ゴッド・オブ・ウォー《オラリオ》   作:スパルタ人

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あけましておめでとうございます(今更)。遅れてホントすみません。

あと場面転換の時の♢を変えてみました。


同気相求(どうきあいもとむ)

 

 深層からの帰還中──階層主(ウダイオス)を倒し、第18階層のリヴィラの街で休息を挟んだ後──アイズ・ヴァレンシュタインとリヴェリア・リヨス・アールヴがそれを見つけたのは、第五階層に足を踏み入れた矢先だった。

 

「リヴェリア、あれ…………人が倒れてる」

 

「モンスターにやられたか? 遠目から見るとまだ新しいようだが、一応見ておくか」

 

 通路の道端にうつ伏せに倒れる冒険者らしき物体は最早二人にとって見慣れた物であり、真っ先に思い至るのも死体だった。

 無情にも思えるが、ダンジョンは冒険者の墓場と同義である。上層でも死体が残れば御の字で、モンスターの養分として非業の死を遂げる者が圧倒的多数だ。

 一応の安否確認として、アイズ達は道端に転がったその冒険者へと近づいた。

 

「……?」

 

 しかし、近づくにつれ、アイズの金の瞳が見開かれていく。

 装備は上層の駆け出しらしい軽鎧と両腰の双剣らしき得物だが──まだ青い細身の身体と、処女雪を思わせるような白髪が、アイズの既視感を呼び起こさせた。

 

「ベル……?」

 

 リヴェリアの制止も耳に入らず、名前を口走った瞬間アイズは倒れた冒険者のもとに駆け出していた。

 

「リヴェリア、この子……!」

 

「……ベル・クラネル。我らの不手際に巻き込んでしまった冒険者か」

 

 酒場では謝罪も挨拶もフィンに取られてしまったな、とリヴェリアは冷静に倒れ込むベルの容態を診る。

 典型的な『精神疲弊』、しかも相当追い込んだように見えた。

 

「リヴェリア。ベル、いつ起きるかな?」

 

「さぁな、だが助けてやるのが礼儀だろう。抱えて帰ってやりたいが、我々は此奴の本拠を知らん。かと言って館に運び込む訳にもいかんしな……」

 

 あれも駄目、これもダメと。浮かんでは消える。

 得意先の【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院も思い浮かんだが、待ち受けているのは夜遅くに叩き起こされて不機嫌な顔をしたシスターだろう。これ以上、彼女のストレス値を上げるのに加担したくは無い。

 

「……………………」

 

 すると、アイズが心配そうな顔で眼下の少年を見つめている事に気づき、その様子にリヴェリアはほうと心の中で声を漏らした。

 

 ──あのアイズが、会ったばかりの少年にここまで関心を寄せているとは。

 

 遥か格上のミノタウロスに立ち向かった少年の勇気に興味を持ったか、それともそこに強くなろうと我武者羅だった昔の危うげな自分を重ねているのか。

 男女の情とは程遠いのだろうが、これはアイズにとってよい傾向なのだろう。恐らく本人は無自覚だろうが、決して、リヴェリアが邪魔をしていいものではない。

 

「うむ、そうだ、良いことを思いついたぞ」

 

「?」

 

 そう。決して、これ以上ベル・クラネルの移送先について考えるのが面倒くさくなったという訳では無いが。

 赤髪の調教師との接触で心と身体の均衡を失った少女を別の事に集中させるため。

 何より、少年との接触が今後少女に良い影響を与えるという無責任な謎の『予感』さえもがリヴェリアにはあった。

 

 そしてそんなリヴェリアの思惑など露知らず。彼女がしてきた一つの『提案』に、アイズは不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 

 Ω

 

 

 嫌な夢を見るのは決まって体調が悪い時だった。

 どこまでも深い喪失感と悲しみを思い起こさせる、かけがえの無い家族との別離の記憶。

 それはいつも、僕が義母と初めて会った時のように抱き締められている所から始まる。

 

『お義母さん……?』

 

『すまない、ベル……許してくれ……! 私はお前に、こんな事しか出来なかった! できれば、お前が剣なんか握らずに済む世界を祈るよ……』

 

