ゴッド・オブ・ウォー《オラリオ》   作:スパルタ人

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ふと、クレイトスさんVSジャガーノートの構図が浮かんだんですが、圧倒的にジャガ丸くんの方が相性悪くてちょっと可哀想になった。

本編とは関係ありません。



だからボクは走るⅠ

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠、教会の隠し部屋。

 

「神様、起きてください」

 

「んうぅ………」

 

 昨日はアルバイトで疲れきっていたせいか、唯一の眷族である少年の【ステイタス】を更新し、夕食を食べてから水浴びを済ませたヘスティアは、寝台に入ると少年と一緒に泥のように眠った。

 

「もう朝ごはん出来ましたよ。早く目を開けてください」

 

 眷族の少年は田舎暮らしが長かったからか、毎朝きっかり5時に起きれるように体内時計が出来ている。

 しかし、ぐうたら生活が長かったヘスティアにはそれが備わっておらず、布団から出たくなくて逆に潜り込んだ。

 

「もう……冷めちゃわない内に、起きて食べてくださいね」

 

 苦笑するような声を漏らし、少年はヘスティアから離れていった。

 ダンジョンに行く準備をするのだろう。彼は毎日早朝から夕方までダンジョンに潜っていて、【ステイタス】の上昇もあって一日の稼ぎは既に冒険者を始めたての平均を飛び抜けている。

 その急成長の原因は、あの【英雄回帰(リグレッション・オブ・アルゴノゥト)】という前代未聞の成長系『スキル』にあるのだが、それと同時に彼の努力を怠らない直向きさによるところもあるとヘスティアは考えている。きっと祖父であるクレイトスに厳しくしごかれていたのだろう。

 

「神様、行ってきます」

 

「………………………」

 

 少年が扉を開けて出ていく音がする。

 静かになり、ヘスティアは布団の中で思考に耽った。

始まりの英雄(アルゴノゥト)』、クレイトスからの手紙の中でも出てきた、少年のスキルの元となったと思われる謎の人物。なんの前触れもなく手紙の最後に記されたその名前を、クレイトスは『友』と呼んでいた。

 

 そのアルゴノゥトがベル・クラネルと一体どんな関係があるというのか。

 クレイトスの友人であり、天界から一緒くたに追放されたミーミルに聞いても、話を合わせているのか『友』としか話さない。

 

 それにそもそも、何故クレイトスがヘスティアの元にベルを預けたのかも分からないのだ。

 ヘスティアはクレイトスとの縁は浅いと思っている。招致した側にも関わらず、彼を恐れた神々の審判で追放が決定され、同族として申し訳なくて執行の前日に顔を合わせたくらいだ。

 ヘルメスやアストレアの方がヘスティアより付き合いは長いだろう。ベルが来るまで眷族も一人もいなかったへっぽこ女神にわざわざ預ける必要があるのか。

 

「ベル君……」

 

 ふと、唯一の眷族の名が、ヘスティアの唇から零れる。

 彼は心配になるくらい良い子だ。産まれつき両親がおらず、義両親と祖父さえも失って、オラリオにやって来た。

 

 ――【英雄】になりに来ました。

 

 始めて『恩恵』を与える際、何のためにここに来たのか聞いた時に、彼は淀みもせずにそう言った。

 亡くなった義母との約束のため、命がけのダンジョンに潜る。戦士の才も冒険者の素質も無いのに、もう一人の祖父を頼ってその約束を果たしに自分のもとへ来た。

 どこまでも純粋で、真っ直ぐな少年の『理想』。

 だから、ヘスティアは彼を助けたいと思った。初めて自分の眷族になってくれた、彼の『理想』を叶える助けができるなら、何でもしてやると。

 

「………あれは……」

 

 そこで、クレイトスから半月ほど前に送られた荷物の中にあった、今はヘスティアが眠る寝台の真下に眠っている『ある物』が頭を過ぎった。

 

 戦神はヘスティアに『任せる』と言った。

 それはつまり、あの『()()()()()()』をベルのために使えと言うことなのか。確かに、今の彼の獲物にしても体格的にも、適していると言えるかも知れない。

 

