ゴッド・オブ・ウォー《オラリオ》   作:スパルタ人

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あけましておめでとうございます。そしてお待たせしました。
今回で一巻の内容は終わります。


まつりの終わり

 

 ベルが《ブレイズ・オブ・へスティア》を受け取るより、少し時間は遡る。

【ヘファイストス・ファミリア】の店を出たヘスティアは、神友の「休みなさい」の忠告も聞かず、ふらついた足でベルを探しに行った。

 自分の背中に紐で結びつけられている、ついさっき出来上がったばかりの武器を届けるためにだ。

 そして眷族への愛? からベルが『怪物祭』にいると勘づいたヘスティアは、闘技場へ伸びる大通りに当たりをつけた。

 

 しかし、そこで待っていたのは祭りの喧騒などではなく、右往左往に恐怖の表情を浮かべて逃げ惑う市民たちだった。

 

「い、一体何が!?」

 

 尋常ではない街の様子にヘスティアは戸惑う。

 そして、悲鳴の中で「モンスターが逃げ出した」という声を聞き、顔を青くする。

 

「まさか、ベル君も………むぎゅっ!?」

 

 眷族が巻き込まれた事を想像し、居ても立っても居られず探しに行こうとしたヘスティアを、何者かが背後から引きずり込む。

 モンスターの脱走に余裕をなくしていた市民は、その手際の良さもあって、誰一人として大通りから女神が消えた事に気づかなかった。

 

「…………ぷはぁっ! 何するんだよっ!?」

 

 口を塞がれ裏道に連れて行かれたヘスティアは、誘拐された恐怖よりも、大切な眷族を探しに行くのを邪魔された怒りから声を上げる。

 それを前にして、薄暗い中で「うるせぇなぁ」と苛立ち混じりに吐き捨てたのは、暗色のバイザーで目元を覆い隠した猫人(キャットピープル)の男であった。

 

「女神であるボクにこんな事をしていいと思ってるのかーーーー!?」

 

「俺だって好きでこんな事してるんじゃねぇ。さるお方からの命令だ」

 

 激昂する女神に対して、ぞんざいかつ鬱陶しそうに猫人は告げる。

 

「アンタを『白髪頭のガキ』がいる所まで運べ、そう命令されたんだよ」

 

「!? ベル君のところへ!? 彼は今どこにいるんだ!?」

 

 ヘスティアが顔に驚愕の色を浮かべて詰める。

 彼の言葉を女神故に嘘ではないと分かったヘスティアは、眼の前の人物の正体よりも先に、ベルの居場所を突き止めたかった。

 

「……予定通りなら『ダイダロス通り』にいるはずだ。モンスターから『娘』を守って逃げるためにな」

 

「っ! それが本当なら、早く連れていってくれ!」

 

 やはりベルが事件に巻き込まれていた事を知ったヘスティアは、すぐに眷族の元に駆けつけようとした。自分の背にある、鍛冶神が打ち直した双剣を届けるために。

 向かい合う猫人も「あぁ、話が早くて助かる」と頷いた。

 

「じゃあ、揺れるぞ」

 

「へ?」

 

 そう言って女神を脇に抱えた猫人は、次の瞬間すべての音を置き去りした。

 大跳躍して裏道から建物の屋根に着地し、『ダイダロス通り』のある南東区画へとルートを無視して一直線に向かう。

 

「あばばばはばばばばばばばば!!?」

 

 猫人に抱えられたヘスティアは、感じた事の無い風圧と高速でスクロールされる景色に人語を介さない。

 尋常ならざる『敏捷』を持った猫人は、「静かにしろ」と小脇に抱えた女神を一瞥した。

 

「――よし、着いたぞ。『ダイダロス通り』だ」

 

 目的地に到着してもしがみついていた女神を振り落としながら、猫人は高台から周囲を見渡す。

 地獄の十数秒間でグロッキー状態になっていたヘスティアも、立ち直って必死に眷族の姿を探し始めた。

 

「っ! ――いたぁっ!」

 

