遊戯王5D's after ~童実野第二高校ヒーロー部~ 作:レトやま
本年も本作をどうぞよろしくお願いします!
▼キャプション
前回の次回予告を修正してます。
タイトルと内容が合わなかったので……。
あと今回も長いです……。
すみませんがお付き合いくださいませ……!
[夜 ネオ童実野シティ海浜エリア]
潮風が吹き抜ける夜の湾岸エリア。
人気のない広場は、ソリッドビジョンの光によって昼間のように照らし出されていた。
美優のフィールドには、鋼鉄の銃身と刃を併せ持つ巨大なドラゴンが鎮座している。
対する亜美のフィールドには太陽の意匠を纏った戦士が立ちはだかる。
「ガァァァァァァッ!!」
夜気を震わせる咆哮と共に、ヴァレルソード・ドラゴンが亜美の主力モンスターを威圧した。
それに呼応するように、E・HEROサンライザーも負けじと闘志を燃やす。
「いくわよ、HERO girl! ヴァレルソード・ドラゴンでサンライザーにattack! 電光のヴァレル・ソードスラッシュ!!」
美優が自信たっぷりに指を突きつけ、攻撃を宣言した。
主の命を受けたドラゴンが、推進器から噴射炎を上げながら突撃を開始する。
「グガァァァッ!!」
「この攻撃宣言時! ヴァレルソードのeffect activate! 相手モンスターの攻撃力を半減させ、その数値分攻撃力UP!!」
ヴァレルソードの刃が不気味に発光し、サンライザーからエネルギーを奪おうと輝きを増す。しかし、亜美は冷静だった。
「させない! リバースカード! 禁じられた聖杯!!」
亜美の足元で伏せカードがめくれ上がり、聖なる力を宿した杯が現れる。
「対象は、ヴァレルソード! 効果を無効にするわ!」
杯から溢れ出した聖水が、突進してくるドラゴンの装甲に降り注ぐ。雫が触れた瞬間、ヴァレルソードの不気味な発光が鎮火し、エネルギー吸収能力が封じられた。
「グギァァッ!?」
ドラゴンの動きが一瞬鈍る。だが、美優の笑みは崩れない。
「だが、それでもこちらの方が攻撃力は上!! そのまま蹴散らせ、ヴァレルソード!!」
効果を無効化されてもなお、ヴァレルソード・ドラゴンの本来の力はサンライザーを上回っている。ドラゴンは勢いを殺すことなく、その巨大な刃を振り下ろした。
「ガァァァァァァッ!!」
「ウォオォオォオッ!?」
一閃。 サンライザーの身体が両断され、光の粒子となって砕け散る。発生した衝撃波が亜美の身体を激しく打ち据えた。
「ッァァ!!」
亜美は腕で顔を覆い、強風に耐える。ライフポイントを削り取る電子音が虚しく響いた。
「まだまだguardが甘いわよ、HERO girl!!」
「やってくれるじゃない!」
亜美は口元の土埃を拭い、好戦的な笑みを返す。
その激戦の傍らで、もう一組のデュエルが始まろうとしていた。
「おーおー、やってらぁ」
ここのせは、亜美たちの派手な攻防を横目に見ながら、少し呆れたように呟く。そんな彼に、対戦相手である雪乃が優雅な所作でディスクを構えた。
「うふ。貴方はどうかしらぁ。ただのぼうやならガッカリなのだけど?」
「アカデミアの別嬪さんがお相手とは豪勢じゃねぇか。お手柔らかに願いたいもんだねぇ」
ここのせもまた、慣れた手つきでデュエルディスクを展開する。軽口を叩き合う二人の間には、静かだが張り詰めた空気が流れていた。
そして、少し離れた場所では、ゆきがツァンと対峙していた。 新しく手に入れた自信と、仲間から託された期待を胸に、ゆきは震える声を抑えてモンスターに指示を出す。
「ッ! 行ってください! 魔聖騎士皇ランスロット! 真六武衆-キザンに攻撃です!」
ゆきのフィールドに立つ聖騎士が、魔力を帯びた剣を掲げ、敵陣の赤い鎧の武者へと切りかかる。
「シェァァァァァッ!」
だが、ツァンは慌てる素振りすら見せない。
「甘いよ! 速攻魔法、六武衆の理!」
ツァンが発動した魔法カードからまばゆい光が溢れ出す。
「フィールドの表側の六武衆を墓地に送ることで、墓地に眠る六武衆を復活させる!! 戻ってきて! シエン!!」
光の中でキザンの姿が消滅したかと思うと、代わって漆黒の鎧を纏った大将軍が地を割って現れた。その威圧感は、先ほどの武者とは比較にならない。
