ゴッド・オブ・ウォー《オラリオ》   作:スパルタ人

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二話目。今回は文字少な目です。
前話と比べてどっちが見やすいか教えてください。ちなみに前回は約10000字で、今回はその半分です。


同気相求(どうきあいもとむ)

 

 時間は少し遡り、ベルが魔法に覚醒したのと同時刻。

【ソーマ・ファミリア】の本拠(ホーム)。不祥事と違法行為によって凋落し、今や引きこもりの主神と僅かばかりに残った団員たちが住まうだけの寂れた楼閣。

 その最奥にある神室の扉の前で、二人の男が激しく罵り合っている。

 

「いいからさっさと金を出せってんだよ! ザニスの腰巾着が繰り上がりで偉そうにしやがって!」

 

「腰巾着はお前だろうが、カヌゥ。急に姿を見せたと思ったらこんなところにまで押し入りやがって。何度も言うがここに金はないぞ」

 

 怒声を上げるのは、前団長ザニスの腰巾着として甘い蜜を吸い、いざ彼が捕まればいの一番にファミリアから逃げ出した中年の狸人の男、カヌゥだった。

 それと対面するのは、カヌゥが言った通りザニスの投獄により繰り上がりで副団長から団長となり、嫌々ファミリアを取り仕切る事になったドワーフの男、チャンドラである。

 

 突如本拠に姿を現したカヌゥをチャンドラが見つけ、主神室に侵入しようとしていた所を呼び止めたのだ。

 厚かましい事に金の無心(盗みに近いが)に来たらしく、居直り強盗と化したカヌゥをチャンドラは袖にしていた。

 

「今まで何してやがった? どうせダイダロス通りの糞共の下で前と同じことをしてたんだろ。そいつの下でしくじったから今度は古巣に戻って来たのか?」

 

「ふん、オメェだってザニスに黙って従ってたってのに今更善人ぶる気か? あの野郎に気に入られてたのは何も力だけが理由って訳じゃねぇだろ?」

 

 怒声から一転、こちらを探るような言葉と下卑た笑みに、チャンドラは心底鬱陶しいとばかりにふんと一蹴する。

 

「いいからここから出て行け。お前とは金輪際顔を合わせたくないんだ」

 

 ただでさえファミリアの建て直しで忙しいというのに、これ以上の面倒ごとなどチャンドラは御免だった。

 頑として動じないドワーフに、貼り付けていた笑みを剥がしてカヌゥが再び憤慨する。

 

「そうはいかねぇ! 依頼の期限も迫ってんだ、せめて金でも上納しなきゃ、せっかくのチャンスを不意にしちまう!」

 

「あっ、おい——」

 

 カヌゥはこれ以上の侵入を阻んでくるチャンドラの横を通り過ぎ勝手に神室に踏み込むと、なんと彼の制止も聞かずに部屋の奥の椅子に全身を脱力させ座り込む主神(ソーマ)へ掴みかかった。

 

「おいコラ、ソーマぁ! まだ残ってる金の在り処を教えろ! この無能神がっ!」

 

「やめろ何してやがるカヌゥ! 相手は主神だぞっ!?」

 

「こんな腑抜けた男が神なわけあるかっ! こいつのせいで俺たちは『ステイタス』の更新も『改宗(コンバージョン)』もできねぇってのに! 転んで頭でもぶつけて送還されちまえばいいんだっ!」

 

 神への蛮行にさしものチャンドラも止めに入る。

 一体何がカヌゥをここまでさせているのか。それを考えるより先に、無抵抗な主神の襟首を掴むカヌゥの手を力任せに引き剥がす。

 開放されたソーマは重力に従って力なく地面に尻もちを着いたが、それでも無反応のままだった。

 

「っ! 糞がっ、LV.2だからって調子に乗りやがって……!」

 

 ソーマとチャンドラにそれぞれ侮蔑の視線を向けるカヌゥ。

 カヌゥは万年LV.1の冒険者だ。階位昇華を果たしたチャンドラに勝てる道理はない。

 

「けっ、まぁいい。金がねぇなんてこと最初(ハナ)から分かってたからな」

 

「だったら早く失せやがれ。いい加減にしねぇと叩き出すぞ」

 

 ぽきぽきと指の骨を鳴らして脅しをかけるが、するとカヌゥは何故かまた下卑た笑みを浮かべた。

 

「言われなくても出ていきますぜ、チャンドラの旦那ぁ。あっちも終わったようだしなぁ」

 

「何……?」

 

 気色の悪い口調に嫌悪感を覚えつつ、カヌゥが視線を向けた先を見ると、そこには見覚えのある二人──カヌゥと一緒に今まで姿を消していた彼の取り巻き達が神室の入り口に立っていた。

