シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想評価お気に入り登録誤字報告が私の生きる糧でございます。
某日、先生は珍しく暇をしていた。偶々仕事の少ない日で、外部に出歩く用事もない。当番の生徒もおらず、シャーレには彼のみ。
午前の段階で仕事が終了した彼は暇つぶしがてら館内の掃除をしたり、予算の計算をしたり、今後の事を考えたりしていると……ふと、スマホが鳴った。仕事用のものではなく、プライベートのもの。
電話の相手はモモイ。彼女以外にもミドリやアリス、ユズの楽しそうな声が聞こえる事から、恐らくは部室にいるのだろう。
部活動に付き合ってほしい、という彼女のお願いを彼は快諾。そのまま準備を済ませて、ゲーム開発部に向かっていたのだが……彼はふと思い至る。『そういえば何をするのか全然聞いてなかった』と。
何をするのか定かではない中、彼は部室の中に入り……。
「おりゃあーッ! 先生、覚悟して! 今から、私のとっておきの必殺技、モモイスプラッシュを見せてあげるんだから!」
かれこれ1時間以上、彼はモモイと格ゲーに興じていた。モニターの前に2人並んで座り、コントローラーを持って。
ゲームも今や終盤戦。モモイの体力は1割、先生の体力は4割弱。もう少しでゲームセット、という所でモモイスプラッシュなる技が先生を捉えた。
「あっ」
「ふっふっふ! 私のコンボに死角はないよ! 先生の! HPがなくなるまで! 止まらない!」
空中に打ち上げ、落下するタイミングでまた打ち上げる。このループを繰り返し、先生のキャラの体力ゲージを削り切る算段なのだろう。だが……。
「あ、抜けれた」
「何でッ!?」
モモイスプラッシュに死角は当然の如くあった。タイミング良くコンボを抜けた彼はそのまま攻撃をしてモモイの残り僅かだった体力ゲージを0にしてゲームセット。モモイの負けだ。
「うわーん! 何で私のコンボを抜けられるの!?」
「モモイは焦るとレバガチャしちゃうからね……多分、最後の方は操作が雑になっちゃったんじゃないかな?」
「そ、そんなっ!? もう私の攻撃パターンを見切ったなんて……」
コントローラーを放り出し、悔しそうに床に転がってクッションに顔を埋めるモモイ。先生に負けたのが余程悔しいのだろう。時折「うぅ……!」とくぐもった声が聞こえる。そんな彼女を見ると『負けた方が良かったのかな』と思わなくも無いが……手を抜く事の方が彼女に対する侮辱になってしまう。そもそも、忖度で勝っても彼女はきっと喜ばない。やるなら全力で、だ。
そんな彼女を見かねて、絵を描いていたミドリは椅子を回転させて体を此方に向けると呆れた顔で。
「……お姉ちゃん、先生は今日始めたばかりの初心者だって言ってたよね」
「ミドリやめて! 辛い現実を突きつけないで! 今のは無効! 無効だから!」
「何回無効にするの、お姉ちゃん……」
このやり取りをする回数もそろそろ二桁の大台が見えてきた。彼女曰く、戦績は8戦0勝0負0分8無効。このままあと何回無効試合が積み上がるのかな、なんて思いながら先生は苦笑いする。
「もう一回! もう一回やって先生! 今度こそ正真正銘とっておきのコンボを見せてあげるから……!」
「お姉ちゃん、その辺にしておこう? これ以上は先生が困っちゃうから」
「うぅ、でも……勝ち星がないまま終わるのはゲーマー的に……」
「またそんな事言って……」
そう呟き、負けず嫌いな姉を呆れた顔で見るミドリ。確かに初心者相手に勝ち星が一個もないまま終わるのは悔しい。だが、それで先生に迷惑をかけてしまうのは違うだろう。引き際も大切、我慢を覚える事も勉強だ。
先生も何か言ってあげてください────なんて思いながら彼に視線を向けるとコントローラーを手に取っていた。そして彼は悪戯っぽい笑みを浮べて。
「いいよ、モモイ。あと一回だけ、ね?」
「やったー! うん、あと一回! 今度こそは勝つから!」
先程の意気消沈した雰囲気は何処へやら、モモイは輝くような笑顔で再び試合のセッティングをする。
「はぁ……先生、あまりお姉ちゃんを甘やかしちゃ駄目ですよ」
「忠告ありがとう。でも、子どもは大人に甘えるものだからね。素直に甘えてくれて寧ろ嬉しいよ」
「……そういうものですか?」
「そういうものだよ。だからミドリも、遠慮なく私に甘えてね」
彼がふわりとした笑顔でそう言うと、ミドリは少しだけ恥ずかしそうにはにかんで「……はい」とだけ呟いて、再びペンを取る。机に向かう彼女の横顔に喜びが浮かんでいたのはきっと見間違いではないだろう。
尚、この最後の試合はモモイが辛勝して終えた。その時の彼女の顔は、それはそれは良い笑顔だった。
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9戦1勝0負0分8無効でモモイの勝利で幕を閉じた、突発的な格ゲー勝負。ゲーム機とモニターを片付け、少し広く感じる部室にモモイ、ミドリ、先生の3人は座って……今日の本当の目的を話し始める。
「……お姉ちゃん、こんなに遊んでばっかりで……今日の部活の目的、覚えてる?」
「あ、そうだった」
「そうだった……?」
