ゴッド・オブ・ウォー《オラリオ》   作:スパルタ人

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第2巻突入です。
【アストレア・ファミリア】が存続している事で、主に【ソーマ・ファミリア】関連が改変されています。



第二章 緑玉の円盾(ラウンドシールド)

 最後に心の底から笑ったのはいつだっただろうか。

 二年前に【アストレア・ファミリア】の介入で大きく変わった今の【ファミリア】と、昔を比べてマシなところを探す。

 

 眷族たちは今も主神の酒から抜け出せず、残った僅かな酒を巡って醜い争いを続けている。肝心の主神はそちらを見向きもしない。当たり前だ。彼はとうに子どもたちへの興味を失っている。それどころが争いの元となった酒の製造が禁止されたせいで、さらに部屋に引き籠もるようになった。

 

「あの、ソーマ様……」

 

 部屋に入り、呼びかけても何も答えは来ない。

 ただ黙々と、酒を作るための研究を続けている。

 時折ブツブツと「何故……」「酒は俺の……」と魂が抜けたような声が聞こえてくる事から、彼の意識はいま此処には無いと確信する。

 

「もう止めとけ、アーデ。あの神にはもう俺らの言葉なんて聞く気はねぇんだ」

 

 強欲で愚かな『酒守』が牢に投じられ、消去法で新たな団長になったドワーフの男は諦めたように言う。

 この部屋にいるのは神を除けば自分とこの男だけだ。それどころかここに人間が入る事など、この数年間あった試しがなかった。

 

「…………はい」

 

 言われた通り部屋を後にし、付き添ってくれたドワーフと別れる。

 酒以外興味は無いという男だが、最近ギルドに酒の供給が追いつかなくなったとせがまれ、酒を作るのに忙しいらしい。

「ああ、めんどくせぇ」と嘯きながら、男は酒蔵のある奥へと去っていった。

 

「…………」

 

【ファミリア】の本拠を出てから、とぼとぼと宛もなく歩いた。

 主神に嘆願をしようにも、聞き入れてくれそうになければ意味はない。

 自分が幼い頃はそうでは無かったと思い出しつつ、変わっていく中で自分だけは昔のままである事に落胆する。

 

「だって、リリは何も変わってないから……」

 

 憎き冒険者の後塵を拝すだけの非力な小人族(パルゥム)

 秘策の魔法で変身しても、その矮小さだけは絶対に変わらない。

 

 ああ、けれど。もし叶うなら――。

 

 

 Ω

 

 

 ダンジョンの7階層。

 怪物の短い断末魔と混じって、風を切る音と金属が軋む音が狭い通路で反響する。

 ベルは天井に届くほど振り上げた《炉神の双剣》を、腕に巻き付いた鎖で勢いよく地面に向かって振り降ろす。

 

「ギッ――!」

 

 硬い殻で護られていたはずの蟻型の怪物(キラーアント)の頭部が、ハンマーで叩かれたように潰された。

 そして頭をひしゃげさせた同族の死骸を踏みつけて、後続の一匹がベルに近づくが、地面に置いたままにした剣を鎖をうねるように器用に扱う事で下から斬り上げる。

 真下からの斬撃で前脚を落とされたキラーアントは動きを封じられ、続くもう一つの刃で胴体を二つに分かつ。

 

「…………」

 

 主神(ヘスティア)から渡されたこの双剣は、やはりこれまで触れてきたどの武器とも異質なものだった。

 柄を持てば普通の双剣として使えるが、両腕に巻き付いた鎖で振るえば斬撃を伴った鉄鞭のように振り回せるし、上から叩き下ろせばハンマーのようにも使える。

 用は一つの武器で多様な攻撃が出来るのだ。

 

(それに――――)

 

 ベルは双剣を手元に引き戻し、力を溜めるようにその柄を握り締める。

 ダンジョンの薄闇を刃に走った赤い光が照らし、暖かな熱を伴った炎が剣に噴き出た。

 

 製作の際にヘスティアが、加護として籠めたという聖なる炎。

 最初は魔剣の類かと思ったが、なんと何度使っても砕けないと聞き、せっかくの贈り物を壊さなくていい事にベルはまず安心したのを覚えている。

 そして、燃える剣を手に持ったまま、ベルは奥から迫るモンスターの群れに向かって全力で前へと跳躍した。

 

「――――ハアァァァァッ!!」

 

