遊戯王5D's after ~童実野第二高校ヒーロー部~ 作:レトやま
つらつらといっぱい設定が出てきますが覚えてなくていいです。
覚えるのだるいですからね。
なおこの世界における設定なのでOCGの設定は一旦忘れてください……!
とりあえず尻に敷かれボーイズの様子をお楽しみください。
[回想 ゆきの部屋]
ベッドの上で、ゆきは寒くもないのに体が小刻みに震えているのを止められなかった。
『待ちなさい!!』
窓の外から響いた鋭い声にゆきの肩が跳ねる。
弾かれたようにベッドから降りると、勢いよくカーテンを開け放った。窓ガラス越しに、亜美が夕闇へと走り去っていく姿が見える。
遠くからは、ここ数日ゆきを監視するかのように響いていた、あのDホイールのエンジン音が聞こえていた。
(……!)
その瞬間、ゆきは全身の血の気が引いていくのを感じた。
考えるより先に、体が動いていた。
部屋を飛び出し、廊下を慌ただしく駆け抜ける。
『ゆ、ゆき……?』
リビングから聞こえる母親の訝しげな声も耳に入らない。玄関のドアノブを掴み、そのまま外へと飛び出した。
[天神通り]
「はぁはぁ……!」
裸足のままアスファルトを蹴る。冷たく硬い感触が足の裏に突き刺さるが、今は構わなかった。
「そんな……祭乃木さんが……!!祭乃木さんがぁ……!! どうしよう……どうしよう……!!」
涙が視界を滲ませ、次々と頬を伝い落ちる。その時初めて、あの人たちの真の狙いに気づいた。最初から亜美をおびき出すために、自分は利用されたのだと。
「……どうしよう……! どうしたらいいの……!」
後悔と恐怖と無力感が一度に押し寄せ、胸が詰まって息が苦しくなる。
「あぅ……!」
もつれた足が何か硬いものにぶつかり、ゆきはバランスを崩して前へとつんのめるように倒れ込んだ。
「ッ〜!」
地面に打ち付けた膝と、足の裏から走る鋭い痛みに顔を歪める。見れば、裸足の右足は切れて血が滲んでいた。
「はぁはぁ……誰か……助けて……!」
か細い声は、夜の静けさに吸い込まれていった。
[ゆきの部屋]
誰もいない部屋。ゆきが置き去りにしたデッキが、突如として淡い光を放ち始めた。
[天神通り]
ゆきが倒れ伏す目の前で、部屋にあったものと同じ光が空間に満ちていく。
「ッ……!?」
「……な、なに……?」
光が収束すると、そこには半透明の黒いヒーロー、『M・HERO ダーク・ロウ』が静かに佇んでいた。
「あ、あなたは……!」
ダーク・ロウは何も語らない。ただ、ゆきを見つめている。
「……どうして……」
問いかけにも答えず、ダーク・ロウはふっと体を翻し、闇の中へと素早く飛び去っていく。
「待って……!」
ゆきは痛む足を引きずりながら、その姿を必死に追いかけた。
[童実野埠頭付近 海浜エリア]
必死に走るが、ダーク・ロウの姿は徐々に薄れ、消えかかっている。
「待って……!!」
ゆきの悲痛な叫びも虚しく、その姿はついに完全に掻き消えてしまった。
「あっ……」
目標を見失ったゆきは力なく立ち尽くす。
彼は何が言いたかったのか。
彼は何がしたかったのか。
何もわからないまま。
涙が溢れそうになった刹那のことだった。
背中に衝撃を受けた。
ゆきは思わずその場に倒れてしまう。
「あぅ……!」
「うわっ……!」
自分の声に被さって聞こえたのは男子の声。
ぶつかった相手はどうやらタタラを踏んだらしい。
「おぶっ……!」とさらに別の男子の声。
玉突き的に二次災害が起きていた。
「ッ〜、なんでぇ、急に……」
「い、いや人が……。あ、あの大丈夫で……」
2人とも聞き覚えのある声。
少年が顔を覗き込んでくる。
目が合うと見知った顔ーー日和田良平だった。
「なっ……ま、間宮……!?」
「……ひ、日和田……さん……? ここのせさん……?」
それは、奇跡のような偶然だった。
………
……
…
[朝 恵の家]
「すぅー……zzz」
ベッドでは亜美が穏やかな寝息を立てている。
その傍らで、ゆきは自分のデッキを静かに見つめていた。
デッキの一番上に置かれた『M・HERO ダーク・ロウ』のカード。
「あなたが日和田さんとここのせさんを呼んでくれたの……? それとも偶然……?」
慈しむようにカードの表面を撫でる。しかし、カードが答えることはない。
「あなたは、どうして私を助けてくれたの……?」
ただ、静寂がそこにあるだけ。
「あなたは、どうしてマスクを被っているの……?」
寝る前決闘空間第40話
『オベリスクブルー』
[朝 恵の家]
窓の外から小鳥のさえずり。
日の光が部屋に差し込んでいる。
「……!」
すわ、と亜美は勢いよく上半身を起こした。
「あ、あれ……? どこ、ここ?」
寝ぼけ眼で、見慣れない部屋の景色をきょろきょろと見回す。
まず目に入ったのは真っ白な壁。
次に塵一つないフローリング。
窓には白いレースカーテンがひらめいて、青が透けて見えていた。
それ以外に何もない無機質なこの部屋に亜美はすぐに見当がつく。
「め、恵の部屋……? なんで?」
直前の記憶があいまいだ。
だが海浜エリアの廃倉庫にいたことだけは確かだった。
「ん?」
ふと胸元に違和感を覚えて視線を落とす。
着ている制服のシャツのボタンが、第三ボタンあたりまで大きく開いていることに気づいた。
丸みを帯びた素肌の上部がかすかに見えている。
「いっ!? ちょ、ちょっと何これ……!」
亜美は反射的に体を支えていた手を胸元に持っていき、開いた襟元を掴むようにして隠した。
「あ……!」
しかし、体を支えていた腕を離したことで、当然のようにバランスを崩す。
寝起きの亜美にはなすすべもなく、そのままベッドの横へと倒れ込んだ。
倒れ込んだ先で、何やら柔らかい感触が手に伝わった。
「お?」
亜美は視線をそちらに向ける。
すぐ隣で、タオルケットが不自然にこんもりと盛り上がっていた。
「んー?」
亜美は不思議に思い、その盛り上がりを指で何度かつついてみる。
「柔らか……。何これ?」
疑問に思い、亜美はそのタオルケットを勢いよく剥いだ。
「……」
すると、中から目を大きく見開いたままの恵が現れた。
「うっっわっっ!?」
亜美は心臓が跳ねるほど驚き、思わず肩を震わせる。
「……」
恵はゆっくりと首だけを動かし、亜美の顔の前で動きを止めると、無表情のままじっと見つめてくる。
「び、びっくりしたぁ……! 恵! アンタ、起きてたなら声かけてよ!」
高鳴る胸を抑えながら亜美が言うと、恵は平坦な声で答えた。
「……おはよう……」
「遅いわよ……。ていうかなんで、タオルケットに埋まってんのよ?」
「……祭乃木亜美、貴女が眠っている間にタオルケットを私に投げた……」
「え、うそ……。そ、それは失礼したわね……」
亜美は目線を泳がせて頬を掻く。
まさか自分がそんなに寝相が悪いとは。
そんなことを考えているとドアを隔てた廊下の奥から水の音が聞こえた。
しばらくじゃばじゃばと何かを洗う音がした後にドアが開く。
「あ、おはようございます、祭乃木さん」
「ゆき! え、なんでアタシたちここで寝てるの? 倉庫から記憶ないんだけど……」
「あの後、祭乃木さん、そのまま寝ちゃって……。恵さんも動けなくなっちゃったので日和田さんとここのせさんが運んでくれたんですぅ」
ゆきはそう説明しながら、亜美の隣にそっと腰を下ろした。
「そう……。二人には迷惑かけたわね」