「人生……50年……!」
突如現れた強大な敵を前に、ゆきは息を呑んだ。
「あっ……! ふ、フィールドの状況が変わったため攻撃の巻き戻しが発生します! 攻撃を中止ですぅ!」
攻撃対象を失い、さらに強大な敵が立ち塞がったことで、ランスロットが急制動をかける。剣を引いて体勢を立て直すが、シエンの重厚な気迫に押され、その足がわずかに後退した。
「フゥンッ!」
「ぐっ!」
シエンが一歩踏み出すだけで、ランスロットの剣戟が弾かれそうになるほどの圧力が放たれる。 ツァンはゆきの動揺を見逃さず、厳しく言い放った。
「まだまだ、そんな攻撃じゃアカデミアは突破できないよ!」
第41話
『合同演習』
「今のデュエルを総合的にまとめると、HERO girl、貴女のデッキには防御力が足りないと思うワ」
美優は手元のタブレット端末に表示されたデータを指先で弾きながら、冷静に事実を突きつけた。
「防御力ねぇ。アタシのデッキは攻撃は最大の防御って感じなんだけどな」
亜美はデュエルディスクから引き抜いたデッキを掌の上で弄び、不満げに唇を尖らせた。
攻めこそが信条である彼女にとって、守りという選択肢は本能的に遠い場所にある。
「その意見には概ね同意するワ。そして防御になり得るほどの攻撃力を持っていることも認める。but、貴女の次の役目はSecond prayer。長期戦が予想されるワ。相手の攻撃をいなすことも必要よ」
美優は亜美の反論を予期していたように頷く。
「……長期戦、か。そうね、わかった。ちょっとデッキを見直すわ」
亜美は短く息を吐くと、ストレージボックスのロックを外した。中から予備のカード束を取り出し、扇状に広げて真剣な眼差しを落とす。
「キミの場合は、もう少し多彩な動きをできるようにした方がいいね。キミのデッキは切り札を呼び込めれば戦線維持はできるはずだから」
少し離れたベンチでは、ツァンがゆきのカードリストを指差しながら、穏やかな口調で構築の穴を指摘していた。
「はい! それで、具体的にーー」
ゆきが身を乗り出し、ツァンに教えを乞おうとした瞬間。
轟音と共に、凄まじい爆風が彼女たちの髪やスカートを激しく煽り立てる。
視界の端で赤熱した火の粉が舞い、土煙がカーテンのように巻き上がった。
「ひゃあっ……!」
ゆきは悲鳴を上げ、咄嗟に両腕で頭を庇いながら屈み込む。
「うわっ……!」
ツァンもまた、吹き荒れる熱風に顔をしかめ、体勢を低くして衝撃に耐えた。
土煙が晴れゆく先、フィールドの左右には鋼鉄の巨躯が鎮座し、圧倒的な存在感で対峙していた。
「シュゥゥゥ……」
サイバーエンドドラゴン
攻:4500 光 機械族 星8
三つの首を持つ機械竜が、装甲の隙間から余剰エネルギーの蒸気を噴き出す。
その巨体が動くたび、重低音の駆動音が大気を震わせた。
「ガァァァァァァァッ!!」
サイバードラゴン・インフィニティ
攻:2700 光 機械族 ランク8
対面するもう一体の機械竜が、空間を軋ませるような咆哮を上げる。
無限の光を宿した翼は、見る者に畏怖を抱かせる輝きを放っていた。
「フハハハハハハハハッ!!」
金 唯信
LP:3800
戦場に響き渡る高笑い。
唯信は長い髪を風になびかせ、仁王立ちでフィールドを見下ろしている。
その表情は獰猛な歓喜に歪み、女帝の如き威圧感を放っていた。
「ぐっ……」
日和田良平
LP:900
対照的に、良平は苦痛に顔を歪め、片膝を地面についていた。
彼の足元からはソリッドビジョンによる黒煙が燻っている。
「ゴクッ……」
ゆきは喉を鳴らし、あまりに苛烈な光景に目を見開いた。
「す、すごい圧力……! さすがサイバー流の使い手!」
亜美は顔に当たる風圧を手で遮りながら、フィールド上のモンスターを見上げた。
その瞳には同じデュエリストとしての興奮が入り混じっている。
「き、金さん……、やりすぎ……」
ツァンは頬を引きつらせ、破壊されたフィールドの惨状に視線を彷徨わせた。
「……!」
良平は手札を握りしめ、脂汗を額に浮かべる。
視線は手札とフィールド、そして唯信の間を忙しなく往復していた。
(くそっ、金を相手取るので精一杯だ……! もしチーム戦なら後続を倒せないッ……!!)