 初めて見る義母の涙。

 誰に対しても女王のように振る舞うが、僕に本当の母の様に愛を与えてくれたアルフィア義母さんが、今は灰色の髪を振り乱してただの女の様に泣いている。

 彼女に抱き締められた僕はその肩越しに、もう一人の家族へと視線を向けた。

 

『おじさん……?』

 

『……お前がどんな男になるのか、その成長を間近で見る事が出来ないのが、本当に残念だ』

 

 義母さんと違い父親代わりではなくあくまで叔父と呼ぶように接してきたが、父親同然に思っていたザルドおじさんが、心の底から惜しむように語り掛ける。

 彼の寂しそうな表情を見るのも初めてだ。

 そして自然とその隣、じっと僕と義母さんの抱擁を眺めている黒い神へ視線が移る。

 

『……黒い神様』

 

『恨んでくれたって良い、ベル・クラネル。それだけの事をお前にするし、むしろ、これから大勢にそうされるのが、俺という神の役目だ』

 

 一部灰がかかった漆黒の髪。纏う衣も黒く、まるで闇の中で暮らす住人のようで、同性の僕も目を奪われる程だがちっとも笑わない相貌。

 だが、この時その顔には笑みが浮かんでいた。

 再び僕達の前に姿を現した黒い神はこの期に及んでも薄く笑みを貼り付けたまま、淡々と事実を述べるように言った。

 

『それと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ベル・クラネル』

 

 その時、僕が神に向かってどのような表情を浮かべていたのか、自分でもよく覚えていない。

 

 

『ウッ、グスッ……神様なんて、嫌いだぁ……!』

 

『…………』

 

 それから少し時が経って。人数が減った居間で、僕は毎日の泣いていた。

 二人の名残を求めて、そしてそれに纏わる想い出を思い出しては留めない涙が流れた。

 

『大丈夫だ、ベル。私がいる』

 

『御爺上ぇ……』

 

『わしを忘れんでくれんかのぅ。ナチュラルにハブにされとるんじゃが』

 

 孤独を慰めるように語りかけてくれる御爺上とおじいちゃん。

 けれど、その時の僕はやっぱり答える余裕が無くて。心の底から家族を奪った神様のことだけを恨んでいた。

 

 だから、あれから暫くしておじいちゃんまでもが死んで、オラリオに行くと決心したのは思えばかなり勇気のいる事だった。

 御爺上がオラリオに住む友人——ミーミルさんのこと——からとある神様が眷族を欲しがっていると手紙で知って、二つ返事で僕をその神様に預ける事を決めたと修行中に聞いた時は嬉しかった反面、御爺上を信頼しているとはいえ不安にも思っていた。

 別に、この世の神様全員を恨んでた訳じゃない。御爺上が言うような優しい神様だっている事も知っている。

 ただ、どうしてもあれから神様という存在に苦手意識というものがあって、だから僕はその女神様と出会うまで心の中でこう願うしかなかった。

 

 ——どうか、お義母さん(アルフィア)が言ってた本当のお母さん(メーテリア)みたいな、優しい神様だといいなぁ。

 

 そして、僕が実際に会ったその神様は。

 

『——うん、他でもないボクが断言するよ! 君は、【英雄】になれる』

 

 

 Ω

 

 

「………………神様?」

 

「? ごめん、私は、神様じゃない……」

 

 浮かぶ表情は困惑一色。

 ベルが閉じていた瞼を上げると、眼前にある怜悧だが稚さを残す少女の顔が視界を占領していた。

 何故か目と鼻の先にあったその見知った容貌に、この状況を脳が処理しきれなくなったベルは一瞬の硬直の後、堪らず飛び起きた。

 

「だああああああああああああぁっ!?」

 

「まだ、駄目」

 

「ぶべっ!?」

 

 起きたばかりで混乱していると判断したアイズにベルは抑えつけられ、再び頭を膝に押し付けられる。

 当然ステイタスLV.5最上位とLV.1最上位では絶望的な力の差があるため、か弱いベルはされるがままだ。

 

「な、何があったんですか!? 何で僕はこんな…………!? ていうか何でアイズさんが膝枕を!?」

 

精神疲弊(マインドダウン)

 

 アイズの短い言葉に顔を真赤に染めているベルが「え?」と間の抜けた声を出す。

 

「覚えてないの? 君、魔法の使いすぎでここで倒れてたんだよ」

 