 一見自殺行為にしか見えない行動だが、ベルは逆手にした双剣を先頭のキラーアントではなく、その僅か一歩手前の地面に突き立てる。

 次の瞬間、剣を起点として炎が地面を走り、キラーアントたちが闊歩する床が大きく爆ぜてゆく。

 眩いほどの赤い光が迸った後に、地を砕く爆発と噴き上がった炎により、キラーアントたちは蜘蛛の子を散らすがごとく吹き飛んでいった。

 

 知る者が見ればきっとこう言うだろう。

軍神の憤炎(ファイア・オブ・アレス)』と。

 無論、本家本元よりもその威力は著しく低い。

 

 瞬く間に計五匹のキラーアントは全滅し、通路の奥からモンスターがやって来ない事を確認してから、ベルは《炉神の双剣》を背中のベルトにある上下逆さの鞘へ収めた。

 

「〜〜〜〜〜〜ッ! やっぱりっ、凄いっ!」

 

 そして嬉しさを堪えきれず、ベルはその場で拳を握った。

 キラーアントといえば、6階層に出現するウォーシャドウと同じ、初心者殺しとして名高い凶悪なモンスターだ。

 それをこの武器は簡単に屠れてしまう。

 

「神様のくれたヘファイストス様が打った双剣……! 《ブレイズ・オブ・へスティア》! LV.1の僕には絶対に手が届かない武器なのに!」

 

 主神が借金をしてまでこれを依頼したと聞いた時、感情を抑えられずベルはぼろぼろと涙を溢してしまった。

 具体的な額は語らないが、祖父が贈ってくれた金銭も、「これはボクの個人的な借金だから」と言って頑なに使おうとしない。

 お金は使わなければ無いのと一緒、とよく世話になっている『青の薬舗』の犬人(シアンスロープ)の言葉を思い出したが、最近更に忙しそうにするヘスティアの意志は頑なだ。

 そのため、ベルは借金返済のために毎日ダンジョンに籠もっている。

 

 攻略階層を無断で増やしてしまった事に、受付嬢への罪悪感が過ぎったが――今の【ステイタス】なら恐らく問題は無いだろう。ベルはそう思う事にした。

 

「さぁ、魔石魔石っと…………ん?」

 

 体内の魔石を取り出そうといざ腰のナイフを取り出したその時、奥からカサカサと音が聞こえてきた。

 またもやキラーアントの群れだ。しかも先のより数は多い。

 

「またかよっ!」

 

 げっとなりながらも、ベルは再び交互に背中の剣を抜いた。

 柄頭の短かった鎖が瞬く間に伸び、双剣を持つベルの両腕へと、生きているかのようにとぐろを巻いてまた絡みつく。

 そして迫る怪物の波へと、ベルは《炉神の双剣》を構えた。

 

「さぁ、来いっ――!」

 

 

 

「7階層〜〜っ!?」

 

「は、はい……! すみませんっ!」

 

 ギルドに帰還したベルを待ち構えていたのは、エイナ・チュールからの大憤怒であった。

 元来嘘が下手くそで、言い付けを破って7階層に降りた事をつい口を滑らせてしまったベルは、その様相に萎縮してしまう。

 

「ま、待って下さい、エイナさんっ! 僕、あれからアビリティが魔力と耐久を除けばEを超えれたんですよっ!」

 

「半月でEまで伸びるわけ無いでしょうがぁぁぁ〜〜!」

 

「本当なんですってーー!」

 

 建物内の視線を一気に集めながら、掴みかかられたベルは必死にエイナを説得する。

 どうにも心配性なハーフエルフの姉分は、絶対に冒険者を死なせたくないという信条上、ベルにダンジョンの危険性や死因についてみっちりと教え込もうとした。

 

「…………本当にE?」

 

「は、はい、本当です……」と息も絶え絶えに言うベル。その必死な表情に、彼の正直すぎる性根を知るエイナも手を止める。

 

「むむむむむむ……」

 

 半月で平均アビリティ評価が魔力を除いてE。

 上から数えた方から早い数値。

 冒険者として活動を始めてからの少年の成長には確かに目を見張るものがあったとはいえ、流石に疑念が過る。

 

『神の恩恵』が刻まれた最初の頃こそアビリティは上昇しやすいが、ちょうど冒険者を始めてから今くらいになると、皆壁にぶつかりだす。

 現在の器の限界、階位昇華のための超えなければならない大きな壁に。

 その壁を超えられずに散っていった冒険者や、心折れて冒険者稼業から足を洗った者がどれほどいるか。

 

