スペンサー卿の邸宅で催されるパーティーに参加する約束をしたその日の夜に、
私は自宅の寝室で悩んでいた。
隣で横になるジェシカに、今日の話をしようかしまいか私は考えていた。
いや、彼女に隠すようなことは決してしない。
しないのだが・・・、私はスペンサーの邸宅を隙あらばあさるつもりでいるのだ。
違法な物を見つけ、世にそれを公表する。
きっと命にかかわることに違いない。
ジェシカは私を止めようとする言葉を紡ぐかもしれない。
恐怖とそれを妻に打ち明けるには少ない勇気が、私を悩ませていた。
ふと、同じベッドで横になるジェシカを見やると、彼女は私のことをジッと眺めていた。
私の言葉を待ってくれているのだろう。
私は自分の髪を手でくしゃりとする。
これで二度目になるが腹を括ろう。
「ジェシカ、聞いてほしい。
今日スペンサーと仕事の話をしたんだ。」
彼女は頷いた。
私は言葉を続ける。
「その時に洋館でパーティーを開かないかと言われたよ。
理由をつけて洋館でのパーティーには参加しないと言うことはできた。
けれども、スペンサーの現在の本邸に誘われた時には乗ったよ。
そこでは貴族が集まるらしい。
ジェシカ、私はその邸宅で奴の恥ずかしくて世間様に見せられないものを暴こうと思うんだ。」
ジェシカの瞳には、一瞬だけ不安に似た色が浮かんだ。
私は彼女の背中に手を回し、鼻と鼻がくっつくぐらいに顔を近づけた。
「君とリサはここで待っていてほしい。
それも理由をつけて何とかする。
奴だって、パーティー中は貴族がいるし研究施設のある洋館でないから、派手な動きはないはずだ。
必ず戻るから信じて待っていてほしい。」
ジェシカは私を見つめたままだった。
少しの間、沈黙が流れる。
「私も行きます。」
彼女はさらりと言った。
「けれども、それじゃ君たちの身の安全が保障できないだろう。」
私は少し語気を強めて言った。
しかし、彼女の意志は変わらない。
「貴族の中にポツリとあなたが一人いると、浮いてしまうんじゃないの?
そんな状態だと、抜け出したとしても簡単に目をつけられてしまうわよ。
1人で行くよりも、家族で行った方がまだ目立たず安心です。
リサも1人にはできないですし。」
彼女の言葉は、私が危険な行動を侵すことを否定するものではなかった。
ただその可能性を少しでも上げて、目的を達成するために手助けする気概を感じた。
「てっきりその・・・、危ないから行かないで!と言われるのかと思ったよ。」
彼女は、何を今更と言った表情をした。
「そんな女々しいことを言うはずないでしょう。
昨日のあなたの覚悟を聞いているのですから、その気持ちを折ってしまうような野暮なことはしません。
それに・・・、一緒にリサを守るんでしょ?」
彼女は微笑んで私を諭した。
先程までの私は、諭されることに不安を感じていた。
今は、こんなに温かい気持ちになれるならば喜んで諭されようと思っている。
「一緒に行ってくれるかい、ジェシカ?」
彼女は、だから先程からそう言っているでしょうと呆れ果てていた。
私はこの時、彼女をとても強い女性だと思った。
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次の日は雲一つない快晴であった。
秋も半ばとはいえ、絶え間なく日が照らされる湿地帯のアークレイ山脈はまだ少し暑い。
私はそんな山道を車で走らせた。
たどり着いたのは、洋館である。
今日は、スペンサーの使いの執事が完成した洋館の確認と案内を受けにくる。
執事とはいえ、スペンサーの手の内の者ならば油断はできない。
私は護身用の銃を懐に忍ばせていた。
車が一台たどり着く。
1950年代という時代を築き上げた大きなテールフィンの車が、我が物顔で私の低価格でありながら高性能な車の隣に駐車してきた。
運転手が降りてきて、私の車をちらりと見た後に挨拶をしてきた。
「お初にお目にかかります。私はスペンサー様の執事をしております、
フェンタニル・ノーチェスと言います。
お手数をおかけしますが、建物のご案内の程よろしくお願い致します。」
先程の何気ない視線が気になってしまうのは、私が勝手に比較してしまうからだろうか?
