遊戯王5D's after ~童実野第二高校ヒーロー部~   作:レトやま

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第33話 「少年は旅をする」

[デュエルアカデミア本島 教室]

 

デュエルアカデミア本島は太平洋に浮かぶ島全体をアカデミアの敷地とする大規模校舎である。

島の中央に建てられた校舎では半円状の大教室に生徒を入れて講義が行われていた。

青のコートに金の肩章がついた教師がどことないカタコトのような日本語を話しながら電子黒板に刺し棒を向けている。

 

「……ここでブラックガーデンーの特殊裁定ーが……」

 

電子黒板にはカードがいくつも表示されており、効果の詳細や特殊事例が羅列されていた。

そんな黒板を睨みながらオベリスクブルー生ーーツァン・ディレはノートを懸命にとっていた。

窓際の席で海の光がチラチラと輝いている。

 

「……」

 

その刹那出会った。

ーーーーゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……グラグラグラグラグラ……。

足元から大きく揺すられるような振動が地鳴りとともに起きた。

 

「わっ……!」

 

ツァンは思わず声をあげてあたりを見回した。

他の生徒も同様である。

唯一立っていた教師は思わず教壇を抑えるように捕まった。

 

「はにゃにゃーあ……!? な、なんでスーノ!?」

 

揺れはさらに続き、窓や棚をも激しく揺らす。

電子黒板はたまらず明滅し、ついに消えてしまった。

 

ーーグラ……グラ……。

 

次第に揺れが治っていき、やがて何事もなく教室には静寂が戻る。

教師は辺りを見回しながら言う。

 

「じ、地震でスーノ……。みんな大丈夫でしたーノ?」

 

窓ガラスが割れたり誰かが怪我をしたというようなことを見られない。

教師は胸を撫で下ろして黒板を振り返る。

 

「大丈夫そうでスーノ……って電子黒板が消えちゃったでスーノ……」

 

真っ暗になった黒板の端にある機械を覗きこみ、教師はガチャガチャといじる。

しかし動く気配はない。

 

「な、なんで動かないーノ……」

 

困った顔をしながらも教師はしばらくガチャガチャといじり回すが、やがて手を止めると諦めたように振り返った。

 

「情報科の先生呼んでくるでスーノ。それまで教科書の問4解いておくようーニ」

 

そう言うと教師は早足に教室を出ていく。

残された生徒たちは互いに顔を見合ってザワザワと話出す。

 

「……」

 

ツァンは頬杖をついて窓の外を眺めてみた。

海は薙いでいて津波の心配はなさそうである。

すると不意に鈴の鳴るような声がした。

 

「最近多いわねぇ」

 

隣に座る同じオベリスクブルーの制服ーー藤原雪乃の声だ。

 

「そうだね……ってトゥアッ!?」

 

ツァンが振り返って返事すると真っ先に見えたのは白い首筋に、大きく開いた胸元。

張りのある大きな双丘が柔らかい丸みを帯びていて深い谷間まではっきりと見えていた。

雪乃はツァンの悲鳴に妖艶な笑みを浮かべる。

 

「あら、どうしたの? そんなネオスみたいな声出して」

 

「ちょっと雪乃! 一体何個ボタン開けてるの!? だいぶ見えてるんだけど!?」

 

「見せてるのよ? 大丈夫、見えていいところまでしか見えないもの。でもここから先は、ゆ、う、りょ、う」

 

ツーと自分の首筋から胸元までを指で這わせる雪乃。

ツァンは思わず赤面して声を上げた。

 

「身体の中心に見せても良い部分なんてないよ!」

 

「お堅いわねぇ」

 

「雪乃が緩すぎるの!」

 

「そうかしら?……そんなことより」

 

雪乃は物憂げな顔で窓の外に顔を向ける。

 

「地震よ、地震。最近多すぎると思わない? お姉さん、怖くてしかたないわ」

 

「うん……。まぁ、大っきいのがドーンと来るよりはマシなんだけどさ」

 

「そうねぇ。でも一回がそこそこ大きいのも嫌になるわぁ」

 

そんな会話をしていると今度はやや離れた場所から足音がして二人の下で止まる。

 

「Japaneseでもearthquakeを怖がるのネ!」

 

「あら、神川さん?」

 

雪乃が声に反応し、 ツァンが追従して顔を向けるとそこには金髪に片方だけお団子にしている少女ーー神川 ノエル 美優が立っていた。

 

