何もかも失った少女が幻想郷で夢幻の幸せを見つける話 [完結] 作:抹茶だった
「……記憶を消す魔法か」
魔理沙様は落ち着いた様子で呟いた。
「なるほどな、ここ最近の違和感の原因が分かったぜ」
「……ごめんなさい」
「まぁいい。全部終わらせたらこってり絞ってやるよ」
魔理沙様は目を瞑り、ゆっくりと息を吐いた。
自分の記憶を勝手に消されたのに、魔理沙様は落ち着いていた。なんて懐の深い人だろう。
「その魔法があるなら、外の世界に住んでる奴らからアイに関する記憶を消せば万事解決じゃないか?」
「どうやったら外の世界の人に対して魔法が使えるのかな」
「……そこが一番難しいところか」
記憶を操る魔法はこの問題を解決する鍵になる。この魔法を使うことなく目的を達成することはきっとできない。
だけど、考えても考えても話がこれ以上進まない。
「――家に篭っていても仕方ない。外に出るぞ」
「どこか向かうの?」
「いや、どこかに行くわけじゃない。ただ簡単な話だ」
魔理沙様は玄関から出るなり、ミニ八卦炉と箒を構えて言った。
「私と勝負しようぜ」
「えっ」
〇 〇 〇
こってり絞るのは全てが終わってからという話だったよね?
気が変わったのかな。でもこれで魔理沙様の気が晴れるのなら、いくらでもサンドバッグになれるよ。
「一日中座りっぱなしじゃ体が苔むしちまうだろ? 気分転換も兼ねて――弾幕ごっこの修行をしよう」
「弾幕ごっこ?」
前に魔理沙様とアリスが空を彩るように戦っていたあれを、私が?
「私らの計画の如何によっては、アイも戦うことになる。まぁ、私が鍛えてやるから、大船に乗った気でいればいい」
魔理沙様が箒に乗り、空高く飛び上がった。
普段の飛行とは魔力の流れが違う。私もいつもより魔力を多く使って
速度を上げて魔理沙を追う。
地平線が見える高度に来たあたりで、魔理沙様は振り返って言った。
「まずは準備運動だ! 避けてみろ!」
「――ま、待って⁉︎」
魔理沙様の手から放たれた無数の弾を慌てて避ける。
「横に飛んで避けたか。だけど、そんな単調な動きをしていると――」
彼女の指先が光った。
「あっ――」
熱っ⁉︎ レーザー⁉︎ こんなの、見てからじゃ絶対に避けられない。
しかも、追加でさらに弾幕が展開されている。
弾は全方位に放たれているから、さっきみたいに大きく横に動いて避けるのは無理。
弾と弾の間を縫うようして、なんか避けるしか――。
「どうした、反撃してこないのか? 攻撃こそ最大の防御なんだぜ!」
魔理沙様に攻撃⁉︎ そんなことできるわけがない――。
私の攻撃なんてそう易々と魔理沙様には当たらない。でも万が一ってこともある。
「なんだ、攻撃はしないのか?」
魔理沙様の声がすぐ近くで響く。
その直後、視界が白く染まった。
爆ぜるような光の奔流。反射的に魔力で壁を作ったおかけで、なんとか直撃はしなかった。でもかなりバランスを崩した。
「反応は悪くないんだけどな。私のことは気にせずじゃんじゃん撃ってきてくれよ。そうじゃないとこっちも楽しくないからな!」
「……わかった。ならいくよ」
魔理沙様にここまで言われたのなら、攻撃しない方がよっぽど失礼か。そうだ、当たっても痛くないような弾にすればいいんだ。
ビーチボールをイメージした弾を作り、それをとにかくたくさん放つ。
「こんな密度じゃまだまだ足りないな!」
彼女は後も容易く弾幕を掻い潜ると、即座に反撃してくる。
攻防が目まぐるしく入れ替わる中、ひたすら弾を増やして応戦するが、まったく当たらない。それどころか、魔理沙様の攻撃はますます苛烈になっていく。
「――やっぱりアイには魔法の才能があるな! さぁ、これはどうだ!」
魔理沙様は一枚の紙と共にミニ八卦炉を取り出し、宣言する。
――恋符『マスタースパーク』
もしかして、これ、とんでもない攻撃なんじゃないの?
展開されていく無数の魔法陣の一つ一つに、すさまじい量の呪文が書き込まれている。
空気が震えてる。これはもう、必殺技だ。
「ま、待って魔理沙?」
「さぁ――どうやって凌ぐ?」
魔理沙様の手元が眩く輝きだした。
まずい、来る。
ありったけの魔力で障壁を用意しながら、全速力で距離を取る――!
