ざわざわと声がする大広間―
私は天井のシャンデリアを眺めていた。
スペンサー卿や周囲の貴族の顔が見れなかったからだ。
「ごめんなさい。皆さんお怪我はないでしょうか?」
母はいつもよりかはまだ緊張感のある表情で確認を取っていた。
「皆さん、どうか部屋の中央より離れるようにお願い致します。
ジェシカ・トレヴァー様も脚立からゆっくり降りてください。」
執事長が声を掛ける。
素直に指示に従う我が母。
スペンサー卿は酔いが醒めたのか、呆然と割れたグラスの山を眺めていた。
頭の中で何が渦巻いているのか、知りたいけど知りたくない。
重たく口が開く。
「いや・・・、どうやらハメを外し過ぎたようだ。
私の安全確認が至らぬせいだ。すまなかった。トレヴァー君にもあとで謝ろう。」
最初の「いや・・・」は、脳内で責任の所在を求めたけどやっぱり否定したから出た言葉なのだろうか。
けれど、そう思うのも仕方がない。
だって、実際にシャンパンタワーを壊したのは母なのだから。
スペンサー卿はその考えを改めただけでも人間出来ていると思う。
母はスペンサー卿に謝罪をする。
「いえ、私もスペンサー卿の招待に舞い上がってしまったようです。
こちらこそご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。お怪我はないでしょうか?」
「ああ、ここにいる者全員無事だよ。」
ホッとする私。
どうやらこの場は丸く収まったようだ。
このままお開きになって早く帰りたい。
私の願いに反して、スペンサー卿はちらりと私を一瞥する。
何?何か怖いんですけど。
「しかし、せっかくの洋館完成パーティーがこのままだと後味の悪いものになってしまうな。何かしらで場を整えたいのだが・・・、確かトレヴァー君のご息女はピアノが弾けるのだよね?」
ああああっ、もう先が読める。
断われ母。猫踏んじゃったしか弾けないと言って。
「ええ、娘はピアノを習っていますので何でもござれですよ。ご要望はありますか?」
ハードルを上げないで。
周りから「おおっ!」とか聞こえてきて胸が痛い。
「お得意の曲で構わないよ。もちろんスローテンポすぎると盛り上がりに欠けるだろうからそれ以外でね。」
ニコリと笑うスペンサー卿。
ピアノ弾くこと自体嫌だが、選択肢が広いのがまだ救われる。
「リサ、いいわね?」
母がこちらを見てくる。
もう後には引けないだろう。ピアノだけに。
「・・・はい。」
いつの間にか部屋の隅にあるピアノに向かう私。
これが済んだら明日母においしいお菓子を作ってもらおう。
そのご褒美を糧にしよう。
曲は何にしようか・・・。
私だって別にピアノが上手いと豪語できるほどではないが、それなりの曲を弾かないと帰って気まずい雰囲気になる可能性がある。
・・・『月光』にしよう。
私が弾ける曲の中でもっとも貴族の集まりに見合った曲だ。
これしかないと思った。
鍵盤に指を添える。
静かになる大広間。
息を整える。
タイミングを見て、鍵盤に指を押し込む。
ポン ポ ポポン ポン ポ ポポン
ポ ポ ポ ポ ポーン
しまった!これ『月光』じゃない。
『月光〇面』のOP曲だ!
緊張で出だしを弾き間違えたが今更、止めるわけにもいかない。
そのまま『月光〇面』の曲を弾き続けた。
耳が熱い。おでこの中がもやもやする。
お貴族様を前に弾く曲じゃないのはわかってるから恥ずかしさが止まらない。
弾き終えた頃には、私の意識はほぼ無かったと思う。
一瞬静まり返ったが、静寂は拍手によって打ち破られた。
拍手の音の中には黄色い歓声も入り混じっている。
皆笑顔で私の方を見てくれている。
これで良かったの?
正直疑ってしまう。
けれど、悪い気持ちじゃない。
それどころか承認欲求が満たされる思いだ。
ちょっとこの思考は危ないか・・・、落ち着こう。
スペンサー卿が私に近づき握手を求める。
立ち上がり握手に応じる私。
「素晴らしい曲だったよ!」
スペンサー卿は手を離すとくるりと踵を返し、私の腰に手を添える。
「いかがだっただろうか。ミス・リトルレディの演奏は?」
誇らしげに周りの人の顔を伺うスペンサー卿。
声がちらほらと上がる。
「どこの曲かは分からないけど、大変良かったよ!」
「知らないのに誰もが皆知っている温かい気持ちになったな!」
「この曲を聞くと全てを許せそうだ。ありがとう!」
口々に称賛されると私も何だか照れて俯いてしまう。
その反応でまたワッと盛り上がる貴族様方。
口笛を吹く人もいる。
やめてくれ。
歓声をよそに、いつの間にかトイレから戻った父に近づく執事が目に入った。
2人は何か話している。
そのすぐあとに知るのだが、エマ叔母さんが倒れたらしい。