シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想評価お気に入り登録誤字報告ありがとうございます。最高に嬉しいです。
人を寄せ付けぬ張り詰めた空気。肌を刺すような冷たさと、それに付随する静寂。異空間のよう、とは言い得て妙で、此処は外界から切り離されている。
────セミナー執務室。多くの機密を抱えるセミナーの会長個人に与えられた部屋は、基本的に部外者の立ち入りは禁止されている。それは同じセミナーの役員であっても変わりなく、部屋の主である会長の許可なくして足を踏み入れる事は不可能だ。
だが、例外は存在する。キヴォトス有数のマンモス校として多くの生徒を抱えるミレニアムの中で、唯一執務室に独断で足を踏み入れる事を許されている生徒が一名だけ。
それが彼女────明星ヒマリであった。類稀なる知性を持ち、要請を受けてヴェリタスの部長と特異現象捜査部の部長を兼任する彼女は、セミナーの生徒ではないのにも関わらず、ミレニアムに於いて会長と同等の権限を所有している。
だが、今回の彼女は部屋の主に呼ばれた来客の立場であった。エレベーターのドアが開き、デスクとPC、保管庫しかない殺風景な部屋に足を踏み入れた彼女は大げさに溜息を吐いて。
「あら……超天才清楚系病弱美少女の来訪を、電気も点けずに迎えるなんて……」
窓から差し込む月明かりだけが唯一の光源。暗く静かな部屋に差し込む幻想的な光に照らされる少女は、1人だけではなかった。
「来客をもてなす気がこれっぽっちも無いという点、とてもあなたらしいとは思いますけど……暗い部屋でモニターをつけていると、眼が悪くなりますよ────リオ」
その声に反応して、1人の少女が立ち上がる。全体的に白いヒマリと対照的な黒。膝近くまで伸びるストレートな黒髪と、宝石を思わせるルビーの瞳には理知的な光が灯る。スーツの様なジャケットとミニスカート。そこから伸びる足と、右の大腿部に巻きつけられたホルスターにはハンドガンが収められている。モデルと言われても納得する抜群のプロポーションを持つ、大人びた少女だった。
────彼女こそがミレニアムサイエンススクール、セミナーの会長……調月リオ。ビッグシスターという名前で知られる、合理性の塊のような少女。
ヒールを鳴らしヒマリの近くまで歩いてきた彼女は手元のタブレットを操作。この部屋の監視カメラと各種センサーを停止させ、電波をジャックする。電子的な空白地帯を作り上げた。
「万全を期しているだけよ。この会談を外部に知られてはならないもの。その為であれば、この程度は問題にはならないわ」
リオはヒマリを見下ろす。ヒマリはリオを見上げる。何方にも、その双眸には冷たい温度が溶けている。
「この訪問はデータベースには残らない。つまり、記録上は私達は会ってなどいない事になっている。全ては、これから話す内容の機密を守るため」
「リオったら真面目なんですから……『あなたは私の姉なの?』くらいの軽口を返せないと、ユーモアからは程遠いですよ。今のだって、超天才清楚系病弱美少女の軽い冗談なんですから。ふふっ」
「……貴女は私の姉ではないわ。血縁的な繋がりは皆無よ。急にそんな非合理的な話をするなんて……どうしたの、ヒマリ。体調が優れないのかしら」
ヒマリに怪訝そうな視線を向けるリオ。彼女の視線には疑問が浮かんでいて、本当にヒマリが何を言っているのか、何を言いたいのか理解していない様子であった。
「……えぇ、えぇ。そうでした。あなたはそういう人でしたね。ユーモアを解さずに『合理』だなんて……あなたの好きな表現でしたね」
────昔からそうであった。リオはこういったユーモアやジョークの類を一切解さない、堅物という言葉をそのまま形にしたような人柄だ。ただ只管に合理性を突き詰める。自分の心情も他人の心情も些事と投げ、己の信じる最善を突き詰める……良く言えば他者の手を引くリーダー気質、悪く言えば独裁者の気質がある。