 遠くからの獣の咆哮を聞き、ヘスティアはその方角を指さして大声で叫んだ。

 入り組んだ街で、白い毛並みのモンスター、シルバーバックから必死に逃走する白髪頭の少年。

 しかし、同じ方向を見ていた猫人は何故か舌打ちをした。

 

「『娘』がいねぇ……。物見遊山でもしてんのか」

 

 そう小声で嘯いた猫人は、背を向けて立ち去ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!? あの子を助けてくれないのかい!?」

 

「なんで俺がそんな事しなくちゃならねぇんだ。これからヒトを探しに行かなきゃならねぇってのに」

 

 助けを請う女神を一蹴する猫人の言葉は、どこまでもぶっきらぼうで苛立たしげだ。よほどこの仕事が不本意だったのだろう。

 そして猫人が歩みを再開すると、「ま、待ってくれ!」と女神がまた静止した。

 

「――ありがとう! ここまで連れてきてくれて」

 

 自分だけではここにたどり着けなかった。お陰で家族を助ける事が出来る、とヘスティアは心の底から猫人に感謝を述べる。

 猫人は女神の感謝の言葉に舌打ちで返し、高台を飛び降りていった。

 

 

 Ω

 

 

 現在、シルバーバックから逃げるヘスティアは、袋小路で少年の【ステイタス】を更新していた。

 ヘファイストスの所にいた間に溜まっていた、まる二日分の【経験値】をここで変換しているのだ。

 

 しかし、これは単なる更新の儀ではない。

 地面に跪くベルの両手には、主神から今しがた手渡された《炉神の双剣(ブレイズ・オブ・へスティア)》が握られていた。

 

「ベル君、分かってると思うけど、この武器は普通の武器じゃない」

 

 モンスターは今も自分たちを探している。

 更新する手を止めずに、ヘスティアは武器の説明も行う。

 

「ヘファイストスに頼んで作って貰った、ボクの【ステイタス】と『炎』の加護を宿した特殊武装(スペリオルズ)……。剣の斬れ味だって、一級品装備にも勝る業物だ」

 

 鍛冶神曰く、この武器は『生きている』。

 ヘスティアが刻んだ【ステイタス】により、持ち主の成長に合わせて双剣も成長するのだ。

 この更新が終わると同時に武器に刻まれた【ステイタス】が目覚め、鎖も最初の持ち主であるベルの両腕に巻き付き、最初の契約が成される。

 

「ヘ、ヘファイストス様の……」

 

「君ならきっと、この武器を使いこなす事が出来る。ボクはそう信じてるよ」

 

 何せ、少年はあの戦神の孫なのだ。

 この生まれ変わった『ブレイズ・オブ・カオス』もクレイトスのように扱えるはずだと、ヘスティアには謎の確信があった。

 

 たった二日間での成長具合に驚きつつ、ヘスティアは【ステイタス】の更新を終える。

 すると、ずっと垂れ下がっていた双剣の鎖がピクリと動きを見せ、続いて蛇のように頭をもたげた。

 

「!?」

 

 ベルの顔は驚きを顕にした。

 それもそのはず、渡されてから用途も何もかも不明だった鎖が、突如として独りでに動き出して、服の上から自分の腕に絡みついたのだ。

 振り払っていいのかと迷っている間に、鎖は完全にベルの腕に巻き付き、それぞれの刀身に誂えられた稲妻の紋様が赤い光を走らせた。

《ブレイズ・オブ・へスティア》が完全に目覚め、主をベルと認識した証である。

 

「か、神様。これでどうやって戦うんですか……?」

 

 成り立ちからして特殊なだけでなく、鎖の付いた双剣などこの世に一つしかない。

 使いこなせると言われたものの、ベルは当然困惑した表情でヘスティアに聞かざるを得なかった。

 

「鞭のようにその鎖で剣をぶん回してくれ。その鎖は伸縮自在を超えて『自由自在』。君の意思でどこまでも伸びていくし、極めれば身体の一部のように扱うことができる」

 

 確かクレイトスもそのように使っていたはずだと、ヘスティアは記憶を辿り寄せながら口早に話す。

 すると少年はそれだけで何故か合点がいったような顔となり、地面についていた片膝を離し立ち上がった。

 

