ゴッド・オブ・ウォー《オラリオ》   作:スパルタ人

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後書きの最後のほうで18巻のネタバレがあるんで、まだ読んでない方は注意してください

07/17
最後にミーミルの描写を追加しました。新しい話が書けなくて本当にすみません。


灰被りの小人族

 

 リリルカ・アーデは産まれた時から【ソーマ・ファミリア】だった。

 両親が【ソーマ・ファミリア】というだけで、赤子だったリリの意思に関係なく、それは決まっていた。

 

『金を拾ってこい』と、そう言って幼いリリを外に放った両親は、ダンジョンで無謀な冒険をしてあっさり死んだ。

 その時のリリには状況は分からなかったが、ただ自分を気にかけるような存在が、この世にいない事だけは分かっていた。

 

 両親が金を求めた理由は、『神酒(ソーマ)』という主神ソーマが作った酒のためだ。元よりその研究の資金集めのために作られた【ファミリア】故に、主神は起爆剤として振る舞ったつもりなのだろうが、意志の弱い『子ども達』はたちまちその味に『溺れた』。

 

 やがてリリ自身もその味に溺れ、酒のために忌み嫌っていたダンジョンに潜り、そしてサポーターとして落伍していった。

 命からがらで生還しても、ついていった冒険者から殴られた挙げ句、こちらの金品まで奪われた時もある。正気に戻っても、【ファミリア】のためにそれでも金集めを強制された。

 それで嫌気がさして一度は逃げ出したが、逃げた先でも【ファミリア】はついて回った。……冒険者に壊された店の前での老夫婦の視線は今も忘れられない。

 

 そして自身を虐げ続ける冒険者に復讐心を募らせていたある日、かつてリリに酒を勧めた団長のザニスが、闇派閥との癒着で『正義の派閥』に摘発される出来事があった。

 そこから続け様に、叩けば埃が出るとばかりに派閥の運営体制の問題が次々と見つかり、【ソーマ・ファミリア】は目出度くギルドから操業停止処分を下された。

 

 当時、発現した『魔法』で冒険者から金品を巻き上げていたリリは安堵とともに歓喜した。

 やっと解放される。もう危険なダンジョンに潜ってまで、過酷な目に遭いながら金を集める必要は無いんだと。

 ――唯一絶対の趣味を奪われた主神は、さらに部屋に引き籠もるようになったが。

 

 今やソーマは【ステイタス】の更新も一切しない。酔いから醒められない団員は今でもいて、主神の統制が無い限りいずれまた同じ事が起こる。

 派閥内からは、改宗(コンバーション)も出来ないのでいっそギルドに頼んで主神を送還させる案まで出ているというのに、リリの声どころか新団長のチャンドラの言葉にも聞く耳持たず、虚空を眺めるソーマを目にしたリリはついに諦めた。

 

 そうしてリリが一つの引っ掛かりを覚えつつ、やっとマシな状況になったと思う事にした、その矢先に。

 

『あの小僧が持ってた剣を盗んでこい。持ってこなきゃ――』

 

 後は分かるよな、と一昨日、寝泊まりに使っていた宿の外でリリを待ち構えていた獣人――前団長の腰巾着で、何度も自分から金品を巻き上げ虐げてきたカヌゥは、そう命令してきた。

 

『あの小僧の剣はきっととんでもねぇ代物だ。おそらく高値で売れる……。それに、あの小僧には痛い目をみてもらわねぇとなぁ?』

 

 よほどあの時の少年の反抗的な態度に腹を立てたのか、カヌゥは双剣を盗んだ後で仲間を集めて、痛めつけるつもりらしい。

 そして彼が【アストレア・ファミリア】を恐れて、双剣を盗んでからベルを本拠に誘き寄せるまでもリリにやらせ、いざとなれば全ての罪をこちらに被せようとしている事も分かっていた。

 

(本当に、考える事が小物ですね……)

 

 心の中でそう毒づくと、リリの胸がチクリと痛んだ。

 

(この人もあいつらと同じ冒険者、でも……)

 

 カヌゥ達に虐げられる恐れから、そのカヌゥから自分を庇ってくれた少年を欺き陥れる事を選んだ自分こそ、一番醜いのではないか。

 唯一の取り柄の『変身魔法』で小人族から犬人に変身している今のリリを、お人好しな少年は本気でただのサポーターだと信じている。

 やっているのは以前と同じ事なのに、リリの胸の痛みはずっと続いていた。

 

