ゴッド・オブ・ウォー《オラリオ》   作:スパルタ人

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皆様、高評価ありがとうございます!

今回はベル達ではなく、下界の人間から見たクレイトスといった感じです。


孤狼の憧憬

 

 それはある日のロキ・ファミリアの拠点、『黄昏の館』にて起きたことだった。

 

 

「ロキ・ファミリア以外でなら、どのファミリアに入ると思う?」

 

 

 団員の誰が最初に言い出したかは分からないが、そんな全ファミリアの主神を泣かすような話題は異常な伝達速度を以て――というか構成員ほぼ全員がその場にいたので――ファミリアの末端から幹部のメンバーにまで隅々に伝わっていった。

 その中で露出の多い褐色肌のアマゾネス姉妹の妹の方は、真っ先にいい笑顔でこう答える。

 

「はいはーーい! 私は『ゴブニュ・ファミリア』だと思うな!」

 

 するとすかさず姉の方から「アンタは武器を直す手間が省けるからでしょ」と突っ込まれ、図星だった妹はぶぅと頬を膨らませた。

 そしてそれを見ていたファミリアの古株の一人にして、オラリオで1、2を争う怪力持ちのドワーフはその老いた顔で豪快に笑った。

 

「ここじゃ無かったら、儂は『マグニ・ファミリア』にでも入っていたかのう」

 

「ガレス………お前まで………」

 

 仮にもここの幹部だろう、と老ドワーフのガレス・ランドロックを呆れたような目で見るのは、高貴な雰囲気を漂わせるオラリア最強の魔道士と呼ばれるハイエルフの女性だ。

 無論、彼女も彼と同じく、古くからロキ・ファミリアを支える幹部の一人である。

 

「ガハハハ! リヴェリア、そう目くじらを立てるな! お前こそ、ここが無かったら今ごろ『モージ・ファミリア』で団長にでも担ぎ上げられとるんじゃないか?」

 

「冗談でも言わないでくれ………! 心労と重圧が増えるだけだろう………!」

 

 ファミリア内でエルフの団員達から一心に尊敬と崇拝の念を向けられているリヴェリア・リヨス・アールヴは、辟易した顔で頭を振った。

 しかし彼女に続くようにして、近くで聞いていたファミリアの団員のエルフの一人が「私はリヴェリア様と一緒なら………」と呟いたのを皮切りに、様々なところから次々と意見が上がっていく。

 

 ここ『オラリオ』は天界から地上に降り立った神――『超越存在(デウスデア)』が最も多く住まう都市だけあって、ファミリアの数も種類も豊富であり、団員達が「もしも………」を想像するには事欠かなかった。

 

「俺は『ガネーシャ・ファミリア』かなぁ………」

 

「予想通りと言うか、言っちゃ悪いけど相変わらず意外性が無いわね、ラウル………」

 

 平凡そうな只人の男の呟きが隣で聞いていた猫人の女の耳に入り、辛辣な言葉を投げかけられた男は意気消沈する。

 

 こうしている内にも団員達は自身の想像を次々と口にしていき、中には都市外の『ニョルズ・ファミリア』や『アルテミス・ファミリア』の名を上げる者も出てきた。

 

 その他にも、「たらふく酒飲めるとこがいいなぁ」「ソーマ・ファミリアはなんかギスギスしてそう」「ディオニュソス神のところは?」「あそこの葡萄酒は美味かったんだけどなぁ……」や「ミアハ様のところは!? 優しいしイケメンだし!」「ああ、そういやアンタ、ダンジョン行く前にあの神からポーション貰ってたわね」「ミアハ神なら仕方がない」など。

 

 しかし、そうなってくると、この状況を黙っていられない者も出てくる。

 

 

「ちょっと待ってぇええええええ!? ホンマにウチが悪かったから、みんな辞めんといてぇぇぇええええええ!?」

 

 

「そう言われてもな………。博打でファミリアの財産を勝手に賭ける主神を知って誰が選ぶものか………」

 