「日和田良平ェ!! 手を抜くナァァ!!」
唯信の怒号が飛ぶ。
彼女は良平の迷いを敏感に嗅ぎ取り、獲物を狩る猛獣のような眼光で彼を射抜いた。
「なっ……!」
心の内を見透かされた良平の肩が跳ねる。
「この私を突破し、尚且つ余力を残そうなどとふざけた事を考えているナ! 」
唯信が一歩踏み出す。
それだけで空気が重くなったかのような錯覚を覚える。
「それは……」
良平は言葉に詰まり視線を泳がせた。
「そんな生半可なデュエルでこの私を倒せるカ! オベリスクブルーを舐めるナ!!」
唯信は拳を握りしめ、全身から闘気を噴出させる。
彼女の矜持が妥協など一切許さないと叫んでいた。
「ッ!」
その気迫に打たれ、良平は奥歯を強く噛み締める。
迷いは強制的に断ち切られた。
「……」
ここのせはポケットに手を突っ込んだまま、鋭い視線を唯信たちのデュエルに向けている。
「うふ、金さんのお気に入りは随分扱かれてるわね」
雪乃は口元に手を当て、サディスティックな笑みを深めた。
彼女にとって、この一方的な蹂躙劇は極上のエンターテインメントらしい。
「怖いねぇ、くわばらくわばら」
ここのせは肩をすくめ、わざとらしく身震いをして見せる。
「……」
隣で、恵は微動だにせず、ただ無機質な瞳で戦況を記録していた。
「そういえば貴女は参加しないのですか?」
麗華は隣に立つ少女の異様な静けさに気付き、不思議そうに問いかけた。
「……現在、デュエル機能が停止している……」
恵は麗華の方を見ることなく、抑揚のない平坦な声で事実のみを口にする。
「デュエル……機能……? どういう……ことですか……?」
麗華は小首を傾げ、聞き慣れない単語の羅列に眉を寄せた。
「……擬似運命力誘導機関の復旧中、ということ……」
恵は淡々と、さらに不可解な用語を重ねる。
「……え……?」
麗華の思考が追いつかず、表情が凍りついた。
「あー!! 恵は不思議ちゃんでな!」
突如、ここのせが大声を上げ、地面を蹴って二人の間へ割って入った。
「……ムッ、私は不思議ちゃんではない。デュエルローーむぐ……」
恵が心外な評価を訂正しようと口を開いた瞬間、ここのせの大きな手が彼女の口元を背後から強引に塞いだ。
「あーあー! ちょっと悪りぃな!!」
ここのせは冷や汗を流しながら、片手で恵を抱え込み、もう片方の手を振って麗華に愛想笑いを浮かべる。
(あとで説明すっからちょっと黙っててくれ!)
そして、恵の耳元に顔を寄せ、周囲に聞こえないよう早口で囁いた。
「……ほうはいひた……」
掌の下で、恵がくぐもった声で了解の意を示す。
「……」
麗華は瞬きを繰り返し、目の前で繰り広げられた奇妙な茶番を前に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
…………
……
…
「はぁぁ、一旦休憩にしましょ!」
亜美は大きく息を吐き出すと、芝生の上に腰を下ろした。疲労感が足腰に鉛のように溜まっているのか、スカートが汚れることも厭わず大の字になりかける。
「休憩ってか今日はここらが潮時だぜ。もう10時回ってんだ。そろそろ補導されちまう」
ここのせは手元の端末で時刻を確認し、呆れたように夜空を見上げた。周囲はすっかり暗闇に包まれ、公園の該当だけが頼りない光を落としている。
「え、もうそんな時間!? アンタらホテル大丈夫なの?」
亜美は弾かれたように上体を起こし、目を丸くして尋ねた。
「NO problem! グランドホテルは25時までチェックインできるのよ!」
美優は長い髪を払い、人差し指を立てて自信たっぷりに微笑む。
「はぁ!? グランドホテルぅ!? アンタらいいとこ泊まるわねぇ」
亜美の口から素っ頓狂な声が漏れた。
「アカデミアが株のいくつかを持っていますので」
麗華は何でもないことのように眼鏡の位置を直しながら補足する。
「はわわぁ、すごいですぅ」
ゆきは両手を口元に当て、想像もつかない世界の話に目を輝かせた。
「でも、補導はまずいよ。一旦切り上げて明日また集まろう」
ツァンは周囲の静けさを気にかけ、冷静に提案する。
「うふ、それにはまずあの二人を止めなきゃいけないわね」