「それで一応、誰かが診てた方がいいってことでわたしも一緒に泊らせてもらいました。えへへ、この顔じゃ、おウチに帰りづらかったからちょうどよかったです」
ゆきが照れ笑いを浮かべる。
よく見ると彼女の頬は軽く腫れており、目の傍には青あざもできていた。
口の端も切れている。
「……ちゃんとゆきのお母さんにも説明しなきゃね。アタシもついてくわ」
「えへへ、ありがとうございます」
「それにしても……」
亜美はゆきの方へ向き直ると両手でゆきの両頬をそっと優しく包み込み、傷を間近でまじまじと見つめた。
「結構ひどいわね……。跡にならなきゃいいけど……」
「これでも手当てしてもらったんですよ? ここのせさん、あの後大急ぎでおウチから救急箱を持ってきてくれて……。自衛隊でも使われてるめちゃくちゃ効く塗り薬なんだーっておっしゃってました!」
「ここのせが……」
「でも流石に外は歩きづらいですね……。どうしても目立っちゃいますから」
「化粧で隠せるかしら……? でも、アタシあんまりコスメ持ってないのよね……」
「あ、あはは、わたしもですぅ……」
「恵は?」
亜美が恵に尋ねる。
「……ない……」
「だよねぇ……。うーん、なんとか頑張って買うしかないか……」
亜美はそう呟いて、ため息混じりに肩を落とした。ゆきは困ったように眉を八の字にして笑うだけだ。 そんな中、ふと玄関の方から何かが聞こえてくる。
亜美は顔を上げ、耳を澄ませた。
何やら話し声と、ドアノブを操作するような音が断続的に響いてくる。
「……?」
亜美は不審に思い、音のする玄関の方へと歩いて行った。
「あれ、開かないなぁ」
「逆じゃねぇのか? いや、そっちの逆じゃねぇって。お前、閉めるときどうやったんだよ」
「いやオートロックだったんだよ」
男子の声。
何遍も聞いたそれに亜美は素早く玄関を開けた。
「あ」
「お」
案の定、良平とここのせが立っていて、突然開いたドアに目を丸くしていた。
「何してんのよ、アンタら」
「祭乃木! 起きたのか、良かった……」
良平はやや目を見開いて言う。
それからやや目線を落としてはふいと目を反らす。
ここのせも右手の平を大げさにかざしてみせた。
「ちょっ……おいおい、セクシー路線に転向か? 胸元が眩しいぜ、祭乃木」
胸元は大きく開いていて灰色の布地がかすかに見えている。
「あっ」
亜美は慌てて胸元を素早く押さえた。
「んっん! ご指摘痛み入るわ、ね!」
咳払いを一つすると、亜美はここのせの額にチョップを叩き込む。
「とっても痛い」
「ご、ごめんなさい!」と後ろからゆきが慌てて謝る。
「寝苦しくないようにわたしが緩めてしまって……!」
「いーのよ、ゆき! こいつらに見られたところで痛くもかゆくもないってーの!」
胸元を抑えつつ、亜美はつーんと顔を背けて言う。
ここのせは額をさすりながら言葉を漏らした。
「じゃあ殴んなよ……。まぁそんだけキレがあんなら大丈夫そうだな。それより間宮、腫れたとこ、ちゃんとアイシングしたか?」
「はい! さっきまで氷嚢をあててました」
「よし。じゃああと1時間ぐらいしたらまた10分くらい冷やしとけよな。そうすりゃ、大分楽にならぁ」
「了解です!」
びしっとゆきは敬礼してみせる。
その様子に亜美は腕を組んでここのせを見やった。
「ふぅん、アンタ随分詳しいわね」
「蛇の道は蛇ってな。ウチは職柄、怪我が絶えねぇからよ」
「なるほどね」
それから良平は手に持っていたレジ袋をガサガサ
「あ、祭乃木、間宮。物は食べられそう? 一応食べられるもの買ったんだけど」
良平が持っていたコンビニの袋を差し出した。
「お、でかしたわ! ありがと! もうお腹ぺこぺこ!」
亜美は嬉しそうに袋の中を覗き込むが、すぐに少し不満げな顔になった。
「って、おかゆとかばっかりじゃない……」
「間宮が口元怪我してるから固形は食べづらいかなって……」
「えへへ……」
「それはそーなんだけどさぁ。あ、ファミチキあるじゃない! 食べていい?」
「あぁ、うん、まぁ……」
「あ? それお前のじゃねぇの?」
ここのせが聞くと良平は肩を竦めた。
「いいよ、後でまた買うから」
「さっすが良平! 懐が広いわ!」
亜美は早速チキンを取り出し、幸せそうにかぶりついた。
その様子を横目にゆきが二人の顔を見る。
「あ、玄関じゃなんですよね。お二人も上がっていかれますか?」
しかし良平は首を振る。
「いや、俺たちは学校にいくよ」
「流石にヒーロー部全員が休みとあっちゃ、先公も黙っちゃいねぇだろうからな。適当に誤魔化しとくから安心しな」
「助かるわ。その間にアタシ達は、作戦を考えとく!」
「うん、頼むよ」
良平が頷いたその時、彼のポケットからスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
「あれ?」
良平はスマートフォンを取り出す。
「水原か?」
「いや……」
画面を見た良平は、表示された「ツァン」という名前に、少し気まずそうな顔をした。
「あー、いや……その……」
「何よ歯切れ悪いわね」
亜美が良平の顔に自分の顔をぐっと寄せて、スマートフォンを覗き込んだ。
「あっ……」
「え!? ツァン!? ツァンってツンドラの侍じゃない!」
「ツンドラの侍て……」
「なんでアンタに彼女から電話がくんのよ?」
眼を細めて良平を見つめる亜美。
光の加減なのか漆黒に染まっているように見えて良平は無意識に苦笑いする。
「ちょっとチーム煉獄について相談しててさ! ごめん、ちょっと電話でるよ」
そう言うと、足早に玄関から出て行ってしまった。
「あ! ちょっと!」
「……」
残されたここのせは、黙って視線をそらした。
「……ここのせ」
亜美は低い声でここのせを呼ぶ。
「あ?」
「アンタら、アタシに何か隠し事してるでしょ」
「なっ、そんなわけねぇだろ」
ここのせは明らかに動揺し、不自然に声を上ずらせた。
「うそ。アンタ、良平とこそこそ隠れてなんかしてるわね?」
「な、なんでぇそりゃ。だいたい良平の電話で、なんでオレまで……」
「だってアンタ、良平にチームツンドラから電話があったのに全然驚いてないんだもん。アンタなら、隅におけないーとかモテる男はーとは、絶対冷やかすはずなのに」
(たしかに……)
ここのせは内心で舌打ちした。
「あのねぇ、アンタら嘘を突き通せるほど器用じゃないんだから、さっさと吐いちゃいなさい」
(……どの道、煉獄のあの男がモンスターを実体化できることは祭乃木も知ってるんだ。下手に隠す必要はねぇか。ただ……)
ここのせの脳裏に蘇る。
『俺は祭乃木を盾にしたくない』
『祭乃木くんは影霊衣化していた』
良平とクイーンの声だ。
「……」
「ここのせ?」
黙り込んだここのせを、亜美が訝しげに覗き込む。
「あ、ああ。バレちゃあしゃあねぇなぁ。実はオレと良平でこっそりチーム煉獄のことを調べてたんだよ」
「煉獄のこと?」
「ああ。ツンドラの連中は同じアカデミアだし、去年の予選決勝で当たってるだろ? デッキとかの情報を引き出せねぇかと画策してたってわけよ」
「何よ、じゃあ別に隠さなくたっていいじゃない」
「黙ってて、あっと驚かせてやるつもりだったんだよ」
そう言うと、ここのせは踵を返してエレベーターの方へ歩き出した。
「バレちまったわけだし、得た情報は後で共有すっから! そっちはそっちで作戦練っといてくれよ!」
「……行っちゃいました」とゆきが溢す。