「Hi! How are you?」

 

ニコニコと笑う美優に ツァンは呆れたようにため息をついた。

 

「ジャパニーズって……神川さんも半分は日本人でしょ……。っていうか、なんでここにいるの? 神川さん、実技科だよね?」

 

「実技科にだって座学はあるワ。今日は本島で新型ソリッドビジョンの試験デュエルをするためにきたから、単位のために代わりにこの授業に出てるの」

 

美優は腰についているデッキケースをポンポンと叩く。

それを見て雪乃は人ごとのように言った。

 

「へぇ、そうなのぉ。実技科は大変ねぇ。その新型ソリッドビジョンっていうのは何に使うのかしら?」

 

「I dont know そこまでは知らないワ。ただ、ソリッドビジョンに高い負荷をかけるために、ガンガン展開してハイスピードなデュエルをしてくれって」

 

「まぁ、神川さんのデッキとプレイングならお手のものでしょうねぇ」

 

雪乃の賛辞に美優は満足そうに目を細める。

一方で ツァンはやや難しい顔をして声を出した。

 

「また危ないものに使われなきゃいいけど……」

 

「危ないものって?」

 

雪乃が首を傾げるとツァンは腕を組んで答える。

 

「ほら、前に試験的にってやったアクションデュエルみたいな……」

 

「oh! モンスターに乗るっていうやつね!」

 

美優が思い出したように手を叩く。

雪乃もそういえばという感じで苦笑いを浮かべた。

 

「あぁ。モンスターの実体化がうまくいかないし、アクションカードも調整しなきゃいけないしで見送られたのよね」

 

「yesyes! 代わりにアルセーヌ社にお願いしてフィールドにアトラクションを置いたりしたんだけど、今度は事故が絶えなかったのよ。私は好きだったけどネ」

 

「お姉さんも、アクションカードのデザイン案をいくつか出したのに、無駄骨だったわぁ」

 

肩をすくめる雪乃。

ツァンは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに両手を軽く上げた。

 

「だいだいモンスターの実体化なんて……」

 

そう言いかけてからツァンは言葉に詰まる。

 

「どうしたの、ツァンさん?」

 

雪乃が聞くとツァンは少し言葉を濁した。

 

「い、いや……」

 

その様子に美優は声を潜めてツァンに問う。

 

「……ユシンのこと……?」

 

「……うん……」

 

去年のWSC予選決勝において遭遇した事件。

同じくデュエルアカデミアの3年チームーーチーム煉獄とのデュエル。

インフェルノイド・ティエラの攻撃によりツンドラメンバーの金 唯信が負傷。

デュエル続行不能に陥りツンドラの敗北となった屈辱のデュエルであった。

雪乃も顔を顰めて声を漏らす。

 

「あれは……」

 

「Dont worry!」と美優は敢えて大きな声で言い放つ。

 

「あれがソリッドビジョンのせいなのかは今調べてるけど、今のところソリッドビジョンのせいじゃないと言えるワ!」

 

「……それならいいけど」

 

「今日の実験も、変なことがあればすぐにーーー」

 

「……神川さん、ツァンさん、藤原さん」

 

不意に聞こえた少女の声。

三人がそちらを見るとそこには青い制服をピシリと着こなし、メガネを光らせている少女ーー林原 麗華が立っていて3人を見つめていた。

 

「今はあくまで授業中です。私語は謹んで下さい」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

ツァンが代表して謝ると美優も手をひらひらとさせて自分の席に戻っていく。

麗華はただ彼女たちの姿をしばらく見つめ、自習を始めるまで待ち続けていた。

 

 

 

[場所は変わって とある電車内]

 

 

『ーーこの電車は、弾丸特急ヴァレッドライナー 青森シティ行です。途中の停車駅はー』

 

列車内は全体的に白い壁に囲まれていて座席は青い布製だった。

在来線とは違って右に2席と左に3席ずつが進行方向に向かって並んでいる。

ここのせはチケットを見ながら席と席の間を歩いていた。

チケットには座席番号と発着時間が記されている。

 

「盛岡までは……3時間か……」

 

ここのせはなんとか手に入れたチケットを大事にポケットにしまう。

なんとか行きは学割で新幹線には乗れたが、帰りは予算の都合上鈍行を使うしかない。

行きはよいよい帰りは怖いとはよく言ったものである。

(鈍行となりゃあ、帰りは半日以上かかる。大会までにケリをつけるとなりゃ、2日くれぇでなんとかするしかねぇな。……まぁ、考えこんでも仕方ねぇか。やるだけやるしかねぇぜ)