雪乃が楽しげな視線を向けた先では、未だ殺気立った空気が渦巻いていた。
「フーッ……フーッ……!」
金唯信
LP:400
唯信の呼吸は荒く、肩が激しく上下している。しかしその瞳は獲物を追い詰める獣のように鋭く光り、瞬き一つせずに対戦相手を射抜いていた。
「ハァッ……ハァッ……!」
日和田良平
LP:100
対する良平もまた、滝のような汗を流しながら膝に手をついている。極限まで削られたライフポイントが表示されるバイザー越しに、彼もまた唯信を睨み返した。
「フーッ……! そうだ、その眼ダ……!! 敵を絶対に潰す、いいや潰したいという欲望を孕んだ眼! それが私の逆鱗を刺激し、本能を呼び起こス!」
唯信は愉悦に顔を歪め、良平の内側に潜む何かを抉り出すように叫ぶ。
「……そんなつもりは」
良平は否定しようとするが、声には力が乗らない。
「誤魔化しても無駄ダ! 貴様のあの日のデュエルは私の逆鱗に触れタ!! 貴様の眼は、私を潰したくてたまらないという欲望を孕んでいたにも関わらず、目を逸らし私との決着を避けタ!!」
唯信は一歩踏み出し、さらに言葉の刃を突き立てる。
「それは……」
図星を突かれたのか、良平の視線が揺らいだ。
「だが、その本質は隠せナイ!! 貴様は私と同類!デュエルで敵を叩き潰すことに至上の喜びを得ル!! 」
唯信は断定し、自身の胸を強く叩く。
「……」
良平は押し黙り、唇を噛み締めた。
「ならば、目の前の敵を潰セ! 余計なことを考えるナ!!」
唯信の檄が飛ぶ。
「……なっ、余計なことって言ったか……!」
その一言が引き金となり、良平の瞳から迷いの色が消え、冷徹な光が宿った。
「Hey! ユシン! plane boy! そこまで!!」
張り詰めた糸を断ち切るように、美優がパンと手を叩いて二人の間に割って入る。
「え……?」
良平は憑き物が落ちたような顔つきに戻り、周囲を見渡した。
「ッ邪魔をするナ!!」
唯信は獲物を取り上げられた憤りで、美優へと食って掛かる。
「Time is over 今日はここまでよ!」
美優は揺るがない態度で、手首の時計を指差して見せた。
「ふざけるナッ!」
唯信は地面を蹴りつけ、行き場のない闘志を持て余している。
「補導くらって停学にでもなりゃ大会どころじゃねぇってんだ。悪りぃけど、刀を納めちゃくんねぇか」
ここのせは唯信の前に立ち塞がり、宥めるように両手を広げた。
「え、あれ? まだ一戦しかしてないのに……。もう真っ暗だ……」
良平は夜の深さにようやく気づき、決闘盤のシステムを解除する。ソリッドビジョンが光の粒子となって霧散し、あたりに静寂が戻った。
「チッ……!」
唯信は不服そうに舌打ちをしながらも、渋々といった様子でディスクの電源を落とす。
「とりあえず今日はさっさと帰るわよ! 明日も放課後、ここでいいわね?」
亜美は立ち上がり、パンパンとスカートについた砂を払いながら仕切り直した。
「ok! もう遅いし、3人までなら送ってあげられるわよ!」
美優は親指で自身の背後を指す。 街灯の下には、流線型のフォルムが美しい三台のDホイールが停まっていた。それぞれが持ち主の個性を反映したカラーリングで、夜闇の中で鈍い光沢を放っている。
「委員長と藤原はどうすんだよ?」
ここのせは残りのメンバーを見回した。
「委員長ではありません。……私達はタクシーを呼びますので」
麗華は即座に否定し、すでに手配を済ませたのかスマートフォンを鞄にしまう。
「Dホイールって苦手なのよねえ。セットが崩れちゃうから」
雪乃は丁寧に巻かれた自身の髪に手を添え、困ったように眉を下げた。
「ぶ、ブルジョワ……」
ここのせはあからさまに顔を引きつらせる。
「それなら、祭乃木と間宮と恵が乗りなよ。俺らは歩いて帰るからさ」
良平は気遣うように三人の少女たちへ視線を向けた。
「……私は必要ない。あなたたちの安全が優先されるべき。ロボット工学三原則……」
恵は無表情のまま、プログラムされた規定を読み上げるように呟く。
「は? ロボット? あなたロボットなの?」
ツァンが聞き捨てならない単語に反応し、怪訝な顔で恵を覗き込んだ。
(やばっ!)
良平の顔色が変わり、慌ててここのせの方を見る。
(おうよ!)
