原作を知らないまま主人公になった男   作:来栖未西

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いっそ何も知らなければ

 

 何とかなると思っていた。だってあの有名な漫画の主人公になったんだから。

 

 最初は楽しかった。赤ん坊の頃の記憶はない。それが生まれ変わった後遺症なのか、ただ俺の脳がよくなかったのかは分からないが、気づいたらガープという爺さんと一緒にいた。修行というにはあまりにキツイ環境だった気がしなくもないが、それでも前世では考えられないような身体能力が備わっていて、体とを動かすのが楽しかった。子供にはとても倒せないような野生動物も相手にできるくらい強くなって、案外こんな生活も余裕だなとさえ思った。

 

 だがそんな生活はシャンクスに出会うことで変わった。俺は前世で漫画なんかほとんど読んだこともないし、アニメも見たことがない人生を送っていた。だから最初は気づかなかった。

 

 でもある日、唐突に結びついた。

 

 シャンクス。海賊。海軍。

 

 ーーワンピース

 

 最初は戸惑った。考えれば自分の名前がルフィであることも急に不思議な感覚になった。キャラクタの名前であると認識していると同時に、自分がルフィであるという自覚もあるのだから。

 

 ただそんなことはすぐに消化した。大した問題ではないと思い、その意味を大きく考えなかった。あんまり知らなかったとはいえ、有名漫画の主人公になれてラッキーとさえ思った。

 

 知っているキャラクターが生きて目の前にいる事実は、やっぱり興奮した。山賊が降りてきて良いようにやられても、決して手を出さなかった赤髪海賊団の人たちは、言いようのないカッコよさがあった。憧れた。

 この世界がワンピースであると理解してから、ぼんやりと俺も海賊になると思っていたものだから、シャンクスのような海賊になりたいと。

 

 山賊が去った後、赤髪海賊団は楽しげに宴を始めた。俺も雰囲気にあてられ、気づいたら悪魔の実を食べていた。あの時ばかりはシャンクスに怒鳴られたが、結局は笑い話のように許してくれた。

 

 だがその時に俺は別のことも考えていた。前世では確かルフィはゴムゴムの実を食べていたと聞いたことがある。そしてこの世界でも俺はそれを食べた。もしかしたら経緯は違ったかもしれないが、重要な事柄はちゃんと訪れた。それならこの世界は、ある程度俺に有利に動くと思ってしまった。

 

 そんなことがあるはずもないのに。

 

 兄弟の盃。エースとサボと交わした誓い。俺は前世で彼らを知らなかったが、きっとこれから仲間になるような大事な人たちだと思った。いや、そんなことを抜きにしても、あいつらとは本当に兄弟のように莫逆の仲になれたから嬉しかった。山を駆け回って、海賊を語って、夢を共有した。

 

 きっとこれからも楽しい日々が待っていると思っていた。

 

 

 

 ―――だけど、サボは死んだ。

 

 

 エースの言葉を聞いても、呆然とすることしかできなかった。足元から自分の拠り所が消えていくような感覚に陥った。とても受け付けられるような事実じゃなかった。

 

 兄弟が死んだ。あの日、サボは自由になろうと言った。必ず海に出ようと言った。けど、サボは海に出ることなく死んだ。

 

 俺はサボを失って初めて気づいた。自分が特別な存在でも何でもないということに。強いのも、すごいのも、人を救えるのも、全部原作のアイツが特別だったからなんだ。

 

 この世界について知っていることは全て前世の知人から聞いたことだ。

 曰く、ルフィはいつも仲間を助ける。

 曰く、ルフィはいつだって敵を倒す。

 曰く、ルフィはどこでも仲間を得る。

 

 俺はルフィではない。

 

 思えば予兆はあった。まだフーシャ村で走り回っていたころ、シャンクスが連れて来たウタという女の子。一年にも満たない非常に短い期間だったが、とても仲良くなった。野郎の中に紛れて女の子が一人いるものだから、きっと彼女も重要な人物なんだろうと思っていたが、ある日急に消えてしまった。

 

 シャンクスたちは俺に何も教えなかったが、彼女は歌手になるために島に残ったというから、違和感を持ちながらも信じた。

 

 だけど今考えてみろ。そんなことがありえるか。娘だ、娘だ、と大事にしてたあの海賊団がウタを置いてきた? そんなわけないだろ。

 

 きっと何かあった。

 

 ……ああ、きっとウタは死んでしまったのではないだろうか。あのシャンクスが口を濁してまで、真相を俺に伝えなかったのはそういうことだろう。

 

 俺はそんな時、何もしなかった。何もできなかった。いや、何かをするべきだと思ってさえいなかった。

 

 ただ俺はどこかで選択を誤った。きっと何かを間違えた。俺が何かをしなかったか、あるいは何かをしてしまったせいでウタもサボも死んだ。

 

 俺が暢気に遊んでいたせいで。何とかなるだろうと楽観視していたせいで。死ぬべきでない人間が死んでしまった。

 

 きっと、アイツなら助けてみせたはずだ。正しい世界なら二人は俺の目の前から姿を消すことはなかった。

 

 俺は、もう間違えられない。すでに二人も俺のせいで死なせてしまった。

 

 俺がすべてを救わなければ。

 

 アイツの代わりに俺が。俺が。

 

 すべてを。




きっと。
きっと。
きっと。

アイツなら救ってみせた。
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