洋館少女の暮らしぶり   作:あるいてごろりと

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ジョージ視点 ~約束~

明くる日の朝、私は洗面所で顔を洗い髭を剃っていた。

隣のキッチンルームではジェシカが朝食を作っている。

元気にしているようには見えるが、無理をしていないだろうか。

 

それが杞憂だということをダイニングテーブルに並べられたかつ丼を見て理解した。

というか、何で彼女はかつ丼を知っているんだ?

それに作れるんだ?

あれか、ずいぶん前に日本のプロレス試合を見に行ったときか。

帰りにかつ丼を食べた気がするし、書店でレシピブックと日本語辞典も買っていたな。

熱心に勉強したもんだ。

 

すでに席についていたリサは、キョトンとした顔でかつ丼を眺めていた。

普段がパンとベーコンエッグだからな。気持ちは分かる。

ジェシカがエプロンで手を拭いながらやって来る。

 

「このかつ丼は" 現を勝つ具 "料理だそうよ。リサはテストがあるしジョージも仕事で忙しいし、成功を祈って作ってみたわ。」

 

彼女の語る笑顔がたまらなく愛おしかった。

ほかほかと湯気を立てるかつ丼を眺める。

これを食べて頑張ってね、という応援メッセージというやつか。ありがたい。

かつ丼の意味もそうなのか。

・・・そうなのか?

とにかく、ジェシカは何だかやり切った顔をしているし、この様子なら大丈夫だろう。彼女は強い女性だ。

 

「おいしそうだね。さぁ、食べよう。」

 

3人で食卓を囲み、料理にありつく。

うん、うまい。

ただ、朝飯にしてはちょっとだけコッテリかな。

俺も年をとったな。

ガツガツと食べるリサを見て、そう思った。

 

 

会社に着いた私は、スペンサーに電話を入れようとしていた。

けれども何度か番号を間違えてしまい、改めて緊張していることを嫌でも自覚させられる。

会社に着いてすぐにトイレに行き、えづいてしまったぐらいだ。

ようやく求めた番号にかけることができ、家主が出るのを待つ。

 

「はい。」

 

相手はスペンサーの声ではなかった。

 

「ジョージ・トレヴァーです。お世話になっております。こちらの番号はオズウェル・E・スペンサー卿のものでしょうか?」

 

「はい、その通りです。私は家主の執事です。ご要望をお聞かせください。」

 

「先日、建築依頼のあった洋館が完成しましたので、お伝えください。」

 

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 

しばらくすると受話器から声が聞こえた。

 

「やあ、トレヴァー君。」

 

スペンサー・・・。

 

「お久しぶりです。あれからお変わりありませんか?」

 

「はっはっはっ。変わりないよ、ありがとう。君の方はいかがかね?」

 

「お元気そうで何よりです。私の方も変わりないです。お気遣いいただきありがとうございます。

すでにご存じだとは思いますが、今回は洋館工事が完了したため、その連絡を入れた次第です。」

 

「今は実に愉快な気分だよ。早く君の設計した新しい家を拝みたいものだ。

だが、私はここ1週間多忙でね。立会いは明日でいいかね?その時に代わりの者を出そうと思う。

いや、実に残念だよ。」

 

「それは私としても残念です。明日の日程でお願いいたします。代理の者は何時ごろに到着しますか?何せ広い建物ですから、時間次第ではお食事を用意致します。」

 

「ふふっ。気遣いは無用だよ。代理は私の執事だからね。彼に昼食を持たせよう。時間は9時でいいだろうか?」

 

「問題ありません。昼食については、ありがたく頂戴いたします。よろしくお願いいたします。」

 

最後に一言加えて話を終えようとした所で、スペンサーが言葉を挟んできた。

 

「おっと、すまない。1つ確認したいことがあってね。

まだ今日より先の話になるが洋館完成を祝して11月11日から1週間に渡り、パーティーを開こうと思うんだ。

もちろん洋館でね。

親愛なる友人の君にも出席してもらえないだろうか?」

 

何気ないスペンサーの誘い文句が、恐ろしい提案に聞こえた。

ここが分岐点だろう。

ここで返答を間違えれば、ジェシカの夢が実現するかもしれない。

それだけは、絶対に避けねばなるまい。

 

「11月11日からですか?。実はちょうどその日から仕事が繫忙期でして。いや、誠に申し訳ありません。」

 

「むっ、そうか。それは残念だ。しかし、君は無理でも妻子はどうかね?

