ゴッド・オブ・ウォー《オラリオ》   作:スパルタ人

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皆様、高評価、感想、お気に入り、ありがとうございます!

ロキとクレイトスの天界時代のお話です。
文量的にも時間的にも長くなってすみません。
天界については独自設定、独自解釈が多めとなってますので悪しからず。

12/03 冒頭部分に抜けたところがあったので修正しました。『〜〜天界からの特別な神だった』の後です。
12/10 ダンまちでのオリュンポスは天神峰(オリンポス)であった事に気づき、修正


朱神と戦神

「どっ、こいしょーーーー」

 

『黄昏の館』の最上階にある一室。

 蝋燭の明かりだけが光源の薄暗い部屋なかで、ロキは疲れたようにベッドの上に身を投げた。

 

「リヴェリアも容赦ないなぁ。どさくさ紛れに逃げられると思ったのにーーー………」

 

 ロキの身体の疲れは、逃げようとしたところを目敏くハイエルフに捕まってしまい、そのまま正座で説教を受けた事からだ。

 一時間かけてようやく解放され、その頃にはロキは精神的にも肉体的にもヘトヘトであった。

 今もあの場所では、件の戦神(いくさがみ)について団員たちが熱く議論をしているのだろう。

 

「【()()】クレイトスかぁ………」

 

 自分の眷族(こども)達が自分以外の神について熱く語っているところを見るのは、普段なら堪えるところだか、あの神について熱く語られると事情が違ってくる。

 あれが敵対派閥(フレイヤ・ファミリア)なら烈火の如くキレる自信はあるものの、ロキにとって【戦神】と呼ばれるクレイトスは天界からの特別な神だった。

 

「あの子らには悪気ないし、やっとることからして当然なんやろうけどなぁ」

 

『戦がある所にクレイトスあり』

『クレイトスこそが戦争そのものである』

 ――クレイトスを【戦神】として憧れる眷族達に対する、喉の奥に骨が詰まったような感覚のせいで、ロキは疲れているにも関わらず寝付けなくなった。

 

 そして、蝋燭が燃え尽きて、光源を失い暗くなった天井を見つめながら、ロキは天界時代を思い出す。

 

 

 Ω

 

 

 あれはまだロキが無名の神で、天界のトリックスターと呼ばれる遥か以前の事だった。

 

 その頃の天界は下界が『神時代』に入ってからと比べて遥かに混沌としており、悪神が蔓延るせいで争いが絶えないだけではなく、怪物に殺されて下界から上ってきた多数の魂に神々は対応を追われていた。

 

 そんな中、ロキは自身のいる神域で、下界の魂を囚えて駒とする悪神同士が近々大規模な戦争を起こすという事を聞きつけた。

 当時、無名の神として燻っていたロキは、そこで知略を持って悪神同士を潰し合わせて魂を解放すれば、この神域の主神(オーディン)の目に留まり、無名の神から脱する事ができるかもしれないと考え、長くいた地を離れた。

 

 今思い返してみても無謀無茶な、死地に赴くためだけの旅。これで『策謀の神』とは笑わせる、とロキは改めて昔の自分の行動を恥じる。

 

 ロキがあの男神に出会ったのは、その道中の事だ。

 

 

「なんやオッサン、こないなとこで迷子かいな?」

 

「………そんなところだ」

 

 最初に声をかけたのはロキの方だった。

 その男神はいかにも戦人(いくさびと)や狩人といった厳つい風貌で、小柄な自分と比べるとさらにその巨躯が際立った。

 服装からしてもここらでは見かけない神だったため、山の麓の道を彷徨っていた所に出くわし思わず声をかけてしまったのだ。

 男は鈍重な声色で、目を訝しげに細めながら次の言葉を放った。

 

「お前は、神か?」

 

 それを聞いて、ロキは現在を含めた自分の神生の中でも最も呆れた顔になった事だろう。

 

「はぁ? あったり前やろ。ここは天界やぞ?」

 

 この男神は酒でも飲んでいるのか。

 今度はロキが訝しむような顔になる。

 男神は「神? 天界……? まさか……」と表情にこそ現れないものの、困惑しているようだった。

 

「まぁ、酔っとるんならええわ。オッサン連れとかおるんか?」

 

「………首がひとつ……いや、一人いる。だがはぐれてしまった」

 

「おうおう、ホンマに迷子やんけ……。んー、どうしょっかなー」

 

