シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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ゲーム開発部の次回作のジャンルは『まったりスローライフ系ダンジョン探索型RPG』だ。スローライフとは銘打っても、メインとなるのはダンジョンの探索。必然的にその構造には力を入れなければならない。
決められたダンジョンか、ローグライクか。その二択を迫られた時、アリスはローグライクの方が良いと答えた。毎回構造が変化する為、出会えるモンスターやアイテムにバリエーションがある……という点で。確かに、ユーザー目線から見れば毎回同じ一本道よりも、其方の方が長く楽しんで貰いやすい。
尚、前回ゲーム開発部が作ったローグライクゲームには『先生のはなまるシール』なるアイテムが登場していたらしい。はなまるシールなら自分よりココナの方が似合うよな、なんて思いながらアリスの熱弁を聞いて。
そして、今は。
「華やかなビジュアルとこだわりが大事なんだよ!」
「それは確かにそうなんだけど、それが結局無駄になっちゃったら意味無いじゃん。私達にもリソースにも限界はあるんだから、今はまだ届かない頂点を突き詰めるより実現可能な現実的なラインの話をしようよ」
「でも、それだと地平線の先の景色を見れないよ! 限界を突破できないよ!」
「お姉ちゃんはいつもそう言って……!」
理想を突き詰めるモモイと、現実的なラインで妥協したいミドリが言い争っていた。何方の言い分にも一理があって、尚且つ2人ともその部分をちゃんと把握しているからこそ余計に平行線を辿るばかり。
こうしたい、ああしたい、それの繰り返し。どんどんとヒートアップしていって────。
「先生の意見はどう!?」
「えぇ。こういう時こそ先生の意見が必要です! どちらが正しいと思いますか?」
と、蚊帳の外で置いてきぼりにされていた先生に白羽の矢が立った。
「うーん、とりあえず2人とも落ち着いて……」
「やっぱり派手な方がいいよね!?」
「実現可能なラインの妥協が必要ですよね?」
ずい、と先生に顔を寄せる2人。苦笑いを浮べて「喧嘩は良くないよ」と諭しても逆効果で。さて、2人を傷つけずに切り抜けるにはどうしたものか────と思っていたら助け舟を出してくれた生徒が一人。
「ちょ、ちょっと! 皆ストップ! 先生が困ってる……!」
「あ……」
「ご、ごめん……」
「このまま論争を続けても、先生に迷惑をかけるだけだよ。だから……ここは、ゲーム開発部で代々受け継がれる
「なるほど! アレですね、ユズ!」
ゲーム開発部に代々受け継がれる伝統的な方法。それなりの頻度で双方の意見が平行線になってしまうため、それを解消するために生み出された酷くシンプルな決闘。
即ち、勝者の意見は絶対。ゲーム開発部らしく、ゲームで白黒つけるのだ。
モモイとミドリが今回選んだのは『フルゼリー大戦』なるゲーム。それで互いの意見と平行線に終止符を打つ。
「さあ、後には引けないからね! ミドリ!」
「ふん! お姉ちゃんこそ!」
2人はゲームコントローラーを手に取った。
▼
2人がゲームをしている間、アリスは先生を連れて外に出ていた。ユズ曰く、「先生と一緒だったら、何か特別なインスピレーションを得られるかもしれない」らしい。
明るい光に照らされるキャンパス。人通りも多くて、活気に満ち溢れた声が四方八方から聞こえる。
「パンパカパーン! アリスと先生は、村の外に出る事になりました! 見習い勇者アリスと先生の冒険は此処から始まるのです!」
「今日は見習い勇者なんだね、アリス」
「はい! 今日はアリスも先生もレベル1の見習い勇者です! 今までは冒険の時に伝説の勇者から始めたりもしましたが……その時、モモイがこう言いました。『伝説の勇者がレベル1のスネイルを倒す冒険って、少し変じゃない?』、と」
「確かに……」
