何もかも失った少女が幻想郷で夢幻の幸せを見つける話 [完結] 作:抹茶だった
今日で目が覚めてから3日経った。
マリサさんは私の世話をしてくれながら、いろいろなことを教えてくれた。
マリサさんが私を見つけた時、私はすでに右脚がなく、大量に血を流した状態で倒れていたらしい。
慌てて包帯を巻いて止血し、治癒魔法を一晩中かけてなんとか命が繋がったみたい。
マリサさんの見立てでは、私は何かの弾みで幻想郷の外から来た、いわゆる外来人らしい。それで、幻想郷に来て早々に妖怪に襲われて脚を食べられたんじゃないかとか。
まとめると、私は幻想郷に来て片足と記憶を失くし、マリサに命を救われた。悲惨すぎ。鬱になりそう。実際本当にヘラって飛び降りたんだけど。
でも今はやることがある。命を救ってくれた恩人にお世話されっぱなしでは死ねない。
何かお返しとかできないかな。
キノコの鑑定をしている途中だけど聞いても大丈夫かな。
「マリサさん、何か私にできることないですか?」
「そうだな、敬語を止めるとかどうだ? 痒くて仕方ないからタメ口でいこうぜ!」
「他には」
「もっと明るい顔しようぜ。病は気からって、言うだろ」
もしかして私の性格を変えようとしてる? そういえば私って元々どんな性格だったんだろ。誰かとの会話思い出せたりしないかな……。
LINEとかどうだろ。名案かも。
「マリサさん」
「敬語」
「……マリサ、私が倒れてた時、何か持ってたり身に付けてたりしなかった?」
「何も持ってなかったぜ」
そっか。それは残念……。
彼女は魔法使いで、レイムという女に勝つために日々研究を重ねているらしい。魔法も努力が大切なんだね。研究を手伝えたら良いんだけど、私みたいな素人じゃかえって邪魔になりそう。
せめてこの介抱生活をなんとかしなきゃいけない。立ったり歩くくらいは一人でできるようにしないと……。
リハビリをするか?
まずは立てるようになろう。
上半身を起こして、足を床に下ろし、体重を乗せて……あ、支えられ
「痛ッ!」
「びっくりした。どうした?」
体重を支え切れなくて、ベッドから転げ落ちてしまった。思ってた以上に足がダメになってる。身一つではもう立てない。
ベッドの縁に手をかけて腕と足の力を使えば――
つるっ
「ーーッ‼︎」
手滑った。顎をベッドにぶつけた! 痛すぎる。涙出てきた。非力すぎ。9週間寝てる間に痩せに痩せたせいだ。腕がもう骨と皮。脚もモデルより細い。
「まだ無理するな。ほら戻してやるよ」
介護されてる……。マリサさんの手に引っ張ってもらい立ち上がるが、すぐによろけてしまう。
今度は倒れる前にマリサさんが受け止めてくれた。好きになりそう。
「ありがとう……」
マリサさんは私をベッドに寝かせると、白い歯を出して笑い、本業を再開した。
体が動かなくても私にできることないかな……。恩返しといえばプレゼントだよね。でも買いにはいけない。……髪でもあげる? 綺麗って言ってたし。……うーん、ちょっと気持ちが重いか。
現代の知識を教えるのはどうでしょ。魔法の世界に化学を持ち込むのは定番だよね。いや、それすると魔女狩りならぬ科学者狩りが起こるのかしら。
ねぇ、化学を全く思い出せないんだけど。さては文系選択か?
