアップロードしてみるのはどう?」

「ッ!?」

「ど、どうして?」

「3日間も待てないよ! それに、審査員の評価より先にユーザーの反応を見たくない!?」

「うーん、でもちょっと怖いかも……低評価コメントも心配だし」

 

 モモイの提案。ユーザーの反応を知りたいというクリエイターとしては真っ当な意見であるが、ミドリは素直に頷けないでいた。

 その理由は、モモイの言葉に怯えるような反応を見せたユズだ。過去、数多の心ない言葉に傷つけられてしまった彼女の内心を考えると……無条件で肯定しにくい。

 

「何言ってるのさ! そもそも、ミレニアムプライスだけに出品するために作ったゲームじゃないでしょ! 自信を持って見てもらおうよ! 私達はベストを尽くしたんだから!」

「そ、それはそうだけど……」

 

 ミドリは流し目でユズの方を見る。先ほどと変わらず俯いたままであるが、その両手は固く握られていて、何かの決意をしているような雰囲気であった。

 そして、彼女は深呼吸してから……顔を上げる。その表情には怯えも恐れも後悔もない。ユズらしからぬ、だが、ユズに良く似合う顔。

 

「うん、アップしよう」

「ユズちゃん……」

「作品っていうのは……見てくれる人、遊んでくれる人がいて初めて完成されるものだと思うから。私は……私達のゲームを、きちんと完成させたい」

 

 自分達の内側だけで完成させ、世界で日の目を浴びることが無いもの。それはそれで、一種の芸術の極地であるようにも感じられる。名誉や権力、共感といった他者や社会から与えられるものに一切興味を示さず、ただ自分の為に、自分の作りたいものを作るのは大きな価値があるだろう。

 だが、彼女達はオスカー・ワイルドではないし、芸術家という訳ではない。彼女達はゲームを愛し、ゲームを作るクリエイター。

 確かに、以前のような心ないコメントに晒される危険性はあるだろう。

 

「全力で頑張ったから。それに……皆が一緒だから、きっと受け止められる」

 

 自分達はやり切った、限られた時間の中で精一杯やれる事をやった。仲間と共に全力を尽くしたのだ。その結果が例え振るわなくても、受け止める事は出来る。後悔も心残りもない。

 

「私はもう、大丈夫」

 

 だから、胸を張ろう。自信を持とう。それが自分達の誇りになるから。

 

「よし、それじゃあ今すぐアップロード!」

「あぁ、待って! まだ心の準備が……!」

「待ったなし!」

 

 ミドリの懇願空しく、モモイは最後のクリックを済ませて力作をネットの海へ泳がせた。暫くするとアップロード完了の文字が出てきて、正常に事が済んだと知らせてくれる。

 

「アップ完了! プレイして感想が貰えるまで少なくとも2、3時間は掛かるだろうし、それまで暫し休憩って事で! それじゃ、解散!」

「……はぁ、そうだね」

 

 ミドリは諦めがついたような、若干呆れたような表情を浮かべる。昔から姉は向こう見ずな性格で、強引だった。昔はそれが苦手だったが……今ではそうでもない、その強引さは、時には手を引いてくれる優しさになる事を良く知っているから。

 

 取り敢えず、これで要件は全て片付いた。あとはモモイの言った通り、2時間後までは各々自由時間を過ごせる。ミドリは欠伸を噛み殺し、眠気で霞む視界を擦る。思えば、この数日間は碌に寝れていなかった。それに、お風呂も時間を意識していつも通りに入っていない。

 汗臭い、って先生に思われたりしていないだろうか。ちらりと流し目で彼を見ても、それは分からない。

 

 そんな事を考えていると、アリスが徐にPCの前に陣取り、画面を注視しているのが見えた。

 

「アリス? なんでPCの前に座ってるの?」

「待機します。皆さんがダウンロードを始めたようです。気になります」

「気持ちは分かるけど、これからゲームをプレイするのにまだ時間がかかるだろうし、待ってても直ぐには来ないと思うよ」

「はい、それでも────待ちます」

「わ、私も……どっちにしろ、緊張で寝れないし……待ってる」

 

 言い、アリスの隣に座るのはユズ。緊張した面持ちで画面を見つめている彼女は人一倍気になるはずだ。一度は酷評されたゲームの次回作……プレイしてくれた人はどんな感想を書いてくれるのだろうか。そう考えると、眠る事なんてできなかった。

 

 その2人の緊張が伝搬したのか、ミドリも2人の隣に座って。

 

「私もドキドキしてきちゃった」

「私は心配でドキドキが止まらないよ……うぅ、自分で言いだしたのに緊張でおかしくなりそう!」

 

 そうして、画面の前には4人の少女が座り込んでいた。途中、部屋の邪魔にならない部分で仕事をしていた先生も連れて、今は5人。全員がゲームのコメントを見守っている。

 一分一秒が永遠に感じられるような、ゆっくりとした時間の流れ。そんな中、初めてついたコメントは。

 

 ────わお、これ前回クソゲーランキング1位を取ったあれの続編? もうゲーム作りは止めたと思ったけど、懲りないねえ。

 

