何もかも失った少女が幻想郷で夢幻の幸せを見つける話 [完結]   作:抹茶だった

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最終話 夢

 

 

 目を開けると、真っ白な壁紙を、これまた白い照明が照らしていた。見覚えのない天井だ。ここは……病院?

 目が覚めて間もないのに、不思議と眠気はない。頭も冴えてる。だけど、状況が飲み込めない。

 というか体が怠い。重い。首しか動かせない。

 薬品の匂いがして、電子音が定期的に鳴っているのが聞こえるけど……誰かいないのかな。

 

 何もできないまま時間が過ぎていく。

 ただただ待っているとやがて、扉が開く音がした。

 

「……あ! (レン)さん⁉︎ 起きられたんですね!」

 

 看護師さんが駆け寄ってきた。

 

「――良かった。もうずいぶん長い間眠られてましたからね」

 

「な……ん……」

 

 声が出ない。喉が酷く渇いている。長い間寝てたってどれくらいなの。

 

「担当の先生を呼んでくるので待っていてくださいね」

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 丸いメガネをかけた、白衣の男性が近くの椅子に座った。

 

「恋さん、おはようございます。どこか痛むところや、変に感じるところはありませんか?」

 

「……な、い」

 

「無理しなくていいですよ。恋さんは長い期間昏睡状態にあったので、様々な身体機能が低下しています、これらは入念にリハビリを行い、解消していきましょう」

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 数日経つとようやくスムーズに話せるようになってきた。

 体にはまだいまいち力は入らないけどね。

 

「バイタルが安定してきましたので、そろそろ恋さんの身に何が起きたのかを話しましょうか」

 

「……はい」

 

「あなたは1年ほど昏睡状態にありました」

 

「……いちねん」

 

「えぇ。最後に意識があったときのことは覚えていますか?」

 

「……えっと、ホームセンターでノコギリを買って……それで……」

 

 吐き気が、こみあがってきた。

 まだ点滴でしか栄養をとってないから、胃液しか出てこない。

 

「私は、合鍵で、アパートに入って」

 

 心臓の鼓動が早い。

 視界が揺れる。

 私と繋がっている機械が、警報のような電子音を鳴らした。

 

「恋さん、落ち着いてください」

 

「自分で――自分の脚を……?」

 

 右脚の感覚が――ない。

 血の気が一気に引いた。

 耳鳴りがする――。

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 

 以前の私は精神に異常を抱えていたみたいだった。

 ある日を境にほとんどコミュニケーションのない家庭で育った私は、愛というものに飢えていた。

 だから私を必要としてくれる彼に――ひどく執着した。

 そんな重たい接し方をする私に……きっと嫌気がさした彼は、別れを切り出した。

 彼は正しかった。問題は私が自分の脚を切り落としてでも、私という存在を彼に焼き付けたいと考える、気狂いだったこと。

 

 何度かに分けて、お医者さんは事の顛末を話してくれた。

 私は自分の脚に1/3ほど刃を入れたあたりで気を失ったらしい。そのため、刃はギリギリ動脈を傷つける事なく止まった。

 私のことを最初に見つけたのは彼だった。ひどく動揺しながらも、救急車を呼ぶのも、出血を抑える行動も的確に行ってくれた。

 私が早々に気を失ったのも、彼がたまたま早く帰ってきて、処置が的確だったのも、救急車が迅速に来たのも――ほとんど奇跡みたいな噛み合いで私は生き延びた。

 

 奇跡が重なったとはいえ、それでも右脚の状態は最悪だった。あまりにも出血が多く、動脈が生きていたとはいえところどころが壊死していた。

 それに、気を失った時の姿勢が悪く、倒れ込んだときに左腕にノコギリが突き刺さっていた。こっちは太い血管を傷つけてしまっていた。

 右脚の出血への対処に追われるうちに、左腕も壊死が始まっていた。

 そして、処置のために、右脚と左腕を切断した。

 

 どこから話が漏れたのか、私の脚がノコギリで切断されたという噂はあっという間に広がった。

 誰もがそんなことを行う、猟奇的な犯罪者を恐れた。恐怖がどんどん噂を広げていった。

 まさか私が自分でやったことなんて、思いもしなかった。

 でも警察が入念に調べた結果、私の自傷行為であることが分かった。噂の方も、事態が進展しないせいか、いつしか誰も話さなくなった。

 