「ふぅん、なんか引っかかるけど、まぁいいわ。とりあえずご飯食べましょ!」
亜美はチキンを頬張りながら、釈然としない表情でここのせの背中を見送った。
[マンションエントランス]
エレベーターホールを抜け、良平は自動ドアの外の喧騒に紛れるようにスマートフォンの通話ボタンを押した。
「も、もしもし?」
『あっ! キミねぇ! 一回切ったでしょ!!?』
スピーカー越しにツァンの甲高い声が響く。
思わず耳を放してから良平は再びスマホを耳に近づけた。
「ご、ごめん、ちょっと出られる状況じゃなくてさ……」
『全く……。アカデミアは暇じゃないだからね!』
「悪かったって……。それで、どうしたの?」
『神川さんが情報交換したいって。放課後』
「今日の?」
『うん。だから空けといてよ』
「わかった。場所は?」
『まだ決まってない。あとでまた連絡するから、ちゃんと出てよね!』
「頑張るけど、授業中とかは出れないよ」
『わかってるよ! ボク達だって授業あるし! とにかくそういうことだから! じゃあね!』
良平の返事を待つでもなく、通話は一方的に切断された。
手元の画面には、通話終了の文字。
良平はふぅ、と小さく息を吐いた。
「よぉ、浮気相手からのラブコールはどうだい」
振り返るとここのせがからかうような笑みで立っている。
「浮気って……。なんか嫌な言い方だなぁ」
良平は苦笑いを浮かべるとここのせはわざとらしく肩をすくめた。
「へへ、わりぃわりぃ! けど的を得てんだろ? ウチの総大将もヘソ曲げてたぜ。なんか隠し事してんだろーって」
「あちゃー……やっぱりちょっと間が悪かったよな」
「まぁもう隠す必要もねぇとは思うぜ。あの一件で煉獄の連中がダメージを実体化できることをオレたち全員が預かり知ることになったからな」
ここのせの声のトーンが、いつもの軽口から一段階落ちる。
二人の間に廃倉庫の冷たい空気が蘇った。
「うん……。でも、だからこそ必要以上に関わらせちゃダメだと思う。煉獄とは次の準決勝で倒して終わり。アカデミアともそれっきりにする」
「それっきりって。ツンドラの連中とやりとりしてんだろ?」
「ダメージをなるべく受けないように戦う必要があるからね。作戦を立てるための情報をもらいにいこうと思う。その代わりに昨日のことを話す」
「……祭乃木のことも言うのか?」
ここのせの問いに、良平は一瞬ためらった。
脳裏にクイーンの声。
『アカデミアと関わってはいけない』
まさしく警告だ。
あの虹色の羽を広げた亜美の姿は、あまりにも異質で、危険な輝きを放っていた。
「いや祭乃木のことは伏せておく。でもそれ以外の持てる情報を全て話すよ。それで煉獄のことは全部チームツンドラに任せて俺たちはそれで終わり」
「つまるところ、ダメージ実体化云々はアカデミアの連中に任せるってわけか。ちょうどいい落とし所だな」
「うん。ちょうど向こうから情報交換のお誘いがきたところだし、今日行ってくるよ」
「……そのことについてなんだが、オレもついてっていいか?」
「え?」
思わぬ提案に良平は思わず声を上げた。
ちょっとしたごたごたで腐れ縁ができてしまった自分と違って、ここのせには義理がない。
てっきり自分ひとりで行くと思っていた。
顔に出ていたのかここのせは軽くむっと顔を顰めた。
「最初に言っとくと女目当てってわけじゃねぇぜ?」
「それはわかってるけど……。でもどうして?」
「廃倉庫で間宮と会ったとき、急にオレが走ってったろ」
「うん」
「あの時とっ捕まえたオベリスクブルーの野郎。チーム煉獄の黒河とかいうやつだった」
「ああ、チーム煉獄のファーストプレイヤーの人だね」
「おん。奴はどうやら後輩の誰かに頼まれて煉獄の二人を監視してるらしい」
「後輩の誰か……。それって……」
「十中八九、チームツンドラだろ」
二人の視線が交錯する。
良平は顎に手を当てて足元を見る。
ちいさな砂利がそこら中に散らばっていた。
「……そうか。だからこのタイミングで情報交換だったのか。彼女達は昨日のことを知ってるんだ。それで、より深く話を聞くために俺を呼んだ……」
「そう考えていいと思うぜ」
「でも、それとここのせになんの関係が?」
首をかしげてここのせを見る。
エレベーターホールの奥窓では蜃気楼が揺れていた。
ここのせは一瞬考えるそぶりを見せてから良平に向く。
「……お前、阿久津とかってやつのあの姿、どう思う?」
廃倉庫で暴れた姿。
右半身はまるで焼け爛れたように崩れ落ち、腕は大量のミミズを連想させる悍ましい形だった。
良平は顔を歪ませて首を振る。
「どうって……気持ち悪かったかな」
「ああ。ありゃ、正気の沙汰じゃねぇぜ。でもオレはあの姿を知ってる」
「え!? どういうこと!?」
「これも星巡りだ。……あー、歩きながら話そうぜ」
ここのせはそう言って先に歩き出した。
自動ドアが開き、熱気が全身を包む。
良平も慌ててその隣に並び、通学路を歩き出した。
朝の喧騒。
通行人の雑踏。
車の走行音。
日常の風景の中を二人は並ぶ。
「それで?」
「ああ。そもそもの話だけどよ。星巡りってのは、星遺物に眠る力を解放して、創星神の力の一部を受け継ぐためのもの。いわば力無き者を星遺物を継ぐ者に昇華させるための儀式だ」
「うん、前に教えてくれたね。そして、そこで新しい星遺物の力……ジャックナイツを手に入れた」
「おう」
「つまり今のここのせの中には、運命力の代わりに、星遺物の力……いいや、創星神の力が宿ってるってことだよね?」
「ああ。でも、オレに宿る力は実はそんな大層な力じゃない。オレが受け継いだ力ってのは、多分最低限だ。オレが望んだのは圧倒的な力じゃない。皆と一緒に戦うための力なんだ」
ここのせは自分の手のひらを見つめるように視線を落とす。
「そっか。……でも逆に言うと、圧倒的な力を手に入れることもできたってことだよね」
「理屈の上ではな。だから……」
ここのせは一度言葉を切り、遠い目をした。
あの異空間での出来事が、鮮明に蘇っている。
ー繰り返してはいけないー
ーそれ故の
ーそれ故の
ーそれ故の星巡りー
「だからこそ、星巡りがある。強大な力を、欲望を望んだ末に何があるのかを、知るために」
「強大な力……欲望……。それを望むと、どうなっちゃうんだ……?」
「……それを望んだオレは、力に昂揚して街を破壊した。そして最後はお前らすら切り捨てて、あの化け物になった。阿久津の野郎と同じ、あの姿にな」
良平は思わず足を止めた。
横断歩道を渡る人々の流れから、二人だけが取り残される。
「え……」
「あの姿は、あり得たかもしれないオレの姿なんだ」
ここのせはただ平然と良平を見つめていた。
「そ、そんな……!」
「だから多分、ヤツの中にはオレと同じ類の力が宿ってるんじゃないかと思う。それも、かなり強力な……」
「……」
「……良平?」
「あ、ああ。ごめん、ちょっと驚いてて……。ただそうなると気になることがあるな」
良平は思考を必死に現実に戻し、再びここのせと並んで歩き出した。
「気になること?」
「うん。星遺物の力は、力無き者……つまり運命力がない人じゃないと使えないんだろ?」
「多分……」
「だけど、あの男から強い運命力を感じたんだ。ここのせとは違う……気がする」
「……たしかに奴も言ってたな。オレとは違うって」
「奴の力は、星遺物に似た別の力なんじゃないか、という気がするんだ……」