「あっ――」
熱が迫ってきた次の瞬間、魔力障壁が薄氷のように砕ける音がした。
〇 〇 〇
……なんかくすんでいる。
ここは、どこ?
温度も、匂いも、感覚が曖昧だ。けれど、不思議と懐かしい空気を感じる。
私は歩いている。
そう、歩いている。無いはずの脚がある。
なんだか空気が澱んでいる。靴から伝わる、アスファルトの感触がやけに新鮮だ。
これは、記憶なのかな。
なんてことない住宅街の道路――この道に通い慣れていることを、私は知っている。
「……久しぶり」
気がつけば、私は彼の家の前に立っていた。鍵のかかったドア。呼び鈴は鳴らさない。
手が勝手に動き、バッグの中から合鍵を取り出した。夢を見るのとは違って記憶を見ているせいか、自分の体を他人に操作されているような、妙な感覚がある。
この日は、彼と別れたほんの数日後。別れた理由は――思い出せない。ただ、彼の「別れよう」の一言が、私の世界を終わらせた。
別れたくなかった。でも、無理に引き下がって拒絶されるのはもっと怖かった。
だからせめて、たとえ会えなくなったとしても。
私の存在を――彼の心に刻み付けたかった。
彼が昔、笑いながら言った言葉が頭をよぎった。
「
たったそれだけの、何気ない言葉。
彼に忘れられないためにはどうすればいいか――この時の私にとってはこんな言葉が暗闇に差した、唯一の光だった。
〇 〇 〇
気がつけば、私は彼の家の浴室で、床に座り込んでいた。
左手にはノコギリ。薄刃に息がかかり、白く曇る。
スカートをたくし上げ、太ももを露出させる。
不思議と気分は落ち着いていた。彼に忘れられないために、必要なことを実行するだけだったから。
ノコギリの歯が肌に触れると、一瞬冷たさを感じた。そして、すぐにチクチクとした痛みへと変わる。
意を決して刃をスライドさせる。それだけで、涙が出るくらい痛い。太ももからは涙と同じくらい血が出てきた。
痛みを我慢して、何度も刃を動かす。
神経を断つ痛みは、想像を絶していた。
「いッ……ゔぅ……」
刃が動くたびに、身体中の筋肉が強張る。剥き出しになった筋繊維に、息がかかるだけでさらに激痛が走る。
じっとりと手汗をかきながら、刃をさらに動かし――やがて手応えが硬くなった。
その頃には出血が本格的にひどくなってきた。まっかな水たまりが、はいすいこうへとひろがっている。
てがしっかりうごかない。
ゆびがつめたい。
いたい。
どうか
わたしを
わすれないで
〇 〇 〇
――はっ、と息を呑んで目を覚ました。
天井があった。木の梁、見慣れた魔理沙様の家の天井。汗で寝間着が張り付いている。全身がだるくて、心臓だけがやけにうるさかった。
「おい、起きたか? かなりうなされてたぞ」
魔理沙様の声に顔を向けると、彼女は湯気の立ったマグカップを手にしていた。私は微かにうなずいた。
「……なんか、すごく、変な夢を見た」
「変な夢?」
……言えるわけがない。誰にも、こんなもの。
私の右足がない理由。
妖怪に食べられたわけじゃなかった。私の脚がない理由は、私自身の手によるものだった。
狂ってる。記憶の中の私はまさしく狂人。
外の世界にいたころの私の正気を疑う一方で、そのあり方に納得もできる。好きな人にずっと覚えていてもらうために脚を切り落とそうとする――私ならやっても不思議じゃない。
未練たらたらのくせに、潔く身を引くようなことをするから
「さっきは熱くなっちまってごめんな。痛むところはないか?」
「どこも痛くないよ。――でもなんか違和感がある」
怪我とか、痛みの類ではない。なんというか、手足が増えたというか、伸びたというか……。
いや左手も右脚も無いのには変わらないんだけど……。
「体がなんかもうひとつあるような感覚が……」
「見た目にはなんの変化もないけどな」
起きた時は気にならなかったけど、自分の体に意識を向けると、わずかにだけど不思議な感じがする。
「待て、魔力を全身に巡らせてみろ」
魔理沙様は何かを確かめるように、真剣な面持ちで言った。
空を飛ぶ時の容量で、微弱な魔力を全身に巡らせる。……いつもと違いは感じない。
でも、魔理沙様は何かに気づいたらしい。
「これは突破口になるかもな」
「どういうこと?」
「アイが感じているのは、外の世界にあるお前の体の感覚だ」