原作を知らないまま主人公になった男   作:来栖未西

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誰を救えば

 

 俺は何を信念にすればいいのだろうか。

 

 目の前で、縄に縛られ、傷だらけの状態で、砂利まみれのおにぎりを食べているロロノア・ゾロを見ながら考える。

 

 海賊は悪か、海軍は正義か。

 

 海賊は悪。

 こんな分かりやすい構図が成り立つほど、世界は単純ではない。そもそも原作のアイツだって海賊だが、きっと人を襲うようなことはしていなかったんだろう。赤髪海賊団もフーシャ村では悪事を働くことは一度もなかったし、簡単に剣を抜くような野蛮な男たちでもなかった。

 

 海軍は正義。

 その背中に書かれている文字通りだろうか。それが本当だとしたらさっきの光景は何なのだろうか。幼い女の子が必死に作ったおにぎりを投げ捨て、踏みつけ、親の威光を振りかざしている子供は。今の光景を見て何も行動を起こさない海兵たちは、こんな子供を放置している親は、正義だろうか。

 

 そんなことはない。海賊は徹底的な悪ではないし、海軍は妄信すべき正義ではない。

 

 では、先ほど船で出会ったコビーという少年はどうだろうか。

 

 確かになよなよしていて、泣き虫で、否定的なことばかり言う。それでもコビーは大事なところで男を見せた。海軍将校になると宣言してみせた。

 

 ガープの爺さんはどうだろうか。

 

 エースとサボとガープで焚火を囲み、猪の肉を食べた日々のことを思い出す。ある時あの爺さんは俺に「強い海兵になるんだ」と言った。あまりにも切実に願うように、呟いたその言葉は、今となって俺の心を縛っている。

 

 全てを救うことはできない。そんなことは分かっている。だがせめて、アイツが、原作のアイツが救ってきた人たちは救わなけらばならない。それこそが正しい世界のあり方なのだから。

 

 しかし俺は原作を知らない。これから起こるであろう悲劇を阻止するのが俺の役割であったとしても、その悲劇がどこでいつ起こるのかが分からない。

 

 俺は、何を救えばいいのだろうか。

 

 分からない。

 

 あの日、兄弟の一人を失い、その前にも既に一人失っていたことに気付いた俺はずっと考えてきた。これから先、何を基準に誰を救えば良いのか、誰を敵に据えたらいいのか。

 

 ただとにかく俺はその時を待ち、できる限りの準備をしてきた。

 

 そんな中エースが17歳になったら海に出ようと新たな誓いを立てた。このタイミングだと直感した。奇しくも俺が悪魔の実を食べた時に考えていた「重要な事柄は必然と起こる」が、また一段と現実的になった。

 

 しかし結局のところ、これが俺次第だということも分かった。きっと彼らもどこかのタイミングで救う選択肢を選べる瞬間があった。でも俺がそれを逃してしまった。

 

 コビーに出合い、彼がどちらの人間かを考え、答えの出ない問いに悩んでいると、記憶に似たキャラクタが木に括り付けられていた。

 

 命がけでおにぎりを握った少女、凶悪な海賊に立ち向かった少年、そして海賊狩りゾロ。

 

 前世で得たこの世界の知識はほとんどない。友人が一方的に語っていた内容を僅かに覚えている程度だ。

 

 海賊狩りのゾロ。聞き覚えがある。世界一の剣豪になる男らしい。それ以上はあまり覚えていない。しかし友人は「副船長として……」とか何とかも言っていたような気がする。

 

 つまるところ、俺の立場は決まった。

 

 結局のところモーガンという男は俺の敵ではなかったし、ロロノア・ゾロが簡単に倒してしまった。

 

 ゾロの縄を解き、刀を探してくるとあっという間に事は済んだ。十日以上縛られ、碌に飯も食べていないのにどこにそんな体力があったのか。何はともあれ三刀流はモーガンを両断した。

 

 だが、結果として俺は焦燥感を得ることになった。

 

 弱い……。

 

 あまりにも、海賊狩りのゾロは弱かった。

 

 確かにモーガン程度は楽に倒せたが、俺なら何年も前に倒せるような実力だった。この先、グランドラインに入れば敵は強くなっていく一方だ。こんな程度では必ず壁にぶち当たる。

 

 旅を共にする仲間がこの程度の実力であれば、その時に俺は一人で仲間を助けなければならない。

 

 それなら、きっと原作のアイツはこの時点でもっと強かったはずだ。俺にはまだ強さが足りない。全てを救う強さが。

 

 これから先は、この誰かが零す道しるべを見逃してはならない。俺の選択に誰かの命が懸かっていると自覚しろ。兄弟を失った日の感情を忘れるな。選択を間違えてはならない。

 

 静かに呟く。「俺は海賊王になる」

 

 海賊王に興味はない。しかしアイツが海賊王になると言っている以上は、俺もならなければならない。その前段階の道しるべは既にシャンクスが示している。彼は「この帽子を返しに来い」と言った。ならアイツは必ず返しに行く。グランドラインの奥、新世界で彼は待っている。

 

 だが、ふとそこで違和感を覚える。

 

 何故シャンクスは俺に帽子を預けた。原作で麦わら帽子をかぶっていたから今まで不審には思わなかった。しかし現実として生きている俺は疑問に思う。何故そんなことするか?

 

 俺にとってのシャンクスではない。

 

 シャンクスにとってのルフィとは何かを考えろ。

 

 確かに赤髪海賊団とは酒場ではたくさんの話を聞いて話をした。ウタとも仲が良かった。しかし、言い換えればそれだけだ。

 

 間違いなくシャンクスとは初めてあの村で会った。ガープとは知った中でもあるようだが、それも深い縁ではない。ではシャンクスは俺に何を見た?

 

 直感で何かを感じた。それを漫画で読んでいたなら納得していたかもしれないが、ここは現実世界だ。一人一人に意思があり、正義があり、夢がある。であれば俺が特別であった理由があるはずだ。

 

 そうして一つの可能性に思い当たる。

 

 ゴムゴムの実。まだ創作物の世界にいると浮かれていた俺が食べた悪魔の実とよばれる不思議な果実。さらに思い出す。この果実はシャンクスが持っていた。実際どうかは知らないが、赤髪海賊団は能力者がいたようには見えなかった。つまりあの実は何か理由があって、所持していた。

 

 俺が食べたとき、その実は机の上に置いてあった。やはりこれもおかしい。何故あんなところに置いていたのか。まるで食べてくださいと言わんばかりの状況だ。

 

 しかしそれでシャンクスに何の利益が出る。

 

 あるいはもっと別の、大きな意志が存在しているのか。

 

 駄目だ。あの時シャンクスが俺に何を感じたのかは分からない。ゴムゴムの実が重要なアイテムだったのか、それとも俺自体に何か理由があったのか。

 

 ……結局、進むしかない。謎は残っているが大筋は定まっていることは確かだ。

 

 迷っている暇はない。俺は多くの人間を救う。これも決まった運命だ。





強くならなければ。

救わなければ。

海賊王にならなければ
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