それを嫌というほど知っているヒマリは辟易とした感情を隠そうともせず、もう一度大きな溜息を吐いた。
「好悪の話ではないのだけれど……事実でしょう。この会合が秘匿されている事くらいは、貴女も理解しているものだと思っていたのだけれど」
「それはどうでしょう? そもそも、人目を気にするのであれば、他の場所にすれば良かったのでは?」
「……他の場所?」
「えぇ、例えば……」
ヒマリはその顔を耽美に歪め、囁くような声音で。
「誰かさんがこっそり作っている……
ヒマリのとっておき。秘密主義の
その秘密を晒されたリオであるが、彼女は不気味なほど落ち着いていた。ヒマリを射貫く視線は一切ブレる事は無く、その程度は想定内と言わんばかり。しかし、彼女としてもこれ以上話すつもりはないのか。
「……本題に入りましょう」
「あらあら、話を逸らすつもりですか? ふふ……えぇ、構いません。誰しも知られたくない秘密はありますから。尤も、あなたのそれは少々度を越えていますが」
「逸らすも何も、それは本題じゃないからよ。雑談に興じるほどお互い暇ではないでしょう……まず、お互いの認識のすり合わせを」
リオとヒマリ────ミレニアム有数の天才達の会合が、始まる。
「前回、鏡を巡ってミレニアム生徒が起こした一連の騒動……それは私達が共に仕掛けたことだったわね」
「えぇ。私が鏡という手段を用意し、リオがC&Cという危機を提供する……マッチポンプも甚だしいですが、珍しく一つの目的の為にあなたと私が協力しました」
昔からの顔馴染み……否、幼馴染と呼称しても良い間柄。近い能力と、同じ年齢。親しくなるには充分な下地。だが、その仲は決して良好とは言えなかった。それこそ、今回のように彼女達2人が協力するなんて事態が滅多に起きない程に。
だから、今回の協力はそれだけの非常事態なのだ。好悪を投げ捨て、彼女達が2人で取り掛からなければならないもの。ミレニアム全体を巻き込みかねない事件を起こした、その目的は。
「────
ミレニアムの廃墟で眠っていた、機械仕掛けの姫君……その正体を明かすためだ。
モモイとミドリがミレニアムの生徒とさせて編入させたのは渡りに船だった。もし仮に同席していた先生が彼女を引き取るなんて言えば、それだけで計画が台無しになっていたのだ。
シャーレ所属となった彼女の正体を暴こうとすれば、必然的にシャーレと一戦交える事になる。
多くの最新兵器と最強のエージェント集団たるC&Cを保有するミレニアムであっても、それらを相手にするのは流石に分が悪かった。
故にアリスをミレニアムに所属させ、問題の及ぶ範囲をミレニアムの内側に留めたゲーム開発部は彼女達2人にとってはかなりのファインプレーだ。
「えぇ……あれからそれなりに時間が経ったけど、解釈の結論は出たかしら?」
「勿論です。アリスの正体……それは────無名の司祭が崇拝するオーパーツであり」
「遥か昔の記録に存在する……名もなき神々の女王」
前期の知生体が遺したオーパーツにして、無名の司祭が神と崇める存在。神々を統べる、王冠を抱く王女。
────それが、ミレニアムが誇る天才の2名が導き出した、同じ結論であった。
リオは目を伏せて、語る。
「……同じ解釈になったようね。つまり、あの存在の本質は……」
「えぇ。アリスは、あの子は────」
謎に覆われたアリスの正体。その本質は、解は。
「────世界を終焉に導く兵器」
「────可愛い後輩ですよね♪」
過程は同じであった。結論も同じであった。だが、その本質だけは異なっていた。
リオは世界を終焉に導く『滅び』として、ヒマリは可愛い後輩としてアリスを見ている。
「……あら。食い違いましたね」
「……貴女は、一体何を言っているの?」
「リオこそ、何を言っているのですか……?」
互いに顔を見合わせ、理解できないような表情で見つめ合う2人。
先に動いたのは、リオだった。
「そう……」
────彼我の溝は、絶望だ。
「じゃあ、私達の同盟はここで終わりという事ね」
「そうですね。同盟ではなく、休戦でしたが」