「うん、よく似合ってる。様になってるぜ、ベル君」

 

 あの曰くつきの武器から【新生】されたとはいえ、同じ双剣を持って立つはずの眷族の姿は、あの戦神とは重ならない。

 体格も容姿も、あの巌のような男神と大きく異なるのは勿論、その武器に宿る炎も今は別の炎に変わっているからだ。

 

(クレイトス。君は追放される前日の夜、牢屋越しに自分の事を『恐れられるしかない存在』だと、ボクに言っていたね)

 

 ヘスティアは今になって思う。

 クレイトスは、ベルに『希望』を託したのではと。

 本音では争いを望まないはずが、天界では『神殺し』として、追放先の下界では『戦神』として、どこへ行っても畏怖や畏敬の念を持たれざるを得ないクレイトス。

 

 対して、ベルはまだ真っ白なニュービーだ。

【英雄】になるという、どこまでも純粋な理想を掲げる孫に、諦観を抱いていたクレイトスは期待したのだろう。

 彼ならばきっと、自分とは全く違う道を歩んでくれると。壊れた『神殺し』の武器だって、世界を救った【英雄】の武器に変えてくれるはずだと。

 

 不器用で口下手な自身に代わって、ベルと一緒に『ブレイズ・オブ・カオス』を押し付けた事には、さすがのヘスティアも苦笑せざるを得ないが。

 

(まぁでもこれで、天界で何も出来なかった分の借りは返せるだろう?)

 

 そして、ヘスティアは眷族の肩を叩いた。

 

「さぁ、行くんだっ! ベル君!」

 

 

 Ω

 

 

 女神の号令を合図に、ベルは袋小路を飛び出す。

 シルバーバック目掛けて一直線に加速し、距離を詰める。

 

 腕に巻き付く鎖はどうにも慣れないが、食い込むような痛みもない。解こうと思えばいつでも解くことが出来るだろう。

 両手にある黒鉄の双剣も、自身の指によく馴染む。

 まるで、旧知の仲だったかのような不思議な感触に、初めて触れたはずのベルは戸惑った。

 

「《神様の双剣》……」

 

 きっと、その剣の銘の由来である主神のヘスティアが、自分に合うように細かく採寸してくれたのだろう。

 それをこんな危険な場所に駆けつけてまで渡してくれた女神への、愚直な感謝の想いを引き鉄にして、急ブレーキに合わせてベルはその剣を()()()()

 

「――――」

 

 誰もが正気を疑うような光景。

 明後日の方向へ飛んでいく剣に、眼の前のシルバーバックもぎょっとしている。

 だが、真っ直ぐだった剣の軌道が、突如として不規則なものに変わった瞬間、シルバーバックの皮膚に袈裟斬りの線が走った。

 

「グガァッ!?」

 

 何に攻撃されたのか分からないまま、シルバーバックはさらに別の箇所を斬られる。そして次々に、何度も、何度も、斬撃の暴風が全身を襲う。

 

 暴風の正体は、高速で鞭のように振り回される双剣だった。

 さながらシルバーバックが先ほど行った鎖を振り回す乱舞に、斬撃を付与させたようなその猛攻は、ベルがヘスティアの言葉とシルバーバックの鎖の乱舞から着想を得たものだ。

 

 釣り独楽(ヨーヨー)のように繋がれた鎖で手元を往復する双剣に、ベルは腕の動きをさらに大きく加速させる。

 

「はあっ!」

 

 銀色の鎖が畝りを大きくし、双剣の回転数も増す。

 シルバーバックは躍起になって鎖を掴もうとするが、それよりも飛来する斬撃がその手をすり抜けるのが速く、反撃の機会も許されない。

 

 間近で手本を目にしたからか、それとも手に持つ双剣がそうさせるのか。ベルはこれの前世とも言うべき武器の、かつての持ち主と同じ動きをしていく。

 

(早く、速く、もっと疾く――――!!)