 

 黙っていられない者―――正確には神だが、ロキ・ファミリアの主神ロキは、テーブルに項垂れて涙を流しながら懺悔していた。

 リヴェリアはその様子を冷めた目で静観していて、その絶対零度の視線は空気すらも凍りつかせそうだった。

 

 今でこそ和気藹々としているが、ロキ・ファミリアの団員達は、今日の夕方までほぼ総出で危険な迷宮を探索して、命からがら帰ってきたばかりだった。だが、一方でホームで呑気していたこの女神はあろうことか、鬼の居ぬ間に洗濯とファミリアの財産を担保にして危険なギャンブルに勤しんでいたのだ。

 

 当然、帰ってきた副団長のハイエルフに即バレたロキは既に彼女からきつーーい折檻を受けていたのだが、さらにバツとして団員の誰かが言い放った上記の話題について盛り上がる、子供好きな(かのじょ)にとっては拷問以外の何物でもない、自身の眷族達の議論を延々目の前で聞かされるハメになったのだ。

 

 しかしそんな目に会っても、天界にてトリックスターと呼ばれていた彼女は、懲りずに絶壁の胸をテーブルに押し付けながらブツブツ文句を嘯いていた。

 

「ちゃうもん………。ディアンケヒトとはほとんど負けてたってだけで………ちゃんと勝つ確率はあったから………」

 

「勝手にファミリアの財産を賭けた事が問題なのだ、大馬鹿者! いい加減にしないと、アイズもお前に愛想を尽かすぞ!」

 

 お気に入りの娘の名前を呼ばれて「アイズたんが!?」と音を立てて椅子から立ち上がるロキ。

 自身の義娘でもある少女の名前を出汁にした事に一抹の罪悪感をリヴェリアは覚えたが、これ以上団員達の前で醜態を晒して欲しくなかった副団長の苦肉の策だった。

 

「団長は? ここじゃ無かったらどこに入ってたと思う?」

 

「ンー、そうだな…………」

 

 ある団員の問い掛けに、唯一ファミリアの幹部の中でこの場にいながら議論に参加しなかった、ファミリアの団長を務める小人族の男は答えにくそうに唸った。

 

「私は団長にお供します!!」

 

「ハハハ。ありがとう、ティオネ」

 

 自身に想いを寄せるアマゾネス姉妹の姉の方の気炎に押され、団長のフィン・ディムナは困ったような曖昧な表情で笑う。

 

「アイズは!? どこに入ってたと思う!?」

 

「私は………………」

 

 姉が猛アタックをしている隣で、ゴブニュ・ファミリアなら速く格安で武器を作ってもらえるからと現金な理由で選んだヒュリテ姉妹の妹ティオナは、戦友である金髪金瞳の少女にずいっと詰め寄った。

 余談だが、その後ろではとある山吹色のエルフの少女が、憧れの人と尊敬を向ける同族との間で揺れ動きながらその会話に長い耳をそばだてていた。

 

「アイズたん!? アイズたんはどこの馬の骨とも分からんファミリアには嫁がんよなぁ!? ウチを貰ってくれるよなぁ!?」

 

 ロキも交じって、団長と少女の周囲が騒がしくなる。

 しかし、アイズ・ヴァレンシュタインという少女は、ダンジョンに潜って怪物(モンスター)を倒すことしか知らない。いや、正確には知らなかったと言うべきだが、そんな彼女はここ以外のファミリアの事はもちろん知らないし、何より育ての親のリヴェリアと大切な仲間たちがここにはいるので、ここ以外のファミリアと天秤に掛ける必要は無かった。

 

「僕は………やっぱり、ここ以外には考えられないかな」

 

「! 私も………私も、ロキ・ファミリア以外は考えられない」

 

 どう答えるべきか迷っているアイズをフィンが見かねたのだろう。

 フィンの後追いと言う形にはなったが、自己主張に乏しかった少女は、はっきりと自分の意見を述べた。

 