 

 ベルとリリの現在地は十階層。

 七〜九階層までと打って変わって、霧が出て視野が悪くなり、さらには木々等が『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』としてモンスター達に味方するようになるなど、ここからは環境が一変する。

 加えて、一つ上の九階層でこれまで戦った全てのモンスターが出てくるのに対して、この階層からは『オーク』などの新種の大型級モンスターが出てくるのだ。

 

 その『オーク』――豚頭と肥え太った人体を持つモンスター――と戦っているベルを、リリは昨日より少し近くから見ていた。

 

「うおぉっ!」

 

「グゥッ!?」

 

 天然武器(ネイチャーウェポン)として、その場にある『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』の中から引き抜いた木を棍棒のように使うオークに対し、ベルは俊敏な体を活かしてそれをくぐり抜け、ぶよぶよとした黄土色の体を黒鉄の剣で斬る。

 初めて対峙した冒険者ならその大振りな動きの隙に気づかず立ち竦んでしまう所を、少年は臆する事なく次々とモンスターに立ち向かっていた。

 

 単なる武器の性能任せではなく、体捌きにも一切の迷いは現れていない。オークの習性などもよく理解しており、初めて相対するモンスターにも関わらず、心なしか昨日より動きが鋭くなっているようにさえリリには思えた。

 

 これで冒険者を初めて半月ほどだと聞いた時は思わず耳を疑った。恐らくカヌゥ程度なら、一昨日の時点で簡単に下せてしまえただろう。

 

「ブォウ!」

 

「っ!」

 

「あっ!?」

 

 だが、少年の快進撃をダンジョンが妨害する。背後から白い霧で身を隠していた、別のオークが現れたからだ。

 ベルは直ぐに左腕のプロテクターを展開し、緑玉色の円盾でオークの突進を受け止めた。

 小柄なベルが三Mを超す肥満体に押し倒されそうになるのを見て、リリは咄嗟に懐にある秘蔵の魔剣を抜きそうになる。

 

「らあっ!」

 

「ブギィッ!?」

 

 しかしベルは受け止めた円盾の面で醜い豚頭を強烈に殴打し、自力で引き剥がした。

 顔から血を吹き出しながらもんどり打ってるオークをベルは容赦なく斬り捨て――慌てて盾の様子を確かめた後――次の獲物へと駆ける。

 純朴そうな少年の意外と荒々しいファイトスタイルに目を丸くしつつ、リリは思わず安堵のため息をついた。

 

「……って、何してるんですか、リリは」

 

 取り出そうとした懐の貴重な魔剣から手を離し――自分が彼を助けようとしていた事に気づく。

 大嫌いな冒険者を助けようなんて、これまでちっとも考えた事も無かったのに。

 

「…………」

 

 毒されている、という言葉が頭に過ぎったが、すぐに振り払う。これは罪悪感から来る偽善でしかない。

 昨日から今でも、異様に視線に敏感な彼の手から双剣を盗む隙を、リリは虎視眈々と狙っている。

 それに、希望を見せられてから裏切られるのはいつもの事だ。少年が自分に優しくしているのだって、今だけかも知れない。

 

(けど、もし――)

 

「――リリッ!」

 

「っ!?」

 

 突如ベルの焦ったような大声が轟き、思考が中断される。少年がこのような声を出すなどのっぴきならない事態だという事だ。

 ふと周りを見渡すと、白霧に浮かぶいくつものオークのシルエットが、リリとベルを取り囲んでいた。

 安全のため慌ててリリはベルの方に駆け寄るが、オークの影はゆっくりと迫って来ている。

 

「申し訳ありません! 囲まれました……!」

 

「……」

 

 リリはようやく自身の失態に気づいた。油断した所を容赦なく刈り取ってくるのは、ダンジョンもまた同じだ。狩る側と狩られる側の立場は簡単に逆転してしまう。

 このままでは、リリ達はオークからの袋叩きに遭うだろう。

 突破口を開こうにも一発逆転の『魔法』なんてものはリリは勿論、背中合わせのベルも持っていなかった。

 仕方無しに、リリが今度こそ魔剣を抜こうとすると。

 

「!?」

 

 少年が持つ黒鉄の双剣――〈ブレイズ・オブ・へスティア〉が、ごうごうと炎を纏ったのを見て、リリは目を見開く。

 唖然とするリリを置いてベルは鎖の付いた腕を頭上で振り回し、剣の風圧で霧を吹き飛ばした。それからダンジョンの天井まで打ち投げた炎剣を振り下ろし、目の前のオーク達の中心に叩きつけた瞬間、その地点で火柱が上がるほどの大爆発が起こる。