 正直言って、ロキも急いでいる。見かねて声を掛けたものの、戦争が始まるまで後、数日とないと噂で聞いている。

 しかし、この時はまだ天界に名だたる『悪神』となりきれてなかった彼女は、目の前の男神をこのまま見過ごすのも躊躇した。

 

「お前は、何者だ?」

 

「あ、そう言えば名前も言ってなかったな」

 

 どうすればいいか迷っていると、男神の方から話しかけてきた。

 最終的に目的地に向かいながら彼の連れ人を探せば良いと心の中で結論づけつつ、ロキは自身の名を口にする。

 

「ウチの名前は『ロキ』や。一応女神やで、よろしゅうな」

 

「…………………………………冗談だろう」

 

 今度こそ男神の顔色がはっきりと変わった。

 目を限界までぐわっと見開き、ロキの顔を凝視する。

 

「……もっかい言っとくけど、これでも女神やからな、ウチは」

 

「女なのか………」

 

「オ・ン・ナや!! 悪いか!? オッサン!?」

 

 女神らしくない風貌と平たい胸から男神だと勘違いされていると思ったロキは、自身が女神であることを改めて強調すると、男神は信じられないといった風な唸り声を漏らした。

 その反応にロキはブチギレそうになる。

 

「……私は『クレイトス』だ」

 

「クレイトス? 聞いたことないなぁ。ゼウスとかヘルメスとかと同郷のモンか?」

 

 ロキは男神の名前から、自分のいる北の神域から少し離れた、『天神峰(オリンポス)』という神々ひしめく広大な神域の神ではないかと推測する。

 

「…………その者たちも、神なのか?」

 

「そうに決まっとるやろ。さっきから下界の人間みたいな事ばっか言うな、ジブン」

 

 大神とその従神と呼ばれる二人の神の名を聞いたクレイトスは眉間に深いシワを寄せ、その反応からこの男神が訳ありなのだとロキは直感する。

 

「なんや事情があるんか知らんけど……ウチでよければ近くの神殿まで連れてったるで?」

 

「感謝する。しかし、友人も見つけなければならない」

 

「それやったら行きながら探したらええ。そいつも同じとこでじっとしてへんやろうしな」

 

「…………そうだな。もしかすれば、誰かが『拾っている』やも知れん」

 

 事情を聞くと、男神とその友人は異郷から来たらしく、彼の友人は一人では動く事ができないらしい。ここで友人とはぐれてから周囲一帯を探しては見たものの見つからず、こうして道を彷徨っていたとのこと。

 厳つい見た目にとても愛想がいいとは言えないこの男神に、友人がいることが驚きだが。

 

「先は失礼した」

 

「ええで。ウチももう慣れとるし」

 

 ひとまずクレイトスと道を共にすることに決めたロキは、さっそく近場にある神殿へと向かう事にした。

 

「そうか……。お前も、そこを目指しているのか?」

 

「いや、ウチはもうちょい先のところや」

 

 ロキは近々、この近辺の領地で悪神同士の戦争が起きると噂されていて、自分もその戦に参加しようとしている事を話した。

 すると、クレイトスは露骨に顔を顰めた。

 

「余所者が戦に参戦すべきではない。特に神々の争いは厄介だ。殺し合えば、大きな代償を払うことになる」

 

「まぁ、それは言う通りやな。今も他の神が勝手に殺し合ってるくらいやし」

 

 どちらかの神が死ねば、その神が持っていた神域の領地、財宝、奴隷の魂などは全て勝った神の物となるのが通常だ。

 しかし、その中でも僅かなおこぼれを預かろうと、ハイエナの如くたかって関係のないところで殺し合う愚かな神々もいる。戦の中で策謀に巻き込まれて命を落とすなどしょっちゅうだ。

 クレイトスの言う通り、ただでさえ甚大な被害を生む神々の戦争に、余所者が介入するメリットは無いだろう。

 

「失うもんのほうが大きいのに、アホな奴らやで。ま、ウチも人のことは言えんけどな」

 

「分かっているのなら、何故………」

 

 出会ったばかりだというのに、クレイトスは何故か頑なだった。

 武器を持っている事や格好からしても戦神のようだが、まさか戦を司る神が戦いを厭うはずがない、とロキは思い直した。

 

「んーーーー。………なんていうか、ウチ、無名神やねん」

 

 自然と、ポツポツとロキは隣を歩く男神に話し始める。

 今まで一人でいた時間の方が長かったからか、少しの間だけでも旅の仲間が出来た事で嬉しくなり、口が滑ってしまった。

 

