何もかも失った少女が幻想郷で夢幻の幸せを見つける話 [完結] 作:抹茶だった
人間じゃない――。そんなこと言われても困る。
困惑したのは魔理沙さんも同じみたいで、アリスを諭す。
「おいおい、アイが人じゃないって? アリスは知らないだろうが、こいつが倒れてた時の所持品は、いかにも外来人って感じだったぜ」
「なるほどね。つまり外の世界における人という種族は、幻想郷の人間とは別物になってしまったようね」
アリスは大真面目な顔でそう考察した。
「んなわけないだろ」
「ええ、冗談よ」
……私、生粋の人間なのに――さすがにたぶんきっと人間なんだが?
「な、何を根拠に私が人じゃないって言うの?」
言葉の初めが突っかかったせいで、図星みたいになっちゃった。
「採寸のついでに探知魔法を使ったのよ。妖怪か幽霊か、或いは使い魔、はたまた神か――正体は分からなかったけど、人間ではないことは分かったわ」
――アリスはそれ以上の興味を一切示さず、閉じていた本をパラパラとめくり始めた。
「人外の手助けなんてリスクの高いことはやらないわ。帰ってちょうだい」
「……とっくの昔にそのつもりだったさ。こんなとこさっさと帰ろうぜ、アイ!」
魔理沙さんが乱暴な足取りで家から出ていく。私も一応アリスに会釈だけして追いかけた。
人ではない……なんのことやらさっぱり分からない。あっちがただのひとでなしかもしれない。うん、きっとそう。あの女、私のことより魔理沙さんのことずっと見てたし、私と魔理沙さんを引き離すためにあんな――
「アイ?」
「はぃっ」
ぼーっとしてる内にずいぶん歩いてたみたい。魔理沙さんは私に駆け寄ると、悔しそうな顔をした。
「ごめんな。アリスがあんな冷たいやつだとは思ってなかったぜ。『人じゃない』なんて忘れろよ?」
魔理沙さんと一緒に箒にまたがり空へと飛び立つ。
私を人外だと言う彼女の目は、とても嘘をついているようには見えなかった。人でないならなんだ。幽霊――片足があるから違うな。いや、半分正解? 妖怪――って何。見たことない。そもそも人型なのかしら。使い魔は分からない。神様も違いそう――いけない、魔理沙さんに忘れろって言われてたのに考えちゃった。
忘れよっ。
いや、流石に無理か。
でも考えるだけ無駄だよね。私が人じゃないなんて。こんなことを言い出したアレの頭がおかしいんだ。きっとそう。魔理沙さんは魔法使いなだけあって、変な知り合いが多いんだね。
「なぁ、アイ」
「はい?」
魔理沙さんは箒の上で器用に体の向きを変えて言った。
「歩行のことは一回置いといて、飛行できるようにならないか?」
飛行? 箒に乗って飛ぶってこと? もしかして――めっちゃ面白いことじゃない⁉︎
私の顔を肯定と受け取ったのか、魔理沙さんはニカっと笑い、速度を上げた。
〇 〇 〇
気がつくと、魔理沙さんにお姫様抱っこされていた。
――。
――――。
あっ、もう、いつ心臓が止まってもいい。久しぶりに抱っこされた。それだけで良い人生だったと思える。人生の9割以上忘れてるけど、どうせろくなもんじゃない。今こそが至高。どうやら箒に乗っている間に眠ったらしい。
「起きたか。まずは思うがままにやってみるといいぜ」
口惜しいけど魔理沙さんに降ろしてもらい、考える。
空を飛ぶ――箒とかを浮かせてそれに乗るのか。どうやって浮かせるんだろ。魔力を溜めて放出するだけじゃ、壊すことはできても飛べはしない。
他の方法はどうだろう。翼を作ってそれで羽ばたくとか。
腰から生える、対をなす真っ白で大きな翼――それを形作るために周りから魔力を吸って、腰に溜める。
腰が熱い。いつもは腕から放出してたから流れをイメージしやすかった。でも今回は腰――しかも二箇所から。
魔力の流れを右半身と左半身に分ければ均一になるね。――わたし、結構センスあるかも。この調子ならいける。
「飛びますッ!」
限界まで溜めた魔力を腰から一気に解き放つ! 身体中の熱が一気に腰から抜け、私の体は空へと――吹っ飛んだ。
「ぇ?」
雲がどんどん近づいてくる。
考えれば当然か。全魔力を一気に放てば反動で吹っ飛ぶよね。放出した魔力でどうやって翼を作るのか考えてなかったな。いつも通りにやったら魔力なんて霧散するだけなのに、バカなことしたな。
風を切る轟音が途切れるのと同時に、勢いが収まった。視界には靄がかかり、さっきまでいた地上は離れすぎていて色しか判別できない。
また体が加速しだす。地上との距離感が掴めなさすぎて自信を持てないけど多分落下してる。
内臓がふわふわする。着地どうするの。……この速度じゃ魔理沙さんでも助けられないんじゃ。
死ぬ――?
