遊戯王5D's after ~童実野第二高校ヒーロー部~ 作:レトやま
[日曜日 ネオ童実野シティ 童実野埠頭公園]
チームHEROとチームBanditの試合の翌々日。
童実野埠頭公園には休日も相まって家族連れがレジャーシートを敷いて弁当を広げていた。
整えられた芝生の上で子供たちがボールを手で打ち合っては大声ではしゃいでいる。
そんな公園の端。
同じく整えられた芝生の上には1人の男子高校生と4人女子高生がいた。
男は星座させられていて前に立つ女子高生を見上げる。
――日和田良平である。
「……」
視線の先。
端正な顔立ちに金髪。
左側をお団子にしているサイドテール。
蒼い制服にニーハイソックス。
チームツンドラリーダーの神川・ノエル・美優である。
美優は腕組みしまがら仁王立ちで良平を見下ろしていた。
周りの家族連れやカップルたちが何事かとちらちら見ている。
良平は愛想笑いを浮かべて口を開く。
「あ、あのさ、周りの目も痛いし、正座解いてもいいかな……?」
「No!!」
間髪入れずに答える美優。
両手を腰に当ててずいと腰を折って顔を近づけた。
「洗いざらい喋ってもらうからネ! それまでは、ステイ!」
「うぅ……デジャヴだ……」
眼を線にして良平が目を反らすと今度はそちらには白いソックスとスカートが見えた。
その間には純白と身が違えるような肌が見えていて、視線を上げるとピンク色の短髪が目に入った。
ツァンが腕を組んで立っていたのである。
「何がデジャヴよ……! おかげでボクたちまで呼び出されたんだからね!」
「チッ……」と舌打ちするのはその隣に立つ唯信だった。
相変わらず綺麗な黒い長髪が風で靡いている。
「アナタ達もホントは正座ものよ!」と美憂が言うのでツァンは眉尻を下げた。
「うう…」
「まぁまぁ、神川さん」と今度は良平の後ろから声。
するりと白い手が伸びてくるとともにラベンダーか何かの香りが良平の鼻を擽った。
手は良平の顎から首周りを撫でまわしていて、そのたびに体温の違いに鳥肌が立つ。
背後に立つ藤原雪乃が良平をからかうように腰を折っていたらしい。
「そこらへんにしておきなさいな。神川さんが問いただしたいのはこのボウヤでしょ?」
「そう! リョーヘー! アカデミアに忍び込んだって! しかもツァンを呼び出して乗り込んだらしいわネ!! どういうこと!! しかも、あのクイーンからお願いされたって!! 」
「い、いや、その……」
言い淀む良平。
何から話したらいいか。
しかも美優の言葉に――クイーンという言葉に場はぴしりと凍ったのを感じて余計に話にくくなった。
「まぁ」とまずは雪乃が手を放して言う。
次にツァンが寝耳に水と言わんばかりに眉を吊り上げた。
「え!? クイーン!? ちょっと何それ!! ボク、そんなの聞いてない!」
唯信も眉間に皺を寄せて鋭い眼光で良平を見下ろす。
「私も初耳だナ、どういうことダ、日和田良平ェ!」
針の筵。
女子4人から囲まれて、ただでさえ居心地が悪いと言うに。
天下の往来で正座させられて詰め寄られているなんて。
良平は両手を振って弁解する。
「いや、ま、待ってくれ! クイーンについては俺もホントに知らないんだ!」
「まだしらばっくれる気!? 隠すとためにならないわヨ!?」
顔をさらに近づけてくる美優。
胸元とシャツとの間から柑橘っぽい匂いがふわりと香った。
しかし良平は顔を引いて必死に口をあける。
「ほ、ホントなんだって! あの時、クイーンが何故か庇ってくれただけで、なんでそんなことしてくれたのかホントにわからないんだよ……」
その様子に雪乃は肩を竦めて美優を見た。
「嘘はついてなさそうに見えるわね」
必死な顔つきに美優もそれに関しては同意だった。
たしかにクイーンが現れた時の良平は明らかに驚いていた。
美優も覚えている。
「But I still! じゃあ何故、ウチに忍び込んだの! 答えなさい!」
「い、言うよ……。実は……」
………
……
…
経験したことをある程度かいつまんで話す。