 至近距離で運悪く超高温の爆炎を浴びたオークは即座に絶命し、周囲のオークも怯んだ事で必然的に包囲網に隙が出来たのを、ベルは見逃さなかった。

 

「っ、逃げるよっ!」

 

「は、はいっ!」

 

 鎖で投げた剣を手元に引き戻し、リリはベルに腕を引かれながら包囲網に出来た穴を通って脱出する。

 紅蓮の爆発によってオーク達が動揺している内に、十階層の道を全速力で逆戻りした。

 

 そして九階層のモンスターが現れない安全地帯までひたすら走り続け、汗で額に髪を貼り付けたリリとベルはその場にへたり込んだ。

 

「はぁはぁ……危なかったね……!」

 

「ゆ、油断してました……。も、申し訳ありません……!」

 

 肩で息をしながらリリは反省する。ダンジョンで思考に没頭しすぎるなど愚行にも程があった。

 さしものベルもこれには糾弾すると思い、怯えながらそちらを見やると。

 

「うーん……。やっぱり、まだ暫く九階層に留まるべきかな?」

 

 あっ、そんなこと全然考えてなさそうだ。

 それどころか自分の実力不足とさえ捉えてそうなベルに、さしものリリも一言言いたくなる。

 

「あの、ベル様……さっきのはリリのミスなので……」

 

「モンスターを倒すのが僕の役目でしょ? リリは悪くないよ」

 

 あっからかんと言うベルに呆れていると、次に「それに結局これに頼っちゃったし」と先ほど炎を噴き出し火柱まで上げた、黒鉄の双剣を見やった。

 

「……つかぬことをお聞きしますが、ベル様。リリの見間違いで無ければそれは先ほど火を吹きましたよね? 昨日はそのような物は見受けられませんでしたが?」

 

 すると「ご、ごめん。隠してるつもりは無かったんだ……」と罰の悪い顔をする少年だが、リリも別に責めている訳では無い。

 それよりも気になることがあった。

 

「もしや、それは魔剣ですか?」

 

「いや、これは神様が特別に炎を籠めて作ってくれたものだから……。だから何度使っても砕けるような事は無いと思うよ? まあ、一日にそう何回も出せないけど……」

 

「壊れない魔剣って事ですか!?」

 

「う、うぅん……魔剣、なのかなぁ……?」

 

 背中の鞘に書かれたサインから【ヘファイストス・ファミリア】製だと分かってはいたが、回数制限という最大のデメリットを克服した魔剣を作ったなんて噂は聞いたことは無い。

 そんなもの伝説の戦神の戦斧くらいで、この双剣に力を籠めた神とは、一体どれほどの超越存在(デウスデア)なのかとリリは戦慄さえした。

 

「ベル様! ぜぇったいにそれを他の方に言い触らしたり見せたりしないで下さいね!? 絶対ですよ!?」

 

「う、うん……」

 

 自分がそれを盗もうとしているのも忘れて、いつの間にかこのどこか抜けてる少年に何の得にもならない忠告している事に気づくが、言っておかねば気が済まなかった。

 あのカヌゥはとんでもない価値が付くと言っていたが、貴重過ぎて価値が付かない可能性の方が高いかも知れない、とリリは冷や汗をかく。

 そしてベルが双剣を鞘にしまうと、腕の鎖が自然と解けていった。

 

「でも、この剣は僕にしか使えないって神様が言ってたから、悪用される心配はないと思うよ。けど、盗まれたら嫌だなぁ……」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 ベルの言葉が真実ならカヌゥの企みは無駄となるが、少年は嘘をつけるような要領の良い性格ではない。

 その主神が騙っている可能性もあるが、じゃあ自分で試してもいいかと聞ける気もリリにはしなかった。

 

「じゃあ、とりあえず休憩しようか。十階層に戻るかは食べながら考えよう」

 

 リリが広げたシートの上で、ベルはランチボックスを開けた。

 形容し難い味が口内に広がるが、それはベルも同じなのか微妙な表情をしている。

 

「そういえばベル様? ベル様の戦い方はお義母様たちから教わったのですか?」

 

 少年の義母と義叔父は確か元第一級冒険者だとか言っていた。身の熟しや盾でモンスターをぶん殴るような戦い方は彼らから学んだのだろうか。

 