 すると、二人に抱きつこうとしてくるら一人と一柱が。

 

「だんちょぉぉぉぉぉう!! 私もですっ!!」

 

「アイズたぁぁぁぁぁん!! 愛しとるでぇぇぇっ!!」

 

「貴様ら、いい加減静かにしろぉっ!!」

 

 ハイエルフの雷が落ちる。無論、魔法ではなく精神的な意味でだが、その場ごと二人を震え上がらせるには十分だった。

 

 わいわい、がやがや、と大所帯のロキ・ファミリアのホームはいつものようにさらなる混沌と喧騒に包まれていく。

 

 

 

「………………フン、くっだらねぇ………」

 

 その様子を冷めた目で俯瞰していたのは、獣人の一種族、狼人の男、ベート・ローガだった。

 この場にいる冒険者の中でも上位に位置するベートだが、唯一彼だけはこの話題に参加していなかった。

 

「弱い奴がどこ行ったって弱いだけだろ。それに、このファミリアは都市最大派閥なんだぜ? ここ以外にどこ選ぶっつーーんだよ」

 

 狼人の言う通り、冒険者達が神から授かる『神の恩恵(ファルナ)』はどの神でも変わらないし、『ステイタス』の上昇具合も本人の努力次第でいくらでも変わるものだ。

 さらに言えば、ロキ・ファミリアはオラリオの中でも最強の実力を誇るファミリアであるため、高レベルの団員同士で切磋琢磨しあったり、難易度の高いクエストを受ける事で『経験値(エクセリア)』を積むことも可能であり、彼のような純粋に強さを求める者には『ロキ・ファミリア』は打って付けと言えよう。

 

(まぁ、だからそもそもベートの言う通り、このファミリアを本気で辞めようと思う奴はいないのだがな)

 

 リヴェリアが頭の隅でそんな事を考える。

 しかし、そんなベートの言葉が酌に触ったのか、ティオナがジト目でヤジを飛ばす。

 

「別にいーじゃん! 誰も本気でここを辞めたがらないの、ベートだって分かってる癖に! なんでそんな斜に構えた事ばっか言うかなーー!?」

 

「俺は間違った事言ってねーだろ。第一、もしもの事なんて考えるだけ無駄ってんだよ。馬鹿ゾネス」

 

「なんだとーー!? こんのバカベート!」

 

「まぁまあ、その位にしておこうよ、二人共」

 

 立場上、団長である小人族の男が二人の間に割って入る。アマゾネスの少女は渋々納得したように鞘を収め、狼人の青年も「ケッ」と舌打ちをして椅子に座り直した。

 

「ベートは無いのか? ここ以外に気になっとったファミリアは」

 

「おい、ガレス」

 

 せっかく収まったのに蒸し返すんじゃない、とリヴェリアはきつい視線をガレスに向けたが、悪びれた様子も無く「だが気になるじゃろう」と笑われる。

 

「ベートほど純粋に強さを求める奴はおらん。最終的にここを選んだだけで、他にも目星をつけていたファミリアがあったんじゃないか?」

 

「そんなまさかーー。ツンデレベートさんまで目移りされたら、ウチもう何を信じてええんか分からんくなるわーー」

 

 あり得ない、と主神はあっけらかんと笑う。

 

「………あぁ、あったぜ」

 

「あるんかぁぁぁぁぁぁい!?」

 

 ぶっきら棒にあると答えた狼人の青年。

 信じていた者に裏切られた驚きでロキは飛び上がり、金髪の少女やアマゾネスの少女等の他の団員たちも驚きで目を丸くしていた。

 するとロキはLV.5もかくやといった速度でベートに接近し、詰問する。

 

「どこやぁ!? どこのファミリアがうちのツンデレベートを誑かしたんやぁ!?」

 

「うるせえっ! 顔近づけんじゃねぇ! あとツンデレ言うんじゃねぇ、無乳!」

 

「誰が無乳やぁ!!? いや、それよりどこや!? まさかフレイヤのところか!? あの、万年発情期がぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ロキ・ファミリアと双璧をなす『フレイヤ・ファミリア』の名前を出すが、青年は「ちげーよ」と面倒くさそうに否定する。

 

「誰があんな女神んとこを………」

 

「確かベートは、以前は別のファミリアに入っとったはずじゃが………」

 

「あそこでもねー、フザケンナ」

 

 じゃあ、どこに?