聞いているうちに美優は前傾姿勢を戻し、神妙な顔で顎に手を当てた。
「huum……闇のカード……ストックホルムで……」
本戦第二回戦。
チームラグナロクと出会うきっかけとなった出来事だ。
遠い北欧の地で謎の化け物に襲われたこと。
雪乃が長く白い指で自分の唇をトントンと叩きながら良平に目をやる。
「それって私達もいた時よねぇ?」
「うん……」
ストックホルムまではチームツンドラの5人も同行していた。
その間に何をしていたかは良平の知る由もない。
ツァンは腕を組んで難しい顔をする。
「神のカードの使い手がそんな化け物と戦うためにデュエルモンスターズの力を使ってるなんて……」
あり得ない、と言いたいのはわかる。
良平だって言いたい。
しかし。
「信じられないのはわかるよ。でもみんなもダメージの実体化が嘘じゃないのは知ってるだろ?」
「チッ……」と唯信が忌々しいという顔を浮かべる。
チームツンドラもまた因縁があるのだ。
美優は右手を腰に当てて良平を見下ろした。
「それで色々調べてたってわけネ」
「……次、俺達はチーム煉獄と当たる。その前に、ダメージの実体化をなんとかする方法を考えないといけないんだ」
「……all right、わかったワ、立っていいわヨ、リョーヘー」
美優に手を差し出され、良平は胸を撫で下ろしつつ彼女の手を取った。
「あ、ありがとう……いてて……」
脛には葉っぱや砂がついているし、何より痺れがひどい。
しばらくは歩けそうにない。
だがようやく正座と人目から解放されたのだからもう一度座る気にはなれなかった。
そんな良平を美優は腕を組んで見据えた。
「……リョーヘー。貴方の事情はよくわかったワ。そして、貴方がワタシたちと同じ方向を向いているってこともネ」
「同じ方向?」
良平が首を傾げるとツァンが頷いて口を開けた。
「ボクたちも金さんが怪我をしたあのデュエルから色々調べてるの」
「フン、余計なことを……」と唯信は舌打ちしてそっぽを向いた。
チーム煉獄とのデュエルのことはもはや彼女達にとっての鎹なのだろう。
雪乃は肩を竦めて独り言のように言う。
「まぁ、あまり成果があるとは言えないけどねぇ」
事実ではあるだろうが、荒唐無稽な出来事なのもまた事実だ。
良平も例の一件がなければツンドラの負け惜しみだと思っただろう。
美優は腕を組んだまま良平を見つめる。
「貴方が望むなら、協力してあげてもいいワ。貴方の知っていることをこちらにも渡すことが条件だけどネ」
「ホント!? それは助かるよ! と言っても俺もほとんど何もわかってないんだけど……」
良平の持ち手にはもう情報はない。
交換条件に見合うものを差し出せない以上、どうしても相手が不利になってしまう。
しかし良平の思惑とは逆に雪乃が妖艶な笑みを浮かべた。
「うふ。まぁ貴方が持っている情報は今共有してもらったのが全てでしょうけど、神川さんが貴方に利用価値を見出してるのはそれじゃないのよ」
「り、利用価値……」
ゾッとする言い方だ。
一瞬、道徳の授業を思い出す。
闇バイトで身を滅ぼした人の体験ビデオ。
良平は引き攣った顔で美優を見るが、美優は両手を腰に当てて雪乃を詰めていた。
「heyユキノ! 人聞きの悪いことはNo! なんだからネ!」
「あらあら、うふふ。ごめんなさい」
「……でも貴方とクイーンの関係が気になってるのも事実。さっき庇ってもらったのはクイーンのきまぐれってことだったけど、貴方とクイーンはどういう関係なの? 血が繋がってたり?」
またしてもズイと良平に顔を近づける美優。
言い逃れは許さないとばかりに射抜くように見つめられて良平はたじろいだ。
「まさか! そんなわけないだろ! 俺も会ったのはあれが二回目だよ。ちゃんと話したのは初めてだったし……」
「……」
良平の言葉に唯信は無言で手を振り上げて拳を固く握る。
慌てて良平は唯信の手を押さえて言った。
「拳を握るなって! ホントだから!」
「ふぅん……」と美優は相変わらずのジト目で良平を見下ろす。
しかしすぐに引っ込めると腕を組み直した。
