「生きてる…… 僕、生きてるっ!」
薄暗い山の中で僕は喜びに震えていた。 土壇場のひらめき、何とか瞬間移動に成功したようだ。 我ながら信じられない。
うるさく胸を叩き続ける心臓を抑えようと深呼吸を繰り返す。
暫くの時間をそうして過ごして、少し落ち着いてきた。 まだ少々全身がガクブル状態だけど何とか動ける程度までには回復できた。
「……ここ、何処だろう? 見た事ない景色だ……」
移動先をしっかりイメージせずに発動したせいだろう。 山だというのは分かるけど、地理的にどの辺りにいるのかがさっぱり分からない。
完全に落ち着きを取り戻すまでは瞬間移動も控えたほうがいいだろう。 このコンディションで使っても正確な場所へ行ける可能性は低い。 ……と、言う事はだ。
「今日も野宿か…… いや、家、ぶっ壊れたし今後ずっと野宿かよ……」
ああ、最悪だ。 人生で最低の一日だ。
「疲れた…… 眠りたい。 少しでも綺麗なところ探そ……」
無意識に口にしていた。 ただ、そうやって自分に指示でもしないととても動きたくなかった。
そうして寝床を探し求めて彷徨う。 気づけば日は落ちとうに落ちた。 真っ暗な森の中をただひたすらに歩く。
そうして歩くうち、ふと妙な音が耳に入った。
遠くの方で微かに聞こえる人の声。 山小屋の類でもあるのかとその方向へ目をやっても、灯りは見えない。
「……何だろ?」
どうにも気になり耳を凝らしつつその方向へと向かう事にした。
段々と近づくにつれて声が言葉こ輪郭を持ち出す。
「……て!」
なんだ? 何を言っているんだ?
「だれ……て!」
「ッ!! チィッ!」
とうとう聞き取れた、『誰か助けて!』という言葉。 そしてそれに込められた恐怖の感情。
僕は急ぎその場へと向かい走り出した。
走って損した。
「誰か〜! 助けてっ!! 助けてー!」
そこにいたのは僕の背丈より少しだけ高い木によじ登って声を上げる少女、それと彼女の周りを飛び回る甲虫や蛾といった虫たちであった。
「こんな所でなーにやってんのお嬢さん」
「だ、誰っ!? 何でもいいからこの魔物たちやっつけてよお!」
「いや、それただの虫……」
「いやあああっ! 殺されるっ! し、死ぬぅー!」
ギャーギャーと喚く少女。 足元に転がっていた手頃な枝を使って彼女の周りの虫を追い払ってやる。
「ほら、もういなくなったぞ」
「う、嘘! まだ近くにいる! 不気味な羽音がするもの!」
「小蝿かなんかだろうに……」
「お願いだから何とかしてぇーっ!」
仕方なしにしばらくの間枝を振り回す事にした。
「まだ音するかー?」
「する! する!」
「まだかー? 腕疲れてきたんだけどー」
「まだダメっ!」
………………
…………
…….