 

そう自分に言い聞かせて、ここのせは辺りを見回した。

 

「えーっと、10-Aはっと……」

 

その時だった。

 

「おい! てめぇふざけてんのかぁ!」

 

遠くから怒号が聞こえてきて一瞬ドキリとする。

その声にザワザワと辺りが騒然となった。

 

「あぁ?」

 

ここのせも思わず振り返り奥の方を眺めた。

 

「何の騒ぎだ? 隣の車両、か?」

 

[隣の車両]

 

野次馬根性でここのせは件の怒号の下へと歩いていく。

 

「何の騒ぎだこりゃ……?」

 

するとどうやら2人掛けの座席で乗客同士が口論しているらしかった。

 

「このダボ! そのギターしまえボケぇ!」

 

「おやおや、穏やかではないですなぁ」

 

一方は中年男性の怒鳴り声。

もう一方は青年のゆっくりとした声だった。

ポロロンッとアコースティックギターの音も聞こえた。

 

「うるせぇ! 俺は眠いんだ!! 隣でギター弾いてんじゃねぇよ!!」

 

「女と一緒ですよ。わたしはこいつから離れられず、こいつもわたしから離れられないのです」

 

「ぎぎぃぃ!!」

 

中年男性の苛立ち混じりの声にあたりは一層騒然としてしまう。

ここのせはというと原因となった青年を見て目を丸くした。

 

「なっ……!!? あいつ……!」

 

「おや? これはこれは」

 

青年はここのせを見つけると呑気に手をヒラヒラさせていた。

デュエル神社にいた吟遊詩人であった。

ここのせはなんだか急に頭が痛くなったような感覚を覚えてため息をついた。

 

「はぁぁぁ……」

 

それから騒ぎの元まで歩いて行って中年男性に声をかけた。

 

「おい、おっちゃん」

 

「あぁ!?」

 

「あんた、どこまで乗るんだ?」

 

「あ? 仙台までだが……」

 

「ならよ、オレの席と変わってくれよ。向こうの車両の10-A席。それで収めてくれねぇか?」

 

「はぁ? ……ま、まぁそういうことなら……」

 

怒る理由がなくなったからか中年男性はさっさと荷物をまとめて席を立った。

後には怪しさ満点の詩人だけが座っているのでここのせは思わず睨みつける。

 

「……」

 

「いやぁ、助かりましたよ、能瀬くん」

 

「助かりましたじゃねぇってんだ」

 

空いた席にドスンと座るここのせ。

それから怪訝な顔で詩人を睨む。

 

「あんた、何してんだこんな電車に乗ってよ」

 

「流れ流れて根無草〜♪」

 

ポロロンッとアコースティックギターを弾くのでここのせはすぐに弦を押さえた。

詩人は特に気にも留めずに応える。

 

「あたしは風の吹くまま気の吹くままに流れていくだけですよ」

 

「なんでぇそりゃ……」

 

「あたしからも問いましょう能瀬くん。あなたは星巡りに行くのですか?」

 

「お前が焚き付けたんだろうが」

 

「くっくっ、あたしは詩を歌っただけですよ」

 

「詩ねぇ。……あんた、星遺物についてなんか知ってんだろ? 勿体ぶらず教えてくれよ」

 

詩人の回答にここのせは眉を曲げて言う。

ぐんと一瞬制動がかかり列車は鈍く動き出す。

詩人はギターを収めると椅子に深く座った。

 

「そうですねぇ。では先程のお礼に一つ話をしましょうか。星生みの神の話をね」

 

「星生みの神……。別天津神の…楚妃亜天亜羅とかいう……」

 

詩人の言葉にここのせは校舎の屋上で読んだ風土記を思い出した。

確かにそこには別天津神ーー日本の神話体系における星生みの神の名が記されていた。

ここのせの呟きに詩人は少しだけ目を丸めて言う。

 

「おや、よくご存知で。まぁそいつは当て字に過ぎませんがね。正しくはsophiaとtierraといいます」

 

「ソピアとティエラ……? 一つの神様じゃねぇのか?」

 

「えぇ。創造の力を司るsophiaと破壊の力を司るtierra、その二柱を星生みの別天津神ーーつまり創星神と呼んでいるのです」

 