 

 先ほどを超える暴風が通路で吹き荒れるのに、そう時間は掛からなかった。

 鎖は既にベルの腕と融合したかのように操れ、変化した剣の軌道も読み取れるようになる。

 

 金属同士が擦れ合う高音と共に、攻撃も激しさを増していく。

 ただ一方的に斬られ続け、苦悶の声をあげる事しか出来ないシルバーバックは、気づけばその名前の由来である銀白の身体を真っ赤に染めていた。

 

「グオオオォォォォ…………!!」

 

 やがて、一際大きな断末魔を上げ――血達磨となったシルバーバックは、ゆっくりと力なく地面へと斃れる。

 

 勝敗は決した。傍目から見ても、力尽きたとしか言えないだろう。

 だが、通りの住人たちはモンスターの死体がまだ消滅していないからか、窓の隙間や通りの影から見ているだけだ。

 

 重苦しい空気の中で、ベルはシルバーバックの魔石を取り除こうと動いた。

 

「っ!?」

 

 足元が揺れる感覚と共に、地面の真下から突如として何かがベルの脚に巻きついてくる。

 そしてそのままベルは宙へと高く持ち上げられ、逆さまに吊られてしまう。

 

「モンスター!?」

 

 混乱する思考の中で分かるのは、自身が別のモンスターの襲撃を受けた事。

 上下が逆転した視界で、ベルはさっきまで自身が立っていた場所に穴が空き、そこから次々と緑色の触手が出てくるのを見た。

 そして最後に、ベルを地中から吊り上げたモンスターは、蛇の頭部のような器官を地上に露わにすると、それをぱっと()()()()

 

「花…………!?」

 

 毒々しい極彩色の、何枚もの開かれた花弁。

 どんな植物系モンスターとも異なり、その姿は『花』としか呼べなかった。

 花弁の中心に備わった、びっしりと歯が並んだ捕食器官を除けば。

 

「オオオオオオオオオオオオオオォォォッ!!」

 

 極彩色の花弁のモンスターが咆哮を上げる。

 先のシルバーバックと全く異なるその毳毳しく恐ろしい相貌に、通りの住民たちは萎縮し再び姿を隠す。

 

 しかし、極彩色のモンスターは最初に捕獲したベルのみに大顎を向けていた。

 このままでは喰われる――急いでベルは脱出を試みる。

 

「入らないっ!?」

 

 脚に巻き付いた触手に双剣の刃を立てるが、分厚い肉質に押し返されてしまった。

 硬いシルバーバックの皮膚さえ簡単に斬り裂けたが、使い始めたばかりで成長していない今の《炉神の双剣》では、このモンスターの体皮に刃が通らなかったのだ。

 

「ベル君! その剣に思いっきり力を籠めるんだっ!!」

 

 すると、袋小路から姿を現したヘスティアが、宙ぶらりんで困惑するベルの耳まで届くほどの大音声で叫ぶ。

 

「っ! はい!」

 

 ベルは片剣の柄を、言われた通り力の限り握りしめた。

 腕の鎖と剣が急激に熱を放ちだし、刀身が赤い炎を纏う。

 

 ヘスティアが両の剣に宿した炎、不滅の聖火がベルの意思に呼応したのだ。

 

(これなら――)

 

 植物系は炎に弱い。

 炎刃を触手に突き立て、そして確かに刃が通ったのを感じた瞬間、モンスターの体が大きく悶える。

 緩んだ触手から捕まっていた脚が抜け、ベルは空中に投げ出された。

 

「ッ――――」

 

 ゆっくりと体感時間が引き延ばされる中、ベルは真っ逆さまに落下コースを辿っていく。

 その最後で大きく顎を広げる奈落の奥で――黒光りする石を目にする。

 

 魔石。すべてのモンスターが有する、弱点とされる核。

 

 それを偶然にも見つけたベルは、持っていた剣を反射的にモンスターの口膣に投げ飛ばした。

 

「いけぇっ!!」

 

 本当に魔石かは賭けだったが、真っ直ぐに伸びていく鎖に繋がれた剣は、ベルが落ちていくよりも早く喉奥の石に突き立つ。

 

 そして次の瞬間、滞空するベルの腕の鎖が熱いほどの光を放ち――モンスターの口内で大爆発が起きた。

 

