何もかも失った少女が幻想郷で夢幻の幸せを見つける話 [完結]   作:抹茶だった

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7話 居場所

 

 

 

 

「あ、アイ……?」

 

 

 私が思わず口から発した言葉に、魔理沙様が後ろに下がった。

 近づいてほしくないなんて思ってない。むしろ抱きしめてほしいくらいなのに。

 口が震える。

 顔を上げられない。

 魔理沙様の顔を見られない。

 

「い、いい今のは、ち、ちち違って」

 

 床に涙が落ちる。うまく喋れない。

 勝手に小屋を出て化け物に襲われ、その後変な女に弄ばれたのを言わなきゃいけないのに。

 

「あ、あの」

 

「――アイ」

 

 視界の隅で、魔理沙様が両膝をついた。

 

「これは私のせいだ。本当にすまんッ!」

 

 彼女はそう言うと、両手と額を床につけ、土下座をした。

 

「や、やややめてくださいそんなこと」

 

 土下座をやめてもらおうとして『金髪』が視界に入る。それだけで頭を有刺鉄線で締め上げられたような痛みがした。

 でも、魔理沙様にこんなことさせるくらいなら、私の方が果てた方がずっと良い。

 

「頭を上げてくださいっ」

 

 歯を食いしばりながら右手と左肩を魔理沙様に押し当てて、無理やり起こす。

 

「……アイ、私のことを許さないでくれ」

 

 魔理沙様が悪いわけない。私が勝手に外に出なければ何もなかった。私が悪かった。悪かったのは私。そう、私が悪かったんだ。

 でも、魔理沙様にはいつものように接してほしい。私なんかに謝らないでほしい。ずっと一緒にいてほしい。ずっとずっとずっと――。

 

「じゃ、じゃあ魔理沙」

 

 吐き気を堪え、怖気を抑えつけ、魔理沙様の目を見る。

 

「わ私に、ま、まほ魔法を、も、もっと、お、教えて」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 魔理沙様は顔を俯けたままそう答えた。

 

 

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 

 

 

 

「――それで、どうして私のところに来たのかしら?」

 

「知ってる人が他にいなかったからです」

 

「他に言い様はないのかしら」

 

 目隠しをされているから見えないけど、アリスがため息をついたのが聞こえた気がする。

 

「まぁいいわ。前よりはずっと得体が知れてるから。置いてあげましょう。ただし、魔理沙が来た時は貴女から、ちゃんと訳を話しなさい」

 

「……はい」

 

 

 私は、魔理沙様の元から逃げ出した。

 逃げたというと魔理沙様が悪役みたいだな。正しくは距離をとった? 離れることにした? いずれにしろ私は何も言わずに魔理沙様の元から消えることした。

 

 魔法の勉強が嫌だったのではない。

 自分の今の状態に嫌気がさしたからだ。

 どれだけ我慢しても、魔理沙様のお顔を見ると吐き気がこみあがってくる。呼吸がうまく行かなくなる。彼女を見るたびにこうなるのだ。

 目を開けないと勉強できないから、これを避けられない。

 金髪が原因だ、なんて言ったら魔理沙様は髪を脱色したり剃ったりするんじゃないかと思えて、言い出すこともできなかった。

 

 それ以上に――いや、そんなことよりも圧倒的に、魔理沙様に気遣わせてしまうのが――謝られるのが、申し訳なくて仕方なかった。

 

「私はどこで過ごせばいいの? ここでずっと座ってる?」

 

「私の部屋を使わせてあげる。必要なものがあれば人形に伝えるといいわ」

 

 その部屋はどこ――と言おうとすると、右手に棒を押しつけられた。

 掴んでみた感じ、杖のようだ。

 とりあえず椅子から立ち上がると、今度は両肩を優しく押された。

 

「このまま部屋まで行けばいいの?」

 

 私の言葉がまるで聞こえてないかのように、先に進むよう急かされる。返事くらいしてくれたらいいのに。

 

 押す力が無くなると、すぐに目隠しが解かれた。

 

「こんなとこ使っていいの……?」

 

 仕方なく泊めてあげるみたいな態度だったわりに、貸してくれた部屋はずいぶん綺麗だった。隅々まで掃除されているし、日当たりもいいし、調度品も洗練されている。花まで飾られている。ここはホテルかな。

 

「本当にここでいいの――って⁉︎」

 

 振り返ると、2体の金髪の人形がこちらを見ていた。

 ……私の案内は人形にやらせてたのか。

 人形相手でも、金髪だとなんだか気分が悪くなる。

 

「じゃあ、さっそく必要なものを言わせて」

 

 解いてもらった目隠しをつけ直しながら伝える。

 

「――私のとこに来る人形は、金以外の髪色か、せめてフードとか被った子だけにして」

 

 

 ぱたん、と心なしか申し訳なさそうに、ドアが閉められた。

 人形は去ったみたいだ。目隠しを解く。

 

「……言ってみるもんだね」

 

 空を飛んでの移動だと道を曲がるとかがないおかけで、この家まで来るのはわりと簡単だった。

 玄関でドアを叩くか、呼んでみるか悩んでいたところを後ろからアリスに声をかけられたときは口から心臓が飛び出るかと思った。

 しかも彼女も金髪だっただから、口から胃の中身が出そうになった。

 

「会ってすぐに布で目を塞いできたのは……怖かったけど」

 

 手足は拘束されなかったから……私がトラウマを抱えているのを一瞬で看破したのかな。もしや超優秀……? いや、それぞれ一本しかない手足を拘束してもしょうがないからか。

 

「……これからどうしようかな」

 

 魔法の研究がしたい。トラウマを消して、心がスッと軽くなるやつがいいな。

 