「けどなぁ………」

 

 しかし、あの鉄塊が辿った経緯を考え、ヘスティアは頭を抱えて唸った。

 その原型はあろうことか『リヴァイアサン』と並ぶ神創武器、それも実際に使われた『神殺し』なのだ。

 オリンポスの神である自分にそれを送りつけるとは、何かのあてつけかとヘスティアは思わざるを得なかった。

 

(よりにもよってどうしてあんなものを送ったんだ)

 

 クレイトスの神意は測れない。

 あの言葉足らずめ、お前が追放された原因には、その仏頂面と思いやりが伝わり辛い不器用さにもあるんだぞ、とヘスティアは内心で文句を言う。

 モゾモゾ、モゾモゾ、とヘスティアはバイトの時間になるまで布団の中で蹲っていた。

 

 

 Ω

 

 

「神様、起きれたかなぁ……」

 

 バベルへと向かうストリート、通称冒険者通りをまだ人がまばらな時間帯に一人で歩いている僕の心は、ダンジョンとは別の所に向けられていた。

 昨日のバイトで余程疲れていたのか、今朝の神様は布団から出る気配が無かった。いつもの事と言えばそうなのだが、せめて朝ごはんくらいは食べて欲しい。

 

「あ、お昼ごはん……」

 

 夕方までダンジョンに潜る予定が、昼食を忘れていた事に僕は今更気づく。

 仕方がない、節約したいところだが、どこかの店で何か買っていこうと考えていると。

 

「――――ッ!?」

 

 ()()()()()()()()

 無遠慮で値踏みされているようで、身体を冒されるような感じと、そして()()()()()()()

『恩恵』を刻まれて始めてダンジョンに向かおうとした時にも、同じこの場所で、僕はこれと同じ視線に冒された。

 二回目と言う事もあって、人ならざる者から向けられるその視線に、僕は思わず周囲を見渡した。

 

 通りを歩く少数の同業者は、僕の方を見向きもしていない。カフェテラスの従業員も、商人を二階から覗いている少女も、僕の存在にすら気づいていないようだ。

 本格的に街が目覚めようとしているのに、道の真ん中で棒立ちになっている僕へ、次第に視線が集まってくる。だが、あの視線と比べれば『普通』過ぎる。

 

 やっぱり僕の勘違い……?

 

 そして、再び僕が歩を進めようとすると。

 

「だーれだ?」

 

 悪戯っぽい高いソプラノ声。

 いきなり視界が塞がれた僕は、聞き慣れたその声に全身の硬直を解くと、慎重に彼女の名前を口にする。

 

「シル・フローヴァさん……」

 

「正解です! おめでとうございまーす!」

 

 暗闇から解放され、後ろを振り返ると、薄鈍色の髪をした犯人がいつもの人好きそうな笑顔を浮かべて立っていた。

 

「びっくりしました?」なんて聞いてくる彼女に、僕は安堵のため息をついて答える。

 

「しましたよ……。おはようございます、シルさん」

 

「はい。おはようございます、ベルさん」

 

 白いブラウスと膝丈まであるジャンバースカートに、その上から長目のエプロン。

 特徴的な薄鈍色の髪をお団子まとめにし、髪と同色の丸い瞳をした只人の彼女は正に、無害な一般市民だ。

 

「いきなりやめて下さいよ、心臓が止まるかと思いましたよ」

 

「道の真ん中で立ち止まっていたから、つい」

 

 ごめんなさい、と可愛らしく舌を出すシルさん。

 不覚にも、その姿に僕はドキリとしてしまう。

 

「けどどうしたんですか? 今からダンジョンに行くんですよね?」

 

「ええ、ちょっと……」

 

 先の視線のせいで立ち止まっていたのを見られ、僕は言い淀んだ。

 そして思い返すと偶然にも、彼女と初邂逅したのもこの場所で、あの無遠慮な視線を初めて感じた直後だったか。

 

「あ、ベルさん。これ良かったらどうぞ」

 

「え? わ、悪いですよ、それになんで」

 

「今日はお昼ごはん、忘れているんですよね?」

 