 何故か煤まみれの薄汚れた小人族の少女を、両脇から抱える様に連れて。

 

 言うまでもなく、その少女は昨日から本拠に来ていたリリルカ・アーデである。頭から爪先まで脱力した様子から非道い暴行を受けたのかと思ったが、チャンドラはすぐに違和感を覚えた。

 不自然に顔が上気したように赤く、目も表情もどこか虚ろで意識も朦朧としているようだ。極めつけは、微かに漂ってくる、嗅ぎ慣れた芳醇な薫り。

 

「アーデ? お前ら、まさか……」

 

「そうだよ。勿体ねぇがこいつには本物の『神酒(ソーマ)』を飲ませた」

 

 数年前まで【ソーマ・ファミリ】を支配していた忌み酒の名を耳にし、遂にチャンドラの目が驚愕で見開かれる。

 それで気を良くしたのか、カヌゥは「今の雇い主は金も脈も揃っててなぁ? ザニスが裏で流してたのを運よく回収できたんだよ」と聞いてもない事をべらべら喋りだす。

 

「何時まで経ってもあの白髪の餓鬼から剣を盗んでこねぇ。挙げ句この期に及んで『やりたくない』だのと抜かしやがって。痛めつけても無駄だから、貴重な神酒を飲ませて言う事を聞かせたんだよ」

 

「……誰だ? お前らは今、誰の下についてる? そいつは一体何を考えてやがる?」

 

「俺がここの団長になった時に教えてやらぁ。その時にはチャンドラ、お前はここにはいねぇだろうがな」

 

 恐れさえ滲んだ声で問うチャンドラに対し、カヌゥは優越感と勝利の美酒に酔いしれたような笑みを浮かべ、自立しないリリと取り巻き二人を連れてチャンドラ達の前から去っていった。

 開けっぱなしになった主神室の出入り口から汚い高笑いが廊下に反響して聞こえてくる。

 それが聞こえなくなった後、一柱と一人だけを残した神室は、再び静寂に包まれた。

 

「…………」

 

「聞いたか? 主神様よ。またあんたが作った酒が、奴らに糞みてぇな使い方をされたぞ? 全くここは本当に糞の集まりだな」

 

「………………」

 

「……俺は、何もしねぇ。カヌゥ達も、リリルカも、あんただってどうでもいいと思ってる。美味い酒さえ飲めれば、それでいいんだ、俺は」

 

 美味い酒さえ飲めればよかったんだがなぁ、と言い残してソーマの神室からチャンドラが立ち去る。

 再び一人になったソーマ。それからしばらくしてゆっくりと床から立ち上がり、椅子に身を預けてまたぼんやりとしだしたのだった。

 

 

「ハハハハハッ! 見たかお前らっ!? チャンドラのあの顔をよぉ!」

 

 かつての古巣から出たカヌゥはこれ以上無く上機嫌だった。

 理由は言うまでも無く、あの憎きうどの大木であるチャンドラの呆けた顔が見れたからである。

 しかしその後ろを歩く、リリを抱える取り巻き二人の表情はカヌゥと対照的に不安げであった。

 

「け、けどよカヌゥ、結局あそこから金はぶんどれなかったぜ?」

 

「奥にあった酒造蔵らしいところは流石に厳重に鍵を閉められていた……。それに、こんなガキに俺たちの神酒まで使う必要あったか?」

 

 確かにカヌゥ達の目的は自分たちの元から逃げ出したリリを捕まえ、無理やり神酒を呑ませる事で再び依存させ操り人形にする事だ。だが、カヌゥたちが金銭に窮していたのもまた事実だった。

 貴重な神酒を減らした事もカヌゥでなければ猛反対をしていた所だったのだ。

 それに対して二人の大将のカヌゥはフンと鼻を鳴らす。

 

「アーデにはあのガキを誘き寄せる生贄になってもらう。そんで俺達が張った罠に掛かったら、コイツでアーデごとボンよ!」

 

 リリの意識が朦朧としているのをいい事に、そう言ってカヌゥが自慢げに見せてきたのは先日彼女を痛めつけた際に奪っておいた『火の魔剣』であった。

 リリが何度これを使ったかは不明だが、一発でもあれば駆け出しの冒険者と貧弱な小人族なら容易に葬れるとカヌゥは信じ切っていた。

 

「そしたらその後、旦那が依頼してた例の『双剣』を回収してトンズラすりゃいい。どうせダンジョンの中だ、冒険者とサポーターの一組が行方不明になるくらい何も不思議な事じゃねぇ」

 