「はい。なので、『最初から冒険の始まる町の周辺に伝説のドラゴンを配置する!』と言っていたのですが……ミドリとユズが必死に止めてました」
何ともモモイらしい案である。大方、伝説のドラゴンが近くにいるからこの町に滞在している……という理由付けを行いたかったのだろうが、納得はできてもユーザー側からすれば理不尽極まりないだろう。目を付けられた途端終わりの即死トラップが配置されている最初の町なんてコントローラーを投げつけたくなる。
「あの時、皆が言っていた事を全部理解した訳ではありませんが……それでも、今日は折角先生と一緒に冒険できるので、レベル1から始めます! 少しずつモンスターを倒し、レベルアップして、伝説の勇者を目指しましょう、先生!」
「うん、頑張ろうね」
「はい! ……ですが、こうして冒険を始めるにあたって、アリスは悩んでいます。ユズのクエストをクリアするためにはどうすれば良いのでしょう……?」
アリスの疑問に彼は「そうだね」とワンテンポ置いて。
「取り敢えず、前進してみるのはどうかな?」
「前進?」
「此処で立ち止まってるだけではインスピレーションなんか湧いてこないからね。人と関わって、話して、共感する。それが第一歩だよ。それに、アリスが言っていたよね。勇者の冒険は、前進することから始まるものだって」
その言葉にアリスはハッとしたような顔をして……それから満面の笑みで、先生の手を取った。
「はい! 出会いもバトルも、レベルアップやクエストだって! 始まりは前進からです! 先生は素晴らしい知識をもっていますね!」
「アリスの受け売りだよ。全部、アリスから教えてもらった大切な事さ」
「えへへ、はい! 先生! 行きましょう! 前進です!」
▼
アリスに手を引かれ、先生はキャンパスを歩く。今訪れている場所は運動スペースの一角にある陸上競技用の広大なトラックだ。
「────いち、に。いち、に」
そこで、2人は声を聴いた。リズミカルな掛け声と足音、呼吸音。誰かがこのトラックを走っている。
そして、アリスはハッとした分かりやすい顔を浮べて。
「アリス、分かりました! ミレニアムのキャンパスで発生する特殊イベント……ミレニアム・ランダムエンカウントイベントの前兆です!」
「ランダムエンカウント……?」
「はい! 冒険中に遭遇するフィールドイベントです! 何が起こるか分かりません。先生、油断は禁物です!」
そう言い放ち、先生を庇う様に前に立つアリス。しかし、彼はエンカウントするであろう人物が誰か既に分かっていた。乱れの無い足音と掛け声、トラックという場所。此処まで条件が揃ってしまえば、分からない訳がない。
「こんにちわ、スミレ」
「────あら、こんにちわ、
「お誘いありがとう。でも、ごめんね。今日はアリスと一緒なんだ。運動はまたの機会に、ね?」
ミレニアムのトレーニング部。乙花スミレ。スポーティーなトレーニングウェアの上から指定のジャケットを羽織る、すらりとした彼女は今日も今日とて運動に精を出していた。
「これはスミレ先輩との遭遇イベントだったんですね! スミレ先輩は今日も『運動冒険』中ですか?」
「はい。軽くジョギングでもしようかと思いまして。アリスさんも『冒険運動』中ですか?」
「はい! 今日は先生と一緒に見習い勇者の冒険中です!」
「成程……毎日運動していて偉いですね」
「冒険は継続が大事ですから! サボったらすぐにレベルが下がってしまいます。デイリークエストを忘れるのは罪だと、モモイも言っていました」
「えぇ、運動は地道にコツコツと続けるのが肝要です」
嚙み合っているような、噛み合っていないような、何とも言えない会話を繰り広げる2人。どうやら2人はよく会うようで、その度に会話をして仲良くなったようだ。アリスの友人はもうゲーム開発部の中だけに留まらず、その人当たりの良さと明るさでその輪を広げている。それが先生は嬉しくて、思わず笑みが零れてしまう。
「トレーナーと一緒に居るアリスさんを見ていると、私も負けられなくなってきました」