「……それついても、一つ心当たりがある。奴が暴走しかけてたとき、叫んでた言葉を覚えてるか?」
「えーっと、よく聞き取れなかったけど、返せそぴあって言ってたような……」
「ああ。そして、奴がコントロールしてたモンスターの名前……」
「インフェルノイド・ティエラ……?」
「そう。ソピアとティエラ」
その二つの名前に、良平は既視感のない響きを感じた。
「それが、一体なんなの?」
「こいつらは星遺物を巡る神話、その始まりの二柱。風土記に出てくる星生みの神、楚妃亜と天亜羅。その正しい読み方である創星神sophiaと創星神Tierraのことだ」
「創星神……sophia、Tierra……」
あまりにも壮大で非現実的な単語を反芻する。
ここのせはさらに続けた。
「星遺物の神話は、この二つの神の戦いから始まるんだ。創造の力を司るsophiaと破壊の力を司るTierra。Tierraが破壊の力を使って世界を崩壊させようとしたのをsophiaが Tierraを打ち倒して止めた。そして破壊の力を奪い、Tierraを世界の始まりの樹に封印した」
「……」
「sophiaは、破壊の力と自身の創造の力を併せて創星の力を作り出した。そして、それを悪用されないように8つに分けて封印したんだ。どの種族にも属さぬ者、無垢なる魂を持つ者にしか近づけない呪いをかけてな。それこそが星遺物の正体だ」
「そ、それじゃあ、星遺物には創星神sophiaの力が宿ってるってことなのか」
「おう。だけど星遺物の神話はここで終わりじゃねぇ。封印されたTTierraの力や星遺物の力を手に入れようとした種族がいた。そいつらは、闇の儀式で邪悪なモンスターを生み出して、世界を再び戦火に包み込んだ」
「……」
「その邪悪なモンスターはインフェルノイドそのものだった。おそらく、インフェルノイドには破壊の神の力が宿ってる」
「じゃあインフェルノイドの運命力そのものが、ここのせが持ってる星遺物の力と同じ類のものなのか……?」
「確証はねぇけどな。ただネクロス計画と影霊衣化。インフェルノイド。sophiaとTierra。星巡りの星遺物の神話にでてくることばかり……。偶然とは流石に思えねぇよ」
「……デュエルアカデミアと星遺物の神話……。ダメだ、話が大きすぎる……。こんなの考えてもわかることじゃない。俺たちにできる範疇を明らかに超えてるよ」
良平は頭を抱えそうになる。自分たちが足を踏み入れてしまった世界のスケールが、普通の高校生の日常とはかけ離れすぎていた。
「わーってるよ。だからできることをするんだろ。ツンドラの連中は、オレ達よかよっぽど専門家だぜ。奴らに話せるとこ全部話すまでがオレ達の仕事だ」
[昼休み 童実野第二高校 5組教室]
昼休みの喧騒が教室を満たしていた。
弁当を広げる生徒たちの楽しげな話し声や廊下を駆け回る足音が混じり合い、午後の授業を前にした解放感が漂っている。
「それでさぁー」
「えー、うそー!」
しかし、その活気とは裏腹に良平は自席で一人、スマートフォンの画面を真剣な面持ちで見つめていた。
指先で画面を滑らせながらネット百科に目を通す。
(……デュエルアカデミア。海馬コーポレーションが創設した私立学校法人。現在は国立デュエル研究所、国立東都大学、童実野病院を買収し、事実上の第三セクター研究機関としての側面も持っている。現在は海馬コーポレーションは出資に止まり実質的な運営は公正デュエル委員会が行っている、か……)
表示される情報のどれもが、一介の高校生である自分たちとはかけ離れた、国家規模の組織であることを示していた。
(……流石デュエルアカデミア。やっぱり日本一のデュエル研究機関だけあって、すごい経歴だ。俺たちがチームツンドラに勝てたのは、やっぱり奇跡だったんだな)
「日和田」
不意に声をかけられ、良平は思考の海から引き戻された。
「!」
顔を上げると高い身長に眼鏡をかけた男子生徒――水原忠一が立っていた。
「あ、水原」
「今日は祭乃木は休みか。珍しいこともあるんだな」
忠一は亜美がいつも座っている空席に目をやりながら、淡々とした口調で言った。
「祭乃木だって人間だからね。それで、どうしたの?」
「役に立つかはわからんけど、一応次の相手の情報をまとめておいたぞ」
忠一はそう言って、数枚のプリントを差し出した。
「え、あ、ありがとう……。でもどうして……?」
「くるみんさんが、公式サポーターの役割がどうとかって」
「そうなんだ。ありがとう、助かるよ」
良平は礼を言い、その資料を受け取った。
「だが、あまりに役に立たんだろう。非戦闘民の素人意見だ」
「そんなことないよ。これ、デュエルログだろ? 相手がどういう戦略か考えやすいからあるとすごいありがたいんだ」
「なら尚更だ。連中の今年の試合自体か少ないうえに、その試合もすぐに終わってるからな」
「すぐに終わった?」
良平はプリントの束をめくった。そこに記されていたのは、あまりにも一方的な試合結果だった。
「!」
「結果は見ての通り。注意した方がいい相手は一目瞭然のはずだ」
忠一はそれだけ言うと、静かに良平の席から離れていった。
[放課後 童実野第二高校 下駄箱]
西日が差し込み、一日の終わりを告げる喧騒が満ちる下駄箱で、良平は一人、スマートフォンを握りしめていた。画面は暗いままだ。
「……」
「悪りぃ待たせた」
背後から声がかかり、ここのせが自分のロッカーを閉めながら合流してきた。
「いや、大丈夫」
「連絡は?」
二人は並んで昇降口へと歩き出す。
「いや、何もきてない。ツァンが連絡してくるはずなんだけど……」
良平は再びスマートフォンに視線を落とした。
[校門]
放課後の校門は、部活動へ向かう生徒や帰宅する生徒たちでごった返していた。しかし、その流れから外れた一角だけが、異様な空気に包まれていた。
壁に寄りかかるようにして、一人の黒髪の女子生徒が腕を組んで立っている。
その傍らには、無骨で黒光りするDホイール。
彼女が身に纏うのは、童実野第二高校の制服ではない。
鮮やかな青色――デュエルアカデミアのオベリスクブルーの制服だった。
周囲の生徒たちは、その場違いなエリートの存在に気づき、遠巻きにしながらひそひそと噂を交わしている。
「え、誰だあれ……」
「あの制服って……デュエルアカデミアじゃない……!?」
「しかも青……オベリスクブルーだ……!」
「えぇ、なんでウチに……?」
「ほら、あれだよ……! 最近めちゃくちゃ勝ち上がってる……」
そんな好奇と畏怖の視線が集中する中、ここのせと良平が校門をくぐり抜けた。
「おいおい、ありゃ……」
「き、金……? どうしてここに……」
良平が呟いたのを耳にしたのか、黒髪の女子生徒――唯信が、ゆっくりと体を起こした。
「来たか、日和田良平」
その冷たい視線が、まっすぐに良平を射抜く。
「な、なんの用……?」
「ツァンから聞いているはずダ」
「あ、あぁ」
良平が頷くと、ここのせがすかさず二人の間に割って入った。
「おい金、悪りぃがオレも行かせてもらうぜ」
唯信はここのせを値踏みするように一瞥した。
「フン、貴様のような雑魚に用はナイ」
「お前に無くてもこっちに用があんだよ」
一触即発の空気が流れるが、唯信は面倒そうに舌打ちをした。
「……チッ、勝手にシロ」
「……相らず口が悪いなぁ」と良平が苦笑いするとここのせははっと鼻を鳴らす。