「創星神ソピアと創星神ティエラ……。じゃあ星遺物に宿る力ってのは……?」

 

「お察しの通り星遺物カードには創星神の力、創造とそして破壊ーーその双方を宿しています。では、何故星遺物カードが創星神の力を宿すに至ったのか。そして創星神の力ーー星の力が宿ったカードが何故運命力が無い者ーー''星遺物を継ぐ者''の手に渡るのか」

 

「……!」

 

詩人の言葉にここのせは目を見開いた。

と同時に腰につけたデッキケースを無意識に触れていた。

 

「これより語るは、星生み神話、そしてその遺物を継ぐ者達の対抗神話」

 

「……」

 

ゴクッとここのせは唾を飲み込んだ。

しかし詩人は肩をすくめてしまう。

 

「ーーっと言いたいところですが。こいつを語るにゃ、曼荼羅図を見ながら話した方が面白いので、そこまでお預けにしましょう」

 

「だぁっ!?」

 

拍子抜け。

ここのせはずるりと背もたれを擦って座面に腰が付くくらいに崩れ落ちた。

 

 

「おや、どうしました、そんな座高を下げて。ぎっくり腰ですかい?」

 

「違ぇよ! 話がはじまるかと思ったのによぉ! 勿体ぶるなってんだ!」

 

「まぁまぁまぁ、そう怒りなさんな。お話とは耳だけでなく視覚もあったほうが面白いもんですよ」

 

「……だいたい視覚って、あんた、ついてくるってのかい?」

 

「あたしは流れ流れる流れ者、風吹く方へ風見鶏。今は君の背からから風が吹く」

 

「胡散臭え……。お前、そういう人攫いなんじゃねぇだろうな?」

 

「はは、或いはそうかもしれませんよ?」

 

「警察呼ぶ」

 

「ご冗談を」

 

飄々と返してくる詩人にここのせは溜息をついて横目でにらむ。

 

「……なら、あんたの名前を聞かせな。オレばっかり名前を知られてんのはフェアじゃないぜ」

 

「何、それはまた後のことで良いのです」

 

「よくねぇよ!」

 

「おやおや……」

 

詩人はただ肩をすくめるだけで応えようとしない。

彼の身なりや持ち物にも身元が分かりそうなものはない。

ここのせは諦めて舌打ちして腕を組んだ。

 

「なんでぇ、煮えぎらねぇなぁ」

 

「くくっ、まぁお互い知り合えた記念に祝杯でもあげましょうか。お姉さーん、ちょいとよろしいですかい」

 

「はぁーい」とたまたま傍に来ていたワゴン販売の女性が返答する。

その様子にここのせは慌てて詩人に向く。

 

「お、おい! オレは行き来で精一杯なんだぜ? ジュースなんか……」

 

「まぁまぁ、ここはあたしが持ちますとも。お姉さん、なんかスッとする飲みものはありますかい?」

 

「え? あ、えっと……こ、コーラでよろしいでしょうか……?」

 

「では、そいつを二つ。おいくらで?」

 

「360円になります」

 

「えーっと……あったあった」

 

さんざん自分の体中をぽんぽんと探した挙句に懐から布の切れ端を縫い付けたような巾着を取り出した。

 

「ひぃふぅみぃ……これで足りてます?」

 

ジャラジャラと音を立てて10円の硬貨をじゃらじゃらと36枚渡す。

 

「えーっと、34、35、36……。あ、丁度ですね! では、前、失礼します」

 

販売員の女性は嫌な顔を浮かべもせずに受け取るとコーラ二本をわざわざ簡易机を出しておいてくれた。

 

「どうも」

 

「ありがとうございましたー」

 

「どうぞ」

 

詩人は目を線にして微笑んで机に置かれたペットボトルを指す。

ここのせは怪訝な顔のまま蓋を開けた。

 

「……ど、どうも」

 

プシュッ、プシュッと二酸化炭素が漏れ出る音がする。

よく冷えていて泡がぱちぱちとはじけていた。

詩人はペットボトルを軽く傾けてここのせに差し向けた。

 

「では、旅立ちと出会いに、乾杯」

 

「……死出の旅じゃねぇことを祈ってな」

 

 

…………

……

 

 

 

[数時間後 駅]

 

『盛岡〜盛岡〜、ご乗車ありがとうございました』

 