「アリスもです! スミレ先輩に負けないようにレベル上げを頑張ります!」
「えぇ。お互い、頑張りましょう。お先に失礼しますね、トレーナー、アリス! ジョギング20km、参ります!」
「オーバーワークには気を付けてね~」
▼
スミレに負けないよう意気込み、揚々と進んでいくアリス。その活動範囲はミレニアムのキャンパスの中に収まらず、いつの間にか郊外の方まで来ていた。彼女の辞書に『止まれ』の文字はない。進めるところまで突き進むのが彼女のポリシーだ。それに、今までとは違う所に来たらインスピレーション……アリス風に言うと、予想外のイベントが起こるかもしれない……らしい。
その予感は中らずと雖も遠からず。
「あっ! ご主人様とアリスちゃんだ!」
数m離れた場所、満面の笑みを携えて大きく手を振るアスナが居た。その隣にはカリンも居て、彼女も小さく手を振っている。2人の服装は何時ものC&Cの仕事着たるメイド服ではなく、ミレニアム指定の制服。アスナはシャツのボタンを大胆に開け、スカートを折って短くして今風のギャルっぽく。カリンはシャツの上からカーディガンを纏い、アスナよりは少々きっちりとした出で立ちをしている。
「こんにちわ、アスナ、カリン。珍しい格好だね」
「そうでしょ! どう、ご主人様? 似合ってる?」
「うん、似合ってるよ」
「何時もと違う服装……新ジョブへの転職……」
そして、アリスは「はっ!」と何かに気付いたような声を上げて。
「アリス、気付きました! 2人はメイドから新しいジョブ……女子高生に転職したんですね!」
「いや……私も生徒だから。そもそも、これが普段の格好というか……」
「女子高生は強いジョブだとアリスは知っています! モモイも良く言っていました。そう────女子高生は寝る前にアイスクリームを食べても体重計が怖くないジョブなのだと!」
「普通に怖いけど……」
「あははっ、その通り! アリスちゃん鋭いね! 私達は今、ジョブチェンジして秘密のクエストを進行中なんだ! これはその為のユニフォーム!」
ノリの良いアスナは即座にアリスに合わせた、彼女の分かりやすい言葉で答える。メイドから女子高生にジョブチェンジして、その姿で大衆に潜み秘密のクエストを進める……その文字列がアリスのロマンに触れたのか「なるほど、そうなのですね!」と言って目を輝かせている。
「秘密……情報収集かい?」
「うん! 最近のゲヘナとトリニティの情勢が気になるって、リオ会長が言っててね~」
「……エデン条約かな?」
「うーん、確かそうだった気がする! なんだっけ、何か動き? 予兆? そういうのを調べてほしいって言われちゃって!」
「アスナ先輩、ちょっと……」
「だから制服を着てね……通りすがりのゲヘナ生とかトリニティ生いないかな~って。見かけたら声かけよ~! って思って!」
きょろきょろと辺りを見渡すアスナ。だが、彼女達のお目当てのゲヘナやトリニティの生徒は見当たらない。
「……まあ、そんな感じ。ゲヘナの
「なるほど、アスナ先輩もクエストを受けて冒険しているのですね。アリスと同じです!」
「本当? アリスちゃんと同じだ~! お揃い!」
「アスナ先輩。これ以上話すとアカネが……」
アスナの袖を引きながらカリンが苦い顔で呟くと、「あ、そうだった!」と言って。
「アリスちゃん、ご主人様! さっきのは秘密だよ?」
「勿論、口外はしないさ」
「……まあ、先生とアリスなら良いか」
「はい! アリス、秘密は守ります! ゲームでも、秘密を洩らすと呪いを受けたりしますから!」
「あはは! そうそう! アリスちゃんはいつも元気だね! ところで、アリスちゃんとご主人様は何してたの?」
「アリスと先生は冒険中でした」
「おお、冒険! 面白そうー! それ、私もやりたい!」
「はぁ……先輩、任務を忘れないで……」
そう呟き、溜息を吐くカリンを見ると彼女の気苦労が知れるようだった。恐らく、この任務中に何回も余計な事を喋りそうになって、その度にカリンが止めてきたのだろう。