リオがタブレットを操作すると、部屋の壁が開いて自走式のロボットが数機出てきてヒマリに銃口を向ける。場所は相手のホームグラウンド、ロボットに囲まれ、自身は戦闘に長けていない。余人なら絶体絶命の状況であるが……彼女の余裕は揺るがなかった。
「あぁ、これが噂の……最近、貴女が作っている玩具ですね」
「────同盟を解消した以上、貴女をこのまま帰す訳にはいかないわ……無駄な抵抗はしないで頂戴」
「まあ……そうでしょうね。あなたならそうすると思っていました」
呟き、ヒマリは車椅子に取りつけられているコンソールを操作すると────部屋全体の主導権が彼女の方に移った。
「私のオフィスがハッキングされた……!」
「あらあら、ビッグシスターの部屋は無敵だとでも? この程度造作もない事、あなたが一番知っているでしょう、リオ」
「AMAS、ヒマリを捉えなさい……!」
────しかし、リオの命令を聞き届ける個体は一機も居なかった。追加でコールをしても答えるものはなく、車椅子を転がすヒマリを止める手を持つ存在は何処にもない。
「ふふ、超天才清楚系病弱美少女に不可能なんてないんですよ」
全てはヒマリの掌の上。今、この場でリオは彼女に勝てないのだ。カウンターハックを仕掛けても意味がない。主導権を取り戻しAMASを嗾けるよりも、彼女がこの場から逃れる方が速いから。それに加えて、荒事に向いていないリオ本人が直々に捉えるのもそれはそれで難しい。
故に、彼女は此処で捉える事は諦めた。AMASが唯一の手札という訳ではない。彼女には、彼女だけの反則がある。ヒマリを捉えるのはそちらに任せてしまえばいいだろう。可能であれば選びたくはない非合理的な方法。だが、使うしか道が無いのであれば……彼女は躊躇いながらも使う。
────本当なら、リオもこんな所で同盟なんて解消したくなかった。ヒマリの能力を一番よく知っているのは他ならぬ彼女であり、できればずっと味方にしておきたかった。
だが、事が此処に至っては仕方がない。
「それでは、リオ」
余裕綽々でエレベーターに乗り込むヒマリ。だが、その表情はリオの放った或る言葉によって崩れる事になる。
「彼女をどうにかしないと────」
その真意を聞く前に、エレベーターの扉は閉じた。
▼
「自分と意見が違うと気付くや否や、躊躇いなく行動するその姿……久々に見ましたが、相変わらずですね、リオ。まぁ、超天才清楚系病弱美少女の私には無意味ですが」
リオのテリトリーから無傷で脱出したヒマリは愛すべきヴェリタスの部室へ向かう。だが、その雰囲気は何時もより暗く、声音も落ち込んでいる。彼女の脳にはリオが別れ際に放った言葉が刻まれたままだった。
────先生が、死ぬわよ。
突飛な妄想と笑い飛ばせばよかった。アリスがどれだけ先生を慕っているのか、彼女はその目で見て知っている。そんな彼女が彼を傷つけるなんて、ましてや殺すなんてありえない話だ。
だが、何故か絵空事と切り捨てる事が出来なくて。まるで実際にその光景を知っているような、嫌な実感が離れてくれない。
────赤いヘイローのアリスを抱きしめ、その胸から血を流す彼を。
「……いけませんね」
そんな幻想を振り払うように、ヒマリは頭を振る。きっとビッグシスターと話し過ぎた所為だ。
さあ、早く部室に戻って可愛い後輩達の顔を見に行こう────そう思っていたから。
1人の少女に、気が付かなかった。
「……えっ」
明滅する視界と意識、鈍い痛みを訴える首筋。車椅子から転げ落ちて地面に倒れ込んだヒマリは襲撃の実行者を見上げて……目を見開いた。
────完璧な気配遮断。華麗な手際。そして、ゴシックなメイド服。冷たく見下ろす双眸。此処まで条件が揃えば自ずと答えは導き出される。
「……あなたは、まさか……5番目の、C&C……」
その言葉を最後に、ヒマリの意識は無明の闇に落とされた。
────そして。
「こんばんわ、トキ」
その闇に紛れる、現実に空いた虚無の孔が独り。
────再び、運命が動き出す。