ここのせは即座に地面を蹴り、恵のもとへ疾走した。
「……厳密にはロボットではない。私はデュエルロ……むぐッ」
恵が正体を明かそうとした瞬間、ここのせの手が伸び、物理的にその口を塞いだ。
「あー!! 忘れてたぜ!! 恵はちょっと寄るとこがあんだよな!? オレが送ってくからよ、良平は金の後ろにでも乗っけてもらえよ!」
ここのせは必死の形相で叫びながら、恵の身体を羽交い締めにして引きずる。
「??」
ツァンは訳がわからず、小首をかしげた。
「なによそれ? こんな時間にどこに寄るってのよ?」
亜美は胡乱な目つきでここのせを睨む。
「お、オレん家だよ! ちょっと借り物しててよ!」
ここのせは暴れる恵を押さえ込みながら、苦し紛れの言い訳を叫んだ。
「ふーん?」
亜美はまだ疑わしそうだが、深く追求するのは面倒だと判断したようだ。
「えっと……」
突然指名された良平は、戸惑いながら唯信の方を窺う。
「チッ……」
唯信は露骨に不機嫌な顔をしたが、拒絶の言葉は口にしなかった。
「まぁいいわ。じゃあ、悪いけどお願いしていい? ゆきとアタシはゆきの家で下ろしくれればいいから!」
亜美は切り替えるように手を叩き、ゆきの背中をポンと押した。
「え? わ、わたしの家ですかぁ?」
ゆきは驚き、おずおずと亜美を見上げる。
「うん。アンタ、昨日家帰ってないでしょ? 連絡はしてるだろうけど、急に出てって怪我して、しかも泊まって帰ってくるなんてゆきのお母さんびっくりするじゃない。アタシも一緒に説明するから」
亜美は年長者らしく諭すように言うと、ゆきの手を引いた。
「あ、は、はい……そうですね」
ゆきは自身の無茶を自覚したのか、シュンと縮こまって頷く。
「OK! ならHERO girlはワタシ、knight girlはツァンの後ろ! let's!」
美優は高らかに号令をかけると、ヘルメットを小脇に抱え、愛機へと歩き出した。
…………
……
…
[天神 ゆきの家]
重低音を響かせて走る二台のDホイールが、一軒家の前で静かに停止した。タイヤとアスファルトが擦れる音が、深夜の住宅街に微かに響く。
「あ、ありがとうございました!」
ゆきは後部シートから軽やかに飛び降り、ヘルメットを脱いで深く頭を下げた。
「うん。でも祭乃木さんもここでいいの? 待ってようか?」
ツァンはヘルメットのバイザーを上げ、心配そうに尋ねる。
「ううん、大丈夫! ありがとね!」
亜美はにこやかに手を振り、遠慮した。これ以上、深夜に騒音を響かせるわけにはいかない。
「そう。ならまた明日ネ! good Night!」
美優は親指を立ててウインクすると、アクセルを回した。エンジンが唸りを上げ、赤いテールランプが夜の闇へと遠ざかっていく。
「それじゃあ!」
ツァンも軽く手を挙げ、その後を追うように走り去った。
「じゃあねー!」
亜美は小さくなる背中が見えなくなるまで、大きく手を振った。
「また明日ー!」
ゆきも隣で小さく手を振り返す。 Dホイールの音が完全に聞こえなくなると、あたりには虫の音だけが残った。
「……さて」
亜美は気合を入れ直すように呟き、ゆきの家を見上げる。
「……お母さん、心配してるだろうなぁ」
ゆきは不安そうに眉を下げ、玄関のドアノブに手をかけた。
鍵が開く音が響いた瞬間、内側から勢いよくドアが開け放たれた。
「!」
二人は驚きに肩を跳ねさせる。
「ゆき……!」
飛び出してきたのは、エプロン姿のゆきの母親だった。血相を変え、髪も乱れたまま立ち尽くしている。
「あ、お、お母さん……」
ゆきが恐縮したように声をかけると、母親はサンダルも履かずに飛び出し、娘を強く抱きしめた。
「わっ……」
「急に出てって! そのまま帰らないなんて! 心配したじゃない……!」
母親の腕が震えているのが、服越しにも伝わってくる。
「ごめんなさい……」
ゆきは申し訳なさそうに身を縮めた。
「あ、あの、これには訳があって……!」
亜美が慌てて割って入ろうとすると、母親はハッとしたように顔を上げた。
「祭乃木さん……」
ゆきの身体を離し、じっと亜美を見つめる。そして、亜美の腕や足に包帯や痣があるのに気づくと、その表情が一層悲痛に歪んだ。
「あなたもこんな痣作って……」
母親はそっと亜美の手を取り、その傷を痛ましげに撫でる。
「えっと実は……」
亜美が口を開きかけると、母親は首を振ってそれを制した。
「待って。もう遅いし、とにかく上がりなさい。祭乃木さんも」
「はい……」
亜美は彼女の手に引かれるまま、玄関へと足を踏み入れた。 嗅ぎ慣れない柑橘系の芳香剤の匂いが鼻をくすぐる。靴を脱ぎ、上がり框に足を掛けながら、亜美は頭の中で必死に説明の言葉を組み立てていた。
ゆきの母親にちゃんと説明をしなければ、という使命感ばかりが先行し、肝心の中身がすっぽりと抜け落ちていることに今更ながら気づく。