────アスナのコミュニケーション能力を活かしつつも、彼女単体だと何が起こるか分からない為、ストッパーとして常識人のカリンを付ける。何となくアカネがC&Cのメンバーをどう思っているのか分かる人員の配置だった。
「パーティーメンバーが増えるのはいつでも歓迎です! メンバーが増えたら、使える戦術の幅が広がりますから! パンパカパーン! アスナ先輩もカリン先輩も、次の冒険では仲間です!」
「わぁい! パーティーに入った~!」
「私も……?」
「はい!」
向けられた向日葵のような笑み。邪気も裏も一切存在しない、無垢をそのまま形にしたような彼女にカリンも釣られて穏やかな笑みを浮べて。
「そっか、よろしくね」
────と、カリンもアリスのパーティーメンバーとなる事を快く承諾した。
「それじゃ……アリス、先生。私達は先に失礼する」
「うん、またね」
「じゃあね! アリスちゃん、ご主人様!」
「はい! 次のクエストは一緒にやりましょう!」
そして、予期せぬ邂逅を交わした4人は再び己のやるべき事と向き合う。アリスと先生はインスピレーション探しに、アスナとカリンは情報収集へ。互いに背を向け、歩き出そうとした時……カリンは徐に振り返った。伝え忘れた大事な事を、伝えるために。
「あぁ、そうだアリス。ネル先輩が探していた」
「えっ!? チビメイド様がアリスの事をですか!?」
「うん。何か用事があるそうだけど……まぁ、会ったらよろしくね。先輩はアリスの事を本当に気に入っているみたいだから」
「あ、うぅ……」
「それじゃ、バイバイ~」
そして、彼女達の背が見えなくなった頃。アリスは若干怯えているような顔で先生の袖を引いて。
「先生! こうしている場合じゃないです! ネル先輩がいつ現われるか分かりません! 一先ずこの場から退却しましょう!」
▼
「あ、そこのゲヘナの子!」
「え~、誰? あたし達になんか用?」
「私達はゲヘナに編入予定なんだが……」
アスナが声を掛けたのは現在在籍している生徒ではなく、これから編入する予定の生徒であるキララとエリカ。2人はアスナとカリンを訝し気に眺めて……まあ街頭アンケートみたいなものかと適当に納得した。
「お、そうなんだ~! 編入前に気になる事があってね~」
「あぁ。
「え? 今のリーダー? ねえ、知ってる?」
「さあ? イブキちゃんじゃないの?」
「いや、羽沼マコトなんだが……」
「え? マコト? 誰それ」
────頑張れ、マコト。色々と。
▼
アリスと先生は再びミレニアムのキャンパスに戻っていた。どうやらネルと遭遇しないためらしいが、ミレニアムの中の方がばったりと会いそうな気がしなくもない。
近未来的な校舎の中。白を基調とした清潔感のある廊下には生徒で賑わっていて、活気もある。
────先生が
楽しそうな声をバックミュージックにアリスは再び冒険を開始する。
「アリスには分かります……此処に、新しいアイテムの気配が! それでは探索を始め……」
「あっ、アリスちゃんだ~」
探索を開始しようとしたアリスに声を掛けたのは、指定の制服と白衣を纏うミレニアムの生徒2人。彼女達はまるでマスコットを見つけた様な表情でアリスの方まで歩み寄って来た。
「今日はどうしたの? 今日も武者修行中?」
「武者修行ではなく勇者修行です。そして今日は見習い勇者バージョンです!」
「それって何か違いあるの……? あんまり分からないけど」
「隣の人は……シャーレの先生?」
「はい! 先生です! 勇者パーティーのマスコットです!」
「初めまして。よろしくね」
成人男性がマスコットを名乗るのは多方面に失礼な気がしたので、簡易的な自己紹介に留める。だが、その物腰柔らかな……端的に言うと頭まで緩くなりそうな、ゆるふわな雰囲気がマスコットという言葉に見事にマッチしてしまったようで。
「不思議な雰囲気の人だね……なんかマスコットっていうのも理解できるかも……」
「そうかな……ま、いいや。アリスちゃん、今日も冒険頑張ってね~」
「はい! アリス、応援を受けて充電しました!」