「でもアナタが……not アナタたちがクイーンと接触できるなら、間接的に私達にもconnectionができるワ。それが狙い」
「コネクションって……。なんで今回の話にクイーンが必要なんだよ」
「いいかしら? damageの実体化を調べるには、ある程度の権力が必要だと私達は考えているワ」
「権力?」
「yes! アナタが体験したことについてはわからないけど、チーム煉獄のあの男については、デュエルアカデミアの上層部が関係していると睨んでるの」
「アカデミアの上層部……」
言葉を反芻する。
と同時に脳裏に浮かぶクイーンの言葉。
『それとーー怪しい実験をしてないか、などだな』
あの時はアカデミアの研究者のような男に向けて言っていた。
クイーンの冗句かもしれないが、偶然とはおもえなかった。
美優はさらに続ける。
「Butそこに探りを入れるには私達学生では力不足と言わざるを得ないワ」
追従するようにツァンも頷く。
「ボクたちもアカデミアの学生の中じゃ、比較的力がある方だけど、こればっかりはどうしようもない」
雪乃も胸をかき抱くようにして言う。
「その上、デュエルアカデミアの上層部は公正デュエル委員会と繋がっているのも手痛いわねぇ。下手をすると蛇が出るでしょうし、なかなか難しいのよね」
公正デュエル委員会ってなんだっけ、と良平は逡巡する。
デュエルの取締やエネルギー研究、デュエル資産、戦力運用などを取りまとめる国家組織、と公民の教科書の最初の方に書いてあるのを思い出す。
「じゃあ深く調べるにはそこに入っていけるだけの力がないといけないってことか……」
「yes! そして、そんな力を持っている組織はJAPANには一つだけ」
「それは?」
やけにもったいぶる美優。
良平が首を傾げると雪乃が唇に指を当てて言った。
「貴方も知ってるでしょう? 高決連よ」
「!」
高決連。
高校デュエル連盟のことだ。
全国のデュエル部を統括、管理している組織。
ツァンが補足するように口を開ける。
「その高決連の理事長が、クイーンなんだよ」
「そ、そういえば、そんなこと言ってたな……」
確かにクイーンは自ら名乗っていた。
高決連会長の顔に免じて許してもらえないか、と。
「でも」と良平は声をあげた。
「高決連はデュエル部を管理してるだけだろ? そんなに力があるの?」
対しツァンが緩く首を振る。
「それだけじゃないよ。文科省とか文化庁とかにも力が及んでるし、デュエルレギュレーションも高決連の承認が必要なんだ。何せクイーンがトップだからね、かなり力がある組織らしいよ」
「そうなんだ」
文科省や文化庁と言われても良平にはいまひとつピンと来ないが、国家権力に介入できるのならそこらの組織とは一味も二味も違うのだろう。
美優は腕を組んだまま良平を見据えた。
「万が一、目をつけられた時、ただの学生であるワタシたちでは太刀打ちできない。However、そこに後ろ盾があれば話は違うワ。そういうわけでリョーヘーには期待しているわヨ!」
「いや、ちょっと荷が重いよ……! それにクイーンとそこまでの関係なんて……」
クイーンに救われたとはいえ、2回しか会ったことのない人物だ。
自分を認識してるかすら怪しい。
それを知ってか知らずか唯信が鋭い目で良平を睨め付けた。
「デュエルで黙らせロ。決勝でナ」
「それをするには、結局次の煉獄に勝たなきゃいけないじゃないか……。ダメージ対策は間に合わない……」
「あぁ……」と忘れてたと言わんばかりにツァンがため息をつく。
「堂々巡りね」
「ダメージを受けずに勝テ」
唯信が鋭く言い放つが良平は冷や汗を流した。
「相手はオベリスクブルーの首席なんだぞ……。ノーダメージは厳しすぎる……」
良平の返答に唯信は面白くないと言わんばかりに舌打ちした。
だが彼女も現実的ではないとわかっているのだろう、それ以上は言及しなかった。
少し唸った後、美優は組んだ腕を下ろす。
「……すぐに結論は出ないワ。こっちでも考えるから、連絡先教えて!」