「デュエルアカデミアでオベリスクブルーで、サイバー流の今代の使い手とくりゃ、あんぐらいじゃねぇと務まらねぇんだろ」
「でもあんな言い方されてムカつかないの?」
「ムカつくに決まってんだろ」
「あ、ムカつきはするんだ」
良平がここのせの反応に少しだけ肩の力を抜いた、その時だった。
「Hi! plane boy!」
甲高いブレーキ音と共に、白いDホイールが二人の目の前に滑り込んできた。
黒と赤のラインが入ったヘルメットを被った女が、陽気に手を振っている。
彼女がヘルメットを脱ぐと、見慣れた金色の髪が夕陽にきらめいた。
「お、誰かと思えば神川じゃねぇか」
「あら? star boyもいるのネ! Hello!」
金髪の女子生徒――神川・ノエル・美優がにこやかにここのせに向けて手を上げた。
「おいそのスターボーイってオレか? オレのことか?そんな水属性水族みたいなあだ名つけんな!」
「プレーンボーイといい、神川ってネーミングセンスないな……」
ぼそりと良平がつぶやくと目ざとく目を細める。
「Hahaha!」
神川はDホイールから軽やかに降りると、大股で良平に近づき、その靴のつま先を勢いよく踏みつけた。
「いだぁぁ!!?」
突然の痛みに良平が叫び声を上げる。
「お遊びはもうイイ。奴とヤル場所は見つけたんだろうナ」
唯信が、そのふざけた空気を断ち切るように冷たく言った。
「all right! 当然でしょ!」
神川は得意げに胸を張る。
「ヤル場所だぁ?」
「YES! 貴方達に有益な情報とワタシ達に有益な情報、それをTradeする場所よ!」
「どこ?」
「口で説明するのはまどろっこしいワ! 乗って!」
神川はそう言って、自分のDホイールの後部シートを叩いた。
「いいのか?」
「off course! planeboyはユシンの方! star boyはワタシ! hurry!」
「あぁ、うん……」
良平は戸惑いながらも唯信の黒いDホイールへと向かう。
「校門前でニケツたぁ、粋だねぇ。問題は配役が逆ってことだ」
ここのせは軽口を叩きながら、神川の白いDホイールの後部シートに跨った。
[ネオ童実野シティ 郊外]
二台のDホイールが、アスファルトに甲高いタイヤの摩擦音を残して停止した。都市の喧騒から少し離れた、穏やかな空気が流れる郊外エリアだ。
「……」
唯信は無言のままDホイールから軽やかに降り立つ。
「ふぅ、ついたワ!」
神川もヘルメットを外し金色の髪をかきあげた。
遅れてここのせと良平もヘルメットを脱ぎながら地面に足を着けるが、その表情は困惑に染まっていた。
「は?」
「え、こ、ここ?」
神川はそんな二人の様子にも気づかず、意気揚々と目的の店を指差した。
「YES! 調べたら、最近話題の喫茶店らしいワ! 意外と貸切もできるみたいだから、ツァンに頼んで取ってもらったの!」
「最近話題だってよ、よかったな」
ここのせは、なんとも言えない複雑な表情で良平の肩を軽く叩いた。
良平は「うーん」と唸りながら、目の前の建物を見上げる。
そこは、店の前にアカデミアのものと思われるDホイールが三台止まっている以外は、幼い頃から見慣れた自宅兼店舗だった。
木製の看板には「カフェlike」と、ハーピィアイスクリームとココアの宣伝文句が書かれている。
「なんて顔してるの? 何か文句でも?」
「いや文句はないけど……」
「ならok! さぁ、入るワ!」
神川は良平の歯切れの悪い返事も気にせず、店のドアノブを回した。
ドアベルがカランカランと軽やかな音を立てる。
「Hi! みんな! 連れてきたわよ!」
神川は店内に向かって元気よく手を振った。入って右手奥、一番大きな6人掛けのテーブル席では、既に到着していたオベリスクブルーの制服を着た三人――ツァン、雪乃、麗華が彼女たちを待っていた。
「あ、きたきた」
「うふふ、待ちくたびれちゃったわ」
「……」
三人が視線を向ける中、カウンターの奥から白いエプロンをつけた女性が、手慣れた様子で接客に出てきた。それは間違いなく、この店の女将であり、良平の母であるミオだった。
「はーい、いらっしゃーい。ごめんなさいね、今日は貸切になってて」
「NO problem! 予約したツァンのfriendだから!」
「まぁそうだったの〜。じゃあ中へどうぞ〜……ってあらぁ? 良くん? それにここくんまで」
人懐っこい笑顔を向けていたミオは、神川の後ろに立つ二人に気づき、ぱちくりと目を瞬かせた。気付かれないはずもなく、良平は「よりによってなぜここを……」と顔を伏せ、ここのせは取り繕うように軽く頭を下げた。
「どもっす」
「リョーくん? ココくん? 何、貴方たち、ここのウェイターさんと知り合いなの?」
「知り合いというか……」
「ごめんねぇ、今日は団体さん予約があって……」
ミオが良平たちに謝ろうとすると、神川が割って入った。
「Wait! 彼はワタシ達の連れよ!」
「まぁそうなの〜。良くんがお友達を連れてきてくれるなんて、ミオちゃんは嬉しいのです」
ミオは嬉しそうに微笑む。その傍らで、美優は状況が読めず腕を組んだままだ。
「Excuse me landlady。彼、ここの常連なの?」
「常連? うふふ、常連といえば常連ねぇ。良くんは、私の息子さんなのです」
その一言に、アカデミア生たちの動きが止まった。
「はぁ!?」
「Whats!?」
「まぁ」
「どういうことダ」
驚愕の視線が一斉に良平に集まる。
良平は観念したように顔を上げた。
「どういうも何も、ウチが経営してる喫茶店ってだけだよ……」
「なんならここは良平の家でもあるんだぜ。まさかお前らがここを選ぶとはなぁ」
ここのせが苦笑いしながら補足する。
「うっそでしょ……」
「こんな素敵なお店なのに……」
「店が素敵であることと、俺の家であることに何の関係があるんだよ……」
良平がぼそりと呟くと、ミオがふと思い出したように口を開いた。
「あらぁ? そういえば亜美ちゃんは?」
「今日はいないよ。俺とここのせだけ」
「……良くん。ミオちゃんは良くんが考えて選んだ道ならとやかく言わないよ? でもね、浮気性の男の子になるのはちょっと見過ごせないかな〜」
「へ?」
「亜美ちゃんやゆきちゃん、恵ちゃんという子たちがいながら、ここくんと別の女の子達をはべらかすなんて……」
ミオの盛大な勘違いに、ここのせが真っ先に声を上げた。
「ちがーう!! なんかすげぇ言い方してるぞおい!」
「ただの情報交換だよ……。もう、キッチン行ってよ。ココアとアイス、人数分!」
良平は顔を赤くしながら、母親をカウンターの奥へと押しやる。
「良くんが不良に……。しくしく……」
ミオはわざとらしく泣き真似をしながら、とぼとぼとキッチンへ戻っていった。
「盛大に勘違いしたままだぞおい……」
「後で訂正しておくよ……」
良平が疲れたように額を押さえていると、今度はツァンが腕を組んで立ち上がった。
「ちょっと!なんか不愉快な勘違いされてるんだけど! ていうか、ここがあんたの家なんて信じらんないし! で、なんでもう一人いんのよ! あーもう、ツッコミきれない!!」
「わーってるよ、ちゃんと説明すっからよ! とりあえず席あけな!」
「常識的に考えて、このシートは6人しか座れません」
麗華が冷静に指摘する。
「ならあと一人座れんだろ。良平が座んな。ミソッカスは椅子持ってくらぁ」
ここのせはそう言うと、カウンター席の方へ予備の椅子を取りに向かった。