 シルさんが手に持っていたバスケットを僕に渡してくる。

 恐らく彼女の朝ごはんだろう。

 何故かめちゃくちゃ聡いこの人には誰も隠し事は出来ないし、考えた事がすぐ顔に出てしまう単純な僕は、昼食を忘れた事を簡単に見破られてしまった。

 

「今日はいつもと違って手ぶらでしたし困ってるようだったから、私のことは良いので貰ってください」

 

 いくらなんでも悪いと断っていると、シルさんは思いついたように「そうだ」と手を叩いた。

 

「だったら、またウチに食べに来てください。リューもベルさんに会いたそうでしたし」

 

 服装から分かる通り、彼女は『豊穣の女主人』という、ちょっとお高い酒場で看板娘として働いている。

 以前も今日と同じような経緯で、そこに一人で入店した事があるが、一番安いコースでも『恩恵』を刻んですぐの冒険者の懐に長い冬を齎すくらいには値が張るところだ。

 もちろんその分、味は保証されているけれど。

 

「……もう、しょうがないなぁ」

 

 上手い事言いくるめられたようだが、不快な感じはしない。

 きっと、彼女の人柄によるところが大きいのだろう。ずるいなぁと思いつつ、僕もすっかり心を掴まれていた。

 

「フフフ。じゃあ今夜、お待ちしていますね」

 

 弁当の入ったバスケットを受け取ると、彼女はパッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 僕は浮足立つのを抑えながら、再びバベルへと向かう。

 

 

 Ω

 

 

『ダンジョンは常に命の危険が付き纏う場所だ』

 

 オラリオで得られる夢を語るおじいちゃんとは対照的に、ダンジョンにおける危険を説いてくれたのが御爺上だった。

 御爺上はダンジョンにとても詳しくて、神様とも知り合いだったし、昔は冒険者だったのかも知れない。

 

『閉ざされた場所から何処からでも産まれ出てくるモンスター、地形やモンスターの悪辣さも、階層が下になればなるほど増す』

 

 御爺上の教えを思い出しながら僕はゴブリンの群れをナイフで捌いていく。

 僕がいるのは5階層、昨日運悪くミノタウロスにでくわしてしまった階層だ。

 執拗に眼を含めた頭部を狙い、苛立ったゴブリンが大ぶりの攻撃を仕掛けてきたところで、それを掻い潜って弱点である『魔石』がある胸部を刺す。

 

『しかし、上層でも多くの冒険者が命を落とす。理由は様々だが、多くは油断や慢心……そして無謀な冒険が命取りとなる』

 

 それをやらかしたのが昨日の僕だ。

 アイズさん達がいなければ、危うく命を落とすところだった。上層にミノタウロスが登ってくる事なんて本来はあり得ないことだが、僕が敵わないと知った相手に突撃するところを見たら、御爺上はなんて言うだろうか。

 

『お前がこれから学ぶのはモンスターを倒す術だけではない、与えられる『恩恵』の力を制御する技と、命を守るための方法だ』

 

 ゴブリンの数が数える程に減ると、僕の真横のダンジョンの壁から三体のゴブリンが産み出される。

 モンスターの産まれ方(リポップ)は何回見ても不思議だ。ダンジョンがモンスターの母胎と呼ばれているのも納得する。

 いくらゴブリンとて大勢で囲まれると袋叩きに遭うので、集団から距離をとると、その中から一体のゴブリンが無防備に僕の方へ突出してきてくれた。

 

「はぁっ!」

 

 膨らんだ腹をかっさばくようにナイフを横に振るう。

 致命傷を受けたモンスターは黒い灰となり、その中に核である『魔石』を残す。

 

「ギシャアア!」

 

「えっ、うわっ!?」

 

 汚らしい鳴き声が聞こえてきたと思ったら、後ろからゴブリンが迫っていた。

 

(しまった! 背後からもリポップしてたんだ!)