《ブレイズ・オブ・へスティア》の剣を起点とした火炎の炸裂。

 魔導師が魔法の発動に失敗した際に起こす、魔力爆発(イグニス・ファトゥス)にも似た発破で口内の魔石を爆砕された事で、モンスターは弾け飛んだ頭部以外も灰に還っていく。

 

 そして、ベルはモンスターを倒した事に安心するのも束の間。重力に従って、頭から真っ逆さまに地面へと落ちていった。

 

「うわぁっ!?」

 

 慌てて剣を投げて人家の屋根に引っ掛け、落下の勢いを殺して緩やかにベルは着地する。

 その数秒後、今度こそ通りの各所から歓喜の声が迸った。

 

「べ、ベル君っ! やったねっ……グゥゥ…………」

 

「神様っ!?」

 

 喝采に包まれる中、ベルに駆け寄ろうとしたヘスティアだが、直前に糸が切れた人形のようにパタリと地面に倒れ込んだ。

 

 高揚感から一転、蒼白になったベルは双剣を脇に挟んで主神の下へと駆けつけ、小さな体を抱き起こす。

 閉じた両瞼を見て――目の下の隈には気づかずに――さらに蒼くなったベルは、ヘスティアを抱き上げると大歓声の中を突っ走っていくのだった。

 

 

 Ω

 

 

「――あぁ、やっぱり、美しいわね」

 

 とある人家の屋上。

 風の中、モンスターの脱走を含め今回の全てを仕組んでいたフレイヤ。

 途中で舞台を降りる事になったり、イレギュラーの出現があったものの、奮戦する少年の魂の輝きが見れただけでフレイヤは満足であった。

 

 そして、祝福の中を顔面蒼白で走る少年の、その胸に抱えられた別の女神を見て拗ねたようにため息をつく。

 それは悔やみから来るものであった。

 

「やっぱり、あそこで思い切って着いていくべきだったかしら」

 

「それは流石に……いけません。フレイヤ様」

 

 そのフレイヤの傍らに立つ美しい少女、美神の付き人ことヘルンが遠慮がちに諫めた。

 自身を崇拝する侍従頭であり、今回の功労者である彼女に強く言えないフレイヤは「むぅ」と頬を膨らませる。

 その幼い仕草に心臓をガッと掴まれたような衝撃を喰らいながらも、歯を食いしばってヘルンは言葉を続けた。

 

「ア、アレン様もお怒りでしたよ? もう今後、このような事は頼まないで欲しいと激昂していらっしゃいました」

 

「んー。さすがに今回は自分勝手が過ぎたかも知れないわねぇ」

 

 恐らくだいぶソフト化された報告を聞きながら、フレイヤは珍しく自省する。

 今後しばらくの間、今日のような無茶をするのは難しいだろう。

 

【アストレア・ファミリア】や他の冒険者たちを撒くために、外での秘術の行使を解禁し、闘技場の地下から多くのモンスターを脱走させた。

 さらには眷族を動かして少年の主神を送り届ける案内役をさせ、鍛冶神に打たせた武器を手渡すまでのお膳立てまでした。

 

 その全ては少年と『娘』をできるだけ長く二人っきりにさせ、かつ少年の魂をもっと輝かせたいという、女神の希望(わがまま)たってのものである。

 肝心のフレイヤは、団長の猪人(ボアズ)が人知れず胃を痛めているとは知る由もないのは不幸な事だ。

 

 そして報告を終えたヘルンが少し離れたのを見計らって、フレイヤは再び少年に瞳を向け、さらに衣服の隙間に挟んでいる双剣に視線を移す。

 

「やっぱりクレイトスはあれをヘスティアに渡していたのね……。ふふふ、面白くなってきたわ」

 

『ブレイズ・オブ・カオス』を手放したという事は、クレイトスもようやく腹を括ったのだろう。

 ロキとクレイトスが人間で言う父子のような関係である事は勿論、さらにベルがクレイトスだけでなく大神(ゼウス)とも義理の親族関係であるという、本人が知る筈もない情報もフレイヤは手にしていた。

 

「あぁ、やっぱり――――欲しいわ」

 