────そうして、アリスは澱みなくクエストを熟した。頻繁にミレニアムの中を歩き回り、道行く人殆どに声を掛けて、話をして、仲良くなっている所為か彼女はちょっとした有名人のようで、クエストの報酬と称してお菓子やケーキを貰ったり、或いは一緒にゲームをプレイしたり。兎に角、彼女はミレニアムの生徒からとても好かれている様だった。アリスもその可愛がりを一切嫌がる事なく、寧ろ嬉しそうに受け入れている事もそれを助長させている。その様子はミレニアム生徒全員の妹。可愛がるな、と言う方が無理なレベルだった。
一通りの
「むむっ! そこにいるのはもしや────」
「あぁ、先生とアリスか」
「やほ」
「こ、こんにちは!」
「こんにちわ。皆が此処にいるのは珍しいね」
広場に居たのはエンジニア部の3人……ウタハ、コトリ、ヒビキ。普段はラボからあまり出て来ない彼女達がこうして外で集っているのは、先生の言う通りとても珍しい。
先生の言葉はあくまで世間話の一環だ。取り留めのない、気にするほどでもない些細な疑問。だが、それはどういう経緯を辿ったか不明であるが『エンジニア部のスケジュールに興味がある』と曲解されてしまい────説明好きなコトリがずいっと近寄って来て。
「いいでしょう! 私から説明しましょう! 私達エンジニア部は朝7時に起き……」
▼
「……して、此処に至った訳です! そうですよね、ヒビキ! ウタハ先輩!」
たっぷり60分。一日の始まりから今に至るまでの全てのスケジュールとその意図を話し終えたコトリは満足げに話を区切った。尚、先生もアリスもとても律儀に聞き流すことなくちゃんと話を聞いていたため、コトリは内心感激していた。説明や解説が好きな身としては、興味を持って聞いてくれるのはそれだけで感涙物なのだ。
「あ、うん、まぁ、そんな感じ……多分?」
「つまり、足りない装備を補充するために出てきたって訳さ」
コトリが詳細過ぎる説明をして、ヒビキが微妙な相槌を打って、最後にウタハが内容を端的に纏めて締めくくる。それがエンジニア部の日常。
「ふむふむ……毎日新しい武具を作り続けるその姿……流石、光の剣を作ってくれた鋼鉄の鍛冶屋ですね! アリス、感激しました!」
「あ、あまりよく分からないけど……誉め言葉として受け取っておこうかな」
「鍛冶屋……アリスらしい言葉選びですね!」
「……まぁ、広義で言えば、確かにそうだね」
「アリスの武器は
ヒビキがそう呟いたのち、3人はアリスの方……否、正確には彼女が背負っている武器へ歩み寄る。
「アリス、最近レールガンの……いや、光の剣の調子はどうかな? 不調とか気になる点とかない?」
「はい! バッチリです! アリスにとって光の剣は宝物……そう、勇者の象徴ですから! 大切に扱っています!」
「そうかい。なら良かった。何かあったら、何時でも来てくれて構わないよ」
アリスの言う通り、光の剣は本当に大事にされていた。こまめなメンテナンス……分解作業も伴う少々面倒なものも定期的に行っていて、毎日の点検もちゃんと行っている。武器に大きな愛情が無いと、愛着が無いと、こんな事は出来ないだろう。作ったものがこんなにも大切にされているのはエンジニア冥利に尽きる。
────良い主に巡り合えたね、と内心でウタハは己の傑作に微笑んだ。
▼
その後も、アリスの冒険は続いた。多くの出会い。多くの会話。多くの縁。全て、アリスが一から紡ぎ上げた、今の彼女を形作る大切なもの。アリスがキヴォトスで、ミレニアムでどう生きて、どう過ごしているのかがよく分かる交流。
あの時からずっと、アリスは成長している。知識を重ねて、経験を重ねて、物語を紡いで。1日という大切な時間を通して、彼女はまた一歩生命として成長する。
そして────今日一日を締めくくる、最後の出会いは。
「────見つけた、チビ」
「や、野生のチビメイド様が現れました!」
「あぁん!? 誰が野生のチビだ!?」
アリスが怖れていたラスボスとのエンカウント。彼女を避けるために色々な場所を歩き回っていたのだが、とうとう捕まってしまった。