「……」

 

 全員、無言。まあ、予想はしていた。まだアップして30分も経っていないのに付くコメントなんて大方碌でもないだろうと。だが、記念すべき初コメントがこれなのは……少し、心に来るものがある。

 そして、その文面を穴が開くほど見たアリスは徐に立ち上がって。

 

「マキに連絡。該当アドレスの方角に対して、最大出力のビーム砲を食らわせてきます」

「それは駄目! 気持ちは分かるけど落ち着いて!」

 

 レールガンとスマホを持ち、部屋を出そうになったアリスをミドリは必死になって止める。気持ちは分かるが、それは思うだけに留めておいた方が賢明だ。彼女とて友人が何処かの部屋の一角を吹き飛ばしたニュースなんて見たくはない。

 

「大丈夫、ゲームをやってもいない人の発言だから……気にしないで、ね?」

 

 ────前回のTSCは確かに手放しで賞賛できる作品ではなかったかもしれません。ですが新鮮味があり、少なくともありふれた作品ではありませんでした。今回の2ではどんな目新しさを見せてくれるのか、楽しみです。

 

 ────さて、鬼が出るか蛇が出るか……せっかくなら中庸なんかじゃなくて、例えどっち側だったとしても振り切った体験をしたいね。

 

 ────前作はやったけど、良い思い出としては残っていない。それどころか苦い記憶が幾つも鮮明に思い出せるくらい。でも、どうしてかな……続編だって知ってるのに、ついダウンロードしちゃった。

 

 1件目に続くような形で2件目、3件目……といったようにコメントが表示される。好意的なコメント、期待を寄せるコメント、他にも多数。純粋にゲームを楽しみにしている人もいれば、明日の話のネタを探すような人もいるし、怖いもの見たさや時限爆弾を楽しそうに解除しようとしているような心持ちの人もいる。

 

 ────2時間後に補習でテストがあるんだけど……そんな事より今はこのゲームをやりたい気分。

 

 ────テストなんてこれから先、幾らでもあるじゃん。でも、これを遊ぶ最高のタイミングは、アップされたばかりの今なんだよ! 

 

「えっと、嬉しいけど……できれば、テストを受けに行ってほしいかも……」

「だ、ダウンロード数がもう2000を超えてる!? 流石におかしくない!?」

「……あ、有名なポータルサイトに私達のゲームが発表されたって記事が載ったみたい」

 

 ミドリのスマホの画面には、或るポータルサイトの記事。そこには確かにゲーム開発部が手掛けたTSC2の粗筋や前作の概要、ゲームをアップロードしたサイトのリンクが載っている。PV数も秒刻みで伸びていて、それと連動するようにダウンロード数も増加している。

 

「うわあぁぁ……! 無関心じゃなければ良いな、くらいに思ってたのに! こんなに数が増えると急に怖くなってきた!」

「……ドキドキします」

「うぅっ! 期待と不安で心臓が爆発しそう!」

 

 モモイがそう言った直後────ゲーム開発部の部室のすぐ傍で轟音が鳴り響いた。

 

「ほ、本当に心臓、爆発しちゃったんですか?」

「ち、違う! 私の心臓じゃない!」

「そもそも心臓は爆発しないでしょ、お姉ちゃん……」

「一体何の……まさか、ゲーム機が爆発!?」

「流石にそんなPL法で一発アウトな物を世には出さないと思うけど……」

 

 先生は苦笑いを浮べながら立ち上がり、窓を覆っているカーテンをずらして空を仰ぐ。蒼に染まる彼の視界には、銃を携えるメイドの少女が一人。

 

「これ、13.97mm砲……という事は、カリン先輩!?」

 

 ミドリが青褪めた顔でその真相を突き止めたと同時に次弾が着弾する。再び揺らぐ部室と、困惑を浮べる4人の少女。間違いない、カリンの────否、C&Cの標的はゲーム開発部だ。

 

「遠距離攻撃を確認、部室正面に対して11時の方角! 距離、約1km……!」

「この前の仕返し!?」

「反撃を開始します! 光よ────」

「駄目、アリス! 此処だと先生が……!」

 

 レールガンを展開しカリンを射貫こうとしたアリスであったが、モモイの言葉により一旦矛を収める。部室という閉所でアリスの火力を発揮してしまえば先生が巻き込まれかねない。彼は脆弱な肉の体、レールガンなんて余波だけでも致命傷だ。

 それに、この場で反撃してしまえば部室に風穴が空いてしまう。守れるかもしれない大切な居場所が壊れる────それだけは、避けたかった。

 

「そ、外にセミナーの人達も……鏡の件の報復……!?」

「ちょ、ちょっとは申し訳ないと思ってたけど……」

「取り敢えず今は外に出よう。タイミングはスプリンクラーが動作して2秒後、逃走経路は────」

 

 4人全員がシステムにリンクする。鮮明になる視界と、クリアになる心。これなら行ける────そう思った少女達は銃を持ち、部室の外へ駆け出した。

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