「あぁ、うん。えっとスマホでいいかな?」
「え? デュエルディスクは?」
「い、いやあるけど、小型の安物だし通信機能なんかついてないよ」
カバンに入っている小型のデュエルディスクを思い浮かべる。
最低限の機能がつけられたエントリーモデルだ。
美優は眉を互い違いにして呟いた。
「oh no……」
信じられないという顔だ。
ツァンも呆れたように言う。
「あんたねぇ、仮にもWSCベスト4なんだからもうちょっといいやつ使いなさいよ」
「し、試合のときは共用の新しい奴使ってるよ……」
とは言ってもゆきが福引で当てたものだが。
致し方なしと互いにスマホを差し出して電子コードを読み込ませる。
ブブ、と軽く振動して良平のスマホに美優とツァンと雪乃の名が刻まれた。
唯信は相変わらずスマホを持ってないらしい。
相手の方にも登録すると美優は顔を上げてパチンとウィンクする。
「とりあえず、これでokネ ! あ、でも用もなく連絡するのはloverにならない限りはNo! なんだからネ!」
「しないよ……」
苦笑いで肩を竦める良平。
それから「あ」と思い出したように声を出す。
するとツァンが首を傾げた。
「何?」
「……あのさ、ネクロス計画ってなんのことかわかる?」
「ネクロス?」と美優が顔を歪ませておうむ返しする。
彼女たちはお互いの顔を見合う。
「なぁに、それ? ツァンさん知ってる?」
雪乃がツァンに振る。
「知らない……。金さんは?」
「知らんナ」
唯信もつっけんどんに返すので美優は再び良平を見た。
「どこで知ったの?」
「アカデミアで見かけてさ、ちょっと気になって……」
見当違いなことを言ったかも、と良平は後ろ頭を掻く。
「んー」とまた雪乃が唇にとんとんと指を当てて口を開いた。
「今オシリスレッドの男子寮が改築してるし、その工事の何かじゃないかしら?」
「悪趣味な建物にならなきゃいいけど……」
とツァンが額に手を当てて呟いた。
過去に寮の改築で何かあったのかもしれない。
良平には当然知る由もなかった。
「……そっか。ごめん、関係ないこと聞いちゃって」
[夜 亜美宅 亜美の部屋]
亜美は自室のベッドに仰向けに転がっていた。
腕を目の上に置いて目を瞑る。
暗い部屋の中、机の明かりだけが周囲を仄かに照らしている。
机の上にカードがチラホラ散らばっていて、横にはスマホが煌々と画面を光らせていた。
タイトル:
WSCベスト4決定戦
『汚いイカサマチームを日本の高校生チームが一刀両断』
「……」
頭の中でグルグルと思考の破片が散らばっていく。
他のネット記事のリンクにはこうもある。
『ヒーロー見参! 下劣な不正チームに完封勝利!!』
亜美の脳裏に焼き付いた映像が駆け抜ける。
ゴミが飛び交う中、それを見つめるサクラの後ろ姿。
「……ッ」
ズキッと胸が痛む。
光景が頭から離れない。
「……こんなの……何がヒーローよ……」
連動するように。
或いは雪崩のように。
記憶の中で過去の光景が繰り返された。
『違う! アタシは……!』
『まだ言うか! 職員室に来なさい!!」
『違うって言ってるでしょ!? ……ねぇ! アンタもなんか言ってよ!』
『……ッ……』
フルフルと首を振る男の子。
顔はもうおぼろで覚えていない。
『な……!? なんで……』
ズキッと胸が痛む。
光景が頭から離れない。
(何で今更……)
心の中で言いかける。
わかっている。
『そういういろんなシガラミを背負う可能性もある、ということよ。その覚悟は、できているかしら?』
いつか美優に言われた言葉がよぎる。
クルッと体勢を変えて枕に顔をポフッと乗せる。
「……」
息苦しくなって横を向く。
机に乗せたスマホの側面だけが見えている。
もう画面は消えているだろう。
(あの二人が正々堂々デュエルすれば誰も文句なんて言えないと思った……)
ギーク以外の二人は確かな腕を持ったデュエリストだった。
だからこそ全力で戦いたかった。
しかし結果はあの有様だった。
「……アタシがしたことは……ホントに正しかったの……?」
