それはとある森での話。
私はフェンタニル・ノーチェス。
もう60前の年になり、あと少しでH.C.Fも定年退職を迎えることとなる。
現在の私の仕事は後任の育成である。
今もとある森で一人の若い女とサバイバルの任務を想定した訓練のために、野営をしている最中だ。
私はテントから出て、その女の下に向かう。
「食事は出来たのか?エイダ。」
ムスッとした彼女の手元を見ると、野菜が爆破されたかのように散らばっていた。
私は額に手を当てる。
「そんなんじゃ、次の任務で男は落とせんぞ。ラクーンシティで研究者の彼氏を作るんだろう?」
エイダはキッとこっちを睨んできた。
「あなたのそういう発言はジェンダーハラスメントよ。
それに任務まであと2年もあるのだから問題ないわ。
その頃には、あなたが舌鼓を打つような料理を作っていることでしょうね。
けど、その料理をあなたが味わうことはないわ。
あなたはジェンハラで訴えられるのだからね。」
まだ18になる彼女の発言で、私は舌を巻きそうになる。
「別に女だから料理ができないのはおかしい、なんて言ってはいないだろう。
1つの作業がこなせなきゃ、一事が万事とやらで任務自体が達成できなくなると言いたいんだ。
どれ、具材を少し貸してみろ。」
別に野営地で肉や野菜を持ってきてまで料理をすることはないんだが、同時進行で訓練をしていた方がいいだろうと思いやってみた。
エイダの体術や武器の扱いについては、成長が著しく文句なしなんだが、こういった意外な面が抜けていると早めに気づけて良かった。
「ナイフを持っていない手は猫の手にしろ。
そうだ。1つ1つゆっくりでいいから刃を野菜にあてて切ってみろ。」
エイダは真剣な表情で野菜を切っている。
「なんだ、できるじゃないか。
野菜は逃げないしお前が思うほど固くないんだから、振り下ろすような切り方はしなくていいんだよ。」
「確かにそのとおりね。それと”猫の手”という表現が気にいったわ。
ジェンハラの件は取り消してあげる。」
「そうかい、そりゃどうも。
こっちは武器の点検をしておくから、残りはお前が切っておけよ。」
「まだたくさんあるじゃない。いつになったら夕食が取れるのよ?」
「知るかい。自分の不器用さのせいだろ。」
ブツブツと文句を言いながら作業をするエイダをあとにして、私はテントに向かう。
途中で足を止めて空を見上げる。
今日は、雲一つないきれいな夜空だ。
あちこちに大小さまざまな星が見える。
私は25年前の出来事を思い出していた。
そして、同じ組織の先輩のことを・・・。
ディアスさん。
あなたの希望通りにジョージさんとその家族は、無事に避難させることができましたよ。
暗号文に書かれた内容の最後に、トレヴァ―家を気にかけてほしいという一文を見た時には、スパイでありながら不必要な感情に踊らされたあなたに対して、陰ながら文句を言いましたよ。
結果として、それが組織の任務達成に繋がり、私の命も無事に済んだきっかけとなりましたが・・・。
風のたよりでは、あれからトレヴァ―家のご息女は良い伴侶に出会い、2人の子宝にも恵まれたと聞いています。
ジョージさんとジェシカさんも、もう10代にもなる孫の成長を見ながらさぞ幸せな日々を過ごしていることでしょう。
私が知る情報は以上ですが、満足いただけたでしょうか?
ドンガラガッシャーンッ!!
音に驚いて私が振り返ると、エイダが不満げな顔をしてこちらを見ていた。
「ねぇ、鍋がパルクールしたんだけど、どういうことなの?」
何を言っているんだ、あの女は。
私は頭を掻いてエイダの方に向かう。
何となく立ち止まり、チラリと夜空に浮かぶ星を見てみた。
輝く一等星が束の間、瞬いたように見えた。
オリジナルキャラ残り2名について、少し説明したいと思います。
ジョニー・ディアスとフェンタニル・ノーチェスですが、2人のファミリーネームはスペイン語の挨拶を意味する言葉から取ったものになります。
彼らはスペインを生まれの地とする同郷の設定ということです。
もちろん潜入する際の偽名ですが、スパイが生まれの地をほのめかす名前を使うのは、すごい抜けていることに気がつきました。
今さらですね、修正ももういいかなと思ってます。
そんなこんなで、この作品は完結となります。
最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。