 そう言って下衆な笑みを浮かべるカヌゥに釣られて二人も嗤いだす。

 この依頼が終われば、自分達は返り咲ける。酒、金、女、悦楽に塗れた生活を送れると依頼人の()()()()()()()()()()()()()()()は約束してくれた。そのために神酒まで探し出してくれたのだから。

 カヌゥはチラリと、後ろの取り巻き二人が抱えるリリを見やる。

 

「まぁ、せいぜい俺達のために頑張ってくれや、アーデ?」

 

 

 Ω

 

 

「…………ま、自分から話したからお説教はこのくらいにしてあげるよ。もう随分と反省してるようだし」

 

「すみませんでした……もうしません……」

 

 怒髪天を衝く、とまでは行かずとも。

 黒いツインテールを揺らめかせながら先程まで憤怒の形相を浮かべていたヘスティア。それは仁王立ちする彼女の前で正座するベルを沈痛な面持ちにさせるには十分であった。

 

「朝起きたらボクの寝台の前で土下座してたから、一体何事かと思ったらさぁ……」

 

「朝からびっくりさせてすみません……」

 

 魔法を発現させたその翌日。爽やかな朝を迎えたヘスティアは、起き抜けに寝台の横で(恐らくヘスティアが目を覚ます前から)何故か土下座でスタンバっていたベルに面を食らった。

 何をしているのかと聞くと、土下座したままの姿勢でベルは、昨夜ヘスティアが寝てからの出来事を洗い浚い話した。

 

 そして最愛にして唯一の眷族たるベルが自身の言いつけを破ってダンジョンに赴き、挙げ句『精神疲弊』で倒れた所に偶然【剣姫】が通りかからなければ死んでいたと知ったヘスティアは、それはもう怒った。

 

「次こんな事やったら、君をおじいさんのところに突っ返すからね?」

 

「そ、それだけは! それだけはご勘弁を……!」

 

 顔面を蒼白にして縋るように謝るベル。

 まるでこれから地獄に突き落とされる大罪人のように。

 

「そんな事されたら本当に殺されます……! またあの雪山に……! 極寒地獄生活…………二千本組み手…………ウッ頭が……!」

 

「じょ、冗談だよ冗談! そんな事しないって!」

 

 ふと思いついた脅しのつもりが予想以上の効き目にヘスティアは若干引き気味となる。

 クレイトス、どんだけ厳しい修行つけさせたんだよ、と。

 しかしそれだけに、今回の少年の行動は目に余るし何よりも突飛過ぎた。

 

(多分、死んだ母親に憧れて試さずにはいられなかったんだろうけど……。なんとも厄介な憧れを遺して逝ったものだなぁ。まぁ、そうじゃなきゃここに来てないけどさ)

 

 普段の明るさからすっかり忘れていたが、この少年も心に傷を負っている。

 そもそもヘスティアがクレイトスから彼を引き取ると決めた最大の理由は、彼が家族を失って傷ついていたと手紙で知ったからで、どんな擦れた子が来るかと思って実際に会ってみると、なんと既に自分で乗り越えていたようだった。

 完全に癒やされた訳では無く、まだ心の傷は残っているだろうが『オラリオで【英雄】になる』という義母との『約束』が彼を立ち直らせたのだろう。

 

 無論、クレイトス直々の『修行』によって、傷が痛む暇もなく無理やり立ち直らされた、という可能性が無くもないが。

 

 それでもここに来たのは彼の意思だろうし、自分は彼を精一杯応援しようと、ヘスティアはその時の誓いを改めて思い出す。

 

「とにかく、今回も無事で良かった。だから……もうこんな事しないでおくれよ」

 

「はい……。肝に免じます」

 

 確かに意思の籠もった返事を聞いて「よし! お説教は終わり!」と切り替える。

 

「にしても、またヴァレンシュタイン君に助けられたから良かったけど、今回は完全にロキの方に借りを作っちゃったなぁ」

 

「あの……もしかして、不味かったですか?」

 

 ヘスティアのぼやきにベルは不安気な声を漏らす。

 

「いやいや。ただ、ファミリア同士にもケジメってもんがあるだろ? アイツに頭を下げるのは癪だけど、主神としてそれくらいはしとかないと他の神らに何言われるか分かったもんじゃない」

 

 アイツも何だかんだ都市に貢献してるからねー、と語るヘスティアの口調は普段通りのものだ。

 それを聞いてホッとしたベルだが、敬愛する主神が自分のせいで頭を下げる事になったのを不甲斐なく感じた。

 申し訳無さそうにする眷族の少年を見て、別にそんなとこまで気にしなくていいのに、とヘスティアは苦笑いする。

 