 今すぐに手を出したくなる衝動を全力で抑えながら、今は我慢の時だとフレイヤは理性に訴えかける。

 今も彼を取り巻いている多くが払い除けようとするだろうが、その時が来ればきっと自制心が効かなくなると、フレイヤは漠然と感じ取っていた。

 

 少年の魂の輝きは、あの武器を手にしてから間違いなく()()()()()()

 危うく目を焼いてしまいそうなその白い輝きに、フレイヤは恍惚の笑みを浮かべて歓喜した。

 きっとこれからもさらに輝く。彼の魂はもっと、自分の心を燃え上がらせてくれる。

 

 そして思う。七年前、『大抗争』後にわざわざクレイトスの元を訪ねて良かったと。

 あの時の出会いは、決して間違いではなかったと、そう確信する。

 

「フフフ。また遊びましょうね?」

 

 ――私の息子(バルドル)

 

 

 Ω

 

 

 夕日が沈みかけた頃。

 過労で倒れたヘスティアが運び込まれた『豊饒の女主人』にて、ベルはリューから事件の顛末を聞いた。

 

 脱走した他のモンスター達は【アストレア・ファミリア】と他の冒険者の尽力によりすべて討伐され、幸いにも死傷者が出る事はなかった。

 むしろ一番被害を受けたのはベル達と言え(その事でリューと何故かミアにも謝罪された)、『ダイダロス通り』で別れたシルもあの後ギルドに無事保護されたと聞いた時、ベルは安堵のため息をついた。

 

「ベルさん!」

 

 ベルと寝台で眠るヘスティアだけの部屋に最初に踏み込んで来たのは、ミアに伴われ涙目になったシルだった。

 

「よかった…………もう、心配したんですからね……!」

 

 すみません、と気まずさに負けてベルが謝る。

 すると、シルは眦に涙を浮かべて笑顔を浮かべた。

 

「でも、ありがとうございます。私の小さな『英雄』さん。凄くかっこよかったです」

 

「……あたしからも礼を言っとくよ。娘の我儘に付き合ってくれた挙げ句、命まで救ってもらったら全くこっちの立つ瀬が無いってもんだ」

 

『英雄』とシルの口から言われた事にベルの頬が赤く染まる。

 幸いその時はヘスティアは目を覚ましていなかったが、そのまま部屋に居座ろうとするシルを、様々な事があって気苦労を顔に浮かべたミアが外まで引っ張っていった。

 

 シルとミアの次にやってきたのはリューだった。しかし『豊穣の女主人』の制服ではなく、冒険者としての装いのままの、『疾風』のリュー・リオンだった。

 

「今回の騒動に関しては、クラネルさんには感謝してもしきれません。私の友人を身を挺して救ってくれました」

 

「貴方は尊敬に値するヒューマンだ」と称賛するエルフに、顔を赤くしたベルは気恥ずかしくなるしか無かった。

 そして次に、柔らかかった双瞳がすっと細められる。

 

「【ファミリア】の名に賭けて、今日の騒動の犯人は絶対に突き止めてみせます。そしてシルの事も含めて、この借りはいつか必ず返します」

 

 その借りが、果たして自分に向けてなのかそれとも犯人に向けてなのかは分からなかったが。珍しく怒気を纏うリューを見て、ベルは自分の背中にすっと冷や汗が垂れるのを感じた。

 今日の『怪物祭』の警備には関わらなかったとはいえ、同じ【ファミリア】の一員として責任を感じているのだろう。

 

 

「しっかし、誰があんなに大量のモンスターを逃したんだろうねぇ」

 

 場所は変わって、ベル達の本拠である廃教会。

 三十時間もの土下座耐久レースによる過労から立ち直ったヘスティアは、地下室のソファで寝そべりながら嘯く。

 

「ガネーシャのところの警備を掻い潜れたとしても、騒ぎが起きれば必ず誰かの目につくはずなのに……」

 

「警備の人は皆その時の事を覚えてないんですよね?」

 

 使用した食器を洗いながら、主神の話にベルは相槌を打つ。

 リューから聞いた話によると、犯人に襲われたと思われる構成員は目を覚ましても事件の時の記憶が無いらしく、それが犯人を特定できない理由なんだとか。

 まるで化かされたような出来事に、ヘスティアは頭を唸らせた。

 

「うーん。そんな事できるヤツなんて、それこそボクたち神々くらいなんだが…………あ」

 

 神という言葉が思い浮かんだ時、自分を『ダイダロス通り』まで連れて行ってくれた、バイザーの猫人の事がヘスティアの頭を過る。

 ぶっ倒れていたせいですっかり忘れていたが、あの猫人は自分が『さるお方』の命令で動いていると語っていた。

 

(もしかして、その『さるお方』は神々?)