ぞろぞろと降りていく乗客の中、一人軽装の少年と旅人風味の青年が並んで降りる。

その光景ははた目から見てどう映るのかここのせにはわからなかった。

ここのせは腰をぐっと伸ばして言う。

 

「長かった……。で、次はこっちか……」

 

「ふむ……」

 

 

[在来線乗り場]

 

新幹線乗り場からやや離れた場所の改札をくぐると途端に年季の入った乗り場が見えてきた。

電車はまだ来ていないようで掲示板を見ると次の電車は1時間45分後のようだった。

 

「おいおい……」

 

ここのせは思わずため息をつく。

すると詩人は肩をすくめて言う。

 

「これくらいザラですよ」

 

「仕方ねぇなぁ」

 

ドスンッとここのせはベンチに座る。

 

「仕方ないのです」

 

ストンッと隣に詩人が座る。

ここのせはポケットからスマホを取り出して地図アプリを開く。

周囲の地形から離れた場所を表示させ、そこを睨む。

 

「うーん……」

 

「どうかされました?」

 

「いや星寓神社ってのがある場所について考えてんだ」

 

「というと?」

 

「ネットなんかにゃ、星寓神社の詳細な場所が載ってなくてよ。一応目星はつけてんだけど確証がねぇんだ」

 

「ほほう。聞いても?」

 

「目星っても碌なもんじゃねぇぜ? 風土記の星寓神社について書いてある部分の前後が、地図で言うと、こことここの話だ。つーことは、その間のこの辺が怪しいと思ってるってだけだ」

 

地図を指さしながら言うここのせ。

詩人はここのせの手元のスマホを一緒に覗き込みながら手を顎に当てている。

 

「ふむ、なるほど。結論から言うと合ってますよ。もう少し具体的に言うなら」

 

指をここのせスマホに伸ばしながら続きを話す。

 

「東側に伸びている高地。これは星ヶ丘という丘、というか山でして。これを超えた先に星見沢という場所があります。そこに星寓の社はありますよ」

 

「星見沢……。あんた、何でそんなことまで知ってんだ……?」

 

「蛇の道は蛇と言います」

 

「……」

 

「疑いますか?」

 

「いい。時間が惜しいからな。しかし、どうやって行く……?」

 

「星ヶ丘は車の道はありませんので、歩いていくしかないでしょうなぁ」

 

「在来線の最寄りは……ここか。遠いぜ……」

 

地図上では無情にも1時間30分という表示。それも徒歩で。

ここのせはスマホを強く握って胸中で吐露する。

 

(とはいえ、オレに引き返すって選択肢はねぇんだ。何が何でもいくしかねぇ)

 

…………

……

 

 

[星ヶ丘 麓]

 

日はとうに真上から徐々に西に傾き始めている。

駅から行けども行けどもたどり着かぬ道を何とか堪えて歩き、ついに目の前に小高い山が見えた。

緩やかな土の坂道が山を巻くように続いている。

ここのせは腰に手を置いて言う。

 

「……ここか。丘っていうより山だなたしかに」

 

「標高は大したことありませんから、ギリギリ丘なんでしょうな」

 

「……行くか」

 

「えぇ」

 

山へと1歩踏み出した瞬間に青々とした匂いが鼻奥を刺激した。

何とも言えないツンとした香りにしんとした静けさが口の中を苦くした。

山道の傾斜は少しずつ大きくなっていくようだった。

ここのせが黙々と歩いていると詩人が不意に口を開けた。

 

「黙ってると辛くなりますし、少し話しても?」

 

「? おぉ」

 

「能瀬くんは、なぜデュエルをしているのです?」

 

「何故って……。楽しいからだろ」

 

「ふむ。しかし解せませんなぁ。君は運命力がないのでしょう?」

 

「ああ、そうだぜ」

 

「しかし、それならば星遺物カードがなければ、君はどんな初歩的なデッキだろうと碌に回せませんし、カードも集まらないはずです。そんな君がどうしてデュエルを好きになれるのでしょう?」

 

詩人は大仰に顎に手を当ててここのせを見た。

ここのせはしばらく考えてから返答する。

 

「……ドレッドノイドのカードを手に入れたから、だろうな」

 

「ふむ?」

 

「オレが初めて手に入れたレアカード、それがこいつだ」

 

腰のデッキケースに軽く触れてここのせは言う。

 