 

   〇 〇 〇

 

 

「……あぁ、きっつ……」

 

 リハビリは地獄だった。

 全身の筋肉が衰えているというのは想像以上の大問題だった。

 最初は座ることすらできなかった。体を起こすことはもちろん、上体をただまっすぐ起こして維持する――そんなこともできなかった。

 スプーンを持つだけで汗をかくなんて夢にも思わなかった。

 

「いやぁ、恋さんはよく頑張っているね。リハビリは相当きついはずだけど――順調にできることが増えている。素晴らしい」

 

「いえいえそんな。私は、言われたことをやってるだけで……」

 

「そんな、謙遜しないで。その言われたことをやるというのが、中々大変なんですよ」

 

 体が元の体力に戻るにつれ、一つの疑問が湧くようになった。

 自分の脚を切るほどに執着していた彼に、今はなんの感情も抱かないのだ。

 あの日の私と今の私が繋がっていない――そんな風に感じる。1年も昏睡したから、そう思うのかな。

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 境内にあいつの姿は見当たらなかった。なら、縁側でのんびりしてるんだろうな。

 

「霊夢ー! きのこ茶を持ってきてやったぜ!」

 

 覗いてみると本当にいた。声をかけると、霊夢は気だるそうにこっちを向く。

 

「んあー? 魔理沙か。ならついでに淹れておいてー」

 

「淹れるくらい自分でやれよ……。まぁいいや」

 

 今日は茶だけじゃなく、相談事も持ってきたしな。

 いつも通りキッチンを借り、2人分の茶を用意し、戻る。

 

「なぁ、頼みがあるんだよ」

 

 霊夢のすぐそばに座り、湯呑みに茶を淹れる。

 

「なんでもかんでも人に頼っていたら人として成長しないわよ」

 

「面白いこと言うなぁ。お茶はやっぱり飲まないのか?」

 

「……話くらいは聞いてあげるわ」

 

 霊夢はそう言って、湯呑みを取り、口をつけた。

 

「紅霧異変の時、私は普通だったか? ここ最近というか、なんか記憶が曖昧なんだよな」

 

「……そう」

 

「霊夢って巫女だし、霊感とかあるだろ? 私に何か憑いていたりしないか見てくれよ」

 

 肩が重いとか、寒気がするとか、そういうのはない。家にある警戒用の魔法陣も発動してないから誰かに侵入されているということもない。

 だが、私の知らない間に、誰かが居た気配がする。

 原因がわからないから、結構本気で困っているんだが――。

 

「もう憑いてないわ。祓ったから」

 

「私は真剣なんだが?」

 

「私もいたって真面目よ」

 

 親友はまともに取り合ってくれなかった。

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 リハビリを頑張ったからか、義足があるからかはわからないけど、かなり歩けるようになった。想像していた何倍も自由に移動ができる。

 昏睡状態になった経緯の問題で、しばらくの間精神科に通いもした。

 でもすぐに終わった。

 昔から優等生のように振る舞うのは得意だったから。

 

 体の方はこれからも病院で診てもらわないといけないけど、ほぼ快復した。

 心の方はもう心配されていない。精神科に通う必要はない。

 

 やっぱり長かった。こうやって、誰の目にもつかない場所に1人で来るのにかなり時間がかかった。

 この日のためにリハビリも頑張ったし、事故のショックから立ち直ったかのように振る舞い続けた。

 

 誰もいない山道をゆっくり歩く。

 日本にいくらでもある、たいして高くもない山。

 虫の鳴き声や、植物が風で揺れる音が僅かに聞こえるだけの、静かな山。

 道中には東屋があった。

 この時間帯だと、夜景が綺麗に眺められる場所だった。

 ……歩き疲れたしここにしようかな。

 手提げ袋からロープを取り出し、東屋の梁に縛りつける。

 東屋の中にあるベンチに上り、ロープの先を輪っかの形になるように縛り、首を通す。

 

 私が目覚めると、片腕片脚がなかった。

 どれだけ思い起こそうと、この世に思い入れは何一つなかった。

 お見舞いには誰も来なかった。

 私に起きた時、生きる意味は存在しなかった。

 

 せめて最期くらいは、すんなりと終わってくれたらいいな。

 

 

 私は、ベンチから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

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