頭が回るようで吐き気がする。
視界の前では真っ白なエアバッグが広がっていた。
隣のノーチェスを見ると、シートベルトを伸ばしたままハンドルを抱え込むような姿勢でいた。
「ぐ・・・、皆さん。ご無事で・・・しょうか?」
私は後ろを振り返る。
「おい、ジェシカ!リサ!無事か!?」
斜め後方にいるジェシカが頭を抑えて動き出す。
「ううっ・・・、リサは・・・?」
真後ろにいるはずのリサに目をやると座ったまま気を失っている。
ノーチェスは意識がはっきりしたようですぐさま私達に目を向けた。
「皆さん!追手が近くにいます。すぐにでも車の外に出ましょう!」
私は急いで外に出ると、すぐさま後部座席のドアを開けてリサを抱えた。
「ノーチェス!ジェシカを頼む。」
「ええ!さぁ、奥様!納屋は目と鼻の先です。行きましょう。」
ノーチェスは、おぼつかない足取りのジェシカの肩に手を回して歩き出す。
車は樹木にぶつかりボンネットが開いていた。
これじゃ、車での逃亡は諦めた方がいい。
突然、発砲音が聞こえて隣の樹木から衝撃音が鳴る。
木に残った小さな弾痕が、追手がもうそこまで来ていることを示す。
「ジョージさん!先程の拳銃を!」
私は懐にしまっていた拳銃を取り出す。
ノーチェスは発砲音が鳴った場所へ銃弾を数発打ち込む。
しかし、銃弾は闇に飲まれるばかりで、その後の無音が気味の悪さをかもし出す。
ノーチェスは、発砲後にこちらを振り向く。
「時間稼ぎにしかなりません。今の内に少しでも進みましょう!」
ノーチェスは殿を務めて、時折暗闇に向かって引き金を引いた。
ジェシカは意識がはっきりし事情を察したようで、私の後についてくる。
「ジョージ、リサは!?」
「大丈夫。気を失っているだけだろう。」
ジェシカはホッとする。
「ノーチェスの言う納屋は目の前だ。入り込むぞ。」
リサを抱えた私とジェシカは、納屋の庭に入り込んだ。
納屋は一階建ての木造建築であった。
正面玄関のドアを開ける。
中を覗くと埃が舞い、少しかび臭い香りがした。
私は地下道の入り口を聞こうと、ノーチェスのいる後方に顔を向けた。
ノーチェスは片腕を押さえてこちらにやってきていた。
「おい、大丈夫か!?」
見ると、押さえた腕からは血が出ている。
「すみません、奴は私よりも腕が立つようです。しかし、距離は少しばかり置くことが出来ました。すぐに地下道へ向かいましょう。こちらです。」
ノーチェスは、苦悶の表情を浮かべながら納屋の奥へと進んだ。
部屋は入り口と奥にある二部屋だけのシンプルな造りだった。
ドアを開けて奥の部屋に4人が入る。
左側には棚でも作ろうとしていたのか、切られた角材と平板がいくつか置かれていた。
右側には、トンカチや釘が散乱している。
ノーチェスは、簡素なカギをかけてから右奥の床にある真四角の板を持ち上げようとした。
だが、その板はぶ厚い鉄板でできているのか、かなり重いらしく片腕では上がらない様子だった。
私が代わり両腕で持ち上げる。
いや、重たいわこれ。
ギィィィ
ガチャンッ
持ち上げた瞬間に納屋の玄関から扉を開けたような音が聞こえた。
追手がもう来たようだ。
早くダイナマイトで入り口を塞がないとマズイ。
「ノーチェス!すまんが、娘を肩に担いで連れていってくれ!俺が扉を持ち上げている間に早く!」
ノーチェスは先に行くことに一瞬躊躇するような表情を見せたが、優先順位をはっきりさせたようで頷いて痛まない方の肩にリサを担いだ。
「すみません、出来るだけ丁重にお運びいたします。すぐに後に来てくださいね。」
ノーチェスがそう言い先に行くのを確認する。
ジェシカにも先に行くように促そうとしたときー――
ガチャガチャ
バシュッバシュッ
バンッ
追手がドアに銃を放ち、カギを壊してきた。
扉が大きく開け放たれる。
中から出てきたのはケリーだった。
ケリーは私の懐に即座に入り込み、腹に膝蹴りを入れる。
「がぁっ!!」
そのまま抵抗できない私の服を掴み、部屋の左側へと投げ飛ばす。
木材の山に突っ込む私。
一番は腹だが、どこもかなり痛い。
何とか私は立ち上がったが、目の前には恐ろしい光景が広げられていた。
ケリーはジェシカの背後を取り、銃を突き付けていたのだ。
「よぉ、ジョージ。パーティーの帰りにはまだ早いんじゃないか?」