「天界で生まれた時から、他の(やつ)らみたいな強大な神力も無いし、知恵が得意な神なんて腐る程おるからな。それにこの見た目じゃ、女神として崇められそうにも無いやろ? ここの主神が言うには、一定の割合でそういう『無名神』が出てくるらしいんよ」

 

 そう言った神は当然ながら立場は低く、同じ権能を司るより強力な神が消滅して死んだ際の、代替わりとしての役割しかない。

 かつての戦神(テュール)が、雷神(トール)に成り代わられて大神から無名になった後、結局旅の神となったような例外もあるが。

 ロキも他の無名神の例に漏れず、代替わりを待った。だが、頻発する神々の争いの中では、その空いた神の『名前』は争いで勝った神にそのまま与えられるのがほとんどだった。

 

「他の神の従神になれば、その後塵を拝して『名前』を得られるかも知れへん。けど、ウチはそんなん嫌や。自分の力で、自分が何者かを証明してやりたいねん」

 

「………そのために命を危険に晒すのか? 得られるものは無ければ、失うものの方が大きいやも知れぬのに」

 

 自分の力で、自分が何者なのかを証明したいロキ。

 クレイトスの言っている事は最もだ。ロキ自身も恐らく死ぬ可能性の方が高いと踏んでいる。

 

「……オッサンみたいな神々はきっと、自分が何をしたらええんか『答え』が分かっとんやろうな」

 

 男神が何の神かは分からないが、その瞳には迷いや心の闇と言ったものはない。

 あれは自分には無いものだ。羨ましく思いつつ、ロキは一拍おいて息を吸う。

 

「ウチはその『答え』を、『名前』を見つけたいんやない、自分で作り出したいんや」

 

 見つける必要は無い。そもそも、元から無いからだ。

 出来る事はただ、自分で命がけでも証明するのみ。

 それができなければ、自分の命にはきっと価値は無いとロキは考えていた。

 

「正義のために戦うとか高尚なもんやない。けど、何もせず卑屈なまま、天界で永遠に時間を過ごして腐っていきたくないんや」

 

「ウチにもフレイヤ見たいな豊作の知識とか、トールのアホ見たいな分かりやすい力とかあったらええんやけどな〜〜」といきなりおどけつつ、隣を歩くクレイトスを横目で見る。

 

 男神の表情は相変わらず読み取れない。

 同情しているのか呆れているのか、皺の刻まれた彫りの深い顔つきからは、その内心は決して悟らせない。

 だが、それがロキにとってはむしろ有り難かった。

 何も言わず自分の隣を歩いてくれる、仲間ができたようだったからだ。

 

「…………その神たちは、悪神か?」

 

「は?」

 

 しばらくお互い無言で歩いていると。やはり隣からの威圧感と沈黙に耐えきれ無くなったロキが再びおどけようとしたところで、クレイトスが口を開く。

 余りに唐突に喋り出したせいで、ロキは呆気に取られた。

 

 しかし、男神はそんなロキを気にも止めず、「下界の魂を囚え、いたずらに被害を撒き散らす、悪神なのかと聞いている」と手を後ろに回しながら言葉を続ける。

 

「ならば、お前と共に征こう」

 

 立ち止まり、背中に背負っていた斧を目の前に掲げながら、クレイトスはロキをじっと目つめた。

 ロキは最初、クレイトスが何を言っているのか分からなかった。

 そして数瞬の後、彼のその言葉の意味と目の前に掲げられた斧の意味を知り、驚愕する。

 

「な、なんでや!? て言うかオッサン、戦神やったんか!?」

 

「……以前はな」と答えるクレイトスの顔は重々しい。

 

「拾って貰ったその礼だ。戦に巻き込まれるのは望まんが、このままお前を死地に赴かせるのも憚られる」

 

 して、答えは?