「——そうだ、僕は、魔法の実験で…………」

 

 羞恥で暴走気味の脳が次第に落ち着きを取り戻し、もう良いだろうとアイズの膝枕から解放されたベルは気を失う寸前までの記憶を辿っていく。

 今日の更新で魔法が発現して、そして神様の言いつけを破ってまで真夜中にダンジョンへ試しに来て、そして…………。

 

「イングリッドが戦っている最中に気絶したんだ……」

 

「? イングリッドさん、ていう人はいなかったよ……?」

 

「あ、ええっとすみませんそうじゃなくて……」

 

 救助しそこねたかと真剣に考え出すアイズに、誤解を生じさせてしまったとベルは謝った。

 仕方なく、イングリッドは自分が魔法で召喚した意思を持つ剣の名前である事を話すと、それを聞いたアイズは大きく目を見開いた。

 

「私が知ってる召喚魔法とは、全然違う」

 

「あぁ、やっぱり人によって違う感じなんですか?」

 

「うん。というか、召喚魔法がそういう『使い魔』? を呼び出すものなんて初めて知った。私から詳しくは言えないけど、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】が召喚魔法を使うっていうのは聞いた事あるでしょ?」

 

 二つ名は魔法と密接に関わってるから、とアイズに言われ、ベルは頭の中の冒険者図鑑から『レフィーヤ・ウィリディス』というエルフの名前を見つけ出す。

 スロットの関係上、持てる魔法は三つまでという常識をぶち破り、千を超える魔法を操るという噂だが、酒場で初めて耳にした時には心底驚いたものでもある。

 

「召喚魔法は他人の魔法(ちから)をノーリスクで借りられる制約として、使用時の精神力の消費が馬鹿にならないって言ってた。だから、ベルもそれで『精神疲弊』を起こしたんじゃないかな」

 

「なるほど、確かに僕もイングリッドの力を借りてると言えるのか……。召喚した時はあんまり精神力が減った感じはしなかったけど、そこから継続的に精神力は削れていくのかも」

 

「でも、一度出したら精神力が切れるまで出ずっぱりはちょっと不便かもね……。今回の事で分かったと思うけど、使い慣れてない内は一人の時は魔法を使わない方がいい。それと精神力回復薬(マジックポーション)を持っとくのも忘れず」

 

 詳しい事はまだまだだが、まず自分がどれくらい『イングリッド』を出し続けられるかというのも測らなければいけない。

 そしてアイズのアドバイスを聞いて、命を救ってくれた彼女への感謝を忘れていた事にベルはようやく気づく。

 

「相談にまで乗ってくださってありがとうございます。それと……遅れてしまいましたけど、ヴァレンシュタインさん。今回も命を助けて頂き本当に、本っ当にありがとうございました!」

 

「!? そ、そんな、そう堅苦しくならずに」

 

 いきなり手をついて頭を下げるベルに驚き、アイズの言葉遣いがおかしくなる。

 しかしそれを華麗にスルーし、ベルはそのまま続ける。

 

「貴方が通りがかっていなければ、僕は間違いなくあのままモンスターの餌になってました」

 

 ベルがアイズに命を助けられるのはこれで二度目だ。

 一度目のミノタウロスは【ロキ・ファミリア】にとっても予想外の出来事とはいえ過失を認めていたが、二度目の今回は100%ベルの落ち度だ。アイズ達が幸運にもここを通りかからなければ、明日の朝日を拝むことなくベルは死んでいただろう。

 それは、アイズが処理していたらしき周囲に転がるモンスターの死体群が物語っていた。

 

(決めた。帰ったら翌朝神様に全部言おう。全部言って、一回死ぬほど怒られよう)

 

 全ては主神の言いつけを興味だけで破った愚行から始まったのだから、これもまた当然の事であった。

 一方、突然の行動に困惑気味だったアイズも、少年からの並々ならぬ謝意を感じ取っていた。

 

「…………姓の方じゃなくて、アイズで良いよ。それに、そんな事しなくていい。これは冒険者として、当然の事だから」

 

「二度も命を助けられているのに何もしないなんて、僕が自分を許せません。アイズさん、是非、何かお礼をさせてください!」

 