その答えは、誰も知らない。
[翌日 通学路]
日はさんさんと照っていて暑いくらいだ。
それでも今日の気温は27度ほどで夏の真っ盛りにはまだ時間がありそうだ。
よく舗装された道を良平は歩く。
「…………」
歩きながら良平はあの日のことを振り返っていた。
〜回想〜
…
……
………
スポーツカーに初めて乗った良平は狭さに驚いてしまった。
走り出すと軽快な音と共に乗用車ではありえない加速にさらに驚いた。
運転席に座っているのは金色の長髪の女性――――クイーンである。
「道が空いていると運転していて気持ちがいい」
「あ、あのクイーン……」
と良平は助手席に座りながらおぞおずとクイーンを見た。
「何だ?」
「どうして助けてくれたんですか……? ほとんど初対面なのに……」
「くっくっ、何、気まぐれさ。【偶然】近くにいたのでな」
「は、はぁ……」
要領を得ない回答に良平は気の抜けた声を出した。
偶然というものおかしな話だし、本当に偶然だとしても何故と疑問は尽きない。
しかしあまりにも堂々とした回答に良平は言葉に詰まってしまった。
するとクイーンの方が声を出した。
「では、このクイーンからも一つ聞こうか。日和田くん、君はアカデミアに入りたいのか?」
「え」
「わざわざ忍び込んで校舎見学をしたのだろう?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「ほう、では何故アカデミアに?」
「ちょっと調べたいことがあって……」
「それはまた異な事を。一般の学生がわざわざアカデミアまで赴かなければならん調べ物とはな」
「……」
ハンドルを握り前を見たままのクイーン。
しかしまるで心を見透かされているのではないかと思う様な感覚もあった。
(そういえば、チームラグナロクの人達はクイーンに話を通したって言ってたっけ……。なら……)
良平は意を決してクイーンに向けて言う。
「デュエルモンスターの攻撃の実体化について調べてるんです」
「……」
「でも正直よくわからなくて……。クイーンは何か知りませんか?」
「……やれやれ、事態がここまで波及しているとはな……」
まるで独り言のようにクイーンが顔を渋らせてつぶやく。
「あの……」
「ああ、すまない。……それについては、こちらの方で何とかしよう。君らはWSCに集中すべきだ」
「……」
取り付く島もない。
良平は一度言葉を引っ込めて試案する。
(クイーンも何か知ってるみたいだ……。でもこれ以上は教えてもらえなさそうだな……。他に何か……)
脳裏に浮かぶのはアカデミア資料室
そこで見た論文の端っこに走り書きは成されていた。
《骨子 ネクロス計画》と
「もう一つ、聞いていいですか?」
良平が再び口を開くとクイーンが飄々と返す。
「このクイーンが答えられることならばな」
「……ネクロス計画ってなんのことかわかりますか?」
――キキィィィィィッと急制動がかかった。
「うわっ……!?」
シートベルトが体に食い込み前傾姿勢にさせられた。
慌てて前を見たがなんの障害物もなく道がまっすぐ続いていた。
後続車もない。
当たり前だ。
ライディングデュエルが行われた直後で車はすべて退避している。
何だ、と思い良平が運転席に目を向けるとクイーンが鋭い目つきで良平を見つめていた。
「どこでそれを知った……!」
「ッ……! あ、アカデミアで……」
「おのれ……」
「あ、あの……」
「忘れろ、いいな?」
それだけ言うと再びクイーンはアクセルを踏んだ。
………
……
それからクイーンは無言で運転をした。
しばらくしてメモリアルスタジアムにつくとクイーンは助手席側のドアをあけてくれた。
そして良平に向けて言った。
「君に忠告しておく。アカデミアの深部に不用意に入り込むべきではない。次も助けてやれる保証はない」
「わ、わかりました……」
「よろしい。……君たちのような若きデュエリストは、真にデュエルを楽しんでほしい。このクイーンの願いをゆめ忘れるなよ」
〜回想終了〜
いつもの通学路。