 仮に少年の言葉が事実だったとすると、この少年には何か秘密があるのでは無いか、という疑問がエイナの頭に浮かんだ。

 いつの間にか、少年の背中に上下逆に差されていた、二対の剣も含めて。

 

「ベル君。私にキミの【ステイタス】を見せてくれないかな?」

 

「え、ええっとぉ……」

 

 冒険者の【ステイタス】は最大級の個人情報だ。さしものベルも躊躇いを見せる。

 

「君の言葉を疑うつもりは無いんだけど、もしかしたらの事があるし、ね? 誰にもバラさないって約束するし、もし明るみになればキミに絶対服従を誓うよ」

 

「ぜ、絶対服従って…………」

 

 無論、エイナだってそれを分かって聞いており、しかし少年の安全のためにも自分の目で確認しておきたかったのだ。

 あの善良な神ヘスティアが改竄行為をしている可能性は限りなく低いと思いつつ、情報伝達の齟齬の可能性も拭えない。

 

「じゃあ、脱ぎますよ……?」

 

 そして少年はその場でシャツを脱ぎだし――何故か顔を赤らめながら――それをエイナは全力で止めた。

 

「この場で脱がないでっ!」

 

 そして空間のゆとりのある隅の、誰にも見つからないところで改めてベルは背中にある黒刻の【ステイタス】を見せた。

 

 

ベル・クラネル

LV.1

力:D 522

耐久:G 238

器用:E 401

敏捷:C 604

魔力:I 0

 

 

「嘘っ……!?」

 

 少年の飛躍的な成長にエイナは思わず声を出してしまう。

 アビリティ5つ中の3つがE超えというのは偽りでは無かったが、それよりも『敏捷』がCに突っ込んでいるのを見て噴き出しそうになった。

 これならば7より下の階層でも立ち回れる事は当然として、もしかすれば階位昇華が出来る日も近いかも知れない。

 

「まさか、スキル……?」

 

「あのっ、エイナさん、もう良いですか?」

 

「……あっ、うんうん! 良いよ! ありがとうねっ!」

 

 一瞬、スキル欄を覗きたくなる好奇心が生じたが、顔を赤くし上ずったベルの声で正気に戻った。

 

「このアビリティなら、7階層でも通用するけど……」

 

 いそいそと身なりを正すベルを見ながら、エイナは歯切れが悪そうに言う。

 以前のベルはエイナの進出許可を破るような事はしなかった。ギルドに換金に来る時間帯だって、今日はいつもより遅かったのだ。

 

「ベル君、どうして勝手に7階層に降りたの? 前はこんな事するような人じゃなかったのに」

 

「え、ええっと……」

 

 姉分の悲しそうな顔に、ベルも言葉を詰まらせる。

 そして、エイナの目線は自然と少年が背中に携えた双剣の方へと向かった。

 

「もしかして、その剣?」

 

「はい…………」

 

 観念したベルは赤裸々に話しだす。

 この双剣がヘスティアが借金してまで自分に贈ってくれたもので、主神はその返済のために家を空ける事が多くなった事。

 ダンジョンの攻略階層を増やしたのは、返済の一助になりたいがために、もっと効率よく魔石を集めるためだという事。

 

 それら全てを聞いて、エイナはため息をついた。

 

「なるほどねぇ……。神ヘスティアが……」

 

「か、神様は悪くないんです。僕のためにしてくれた事で……」

 

 ベルが庇うように言う。

 しかし、少年がこれからも無茶をするだろう事は、エイナには分かっていた。

 一言二言お説教してやりたいところだが、それよりもまず気になるのは、ベルのその身なりだった。

 

「うーーん。ベル君……」

 

「は、はい?」

 

 全身を舐めるように見るエイナだが、決してベルに欲情している訳では無い。

 彼の魔窟に飛び込むには明らかに貧相な装備――極端に低い『耐久』も思い出しながら――を見て、エイナは姉貴分の性を働かせた。

 

「明日、予定空いてるかな?」

 

 

 Ω

 

 

 拝啓、おじいちゃんへ。

 僕は今、女の人とデートしています。しかも今週で二度目です。

 

『爆発しろ☆』

 

 でも、ハーレムは男の夢だとか僕に教えたのは貴方ですよね? お義母さんの魔法にいつも巻き込まれてた家と義叔父さんに申し訳なく思わないの?

 御爺上はどうお考えですか?