 先ほどガレスが言ったように、団員達の中で最も強さにストイックと知られる彼が希望していたファミリアなど、オラリオでもそう多くはあるまいと誰もが思う。

 

「まさかオラリオの外のファミリアか?」

 

「でも、オラリオの外のファミリアって、総じてあんま大した事無い感じが………」

 

 オラリオの外のモンスターは、ダンジョンから産まれてくるのと比べて大した強さは無く、得られる『経験値』も低い。その為、外のファミリアはオラリオのファミリアと比べて弱い、と言うのがオラリアの冒険者達の共通認識だ。

 

 実際には、定住地を持たず狩りを生業とする『アルテミス・ファミリア』や、神カーリー率いる『テルスキュラ』等は高レベルの冒険者を数多く有しているらしいが、女所帯のそこに狼人の青年が入りたいと思うとは誰も考えられなかった。

 

「だが外のファミリアくらいしかあり得んじゃろう。ベート、一体どこのファミリアなんだ?」

 

「ゼウスとヘラんとこはとっくの昔に壊滅したし、目ぼしいところも殆ど無いで。お手上げや、教えてくれベート」

 

 老ドワーフと主神の言葉に、狼人の青年は「決まってんだろ」と戦士の獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「――――【戦神(せんじん)】クレイトス。あそこしかねぇだろ」

 

 

 

 

 クレイトス――それは誰もが知る、戦いの神の名。

 

 

 力を司る大神、【戦神】の異名を有す巌のような男神――全ての戦士の頂点にして、その全ての戦士達の憧憬。

 

 かつて、下界が怪物の危機に陥った際に、クレイトスが冷気の斧のたった一振りで大地を切り裂き、その余波だけで波濤の海を割り、大地と海を瞬く間に凍りつかせた――などという規格外な逸話を幾つも有する、最も古くにこの地上に降りた神の一柱である。

 

 今やその姿を直接見た者はエルフなど長命の者でさえ僅かだが、下界での神々の制約を受けながらも、『戦がある所にクレイトスあり』『クレイトスこそが戦争そのものである』と畏怖されるほど、その打ち立てた武功による伝説や逸話は各地に轟いていた。

 そして、それらはオラリアの冒険者だけでなく、全ての戦士達の胸を当然ながら熱くさせた。

 なかには国ぐるみでクレイトスを信奉する国家まであるほど、と聞けば、かの神の威光と後世への影響力の計り知れなさが理解できるだろう。

 

 

 そんなこの場にいる誰もが知る規格外の存在の名を青年の口から聞かされ、さっきまで色めきだっていたロキを含めた団員達は、驚きの余り一瞬言葉を失ってしまっていた。

 

「――――クレイトス・ファミリア………って、あのラキア王国の事ですか?」

 

「あんな軟弱者どもの集まりじゃねぇよ。俺はクレイトス神が作るファミリアに入りたかったんだよ」

 

「ラキアはまぁ、勝手にクレイトスを信奉しとるだけだからなぁ」

 

 沈黙を破った山吹色のエルフの言葉に対して、狼人の青年は忌々しげに吐き捨てた。

 そして老ドワーフは蓄えた髭を触りながらオラリアの隣国の事情を話し、次に合点がいったような笑顔をつくった。

 

「だがわかるぞ、ベート! 【戦神】クレイトス、紛うことなき戦いと力に秀でた神! その神が作ったファミリアならば間違い無く、そこには強者のみが集い、いかな難題や困難にも立ち向かう最強のファミリアであっただろうな!」

 