四つ角の十字路。
「……」
良平は考えながら歩く。
(ダメージの実体化。思った通り、いやそれ以上に奥の深い話だ)
これまで集めた情報を頭の中でまとめる。
(今のところ、原因として考えられるのは、使用者側の問題、空間の問題、カードの問題の3つ……)
ツァンと一緒にアカデミアの資料室で読んだ論文。
100年近く前のアカデミア生が体験したという私文書。
さらに。
『怪しい実験をしていないか、などだな』
『アカデミアの上層部が関係していると睨んでいるワ』
クイーンが言った言葉。
美優の考え。
良平は無言で歩く。
(そこに、ダメージを実体化させる技術って可能性もあるのか……)
『……私がいた未来ではモンスターを実体化させる技術が確立していた……』
以前恵が言っていたこと。
既に未来が切り替わりなかったことになった世界。
恵の元居た時間軸。
(恵が前に言ってた技術。まだ発明されてないだけで、そういう技術を作ること自体は可能なんだ。もしかしたら、今まさに開発しているのかも……)
だとしたら。
(だめだ、多分俺たちにどうこうできる問題じゃない。とにかく次の煉獄戦でどうするかを考えなきゃ)
ひたすら歩く良平。
「よぉ」と後ろから声がして振り向く。
「あ、ここのせ。おはよう」
後ろから歩いてきたのは鞄を肩に乗せて歩く少年――ここのせだった。
「おう。……なんでぇ、随分難しい顔してんじゃねぇか」
「……うん、ちょっと色々考えててさ」
並んで歩きだす。
ここのせは眉を潜めて聞き返した。
「考え事だ?」
「うん。……あ、そうだ。ここのせにも聞きたいことがあるんだ。あとで時間いい?」
「お、おぉ。んじゃあ、昼休みにでも」
「いや、放課後にしよう。ウチで」
「……他の連中には聞かせられねぇ話なのか?」
「どうかな……。ちょっと迷う。とりあえず、ここのせに」
「……わかった。じゃあお前ん家いくぜ」
「ありがとう」
それからここのせは辺りを見渡す。
歩いているのは当然ここのせと良平だけだ。
「……そういや、来てんの、オレらだけか? 祭乃木と間宮は?」
「あ、そういえば今日は見てないや。先に行ってるんじゃない?」
そんな会話をしているとやや離れた場所から
――キーンコーンカーンコーン
とチャイムの音が聞こえてきた。
「しまった、ゆっくり歩きすぎた!」
「やべっ! いくぞ!」
[6組教室 朝礼]
何とか間に合った良平が自分の席に着くと、ほぼ同時に担任の先生が教室に入ってきた。
担任は出欠簿を教壇においてざっと教室を見渡す。
そしてさらさらと出欠簿に何かを書き込むと前を見た。
「連絡事項言うぞ〜、メモれよ〜」
「……」
良平はちらと斜め前の机を見る。
亜美の席だ。
ポツンと空いていて座る者はいない。
しかし。
……ダダ、と遠くから音がする。
「……まずは、そろそろ定期考査が〜」
担任が話す。
ダダダダダッ、と音がする。
ダダダダダダダダダッ、と音がする。
バンッとドアが鳴りガラガラガラガラと強くひかれた。
「ハァッハァッ……!」
「あ、祭乃木」
思わず良平は声を漏らす。
ドアを開けて息を切らせているのは赤いポニーテール――祭乃木亜美だ。
「まだ朝礼!? 間に合った!? これ、セーフよね!?」
「アウトだバカタレ。遅刻で出席つけた」
「え〜〜っ!!? アタシの皆勤賞がぁぁ……!!」
担任の回答に亜美が大仰に言う。
ワハハハハッと周りの生徒たちが笑っていた。
「いいから早く席につけ」
「はぁぁい」
亜美は目を線にして自分の席にストンと座る。
(……)
良平はなんとなくその姿を見つめていた。
[昼休み ヒーロー部室(不法占拠)]
「はぐはぐはぐ……!」
ガツガツ。
亜美は売店のカツ丼を一心不乱に掻き込んむ。
かと思うとノールックで机の上の缶のミルクティーを掴みぐいと飲んだ。
「んぐんぐ、ぷはぁぁ!」
カンッとミルクティー置く。
「……」
対面に座る恵がじーっと置かれたミルクティーを見つめていた。
そんな亜美の様子にここのせはあきれたように言う。