 クレイトスはじっとロキが答えるのを待った。

 ロキは、驚愕から一気に破顔した。

 

「あったりまえや! 下界の人間らの魂を兵隊にした挙げ句に周りを巻き込んで戦しようとする、どえらい悪い神やで!!」

 

「………言っておくが、本当に介入すべきかは私がその場所で見定める。お前は戦の何も知らんだろうから、まずは私の言うことに従え」

 

 失望したようにため息をつくクレイトスに、再び「なんでや!?」とロキは愕然とする。しかしこのまま突撃しても自分が死ぬ確率の方が高いのは事実だ。

 力量は不明だが、本当に戦神らしきこの男神が協力してくれるのなら、彼が居るだけで生存率は格段に上がる。何故か戦自体に参戦したくは無さそうであるが。

 

「二つの神の間を立ち回ってお互いに潰し合わせ、囚われている魂を解放する………。本当にこの策で上手く行くのか?」

 

「だ〜〜いじょ〜〜ぶや、ウチに任せい! 口は回る方やから!」

 

「………………………」

 

 余りにも雑すぎるロキの戦略を聞いて再びため息をつくと、クレイトスは無言でロキの先を行った。

 道なりに行けば神殿に着くので、置いていかれると思ったロキは慌てて追い縋る。

 何せ体格差も相まって、ロキの歩幅に合わせてくれていたさっきと違って、先を進まれると並んで歩くのにも苦労するからだ。

 

 ロキは歩くのに必死になりながら、内心では共に旅をしてくれる仲間が増えた事に大喜びした。

 旅好きが高じ、少ない信者と共に旅の神となって出奔したテュールが感じていたのは、こんな感情だったのかと。

 無名神として常に感じていた孤独が解消された気がして、ロキは思わず浮足立つ。

 

 ふと上を向くと、老けた男神の顔が見えた。

 髭で覆われた彼の表情は、背の低いロキには見えなかった。

 

 Ω

 

 ―――数日後、神々の予想通り、神域の領地内で悪神同士の戦争が勃発した。

 戦局は二神の領地を超えて神域をも巻き込み、混乱が数百年先は続くと思われた。

 が、実際に起きてみると戦局は領地内に収まり、二神はそれぞれ幽閉され、戦争は数日で終結してしまう結果となった。

 悪神に囚えられた数多くの魂は無事に解放され、浄化を行った順に下界へと還される運びだ。

 

 戦の裏では、朱色の神と巌のような戦神が動いていたと噂されているが、真相は闇の中である。

 

 

 Ω

 

 

 あの戦争の中から、ロキはクレイトスから数多くの事を学んだ。戦での立ち回り方と相手の戦略や戦術から意図を読み取る術など、戦神故か彼は多くの事を知っていた。

 同じ戦神のトールと比較して思わず、「オッサンただの脳筋かと思っとたわー。ゴメンなー」と言ってしまった時は、蛇に睨まれた蛙のように縮こまったりもした。

 ロキも口をフル稼働させ、とにかく二つの勢力から情報を集めまくった。

 魔獣や刺客に襲われるなどのどうにもならない時はクレイトスを頼り、そのトールにも全く劣らない腕前のお陰で幾度も危機を乗り越えられた。

 

 結果、戦争の被害は最小限に抑えられ、下界の魂は無事に解放された。

 最初の戦では思うような『名前』を得れなかったものの、ロキはその結果に満足していた。

 

 しかしクレイトスの言う通り、神々との戦には代償がつきものだった。

 この戦で利を得ようとしたハイエナ神からの怨嗟や他の悪神からやっかまれた事で、刺客を放たれ命を狙われる事もあった。

 クレイトスは何故か戦が終わったその後もロキと行動を共にし、彼がその全てを跳ね除けてくれた事で助かったが、その時のクレイトスの顔はそれは恐ろしいものだった。

 

 

 命の危機に晒されようとも、クレイトスとの旅は愉しいものだった。もとより、ロキは自身の命にさほど執着していなかったのもあるが、孤独だった故に産まれて初めての仲間と旅をするのは新鮮だった。

 さらに、クレイトスは意外と豊富な知識と経験を持っていて、彼はロキに自分の持てる全てを教えようとした。

 

「知識を得ようとしろ。知略を用いる神ならば、私の持つ知識を全て吸収しきってみせろ」

 

 クレイトスも世話焼きなところがあるようで、しょっちゅうロキに小言を言ってきた。それで喧嘩したりもしたものだ。

 

 

 旅の途中、ある戦で神の下で参謀をやっていた、『ミーミル』という逸れていたクレイトスの仲間であるお喋りな男が加わると、旅は一気に騒がしくなった。

 女っぽくない自分の容姿を弄ってきたり、セクハラじみた発言をするミーミルだったが、『知の巨人』と自称するに相応しい知識量を有しており、彼からも多くの事をロキは学んだ。

 