「さっ、何時までも落ち込んでないで立って! 朝ご飯食べるよっ!」

 

「は、はいっ!」

 

 正座を解き痺れる脚もなんのその、主神の一声でベルは急いで台所に駆け出して二人分の朝食の支度をしだした。

 こってり絞ったのだし、あの様子なら今後言いつけを破る事も無いだろうと思いつつ、ふと卓の上に置かれた翡翠色の古めかしい本の表紙が視界に入る。

 

「なぁベル君、この本借りていいかい? 昼まで暇なんだよ」

 

「あ、はい。どうぞ」と包丁で素早くトーストを切るベルから了承を得ると、ヘスティアは「ふぅん、なんかミーミルの蔵に置いてそうだな」と本を手にとってパラパラと適当にめくった。

 

「ん? なんだコレ? 変な文字ばっか書いてあって…………んんっ!?」

 

「神様? どうかしましたか?」

 

 様子のおかしい主神にベルが手を止めて身体を回れ右させると。ヘスティアは一昨日『豊穣の女主人』でシルから借りた本を手に持ったまま硬直し、震え声で「べ、ベル君…………」と本の表紙を指さした。

 

「こ、これを一体、どこで…………?」

 

「言ったじゃないですか。一昨日シルさんから落とし物の本を借りたって」

 

 ベルにとってはそれ以上でもそれ以下でもない。強いて言えば今も実家の森で狩りをしているだろう祖父が樹に彫っていた記号と似た文字が書かれているだけの、ただの本だ。

 

「こ、これは、これは『魔導書(グリモア)』だっ!」

 

「へ?」

 

 思わず間の抜けた声を出したベルだが、それは決してヘスティアが口にした単語の意味を知らなかったからではない。

 

魔導書(グリモア)』。

 それは読んだ者に強制的に魔法を発現させる書物を指し、魔法を持たない者からすれば正しく垂涎ものの秘宝である。

 特筆すべきはその作成難易度の高さで、作成者には最低でも『魔導』と『神秘』の稀少な特殊アビリティが要求され、その他にも希少なモンスターの毛皮など貴重な素材が使われる。

 

「『魔導書(グリモア)』は一回こっきりの消耗品、だからこれは、最早ただのガラクタだ…………!」

 

 加えてその価値を更に押し上げる要素は、一度使ってしまえば無価値同然に成り下る事である。魔導書の価格が末端でも『【ヘファイストス・ファミリア】の第一等級装備』は下らないのはそのためだ。

 

 何故そんなものが酒場に放置されていたのか二人の疑問は尽きないが、無慈悲に事実を告げるヘスティアに間抜け面から一転ベルはパニックに陥った。

 研鑽を積んだ魔導士が生涯で一冊作るのが関の山と言われる代物など、零細ファミリアである【ヘスティア・ファミリア】に手が届く筈がない。

 

「ど、どどどどどどどうしましょう神様っ!? い、今から代わりの『魔導書(グリモア)』を探しますかっ!?」

 

「そんな簡単に見つかる訳無いだろ! そもそも市場に出回っている事自体が稀だし、オラリオで『魔導書(グリモア)』を作れる人物が何人いるか……!」

 

 落し主が聖人でもない限り弁償を請求されるだろうが、代わりがないとなれば当然金銭を払う事となる。

 ようやく自分に発現した魔法が他人の『魔導書』によるものだというショックよりも先に、借金地獄を想像してベルの顔は青くなる。

 

「ん? 待てよ、作れるやつと言えば……まさかこれって」

 

「僕、謝ってきます!」

 

「あっ、ちょっと! ベル君っ!?」

 

「こうなったのは僕の責任です! 神様には頭を下げさせませんっ!」

 

 本拠の地下室の扉を突き破るように外へと駆けて行くベル。行く先は本を借りた店、『豊穣の女主人』である。

 見えなくなった背中を追う手は虚しく空を切り、一人になったヘスティアは堪えきれず地団駄を踏んで叫んだ。

 

「もー! 一度そうと決めたら止まれないとこは直らないんだからー!」

 

【ヘスティア・ファミリア】唯一の眷族ベル・クラネル。彼の【英雄】への道程には、まだまだ数多くの問題が立ち塞がっていた。

 

 





ベル君、やはりこの時は色々余裕と落ち着きが足りない。ランクアップしてからは落ち着いてきて、ゼノス編以降はちょっとやそっとじゃ驚かなくなりますけどねー。まぁその後すぐ深層決死行やらされるんですが(無慈悲

そしてリリが飲んだ神酒についてですが、確かに本物ですがケチった仲間たちによって水で何倍にも薄められたものを飲まされました。これが後に響きそうです。
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