 粗暴な者が多いという冒険者の中で、二度も命を救い謙遜するアイズの姿がベルには輝いて見えた。それもあって、ベルはアイズのために何かしたいと思うようになっていた。

 そしてストレートに感謝の意と意気込みを聞かされたアイズは、少し考えた素振りを見せた後、その口を開く。

 

「…………思いつかないから、帰りながら話そっか」

 

「あ……。そ、そうですねっ! ここダンジョンでした……」

 

 結局今の時点では何も思いつかなかったアイズは、とりあえずベルを立ち上がらせて共に帰ることを優先した。

 横並びで地上を目指し始めた二人。こうしてLV.1とLV.5の、世にも珍しいアンバランスな即席パーティが出来上がったのだった。

 

(やっぱり、凄いな…………)

 

 当然、帰る道中にもモンスターは湧いて出てくる。

 上層に出現するのは主にコボルトやゴブリンばかりのため、そして上級冒険者故か、ベルが剣を抜く前にアイズが颯爽と片付けてしまう。

 身のこなし、剣技、敵との立ち回り。これでも全く本気を出していないのだろうが、全て自分より上を行っている。

 

(当たり前なんだろうけど、上層で調子づいてた自分が恥ずかしいや)

 

 しかもこれで当の本人は助けているつもりさえ無いと思うと、もはや嫉妬すら湧きそうにない。

 

「アイズさん! 僕にもやらせてください!」

 

「……動ける?」

 

「身体の怠さもとっくに取れてますっ! 戦闘では魔法は使いません!」

 

 だが、ただ黙って守られるだけでは居られない。端くれとはいえ自分も同じ冒険者なのだから。

 自分が元気であることを誇示するようにベルは肩をグリグリと回して見せる。

 

「……分かった。思い切り動いていいよ。私も君がどう動くのかみたいし」

 

「はい!」

 

 アイズから了承を得ると、腰のベルトから《ブレイズ・オブ・へスティア》を抜く。

 音を立てて絡みつく剣の鎖の音を聞きながら見据えるのは、前方の約10M離れた魔物の群れだ。

 

(神様の炎は使っても精神力が減る訳じゃないけど……ここは10階層攻略中に掴んだあの技で!)

 

 兼ねてから考えていた、身体の動きと剣を連動させる戦法。

 それがようやく形を成してきたのはつい最近の事だった。

 

 ベルは片側の剣を群れに向けて投擲する。だが、それは群れの魔物どの一体にもかすりもせず、群れの背後のダンジョンの壁に刀身を柄まで埋めるように突き刺さる。

 

「? ベル、どこを狙って──」

 

 緊張で外したのかと思いアイズが後ろに目をやった瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを目撃した。

《ブレイズ・オブ・へスティア》の剣に付いた鎖は伸縮自在だが、飛ばした剣を戻す際には当然縮む力が発生する。

 

(それを利用して、加速するっ!)

 

 以前まではそれが腕への負荷となっていたのだが、きっかけは10階層での戦闘中に天井まで投げた剣が抜けなくなり、慌てて戻そうとして逆に天井に宙ぶらりんになった時だった。

 あれをもとに、今までのように剣に振り回されぬようにするのではなく、いっそ身を任せる事で戦闘に利用する形をベルは思いついた。

 この移動方法は、その一端でもある。

 

「でもっ、止ま、れないっ!」

 

 当然、まだ付け焼き刃もいいところの未完成品。

 普段の自分以上のスピードにも振り回されてしまう。

 しかし、ベル・クラネルの真骨頂は、()()()()()()()

 

「!」

 

 魔物と激突する寸前、投げた方の剣も手元に引き戻して身を捩り、空中で回転。

 加速の勢いと遠心力によって得た力で、突撃する『人間撹拌機(ミキサー)』と化したベルと刃は、モンスターの群れを丸ごと小間切れにするか吹き飛ばして蹴散らしてみせた。

 

「やった、って()ってぇっ!?」

 

 歓びの声を上げるベルだが、上手く行ったのは攻撃だけで──カッコよく着地するはずが、単なる加速よりもさらに勢いがついていたのでそのまま壁に激突。

 カエルのように全身が壁にへばりついたベルに、気まずそうにアイズが声をかける。

 

「…………えっと、大丈夫? ベル……」

 