いや、そもそも車の価値というものは値段や大きさや派手さで求めるものではない。
乗車するものをどれだけ満足させたかで決まるのだ。
私も含めて、ジェシカや幼い頃のリサをこの車はどれだけ笑顔にさせてくれただろうか。
笑顔を数値化できるのであれば、きっと我が家は棒グラフが長すぎて、あいだに波線を入れる値を叩き出すであろう。
満足した私は彼に返答する。
「初めまして。洋館設計に携わりました、ジョージ・トレヴァーです。
スペンサー卿の本邸よりご足労いただきありがとうございます。
こちらこそ、本日はよろしくお願い致します。」
執事はまだ30代半ばほどに見える男であった。
茶髪のオールバックで、服装は燕尾服かと思っていたがカジュアルな出で立ちだった。
服の上からでもわかるような筋肉質な身体が、私に一抹の不安を与えた。
「では、洋館に向かいましょうか。」
歩き出した一瞬、右手と右足が同時に前に出てしまったが、咳払いしたし多分ごまかせただろう。
「こちらのグランドピアノを弾くと、そこの壁が上に開きます。」
「曲目はこちらで設定可能でしょうか?」
「ええ、何でも構いません。」
「なるほど。」
ノーチェスはメモを取っている。
「こちらの虎の石像の目に、青い宝石を入れると向かって左側に石像が3分の1ほど回転します。
回転すると石像の右隣に収納スペースが現れますので、貴重品入れとして使うことをお勧めします。」
「青い宝石はどこにあるんですか?」
「食堂の2階の石像に取り付けてあります。」
「なるほど。」
ノーチェスはメモを取っている。
何だこの館・・・。
設計しておいて何だが、やはり能率が悪いと言わざるを得ない。
私は、以前南極で研究施設を設計したことを思い返していた。
あそこの人達も今頃困っているだろうか・・・。
しばらく案内して周り、お昼はメイド特性らしいサンドイッチを頂いた。
うん、うまいな。
もしものことを考えると躊躇したが、ノーチェスは普通に食べていたため頂いた。
私はその味に満足した。
案内が研究施設まで終わり、私とノーチェスは洋館の門まで戻ってきた。
「トレヴァー様。本日はご案内ありがとうございました。
家の案内を受けたのは初めてではないのですが、トレヴァー様の設計者としての腕の高さには感服いたしました。」
「お疲れ様でした。お褒めの言葉ありがとうございます。
ですが、この建物は建築して頂いた職人の皆様の腕があってこそできたものです。
私1人の力ではありません。」
「ご謙遜なさらないでください。
確かに、職人様方の高い実力があってこそ実ったものと言えます。
ですが、トレヴァー様がそこにいなければ完成しなかったのも事実でしょう。
私としても今回のことは、本当に勉強になりました。
改めてお礼申し上げます。ありがとうございます。」
このままでは、押し問答になりそうだ。
「恐縮ですが、素直に嬉しいです。こちらこそありがとうございました。」
ノーチェスはニコリと笑う。
「ああ、失礼いたしました。1つ言いそびれていたことがあります。
パーティーについてですが、7日後の午後6時からとなります。」
思ったより早いな。
「ええ、分かりました。当日はよろしくお願い致します。」
「こちらこそよろしくお願い致します。
それでは、私は本邸へ戻りたいと思います。」
あっけなく終わってくれたようだ。
とりあえずはひと安心である。
「ああ、それとトレヴァー様。」
「はい、なんでしょうか?」
「脱出の計画はすでに立てているでしょうか?」
背筋がゾッとした。
この男の認識が今の一瞬で変わってしまった!
そう、悪い方へ変わってしまったのだ!
「だ・・・脱出とは?」
「スペンサー卿の手から逃れるための脱出計画ですよ。」
手先がぶるぶると震えながら、胸元の拳銃をつかむ。
私の様子を見ていたノーチェスは両手を顔の前に立てる。
「ああっ!誤解なさらないでください。
私はあなたの敵になるつもりはありません。」
「スペンサーの執事を名乗っておいて、よくそんな嘘が吐けるな!」
私は銃口をノーチェスへと向ける。
撃ったことがまるでない素人が、脅しだけでどれだけ通用するだろうか。
車に乗ってすぐに家に避難し、ジェシカとリサを連れて一か八かで海外へ行くか!?
私が逡巡していると、ノーチェスは説明させて下さい、と言ってきた。
私は銃を構えたままで次の言葉を待つ。
少しでもおかしな言動を取れば、威嚇してすぐに車に乗り込もうと思った。
「私はスペンサー卿の忠実な僕ではありません。
彼から情報を探るスパイです。」
「スパイ・・・?どこのスパイか言ってみろ!」
「H.C.F・・・アンブレラ社の同業他社です。」
H.C.Fといえば、アンブレラ社のライバル企業にあたる製薬会社の名前である。
「お薬の情報の奪い合いでもしているのか?建築会社は関係ないだろ。俺達を巻き込むな!」
「おっしゃることはごもっともです。しかし、もうあなたは事件に巻き込まれています。
いえ、むしろあなたも事件の中心人物と言っても過言ではないのですよ、トレヴァー様。」
拳銃に一切ひるまない男は、冷や汗ひとつかかずに淡々と語った。