何もかも失った少女が幻想郷で夢幻の幸せを見つける話 [完結]   作:抹茶だった

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12話 記憶

 

 

 決行日が来た。

 ここまで残された時間の全てを、記憶を操る魔法の鍛錬に費やした。

 今日のための魔理沙様の仕込みも十分に機能しているらしい。

 機は満ちたというのに、心臓がいやにうるさい。

 落ち着こうと深呼吸をすると、冷たい空気が肺を満たした。どうやら日が暮れて、冷えてきたらしい。

 でも、これくらいじゃ体の火照りが冷めない。

 

「アイ、この魔法陣を起動すれば――もう止まることはできない」

 

「うん」

 

「そうだ、アイの用意した魔法だが……大丈夫だよな?」

 

「……うん。任せてよ」

 

「ああ、私はアイを信じてる」

 

 この数日間、魔理沙様は私の魔法を人里で使い、準備を整えていた。

 数日後に祭りがあるという、嘘の記憶を植え付ける魔法。真っ赤な嘘なのに、魔理沙様が多くの人にその偽りの記憶を流し込んでいった結果、本当にお祭りがはじまってしまった。

 私たちが流したのは祭りの日時だけなのに、なぜか屋台が並び、飾り付けがされ、祭囃子まで聞こえてくる。

 そんな彼らを囲うように敷いた魔法陣に、魔理沙様は魔力を込めた。

 

「この流れって、私に最初にやったのと同じ……?」

 

「そうだ」

 

 木々に貼り付けられた魔法陣が淡い黄色に輝くと、祭りに参加している人たちに、魔力が流し込まれていった。その魔力が呼び水になり、彼らの体質は、体内で魔力を作れるものへと変化する。

 言うなれば、一夜にして人々を魔法使いに変える――魔理沙様の荒技だった。

 

「……これでみんな魔法使いになっちゃったんだ」

 

「そうとも言えるな。……さて、次のフェーズだ」

 

 魔法陣の光が今度は青色に変わった。

 それと共に、魔理沙様の手元に大量の魔力が集まってきた。

 この魔法陣は人から魔力を奪う。一人一人の力が小さくとも、これだけの数があれば――

 

「今回の異変の主犯は――私たちだ」

 

 魔理沙様が展開した、無数の魔法陣が収集した魔力を圧縮しだした。

 蛍のような、わずかな光が一点に集まり、純白の太陽のような光に変わっていく。

 その魔力は八卦炉へと吸い込まれていき、そして――

 

 ――天を穿った。

 

 目と耳が痛む。

 魔法が放たれた瞬間、眩い光は薄暗い夕方を昼間に変えた。それと共に、絶叫に似た高周波が鳴り響く。

 閃光がおさまると、空には大穴が空いていた。

 

「へへっ、計算通りだぜ! アイ、魔法はいけるか⁉︎」

 

 魔理沙様に声をかけられるのと同時に、体の魔力の流れに集中する。

 体から漏れ出た魔力は一本の道のように大穴の方へと流れていく。それをさらに辿ると――悪寒のようなものが走る。

 体の震えが止むと、背中になにか柔らかい感触を感じた。それと同時に、薬品のような匂いもする。定期的に電子音が聞こえる。

 繋がった。外の世界で昏睡状態となり、病院のベッドで寝ている私と。 

 

 

「――見つけた。これで外の世界に魔法が使える」

 

 後は魔力を溜めて、魔法を使うだけ。

 これさえ使えばきっと外の世界は私のことを忘れる。

 記憶の中の私は自殺にも等しい行為をしていた。今度は私があの世界にいたという痕跡すら消すことになるとはね……。

 

 魔理沙様と同じように、魔法陣から魔力を吸い上げ、魔力の渦を大きくしていく。これだけの量の魔力なら……きっと世界は私のことを忘れてくれる――。

 

「はぁ……。ずいぶん面倒なことをしてくれたようね」

 

 苛立ちを隠さない声の方には、巫女がいた。紅白の、それこそ縁日から抜け出してきたような格好の少女だ。おそらくこの人が、魔理沙様がたまに口にしている、レイムとかいう女なのかな。

 

「お、邪魔者だ」

 

「それはこっちのセリフよ。私のうたた寝の時間を邪魔する、不届きものが」

 

「雷かなんかだと思って二度寝すればよかったのに」

 

「青天の霹靂じゃなきゃそうしてたわよ」

 

「まぁ結界に穴を開けたからな。霊夢がすっ飛んでくるのも当然か」

 

 2人が臨戦態勢に入るのと同時に、空間が裂けた。

 裂け目の中には夥しい数の目玉が暗闇に浮かんでいる。その中から現れたのは八雲紫だった。

 

「霊夢、魔理沙には私がお仕置きしておくわ」

 

「そ。珍しく役立つじゃない」

 

 巫女の視線がこちらに移った。

 

「で、あんたは? 降参してくれるの?」

 

「……しない。貴女こそどこかに去ってくれないの?」

 

「私は憂さ晴らしをしにきたの。このままじゃ帰れないわ」

 

 魔力とは違う力の流れが、霊夢から溢れ出る。その漏れ出しているエネルギーは私の魔力の量をはるかに上回っていた。

 力の差は歴然。普通に挑んでもまず勝てない。あとちょっとのことなのに、最後の壁が高すぎる。

 でも、やるしかない。

 

 出し惜しみなんてしない。魔法陣をできるだけ多く展開して、一気に勝負を決める!