「ううん。僕の義母(はは)義伯父(おじ)が亡くなったのは小さい頃だから。ここに来る半年前から稽古をつけてくれたのは僕の祖父だよ」

 

「おじい様にですか?」

 

「うん。僕には『御爺上』としか呼ばせてくれないけど。もう一人の亡くなった祖父は『おじいちゃん』で良いんだけどね」

 

「じゃあ、御爺上様も冒険者だったのですか?」

 

「背中に『恩恵』は無かったけど……。でも、凄く強いから、きっとそうだったんじゃないかな? 斧を1(キルロ)先まで投げられるし、義母の魔法を食らってもいつも平然としてたし、村に入ってきたゴブリンを睨んだだけで失神させてたし……」

 

「ベル様、失礼ですが御爺上様は人間ですよね?」

 

「人間だよ!?」

 

『恩恵』も無いのに常識外れにも程がある、と話を聞いていたリリは軽く引いた。

 さらにその人物に半年間も鍛えられていたというのだから、この少年の神経もだいぶ図太い。

 

「……でも、凄く優しいんだ。顔も怖いし、厳しいけど、実両親を亡くした僕を赤ん坊の頃からおじいちゃんと二人で育ててくれたし、あの二人が来てからもずっと面倒見てくれたんだ」

 

「…………」

 

 きっと、それは仲睦まじい家族だったのだろう。

 少年が『家族』について語る時、いつも穏やかな顔をする。

 

「もう、僕と御爺上しかいないけど……。でも、今は神様がいてくれるから」

 

 主神について話す時も同じで、主神が少年に借金をしてまで武器を与える程愛しているように、少年も主神を亡くした『家族』のように愛しているのだとリリには分かった。

 そしてそれに自分が、嫉妬と羨望を持ってしまっている事にも。

 

「リリも……」

 

「ん?」

 

「……リリの両親は、本当に碌でもなかったですけど。ソーマ様には、リリも優しくしてもらった事があります」

 

『神酒』を口にする前、腹を空かせていた幼いリリに主神は食べ物を与えてくれた。それから彼の部屋に入り、頭を撫でられながら眠りについたが、思えばあれが最初で最後の主神の温もりだった。

 リリが人生で最初に他者からの愛を知ったのも、あの時だ。

 

「けど、もう見放されてしまいました。リリも、他の眷族も『神酒』に溺れたから……」

 

「見放されたって……」

 

「あぁ、すみません。どうか忘れて下さい。すべて、リリ達が悪いのですから」

 

 いつものように貼り付けた笑みを浮かべる。

『神酒』に溺れ、主神を失望させてしまったのは他ならぬ自分であると分かっていた。

 けど、それでも自分に愛を与えてくれた存在故に、未だに気にかけてしまう自分がいる。

 

「……分かった」

 

 今日はうっかり口を滑らせたが、少年の方も気を遣ってくれたらしく、その日はそれ以上は何も聞いてこなかった。

 

 

 Ω

 

 

「ベル君、また例のサポーター君の事を考えているのかい?」

 

 探索を終えて、本拠に戻り地下室で《神様の双剣(ブレイズ・オブ・へスティア)》を黙々と磨いていると、浮かない顔をしていたせいか神様に僕の内心を見透かされる。

 

「あ、はい……。ちょっと、気になる事が……」

 

 実は昨日、エイナさんにリリとパーティを組んだ報告へ行った際に、僕は【ソーマ・ファミリア】の詳細について――ザニスという人物や『神酒』など――を聞いていた。

 神様が眷族を見限って放置していると聞いて、そんな神様がいるのかと僕はヘスティア様に聞いてみる。

 

「んー、そうだなー。まぁ、ソーマは『趣味神』だからねぇ」

 

「『趣味神』、ですか?」

 

「文字通り趣味のために生きてる神だよ。ソーマは酒の神で酒造りにしか興味が無くて、それをギルドに禁止されたから生きる意味を無くして廃神になってしまったのさ」

 

 ファミリアの運営を怠った罰としてはこの上ないだろうね、と神様はソーマ様に思うところがあるのか胸の前で腕を組む。

 じゃあ、再び『神酒』を作れるようになれば、ソーマ様は正気に戻るのだろうか。

 

「無理だろうね。根本からの意識改革、というよりあいつの目を覚まさせなきゃ。お酒だけじゃなく、自分が眷族という子も持っているという自覚、それを持たない限り同じことの繰り返しさ」