「記憶を変えられる魔法とかないのー?」

 

 次にできることが分からなさすぎてベッドに飛び込む。

 このシーツ、さらっさらだな。さっきまでぴっちりもしてたな。

 

「……?」

 

 服を引っ張られた。

 振り向くと、頭巾を被った人形が本を持ったまま浮かんでいた。

 タイトルは『記憶魔法』

 今の私にドンピシャな本だな。

 

「私に貸してくれるの?」

 

 人形は体ごと頷くと、私に本を押し付けてきた。

 

「本ありがとう。あと、頭巾も」

 

 かわいいと言ってみると人形はその場で回ってこちらにお辞儀をし、気のせいかも知れないけど嬉しそうな様子で去っていった。

 

 

 渡してくる本があまりにもちょうど良すぎるな。

 ……もしかして独り言聞かれてる? だったら私のことこれ以上ないくらい警戒してるじゃん。

 

「……まぁいいや。読むか」

 

 本を開き、文字を追う。

 まずはざっと本の全体像を掴むか。

 さてさて、魔法を対象の頭蓋に傷をつけずに通す方法、脳機能のうち、記憶の部分だけに作用させる方法、記憶の中でも短期記憶と長期記憶のどちらか一方に作用させる方法、長期記憶の特定の期間のみに作用させる方法、毎秒ごとに増減する記憶の波と魔法を同期させる方法、対象が就寝中の場合と起床している状態の変化についてetc……

 ――なるほど、全くわからない。

 内容から見るに、記憶を消す魔法の使い方が分かっても手順を何か一つ失敗しただけで取り返しがつかなさそう。

 これは根気がいるな。絶対に失敗できないから、本の内容全てを完璧に理解しないといけないのか。

 絶対にやってやる。さっさと私のいらない記憶を消して、また魔理沙様と一緒に魔法を研究するんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人形さん、ありがとう」

 

 アリスからの伝言が書かれたメモを受け取る。

 紙とペン、ごはんにおやつ、あとアリスにした質問の答えとかを人形さんが定期的に運んでくれる。

 かつてこんなに勉強がしやすい環境があっただろうか。記憶の中にはない。当たり前か。

 魔理沙様に教えてもらっていたのはあくまでも基礎中の基礎だったんだね。魔理沙様の研究に追いつこうとするとかなり努力しないといけなさそう。

 

「ん、どうしたの」

 

 服を引かれ、人形さんの方を見ると目隠しをかけられた。

 

「どういうこと?」

 

 手に杖を押し付けられ、察した。アリスさんのところに連れて行くのかな。なんだか久しぶりな気がする。今日の出来事だからそんなわけはないんだけどね。

 歩きながら考えるが、呼ばれる理由が思いつかない。メモに書ききれないようなことがあったのかな。

 人形に促されるままに椅子に座ると、アリスが話し始めた。

 

「――ずいぶん、熱心に勉強しているようね。関心させられたわ」

 

「一刻も早くトラウマを忘れたかったので」

 

「動機はなんでも良いわ。何かに熱中して打ち込むことはとても良いことだもの」

 

 ティーカップを置く音が聞こえた。

 

「なぜ来てもらったかわかる?」

 

「わからない」

 

「そう。よっぽど勉強に熱中していたようね。――寝る間も惜しんで」

 

「えっ」

 

「寝なさい」

 

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 

「……寒い」

 

 吐いた息が白い。朝は底冷えして、昼はずっと寒くて、夜は気温が下がる、泣く子も黙る冬がやってきた。

 こんなに寒いなら、今日は鍋でも作ってあげようかな。チゲ鍋で、〆はおうどんがいいかな。なんならマフラーでも編んでみようか。そういえば最近、部屋の掃除してあげてなかったな。それもやらなきゃ。洗濯物が昨日のままならそれも済ませるか。鍋物は他の家事と同時並行できて良いよね。

 

 今日は彼に外で会おうと言われた。

 いつもなら私がスーパーで買い出しして、それを持って彼の住む家に向かっていたから、ちょっと違和感。

 一緒にスーパーに行こう的なやつかな。何か食べたいものがあるのかな。

 そんなこと考えているうちに、待ち合わせ場所についた。

 

「……よぅ」

 

「暗っ」

 

 いつも明るい彼の声が、聞いたことないくらい暗かった。

 

「ちょっと座ろうぜ」

 

 缶のココアを渡され、彼に続いてベンチに座る。

 

「どうしたの? 悩みごととか? 聞こうか」

 

「――いや、悩みごととはちょっと違うな」

 

 彼は缶のブラックコーヒーを一口飲んだ。

 

「別れてくれないか」

 

 

 

 

 ワカレテクレナイカ?

 文字が像を結ばない、いや結べない。理解できないししたくもない。

 でも体が、本能が、言葉の意味を勝手に理解して鼓動が上がっていく。

 

「なん……て」

 

「別れてほしいんだ」

 

 聞き間違いなんかじゃない。はっきりと聞こえた。

 体温がなんだか下がっていくような感じがする。

 

「どうして」

 

「……このままじゃ俺は、ダメなやつになっちまう。飯も、掃除も、勉強も……何もかもやってもらってる。俺がダメになっちまう……」

 

「だ、だったら! 料理も、掃除も、教えてあげ」

 

「それじゃ無理なんだよ! 家事も勉強も、下手すりゃ部活のことも、愚痴まで聞いてもらう生活が――もうそろそろ一年経つんだ。少しでも手伝われたら、俺はすぐそれに甘えて……また元の生活に戻る」

 

 彼は私の目をまっすぐ見て、言う。

 

「これはぜんぶ俺のわがままだ。あまりにも自分勝手だと思う。でも――」

 

 

(レン)、別れてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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