「もうヤダ、地上怖い、部屋戻りたい」
ようやく全部の虫を追い払う事が出来た頃には、死んだ魚のような瞳の少女が一人出来上がっていた。
余程恐かったのだろう。 虫(魔物)がいなくなったにも関わらず、木の上でまだ幼さの残る顔を引き攣らせガタガタ震えていた。
歳の頃は僕より少し下くらいだろうか? 所々破れている服を見るにそうとう必死によじ登ったのだろう。
「あー、君、降りてこれるか?」
「む、無理ぃ! 死んじゃう! 激突して地面に散らばって食い殺される!」
「おおぅ、なんかすげー残酷な想像しておられる…… じゃあそこから動くなよー、今そっちに行くから」
その後程なくして彼女を木から救出に成功したのだった。
「……地上は恐ろしいものばかりね」
憔悴しておられる。 側から見ても確実に。
「君の家は? この山の麓? 送って行くから教えてくれない?」
「……私の家? ……ふっ、そんなものとうの昔に捨て去ったわ」
何言ってだコイツ、さっき部屋に戻りたいだの何だの言っていた癖に。 まあ、こんな時間に山にいる辺り家出少女とかその類だろう。
着ている服はパッと見でわかる程に質の良いものだった、汚れや解れで台無しになってはいるが。
地上だの何だの訳の分からない言葉を鑑みて、なるほど。 箱入りお嬢様の小さな冒険といった所か。
「あー、そういうのいいから。 言わないとここに放置して行くぞー」
「や、やだ! 今度こそ死んじゃう!」
「じゃあ早く言えっての…… 」
「う、うう…… できるなら私も帰りたいわ。 ここは怖いもの…… でも、そう言われても……」
段々と小さくなって行く声量。 何か、嫌な予感がする。
そして次に少女の口から出た言葉に僕は空いた口が塞がらなかった。
「家の場所が分からない?! じゃあどうやってここまで来たんだ!?」
「あ、あのね、人間たちがキノコ? って美味しい食べ物がここに沢山あるって言ってたの。 だから、私に食べさせなさいって言って、馬車で連れてきてもらった」
「ソイツらは今何処に!」
「し、知らない。 わ、私を馬車から下ろした後どっか行っちゃったわ」
馬鹿だ、このアホ、すげー馬鹿だ。
とんだ面倒に関わってしまった。 現状の自分の事も何一つ解決していないというのに。 が、 ……仕方ない。 非っっ常に面倒臭いが、仕方ない。
「何とか僕が送り届けてあげるよ…… 家まで」
これでも世界中を旅した事があるんだ。 世界を救うのに比べりゃあ迷子の世話の一人や二人やってやらあ。
「本当!? ありがとう! あ、そうだ! じゃあ契約を結びましょう!」
「契約?」
「そう、一蓮托生の契約。 私を無事に家まで送り届けて! 報酬は何でも望みのものを!」
妙に芝居がかった仕草でそう提案する少女。 本か何かで読んでこういうシチュエーションに憧れでもあるのだろうか?
「別に報酬なんていらないんだけど…… まあそれで君の気が済むなら契約でも何でも結んであげるよ」
「じゃあ、はい腕を出してー」
そう言って彼女は懐から小さな判子を取り出した。 なんでそんなもん持ち歩いてるのかは聞かない。 また素っ頓狂な答えが返ってくる気がする。
「はいはい、これでいいか?」
そうしてぶっきらぼうに差し出した僕の腕に彼女は判子を押し当てた。
瞬間、腕が消し飛んだと思った。
「ッ! グッアァァァッ!!」
信じられない程の痛みが腕から全身へと周ってくる! 全身の神経がむき出しになったとしてもこれ程痛むだろうか!
「えっ、痛かった!? ……あ、そういえば生き物に使ったの初めて……」
ぬいぐるみは痛みなんか感じないものね。 そんな言葉が聞こえた気がするが、こっちはそれどころじゃない。
気が狂うかのような痛みの津波を必死に耐える。
耐えて、耐えて、耐えて、耐えて。
唐突に終わりは訪れた。
「ハアッ! ハアッ! ハア、ハア……」
ようやく痛みの波が引いて行く。
「あっ! 痛み、治った? 良かった〜。 じゃあ行きましょう! いざ、我が家を目指して!」
彼方を指差し高らかに宣言する大馬鹿者。 ぶん殴ってやりたいが体がまだ動かない。
「いっ、たい、ぼくに、なにをした」
何とか動かせる口で彼女に聞いた。 するとキョトンとした表情で彼女は答える。
「……? 契約? あっ…… ごめんなさい、そんなに痛かった? これ、パパが作った魔道具だから…… 効力が強すぎるのかも……」
「い、ったいんなもん作る親父さんって…… 何者、だよ」
「あ、れ? 私言わなかった? 私のパパはサタンだよ。 凄いでしょ! この地上で魔王やってたんだよ!」
ちょっと前に死んじゃったんだけどねー。
そう言って朗らかに笑う彼女の最後の言葉は震える僕の耳には届かなかった。
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