「だ……大丈夫、です……」

 

 まだまだ課題は一杯だな、と顔面の痛みとは別の痛みに涙を浮かべながら考える。自信満々で前に出ておいて、啖呵を切った相手に心配されるなんて、と。

 

「さっきの動き、本当に凄かった」

 

「ありがとございます……でも、早くこれに相応しい持ち主にならないと」

 

 一方で、アイズはというとベルの動きにただ感心していた。

 見たこともない鎖のついた双剣を操るのでどんな戦い方をするのかと思いきや、完全に意表をつかれた。しかも、照れ臭そうに笑う彼の口ぶりから恐らく土壇場で成功させたのだろう。

 

(もう、こんな事が出来るようになってるの……?)

 

 ミノタウロスに突撃するベルを初めて見た時、まだ双剣は持っていなかった。

 誰が作ったかは不明だが、業物というのもそぐわない代物である事は分かる。

 もしあの時これがあれば彼はミノタウロスにも勝利していただろうが──ベルは剣の性能に頼り切りになるのではなく、それを使い熟そうと試行錯誤と努力を重ね、第一級冒険者の自分も目を見張る程の動きを初見でしてみせた。

 

(知りたい)

 

 彼の成長の秘訣が。そして彼の剣の出処が。

 あの双剣を見るだけで、自分の中を流れる()()()()がゾワリとその存在を主張してくる。

 あの剣があれば──否、これは少年への侮辱だ。

 

 聞くべきは、彼がそこまでする理由。強力な武器を持ちながらも尚、強さを求めようと足掻いている根源だ。

 

「ベル、一つだけ君に聞きたいことがある」

 

「はい? なんですか」

 

 立ち上がり、土埃を払って外傷もない事を確認し、剣を収めたベルは応える。

 

「君は、どうしてそこまでして強くなりたいの?」

 

 いっそ不躾とも言える程に直球な質問。アイズは回りくどいやり方を知らなかった。

 だが一方のベルも、相手は命の恩人だからとちゃんと答えようとその問いかけについて真面目に考え出した。

 

「……『約束』があるんです」

 

 少しして、ポツポツとベルの口から語られだす。

 

「約束…………?」

 

「はい。僕の大切な家族が遺してくれた『約束』です。そのためにも、今よりずっと強くなりたくて、オラリオで冒険者になりに来ました」

 

 世界を救う【英雄】になる。何とも子供じみた夢で、実際稚拙な英雄願望に過ぎなかったのだが。その最後の約束があって、それを祖父が思い出させてくれたからこそ、二度目の家族の死により無気力になりかけていたベルが余り時間をかけず活力を取り戻せたのは確かだ。

 

「そうすれば、きっと……あの時泣くだけで何もできなかった僕が強くなれば、天界にいるあの人たちも、僕の家族も喜んでくれるだろうって」

 

 まだまだ未熟者に過ぎないけれど。【英雄】に守られるだけだった自分が、今度は自分が守る側になりたいとベルは思っている。

 その答えに、アイズは目をぱちくりと動かした。

 

「……大切な家族って、もしかして、君が寝言で言ってたお母さん?」

 

「えっ!? そ、そそそそのっ、もしかして僕、寝言でそんなこと口走ってましたっ!?」

 

「……うん。小さくだけど、頻繁に呟いてたから」

 

「は、恥ずかしぃ…………!」

 

 ベルは再び自身の顔が羞恥に染まっていくのを感じる。

 神々が言うところの『マザコン』と思われているかもと考えるとさらに頭が重くなる気がした。

 

()()()()()…………)

 

 しかし、それは全くの杞憂である事をベルは知らない。

 ダンジョンで興味を持った少年は自分と同じく母親を亡くしている。決して抱いてはいけないと分かっていても、母親との綺麗な思い出を持ったまま冒険者となった彼に、やはり親近感のようなものを覚えてしまうのはどうしようもなかった。

 

「アイズさん? どうかしましたか?」

 

「…………ううん。何でもない」

 

 きっと、少年は自分のように復讐なんて考えていないのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、考えた事もないはずだ。

 自分の中にドス黒い感情は自覚している。それが怨敵を斃すまで決して消えない事も。

 

(『強くなりたい』、か…………)

 