 

 だが、それだけでは今回の事件の犯人とは結びつかない。

 モンスターを逃した犯人と、『さるお方』は別の存在と見るのが自然だ。

 

「むむむむむむむむぅ…………」

 

「神様?」

 

 大丈夫ですか、と食器を荒い終えたベルが居間に入る。

 頭を抱え考え込むヘスティアを見て、まだ疲れが抜けきっていないのかと心配そうな顔をする。

 これ以上は自分が考えても無駄だと思考を打ち切って、ヘスティアはベルが座るソファに座り直した。

 

「……神様。本当に、ありがとうございます」

 

「え?」

 

 唐突に改まったように言うベルに、ヘスティアはキョトンとする。

 

「だって、僕のために何日もヘファイストス様の所で土下座して……。しかも、武器を届けるためにあんな危険なところまで来てくれたんですよね。……僕、神様の想いに応えられるように、これからもっと頑張ります」

 

 一般的な武器と比べ、【ヘファイストス・ファミリア】の武器は高価だ。

 ヘスティアも神友のよしみで三十時間も土下座を続け、さらに借金まで抱えてまで直々に作ってもらったのだ。

 どこまでも自分を思ってくれる主神に、ベルの心は感謝と尊敬の念で埋め尽くされていた。

 

「うへへへへへへ」

 

「わっ!」

 

 嬉しさの余り、ベルの肩にもたれかかったヘスティアはそのまま腕に抱きつく。

 本当は愚図でノロマな女神なのに、この少年の前では格好をつけていたいのに、我慢ができなくなる。

 照れ隠しなどではなく、好意を全開にしたスキンシップに、初心な少年は顔を真っ赤にした。

 

「そうだ! 【ステイタス】を更新しよう!」

 

「えっ、またですか」

 

 ガバッと顔を上げるヘスティア。

 あの袋小路で二日分の更新をしたが、少年の『スキル』が働いていればシルバーバックと極彩色のモンスターとの戦闘分の【経験値】が蓄積されているはずだ。

 

「さっ、寝転んだ寝転んだっ!」というやり取りに若干の既視感を覚えつつ、ベルは主神に勧められるがままソファに寝転んだ。

 

 さて、この少年はどのように変わるのか。

 

 冒険者、戦士、英雄、反英雄……それか、神殺し。

 

 最後の二つは何としてでも防ぐとして、少年の持つ可能性に、ヘスティアは期待せざるを得なかった。

 背中に跨った女神はうきうきとした顔で針をとり、いつものように更新を始めるのだった。

 

 




《ブレイズ・オブ・へスティア》
・ヘファイストスの手で【新生】された、ブレイズ・オブ・カオス。抜刀すると魔力を発生させる。
・『炉の女神』ヘスティアの『神血』と『髪』、そして『火』を用いて作られた。
・【ステイタス】が刻まれており、戦闘を経験する事で、使用者の【経験値】を糧にして成長する。その果てが、前世とも言えるブレイズ・オブ・カオスなのか、それとも全く違う道を辿るのかは、使う者次第。
・ベルの意思で『炎』を纏わせる事が出来る。炸裂させる事も可能。
・結びついた鎖が契約の証。自由に操作が可能。
・破壊は鎖含めて不可能。
・基礎となる鉄塊はヘスティアが持ち込んだが、やはりやばい程のローンがある(3億)。クレイトスが知れば、きっと立て替えようとするだろう。


ひとまずこれで第一巻は終わりです。
前書きにも書きましたが、遅くなって本当に申し訳ありません。正月中に終わらせる事が出来ませんでした。
2巻については、出来次第順次投稿する予定です。

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