今世はベネリットグループの御曹司で、決闘委員会の筆頭で、ホルダーだった。……は? タヌキに気をつけろ……? 作:平積みされたディランザ
「決闘はやり直し。お前の相手は俺がする。以上だ」
ため息混じりに去っていく男——『グエル・ジェターク』を見送りながら、スレッタは呆気に取られたように立ち尽くしていた。
「ねえ、今のグエル先輩……」
「は、はいっ。何だか、この間と……違いました」
面と向かって話したことがあるのはたった一度、それこそミオリネさんの菜園が荒らされた時くらい。
けれど、あの時の高慢で自信に溢れたグエルとは違い、今の彼はどこか冷めている。
言葉はため息混じり、会話は最小限。あの時の様子を見るに怒鳴ってきそうなものなのに。
——どう、したんだろう? あの人……。
お母さんに怒られでもしたのか、それとも負けて落ち込んでしまったのか。
……もしかして、逃げたくなっちゃった……とか?
もう一度負けたら、もっと色々なくしちゃうかもしれないし。
「どうしたの? スレッタさん」
「い、いえ。なんでもない、ですっ」
自分だったらどうしていただろう? なんて考えていたのを悟られたのか、心配するように聞いてくる隣の女生徒——ニカに慌てて返答しながら。
——で、でもっ、相手が変わらないなら安心……かも。
けれど、まずは他人のことより自分のことだ。
退学も、エアリアルの廃棄もかかっている。
「……進めば、二つ……だもん」
自分を鼓舞するように、その言葉を口にして。
スレッタは、拳をぎゅっと握り締めた。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「ミオリネさんに、謝って……くださいっ」
——謝罪。
アスティカシア高等専門学校——要するに、
別に、口先だけだったらどんなことだって言える。負けたとしてもリスクの低いものを提示してくるのは原作通りみたいだ。
「グエル・ジェターク、君はこの決闘に何を賭ける?」
「……前と同じでいい」
負けるとわかっていて挑む決闘なんかに、プライドもクソもない。
適当にそう答えつつ、スレッタの要求の甘さにどこかで安堵感を覚えながらも、承認のためにスレッタの方に向き直る。
「アーレア・ヤクタ・エスト。決闘を承認する」
パン、と一度。手と手が打ち鳴らされる音がラウンジに響き、条件は決まった。
これで、公式の決闘においての俺の負け星が一つ増える事が確定したわけだ。
相手は雰囲気に当てられたせいか今も震えているスレッタ。こんなのに負けるんだから、そりゃあ作中でのグエルの株も下がるよな、なんて。
イマイチ湧かない実感と共にどこか他人事みたいに、ため息を吐きそうになった時だった。
「——いいっすよねぇ、グエル先輩は。親が偉いと、決闘の負けも無効にしてもらえて。今度負けたら言い訳できませんよぉ? やめといた方がいいと思うけどなあ」
ソファに座っていた生徒——セセリアが、半ば嘲笑するようにそう言い放ってきた。
確か……原作のグエルは噛み付いてたっけ。
でも、不思議なことに苛立ちだとか、反骨心だとか——それこそ前世では剥き出しになっていたはずの感情は、ちっとも湧き上がってこない。
「いつもみたいに噛み付くこともできなくなっちゃったんですかあ? もしかしてぇ、決闘で負けたせいで不貞腐れちゃってます?」
……ああ。本当に、今の俺じゃ“グエル“とはかけ離れ過ぎている。
噛み付くことすらままならない。それどころか、セセリアの言う通り決闘を降りられればどんなに良かったかと考え始めている自分までいる。
でも、臆病者になったように見えて。きっと、これが大人になったってことなんだろう。
生きていく上で割り切りは大切だ。
転生しようがそんなものは変わりない。もう俺は前世と同じガキじゃない。
今の俺を馬鹿にするならすればいい。俺にとっちゃ将来、少しでもマシな生活を送れているのならそれで構わないのだから。
未だに続くセセリアの罵声を背に、ラウンジを出ようとした時だった。
「——ダメ、ですっ!」
それを遮ったのは、振り絞られたかのように響いた、スレッタの声だった。
「——に、逃げない人を笑うのは——ダメ……っ、なんですっ!」
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「なぜ、あんなことを言った?」
凍りついた空気から半ば逃げ出すように、スレッタを引っ張って乗ったエレベーターの中。
思わず漏れた疑問を、俺はスレッタにぶつけた。
別に、俯いていることに変わりはない。いくら原作を知っていたとしても、彼女が先ほどセセリアの罵声を否定した、だとか、この後決闘で俺を倒す、だとか信じられる気がしない。今はただ弱気な女の子だ。
「逃げたら一つ、だからです」
けれど、彼女が答えを出すのは早かった。
「……そう、か」
その即断っぷりに、そう返答するのが精一杯で。
二人して黙り込んだまま、エレベーターを降りる。
「た、たとえばすっごい強い敵がいて。でも、逃げたら安全安心が手に入ります」
「……そう、だな」
彼女の口にしたことは正しい。
そうすることがきっと、一番、安全で、安心で。
だから、逃げ道をなんとか探ってきて。
そうした上で、今回の決闘だって成り立とうとしているものだ。
だと、しても。
「でも……それよりも、逃げずに進んだら、逃げなかった自分とか、経験とか、認められたりとか——逃げるよりいっぱい、手に入るんです」
こいつが持っているのは、そんな保守的な考え方じゃない。
進めば、逃げなかった自分だとか、経験だとか——いっぱい得られるって。それらしい理由をつけ、進んだ方がいいと口にして。
「だから、逃げたら一つ、進めば二つ……って」
前世の俺もそうだった。
『グエル・ジェターク』も、そうだった。
だとしても、今の俺は知ってしまっている。
それらしいものを手に入れるだけじゃ、ダメなんだって。
「逃げなかった自分……? 経験……? そんなものよりも、進んだ先で形のあるものを失うことの方が、よっぽど怖くないか? モビルスーツだとか、退学だとか、花嫁——だとか」
だからこそ、意地が悪いとわかっていても、そう聞いてしまう。
進んだ先で失うことが怖くないのかって。
「……当然、怖いに決まってます」
次に彼女が口を開くまでかなりの隔たりがあった。
「——でも……なくすよりも、進まないで手に入らない方が怖いんです。立場、だとか……信頼、だとか」
進まないと手に入らないものがあるんだって。
立場に信頼……心を読んだわけでもないくせに、彼女は、的確に俺が必要としているものを挙げていく。
「全部、逃げずに進んで——それで、手に入れなきゃ、いけないんです」
相変わらず俯いたまま、彼女はそう言い切る。
確かに、彼女の育ってきた水星と言う環境ではそうだったかもしれない。
手伝いでも救助でも、自身の価値を示して。そうしなければ、食い扶持にも困っているほどだ。ただ見捨てられるだけで。
……でも、ここは違う。
立場を得るには、何も、進まなきゃいけないだけじゃない。逃げなきゃ保てないものなんて、いくらでもある。
「……青臭いやつ、だな。お前は」
吐き捨てた言葉は彼女に対して、だったろうか。
……いや、きっと違う。
これは同族嫌悪ってやつだ。
どこか、あいつは似ている——前世の俺と。
決闘に——立場を保つのに、青臭さなんか必要ない。それらしい理由も必要ない。
それこそ逃げたら一つ、だ。
進んで失うよりも、その一つに縋ってた方が……きっと、マシなんだ。
「……クソ」
苛立ちからか、拳を握り締めて。
居心地の悪いそこに背を向け、俺は立ち去った。
ボブ……グエ……? グエル……? え……?