 だけど、強くなりたいと語るベル・クラネルの深紅の瞳はどこまでも純真で真っ直ぐで──。

 自分と同じ境遇で同じ気持ちを持っている事に、アイズは共感と歓びといった感情が湧き出るのを覚えた。

 

「でも、ベルはもう駆け出しにしては、十分強い方かも?」

 

「え、そ、そんな、でも、僕なんてまだまだで……アイズさんにそんな事を言われる程では……」

 

「もう5階層より下に行けるんだよね? 冒険者を初めてからまだ一ヶ月も経ってないのに、攻略早いなって」

 

 アイズが少年に興味を抱くきっかけとなったミノタウロスへの突貫の時点でも、駆け出しにしたは高いステイタスと身のこなしをしていたはずだ。

 それが僅か数日でここまで来ている。

 すると、一般人のように人畜無害な顔をする少年は照れ臭そうに頰を掻いて答えた。

 

「はい! 実は、つい昨日10階層を攻略することが出来たんです」

 

 ピシッ、とそれを聞いたアイズは固まった。イマ、ナンテ? 

 

「その、つい最近組んだサポーターの女の子が凄く頼りになる人で。僕に足りないところを補ってくれる所とか、しっかり者だから不注意の多い僕に注意してくれたり、情けないですけどとにかくお世話になりっぱなしなんですよ」

 

「ソ、ソウナンダ……ハヤイネ」

 

 サポーターが加わったくらいで攻略速度が劇的に変化するはずがないだろう、と言いたくなるのをアイズは必死に押し留めた。

 ま、まぁ? 駆け出し当時の自分もリヴァリア達に止められなければ10階層くらい……いけたかなぁ? いやいくらなんでも死ぬんじゃない? 

 

 と、こっそり自信を無くしかけるアイズなど露知らず「お世話になったと言えば当然神様もだし……」と重度の鈍チンであるベルは話し続けていた。

 

「……誰か、お師匠さんとかは、いるの?」

 

 やっぱり、間違いなく少年には何か秘密がある。

 そう踏んだアイズはさらに思い切った質問をしてみた。頼むからこれで分かってくれという、一縷の望みをかけて。

 すると、ベルはニッコリとここ一番の満面の笑みを浮かべてこう答えた。

 

「はい! 故郷の村にいる僕の御爺上がそうです!」

 

 アイズの少年への謎が更に深まった。

 

 

 

 たった唯一のダンジョンの出入り口、『大穴』を囲うように設けられた緩やかな螺旋階段を上り終えた所で、二人だけの短いパーティは終わりを告げた。

 時間帯の関係でシャワー室も通らず『バベル』を出たアイズとベルは広場の噴水の前まで来ていた。

 

「…………ベル、それじゃあ、また……」

 

「アイズさん! あの、今日はありがとうございました! 僕みたいなのに出来る事があったら、遠慮なく言って下さい!」

 

 謎の疲れからふらふらと歩き出すアイズをベルが呼び止めた。

 そう言えばそんな事を言われたっけと、答えに窮して咄嗟にはぐらかして結局そのままだったのを思い出す。

 ほとんど別れ際にそう言われたアイズはきょとんとなり、続いて律儀な子だなと思い、ほんの僅かな笑みを零した。

 

「じゃあ…………また今度、私と会ってくないかな?」

 

「はい、勿論です!」

 

 結局また何も思い浮かばなかったが、三日後またギルドで会うことだけを約束し、ベルもそれを承諾した所で解散する。

 

 今日アイズが少年について分かった事は、やはり成長が他と比べて異様に早い事、そして彼の周りにはあくまで本人の主観だが凄まじく頼りになるらしい人物が多くいる事である。

 それなら、納得できなくもないが——。

 

「やっぱり、あの子はおかしい」

 

 自身の冒険者の勘が彼をもっと探れと囁いている。彼本人に何か無ければ、自分の師であるフィン達が彼の祖父に劣るという事になってしまう。

 

 余談だが。

 腕を組んでウンウンと唸りながら歩いて本拠に帰ってきたアイズを見たリヴェリアは自身の目論見が外れたかと首を傾げ。

 翌朝潔く全てを洗い浚い話して土下座して謝るベルにヘスティアはかつてない程に怒りながら長時間のお説教を喰らわせた。

 

 






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