 

 自分の迂闊さを呪いつつ、その蹴りを避ける。

 

「うぉらぁッ!」

 

 そしてお返しとばかりに空いていた拳を振るい、蹴ろうとしてきたゴブリンを吹き飛ばす。身体がくの字に曲がったゴブリンは、自身が産まれた壁に叩きつけられると動かなくなった。

 

「ギシャアアッ!!」

 

「次から次へと……!」

 

 こういう時こそ、一緒に戦いながら危険を警告してくれるパーティメンバーが欲しくなる。

 具体的にはモンスターが近づいたら『右から来るぞ』や『後ろにゴブリンが』とか、『直撃したな! 大丈夫か?』とか。

 エイナさんからも早くパーティを組むように催促されているが、なかなか恵まれない。

 

 ゴブリンを全滅させ、一つ下の階へ続く道を歩く最中ふと、あの二人もこの道を通ったのかな、と考える。

 二人がゴブリンに苦戦するところなんて想像できないが、魔法をバンバン放ちまくるお義母さんにも、その魔法を毎日耐えていた義伯父さんにも、今の僕と同じLV.1の時があったはずだ。

 いやでも、お義母さんなら昨日みたいにミノタウロスに襲われても逆に嬲り殺しにしそうだし、義伯父さんも文字通り軽く調理して牛の丸焼きなんてもの作ってしまうかも知れない。

 

 僕がこれから足を踏み入れるのは、今日が初の6階層。

 ここと5階層からはモンスターの出現頻度が4階層までより格段に上がるだけではなく、コブリンやコボルトに加えて『ウォーシャドウ』と言う、厄介なモンスターが出現してくる。

 

「うおおぉっ!」

 

 6階層に降りて何もない道を少し進むと、いきなり三体のウォーシャドウが壁から産まれてきた。

 体躯はおよそ160セルチと僕とほぼ一緒だが、人間に近いそのフォルムは全身が黒く塗り固められていて、顔面に当たる部分には真円状の鏡のようなものが嵌められている。

 試しに接近してみたが、思った以上の速度で動けるようで、カウンターとばかりに鋭利な爪を突き出された。

 

 僕はそれを避けるとナイフを突き出し、特徴的な鏡の顔面を叩き割って貫く。

 ウォーシャドウには発声器官にあたるものがなく、ダメージを与えたり魔石を壊しても叫び声すら上げずに消えるため、他のモンスターとは一線を画す不気味さがあった。

 僕は腕を引っこ抜き、背後からの攻撃を恐れ距離を取る。

 

「ああ、弓が欲しいなっ」

 

 一体は倒せたが、警戒しているのか他の二体はこちらの動きを探っている。

 相手は素早く攻撃力も高い上に、知能だってある。6階層から迷宮の難易度が跳ね上がるとは聞いていたが、こんな厄介な敵がいるとは。

 遠距離から安全に敵を狙うために、幼い頃から狩りに使っていた何の変哲もない弓が欲しくなる。

 

 しかし、今ない事には変わりないので、僕は眼の前の敵に集中し、ナイフを水平に構えた。

 

「こんなところで立ち止まってられるかっ!」

 

 このままお互いに膠着していては、時間経過で新たにウォーシャドウが現れかねない。

 速攻。数という覆せない脅威に対抗するには、モンスターがリポップするよりも早く倒すしかない。僕の敏捷ならウォーシャドウを撹乱できる。

 僕は前触れもなく走り出し、驚愕する二体のウォーシャドウに肉薄した。

 

 

 数秒後、屍を地に晒したのは、ウォーシャドウの方だった。

 

 

 Ω

 

 

 ベルがダンジョンを攻略しているのと同時刻。

 

 突然だが、オラリオには『バベル』や『万神殿』、『英雄橋』を始め、数多くの『名所』がある。

 一方で、多種多様な種族や精霊、神々が居着いているためか、オラリオでは謂わば『珍スポット』として名を馳せている場所もあった。

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠である廃教会の近くに構えられた、巨大な平屋。六年前に新築された、北西区画にあるここ『知巨人の蔵庫』も、その一つに数えられていた。

 

「ちゃっちゃと働かんかヘスティア。そのペースでは時間内に終わらんぞ」

 

「うがーーーー!? ボクの背が低いのは知ってるだろう!?」

 