「あの戦嫌いのクレイトスが悪神相手とはいえ進んで戦に関わろうとするとはな。運命というのは、奇妙なもんじゃの」

 

 常に訳知り顔で話す癖に、生首で肺や喉も無いのにどうやって喋っているのかは気になったが。

 

 

 そして時折、クレイトスは自分の子供の話をロキにしてきた。

 結婚していた事にも驚きだが、彼が『カリオペ』と『アトレウス』という娘と息子の話をする時の顔は、荒々しい戦神とかけ離れたとても穏やかなものだった。

 その表情から彼がどれだけその子供たちを愛していたのか読み取れるが、何故彼らと別れたのかについては頑なに話さなかった。

 それが何となく、何故かズルく感じてしまえた。

 

 

 やがて、ロキがやっと今の称号である『策謀の神(トリックスター)』と呼ばれ始めた頃。ロキが内心でこっそり、クレイトスを下界で『  』を意味するワードで呼び始めていた時期だ。

 

 ある日の朝、寝泊まりに使っていた小屋で、クレイトスはロキにこう言った。

 

「オリンポスに向かおうと考えている」

 

 片手にミーミルを吊り下げながら、事も無げに行き先を告げる。向かうのは、ここから遥か離れた別の神域だ。そこでは単なる『悪神』だけではなく、純粋な悪である『邪神』が蔓延っているという。

 頷いて支度をしようとすると、クレイトスはロキの手を止めた。

 

「―――行くのは、私とミーミルだけだ」

 

 その一言で、彼が何を言おうとしているのか分かった。

 そして悟る。自分のひとり立ちの時が来たのだと。

 

「お前にはもう、私たちは必要ないだろう。私が教えられる事は全て教えた」

 

「悪知恵ばかり好んで身につけるものじゃから、苦労したがのう」

 

 クレイトスとミーミルも、自分の成長を喜んでいるようだった。

 ロキ自身も、生まれてから不変のはずの超越存在(デウスデア)である自分が、無名の神から『策謀の神』と呼ばれるまでなった事は異例であると自覚している。

 既に主神を含めて何柱もの神が自分に興味を持ち、近々くる大きな戦に備えて勧誘の準備をしていることも見透かしている。

 

 しかし、クレイトスは何故かこのタイミングで、ロキと別行動を取ることを提案してきた。

 しかもよりにもよって行き先は、あの大神(ゼウス)が主神を務める神域である。

 

「お前も分かっているだろうが、数日前、いや、もっと以前から付け狙われている。恐らく伝令神(ヘルメス)だろう」

 

「もしくはその狗じゃろうな」とミーミルはクレイトスに同調する。

 その名を聞いたロキは、苦虫を噛み潰した顔になった。自分と同じ策謀を得意とする神であると同時に、神域を問わず各地を飛び回ってあらゆる情報を集めまくれるほどの健脚を持つ多能神(マルチタレント)

 ゼウスの小間使いと陰で呼ばれるヘルメスだが、名を上げたばかりのロキとの差は比べるまでもなかった。

 

「十中八九、面倒事じゃ。前の神のところで参謀をやっとった時も、奴の名前と悪評は嫌というほど聞いたわい」

 

「ゼウスの命でオリンポスにいる『邪神』退治の依頼をしにきたのだろう。前の戦で私が暴れ回っていたのが目についてしまったのかも知れん」

 

 だったら尚更自分も、と二人についていこうとしたが、やはりクレイトスに制止される。

 

「お前には『策謀の神』としてここでやらればならぬ事がある。それらをすべて投げ捨てる気か?」

 

 それを言われると、ロキは何も言い返せなくなった。

 ロキにとって願ってもない『名前』、それがようやく手に入った今、主神達の勧誘を蹴ってこの神域から離れるのは、これまでの努力を全て無に帰すのに等しいだろう。

 

 何より次の戦は少々大事になりそうなのだ。戦が始まればその被害を神域内で抑えるため、主神の魔術でこの神域に容易に出入りする事は出来なくなる。

 戦が拡大して神域内でも制御出来なくなれば、天界全体に重大な混乱と悪影響を及ぼしてしまうだろう。

 

 それを嫌というほど分かっていたため、渋々とロキは了承する。

 小さく頷いて短い身支度を済ませると、クレイトスは壁に立てかけてあった戦斧と双剣を手に取った。

 

 寂しさに埋め尽くされた心を隠しながら、ロキは大人しくクレイトスを見送る。

 小屋から出ていく寸前、開け放たれた扉の前でクレイトスは、ロキの方を振り返った。

 