 

『……ベル。お前は【女神の英雄】になるのではなかったのか?』

 

 い、いや、確かに神様は女神様ですけど、その。あれは子供の頃の夢ですし……。や、やっぱり不敬ではないかと……。

 すると、御爺上の背中からぬっとおじいちゃんの顔が現れた。

 

『な〜に硬派ぶってんの? お前だって大昔はかなりのヤ……』

 

『黙れ』

 

 ああ、おじいちゃんが!

 振り切った斧でおじいちゃんを容赦なく彼方までぶっ飛ばした御爺上は、そのまま姿ごと僕の頭の中から消えていった。

 

『ベル、お前は……』

 

「ベル君、着いたよ」

 

「は、はい」

 

 エイナさんの呼びかけで僕は我に返り、そして一緒に昇降機から降りる。

 ここは街の中央にそびえ立つ白亜の塔、『バベル』の内部。

 そして今降りたのは、僕の双剣を作った【へファイストス・ファミリア】のテナントがあるという4階だ。

 

「さっ、ベル君に合う防具を探しに行くよっ!」

 

 いつものメガネを外した私服姿のエイナさんが、ドギマギする僕の腕を引っ張って歩く。

『怪物祭』では短い間とは言えシルさんと、そしてそれから一週間と経たずしてエイナさんとデートみたいな事をするなんて。

 いつか僕は誰かに殺されるのでは? という不安が過ぎってしまうくらいあり得ない事だ。

 

(僕の防具を一緒に見繕いに来てくれた、なんて聞いたら鼻で笑いそうだけど……)

 

 目的を見失わないよう、しっかりとショーウィンドウに並べられた武具を見ていく。

 鎧、武器、盾……並んでいる商品の値札は、街にある店舗に飾られたものと比べてもゼロが1つ2つ多い。

 そして、ある一店のショーウィンドウを占領して、さながら宝具のように立てて飾られた一品が視界に入ってくる。

 

(斧型の魔剣…………)

 

 説明欄には氷雪の魔法を放つとあり、言うまでもなく戦神クレイトス様の『冷海の覇王(リヴァイアサン)』がモデルだろう。多くの両刃型と違って、刃は片側の一つだけしかない。

 戦斧の銘は『雪狼(セキロ)』。

 製作者は……クロッゾ?

 

「クロッゾ一族の鍛治師の作品かな? それにしては、だいぶ真新しいけど」

 

「はい。確か、もうクロッゾの一族は誰も魔剣を打つことはできないんですよね? 誰かがここに売ったんでしょうか」

 

 かつて、オラリオの隣国のラキア王国を最強にまで持ち上げたクロッゾの魔剣伝説は、僕も御爺上から聞かされた事がある。

 しかし戦争中に力の源となった精霊の怒りを買って、一族全員が魔剣を打てなくなったと聞いていたが、これは精霊の力が残っていた時の誰かの作品なのだろうか。

 クロッゾの姓しか無いあたり、だいぶ古い作品みたいだけど……。

 

「って、エイナさんには見てて気分がいいものじゃないですよね! すみませんっ!」

 

「フフフ。いいよ、私は特に気にしてないから」

 

 エイナさんがハーフエルフである事を思い出し、僕は頭を下げる。

 クロッゾの魔剣で森を焼かれたエルフは、クロッゾの一族を忌避しているのだ。

 戦争での愚かな行為は未来にも禍根や爪痕として残る、と御爺上が神妙な顔で仰っていたのを僕は思い出す。

 

「それに、ほら」

 

 エイナさんが笑いながら値札を指を指すと、そこには値段よりも大きく乱雑な文字で『借金御免・悪用厳禁 製作者より』と書かれていた。

 

「これを売った人も、ちゃんと考えてくれてるみたいだしね」

 

「値段はあんまり考えてないみたいですけどね……」

 

 注意書きの横にある肝心の斧の値段の方は、なんと80億ヴァリス。もはやヤケクソとしか思えない数字だった。

 単純なクロッゾとしてのネームバリューだけでなく、『冷海の覇王(リヴァイアサン)』モデルという事で、破格というより法外の値が付いているのだろう。

 恐らく単なる客寄せの見世物でしかないと思うが、一体誰が買うというのか。買うとしたら国か大手【ファミリア】くらいだ。

 

「それに魔剣って確か、使い捨てじゃあ……」

 

「いらっしゃいませ~! 今日はなんの御用ですか、おきゃ……」

 

 ショーウィンドウを凝視していると、店舗の扉が開いた。

 慌てて僕が顔をあげると、見覚えのあるツインテールの黒髪が載った、とても整った容貌の少女が接客用の笑顔を浮かべていた。

 

「何やってるんですか、神様?」

 

「…………」

 

「神様ぁ!?」

 

 店内に戻ろうとする神様に、僕は反射的にその腕を掴んだ。

 最近忙しくしてると思ったら! こんな所で!