 

 僕の甘い見通しを神様が両断する。

 リリはソーマ様と仲直り、というより目を向けて欲しいみたいだった。

 ソーマ様がリリをどう思ってるかは分からないが、少なくともリリはソーマ様を『家族』と思っているのだろう。

 

「ま、パーティを組んでるとはいえ、他所の【ファミリア】の事情にはあんまり首を突っ込まない方が良いよー。厄介事の火種にしかならないしね」

 

 首を突っ込んだからといって、僕にはどうすることも出来ない。だから神様の言っている事は最もかも知れないけど……。

 あの時の貼り付けた、というよりも悲しみと寂しさを隠すようなリリの笑顔が忘れられない。

 ソーマ様とリリとの間に溝があるように、僕もリリとの間に大きな『溝』があると感じた。

 

 

 Ω

 

 

 同時刻、『知巨人の蔵庫』。古今東西、歴史書から童話、果ては魔導書まで置いてある書物店。

 夕暮れ時という事もあって、その店内はいつもよりがらんとしている。しかし、天井に届くほど背の高い本棚の間を、忙しなく駆け回る少女が一人。

 カウンターの台の上に鎮座させられた生首、店主のミーミルは、そのたった一人の店員に向かって声をかけた。

 

「フィーナや、今日はもう上がっても良いぞ」

 

「え? いいんですか、ミーミルさん」

 

『フィーナ』と呼ばれた山吹色の髪のエルフ――レフィーヤ・ウィリディスは、足を止めて本を抱えたまま振り返る。

 

「今日はもう客はこんじゃろう。ダンジョンで忙しいのに来てくれてすまんの」

 

「いえいえ、これくらいへっちゃらです! 貴重なお話もたくさん聞けましたから」

 

 生首ゆえに、誰かの助けなしにはその場から動く事すら出来ないミーミルは、アルバイトの他に魔導士に自分の知識を与える対価として身の回りの世話を頼んでいた。

 レフィーヤも主神のロキがミーミルと親交がある(本神曰く腐れ縁)というのと、彼が賢人としてリヴェリアや【万能者】等の魔導士や冒険者を始め様々な人物に尊敬されているのもあって、自ら進んで定期的に店を手伝いに来ているのだ。

 

「今日はどの本を読まれますか?」

 

「ふぅん、そうじゃのう……」

 

 既に何年も務めているレフィーヤはもう慣れたもので、ミーミルが気に入りそうな本を幾つか本棚から手に取り、その表紙を並べて見せる。古文書、辞典、英雄譚などの物語含め娯楽本とその種類は様々だ。

 生き字引であるミーミルには必要ないように思えるが、既知の物事でも他者の視点や脚色が入れば別物と化する。知の蒐集家であるミーミルにはそれすらも興味深いものだった。

 

「んんん…………一番左端っこのにしようかの」

 

「分かりました」

 

 その中でも一番古ぼけた表紙の本をミーミルは選ぶ。

 レフィーヤは表紙を捲り、それをミーミルの眼前に開いた状態で専用の本立てに置いた。

 

「けど、これ本当に古い本ですよね。いつからここにあるんですか?」

 

「ほんの千年ほど前からじゃ。神々が降臨しだした、ちょうどその頃かの」

 

「千年前の……」

 

 こういった話を聞くと、長命の種族のエルフであるにも関わらずレフィーヤは、やはり目の前の知巨人と自分達の時間が隔絶している事を思い知らされる。

 首から下を失い、自由なき身となってからも精霊のように永い時を生き続けるミーミルに、レフィーヤは純粋な尊敬を抱いていた。

 

 以前、どうしてオラリオに居を構えたのかとレフィーヤが気になって聞いた時、眼を(物理的に)輝かせてミーミルはこう答えてくれた。

 

「『英雄候補』を見つけるために」

 

 と、いずれ来る『黒竜』との戦いに向けてか、彼は都市にいる冒険者――関係ないが、彼らは昔は『傭兵』と呼ばれていた――たちを神々よりも長い間ずっと視ていた。

 それは当然、本人こそ預かり知れないが、今もそのミーミルが孫娘同然に接しているレフィーヤも含まれていた。

 

「じゃあ、ミーミルさん。また明日」

 

「はひよ。まふぁ明日な」

 

 帰る前にミーミルの口に愛用のペンを咥えさせ、レフィーヤは退勤した。

 人がいなくなった途端、店内には静寂が訪れる。ミーミルが口に咥えたペンで本を捲った時の、紙が擦れる音だけが鳴っては消えていく。

 