 古代にクレイトスと共に下界に降り、恐らく神々よりも先にオラリオに居着いていただろう、自称『知巨人』の店主、ミーミル。

 世にも珍しい、生首だけなのに喋るし生きている、額に角を生やした謎の生物らしきナニカである。

 ここが名所ではなく珍スポットとしての扱いを受けざるを得ない理由は、このお喋りな生首にあるとヘスティアは確信していた。

 

「首から下がついとる癖に怠けるでないわい。奥に梯子があるからとってきなさい」

 

「台の上から偉そうに命令しやがって〜〜〜〜っ!!」

 

 女神であるヘスティアをいちバイトの店員として顎で使えるのは、ミーミルがオラリオにおける神々の大先輩ゆえか、それとも単にヘスティアに威厳が無いからか。

 どちらにしろ店主には逆らえないため、悔しさで歯噛みしながら、精算台の上で器用に口に咥えたペンで本を捲っているミーミルを睨みつけ、渋々とヘスティアは梯子を運んできて本棚の整理の仕事に戻る。

 

「こんな奇怪な店によくもまぁ、毎日客が来るもんだね……」

 

 ヘスティアが本棚から本を下ろす度に埃がそこら中に舞い散るものの、それでも店内にはチラホラと人の姿があった。

 本棚に収められたものもあれば、収まりきらず床に平積みになっている物まで。ちなみにこの店の本棚の高さは、ヘスティアの身長の3倍以上である。

 しかし、このような乱雑な営業形態にも関わらず、店には毎日一定数の客がいた。古くからあるだけあって、この店には『ノームの大図書館』にも無い珍しい書物が眠っている事があるのだ。

 

 ミーミルが長年かけて古今東西から集めた古本の中には掘り出し物、例えば大昔の著名な詩人の唄や英雄譚の原本を始め、中には売れば億は下らないだろう秘術の載った『魔導書』が度々混じっており、それが見つかった際にはオラリオ中にそのニュースが駆け巡るのだ。

 しかし、それらを本の山から探し当てるのは至難の業である事をヘスティアは知っている。店主であるミーミルすらも全体を把握していない事もあり、一攫千金を目当てにやってきた数多くの冒険者たちが、結局丸一日時間をドブに捨てただけで肩を落として帰るのを何人も見てきたのだ。

 

「ねぇ、この本棚のここだけ抜けてるんだけど」

 

「ああ、またか! 一体これで何冊めじゃ!?」

 

 ヘスティアが整理のしている最中の本棚を指差すと、そこには昨日まであったはずの古い文書のうち、一冊が無くなっていた。

 それに心当たりがあるのか、ミーミルは口から泡を飛ばしながら気炎を上げる。

 

「一体なんだってんだい?」

 

「ずっと前から来とる盗人じゃよ、このなりでは追い払えんからな。手癖の悪い狼人(ウェアウルフ)……いや、小人族(パルゥ厶)か。まったくライラと言い、あの種族にはフィンしかまともな者がおらん……」

 

 何やらぶつぶつと「どうせボムの店じゃ」「魔法を見破らんと」など独り言を始めるミーミルに、ヘスティアはため息をつき肩をすくめ、作業に戻る。愛しの眷族のためにも、今日こそ給料をきっちり頂かなくては。

 再び整理を始めて程なくして、「そうじゃ、お前さん」と現実に戻ってきたミーミルから声をかけられる。

 

「【ロキ・ファミリア】がお前さんの眷族を探しとるかもしれん」

 

「あのロキの子が? どうして?」

 

 昨日、少年がミノタウロスに襲われたところを助けられたと言っていたファミリア。ロキ本神はいけ好かないが、その眷族に助けてもらったからには、何か礼をしなければと考えていた。

 しかし、次のミーミルの言葉でヘスティアは硬直する。

 

「ロキの子らの不手際じゃよ。ミノタウロスが上層に逃げて、白髪と赤目の冒険者がそれに突撃しようとして死にかけたとな」

 

「……なんだって?」

 

 

 Ω

 

 

「神様、今日もお忙しいのかな……」

 