これは自分の悪癖だと亜美は内心で舌打ちしたが、今となっては後の祭りである。 心配させないためには、それらしい言い訳を並べて切り抜けるのが良いのかもしれない。
(とは言え……)
それには、ゆきと口裏を合わせる必要がある。
しかし、亜美は昔から嘘や誤魔化しが苦手で、真正面からぶつかることしかしてこなかった。
その場しのぎの小細工などできる気がしない。
そうこうしているうちに、母親がリビングへと続くドアを開けてしまった。
(ゆきのお母さんは、ゆきとあの男のことどこまで知ってるんだろう……)
そこも不明瞭だった。ゆきがどこまで話したいのか、あるいは隠したいのか。
(やっぱり下手に嘘をつくより、正直に話すべきね)
亜美は覚悟を決め、通されたダイニングテーブルについた。 しかし、意に反してゆきの母はすぐに話を聞こうとはせず、キッチンに入って作業を始めた。 やがて、氷の入ったオレンジジュースが入ったコップを二つ持って戻り、二人の前にコトと置く。 カラン、と氷がグラスの縁に当たり、涼やかな音を立てた。
「二人ともご飯はもう食べたの?」
母親は心配そうに眉を寄せた。
「え?」
ゆきがキョトンとする。
「遅かったでしょう? 食べてないなら、ご飯用意してるわよ」
「えっと、一応、ちょっとだけ食べたよ……」
ゆきは言い淀みながら答える。
「祭乃木さんも?」
「は、はい……」
亜美も恐縮して頷く。
「そう、じゃあ残りは明日のお弁当に入れるわね」
母親が少し安堵したように息をつく。その優しさに胸が痛み、亜美はたまらず立ち上がった。
「あの! ……ごめんなさい!」
深く頭を下げる。
「祭乃木さん……」
母親が驚いたように亜美を見る。
「アタシと次の対戦相手でちょっとトラブルがあって! それにゆきを巻き込んじゃいました……」
亜美は一気にまくし立てた。嘘ではない。だが、全ての真実でもない。
「トラブル……?」
母親が怪訝そうに繰り返す。
「はい。実は……」
亜美が続けようとした時だった。
「待って、祭乃木さん!」
ゆきが強い口調で遮った。
「ゆき……?」
予想外のことに、亜美は目を丸くしてゆきを見つめた。いつも誰かの後ろに隠れがちだった彼女が、こんな風に会話に割って入るなど、これまで見たことがなかったからだ。
「祭乃木さんは、わたしは悪くないって言ってくれました。でもそんな言い方をしたら、祭乃木さんが悪くなっちゃいますぅ」
ゆきは亜美を見つめ、真剣な眼差しで訴える。
「だけど……」
「祭乃木さん、わたしから話します!」
ゆきは一度深呼吸をすると、真っ直ぐに母親に向き直った。
「あのね、お母さん。わたし、お母さんに隠してたことがあるの」
いつもの柔らかなトーンで、しかし、はっきりとした意思を込めてゆきは切り出した。
いじめられていたこと、中学時代まで孤立していたこと、そして今回の事件との関係。
言葉を選びながら。
隠すことなく、話せる範囲の事実を淡々と語っていく。
「……そんな……」
母親の顔から血の気が引いていく。
「ごめんね。お母さんを心配させたくなくて黙ってた。学校も休まず行ってたよ。だってお母さんが一生懸命、わたしに普通の生活をさせてくれたから」
ゆきは母親の手を握りしめ、詫びるように微笑んだ。
「そんな……お母さん……気づいてあげられなくて……! 今までごめんねぇ……!」
母親は両手で顔を覆い、崩れ落ちるように泣き出した。
指の隙間から涙が溢れ、テーブルを濡らす。
「……ッ」
亜美は唇を噛み締め、膝の上で拳を握りしめた。
何もできない無力感とゆきを苦しめた元凶への怒りが腹の底で渦巻く。
できることなら過去に戻り、あの男を殴り飛ばしてやりたい。
そんな詮無い妄想が頭をよぎる。
しかし、ふと横を見た亜美は、それが無意味な感傷であることを悟った。
そこにいた間宮ゆきは、泣いていなかった。
眉を八の字にしていつもの頼りなげな笑みを浮かべてはいるが、その背筋はしゃんと伸び前を向いている。
「それでね、今わたしたちが出てる大会で次の相手が、その人たちなの」
ゆきは静かに言う。
「それじゃあ、ゆきや祭乃木さんを傷つけた人たちとまた会うということ……?」
母親は涙に濡れた顔を上げ、信じられないといった様子で問いかける。
「うん。そうなると思う」
ゆきは迷わず頷く。
「そんなの危ないじゃない……! やめておいた方がいいんじゃ……」
母親が必死に止めようとする。娘を再び傷つけたくないという、親としての当然の感情だ。
「ううん、わたし、ずっと逃げてきた。このことに向き合うのも、お母さんに打ち明けるのも、何もかも。もう逃げちゃいけない……いや、逃げたくないの」
ゆきの言葉には、確固たる決意が宿っていた。
「もう……十分頑張ったわ……。休んでもいいじゃない……」
母親の声が震える。
「ごめんね。でももう決めたんだ。デュエリストはね、戦うからデュエリストなんだよ。わたしーー戦いたい、デュエリストとして!」