9週間で立てないくらいに体力が落ちるあたり、私は図書館に引きこもっているタイプの人だったのかしら。
思案は飽きたな。
……暇だ。スマホが欲しい。スマホ依存は記憶喪失でも治らないんだ。
もういい、寝るか。それしかできない。でも9週間も寝てて、目が覚めてからの3日も大半を寝て過ごしちゃったから、最早眠くないんだよね。
目を閉じたところで、きっと余計なことばかり考えて寝られ――
〇 〇 〇
菜箸とボウルがリズムを奏でている。女性がキッチンで卵を溶いている。
私はそれを背もたれのない椅子に座って、眺めていた。
「なにをつくってるの?」
「卵焼き。――さんのお弁当に入れるの」
「わたしの分は?」
「手伝ってくれるなら食べさせてあげる」
「やったー」
冷蔵庫から調味料を出し、私はそれを女性に渡した。
女性は調味料を溶いた卵に入れ、少し混ぜるとコンロに火をつけた。
「チーズいれる?」
「いれない。――さん、最近太ってきたからね」
「そっかー」
私は卵焼きが好き。ふんわりしてて甘くて美味しいから。チーズを入れたのはもっと好き。伸びて楽しいから。
たまたま早起きした日はいつもこうやって、朝ごはんとかお弁当を作ってるのを眺めてた。でもこのチーズのやり取りをした日はなぜか、妙に覚えてるの。
こうやって、夢に出てくるくらいには――。
……良い匂いがするな。
卵焼きか?
ベッドに横たわったまま辺りを見渡すと、マリサさんが台所に立っていた。八角形の箱から炎が出ていて、そこでフライパンを熱してるようだった。
夢の内容が匂いに引っ張られたみたいに思えてくるな。そんなことあるの? これじゃあ私が食いしん坊みたい。
「おはよう、マリサ」
「アイ、起きたのか。おはよう」
メイド服に似た服着てるから、普段の言動があれでも料理している姿が様になってる。
「似合わないってか?」
「そ、そういうわけでは」
こちらの顔も見ずに図星を当ててきた。達人か?
「こう見えても一人暮らしは長いんだ。炊事掃除洗濯裁縫……全て極めてるぜ」
花嫁修行を既にマスターしてるんだ。まぁ、それは私にもできる……あれ、私にできるの? いま記憶がちょっと戻ってた? それともただの自惚れでしょうか。
それにしてもどういう風の吹き回しで卵を調理してるんだろ。キノコこそが主食と言わんばかりにここ三日間はキノコ尽くしだった。米を1としたらキノコは9になるくらいにはキノコ尽くしだった。果たしてこれは炊事を極めたと言えるのか。
もしかして気を遣ってくれてるのかな。キノコに飽きてきたのを見越して、私の好物の卵焼きを作ってくれる……これは炊事を極めてる。もしかして私のこと好きなの?
「今日からは卵尽くめ生活になりそうだな」
マリサは食卓に玄米と卵焼き、あと味噌汁を並べながら言った。今日からはキノコではなく卵で魔法の研究を進めるってこと? 命がもったいない。いや、必要犠牲か。
「アイ、魔法に興味はあるか⁉︎」
「魔法……?」
興味はあるよ。私も心を読んだり転移したり偽装魔法使ったり色々してみたい。
「その反応は肯定ってことだな。善は急げだ。すぐにやるぞ!」
マリサさんはそう言うと、私をベッドから食卓へ移動させ、自らも食事を始めた。
「食べながら聞いてくれ。私流の魔法の使い方をアイに教えてやる」
マリサさんはテーブルの上にあったボウルに卵を転がし入れた。
「やることは簡単だ。第一ステップ――魔力を放出してこれを割る。簡単だろ? それができたら割らないよう卵を立たせる。これもできたら――」
マリサざんが顔をぐっと近づけてきた。
「ひ」
「私の研究を手伝ってくれ」
……そんなことでいいの? こんな私をわざわざ助けて、長い間世話までしてお手伝いだけ?
