ピアノで演奏を無事に終えて安堵していた私。
貴族達の喜ぶ顔を見ていると達成感に浸ってしまう。
私は今夜の出来事をきっと忘れないだろう。
それなのに、なぜだか私は父に連れられて、スペンサー卿の邸宅の外を走っていた。
それに母も来るのはともかく、執事も一緒についてきており訳が分からない。
外はすっかり暗くなっており、空はキラキラときれいな星々が輝いていた。
執事はキョロキョロと辺りを見回し、父に話しかけている。
「トレヴァー様、こちらへ。私の車に乗って行きます。」
「俺の車でもいいけど?あんまり良い車だと目立つんじゃないか?」
父は自虐的な提案をしている。
娘が気を遣うのもなんだけど、別にウチの車も悪くはないよ。
「いえ、トレヴァー様の車はすでに使えない状態にされています。
あなた方が客室にいる時間に細工をされました。
申し訳ありませんが、そういう手筈だったんです。」
父は驚いた顔をしていた。私もだ。
車が使えないってなに?
手筈ってなに?
ここのサービス怖い。
「そこを阻止することはできなかったのか?
ローンがまだ残ってるんだぞ!?」
父は初対面のはずの執事に啖呵を切っている。
「申し訳ありません、とにかく私の車へ!」
執事に食って掛かりそうな父を尻目に、車のもとに向かった。
そこには、礼儀やマナーを遵守する執事のイメージとはかけ離れた、ワイルドな車があった。
「あら、立派な車ね。」
母は、執事の車をほめいている。
父がすねるからやめてあげて。めんどくさいし。
皆が車に乗り込み、走り出したときに私は疑問を口にした。
「ねぇ、何が起きてるの?」
当然の質問である。
私が知らない所で何かがあるのだろうが、分からない。
なぜ、スペンサー卿の邸宅をこんなそそくさと逃げるように出ていかなければならないのだろうか。
逃げると言っても大広間での貴族達は、私達が駆け足で出ていく時にエールを送ってたが。
全くもって事態が飲み込めない。
助手席にいる父があたふたとしている。
「ほら、さっき言っただろ?エマさんの容態が良くないんだ。」
「それは嘘でしょ。流石に私でも分かる。」
「それは・・・、あれだよリサ。色々と渦巻くものがあって・・・なぁ?」
執事に何か同意を得させようとしているが、苦笑いされている。
彼は邸宅の門を出ると、アクセルをより踏んだようで車のスピードが出だした。
助手席後方に座っている私からは、ハンドル奥にある計器盤の針がぐっと持ち上がるのが見えた。
窓の外を見ると、闇に染まったような暗い木々が次々と後方に流れている。
それを恐れるようにしてか、ガタガタと車が揺れている。
来た時に把握していたが、しばらくはアスファルトのない土が剝き出しの道をいかねばならない。
私は心許ない力で、座席のシートをつかむ。
隣にいる母は私の顔をジッと見て口を開く。
「ねぇ、リサ。あなたが小さい頃に怖い夢を見たって話を覚えてる?」
突然、何の話だろうか?