 やけに熱が入ったように弁舌をかます老ドワーフ。彼も年季が入ったとはいえ、圧倒的な強さと力に対する憧憬を捨てきれないでいるのだろう。

 

「まぁガレスもあれで、クレイトス神の長年のファンだからな………」

 

「派閥以外に神様にファンとかあるんですか………初めて知りました」

 

 ハイエルフの小声の注釈に納得したように山吹色のエルフは答えた。

 すると狼人と老ドワーフ達が発したクレイトスの名前に反応した、他の団員たちも口々に話し出す。

 

「それより、クレイトス・ファミリアなんて聞いたことある?」

 

「いや、クレイトス神がどこにいるのかも聞いたこと無いしなぁ………」

 

「じゃあファミリアに入ることもできねぇじゃねぇか。でも、もしあったら、俺もどうかなぁ………」

 

 

「………だ、そうだが、ベート? クレイトス・ファミリアは存在すらしてないんだぞ? そもそもとっくの昔に、クレイトス神が地上から消えていてもおかしくない」

 

 神の名前一つで色めき出す団員を傍目に、リヴェリアが怪訝な、というより呆れた表情をして聞く。長命な彼女も、クレイトスの姿や逸話はエルフの中でも最長命の者からの伝聞でしか聴いていなかったからだ。

 だが、狼人の青年は神妙な顔をして頭を振る。

 

「ちげぇ、クレイトス神は、まだこの地上のどこかにいる」

 

「どうして分かるんだ………」

 

 どうしてもベートの話を疑ってかかり、思わず呆れたような顔をしてしまうリヴェリア。

 それほどまでに、クレイトスという神は、伝聞以外にはその一切の痕跡も残していなかったのだ。

 だが、続く狼人の言葉に、リヴェリアは驚愕することになる。

 

「10年前、俺が『竜の谷』から里に降りてきたモンスターに襲われて殺されかけたところを、クレイトス神に命を救われたことがある」

 

「なっ!?」

 

 狼人の発した言葉に、ハイエルフや老ドワーフだけでは無く、その会話を聞いていた団員全員が絶句しその目を見開いた。

 

 とうの昔に消えたと思われていた戦神クレイトスが、今も地上にいるだと?

 しかも、あのプライドの高く、ファミリア内で弱肉強食を掲げているベート・ローガが、そのクレイトス神に『救われた』だと?

 

「どういうことだ、ベート!? あのクレイトス神に『救われた』だと!?」

 

 リヴァリアとて伊達に長年生きてきた訳では無い。

 クレイトスに纏わる逸話や物語は数え切れないほどあっても、実際にその目で見たという話は数える程度だ。さらに言えばエルフのような長命種からすれば、たった10年前という直近の目撃情報は聞いた事が無かったため、珍しく冷静さを忘れたリヴェリアはベートに詰め寄った。

 

 慌ただしくなる団員達に反するように、ベートは落ち着いた声色で言葉を紡ぎ出した。

 情けねぇことだがな、と過去の恥辱を吐き捨て、さらに彼は続ける。

 

「俺は、父親も家族も、部族の全員もそいつに殺されるのをビビりながら待つしか無かった。立ち向かおうとした仲間もいたが、そいつの腹を満たすかその脚で虫みたいに踏み潰されるかのどっちかだった」

 

 狼人は思いを馳せる。

 平原の覇者を気取っていたはずの自分達が、弱々しく惨めに家の隅で震えていたあの醜態を。自分よりも圧倒的強者が現れた途端、呆気なく弱者へと転落した部族と、幼かったあの時の自分に。

 恐らくあの経験から、ベートは弱者を徹底的に嫌い、自分の強さに対しても凄まじくシビアになったのだろう。

 あれから成長した狼人は、改めて過去の自分への怒りに震える。今となって思い返せば、この手で殺したいくらいに自分は弱かったと。

 部族では同年代の中では飛び抜けて強く、部族の戦士にも負けなかったはずが、たった一匹の竜にその全てが覆されてしまったのだから。

 