 

「ペース配分というものを知らないの?」

 

 霊夢はひらりひらりと、蝶のように飛び、弾幕の隙間をすり抜けていく。やっぱり単純に弾幕を撃つだけじゃ、絶対に勝てない。単純な力の差もあるけど、それ以上に経験や技量が離れている。

 だからこっちは最初から全力で畳み掛けてワンチャンを狙うしかない。攻めるなら、やることは一つ。

 手元にスペルカードを出現させて無言で念じる。

 

 魔符『記憶を消す魔法』

 

 弾幕を撃ちながら、速攻で記憶を消す魔法を構築――起動させる。

 

「おっと。何? 弾を全部転移させたの?」

 

「……さぁね」 

 

 霊夢の目には弾が急に目の前にワープさせたかのように見えている。でも実際はここ数秒間の記憶を消しただけ。

 日常生活ならいざ知らず、弾幕ごっこ中ならこの数秒は命取りになるはず。それにたった数秒の記憶を消すだけなら、多少距離が離れていようと少ない魔力で発動できる。

 

 弾幕をさらに重ねながら、霊夢の記憶を何度も消す。記憶を消すたびに霊夢は被弾しそうになるが、無理やり回避している。

 

「面倒なことをするわね……」

 

 一言毒づくと、霊夢は大きく移動をした。

 高速で移動する彼女を、先回りするように弾幕と魔法を重ねる。でも回避に専念されたんじゃ捉えようがない。

 

「いま、私も転移した……? なるほど、私の記憶を消してるのね」

 

 もうバレた。

 仕組みに気づかれた途端、霊夢は弾を危なげなく避けるようになり――反撃までしてきた。

 やっぱり多少捻ったくらいじゃ経験の差が埋められない。できるだけ低燃費な術先にしているとはいえ、無意味に乱発していたら集中力が持たない。

 私を追尾するように飛んでくる、紅白の弾幕をレーザーで叩き落としつつ、次のスペルカードを発動する。

 

 魔符『感覚を共有する魔法』

 

「いっっっった⁉︎ あんた、なんて趣味してるの⁉︎」

 

「私だってこんな痛い思いしたくなかったよ」

 

 霊夢に、私の記憶の一部共有した。妖怪に生きたまま腕を食いちぎられるシーンだ。身体に影響はないけれど、意識がなくなるほどの激痛を引き起こせば、実力差なんか関係なくなるはず。

 霊夢がうずくまり、動きが止まった。

 

「痛ッ〜〜! これが、終わったら、ただじゃ、おかないわよ!」

 

 しかし、それも一瞬で、苦痛に顔を歪ませながらも、彼女は私の弾幕を悉く躱す。神経の一本一本が千切れ、骨に電流が走るような、最悪の激痛なのに。

 

「一体どんな生活を送っていたらこれを耐えながら動けるの⁉︎」

 

「実害がないなら、気にしてもしょうがないでしょっ」

 

「そんな理屈で……⁉︎」

 

 一応動きは鈍っているけど、まだまだ私の弾幕は避けられている。これでは決め手にはならない。先に魔力が尽きてしまう。

 精神性がタフすぎる。なら今度はそこを攻める。

 

「やっと終わり? ある意味誰よりも厄介ね……次は何するつもり?」

 

「今度は一味違うから」

 

 魔符『感情を共有する魔法』

 

 腕と脚を無くしたときの喪失感、記憶がないという不安を一気に植え付ける魔法。痛みには意志が強ければ耐えられるかもしれない。でも直接意思を揺らされるのは誰にも耐えられない――。

 

「貴女、なかなか生きづらい性格してるのね。でもこんなのは攻撃になってないわ」

 

「なっ⁉︎」

 

 霊夢は眉ひとつ動かさず、こちらに迫ってきた。

 信じられない。効かないはずがない。私の中をあれだけ支配していた絶望を――彼女は眉ひとつ動かさずに受け止めた。

 

「他人の気持ちなんかで心を動かしてたら、妖怪退治なんて務まらないのよ」

 

 霊夢の周囲の空気が軋みだした。それと同時に、彼女の手に出現した札が、眩く光り輝く。

 負けが、近づいてくる。

 

 霊符『夢想封印』

 