その話は私がまだ小学校に行く前だったか。
時折、母がその話を蒸し返すのでよく覚えている。
「私が何かに追われる夢を見たんでしょう?それがどうかしたの?」
「お父さんはね、リサの怖い夢を実現させないために頑張ってたのよ。」
母は、当時幼い私の夢の話を誰よりも知っているかのように語った。
しかし、全然ピンとこない話である。
だってあれは夢だもの。
それに父がポカンとして母を見ているじゃないか。
なのになぜか母が私を見る目は、真剣そのものである。
「お父さんは普通の人なら耐えられないようなことでも、決して逃げ出さないで立ち向かったわ。それは全部私やリサのためなのよ。」
母の眼差しからどうにも目を逸らすことができない。
それが、偽りのない気持ちを表していることが伝わる。
私は母に問う。
「さっき部屋を飛び出したことも・・・そうなの?」
母は優しい表情でゆっくりと頷く。
「そう、今もね。」
やっぱり身に感じる情報が少なすぎて分からない部分が大きく占めている。
けれども、母の気持ちは伝わった・・・と思う。
私は父を少しだけ見やる。
父は私の反応を伺うように見ている。
うーん、照れるというか気まずいというか。
何となくバックミラーに目線を移すと、執事が密かに微笑んでいるように見えた。
「トレヴァー様。ご歓談中に申し訳ありませんが・・・。」
執事は表情を切り替えて父に話を持ち掛ける。
「様はいいよ。それに家族がいるんだからその呼び方はややこしい。」
父は偉そうに執事に言う。どこか嬉しそうな表情にも見える。
「分かりました。ジョージさん、グローブボックスを開けて頂いてもよろしいでしょうか?」
父がそれに従い助手席前の収納スペースを開ける。
中に手を入れた父は驚いていた。
「拳銃はともかくとして、爆弾まであるのかよ。」
父が手に取ったのは、赤い円筒状の爆弾が5本束ねてあるダイナマイトだった。
それぞれの筒の先には、数十cmの縄がついている。
狭い空間内で見たそれは、今まで見た中でも最大の恐怖を私に与えた。
「お父さん!それ爆弾!?早く窓から投げ捨てて!!」
私は思わずそう叫んでしまった。
「落ち着いてください。火が無ければ起爆はしません。」
執事はバックミラーから私を見て諭そうとする。
これが落ち着いてられるか!
「リサ、大丈夫だ。父さんはへましないから。」
へまが原因で普段母から様々な技をかけられているんでしょう?
口を真一文字に結ぶ私をよそに、前方の席同士で会話が始まる。
その間、母が私の背中をさする。
すごい癒される。ずっとそうしてほしい。
「最後まで油断はできません。そのダイナマイトは1つしかありませんので、ポイントまで使わないでください。」
「どこに行くんだ?」
父が執事に質問する。
「もう少しで林の中にある納屋に着きます。そこには地下道への入り口があり、中を1kmほど進むと崖下にある海辺へと出ます。小舟を停泊していますので、それに乗って港へと向かいましょう。」
「何でそんなに用意がいいんだ?」
「元々は用心深いスペンサー卿の脱出手段の1つでした。使ったことは一度もないでしょうけどね。」
「おいおい、土壇場でエンジンがかからないとかは無しだぞ?」
「安心してください。あなたと会った7日前にそれらは確認済みです。」
父はホッとしたような横顔をしている。
というか、何この会話?
私の知らない間にホントに何があったの?
いや、さっき説明はあったけど具体的な内容が聞きたい。
しかし、どうにもこの空気に土足で入っていくような真似が私にはできなかった。
「爆弾を使うポイントというのは?」
父が執事に再び質問する。
「納屋にある地下道の入り口で使います。崩落させて追手がこれないようにしましょう。」
「・・・分かった。お前の案に家族の命運を託そう。」
勝手に託される私達。
けれど、これも言ってはいけない空気を感じ取り、言葉を飲み込む。
「ありがとうございます。あなた方は本当に―――」
バックミラーから覗く執事の顔がハッとした。
「いけない!スピードを上げます。捕まっててください!」
そう言い切るか言い切らないかの内に車がさらに加速する。
狭くてやや荒れた道なのに大丈夫だろうか?
私は助手席のヘッドレストに手をかけつつも、後ろを振り返ってみる。
リアウィンドウの奥には、1つの明かりが見えた。
それは徐々に大きくなっていく。
同時にやかましいほどのエンジン音が聞こえてくる。
私は子どもの頃の夢を思い出していた。
何かに追いかけられる夢・・・。
突如、破裂するような音が聞こえた。
その直後に、私の視界がグルグルと回りだした。
母が私の肩に手をかけたが、それでも遠心力に逆らうことができずに私の頭は外に引き寄せられてしまい、左側のドアに打ち付けられる。
そこから私の意識は途絶えてしまう。