 同じ弱肉強食を掲げた大勢の戦士達が部族の為に大顎と爪の前に無為に散っていくのを、幼い頃のベートは家の中で震えながら見ている事しかできなかった。

 やがて、ついに全ての戦士が力尽き、ベートは自分の番がやってきたと絶望し――――。

 

 

「あァ、その時だった―――」

 

 

 ――――戦いの神(ゴッド・オブ・ウォー)が、幼き頃の狼人の眼前に現れたのは。

 

 

「圧倒的、だった………」

 

 短く端的だが、狼人が幼かった過去の光景を思い返す時の憧憬の表情が、その全てを物語っていた。青年もまた、幼き頃から部族間に伝わるクレイトスの伝説を耳にしていたから。

 しかし、ただ漠然としていた表象(イメージ)が、完全な憧憬(しょうけい)として形となったその瞬間の事を、彼は今も鮮明に覚えていた。

 

 

 竜の前へと現れた戦いの神は、手に持ったその『冷氷の斧』の一振り――どころか、圧倒的な膂力によるその投擲でぶつけただけで、父を含めた部族の戦士達を殺戮した怪物を、木に止まる鳥を仕留めるが如く容易く地に叩き墜とした。

 

 

 その後も地上に墜ちても竜はしばらく藻掻いたが、唯一の利点であった空ですら歯牙にもかけられなかったのに、どうしてあの戦神に地上で敵おうか。

 

 

 やがて、翼を折られ爪と鱗を骨ごと砕かれた竜は、力尽きたところを冷氷の斧によって首を両断され、大勢の部族の仲間を喰らった屍をその大地に晒された。

 

 

 まるで神話の如き戦いにも関わらず、クレイトスは鱗一枚で何十枚の金貨にも届きそうな竜の屍を一瞥しただけで、毅然とした顔で狼人の集落を立ち去っていった。

 

 

「す、すごい……」

 

 ベートの話に聞き入っていた団員たちは、唾を飲み込んだ。

 話し終える頃には、その場にいたか全ての団員と主神が耳を傾けており、狼人が全てを話し終えたフロアにはしばらく静寂が支配していた。

 

 ベートとて、普段はこんなにもお喋りではない。団員との距離は必要以上にとっているし、自身の情けない身の上話など以ての外である。

 しかし、それでも口走ってしまう。情けなくともみっともなくとも、あの時の光景は彼にとって、紛れもない原点(オリジン)であった。

 

 当事者であった狼人の青年は未だに、何故あの場にクレイトスが現れたのか分からなかった。きっと、それは出来すぎた偶然なのだろう。だが、物陰で震えて死を待つだけだった当時の少年にとって、その圧倒的な後ろ姿は些か刺激が強すぎたのだった。

 

 以来、狼人の青年はクレイトスの背中を追うようになった。伝説の戦神に自分が追いつけるとは思ってもいないが、それでもあの『強さ』を彼はその『脚』で追いかけずにはいられなかった。

 ――そして叶うなら、あの巌のような男神の隣に立ちたいと。

 ファミリアが存在しない事に少なくない落胆を覚えこそすれ、その気持ちは今も変わっていなかった。

 

 

「……それが、ベートがオラリオで冒険者を目指した理由?」

 

「あの惨めだった自分を許せなかったってのもあるがな。まぁ、ちゃんとリベンジは果たしたぜぇ?」

 

 アマゾネス姉妹の妹の言葉に対して、好戦的な笑みを浮かべて答える青年。あの後オラリオで飛躍的に強くなった彼は、前のファミリアに所属していた際に、再び故郷でリポップした竜の怪物に見事リベンジを果たしていた。

 しかし、それよりもやはり団員達の興味が移るのは、件の戦神クレイトスが今も下界にいるという事であった。

 

「ベートさんの話が本当なら、これ、凄いことなんじゃないか!?」

 

「しかし、まさかクレイトス神がまだ地上に留まっているとはな……」

 

「でも、ただ単に通りすがりの強い人だったって可能性は無いわけ?」

 