 

「―――さらばだ、ロキ。また、会おう」

 

 

 そう言って、男神は知巨人を伴って去っていった。

 ロキがクレイトスから聞いた、最後の言葉だった。

 

 

 Ω

 

 

「……………寝てもうてたか」

 

 ロキが目を覚ますと、閉じた窓の隙間から陽光が漏れ出ていた。

 昨日は久しぶりに懐かしい名前を聞いたせいで変な夢を見てしまった。夢見が悪いとこんなにも身体が重くなるのかと驚きながら、ロキはベッドから身を起こした。

 

 ―――あの後、ロキは主神お抱えの参謀となり、戦を終結に導いて名実共に『策謀の神』となった。

 ミーミルからの入れ知恵のせいでえげつない手を使う事から、他の神々から『奴こそが悪神だ』とか謂れのない中傷を受けたりしたが、甚だ遺憾であるとロキは常々思っていた。

 

 他方、ロキと別れたクレイトスとミーミルはオリンポスで邪神退治に勤しんでいたと聞く。

 その功績から【戦神】として【十二神】に選ばれたというところまで聞いた事はあるが、次の一報で『故意に混乱を起こした罪で、神々の審判により下界に追放』と聞かされた時は、怒りや心配よりも先に「いやお前ら死ぬだろ」と思った。

 

 その後、忙殺される主神を置いてすぐさま『神の鏡』で下界を覗くも、所謂『英雄時代』が始まりさらなる混沌を極めた下界の中で、クレイトス一人を見つけるのは困難だった。

 やがて、下界では『神時代』が始まり、神々が次々と下界に降りていく中で、前の戦でこき使われた腹いせで主神に全部の仕事を押し付けたロキはとっとと下界に降りると、自分の足でクレイトス達を探し始めた。

 

 その広大な下界を虱潰しに探していく過程で辺境の村で出会ったのが、現在のロキ・ファミリアの団長、小人族のフィン・ディムナである。

 

 フィンとはお互いに世界の中心たる『迷宮都市オラリオ』に向かうという事で一致し、短い間だが旅をすることになった。

 どうやら下界でもあの戦神は相変わらずのようで、そこかしこで怪物を退治しまくったせいで小人族含めて様々な種族の間で伝説になっていたらしい。

 それを聞いた時の自分の表情をフィンに指摘され、それは今でもロキの少なくない弱みとなっている。

 

 さらにオラリオに居着くと、思いもよらない出会いが待っていた。

 街の一角で『知巨人の蔵庫』という居まで構えていた、クレイトスと共に下界に追放された生首のミーミルである。

 早速クレイトスの事を問い詰めるが、何百年も前にクレイトスと別れていて今の所在は知らない、などとミーミルはほざいた。

 そんな訳あるか、と思いもしたが、その時は腹芸に関してはミーミルの方が上手であったため、ロキは諦めざるを得なかった。

 

 自分よりも遥か以前に降りてきたヘファイストスなどにも所在を聞いては見たが収穫は無く、ロキより後に降りてきた神に手当たり次第に聞いても、天界にクレイトスが送還されたとの知らせも無い。

 

 探せば探すほど沈んでいく気持ちとは反対に、ファミリアが大きくなるにつれ、ロキは眷族の子ども達に愛着が湧くようになっていった。

 自分の趣味で美男美女だったり才能のある者達ばかりを集めた結果、アクや癖の強い奴らばかり集まってきたが、下界の子供たちは皆等しく面白い。計略を得意とする策謀の神である自分の予想をたやすく超え、想いもよらぬ結果を叩き出してくれる。

 クレイトスが自身の子達について話す時だけ穏やかな顔になる訳も、分かった気がした。

 

 やがて、オラリオに『暗黒期』が訪れ、それからロキが自身の眷族たちの心配ばかりをするようになると。

 その変化に気づいた時に初めて、自分は本当の意味で『ひとり立ち』できたのだとロキは思った。

 

「今日はえらく起きるのが早いな、ロキ」

 

「お、リヴェリアママ。おはようさん」

 

 外を散歩していると、眷族の一人にして副団長のハイエルフ、リヴェリアに出会った。

「ママ」と呼ぶな、とリヴェリアは呆れたが、このやり取りは何度もしているので、もう諦めている様子である。

 

「ガレスとベートらは? ちゃんと帰ったんか?」

 