 6階層の3分の1まで進んだところで、魔石を入れる袋が一杯になった僕は探索を切り上げて地上に戻った。

 しかし、本拠に帰っても神様は帰ってきておらず、時間が押していたので悪いと思いつつ、仕方なく書き置きだけを残して一人で赴くことにした。

 

「相変わらず繁盛してるなぁ」

 

『豊穣の女主人』は西区画のメインストーリートに面したところにある、二階建ての奥行きのある酒場だ。

 周辺の酒場や宿泊施設と比べても、一周りほど大きい。

 すっかり夜の顔になった西区画は人通りで溢れていて、それを掻い潜りながら僕は店内に足を踏み入れた。

 

「イラッシャセー!」

 

「いらっしゃいませ、だニャ、新人」

 

「イラッシャイマセー!」

 

 店に入ると新人らしき小人族の女の人がぎこちなく接客してきた。

 それを諫める黒髪の猫人(キャットピープル)も女の人であり、他にも只人やエルフなど、店員は全員が見目麗しい女性ばかりだった。

 

「あ、ベルさん! 来てくれたんですね!」

 

 僕を見たシルさんがカウンターから離れ、こちらへと小走りで近づいてくる。

 

「さぁどうぞ! ミア母さん、ベルさん来ましたー!」

 

「良くやったよシル! たらふく食わせて金を置いてかせな!」

 

 カウンターの奥で恰幅の良いドワーフの女性が、酒の入った樽を運びながら店内中に響き渡る大声で叫ぶ。

『豊穣の女主人』の女将、ミア・グランドさんだ。名前と見た目から分かる通り豪快な方で、元は冒険者だったらしい。

 

「はい! という訳でベルさん、いっぱい食べていってくださいね!」

 

「あはははは……」

 

 今朝にお弁当を貰った手前、断れない僕はから笑いしながらシルさんにぐいぐい引っ張られてカウンター席に座らされた。

 初めてここに来た時も同じ手順で引っかかったため、本当に強かな人だなと思う。

 

「シル。あまりクラネルさんを困らせないほうが……」

 

「良いじゃねぇか、リュー。それにあの白いのが金を置いてくなら、アタシらの借金も減るだろ」

 

 すると、シルさんと同じく店員として働いているエルフのリュー・リオンさんが、()()を纏めた店員姿で諌めてくれる。

 その隣には彼女の知り合いらしき、先ほど猫人の店員に注意されていた桃色の髪の小人族の女性が、同じ色合いの店員服を着て立っていた。

 

「いえ、大丈夫ですよ。僕、これに備えてなるべく沢山お金を持ってきましたから」

 

 さすがに御爺上からのお金を神様に断りなく使う訳にはいかず、今の僕は今日のダンジョンの稼ぎの半分を持って来ている。

 これが一夜で吹き飛んでいくと考えると、どうしても遣る瀬無い気持ちになってしまうが。

 

「ほら、コイツもこう言ってるぜ。アタシだってとっととあのアリーゼ(あほ)が溜めたここの借金を返したいんだよ」

 

「ライラ……私たちの団長をあほ呼ばわりするのは、その……」

 

 リューさんは普段は【アストレア・ファミリア】という、探索系でありながら【ガネーシャ・ファミリア】と同じく都市の治安を維持する特殊な派閥に属している冒険者だ。

【ファミリア】の恩人にして友人であるシルさんのために、ここで店員として働いているらしい。

 

「で、注文は?」

 

「ステーキを……」

 

「オッケー。ステーキの上等コースと醸造酒(エール)な」

 

 ライラと呼ばれたリューさんと同じ所属らしき女性が僕に注文を聞いてきて、勇気を出してちょっと高めのステーキを頼むと、勝手にコースと酒付きに変換される。

 助けを求めるようにリューさんの方を見るが、リューさんも仕事で忙しいらしく、既に離れてしまっていた。

 

「ダンジョンに潜ってたんだろ? じゃあ腹も減ってるだろうし、明日に備えてしっかり食っとかねぇとな?」

 