「ち、違うのミドリ! これは言葉の綾! ちゃんと覚えているから! ね!」
「……そういえば、まだちゃんと話を聞いてなかったね」
先生がそう呟くと、ミドリは信じられないものを見るような目でモモイを見た。姉に電話を頼む時、ちゃんと先生に今日の要件を伝えておいてと話した筈なのだ。それなのに彼が知らないという事は……モモイが伝え忘れたという動かぬ証拠だ。
「えっ、お姉ちゃん……先生に何も説明していないの……?」
「やめてミドリ! そんな目で私を見ないで! 今! 今から言うからッ!」
モモイはわざとらしい、余り似合わない咳払いを一回してから。
「今日は────次回作のアイデア出しをしようと思って!」
ゲーム開発部の次回作。先のミレニアムプライスで特別賞を授与されたが、廃部の撤回はされず来季まで保留の形になった。今すぐに危機が訪れる、という訳ではないが近い将来ではあるため、今のうちに準備をしておくつもりらしい。
そこで偶々先生の手が空いているのを気付き、思い切って呼んで────そして、今に至る。
「……最近、あんまり顔を出せてなくてごめんね」
「ううん、先生が忙しいのは知ってるから……今日は来てくれてありがとう!」
「此方こそ呼んでくれてありがとう。それで、私は何をすればいいかな?」
「次回作のアイデア出しをしてもらいたいな~って。多分、先生なら面白い意見とかアイデアとか一杯出してくれると思うし……」
チラチラと先生を見るモモイの目には、彼に対する大きな信頼が煌めいている。彼ならば何とかしてくれるかも────という期待。以前に助けてもらった時から、彼女の中で彼の株価は鰻登りだ。だから、今回も彼を求めた。
勿論、先生に彼女達ほどゲームの知識はない。クリエイターとしても、プレイヤーとしても。故に紡げる意見は素人目線になってしまうし、制作のアドバイスなんて到底できっこない。
でも、彼女の瞳を裏切る事なんて出来ないから「呆れられないように頑張るよ」と、笑って応える。
「それで、この格ゲーは……」
「あ、それはお姉ちゃんのアイデアなんです。何も浮かんでない状態で悩んでもいいアイデアは出て来ないから、先にゲームを分析しようって」
「あぁ、だからこんなに……」
落とした視線の先には、大量のゲームとゲーム機本体。彼女達の分析作業に使ったものだろう。よく見れば先生でも名前を知っている著名な作品が大半だ。ユーザーから高い評価を受けているゲームをクリエイター目線で分析し、それを自作に取り入れてグレードアップを目指す……確かに、理にかなっているだろう。
「……それにしても、色々なゲームを集めたんだね。次回作の方向性も併せて決めるのかい?」
「いえ。もう方向性は決まっていて……うちの次回作は『まったりスローライフ系ダンジョン探索型RPG』です」
「これまた随分詰め込んだね。でもスローライフでRPGなら、この辺りの要素は必要なさそうだけど……」
落とした視線の先には、無数のゲーム達。SFロボット、シューティング、音ゲー、格ゲー、ホラー……ざっと見る限り、この辺りの種類は一通り網羅している。まったりスローライフ、ダンジョン探索、RPGという要素にこれらのジャンルは合わないんじゃないのか────そう思っていると、モモイが勢い良く立ち上がって。
「何言ってるの先生! 確かに一般人から見たら、ダンジョン探索型RPGと格ゲーに接点がなさそうに見えるかもしれないけれど、それだけで判断するのはNGだよ! 次のミレニアムプライスを狙うなら、誰にも予想がつかないような新しい挑戦が必須! 先入観を捨て、あらゆる偏見を乗り越えてこそ、新しい地平線の向こう側に辿り着ける……!」
「全く関係なさそうなジャンルの要素を組み合わせたら、意外と面白いゲームになるかもしれませんし」
「あっ! ミドリ! 私のセリフ取らないでよ!」
「お姉ちゃんが勿体ぶって言わないからだよ」
「うわ~ん! 酷いよー! 先生、慰めて~!」
「はいはい」
抱き着いてきたモモイの頭を撫でながら、彼は視界の隅で動く猫の尻尾のような何かを見つめる。アレは一体どういう原理で動いているのだろう。そもそも、アレは人体から生えているのだろうか、それとも着脱可能なのだろうか。キヴォトスには不思議が多いが、その中でも彼女達の尻尾はそのランキング上位に位置する。先生の中では。
尚、現在ぶっちぎりの一位はコハルの首から縦に伸びているあの黒い線だ。
「皆、頑張ってるんだね」
「そりゃ、勿論!」
「はい。私とお姉ちゃんだけじゃなくて、ユズちゃんとアリスちゃんも。今度こそ皆で一緒にミレニアムプライスを取るって約束しましたから」
「うん! それが、今私達に与えられたクエストなんだ!」
「────モモイ、ミドリ、先生! 緊急事態です!」
アイデア出しを行おうとしていた3人の耳に聞こえた声は、明るい声。アリスの音。ユズと一緒にいた彼女は緊急事態という不穏な言葉を携えて来た。
────先生は少しだけ、意識と神経を研ぎ澄ませる。どんな緊急事態でも、即座に対応できるように。
「ついにユズがオンライン10連勝を超えました!」
「えッ!? 本当!?」
「このバランスが終わったゲームで10連勝も!?」
「……それは、凄いね」
肩透かしを食らった先生は、安堵したような溜息を吐いた。