「ロビーで寝ているよ。お前が寝室に行ってからも、クレイトス神の逸話で盛り上がって酒なんて飲んでいたからな………。全く、男共は」

 

 苦労人気質故か、彼女はロキより早く起きてから彼らの様子を見に行っていたらしい。

 ロキは相変わらず真面目だなぁと思い、苦笑した。

 

男子(おのこ)はクレイトスが大好きやなぁ。流石は戦神いうたところか」

 

 ―――荒々しく戦場をかけ、敵や怪物を無慈悲に打ち倒し殺戮する、まさに鬼神そのもの。

 下界に伝わっているクレイトスの逸話は、概ねそのようなものばかりだ。それが彼の一面である事はロキも否定しない。

 しかし、無謀で命知らずな冒険をしようとしていた自分を教え導き、孤独から救ってくれたクレイトスを知るロキは、こぞって彼を戦神として称賛する戦士達を見て、差異を感じてしまう事がある。

 

 天界から追放された辺りから、神々からのウケも相当に悪い。

 特にあのヘルメスなんかは、出会い頭に斧を脳天に御見舞されそうになったせいでトラウマになっているらしい。ロキからすればザマァみろである。

 

「………ロキ、クレイトスについて何か思うところでもあるのか?」

 

 考えた込んでいる内に神妙な顔をしていたせいか、リヴェリアが直球で聞いてくる。

 悟られぬようにロキは冷静に話を反らした。

 

「それはリヴェリアの方こそどうなんや? あのラキアが信仰しとる神やぞ?」

 

 エルフにもクレイトスに関する逸話はあるとはいえ、それ以上にベートが話していたラキア王国の事がある。

 戦神を純粋に狂信し、魔剣によって戦局を拡大し続けエルフの森を焼いた末、精霊たちの怒りを買って衰退した国家。エルフにとって不倶戴天の敵とも言えるあの国は、クレイトスの逸話が産み出した負の象徴のようなものだろう。

 

「ガレスも言っていただろう、奴らは単にクレイトス神を信仰しているだけだ。その神の気など勝手知らない。それは我々も同じだろうがな」

 

 何やら訳知り顔で語るリヴェリア。

 怪訝な顔をするロキに、彼女は「私はファミリアに設立当初からいるんだぞ」と笑みを浮かべた。

 

「お前とクレイトス神との間に何かあるのは知っている。彼の神を探すのがお前が地上に降りてきた理由だろう? 生憎と私達は戦神であるクレイトス神しか知らないからな、お前の知る神物像と差異を感じるのも致し方無いだろう」

 

 ロキは思わず目を丸くし、そして少し赤面する。

 まさかとっくの昔に、フィン以外の眷族に見破られていたとは思わなかったからだ。

 

「………まぁ、脳筋で無愛想なんはホンマやけど、あのトールみたいな戦闘狂って訳では無いねん」

 

 というよりも、クレイトスは戦を嫌っている節さえあった。

 最初の悪神同士の戦に介入する際も彼は極力手を出そうとはしなかったし、武器を手に取ったのは襲われた時の自衛を除けば、神域や天界の秩序を乱しかねないと判断した時だけだっただろう。まるで戦神らしくない。

 逆に命知らずだった頃のロキは所構わず挑発し戦を吹っ掛けようとし、その度にクレイトスに諌められ、「秩序や正義のためにその知を活かせ」と力強く何度も教えられてきた。

 だからこそ、ロキは悪神にもならなかったし、無名の神でありながら神域の主神に重宝されるまでなったのだ。

 

「トールも……あのトールでさえも、父親としての顔を持っとった。やから、おとんも………」

 

「…………おとん?」

 

「な、なんでもないっ!!」

 

 不意に内心の声が漏れ出てしまい、ロキは慌てて取り繕う。

 そしてリヴァリアの先の言葉を思い出し、どこにいるとも知れない男神に意識を向ける。

 

 

「『また、会おう』か………」

 

 

 一体いつになるやらな、とロキは苦笑する。

 ロキはもうクレイトスを探すつもりはない。ロキが知るクレイトスの一面を誰かに伝える気もない。

 今の自分には他にやるべき事があるし、話したところで信じるはずも無いだろう。

 

 だってこの話を信じる者がいようか?