「それは、嫌ッ」
少しでも落ちるのを遅くしなきゃ! でもどうすればいいの。風がうるさい。寒い。服のはためく音がうるさいッ! 集中させてよもうッ!空中でもがいてる内に体が回り始めた。視界が一回転して、地面がうっすらとだけど見えた。そ、そう、魔力を地面に向けて放出する!
こう言う時こそ冷静に、魔力の流れを意識して地面に向けて――体のどこから魔力を放出すればいいの⁉︎ 自分の体勢が分からない。今上向いてるのか下向いてるのか――。
「あ」
地面が目のま――――
〇 〇 〇
「お母さん、私頑張ってお料理したの!」
「そう」
頑張ってお料理をした。悪くはないできだと思う。でも、お母さんは眉ひとつ動かさない。
見た目が良くなかったのかな。次は写真と同じくらい綺麗に整えないと。
「お母さん、綺麗に作ったよ!」
「そう」
味も含めて会心の出来だった。出来過ぎなくらいには上手くできていた。それでもお母さんの反応は薄味だった。
もしかしたら嫌いな食べ物が入ってたのかな。好きな料理なら喜んでくれるかな。
ダメだった。
似顔絵を描いてみた。
ダメだった。
勉強を頑張って、テストで100点をとった。
ダメだった。
くすぐってみた。
払いのけられた。
面白い話をした。
ダメだった。
家中を綺麗にしてみた。
叩かれた。
お父さんの靴下に穴が空いていたから、捨てちゃったのがダメだったみたい。
お父さんが天国に行ってから、お母さんが笑わなくなった。
いつも大好きって言ってくれたのに、言ってくれなくなった。
お父さんが事故に遭った日に、いつもよりたくさんお菓子食べちゃったのが悪かったの?
わたしが悪い子だったから何も話をしてくれないの?
お願いだから笑って。お話ししてよ。
お母さんが笑わなくなってから、私は――
「――お腹空いた」
……。寝ぼけて変なこと言っちゃった。これが素なのか? 記憶喪失前の私、さては食いしん坊だな?
首を巡らせると、魔理沙さんと目が合った。
「起きたのか。体は大丈夫か?」
「大丈夫です」
かなりの速度で落ちたはずだけど、不思議と体に痛みがない。
「良かった、ギリギリ落下の勢いを殺せたみたいだな!」
なんとか地面に落ちる前に、魔力の放出で勢いを弱められたんだ。また魔理沙さんの手を煩わせるところだった。……いや、ベッドまで運んでもらったか。魔理沙様とお呼びすべきだね。敬語使わないでって言われてるから、せめて心の中で敬意を払おう。
「まさか吹っ飛ぶとは思わなかったぜ。どうする、続きやるか?」
「やりたい」
魔理沙様は口角を上げた。
小屋を出ると、魔理沙様の様子が変わった。静電気を帯びてると言うか、何か近づき難い雰囲気がある。やはり彼女は他の有象無象とは一線を画す。今までは敬愛が足りなかったから気づけなかったが――どうやら神として崇めた方が良いかもしれない。
「気づいたみたいだな。そう、空を飛ぶためには全身に魔力を纏う必要があるんだ」
「…………ん」
き、気づいたし? 初見の現象に対して適切な名前を付けられなかっただけで気づいてはいたし?
見よう見まねで体中を巡らせている魔力を少しずつ外側へと、皮膚を伝わせるイメージで流れを変える。
「あれ、あれ?」
視界がぐるぐる回り始めた。目眩とかじゃなくて体の向きが変わってる。無重力ってたぶんこんな感じなんだと思う。
「それで浮いた状態になってるから、あとは魔力を少しずつ放出してやれば体の向きを変えたり、空を飛んだりできるぜ!」
「な、るほど⁉︎」
魔理沙様のアドバイス通りに魔力を出していくと、ゆっくりとだけど、私は空を飛び始めた。
重力の鎖はもはやない。空を飛べたら足の数なんか関係ない⁉︎
怖いからやんないけど、全速力は車より速そう。ゆっくりめの飛行だと、集める魔力の方が使う分より多いからいくらでも飛べそう。
自転車と同じで、一度慣れると結構自在に動ける。
「筋がいいねぇ。これで移動はもう不自由しないな⁉︎」
「うんっ」
なんか弾んだ声出た。私ってこんな声出るんだね。
「じゃあ本格的に研究を手伝ってくれるか?」
「もちろん」
「言質はとったからな」
言質か。別にそんなのなくたって私はいくらでも魔理沙様に協力するのに。命を救ってもらって、魔法を教えてくれて、衣食住も空の飛び方を教えてくれた。変な女から庇ってくれるし、歩くのを手伝ってくれたし、叱ってもくれた。幻想郷の常識を教えてくれた。ボウルを壊したのを許してくれた。一緒に飛んでくれた。お姫様抱っこしてもらった。
お腹がなんだか暖かい。満たされた気分。私はこんなにも愛された。
だから――
「たくさん恩返しするね」