「あ、ネル。久しぶり」
「んだよ。先生も一緒に居たのか。丁度良かった。2人ともちょっと付き合ってくれ」
「えぇっ!? アリスはまだ冒険の途中で、ボス戦には……」
「ほら、さっさと行くぞ」
先生の背に隠れようとしたアリスだが、身のこなしはネルが数段上。隠れるよりも前にネルは彼女の手を掴んだ。逃がすつもりなんて欠片も無い、固く握られた手。痛みは全くないが、代わりに途轍もない圧がある。
「アリス、チビメイド様に捕獲されてしまいました! アリスの冒険はここまでなのでしょうか!? バッドエンドになるなら、せめて特殊スチルが欲しいです!」
「何言ってんだ……んな事より、チビメイドって何だよ! もうちっと違う呼び方をだな……」
「チビメイド様以外の呼び方……?」
それ以外に何かあるのか、と言わんばかりの声音と表情にネルは内心『こいつマジか』と思う。そもそも、散々怯えているのにも関わらず、頑なに『チビメイド様』から呼称を変えない時点で割とぶっ飛んでいる。
コイツは大物だな、なんて取り留めのない事を考えながらネルは溜息を吐いて。
「先輩でいいだろ、普通に。ほら、ネル先輩って呼べよ」
「うーん……はい、分かりました! チビネル先輩」
「チビを外せよッ!」
「相変わらず仲良いねぇ」
▼
ネルの有無を言わさない連行、辿り着いた場所は古き良きゲームセンターだった。音ゲーやクレーンゲーム、UFOキャッチャーが立ち並ぶ雑多な店内は人の数が疎らで殆ど貸し切り状態。煌びやかな光と音が網膜と鼓膜を刺激する空間で、ネルとアリスは2人仲良く隣通しで座っていた。
「くっそ、また負けた! ぐああぁーッ! ムカつく! んだよその技!? ハメ技じゃねえかッ!」
「ユズはハメ技もゲーム要素の一つだと言っていました! 抜けれない方が悪いそうです!」
「テメェ、セコい手を使ってんじゃねえよ!」
「うわあぁぁん!」
アリスの胸倉を掴まんばかりの勢いで立ち上がったネルがその顔を怒りで歪ませると、刻まれた恐怖が呼び起こされて半泣きに。かれこれ10回以上、このやり取りが繰り広げられていた。そして、その繰り返された回数分だけネルはアリスにボコボコにされた事になる。尚、ネルはアリスに一回も勝っていない。連敗記録を絶賛更新中である。
────こうして、2人がゲームをプレイするのは今日が初めてではない。対戦数自体も50回を超えているし、今回は偶々ゲームセンターで遊んでいるが、ゲーム開発部の部室で一緒に遊ぶことも多い。当然アリス以外にもモモイやミドリ、ユズとも対戦しており……その悉くに敗北を喫している。
「くっそ、次だ!」
そう息巻き、再び2人は同じ筐体に向き合う。当初は荒削りだったコンボもアリスの指南によって少しずつ繋がるようになり、対戦数を重ねる毎に上達……しているのかは分からないが、少なくともワンサイドゲームになる回数は減ってきた。
「うわあぁん! ネル先輩のコンボが繋がりません……」
「もっかい最初からだ!」
悪態を吐きながらも投げ出す事は無く、その熱意に押されるようにアリスの指南は続く。時間はあっという間に過ぎ去って、3人がこの場所に訪れて1時間が経過しようとした頃……ある少女がこのゲームセンターに訪れた。それに気付いた先生が軽く手を振ると、彼女もまた穏やかな表情で優雅に手を振り返す。
そして、彼女は音も気配も無くネルのすぐ近くまで歩み寄った。とても、攻撃的な笑みを携えて。
────アリスの背筋に冷たい汗が流れた。
「あの……」
「おいゴルァ! 画面から目を離すんじゃねぇ! アタシの華麗なコンボを────」
「どこでサボっていると思ったら、こんな所にいらっしゃったのですね、部長」
聞き覚えのある、だが想像を絶するほど冷たい声が耳のすぐ傍で聞こえた瞬間、ネルは肩を跳ねさせながら驚き筐体の椅子から飛び退いた。
「うわッ! あ、アカネ!? いつの間に!?」
「ちょっと前だよ」
「気付いてたなら教えろよ先生!」