少しでも多くの人とこの幸せを共有したいのだが。」

 

普通、仕事した当人ほっといて家族を誘うだろうか。

改めて腹立つな、この男。

 

「妻と娘ですか!?ああ、残念です。

娘がちょうど11日にピアノのコンクールがあり、妻も娘の発表を心待ちにしております。

評価点により勝ち抜けば1週間続く発表会のため、申し訳ありませんがきっと娘も妻もパーティーに行くことが出来ないでしょう。」

 

開き直った私はよく舌が回っていた。

ムカつく奴の提案を断るのが、こんなにもスッキリするとは思わなかった。

それに家族自慢も同時にできて気持ちがいい。

 

「そうか、娘の発表会か・・・。

相当腕ききのピアニストなんだね。私も演奏を聞いてみたいよ。

うむむ、しかしそうなると洋館でのパーティーはどうしても都合がつかなくなるね。

準備があるから前もってやるわけにはいかないし。

先延ばしにするには、私の気持ちが待てないしな。

そうだ、10月末頃に現在の私の邸宅にて貴族のパーティーを開くのだが、それに招待してもいいだろうか?」

 

これはジェシカの話にはなかったことだ。

貴族のパーティーなら人目に触れるだろうし、何よりあの洋館と研究施設がないのだからまだ安全か?

この男の視界に入る時点でそうは断言できないが・・・。

しかし・・・、スペンサーの本邸にはきっと研究施設へ移す予定の物品があるのではないだろうか。

もし違法な薬物やその資料を見つけ出すことが出来れば、それを世に公表してあの男の地位を叩き落すことができるかもしれない。

そうなれば、水面下での実験など続けることはできなくなるだろう。

私は覚悟を決めた。

 

「卿、私達一家は貴族のマナーに疎いのですが・・・。」

 

「それは心配しなくていい。

貴族といっても今回の参加者はマナーに固いものばかりじゃないからね。

それに、君たちのことは事前にこちらで伝えておくから、安心して普段通りの挨拶をすればいいさ。」

 

今は快いと思わせるような返事をしておこう。

後で、妻と娘を自宅に待機させるような用事でも考えよう。

 

「それではご紹介に預かろうと思います。」

 

「おお、来てくれるかね。嬉しいね。

細かな日時は、代理の者に伝えておくよ。」

 

「はい、よろしくお願いいたします。」

 

「ああ、こちらこそよろしくお願いするよ。それでは話が長くなってしまったが、この辺りで失礼しよう。」

 

「はい、失礼します。」

 

そこで電話を切った。

大きく息を吐き出す。

とうとうスペンサーと接触する約束を取り付けてしまった。

だが、もう後には戻れない。

やるしかないのだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

スペンサー卿は受話器を置いた。

彼は書斎にいた。

扉がノックされる音がする。

 

「入りたまえ。」

 

レバータイプのドアノブが斜めに傾き、奥から初老の男が現れる。

彼はこの屋敷の執事長である。

 

「紅茶をお持ち致しました。」

 

執事長はスペンサー卿のテーブルに、紅茶を注いだカップとソーサーを置いた。

 

「いい返事は頂けたでしょうか?」

 

スペンサー卿は苦い顔をする。

 

「いや、計画を変更せねばならなくなったよ。

せっかく良い舞台を整えてやったというのに、本当に残念だ。」

 

「役者を変更致しますか?」

 

「いや、役者は彼でないといけない。あの洋館を設計した彼でないと意味がないからな。」

 

「左様でございますか。」

 

「なに、最後には舞台に入れればいいのだよ。大事なお客様方の前ではできないが、彼らが帰りの時に拘束すればいい。車はパーティー中に細工をしておけ。」

 

「かしこまりました。」

 

執事長は自身の左手を腹部にあて、右手を背中に回して一礼する。

 

「それとスペンサー様。1つよろしいでしょうか。」

 

「なんだね。」

 

「フィクサーより抹消した者はH.C.Fの疑いが強いとのことです。」

 

「そうか、よくやった。この大事な時期に情報漏洩でもされたらたまらないからな。彼にも礼を伝えておいてくれ。それと10月下旬にはこちらへ戻るようにとも。」

 

「かしこまりました。」

 

「ふふっ、楽しみだよ。彼の驚く顔が目に浮かぶようだ。舞台設定は洋館だけじゃないぞ。これから忙しくなるな。」

 

スペンサー卿は、子どものような笑顔を浮かべていた。

 

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