「事件の中心人物だって?」
私の問いにノーチェスは頷いた。
「あなたはアンブレラ社に深く関わっているのですよ。
それは建物の設計だけではありません。
今後、スペンサー卿はあなた方一家をとあるウイルスの初の実験台に利用しようとしています。
下手をすれば、その結果が世界に混乱を招くかもしれません。」
私はジェシカの話を思い返していた。
囚われた彼女とリサは何か薬を打ち込まれて研究者達に状態を監視される、と。
それは薬ではなく、ウイルスだったのではないだろうか。
研究者達が彼女達を騙して、栄養剤か治療薬などとうそぶいたのだろう。
それに・・・、ジェシカが語ったリサの異形な姿は、ウイルスの作用で細胞が変質することで成り果てたものかもしれない。
ウイルスがそこまで人体を変貌させるなんて聞いたことがないが、人類がやらなかっただけできっと有り得ない話ではないのだろう。
「スペンサー卿は何が目的なんだ?」
私は彼に尋ねた。
「スペンサー卿は、他国のとある遺跡にて咲いていた花からウイルスを採取しました。
彼の目的はそのウイルスを人類に振りまくことです。」
「壮大な話だな。奴は自分が神様にでもなったつもりか?」
「なるつもりの可能性はありますね。私には理解出来ない考えですが。
さぁ、あなたの質問には答えたのですから、一旦銃を降ろしてくれませんか?」
私は構えを崩さなかった。
「お前の目的を聞いていない。」
ノーチェスは、少しばかりのため息をついた。
「分かりました。率直に申し上げます。
あなたとは取引をしたいのです。」
「取引・・・?」
「ええ。先程話したウイルスは、『始祖ウイルス』と呼ばれるものです。そして、それを宿す花は『始祖花』と呼ばれます。トレヴァー様、あなたにはスペンサー卿の本邸の地下に眠るその花を取ってきて頂きたいのです。」
「それで、はい分かりました、とは言わないだろう。見返りは何だ?」
「あなた方一家の身の安全を保証しましょう。海外の安全な土地に避難する手引きをおこないます。
アンブレラ社の手が及ばないような場所へです。」
それが本当ならば、確かに働きに見合うだけの価値がある取引だ。
実際、スペンサーの違法なおこないを世に広めた後に、報復がないとも言い切れない。
そこが知れない企業相手にどこまで逃げていいのか分からなかった。
役所に行って転居届出さないとな、とか滑稽なことを考えていたこともあるぐらいだ。
目には目を歯には歯を、か。
「そちらのメリットは何だ?」
「メリットですか。
私にはあまり時間がないのですよ・・・。
先日、亡くなられたあなたの友人のジョニー・ディアス。
彼は私の組織の先輩にあたる方なのです。」
思わぬ名が出てきて戸惑ってしまう。
ジョニーがノーチェスの先輩?どういうことだ?
ジョニーは何をしようとしていたんだ?
5年来の友人であった彼が分からなくなってしまう。
ノーチェスは私の考えを見透かしたようだった。
「ジョニー・ディアスも私と同じH.C.Fのスパイだったのですよ。
あなたと接触したのだって、アンブレラ社の動きを探るための一手段としてでした。
まぁ、あなたには大分気持ちが緩んでいたようですが。
殺害されたことは、私としても非常に惜しまれます。
技術や知能を教わった良き先輩でしたからね。
ちなみに、彼には妻子はいません。」
ジョニー・・・、胸に染み入るように広がるこの気持ちは、友の裏切りへの怒りなのか憐れみなのかそれとも別の何かか、私には判断出来なかった。
「その口ぶりからして、ジョニーはアンブレラ社の者に殺されたのか?それにケリーはどうなったんだ!?」
「そう矢継ぎ早に質問をしないでください。
ジョニー・ディアスについては、どうやらアンブレラ社の者に殺されたようです。
彼はアンブレラ社に危機を感じて一度身を隠そうとしていましたから。
あなた達と食事をした翌日に決行するつもりでした。
ケリー・ファブロンについては、ディアスのように連絡を取っていたわけではないので、私も所在を掴めていません。
ただ、タイミングを考えると面倒なことに巻き込まれている気がしますね。
それは、トレヴァー様も同様の考えでしょうが。」
「ケリーはH.C.Fではないのか?」
「ええ。彼は違います。恐らくですが、あなた方の食事に同席していたのが原因ではないでしょうか?ディアスは何か言っていましたか?」
私は飲んだ時を思い出そうとした。
確か・・・
「ジョニーは、アンブレラ社が正規の手続きをしていない資機材を洋館に運び出そうとしている、と言っていた。」
「その時にすでに店内につけられていたかもしれませんね。
あの人はどうも・・・詰めが甘い。」
私は一瞬ムッとしてノーチェスを見たが、彼の悲しみの色を浮かべた瞳を見やると口出しが出来なかった。
話をしてみると、確かに敵意はないように思える。
少しためらったが、私は銃口を地面に向けた。
ノーチェスは、それを見て少し微笑んだ。
「信用していただきありがとうございます。」
「まだ信用したわけではないぞ。それに発砲していたら見切っていたのだろう?」
「・・・否定はしません。命あっての物種ですから。それでも少しばかり歩み寄れたと思っています。
ご期待に添えるように務めさせていただきます。」
何だか調子が狂う相手だ。
「話を戻すが、時間がないというのは?」
「ディアスが殺されて家宅捜査がおこなわれるまでの間、彼の部屋がそのままの状態なのです。もし処分をしていなければ、私の痕跡が彼らに見つかるやもしれません。
私は次のパーティーが終わるとほぼ同時に、H.C.Fの拠点へ戻るつもりです。
ただし、組織は何の成果もなしには受け入れてくれないでしょう。
その時までに『始祖花』のサンプルはどうしても必要なんです。」
どこも殺伐としているな。類は友をってやつだろうか。
「あんたが取りに行くのはダメなのか?」
本人としてもそうしてくれれば手っ取り早いじゃないか?