「あ、ああうん、ごめんありがとう」
良平は、アカデミア生たちが待つテーブルへと、気まずそうに歩みを進めた。
アンティーク調のランプシェードが柔らかい光を落とすテーブル。
左手側のソファ席には、奥から優雅にココアを飲む雪乃。
その隣で少し緊張気味のツァン、そして腕を組み壁にもたれるように座る唯信。 右
手側には、冷静にメモを取ろうとする麗華、隣で足を組んで座る美優、そして最端には良平が座っている。
テーブルの端、通路に面した場所にカウンターから持ってきた木製の椅子を置き、ここのせが腰掛けた。
ちょうど運ばれてきた水を一気に飲み干し、場の緊張を喉に流し込む。
「それで、あんたはなんでいんの?」
沈黙を破ったのはツァンだった。その視線は場違いな参加者であるここのせに突き刺さっている。
「お前ら、例のあの男について調べてんだろ。オレからもお前らに渡しておきてぇ情報がある」
「ふぅん、殊勝な心掛けね。何か裏があるんじゃないの?」
雪乃が微笑みながらも、探るような視線を向ける。
「あるに決まってんだろ。だけど、順を追って説明しねぇと意味がねぇ」
ここのせは良平に視線で合図を送った。良平はこくりと頷き、アカデミア生たちに向き直る。
「情報交換する前に、みんなはどこまで知ってるの?」
「どこまで、とは?」
麗華が無機質な声で問い返す。
「チーム煉獄の阿久津についてだよ」
「お前ら、監視つけてたろ。あの黒河とかいうヒョロイ奴をよ」
ここのせが核心を突くと、神川が大げさに肩をすくめた。
「Wow そこまで知ってるなんて。意外とやるわネ」
唯信は無言のまま、不快そうに視線を窓の外に向けた。
「ワタシ達が把握してるのは、昨日、あなた達が煉獄と接触していること。そして、煉獄の阿久津剛が化け物のような姿になった、ということ」
「他には?」
「そこまでよ。他は何も」
(……! 祭乃木のことは知らないのか)
良平は内心で安堵の息を漏らした。亜美のあの異様な変貌は、まだ彼女たちには伝わっていない。
「あの人、すぐ逃げちゃって詳しくは見てないらしいんだ。だから、あんたから直接聞くのよ」
ツァンが不満げに付け加える。
「……わかった」
良平は覚悟を決め、昨夜の出来事を語り始めた。
テーブルの上には、すっかり溶けてしまったハーピィアイスクリームの器と水滴をまとったアイスココアのグラスが並んでいる。良平の説明が終わった後、カフェの穏やかなBGMだけが響く重い沈黙が流れた。
「Humm……」
神川は腕を組み、指先でトントンと自分の腕を叩きながら、良平から聞いた常軌を逸した話を反芻していた。
「ダメね」と雪乃。
「何度聞いても実感が湧かない。モンスターの実体化、それからあのボウヤが化け物のような姿になる、どっちも現実味がないわぁ」
優雅にカップをソーサーに戻しながら、ふう、と小さくため息をついた。
「……フン、今更だナ。問題はそこではナイ。奴がどうやってその姿になったのかダ」
それまで黙って窓の外を眺めていた唯信が、苛立たしげに本質的な疑問を口にした。
「それはごめん、わからない……。俺達が遭遇したときには既に化け物みたいになってたんだ」
良平は申し訳なさそうに視線を落とした。
「チッ……」
唯信は、期待した答えが得られず、小さく舌打ちした。
「しかし、そのような状況下で貴方たちはどうやって助かったのですか?」
麗華の冷静で無機質な質問が、良平の核心を突く。
「……」
良平は言葉に詰まった。脳裏に青白い障壁を展開しティエラの猛攻を防ぐ恵の姿と虹色の羽を広げて天に吼えた亜美の姿が、鮮烈にフラッシュバックする。
(あれはやっぱり言えないな……)
仲間たちの異能を、特に亜美の変貌を、アカデミアの人間である彼女たちに話すわけにはいかない。良平は一瞬の葛藤の末、苦し紛れの事実を口にした。
「実はクイーンが止めてくれて……」
「はぁ!? また!?」
ツァンが素っ頓狂な声を上げ、テーブルから身を乗り出した。
「貴方、ホントにクイーンとなんの関係もないの? fakeだったらだだじゃ置かないわよ?」
神川も、疑わしげな鋭い視線を良平に向ける。
「本当だよ! クイーンというかチームディスティニーが、だけど……」
「でも、一体どうやって……?」
「わからない……。ただ鏡みたいなものを使って、化け物状態を解除しちゃったんだ」
「か、鏡……?」
予想外の単語に ツァンは思わず鸚鵡返しした。
「あぁ。クイーンは何か知ってるんだと思うぜ。実際、クイーンはその化け物になる状態のことを影霊衣化と言ってたしな」
ここのせが良平の言葉を補強するように言う。その単語に、神川が鋭く反応する。
「ネクロス……。それってplane boyが前に言ってた……?」
「うん……。ネクロス計画……。名前から考えて、化け物になることと関係があるのかもしれない」
良平が頷くと、唯信は黙って何かを思考するようにわずかに眉をひそめた。
「それにしても、阿久津だけじゃなくて寺仔リオまでモンスターを実体化させるなんて……」
ツァンは、もう一つの脅威について言及する。
「でも彼女は阿久津と違って化け物にはならなかった。ならなかったのか、なれないのかはわからないけど……」
良平が言う言うと雪乃が唇に人差し指を当てる。
「たしか彼女、私達が中学1年の時に上の代に編入してきたのよね」
「デュエルアカデミアの中等部に編入……そりゃ相当すごいな……」
「アカデミア中等部といえば、日本最難関レベルの中学だよね……。よほどデュエルができたのか……」
良平とここのせがその異常性を口にすると、ツァンが即座に首を横に振った。
「でも、ほとんどあり得ないよ。ボク達は中学1年からいるけど、今まで入学はともかく編入なんてなかった。だから上の代にあの人が編入したって聞いたときは驚いたもん」
「そうね。But不自然なのは彼女だけじゃないワ。阿久津剛に関しても不自然なことがあると思うの」
神川が再び話を阿久津本人に戻す。麗華は静かに皆の会話を聞いている。
「なにが不自然なんだ?」
とここのせが聞くと美優は即答した。
「彼がオベリスクブルー所属であるという点よ」
「成績がいいのが不自然なの?」
良平が素朴な疑問を口にする。
「Non non! 問題は所属。オベリスクブルーは選りすぐりの精鋭。原則、中等部の特進クラスの上位メンバーしかオベリスクブルーにはなれないのよ」
「! たしか阿久津剛は、間宮と同じ中学だって言ってたな。アカデミア中等部じゃない。高校から編入してるはずだ」
良平がゆきから聞いた情報を思い出す。
「だが、高校編入でも絶対に不可能ってわけじゃねぇんだろ? 話じゃ、定期的に昇格できるって聞くぜ?」
昔パンフレットに書いてあったことを思い出してここのせが言う。
しかし麗華は首を振る。
「定期的な昇格試験はオシリスレッドからラーイエローにあがる為の試験しかありません。オベリスクブルーへは実技最高責任者か、教頭または学校長の推薦があった場合にのみ昇格が可能です」
「しかも並大抵の功績では昇格できないはずよ。歴代でも数人程度だと思うわぁ」
雪乃の補足に、ここのせは思わず声を漏らした。
「ゲェ、マジかよ……」
「でもあの男は、そんな難関である【昇格】ですらない。彼の経歴を調べたところ、彼は高校1年生の頃から例外的にオベリスクブルーだったのよ」
神川はグラスをぐっと傾けてココアを呑む。
「ジュニアユースの国際大会とかで優勝してたりするのかな……」