「……? ああ、何じゃ! この本は前に読んだやつではないか!」

 

 ミーミルが苛立たしげな声を上げた。

 半ばまで読んだ所で、今読んでいる本がつい最近読んだものである事に気づいたのだ。

 

「確か先月……いや、百年ほど前かの? いかんな、記憶から抜け落ちとる……」

 

 正確な時期は既に曖昧だったが、ミーミルは「これだから徒に長生きするのは嫌なんじゃ」と愚痴を零しながら、パラパラと適当に頁を捲っていく。

 このなりでは本棚に取りに行く事もできないし、今日も退屈な夜を過ごすことになるだろう。

 このような不自由な姿になって、ミーミルは既におよそ一万年もの時を過ごして来た。

 

『果たして今の自分は生きているのか、死んでいるのか』

『呼吸の真似事をし、生きているフリをする事への苦悩』

 ミーミルは、かつてとある女神に船上で話した、自らに抱く疑問を思いだす。

 

 ミーミルが胴体が恋しいと思わなかった日は無かった。腕で愛する人を思いっきり抱きしめたいし、自分の脚で地の果てまで知識の探求のために旅をしたいと心の奥底ではずっと夢見ていた。

 

「自業自得で囚われ、死んだ儂には贅沢な悩みなんじゃろうがなぁ」

 

 かつての己の所業を思い出せば、この仕打ちは妥当どころか穏当でさえあろう。

 オーディンにより木の幹に囚われ拷問され、会ったばかりのクレイトスに取引を持ちかけ助命を請い、生物から外れ眠らぬ体となって、無窮の時を過ごす事になった。

 これは少なくとも罰では無いと思う。思ったなら逆に罰当たりだろう。

 

「今では時折、この状況に幸福を感じてしまう時さえあるわい」

 

 さらに言えば、既にミーミルの心境は変化を起こしていた。

 それには間違いなく、あの世界でクレイトス達との旅を通した事が大きいだろう。

 彼の息子の成長を見守り終えると、今度は神々と人が深く交わるこの世界で、レフィーヤたち『英雄候補』を見守る立場にいる。彼らの成長と変化を見ているだけで、ミーミルは伽藍堂な自分の心が再び満たされていく気さえした。

 天界で出会い、共に旅をし、別れたロキも(若干苦労人気質が滲んできてるが)オラリオで元気にやっているし、ついにはヘスティアの下に『あの少年』がやってきた。

 

 いずれ全ての『事』が収まり、余るほど自由な時間が出来たのなら、また三人……いや可能なら四人で各地を巡る旅がしたい。あの男神の腰蓑にぶら下がって。

 そんな夢想に耽っていると、唐突に閉め切られたはずの店の戸が開き、一人の女が店に足を踏み入れた。

 

「――こんばんわ。ミーミル」

 

 否、入ってきたのはただの『女』ではなく。

 

 ミーミルが居た()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかしここでは、ありとあらゆる存在を魅了し、服従させてしまえる美そのものの化身。

 

 護衛も付き添いも居らず、たった一人でバベルから『知巨人の蔵庫』まで赴いてきた美の女神――フレイヤに、ミーミルはその輝く眼を見開いた。

 




『軍神の憤炎』(ファイア・オブ・アレス)
・10話でベルがキラーアントの群れに使ったブレイズ・オブ・カオスのヘビールーンアタック。
・炎の衝撃波を放つ叩きつけ攻撃。

『光明神の憤激』(ヒュペリオン・スラム)
・今話でベルがオークの群れに使用した、ブレイズ・オブ・カオスのヘビールーンアタック。
・強烈な叩きつけ攻撃で、大爆発を引き起こす。
・上のファイア・オブ・アレスと同じく、戦いの中でベルが偶然形だけを真似たものなので、威力は本元より低い。





・ここから18巻感想(ネタバレ注意!!)



ダンまち十年間の歴史の重みを叩きつけられました。
登場人物みんなかっこよかったですし、キャラの掘り下げと次回と外伝の布石とか書いてたらそりゃあんだけ分厚くなりますよ。でも分割とかされず一気に読めたので爽快感ありました。
ていうか何よりも、アニメと合わせてリューさんがフレイヤ様を置いて一気にヒロインレースで差してきた。
2回ランクアップして恋愛クソ雑魚ポンコツ属性を無くすスキルが発現したとしか思えない。







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