「お前よぉ、餓鬼じゃねぇんだからもうちょい落ち着いて食えってんだ」
「うるさいってーの! 朝食べれなかったからもうお腹ぺこぺこなのよ!」
「しっかし遅刻たぁな。万年皆勤賞のお前がね」
亜美が遅刻などここのせは見たことがなかった。
小学生や中学生の時も周りがインフルエンザで学級閉鎖寸前なのにひとりだけピンピンしていた。
良平も首をかしげて聞く。
「珍しいね。何かあったの?」
「何もないわよ。夜更かししたら寝過ごしただけ」
かつ丼を頬張りながら答える亜美。
ここのせは肩をすくめてしまう。
「なんでぇそりゃ。……あれ? そういや間宮は?」
「来てないって、あかねちゃんが」
ガツガツとまた口いっぱいに詰め込む亜美。
良平はなんとなく心配そうに彼女を見つめた。
しかし亜美は意にも介さず、どんぶりをどんと置き箸もその上に乗せた。
「ごちそーさま!!アタシ、寝る!! あとで起こして!」
ゴロンと亜美はソファの背もたれ側に顔を向けて横になる。
すぐに寝息が聞こえてきた。
「……」
良平はチラとここのせ見る。
「……」
ここのせもまた良平の方を見ていた。
[夕方 良平宅]
日が落ちてくるとまだ随分涼しくなってくる。
良平の自室に小さなちゃぶ台を置いてその前でここのせは胡坐を組んで座っていた。
「あーん、んぐんぐ」
パリパリと音を立てて目の前のポテトチップスを頬張る。
遠慮なく食べているのは自前で買ったものだからだ。
「やっぱのり塩なんだよなぁ」
独り言ち。
ドアが開いて良平がやってくる。
手には2つの瓶。
「ごめん、今麦茶切らしてた。瓶のコーラでいい?」
「いや全然いいわ。むしろグレートアップしてんじゃねぇか」
ゴソゴソとポケットを探りここのせはヒュッと100円玉を投げてよこす。
「え、いいのに」
「とっとけよ」
「ん、じゃあレジ入れとく」
良平は100円玉をポケットに突っ込むと瓶コーラを1本手渡した。
既に王冠は開けられていて、口からは白い冷気が立ち上っている。
ここのせは口をつけると一気に傾けた。
「んぐんぐ、ォアアイ! 炭酸が喉に染みるねぇ」
「おっさん臭いなぁ」
苦笑いしながら良平も床に座る。
ここのせは袖で豪快に口を拭ってコーラを置いた。
「へへへ。……それで話ってなんだよ。わざわざ人避けまでしてよ」
「うん……。あのさ、ここのせ、チームコーポレート戦のとき、怪我したろ? 例の化け物に襲われてさ」
「……おう」
「その時のことを聞きたいんだ」
「……話すのはいいが、なんでそんなこと聞きてぇんだ。ただの興味本位ってわけじゃねぇんだろ?」
「……次に俺たちが当たるチーム煉獄は、去年の予選決勝でチームツンドラと戦ってるのはここのせも知ってるよね?」
「ああ。たしか金が気絶してツンドラ側の不戦敗になったんだったな」
「うん。それで、そのことについて、ツァンから話を聞いたんだ。そしたら、その試合で、あのインフェルノイド使いの攻撃が実体化したって」
「……!」
「信じられない話だけど、俺たちもモンスターが実体化するってことを実際に経験してる」
「嘘じゃねぇってことだな」
「それに次にチーム煉獄と戦うのは俺たちだろ。でもそんな危険なデュエルになるのは困る」
「で、色々調べて回ってるわけか」
合点がいったとばかりここのせはさらにもう一枚ポテチを食べた。
海苔の味が口いっぱいに広がる。
良平はさらに続けた。
「原因を調べるのは多分無理だけど、なんとか対処だけでもできればと思って……ここのせと祭乃木は、あの化け物に襲われて、無事……とはいえないけど帰ってこれだだろ? どうやったんだろうって思ったんだ」
「……正直オレ達だけだったらやられてただろうな。オレと祭乃木があの化け物に襲われた時、助けてくれたのは平畑だった」
「え? 平畑?」
「あぁ、やつが何かモンスターを呼び出して化け物を倒してくれたんだ。多分、モンスターが実体化してたと思う」
「……」
予想外の名前だ。
良平は顎に手を当てる。
(彼女はサイコデュエリストなのか……? それとも別の方法で……?)