良平が、唯一ありえそうな理由を推測する。
「ありえん。国大まで出ているならば、私や神川が知らんはずがナイ」
だが、同じくトップレベルのデュエリストである唯信が、その可能性を即座に否定した。
「なんでぇ、お前ら国大にも出場してんのかい……」
「それなら、なぜ……?」
良平は完全に振り出しに戻され、頭を抱えた。
「レイカ、アカデミアに裏口入学は存在しないの?」
神川が、禁句とも言える可能性を麗華に尋ねる。
「わかりません。私は運営に携わっているわけではありませんので」
麗華は表情一つ変えず、完璧な模範解答を返した。
「チッ」
「裏口入学だろうがなんだろうが、それだけ奴をアカデミアの、しかもオベリスクブルーに入れさせる理由があったってわけだろ」
ここのせが、事の本質を突く。
「それだけの価値があの男に?」と美優は目を細める。
「正直、運命力はあると思うけどデュエルのセンスがあるかは疑問なんだけど」
「でもオベリスクブルーの主席なんだろ?」
「オベリスクブルーのではナイ! 不作の三年の主席に過ぎん」
ここのせの言葉に唯信が、侮蔑を隠そうともせずに吐き捨てた。
雪乃はクスクスと笑ってから良平を見つめた。
「そうねぇ。彼のデュエルは、カードパワーをそのままぶつけるというイメージかしら。互角以上の相手には通じにくいと思うわぁ。そんな彼がオベリスクブルーでいられるのは、やはり上層部になんらかの思惑があるはずよ」
「前にも言っていたね」
「……それならやっぱりアイツの持ってる力に意味があるんだと思うぜ。化け物になれる力に」
ここのせの推測に、神川の目が鋭く光った。彼女は椅子に窮屈そうに座るここのせに、真っ直ぐ視線を向けた。
「……star boy、貴方、ワタシ達に情報があるって言ったわね。もしかしてあの男のことなの?」
「おう。もちろん、半分以上は推測だし、これまで以上に信じられねぇ話だけどな」
ここのせは、アカデミアのエリートたちを前にしても臆することなく、不敵に笑ってみせた。
「いいワ、教えて」
神川は、その荒唐無稽な話を最後まで聞く覚悟を決め、身を乗り出した。
「さっき話に出てきた、鏡、ネクロス、そして阿久津が操るモンスターと影霊衣化……。こいつら全てに共通点がある」
「共通点?」
ツァンが訝しげに問い返す。
「それは、どれも星遺物に纏わる神話に登場する単語ってことだ」
「神話だト? フンッ、くだらン。世迷言なぞ聞いても無駄ダ」
唯信は非科学的な響きに即座に反応し、冷たく吐き捨てた。
「そうかしら? ワタシはそうは思わない。あの伝説のキングオブデュエリスト、Mr.ムトウには、古代エジプトのファラオの魂が宿っていたと言われているワ」
「……」
神川の反論に、唯信は忌々しそうに彼女を睨みつける。デュエルモンスターズの歴史において、神話やオカルトが切り離せない関係にあることは、トップデュエリストである彼女も承知しているからだ。
「あ、ボクも聞いたことあるかも。あの不動遊星が率いた不思議な痣を持つっていうシグナーには、古代アステカの神、ケツァルコアトルの力が宿っていたんだって。だからデュエルモンスターと神話には深い関係があると考えられているって」
「チッ……」
ツァンが続くが、唯信は苛立たしげに舌打ちするだけだった。
「でも古代エジプトや古代アステカは有名だけど、あなたの言う星遺物の神話っていうのは聞いたことないわぁ」
雪乃が、純粋な知的好奇心から尋ねる。
「……どのような話なのですか?」
麗華も、その未知の神話に関心を示した。
「まずお前ら、星遺物カードがどんなものか知ってっか?」
「バカにしないで! 力無き者に力を与えるっていう触れ込みのカードでしょ。ボクは使ってる人、ほとんどみたことないけど」
「使ってる奴を見ねぇのは当たり前だぜ。星遺物は運命力があるやつには使えねぇ。オレみたいな出来損ないの半端もんにしか使えねぇのさ。アカデミア生にそんなやついるわけねぇだろ」
ここのせは自嘲気味に笑うが、その目には自分だけが知る領域であるという自負が宿っていた。
「べ、別にあんたを出来損ないだなんて言ってないし……」
ツァンは、ここのせの棘のある言葉に、気まずそうに俯いた。
「あ、悪ぃ……つい仲間内と喋るときの感覚でよ……」
「それで、その星遺物カードがどうしたの?」
雪乃が話の続きを促す。
「あぁ、星遺物カードは、その名前の通り星遺物の力を宿したカード。その星遺物ってのは創星神の力が封印されている謂わば鍵みたいなもんだ」
「創星神……」
神川が、そのあまりにも壮大な響きの単語を反芻する。
「そうだ。創星神sophiaとTierra。星遺物の話はこの二柱を巡る神話なんだ」
ここのせは、星巡りで見聞きした断片的な記憶――創造と破壊の二柱の神、封印された力、そして「影霊衣」や「儀水鏡」といった単語が飛び交う戦いの系譜を言葉にして伝えた。
ここのせの荒唐無稽とも思える話が終わり、カフェには再び沈黙が訪れた。窓から差し込む西日が、冷め始めたココアのグラスを照らしている。
「……種族の力を身体に宿す影霊衣の力、それを制御する儀水鏡……」
神川は、ここのせの話と昨日の出来事を結びつけ、その偶然とは思えない一致に息をのんだ。
「それに創星神sophiaとTierra、邪悪なモンスターとインフェルノイド……偶然とは思えない……」
ツァンもまた、点と点が線で繋がっていく感覚に戦慄していた。
「……貴様のような運命力を持たん人間が元プロデュエリストを撃破できたのはその力のおかげ、ということカ」
唯信は神話を信じたわけではないが、ここのせの強さの源泉として「力」の存在は認めざるを得ないようだった。
「そうだ。それがなきゃ、オレはデュエリストにはなれない」
「でも、その神話がアカデミアとどんな関係が……?」
ツァンの疑問に良平が呟く。
「……一つ考えたんだけど、運命力がない人間を戦えるようにできるなら、運命力が高い人間をより強くすることはできないのかな……」
良平の素朴な仮説が、場の空気を凍らせた。麗華が、その言葉に微かに肩を震わせる。
「……ッ」
「だが、星遺物の力は星遺物を継ぐ者じゃねぇと使えねぇはずだぜ」
さすがのここのせも良平に目をやった。
「うん、だけど、絶対に無理かどうかわからないんじゃないかな?」
「……」
「ひょっとしたら阿久津がそのキーパーソンになっているのかも。……そういう研究は、アカデミアではしてないの?」
良平がアカデミア生たちに問いかけると、神川はツァンに視線を送った。
「より強い運命力……。ツァン、あなたの専攻に近いように思うけど、何か知らない?」
「あっ……もしかして、擬似運命力……?」
ツァンが恐る恐る口にしたその単語に、ここのせと良平は息をのんだ。恵の一件で知ってしまった、禁断の言葉だったからだ。
「なっ……!」
「ッ……!」
「ぎじ運命力? 何なのそれ?」
「ツァンさん、それは……!!」
麗華が、血相を変えてツァンの言葉を遮った。
「あ、い、言っちゃっだめだった……?」
「アカデミアの機密に該当します! 口外してはいけません!」
「……彼らは情報を提供してくれたワ。こちらだけ一方的に秘匿するのはフェアじゃない」
神川が麗華を諌めようとするが、麗華は一歩も引かない。
「規律です!駄目なものは駄目です!」
二人の間に火花が散る。良平は慌ててその間に割って入った。