 

「べ、ベル君! 放すんだっ! ボクにはやらなければならない事があるんだ!」

 

「また過労で倒れたらどうするんですかっ!? お金なら僕が頑張って稼ぎますし、だったらもう御爺上からのお金使いましょうよっ!」

 

「あれだけで足りるわけ無いだろう!? じゃなくって、これはボクの個人的な借金なんだ!!」

 

 一方的にそう言って、僕の手を振り解く神様。

 そのままぴゅーんと店内に戻ってしまう。

 

「神様ぁ……」

 

「あはは……」

 

 よし、決めた。もっと頑張って魔石を集めよう。

 きっとこのクロッゾの魔剣が買えるくらいになれば、神様だって働くのを止めてくれるはずだ。

 

「じゃあ、防具を買いに行こっか」

 

「はい!」

 

 案内してくれるエイナさんに連れられて、僕は昇降設備でさらに上階に昇る。

 扉の先には4階と同じ光景が広がっていたが、ショーウィンドウに並んでいる武器は違った。

 

「2000ヴァリス……」

 

「ここは【ヘファイストス・ファミリア】でも末端の職人が打った作品ばかりが並んでてね。経営陣が値踏みした武器を、駆け出しの冒険者とかに買わせて評価させるんだ」

 

 そうして鍛治師と冒険者の繋がりを作り、冒険者が大成すれば鍛治師も名声を上げていく、というサイクルが出来上がっているらしい。

 迷宮都市ならではの特性を、最大限に利用している仕組みだ。

 

「やっぱり武器の扱いに関しては冒険者の方がスペシャリストだからね。それだけに、経営側も見抜けなかった隠れた才能を持つ原石を見つけるきっかけにもなるの」

 

「それに何より」とエイナさんは続ける。

 

「特定の誰かのために打つ武具っていうのはね、思い入れが深い分、より特別な威力を発揮するの」

 

 なーんてね、と戯けたように言うが、エイナさんの言っている事は僕にも分かる。

 今は僕の腰の後ろに収められた双剣は、直接打った訳では無いとはいえ、神様が僕のために炎を籠めて下さった物だ。

 神様の炎は暖かい。暗闇の中でも僕に勇気を与えてくれる。

 

「で、ベル君、所持金はいくらくらい?」

 

「えっと……ちょうど1万ヴァリスです」

 

 兎も角、ここには僕のような下級冒険者にも購入できる武器がたくさん並んでいるという。

「じゃあ品によっては防具一式くらいは買えるかな」とエイナさんは言って、鎧と盾を看板貼った店の前で僕と別れる。

 

 中には掘り出し物があると言っていたが、店の中は鎧の森と言っていいほどに乱雑に様々な防具が積まれていた。

 

 そうして見ていく内に、奥の床にボックスで纏めて置かれた、恐らく価値が低いと評価された防具一式がセット売りされたものを見つけた。

 その中でも純白の金属光沢を帯びた装備に特に目を惹かれ、箱の中身のライトアーマーを手に持って吟味してみる。

 

 軽い。ところどころ部位がかけているが、最初からそういう仕様なのだろう。値段の方は9900ヴァリスで、そして恐らくサイズも僕にぴったりだ。

 

 何か運命的なものを感じつつ、ブレストプレートをくるくる見ていると、製作者らしき文字を見つけた。

 

「ヴェルフ……」

 

 姓の方は何故か消されたのか、読むことは出来ない。

 この人もまた【ヘファイストス】のブランド名を許されてないらしい。

 

 しかし、僕はこの名前に酷く惹かれた。神秘的(ミステリアス)とかそういうのじゃなくて、この鎧を作った人物と僕は『繋がり』を感じてならない。

 

 有り金を全部溶かすことになるが、ぜひ購入したい気になった。

 

 すると、僕を見つけたエイナさんと再び合流する。

 

「あら、それに決めちゃった?」

 

「はい。すみません、勝手に決めちゃって……」

 

「いいよいいよー。ベル君が使うんだもん。けど、私としては身の守りの事を考えて欲しいから……」

 