「……まぁ、今思えば、どう考えてもおかしいんだ。オレが自分の力でこんなカードを当てられるハズがねぇ。多分、ウチの親が仕組んだんだろうな」

 

「ほう」

 

「でもそんな子供騙しに気付いた今でも、あの時の嬉しさがこびりついてんだ。……はは、オレはホントに誰かから貰ってばっかりだな」

 

懐かしさに目を細めてここのせは自嘲する。

詩人はゆっくりと頷いたが、さらに質問を重ねた。

 

「なるほど。しかし、能瀬くん、そんな好きなデュエルに対して君は苦しんでいるようにもお見受けしますが?」

 

「それは……好きなもんでも勝てなきゃ苦しいぜ。それに実力もねぇのに好きだなんて……」

 

「下手の横好き、結構ではありませんか。世の中、デュエリストだけではありません。もちろん些事にもデュエルの知識の基礎くらいは求められるかもしれませんが。そのくらいのことなら今の君でも押し通せるのでは?」

 

「それじゃWSCに勝てねぇ」

 

「WSCとはチーム戦でしょう? 君の力なんて些細なものだ。君は引っ込んで、他の人に戦ってもらえばよろしいでしょう」

 

「なんだと!?」

 

詩人の言いようにここのせは思わず目を吊り上げて振り返った。

一方の詩人は悪びれることなく、しかし馬鹿にした風でもなく真剣に目線を返す。

 

「否定できますか?」

 

「……ッ!! なんだよ、てめぇ、おちょくってんのか!?」

 

「いいえ。しかし、大事なことだ。君は何故。そしてなんのために。力がほしいのですか? 見栄ですか? 野心ですか? はたまた闘争心ですか?」

 

「ッ……! それは……」

 

やや視線を下げるここのせ。

二の句がうまく出てこない。

詩人は目を伏せて声を出した。

 

「この星巡りの旅は、良い機会になるでしょう。今までボカしていた部分を切り払う良い機会に」

 

「……」

 

「行きましょう、能瀬くん。急がないと夜の帳が下ります」

 

「……野郎……」

 

…………

……

 

…………………………。

 

 

日はもうとうに傾ききっていて赤い夕暮れがいよいよ黒くなり始めている。

だというのに2人はまだ山の中にいた。

7~8合目あたりか。

 

「……はぁ……はぁ……!」

 

ここのせは右足を引きずり、肩で息をしていた。

 

(くそったれ……! 足の怪我が……!)

 

まだふさがり切っていないのかずきずきと痛みだした。

辺りはずいぶんと暗くなって前を見据えるのも難しい。

詩人はあたりを見回してなんでもなさそうに言う。

 

「臆病な黄昏だ。もう星空が辺りを包む」

 

「……!」

 

「能瀬くん、ここらで休みましょうや」

 

「うるせぇ、こんなところで止まってられるか!」

 

「止まらないならどうするのです? 夜通しで丘を越えると?夜の山場を歩くのは得策ではありませんよ」

 

「だからって、こんなとこで一夜明けんのもおかしいだろうが!」

 

「まぁまぁ、私に任せなさいな。もう暫くすると開けた草原に出ます。今夜はそこで休みましょう」

 

「……」

 

ここのせを抜かして飄々と歩いていく詩人の背中にここのせはある種の怒気を含んだ目で睨みつけた。

 

…………

……

 

それからしばらくして。

詩人の背についていくと突然木々がいなくなり、パッと開けた場所にでた。

背の低い草と花が生い茂っており、小川のせせらぎと虫のさえずりが小さく聞こえた。

 

「うわ……」

 

ここのせは開けた空を見上げて思わず声を出した。

詩人が言うようににわかにひらけた草原に出た。

そしてそこにあったのは、ネオ童実野シティでは絶対見ることはできないだろう無窮の星空だった。

詩人も同じく空を見上げて言う。

 

「ここが星ヶ丘と呼ばれる所以です」

 

「すっげぇ……」

 

「今日明日は雨は降りませんし、ここで休むのもオツでしょう? 少なくとも薄暗い林道よりはね」

 

「はぁぁ……」

 

突然ここのせは力が抜けたようにドスンッと座り込む。

 

「参った参った! 降参だよ! 一泊するにゃもってこいな場所だった!」

 

「くっくっ、素直でよろしいですね」

 

「うるせーってんだ」

 

苦笑いして詩人をもう一度ねめつけてやる。

すると不意にグゥゥゥ〜……と腹の虫が鳴った。

 