 至近距離で放たれた、七色に輝く光弾を避ける方法はまるで見つからなかった。

 悪あがきに貼った魔力障壁も一瞬にして砕け、視界は光の波に呑まれる――

 

「――アイ!」

 

 急に腕を引かれたかと思えば、間一髪で光弾を避けていた。

 魔理沙様が、助けてくれた。

 

「はぁ、危ねぇ。アイが負けたらこの計画は終わっちまう」

 

「魔理沙……ありがとう……」

 

 地面に降りると、魔理沙様は肩で息をしていた。体の至る所に傷があり、八卦炉や箒も見るからに消耗している。

 

「紫が厄介だ……このままアイに霊夢を任せるのも荷が重すぎる……」

 

 八雲紫も霊夢も見るからに余力を残している。対して、私はもう霊夢に打つ手がないし、魔理沙様は最初の大魔法の消耗が尾を引いている。

 2人が地上へと降りてきた。

 

「やっと幻想郷のために、アイちゃんを諦めてくれる気になったの?」

 

「そんなわけないだろ。くそ、あとは魔法ひとつ使うだけなのに」

 

 大規模な魔法は構築に時間がかかる。その時間は霊夢と紫を退けないと絶対に確保できない。

 

「あら、アイちゃんが幻想郷に残ることができる、そんな素敵な魔法があるの?」

 

「なんだよ、話を聞いてくれるのか」

 

「後学のために教えてくれないかしら?」

 

 八雲紫は全てを見透かすような、そんな目で言った。

 

「……単純な話さ。アイを覚えているやつらが外の世界に多いから、幻想郷に負担がかかっているんだろ。なら、外の世界がアイを忘れちまえば良い。『アイに関する記憶を消す魔法』これをとにかく広い範囲に使えば――」

 

「たったそれだけの魔力で?」

 

「……何を言ってる?」

 

 彼女は穏やかな笑みを浮かべて続けた。

 

「アイちゃんに関連する記憶だけを消す魔法? 外の世界にいる数千万を超える人間に対して、そんな複雑な術式の魔法を――たった数百人の素人から集めた魔力で使えるというの?」

 

「……はは。使えるに決まってるだろ。なぁ……アイ?」

 

 魔理沙様は精一杯笑顔を作っていた。

 でも、返事ができない。

 

「魔理沙もうすうす気づいていたはずよ。アイちゃんが用意しているのは別の魔法だって」

 

「……どんな魔法かは知らないがアイはそうするしかなかった、それだけだろ?」

 

 八雲紫と目が合う。酷く冷たい目線だった。

 

「貴女が用意していたのは、範囲内の人間の記憶を無差別に消す、言うなれば『記憶を焼き払う魔法』ね。これなら難しい術式は一切いらない。何の遠慮もなく記憶に魔力を干渉させるだけの魔法。――まともに受ければ呼吸の仕方すら忘れて死に絶えるでしょうね」

 

 頬を汗が伝っていった。

 魔理沙様の方を見ると、目が合った。

 言葉を失っていた。

 

「この魔法でもアイちゃんの望みは叶うでしょう。数千人が一斉に記憶障害を起こし、その何割かは死ぬ……。こんな事件が起きたら、1人の少女がどんな酷い目に遭ったかなんて、すぐに忘れてしまうでしょうね」

 

 全てバレてしまった。

 私に関する記憶だけ消す魔法はあまりにも術式が複雑だった。至近距離にいる人相手ならまだしも、遠くにいる人に――それも大勢にとなると、到底不可能だった。

 だから外の世界で大事件を引き起こせば私の事件なんて忘れると思った。でもこんな方法、正義感の強い魔理沙様にとって最悪でしかない。

 だから黙っていた。私が幻想郷に残るために――全てが終わった時、魔理沙様が罪悪感を抱えないように。

 でももう明かされてしまった。

 八雲紫が私の方へゆっくりと歩いてくる。

 一歩進むごとに、私たちが集めた魔力が霧散していく。

 

「アイ……すまねぇ、私はもう力になれない……」

 

 魔理沙様は八卦炉を置き、座り込んだ。

 

「魔理沙……」 

 

 もう抵抗はできない。

 詰みだ。

 私は外の世界に帰される。

 魔理沙様のいない、無色で無味の、何の価値もないところに。

 

 

 

 ――嫌だ。

 このまま別れるなんて。魔理沙様の離れ離れになるくらいなら、いっそ死んだ方がマシ。せめて、最期に――

 

「魔理沙様っ!」

 

「……お、おい⁉︎」

 

 魔理沙様を押し倒し、唇を重ねる。

 そして、魔法を発動させる。

 『アイ(わたし)に関する記憶を消す魔法』

 

 ――最期に私のことを焼き付けさせて。貴女の中から、私が消える前に。

 

 

 

 

 




 次回が最終話です。
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