その代わり、私達が手引きをしてもらえなくなるが・・・。
どうしても聞いてみたかったのだ。
「屋敷内には、執事長がいます。
彼はなかなか隙がありません。
パーティー中は、あえて私は彼の傍にいようと思います。
時間を稼ぎますが、どうか短い時間でサンプルを入手して下さい。」
無理難題を吹っ掛けられたもんだ。
けれど、他に一家を守る手段が出てこないのも事実だ。
「地下室の入り口は?」
「大広間から出て、突き当り左側にスペンサー卿の書斎がありますので、その部屋の一番右の本棚にある赤い本を抜き取ってください。地下室への扉が開かれます。」
スペンサーらしい仕掛けだ。
「分かった。あんたの言葉を信じるとしよう。だけど、条件が1つある。」
「何でしょうか?」
「身内のエマさんと建築会社の洋館建設に関わった人たちの安全も保証して欲しい。」
「なるほど・・・。
身内の方はあなた方と避難先で落ち合うように手配しましょう。
職人様方は、我が社で勤めて頂くのであれば構いません。
彼らの腕はこの洋館を持って証明されていますからね。
もちろん、安全性は保証します。」
「今回のような面倒に巻き込まないようにしてくれるのであれば、お願いしたい。」
ノーチェスの表情が少し明るくなる。
「ありがとうございます。必ずや約束をお守り致しますので、ご安心ください。」
「ああ。よろしく頼む。」
「話をまとめますが、来訪されたら隙を見て地下室へと入ってください。『始祖花』は花弁だけでも構いませんが、最低3つはお願いします。
サンプル入手後は私の方から近づきますので、目立たないように注意して下さい。
その後は、とある経路を使い港に避難をして当日海外へ向けて出港します。
それとパーティーは、7日後の午後6時からなのでお忘れなきように。」
恐らくチケットの要らない船旅になるのだろう。
「ああ、分かった。」
ノーチェスと別れた後に、自宅に戻った。
帰宅した頃には、もう夜になっていた。
食事を取りシャワーを浴びたあと、寝室にてジェシカには今日のことを話した。
友人のことも全てだ。
彼女は、友人を亡くした私を気遣うような言葉をかけてくれた。
私達ならきっと大丈夫、とも。
リサは9時ぐらいからずっと寝てた。
―――――――――――――――――――――――――――
フェンタニル・ノーチェスはスペンサー卿の書斎にいた。
家主に今日の出来事を報告するためだ。
スペンサー卿は、頷きながら彼の話を聞いていた。
「―――以上が洋館及び研究施設についての内容になります。」
「トレヴァー君の発言で何か気になることはあったかい?」
「・・・いえ、私が気になることは特にありませんでした。」
「そうか・・・。うん、報告ご苦労様。君も疲れただろうから、ゆっくりと休むといい。」
「ありがとうございます。」
「おっと、そういえばフィクサーはパーティー当日に戻ることになったようだ。どうにも支度が忙しかったらしい。」
「フィクサー・・・。掃除屋のですか?」
アンブレラ社に損益をもたらすならば、敵味方問わずに手をかける者と聞いたことがある。
「ああ、そうだね。本当は数日前に戻ってきて欲しかったんだけどね。」
ノーチェスはその真意を探ろうと質問した。
「なぜでしょうか?」
スペンサー卿はふふっと笑った。
「先日、アンブレラ社にネズミが紛れ込んでいたのをフィクサーが処理してくれてね。
こちらの屋敷でも仲間がいないか探してもらおうと思ったのだよ。
彼はとても鼻が利くみたいだからね。」
マズイ奴がいたものだと、ため息をつきたくなる。
「そうでしたか・・・。」
「なに、気負うことはないよ。いないのならあっという間に終わることだから。いないのなら、ね。」
顔に出さないようにしたが、ノーチェスは悪寒を感じずにはいられなかった。
一般の世とはほど遠い所を生きている彼ほどの男でもスペンサー卿の異質さは、受け入れがたいものがあった。
彼は掃除屋がパーティー前に来なかったことを感謝した。
そして日付が経ち、パーティーが催される日となった。