 はい、とエイナさんが見せたのは、細長い篭手付きのプロテクターだった。ちょうど僕の肘くらいの長さで、エイナさんの瞳と同じ、緑玉石(エメラルド)の色。

 

「これ、私からのプレゼント。大事に使ってね?」

 

「そ、そんなっ! 悪いですよっ!」

 

「なぁに? 女の人からのプレゼントは受け取れないの?」

 

 貢ぎ物みたいだと受け取りを拒否しようとする僕に、エイナさんは強引に懐に押し付けようとする。

 揉み合いの中、弾みでぶつかったプロテクターから、カシャンと短い音が鳴った。

 

「きゃっ!」

 

「わっ!」

 

 二人揃って悲鳴が上がる。

 エイナさんが買ったプロテクターは音を立てた一瞬の内に、やや大きめの楕円形の円盾(ラウンドシールド)に変形した。

 

「びっくりした……。これ、かなり昔の珍しいモデルの盾だね」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。盾を持つと片手が塞がるから、普段はこうして収納した状態で腕にくっつけて武器を使って、必要になったら開くって感じで……けど、結局オラリオでは流行らなかったの」

 

 衝撃を受ける盾はほとんど使い捨ての消耗品に近しい。

 だからこのような複雑な機構を搭載しては、メンテナンスも必要だからすぐに壊れてしまう、とエイナさんは盾の展開と収納を繰り返す。

「はぁ、返品かなぁ」とため息をつくエイナさんだが、その篭手の側面に刻まれた文字に僕は目が止まる。

 

「また、ヴェルフ……この人だ」

 

 この盾を作ったのは純白のライトアーマーの製作者だった。

 またしてもその名を目にしたことで、僕はさらに惹きつけられる感覚に陥る。

 

「その鎧を製作した人と同じ? それはすごい偶然……」

 

「あの、エイナさん……。やっぱり、それ……」

 

 言い辛そうにする僕を察してか、エイナさんは笑顔を浮かべた。

 

「その人の作った武具が気に入ったんでしょう? 分かったよ。君がそこまで惹き込まれたのなら、このままあげる」

 

「ありがとうございますっ!」

 

「どうせなら同じ人の武具で揃えた方がいいからね。壊れてもプロテクターとしては使えるだろうし」

 

 エイナさんの優しさに感謝しつつ、僕はプロテクターの状態の円盾を受け取った。

 

「でも、やっぱり何かお返しを……」

 

「お礼なんていいってっ。最近、ベル君かなり無茶してるし。それでキミが無事に帰ってくれれば、私はそれだけで嬉しいの」

 

 だからお礼は要らないよ、とエイナさんは言う。

 けど、絶対にいつか何かこの人に返したい。だって、神様と同じくらいずっと僕を応援してくれているから。

 

「じゃあ、早速お会計を……」

 

「こら、慌てない慌てない」

 

 有り金はこれでほぼ尽きたが、いい買い物が出来たと思う。

 僕はライトアーマーとエイナさんから渡された円盾を胸の中に収め、初めての防具たちに胸を熱くした。

 

 

 

 バベルから出て、エイナさんを住居まで送った頃には、空は夕陽で真っ赤に染まっていた。

 

 あのあともう一度4階の店に寄った時は、店内に神様はいなかった。きっと先に家に帰っているのだろう。

 すっかり遅くなってしまったが、夕飯を作るためにも僕が帰路の足を早めていると。

 

「待て、このガキ――」

 

 足音が聞こえてくる。二人分の、とても乱雑な音が。

 

「あうっ!」

 

 そして通りの路地裏から、悲鳴を上げて小さな何かが僕の目の前へと飛び出してきた。

 

 




ベルト
・《ブレイズ・オブ・へスティア》専用のベルト。
・流石に抜き身だと不味いと、ヘファイストスが武器に合わせて特別に作ってくれた(セット価格なので0ヴァリス)。
・余談だが、双剣の鎖もヘファイストスの手が加えられており、それを収納するための部分もある。


円盾(ラウンドシールド)
・『ヴェルフ』という鍛治師が作った、展開式の盾。オラリオではかなりマイナーな種類の盾だが、発祥はとある高名な鍛冶一族と意外と由緒がある。
・この種の複雑な機構は壊れ易いが、値が張っている分、頑丈な造りとなっている。
・ワイヤーで繋がった篭手の手首のスナップアクションに合わせて、展開と収納の瞬時のオン・オフができる。
・価格は1万ヴァリス。エイナが意識して自身の瞳と同じ色をえらんだかは定かではない。
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