「ーー!!」
ゆきの瞳には、以前のような怯えはなかった。ただ真っ直ぐに、自分の意志で立つ者の輝きがあった。 目を見開いた母親は、娘の成長を目の当たりにし、再び涙を溢れさせて肩を震わせた。
「心配しないで、ゆきのお母さん。アタシたちは勝つわ。やつらがどんなやつだろうと、もうゆきを傷つけさせたりしない」
亜美はゆきの決意を支えるように、力強く断言した。
「……ッ……もうゆきは一人じゃないのね……?」
母親が震える声で尋ねる。
「そうだよ。わたしは、チームHEROの一員でヒーロー部の副部長なんだから!」
ゆきはまた笑う。
楽しそうに。
誇らしそうに。
母はやまない涙を抑えながら、うん、とだけ返事をした。
[同時刻 ネオ童実野シティ郊外]
唯信の駆る黒いDホイールが重厚な排気音が夜の静寂を切り裂き、郊外へと続く一本道を滑走していく。
その後ろに跨る良平は激しい風を全身に受けながら硬いシートに身を預けていた。
街の灯はすでに遠く、周囲には人影はない
「……」
唯信はスロットルを握り、前方の闇を凝視した。
良平は後部座席で風に打たれながら黙り込んでいる。
不意に暗闇から良平にとっては見慣れた遊具が現れた。
「……金、そこの公園でいいよ」
「……チッ」
唯信は返事替わりに舌を鳴らしブレーキを強く引き絞った。
タイヤが路面を擦る鋭い摩擦音が辺りに響き渡り、猛々しい咆哮を上げていたエンジンが息を止める。
「ありがとう」
良平は夜の冷気に包まれた大地に降り立ち、短く言葉を添えた。
「フンッ」
対する唯信は鼻を鳴らし、再び加速すべく慣れた手つきでレバーを操作した。
「待ってくれ。少し話がしたい」
良平はその場に立ち尽くしたまま呼びかけた。
「断ル。馴れ合うつもりはナイ」
唯信は視線を前方へと固定したまま、背中で言葉を突き放した。
「……デュエルのことなんだ」
良平の視線が鋭さを増し、夜の静寂を射抜いた。
「なんだト?」
唯信は低く唸るような声を漏らし、獲物を捕らえるかのような眼光を彼へ向けた。
「……」
良平は一歩も退かず、彼女の黒い瞳を真っ向から見つめ返した。
「……チッ」
唯信は苛立たしげに舌打ちすると、勢いよくスタンドを蹴り出してバイクから降りた。頭部を保護していたヘルメットを乱暴に外すと、閉じ込められていた黒髪が夜風に乗り流麗に舞い踊る。
「……くだらんことなら貴様の喉を噛みちぎるゾ」
唯信は胸の前で腕を組み良平を睨み据えた。
「金、お前はさっき、俺の立てた戦術を余計なことだと言った」
静まり返った公園の入り口で良平は切り出した。
「それがどうしタ」
唯信は冷淡な面持ちのままだ。
「戦力を残し、次の相手に備える。チームデュエルにおいてはそれを常に考えるべきのはずだろ。お前だって知ってるはずだ。それでも余計なことだって言うのか」
「何を世迷言を」
唯信は一言の下に言い捨てた。
まるで話にもならないとでも言うように。
「世迷言なんかじゃない! チーム戦は、ただのデュエルじゃない。無闇に勝ったところでセカンドプレイヤーの起点にされるかもしれない……! それがチームの負けに繋がるかもしれない……! それでも余計なことだって言うのか、金!」
良平の声は夜の静寂を鋭く切り裂き、周囲の枯草をかすかに震わせた。
「……フンッ」
唯信は不敵な笑みを浮かべ、無言のまま良平の間合いへ足を踏み入れた。
「……な、なんだよ」
目前に迫る圧倒的な威圧感に、良平の頬がわずかに引きつった。
「……」
唯信は無言のまま良平の肩を掴んで固定すると、顔が触れ合うほどの距離まで詰め寄った。
「……ッ」
唯信は彼の首筋へと顔を寄せ、躊躇なくその肌に鋭い歯を立てた。
「痛てぇっ……!!!」
稲妻のような痛みに思わず良平は身体を跳ねさせた。
唯信はそれを物ともせず歯を立て続けている。
良平は必死の思いで彼女の身体を力任せに突き飛ばした。
「……ッ」
唯信は足裏で砂を蹴り、わずかに距離を取って静かに立ち止まった。
「〜〜ッ!! な、何すんだよ!!」
良平は疼く箇所を反射的に手で押さえつけ、指先に伝わる生々しい歯形の感触に顔を歪めた。
一方唯信は涼しいすまし顔で口元を拭い、目を逸らすことなく良平の鋭い眼光を受け止めている。
「今、貴様は私を気遣ったカ?周りを気にしたカ? 」
「はぁ……!?」
「しないはずダ。己に危機が迫っている最中、そのようなことを考えるものカ。目の前に迫る危機を全力で払い退けることしか考えなイ。デュエルとはそういうものダ!」
「なっ……」
「デュエリストにとって敗北とは屈辱であり、痛み! それを退け、勝利を手にすることこそ至上ダ!たとえそれがチーム戦であろうともナ!」