「不満か? 何か手伝いたいって言ってたと思うんだが」
「はい」
「お、返事したな。言質は取った。勉強を始めようか」
〇 〇 〇
食器は片付けられ、目の前にはボウルと卵。
「魔力を卵に放出してみろ」
そうは言われても何が何やら。ここならハンドパワー的なものが出るのかしら。両手を前に突き出して、力を込めてみる。
「まぁ出るわけないよな」
マリサさんはそう言うと私の両腕を掴み、耳元で話す。
「初めて魔力を使おうとしても簡単にはできない。それこそ十数年は修行しなきゃいけない。だけどな?」
マリサさんの手から熱いものが流れ込んでくる。熱湯よりも熱く感じるけど、なぜか痛みとか不快な感じはしない。不思議な感じだ。
「井戸の呼び水と同じ、外から魔力を流して体内で循環させちまえば――」
マリサさんから流れ込んできた熱が全身を回ると、身体中から熱が湧き上がってきた。これが魔力なのかな。
「そうだ。魔力を一度入れてしまえば、以降は体から勝手に湧いてくるようになる。それを手に集めて、溜まったら外へと出すんだ」
意識を傾けると、なんだか手が熱くなってきた。かなり熱い、温泉に足を入れた時みたいに熱すぎてなぜか冷たい。
外に出せない。何かが詰まっているような気がする。腕が震えてきた。
「――わっ‼︎」
「きゃっ」
マリサさんが突然大声を出した。その瞬間、シャンパンのコルク栓が抜けるような錯覚をした。驚かされた拍子に手の中にあった熱が前へと抜ける。
それとほぼ同時に、目の前にあった卵が――ボウルごと爆発四散した。
「初めてとは思えない威力だな! 素質あるんじゃないか?」
耳鳴りの中に、マリサさんの歓声が聞こえた。
「ボウルが……ごめんなさい」
ボウルを壊してしまった。それどころかテーブルが少し焦げたし、卵が部屋中に飛び散ってる。
「そんなのいいんだよ。また借りてくるしな」
「本当にごめんなさい」
壊したボウルは借り物だったらしい。本当に申し訳ない。
「そんなに気にしな――いや、これは重大な問題だな」
何の役にも立たない穀潰しが備品まで壊した――存在するだけで損失を生む人間を誰が必要とするだろうか。お世話のお礼なんて傲慢なこと考えている場合じゃなかった。
机に手をかけ立ち上がる――。食事して血圧が上がったからなのか、一眠りして快復したからかは分からないけど立ち上がることができた。
「ちょっとハードな実験に付き合ってもら――ってどこ行くんだ?」
恩人の手は煩わせない。処断の術はさっき教えてもらった。
でもここでやると部屋が汚れてしまう。机や椅子、壁に体重を預けながら片足で跳ねて家から出る。
しかし、外に出て手すりになるものがなくなると、あっさりバランスが崩れ――
「――ッ!」
地面に倒れこんだ。手をついたけど全然支えられなくて鼻と額を打った。
「おいおい、大丈夫か?」
マリサさんが体を仰向けに起こしてくれた。本当ならこういうのは行方をくらませてからが理想。
でも、片足がないんじゃできないし、思い立った日が吉日とも言うし。
――体を循環している熱を右手集める。そして、手のひらを胸に当てる。
「マリサ」
「どうした?」
「お世話になりました」
さっきと同じように、右の手のひらが火傷しそうなほど熱くなったら、手の力を抜いて――
「油断も隙もないな⁉︎」
マリサさんが私の右手を払い上げた――直後に空に向かって青っぽい色のレーザーが放たれた。
ほんの数秒それは続き、何事もなかったかのように消えた。
体が冷えていく。もう撃てないのが感覚で分かる。
また失敗した。死ねなかった。
「私なんかなんの役にも立てないのに」
どうして助けるの。
「待て待て待て、なるほどな⁉︎ アイ、お前は何か勘違いをしてるな?」
マリサさんは目を輝かせて言う。
「今ので確信した。アイの魔力があれば私の魔法が完成させられるんだ‼︎ 頼む、死ぬのは後だ。手を貸してくれ――!」
……なんで死ぬのを止めるのかは分からない。でも、本心から私のことを必要としてるのは分かる。……死んだらダメだ。マリサさんに必要とされている限りは。
「勝手に死のうとしてごめんなさい。できる限り力になります」