「はぁ、腹減ったなぁ……。残りの食料は……」

 

背負っているザックを開いて中を見る。

保冷剤で冷やしていた銀の保冷バッグの中にあるサランラップを巻いた白いおにぎり。

それが2つだけあった。

 

「これだけか」

 

「能瀬くん。座り込むにはまだ早いですぜ。ちと手伝っておくんな」

 

「お、おぉ。……ててて」

 

立ち上がるとやはりまだ足が痛む。

しかし大騒ぎするほどの痛みでもない。

 

「薪を探しましょう。手頃な枝をたくさん見つけてつかぁさい。折ったらパキンッといくような乾いたやつ」

 

「へいへい。二手にわかれんのかい?」

 

「いいえ、夏の月夜とはいえ薄暗いことには変わりませんから、一人になるのは得策ではないでしょう。私が前を行きますので、能瀬くんは後ろを」

 

「おう」

 

足元から腰にかかるかかからないか程度の草をかき分けて2人は歩いていく。

前をいく詩人が不意に足元の枝を拾い上げた。

 

「おっと」

 

パキンッと真っ二つに折って見せる。

随分乾いているようで小気味のいい音がした。

ここのせはそれを見て言う。

 

「そいつが見本か?」

 

「そうですね。こういうやつを」

 

「よし、きた」

 

「ところで、足はもう大丈夫なんです?」

 

「痛ぇは痛ぇよ。でも、これを抑えなきゃ漢じゃないぜ」

 

「時代錯誤ですな。あ、そこに薬草がありますよ。処方しましょうか?」

 

「……遠慮しとくぜ」

 

「それは残念。……おや」

 

「今度はなんだ?」

 

「ツユクサとオオバコ、それからスイバを見つけました」

 

「雑草じゃねぇか! そんなもんそこら中にあるってんだ!」

 

「たかが雑草、されど雑草ですよ。こいつらは熱を通せば食べられます。まぁスイバに関しては茹でなければならないので今回はパスですが。ツユクサとオオバコをいただいていきましょう」

 

「……大丈夫かよ……」

 

 

…………

……

 

ジュッ、ジュッ、ジュッ。

シュボッ。

……メラメラ……パキッ……メラメラ。

 

集めた薪にマッチで火をつける。

それから詩人はどこから取り出したのかボロボロの鍋を取り出して油を敷いた。

そこに採取した野草を入れてざっくりと炒めていく。

時折小瓶の中の塩らしきものを振りかけては混ぜていく。

その様子を見ながらここのは疑問を投げかける。

 

「なんで、鍋があんだよ」

 

「流れものの必須アイテムですよ。さぁ、できました。オオバコとツユクサのソテーですよ」

 

「い、意外とうまそうじゃねぇか……」

 

鍋の中は火が通ってくたくたになった野草たちだった。

最早雑草には見えない。

 

「食べますか?」

 

「……ただで貰うのはフェアじゃねぇ。こいつと交換だ」

 

ここのせは2つのおにぎりのうち1つを差し出した。

 

「おや、よろしいので?」

 

「そのかわり、オレも食うぜ」

 

「ご随意に」

 

ふっと詩人は笑い、ここのせのおにぎりを受け取った。

箸代わりに木の枝を削ったものを使って野草を摘まみ上げた。

 

「……あむ、ん、ん。野菜炒めの味だ。悪くねぇ」

 

「何よりです」

 

「……あぐっ」

 

合間におにぎりもかぶりつく。

塩を利かせた白米が喉を通っていく。

量があるわけではないのであっという間に食べ終えてしまう。

詩人は恭しく手を合わせて言う。

 

「ごちそうさまです」

 

「うん、ごちそうさまでした。ふぅぅ……」

 

満腹、というわけにはいかないが一息つくには申し分ない。

ここのせは茫然と星空眺めてみた。

 

「……」

 

隣で詩人がギターを取り出してキュッキュッと調弦しているのが聞こえた。

だがここはもう電車の中ではない。

止める理由もないのでここのせは気にせず空を眺め続けた。

 

「……」

 

……メラメラ……パチパチッ。

焚火の音が静寂を許さない。

星空はよく見ると1つ1つが呼吸しているようにきらめている。

そんな空を見ながらここのせは言葉を漏らした。

 

「……今更だけど、なんだか遠くまできたな」

 

「旅とはそういうものです」

 