「熱中してたし、邪魔するのも悪いかなーって」
ネルの怒りをそよ風のように受け流した先生は全く悪びれていない苦笑いを携えて「ごめんね」と付け足す。面白そうだから放置したのだ。仮に何処かで同じようなシチュエーションがあった場合、彼は満面の笑みで口を噤んで成り行きを見守るだろう。
「私、言いましたよね? 今日は会長から任務の通達があるから準備をしておいてください、と」
「……あ」
完全に忘れていた事がよく分かる、ネルにしては気の抜けた声。かなり大事な用事を忘却の彼方に追いやっていた彼女は思わずコントローラーを動かす手を止めてしまい……そして、その隙を見逃してくれるアリスではなく、残り僅かだった彼女の体力ゲージを一切容赦なく消し飛ばした。
「アリスの完璧な勝利です!」
「ちょ、テメェ! 今のはナシだろ!」
「勝負の世界は残酷なもの。常に結果だけが真実なのです。それとも、ネル先輩は戦闘中によそ見してやられても、今のは無効だと言うのですか?」
「……へぇ、言ってくれるじゃねぇか……! 上等だ! その挑戦────」
「ゲームは一日一時間。約束、しましたよね? さあ、任務に戻りますよ、部長。これ以上は許しませんからね」
椅子に座ったネルをひょいと持ち上げ、そのまま担いだアカネは澱みなく出口に向かう。それはまるで、聞き分けの無い子どもを叱る母親。ネルの身長とアカネの大人っぽさも相まって、容姿の乖離に目を瞑れば親子と言っても通用しそうであった。
「あ、ちょっと待ってくれアカネ! あと少しだけ……!」
「それでは失礼します、先生、アリスちゃん」
「またね~」
哀れ、ネルの願いは聞き届けられる事無く連行された。
▼
アリスと先生がゲームセンターを出たのは空が茜色に染まる頃だった。夕焼けの色、また明日と言い合う時間。
烏が啼く、陽の落ちる街並み。さざめく音が遠く聞こえる。2人は帰路に就く。
「そういえば、アリスはネルが怖かったんじゃないかい?」
「……確かに、今もメイド服は苦手ですが……今は味方です。モモイが言ってました、敵から味方に変わると大体弱体化する、と。なのでネル先輩も弱くなっている可能性が高いです。だから、アリスはネル先輩の事はもう怖くありません。ネル先輩も、もう仲間ですから!」
「そっか」
「……ですが……ネル先輩とゲームする間、冒険が出来ないのは困ります……だから、先生と冒険する大事な今日だけは、その……」
「最近は、あんまり顔を出せてなかったもんね」
信号が赤になり、2人は立ち止まる。この先はミレニアムのキャンパスの正門。別れは近い。それを惜しむように、会えなかった時間を埋め合わせるように先生はアリスの頭を撫でる。
彼だって別段鈍い訳ではない。自分がアリスに大切に思われている事はちゃんと分かっているし、寂しい思いをさせてしまった事だって……あぁ、分かっている。
「私は、今日アリスと過ごせて……冒険ができて、とても楽しかったよ」
「ッ! そうですか?」
「勿論、本当に楽しかった。アリスはどうかな? 今日の冒険は、今日という一日は楽しかったかい?」
暮れ泥む空は攫われそうな色を描く。焼かれた色に照らされる、振り返った彼。その光景が妙に現実感が無かったけど。
「アリスは……アリスも、今日の先生との冒険は楽しかったです! その、残念ながらユズのクエストは進める事が出来ませんでしたが……それでも、アリスは勇者です! 勇者は諦めないものです!」
一日中、日が暮れるまで歩き回った。ミレニアムのキャンパス内を、郊外を。その中で、アリスは煌めく様に生活を営んでいた。様々な生徒と出会い、可愛がられたりしながら、一生懸命この星で
「まだ見習いですが、これからもクエストを熟し、沢山レベルアップして……いつかは、この光の剣で世界を脅かす魔王を倒します!」
だから、どうか────。
「その時まで、アリスと一緒に冒険してくれますか、先生?」
「うん、勿論。これからもよろしくね、アリス」
繋がる2つの手。
その手をいつまでも、離さずにいられたなら。