何もかも失った少女が幻想郷で夢幻の幸せを見つける話 [完結]   作:抹茶だった

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1話 記憶と右脚

 

 

 

 

 

 目を開けると、暗い色の木材が見えた。見覚えのない天井だ。ここはどこなの?

 首を傾けてあたりを見ても手がかりになるようなものは見つからない。

 目が覚めて間もないのに、不思議と眠気はない。頭も冴えてる。だけど、状況が飲み込めない。

 というか体が怠い。重い。首しか動かせない。

 これって金縛り?

 

「ん⁉︎ もしかして起きたのか⁉︎」

 

 視界の外から声がした。女の声だ。

 

「返事がないな。起きてるならうんとか寸とか言ったらどうだ?」

 

 そう言いながら、私の視界に金髪の女がはいった。

 

「……こひゅっ」

 

 喋ろうとして出てきたのは言葉じゃなかった。音ですらない。『あなたはだれ』すら伝えられない。

 そんな私の痴態に目の前の女は笑って言う。

 

「そりゃいきなりは喋れないよな。水を取ってきてやるよ」

 

 そう言われると喉がとても渇いてる。潤いという潤いが枯渇してる。唇もガサガサで、息をするだけで裂けてしまいそうな気さえする。

 女は木のボウルを持ってくると、私の口に縁を押し付けてきた。

 水分補給は嬉しいけど、ちょっと豪快すぎる。肩とか首が垂れた水で濡れていくのですが?

 

「これでマシになっただろ! さっきは何を言おうとしたんだ?」

 

 息を吸い、精一杯睨まないよう努力して言う。

 

「……あなたは誰ですか?」

 

 女は自分の顔を親指で指して言った。

 

「私は霧雨魔理沙だぜ!」

 

 変わった名前だ。霧雨マリサさん。

 いや、名前より重要なことがあるな。そうだ。ここはどこなの。なんで私はここで起きたの。というか――。

 

「私の名前は――」

 

 私は? 苗字は? ファーストネームは? 愛称は?

 何一つ心当たりが出てこない。なにもピンとこない。

 私は何してる人なの、昨日は何してたの? 本来ならどこで目が覚めるはずだったの?

 ここ最近……どころか、いろんな記憶が――

 

「……ない」

 

「ナイ? 変わった名前だな。ナイ、顔色が悪いぞ」

「違う、記憶が無いの」

 

 そこまで口を滑らせてから気付く。この霧雨マリサと名乗った女、魔女みたいな帽子を被っている。

 私はそんな女の小屋で目を覚ました。

 頭に電流が走る。

 点と点が繋がった。この要素から導かれる答えは一つ。

 

 ――私はこの魔女に拉致された上、魔法で記憶を消された?

 

「記憶がないのか。まあその内思い出すだろ。じゃあ仮の名前をつけてやるよ」

 

 やっぱり、反応が白々しい。記憶喪失に対するリアクションが薄すぎる。そりゃあ記憶を消した張本人なのですから、当たり前ね。

 

 魔女は私のことをじっと見て話す。

 

「髪が綺麗な藍色だから、アイだ」 

 

 もしかしてこれに同意したら何かの契約が成立するのかしら。あるラノベで読んだわ。こんな時はただ笑顔を浮かべる――勝手に同意したと勘違いさせる。ひとまず躱しておこう。

 私の思考は他所に、マリサは私の両肩に手を当てて言った。

 

「ひっ」

「アイ、落ち着いて聞いてくれ」

 

 急に距離を詰められたものだから、情けない声が出た。いけない、心が負けてる。

 魔女は体を起こし、近くにあったカレンダーを指差した。

 

「アイは長い間昏睡状態のだった」

 

 なるほど。そう言う設定ね。とりあえず神妙な顔をしておきましょう。

 

「ああ、わかってる。気になるだろう。どれだけの間眠っていたか」

 

 カレンダーを指す魔女の指が3ヶ月分スライドした。

 

「9週間だ。こっちはあんたがそこで寝ているのに慣れちまったよ」

「……は?」

 

 9週間? いや、長すぎない? 無理あるでしょ。3日水飲まなかったら人は死ぬというのに? 私のことをバカだと思ってる?

 でもそれが嘘なら、私の体はなぜ全身が痛むの? 関節という関節が痛い。肩が回せない。腕が上がらない。寝返りもうてない。手を開いたり閉じたりするのもぎこちない。

 心臓が痛い。久々に負荷がかかったとでも言わんばかりに、鼓動のたびに胸が痛い。

 全身が錆び付いているような気がする。私、実はおばあちゃんだったりするの――

 

「落ち着け!」

 

 マリサが私の顔を両手で強く挟んだ。なんだかとても温かい。なんでだろ、私の体が死体のように冷たいせいなのかな。

 

「9週間なら誰にも忘れられてないはずだ」

「ふぁふれる?(忘れる?)」

 

「うーん、思ってたよりアイに伝えなきゃいけないことは多いな」

 

 マリサは私の顔を挟んだまま唸る。

 

「アイもただ寝てるだけじゃ暇で仕方ないよな? 私が教えてやるよこの世界のことを」

「この世界?」

 

 世界史の話でもするの? 退屈だな。

 

「この世界はアイの住んでいた世界とは違う場所だ。ここはな、幻想郷だ」

 

 9週間昏睡の嘘じゃ飽き足らず、そんな眉唾まで。もはやからかわれているのでは?