「……結局、この旅でもあんたに頼りっぱなしだったぜ。一人だったら、ここにも辿り着けなかった。情けねぇな」

 

ここのせは星空に手を伸ばす。

満天の星空に。

 

「……やっぱり遠いな」

 

「ーーデュエルとは」

 

「?」

 

不意に詩人が言うのでここのせは思わずそちらを見る。

詩人は切り株に腰かけて足を組み、その足にギターを乗せている。

 

「古代から続く精霊を呼び起こす聖戦。人……デュエリスト無くして精霊は存在できない、精霊無くしてデュエリストは生存できない、元来そういうものですよ。それが、現代まで形を変えて続いている」

 

「なんでぇ、急に」

 

「精霊との繋がりーー運命力を持たぬ者。元来、それはデュエリストにあらず。それを正そうと言うならば、相応の覚悟が必要となる。それを持っているならば、恥ずべきことではありますまい」

 

「……この覚悟だって、アイツらが背中を押してくれたからだ。自分一人の力じゃない」

 

「ふふ、君がどう思うかは君次第だ。……しかし君の言う力とは、君が欲する力とは、一体何なんでしょうなぁ」

 

「……」

 

ここのせは再び黙ってしまう。

未だ見えぬ自分の気持ち。

詩人は楽しそうに笑った。

 

「くっくっくっ、まぁ、十分に悩めばよろしい」

 

「ハァァァッ……」

 

ここのせは反論する気も起きずドサリと寝転がる。

再び目の前は星の微睡が広がった。

 

「……ムカつくぐらい綺麗な空だぜ」

 

「……」

 

ポロロンッとギターが鳴る。

どこかでーーそう神社で聞いた音色。

 

「ーーーあかいめだまのさそり」

 

「ーーーひろげたワシのつばさ」

 

「ーーーあおいめだまのこいぬ」

 

「ーーーひかりのへびのとぐろ」

 

「ーーーオリオンはたかくうたい」

 

「ーーーつゆとしもとをおとす」

 

ゆっくりとした音色。

どことなく落ち着くような、胸が躍るような不思議な音色。

 

(星巡りの歌、か……)

 

クラッ……。

不意に目の前の景色がゆがむ。

 

「んっ……」

 

突然のことにここのせは目しばしばとさせる。

しかし徐々に視界が狭まっていくのを止められない。

 

「あれ……眠……」

 

ポロロンッ……ポロロンッ……。

視界が真っ暗になり、後にはもう旋律だけが聞こえていた。

 

「ーー〜〜〜……」

 

「……」

 

…………

……

 

ーーアンドロメダのくもは

 

ーーさかなのおくちのかたち

 

ーーおおぐまのあしをきたに

 

ーーいつつのばしたところ

 

ーーこぐまのひたいのうえは

 

ーーそらのめぐりのめあて

 

 

「……ん……」

 

パチッと目を開けるここのせ。

眼前には依然として満天の星空がキラキラと輝いている。

 

「寝ちまっ……」

 

身体を起こして辺りを見てここのせは思わず言葉を呑み込んだ。

 

「ーーなっ!?」

 

空だけではない。

地面も左右も全て。

満天の星空。

まるで身体が宙に浮いているかの様。

 

「な、なんだこれ……!?」

 

「お目覚めですか、能瀬くん」

 

声がして振り向くと詩人も同じく星空の中に立っている。

ここのせは未だに信じられぬという表情で辺りを見回した。

 

「ここは一体……!!?」

 

すると詩人は答える。

 

「ここは此岸よりも彼岸に近く、彼岸よりも内側にある場所。星巡りの始まりの場所。ーーようこそ、星見沢へ」

 

「……!」

 

その名。

星の所以の場所。

詩人は言う。

 

「ここから始まるは、創星神の道行と星の遺物を辿る巡礼の旅。さぁ、はじめましょうーーー星巡りを」

 

星の煌めきの中。

ここのせは詩人の声をただ目を見張って聞くばかりであった。




■引用
星巡りの歌
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46268_23911.html
底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第六巻 詩5[#「5」はローマ数字、1-13-25] 本文篇」筑摩書房
   1996(平成8)年5月30日初版第1刷発行

宮澤賢治の書いた詩で、楽曲にもなっています。
東京オリンピックでも歌われて少し話題になりましたね。
とても心地の良い歌です。

■次回
寝る前決闘空間第34話
『星巡り』
デュエルスタンバイ

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