 冒険者の基本だぜー、と悪どい笑みを浮かべてライラさんは厨房の方へ消えていく。どうも僕は、ここの店員に対して押し切られやすい傾向にあるようだ。

 手持ちが軽くなるのを感じて悲しい気持ちになっていると、シルさんが「ベルさん、お隣いいですか?」と僕の横に座って話しかけてきた。

 

「今日は思ったよりお客さんが多くなりそうだったから、リューに頼んで助っ人を呼んでもらったんです。ちょうどあちらの団長さんのツケも溜まってましたから」

 

「ライラさんでしたっけ? あの人も冒険者なんですよね?」

 

 ミアさんにカウンターに置かれた醸造酒を手に、僕たちは先ほどの小人族の女性について話す。

 

「はい。LV.3の第二級冒険者です。リューは4だったかな?」

 

「凄いなぁ……」

 

 小人族らしい子供くらいの体格なのに、既に僕の何歩先も行っている事に僕は嘆息した。

 僕よりも冒険者として先輩である事を差し引いても、2回も階位昇華(レベルアップ)するのにどれほどの時間と努力を要するのかは、エイナさんに教えられている。

 しかも小人族は非力で【ステイタス】の伸びが悪いのだ。そのため軽んじられている部分もあるらしいが、ライラさんの事を聞くと全然そんな気はしない。きっと、それだけの鍛錬といくつもの修羅場を超えているのだろう。

 ……ミノタウロスに逃げ回っていた僕が、果たして同じ事を出来るのだろうか、と昨日の事を思い出して自信が無くなってくる。

 

「ベルさんも強くなれますよ」

 

「え?」

 

 落ち込んでいるように見えてしまったのだろうか。

 シルさんがいつもの綺麗な笑顔を浮かべて、僕の顔を覗きながらそう言ってくれる。

 

「ぜったい、貴方ならできる。そう信じていますから」

 

「シルさん……」

 

 偶に彼女がする、全てを見透かすような瞳と、普段と打って変わった断言する口調。

 どうしてそこまで僕の事を?

 そう尋ねようとした、その時だった。

 

「ニャー! ご予約のお客様、ご来店にゃー!」

 

 猫人の店員の報せと共に、酒場に新たな客が入ってきた。

 朱色の髪の神様を先頭に、種族の統一感の無い団体が十数人続々と入店してくる。

 打ち上げに来たどこかの【ファミリア】なのだろうか。しかし心なしか、遠目から見ても分かるくらい、見目麗しい女性が多い気がする。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

「アイズー。落ち込まないでよ、その子また見つかるって!」

 

「そうですよ。一旦その事は忘れて、楽しみましょう」

 

「……うん」

 

 メンバーの全員がいかにも実力派といった佇まいをしており、他の男性客も店員相手と違ってちょっかいをかけず、額を突き合わせて小声で話し始める。

 そして団体が僕が座る席の対角線上にある空いたテーブルに着席すると、その面々の顔がはっきりとよく見えた。

 

「あ」

 

「え……?」

 

「あァ?」

 

 主神様が音頭をとろうとしたその瞬間、見覚えのある金髪が視界に入り、思わず声を漏らしてしまう。

 昨日ミノタウロスから助けてもらった、アイズ・ヴァレンシュタインさん。その席から2つ分離れた斜向かいに座るのは、ベート・ローガさんだ。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインさん……!?」

 

「見つけた」

 

「テメェは昨日の……」

 

 僕の漏らした声に気づいたアイズさんが、グラスを持った手を置いて僕の方に体を向ける。

 ベートさんもアイズさんの様子を目にし、その視線を辿って僕の存在に気づく。

 

 そして、開宴の音頭をしそこねた主神様――恐らくロキ様は、別の所に視線を向ける二人を見て、不思議そうに「どしたんや?」と盃を片手に首を傾げていた。

 

 入店してきたのは、まさかの都市最大派閥。

 あの【ロキ・ファミリア】だった。

 

 





リューさんが冒険者のままなのに店員として働いているのは、ファミリアが困窮して主神のアストレア様に再び『ひっどい汁』を飲ませざるを得なかった際に、シルさんが食料を分けてくれたその恩からです。

アストレア・ファミリアが今も存続している理由は、また次回に。
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