 色めきだつ団員達を横目に、ヒュリテ姉妹の姉のティオネが怪訝そうに言うが、それをクレイトスファンであるガレスが鼻息荒く否定する。

 

「神と人を見間違う訳が無かろう。それに冷氷を纏った斧じゃぞ? そんな業物、クレイトスのあの冷海の覇王(リヴァイアサン)の他に何がある?」

 

 冷海の覇王(リヴァイアサン)、波濤の海を凍てつかせたとされる、『戦そのもの』であるクレイトスが天界から持ち込んだ伝説の戦斧。

 カテゴリーとしては魔剣に当たるが、使用回数制限のある下界で打たれた魔剣と違い、幾多の戦地を越えても決して壊れないその『天界産』の武具は、この世の鍛冶師達が目指す最終到達点として崇められている。

 さらにその名にあやかってか、三大冒険者依頼の中の怪物の一体である海を統べる怪物にも、この戦斧と同様の名前がつけられていた。

 

「それにクレイトスは戦いの神! 『戦がある所にクレイトスあり』だわい! 儂が生きている内にも、この目で見てみたいのぉ。あわよくば、ワシと手合わせでも……」

 

 遠い憧憬の目で語る老ドワーフ。

 そして「もっと詳しく聞かせろベート!」と詰め寄り、ウゼェと答えるがベートは否応なく喧騒に呑まれていく。

 

 しかし、同じ年長者のリヴェリアが気になったのは、もっと別の所であった。

 

「だがそうなると何故、クレイトス神はずっと地上に留まり続けているんだ。神々が降臨してからもう一千年も経っているんだぞ。ファミリアを作っているという噂も、ベートの集落の時のように積極的に怪物を狩っているという話も聞いたことが無いのに」

 

 クレイトスは古くから、それこそ最初に地上に降り立った神の一柱と伝えられているほどの古い神である。

 その後、クレイトスが天界に還ったという記録は無いが、意味もなく下界にいるとも思えないし、ベートの集落の一件を鑑みると、隠遁生活と言うには些か目立ちすぎているように思える。

 

「まぁ、クレイトスは戦の神じゃからなぁ。退屈な天界の仕事に嫌気がさしたのではないか?」

 

 本当に尊敬しているのか疑わしい考察を述べる老ドワーフは、続けて「なぁ、ロキよ、クレイトスは天界で何をしていたんじゃ?」と、クレイトスの話題になってから一言も喋らない自らの主神に声をかける。

 

「………ん? んーー、そうやなぁ。よう分からんわぁ」

 

 狼人の口からクレイトスの名が飛び出てから、普段の彼女には似つかわしくない浮かない表情だった。

 

「? ロキ……?」

 

 山吹色のエルフのレフィーヤ・ウィリディスは、そのらしくない態度に首を傾げる。

 ロキはクレイトスが話に出てから明らかに気まずそうで、何というか自分の目の前で親の話をされているようだったからだ。

 

「まぁ、仮にあの男――クレイトスが地上におったとしても、ファミリアなんか立ち上げられへんで。あの強面で無口で不器用でその上に脳筋ていう、絶対仲間とか作れそうにないタイプやし」

 

「じゃー、今ごろ何してんだろうね? クレイトス神は。ずっと独りぼっちなのかな?」

 

 戦いを求めるアマゾネスだからか、本能的にティオナはクレイトスに興味津々だった。

 ロキは頭の後ろに手を組んで椅子にもたれ掛かり、天井を見上げた姿勢で応えた。

 

「さぁなー。あいつが神の恩恵なんて授けるところ想像もできへんけど―――もしあいつに眷族(こども)がおるのなら、ウチも一目でええから見てみたいなぁ」

 

 レフィーヤの眼には、その時のロキの顔はどこか遠くを見つめていて――そして、寂しそうにも見えていた

 

 




意味深ぽくなりましたが、ロキとクレイトスに関しては次話で分かります。
ベートさんはツンデレベートさんのままですね。
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