 

「ここには夢もおとぎ話も神様も、想い描けるものが全て有るんだぜ!」

 

 マリサが見てろ、と言いながら私の顔の前で人差し指を立てた。次の瞬間、指先からカラフルな星が出てきた。

 

「えっ」

「驚いたか? もっと驚いてくれてもいいんだぜ!」

 

 どんなトリック使った⁉︎ いや、記憶を消せる魔女ならこれくらいできても不思議じゃないか?

 動揺する私を見て、マリサはにししと笑った。そして、いきなり私のことを軽々と抱え上げた。

 え、力つよ⁉︎ 魔女なのに!

 魔法が使えるなら力は弱くあれよ。

 

「ここには妖精も妖怪も、私みたいに魔法使いだっている。――ワクワクするだろ!」

 

 マリサは私を抱えたままドアを蹴り開け、小屋から飛び出した。

 夜中だったのか。外はかなり暗く、辺りに一切の人気がない。シルエットだけでも、木や植物が普段目にするものと違うのを感じる。

 不気味さを感じる一方で、山奥だからか思わず写真を撮りたくなるほど夜空に星が広がっている。

 こんな状況でなければ一人で騒いでるくらいの満点の星空だ。

 幻想郷――が本当かはさておき、どうやらここは私が住んでいた場所とは違うみたい。

 

「本当に驚くのはここからだぜ。掴まってろ」

「はぃ」

 

 思わず言われたことに従ってしまった。言われるがままに魔女の服を掴んでた。そうすると、魔女はいつのまにか持ってた箒に跨っていた。

 

「いくぜ」

 

 私たちが箒に乗って浮き上がった⁉︎

 夢かこれは。すごい揺れる。大丈夫なのこれ⁉︎

 

「おっと、そんな怖がるなよ」

 

 なにやら頼もしいことを言っているが、両足が地に着かないと落ち着かない。特に右足は――。

 右足が風にはためいている。……いま裸足だと思うんだけど、足先に肌色が見えない。

 

 これってもしかして。

 

 右足側のズボンが、風になびき、異様に薄くなっている。まるで、何も入ってないかのように。

 嘘でしょ。

 右足に感覚がない。

 あるべき場所に触れても体温も感触もない。

 両手で手探りで右の太ももの先をまさぐる――が、手は空を切る。

 

「手を離すなって!」

 

 魔女に抱き寄せられた。

 私を利用するために、記憶だけじゃなくてここまでするの……?

 

 

 これはもう、取り返しがつかない。

 私には片足が無い。片足がないってことは歩けない。歩けないんじゃ……なにができるの?

 記憶もない。

 記憶がないなら何かを励みにすることができない。

 まともに歩けない体じゃ行動だってできない。

 

 これから起きるであろう薄暗い未来と、美しい星空が同時に見えた。

 

 

 

 もういいや。

 

 

 

 私は魔女の手を振り払った。

 その瞬間、何の抵抗もなく落下が始まる。

 気がつけば身がすくむほどの高さにいたらしい。

 でも、いまは地面がどんどん近づいてきている。

 

 

 この高さから落ちたらやっぱり死ぬのかな。

 

 

 

 

 痛くないといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合えーーーッ‼︎」

 

 衝撃が加わったと思えば、落下が、横への加速に変わった。

 目を開けると、私は地面スレスレを飛んでいる。

 ……どういうこと、助けられた?

 小屋の前で降ろされると、魔女が詰め寄ってきた。

 

「アイ! 危ないだろ!」

 

 肩を掴まれ、息がかかりそうなくらい顔を近づけられる。

 顔を真っ赤にして、目尻に涙を浮かべ、肩で息をしている少女が、そこにはいた。

 

「不安なのは分かる! でも、せっかく助かった命を無駄にするな!」

 

 彼女の顔は、悪い魔女には見えなかった。 

 なぜかは分からないけど、私の頰を温かいものが伝う。

 気がつけば、私は言葉を紡ぎ始めていた。

 

「私がそんなに大事なの?」

 

「当たり前だろ」

 

 マリサは白い歯を見せて笑った。

 

「さ、静養してさっさと元気になってもらうぞ」

 

 私は促されるままに腕をマリサの肩に回し、補助をしてもらいながら小屋へと戻った。

 

 

 

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