「ああ、いやいいよ! 無理に話してくれなくて!」
「というか知らないままの方がいいくれぇだ」
ここのせも、これ以上深入りすべきではないと本能的に感じていた。
「どういうこと?」
「……俺達は結局ただの高校生なんだよ。出来ることは限られてる。今回のことはその範疇を超えてるよ」
良平の脳裏には、阿久津の異形な姿と、アカデミアという巨大な組織の底知れない闇が広がっていた。
「……」
「ダメージやモンスターの実体化、人間が化け物になる、加えて星遺物の神話とアカデミアの上層部が抱えている何かときた。とてもじゃねぇが手に負えねぇよ。オレ達はここで手を引くぜ」
ここのせも同調する。
これ以上の関与は危険だ。
「あら、じゃあ次は棄権するのかしら?」
雪乃が、その撤退宣言を揶揄するように微笑んだ。
「いや戦うよ。だからここに来たんだ」
良平は静かに、しかし強く首を振った。
ここのせも頷く。
「奴らには借りがあるからな。こいつは謂わば喧嘩みてぇなもんさ。戦わなきゃいけねぇし、勝たなきゃいけねぇ」
「でも、言ってしまえばそれだけだよ。これからずっと関わり合う必要はないと思う。次の対戦で戦って、倒して、それでおしまいにしたいんだ」
「……それは貴方たちチームの総意、ということ?」
「祭乃木や間宮は知らないはずだよ。この件は俺とここのせだけでやってることだから」
良平の言葉に、神川はそれ以上追及しなかった。
「……オーライ、わかったワ。強要はNOネ」
「ごめん」
「むしろお前ら、よくこれを追っかけようと思うな。お前らだって高校生だろうに」
椅子に寄りかかりジュースを飲み干すここのせ。
対し、唯信は鋭く返した。
「我々はキサマらとは違ウ」
「うふ……」
同意するかのように雪乃は笑い、ツァンも真面目な顔で言った。
「……これは、義務みたいなものだよ」
「義務……?」
良平が首をかしげると美優は真っ直ぐに二人を見た。
「ワタシ達は、デュエルアカデミアオベリスクブルー。世界最大のデュエリスト養成機関。そこに在籍している以上、世界を牽引するデュエリストでなければならない。だから、デュエルが穢される可能性があるなら、ワタシ達が止めないわけにはいかない」
エリートとしての強烈な自負。
あるいは揺るぎない責任感。
「……!」
「だから、やれることをやるの」
「……それが君たちのプライドなのか……」
良平は、自分たちとは全く異なる覚悟を持つ彼女たちに、素直に圧倒されていた。
「うふふ、でもあなた達も他人事ではないのよぉ?」
雪乃は胸を寄せあげて色っぽく上目遣いで良平を見る。
「え……?」
眼を伏せた美優が後を繋いだ。
「アナタ達は、ワタシ達と違ってデュエルアカデミアではない。But、アナタ達はWSC本戦のベスト4チーム。もう『ただの高校生』ではいられないワ」
「それは……」と良平はたじろいだ。
だが事実だ。
実態がどうであれ、世間が自分たちをどう見るかは火を見るよりも明らかだった。
ツァンは眉を潜めて言う。
「君たちがただの高校生に戻るなら、次が最後のチャンスだと思う。アカデミアのオベリスクブルーには、やっぱり普通の高校生じゃ勝てなかったねって」
ツァンの言葉に、それまで黙っていた唯信の目が鋭く光った。
「そうかもしれない……。でも、全力で戦って負けたなら仕方ないけど、手を抜くことはできない。俺達はアカデミアじゃないけど、それでもデュエリストだから」
良平の真っ直ぐな言葉に、唯信は小さく鼻を鳴らした。
「フンッ……」
「言ったろ、オレ達は勝つためにここに来たんだ。さっき裏があるっつったのはこれだ」
ここのせの言葉にツァンが引き気味に返す。
「な、何……?」
応えるのは良平だ。
「チーム煉獄の情報がほしい。デッキとか戦略とか、なんでもいいから」
「ok 元々、貴方からの要請はそうだったからネ」
美優はなんでもなさそうに頷く。
外をトラックが通ったのか一瞬の揺れがライトを明滅させた。
ここのせは両手を後ろ頭に回す。
「デッキ自体は割れてんだろ。あとは阿久津がどう動くか」
「いや、もちろん阿久津も重要だけど、一番重要なのは奴じゃないと思う」
良平が静かに首を振るのでここのせはやや前かがみに言う。
「じゃああのギャルか?」
「ううん、彼女でもない」
「へえ、よくわかってるじゃない。すこしはやるね」
ツァンが少し感心したように言った。
「yes」と美優も頷く。
「チーム煉獄を攻略する上で最も警戒すべき相手。それはーーFire formationの使い手よ」
「あぁ? ファイアーフォーメーション?」
「炎舞のことだよ。つまり炎星デッキの使い手」
良平が補足するのでここのせは頭に決闘者を思い浮かべる。
いつだったか恵の家で見た去年のWSCの映像。
画面の中で炎星を操っていた決闘者。
「それってあの黒河とかいう気弱な奴だろ。お前らのパシリの。そんなやつを警戒するのか?」
ここのせは、チームツンドラの監視役だった男の顔を思い浮かべた。
「うふ、たしかに彼、普段はどうしようもないボウヤだけど、デュエルは本物よ」
雪乃が答えるとツァンも同意する。
「というかあの人、デュエルになると人が変わったようになるんだよね」
「黒河さんは、デュエルアカデミア三年の三席です。実力が高いのは成績が証明しています」
追撃の麗華による情報。
「なんだ、三番手かよ」
ここのせははんと鼻を鳴らしたが美優は肩をすくめた。
「主席と次席はおそらく裏があるワ。But、クロカワはおそらくそうじゃない。純粋な実力でその席にいる、事実上の主席よ」
「……成績とか人柄とかはしらないけど、今大会のデュエルログを見ればすぐわかるよ」
良平はそう言って資料をテーブルの中央に広げた。
手にとってみると大量のデュエルログだった。
「なんでぇこりゃ、わざわざ作ったのか?」
「いや水原とくるみんが作ってくれたんだって。今日、水原がくれてさ」
ふーんと返して内容に目を落とすとここのせは眉を潜めた。
「……おいおい、なんだこりゃ……。8決めも4決めも黒河が全抜きしてやがる……!」
黒星だらけの紙面上。
ツァンは苦い顔をしてココアの入ったグラスを両手で持った。
「認めたくないけど、あの人は強いよ。去年の予選決勝、ボクは先発だったけど全力で戦って負けた。手札も初動も良かったけど、あの人に実力で押し負けた……」
去年の敗北を思い出したのか、悔しそうに唇を噛んだ。
「全力の六武が押し負けるなんて……バケモンかよ……」
「フンッ……」
「今まで阿久津やあの女の攻撃の被害がほとんどなかったのは彼が相手を一蹴してたからなんだろうね」
良平は、資料に記された記録を見て、戦慄した。
「くそったれ……チーム煉獄全員が侮れねぇ敵だってわけか……」
「とにかく対策をーー」
良平が広げられた資料を指さし、本格的な作戦会議を始めようとした、その時。
カランカランカラン、と店のドアベルが、先ほどよりも一層けたたましく鳴り響いた。
「ミオちゃーん! お弁当作ってーーん?」
元気いっぱいの声が店内に響き渡る。
聞き覚えのある高い声。
そこに立っていたのは、今、この瞬間に最もこの場にいてほしくない人物――祭乃木亜美だった。
「Oh」
「あ」
「あら」
「……」
「あれは……」
アカデミア生たちが一斉に固まる。
「ゲェッ……!」
「さ、祭乃木……」
ここのせと良平の顔から、一斉に血の気が引いていくのがわかった。
浮気ダメ絶対