 あの戦いの神(ゴッド・オブ・ウォー)が、策謀の神(トリックスター)の『父親』をやっていたなんて。

 

 大きく伸びをすると、スッキリした頭でロキはリヴェリアを伴って館の中へと戻っていった。

 酒に潰れた眷族たちを叩き起こし、ギルドに送り出す。それからフィンと机で向かい合いながら闇派閥(イヴィルス)の残党の居場所について話し合い、敵対派閥(フレイヤ・ファミリア)の動向を探る。

 そうしていつも通りの事をしているうちに、いつの間にか、ロキはクレイトスの事など忘れ去っていた。

 

 

 

 Ω

 

 

 

 ロキのいる『黄昏の館』から離れた全く別の場所、とある廃教会。

 友神(ヘファイストス)に貸し与えられた地下の薄暗い空間で、ツインテールの女神は一通の手紙と共に送られてきた荷物を前に眉をひそめていた。

 

「むむむむむ………………?」

 

 不滅と孤児の守護を司る、炉の女神ヘスティアである。

 半年前というかなり直近に天界から降りてきたはいいものの、眷族も作らずヘファイストスの家でニートをしていたところを追い出され、一念発起し眷族の勧誘を頑張るも未だ収穫ゼロの悲しい女神である。

 

 これでも一時はクレイトスと同じ【十二神】に選ばれたほどの格の高い善神なのだが、仮にロキが彼を探していた頃に降りてきても「こいつはどうせ何も知らんやろ」ということで完全にノーマークにされるだろうへっぽこ女神だった。

 

 しかし、そのロキのあては全く外れていたと言って良かった。

 

 

 ―――クレイトスに、孫だって………?

 

 一通目の手紙を貰ったのは、数日前の事だ。

 ヘスティアにはわざわざ手紙をくれる友人に心当たりはなかった。ヘファイストスやタケミカヅチ含め、友神は大体オラリオにいるし、まさか天界で一度か二度しか会わなかったクレイトスからの手紙とは思わなかった。

 内容は、自分が祖父と偽って育てている『ベル・クラネル』という少年を、ヘスティアの『眷族』にして欲しいというもの。

 眷族を探していたヘスティアにとっては渡りに船だったが、不利な審判で天界から追放されてから消息を絶っていた彼が、まさか人間たちに溶け込んで子育てをしているとは思わなかった。

 

 なぜ自分に預けようと思ったのか、しかもオラリオの外で相棒のミーミルと離れていた訳も聞きたかったが、とりあえず了承の意をしたためて返しておいた。

 

 

 現在ヘスティアの手にある二通目が送られてきたのは、その三日後の事だった。

 孫を受け入れてくれる事への礼の手紙に加えて、金銭や食料などが入った大きな荷物付きであった。

 困窮していた女神は狂喜乱舞し、自身が神であるのも忘れてクレイトスに礼拝を捧げた。

 

 そして、その荷物の奥底で食料でも金銭でもない、重い何かが混ざっていた事に気づいた。

 

 厳重に白布で巻かれたそれは、鉄でできているのか手にとって見るとずっしりとしていたが、布の表面からでは正しい原型は掴めなかった。

 

 布をほどき、中身を覗いて―――ヘスティアは絶句した。

 何故このようなものを送ってきたのか、死を覚悟してでもクレイトスに問い詰めたくなるが、手紙には「お前の判断に任せる」という一文のみ。

 

 捨てることなどできず、もしかしたら孫の方もとんでもないものを押し付けられるのではと思ったが、最後に添えられた二文を見て停止する。

 

 

 ―――あの子は孤児だ。家族に飢えている。

 ―――『私の孫』を頼んだ。

 

 

「はぁ………損な性分だよなぁ。僕は………」

 

 孤児であり、家族に飢えているとなれば、ヘスティアはそれを見過ごす事は出来ない。

 たとえどんな厄介者でも一人でも見捨ててしまえば、それは孤児の守護を受け持つ神としての自分のアイデンティティを失ってしまうも同然だった。

 

 再び了承の意と共に、とんでもないものを送ってきやがった怨念も籠めて――彼を恐れる神がいたら絶叫もの――手紙をしたためる。

 投函するのは明日にし、送られてきた荷物を厳重に床下に隠しておく。

 

 それらを済ませるとどっとした疲れが体を襲ってきて、ヘスティアは埃っぽいベッドに倒れ込んだ。

 そしてそのまま夢の中に入ろうとした所で、ふとクレイトスから来た手紙のあるワードを思い出した。

 

 

 

「『始まりの英雄(アルゴノゥト)』って、何のことだ………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、原作突入
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