「ケリー!ジェシカを離せ!妻に銃口を向けるんじゃない!」
ドンッドンッ
地下道の入口の扉から叩かれるような音がした。
しかし、ノーチェスには開ける力が残っていないらしい。
ケリーは眉間に皺を寄せてそれを見ていたが、恐らく相手が出てこれないことを察して私の方に向き直る。
「ジョージ、俺に命令するんじゃねぇ。それと大人しくしていろ。お前の妻が無事でいて欲しいならな。」
私がこのままケリーに突っ込んでいこうものなら、奴は容赦なく引き金を引くだろう。
私は身動きが取れないでいた。
このままでは分が悪い。何とかしたいが・・・。
私が辺りを見渡すのにケリーが気づいたかと思うと、銃口をこちらに向けてきた。
「おっと、もう妙な真似は起こさせねえぞ。」
発砲と同時に私の足に痛みが走る。
「ぐぅぁっ!?」
「ジョージ!?」
ジェシカの叫ぶような声が部屋に響く。
撃たれた所が熱い。ズボンに真っ赤な模様が浮き出す。
私は膝をついてしまう。
ケリーは銃口を私に向けたままほくそ笑む。
「さっきはよくも俺をコケにしてくれたな。俺の掃除屋としての長年のプライドはズタズタだぜ?命を取られないだけ感謝しろよ?」
「ぐっ・・・。ケリー。妻を・・・離してくれ。私はこの状態だから・・・抵抗できない。私が代わろう・・・。」
「まだそんな口が叩けるか。俺に命令するなと言ったろう。安心しろ。
お前らは生かした状態で洋館に送ってやる。
大事な実験体だからな。」
ケリーはそれが私に対しての仕返しだと言わんばかりに語った。
「当然、執事の方は今から殺しに行くがな。
それとそうだな・・・、娘の方はスペンサー卿に頼んで特別どぎつい実験体にしてもらおうか?
毎日お前らに娘の経過報告をしてやるよ。
世間の役に立てる実験体になれるのだから、娘も喜んでくれるだろうな。
どうだ?お前らも鼻が高いだろう?」
ハハハハッと、ケリーは笑い出した。
私はケガの無い膝に手を当てて立ち上がろうとする。
この男だけは・・・娘を嘲笑うこの男だけは何としてでも・・・。
「ねぇ。」
部屋が一瞬で静寂を迎えた一言であった。
ケリーは自身が捕まえているジェシカの顔を覗き込む。
彼女はケリーを見て微笑んでいた。
「私はね。」
ケリーは彼女の透き通るような言葉を耳にすることしかできなかった。
「娘をあんな姿にしたあなた達を絶対に許しません。」
ジェシカは足を振り上げると、そのままケリーの足の指先を踏んづけた。
「ぎぃぃぃっ!?」
拘束が緩んだ一瞬でジェシカは身を低くして、足元のトンカチを拾い上げてケリーのすねを叩く。
「ぐおおおおっっ!?」
ケリーはたまらず飛び上がるが、すぐさまジェシカに銃口を向けようとする。
寸前で私は振り上げた角材を奴の頭部に叩きつける。
一瞬意識が飛んだのか、銃を床に落とすケリー。
そりゃ痛いだろう。私だって現場監督から角材を投げられてその痛みをよく知っているからな。
ふっとジェシカを見ると、彼女は助走をつけてケリーに向かって飛び上がった。
彼女の両足が伸ばされた瞬間に、それを受けたケリーは壁をぶち破り隣の部屋まで吹っ飛んでいく。
・・・すみません現場監督。角材よりも妻のドロップキックの方が強いです。
古い木造とはいえ、これはかなわないな。
ケリーは立ち上がれない様子で、うめき声を上げていた。
ジェシカがこちらを振り向く。
「ジョージ!早く脱出の準備をして!」
その言葉に私はハッとする。
地下道への扉を2人で持ち上げる。
そこには心配そうな表情のノーチェスがいた。
「ジョージさん!申し訳ありません!扉が開けられずに・・・。」
見れば彼の手はすり傷だらけである。
「良いんだ。それよりリサは?」
「途中で横になってもらっています。」
「そうか。さぁ、先へ行こう。」
私達は一緒に中へ進む。
扉からすぐは階段が20段ほどあった。
私はすぐに懐から取り出したダイナマイトの縄にライターの火を近づける。
着火した。残り時間は10秒ほどだろう。
一段目にダイナマイトを置き、妻の肩に手を回したままよたよたと走る。
階段を降り切り、少し進んだ所で轟音がした。
爆発したのだ。
ぬるい風がわずかに吹いてくる。
後方に目を向けると、崩れたがれきが道を塞いでいた。
私達は、地下道の奥へと急いだ。