「それだけじゃねぇ」とここのせは真剣な顔で良平を見た。
「祭乃木も、一度だけ、化け物の攻撃を防いでた。レインボーネオスを召喚してな」
「祭乃木が!? 一体どうやって……」
「いきなりディスクを展開してレインボーネオスを呼び出したんだ。オレには見えねぇけど、チームラグナロクやお前らの話を聴くと、レインボードラゴンには何か不思議な力があるんだろ。その力を借りたのかも……」
「チームラグナロクが言ってた闇のカード……。いや、闇って言い方はちょっと違うかもだけど、三極神と同じようにカード自体が力を持っているのかな……。だから実体化できた……?」
「あの化け物はデュエルモンスターの力を借りなきゃ倒せないってラグナロクの連中が言ってたろ。でも、デュエルモンスターならなんでもいいわけじゃねぇ」
ここのせは自嘲するように肩を竦める。
「実際、オレはダメだった。モンスターを召喚してもただのソリッドビジョンで、攻撃を止められなかった」
「じゃあ対処するには、こっちもモンスターを実体化させるか、ダメージを受けずに勝つしかないのか……」
「もっともあの化け物と煉獄のインフェルノイド使いとで対処法が一緒なのかってのも微妙だけどな」
「でも、ダメージが実体化するってところは同じだろ」
「まぁそうだな。だが今のところ、モンスターを狙って実体化させられるのは恵だけだ」
「恵……、そっか、デュエルロイドにはそういう力があるって言ってたね」
「祭乃木も何故かできてたが……。もう一度、能動的にできるのかは未知数だ」
「うん……。それに祭乃木はあんまり巻き込みたくないんだ」
良平は緩やかに首を振るのでここのせは眉を上げた。
「なんでぇ、あいつ、突っぱねると拗ねるぞ」
「そうかもしれないけど……。祭乃木がこのことを知ったら多分自分が矢面に立とうとすると思う」
「だろうな」
「俺は祭乃木を盾になんてしたくない」
まっすぐに良平は言った。
誰かが傷付くのではない。
全員で避ける道を選ぶべきだ、と。
ここのせは良平の目を見て頷いた。
「……そいつは同感だな。わかった、とりあえずオレ達で話を進めよう。あ、いや恵もいた方がいいかもな」
「そうだね」
「恵にはオレから話を通しておくぜ」
「頼む」
とりあえず話したいことは話しきった。
良平はようやくポテチに手を伸ばして口に入れた。
塩気が心地よい。
前ではここのせがコーラを喉に流し込んでいた。
瓶を置いて空気を出すとここのせは言う。
「……しっかし、せっかく勝ったってのになんだかスッキリしねぇなぁ」
「スッキリ?」
「次の相手もそうだけどよ。一昨日の試合も後味がいいとは言えねぇぜ。ネット記事見たか? チームBandit、ボロボロに書かれてたぜ」
「あぁ……」
「まぁ、世間から見りゃ格好の餌だろうぜ」
「祭乃木、気にしてなければいいんだけど……」
今日珍しく遅刻してきた亜美のことを思い出す。
ここのせも同じなのだろう。
肩を竦めて言った。
「してるだろうな、アイツのことだしよ」
「それも、大分だよね」
「……明日も引きずってるようなら声かけてみろよ。それがオレらぼんくら1号2号の役目だろ」
「はは、なんだよそれ」
[その日の夕方 ゆま宅]
リビングには電気つけず。
テレビもなにもつけていない。
赤い光が窓から差し込んでいる。
ゆきはパジャマのままだった。
うずくまるようにソファで体育座りしていた。
(……なんで学校休んじゃったんだろ……)
手が震える。
腕も。
肩も。
幻聴のように記憶の中から声がする。
『また遊ぼうぜぇ? 間宮ァ』
「……ッ!」
ドス黒い声。
トイレでかけられた声。
(……勝手に怯えて……わたし、ホントに情けない……)
そうだ。
だって、もう自分には関係ない。
(……か、考えす……)
ーーーーピンポーンッ
インターホンが鳴り響く。
「……!」
ビクッと肩を跳ねさせる。
ゆきは怯えた目でインターホンを見た。
(だ、誰だろう……お母さん……? 祭乃木さん……?)
もしそうなら居留守するわけにはいかない。
ふらつく足取りでインターホンの通話ボタンを押す。
「……ヒッ……」
息が詰まる。
インターホンのカメラに写っていたのは蒼い制服。
邪悪そうな目つき。
遊ばせた茶髪。
ーーーー阿久津剛が立っていた。
『よぉ、遊びにきてやったぜぇ、間宮ァ』
声を聞いた瞬間ゆきは腰が抜けたようにへたり込んだ。
『きゃははは、こわぁい』
と甲高い声も聞こえていた。
画面とそしてドアから、ガンッと蹴り飛ばす音が聞こえた。
『いるんだろ、出てこい』
いつもご愛読ありがとうございます!
感想をいただいたり、デュエル描写のミスなどを指摘していただき本当にありがとうございます!
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◾️次回予告
寝る前決闘空間第35話
『Wake Up,you are HERO』
デュエルスタンバイ!