「それは、そうかもしれないけど……! でもチーム戦なんだぞ! 俺の勝利はイコールチームの勝利じゃない! しかも、相手はダメージを実体化させるんだ! みんなを守るには俺がなんとかしなきゃいけない!! だから……!」
「それが無駄だと言っているのダ!! 日和田良平ェ!」
唯信は苛立ちのままに良平の胸ぐらを掴み上げ、強引に視線を固定させた。
「ッ……!」
「教えてやろウ! 貴様にはデュエルしかナイ!私と同じでナ! 」
「そうだ、俺にはデュエルしかない!だからこそデュエルでみんなを守らなくちゃいけないんだ!!」
「違ウ! 貴様がすべきは勝利をもたらすことダ! それを貴様は、適度に敵を躱すことに終始していル! そんな腑抜けたデュエルは、デュエルに値しナイ!!」
「ッ!」
不意の衝撃に息を呑み、良平は目前にある漆黒の瞳に深く呑み込まれた。
「勝利のためのデュエルをしない貴様など何の価値もないワ!」
顔を近づけられ、その美しく黒い瞳の中に自分が映っている。
図星とは思わない。
負けるためのデュエルなんてするはずがない。
ただ、勝利にこだわっていたかというとそれもまた否と言える。
どう繋げるか、どうダメージを躱すか、それらを必要最低限のカードでどう成すか。それが頭をもたげていた。
相手に勝つということを前提にしているものの、そこに対して具体的な策を講じていない。
試合前としては些かお粗末と言わざるを得なかった。
(……くそ、金の言う通りか)
「貴様がどんな心持ちで戦いに臨もうが私の知ったことではナイ。だが、明日以降もくだらんデュエルをするようなら我が機龍が貴様をデッキごと叩き潰ス。覚えておケ」
唯信は踵を返し、悠然とした足取りでDホイールへと戻っていった。
「……」
ジンジンと疼く首筋を押さえながら、髪を靡かせて夜闇へと消えていく彼女を、良平は見つめることしか出来なかった。
[ネオ童実野シティ 高層マンション付近]
夜のネオ童実野シティは、高層ビルが光り輝いていて依然眩しい。
車通りも少なくなく、人もまばらにいる。
ここのせはポケットに手をいれながら隣を歩く恵を見やった。
「……」
一定のリズムを刻みながら、恵は小さな歩幅でアスファルトを踏みしめていた。
「恵、お前に言っておきてぇことがある」
ゆったりとした足取りで歩を進めながら、ここのせが静かに切り出した。
「……なに……? 」
隣を歩く恵は歩調を緩めることなく、わずかに顔を上げて問い返した。
「お前ちょっと迂闊だぜ」
ここのせは前方の光景を見据えたまま、諭すような口調で言葉を継いだ。
「……迂闊? どういうこと……? 」
首を微かに傾げ、恵は感情の読み取れない瞳を揺らした。
「お前の正体の話だよ。あんまりペラペラ喋るもんじゃないぜ」
「……聞かれたことに対して返答を行なっただけ……」
「そーかもしれねぇけどさ、今後は煙に巻いたりして誤魔化せよ」
「……私は嘘を付くことができない。貴方も知っているはず……」
「じゃあ、秘匿情報ですとか答えんのはどうだ?」
ここのせは提案を持ちかけ、反応を窺うように眉を上げた。
「……会話ルーチンを変更すれば可能。しかし、それをする合理的な理由を認識できない……」
「お前は未来の技術を使って作られたデュエルロイドなんだろ。それも今、唯一生き残ってる」
「……そう……」
恵は短く肯定し、静かに頷きを返した。
「つまり生きた未知の技術の塊だ。科学者から見れば喉から手が出るほど欲しいはずだぜ」
「……」
「そんで、ここは海馬コーポレーションとデュエルアカデミアのお膝元だ。お前を欲しがる奴なんて星の数ほどいる」
「……」
「ツンドラの連中も言ってたが、デュエルアカデミアのお偉いさんは、何かとんでもねぇことを企んでるかもしれない。考えすぎかもしれねぇけど、そういう連中を寄せ付ける原因になる。お前も、オレ達も危険に晒されかねないってこった」
「……」
恵は黙り込んだまま、ただ隣を歩くここのせのを顔を1点に見つめる。
「今更かもしれねぇけどさ。クイーンも言ってたろ。オレ達はアカデミアと関わるべきじゃねぇ」
「……わかった。マスター権限によるコード命令を受諾。一部返答ルーチンを変更した……」
「ん。まぁ気休めかもしれねぇけどな」
丁度会話の区切りにマンションが目の前にそびえた。
エントランスは重工な自動ドアが二層になっていて万全の監視体制で帰宅する人を見守っている。
反するような仄かなオレンジのライトがドアの隙間から漏れていた。
「……ここのせ。私からもあなたにお願いがある……」
足を止めた恵は、どこか切実さを孕んだ瞳で彼を見つめた。
「あ? お願い?」
唐突な申し出に、ここのせは戸惑いを隠せず眉を跳ねさせた。
思えば恵からそんなことを言い出すのは初めてかもしれない。
「……」
恵は腰についた自動開閉型のデッキケースに手をかざして開ける。
その中にあるサプライケースに入っていた小さな長方形の黒いものを取り出した。
それをそのまま手のひらに乗せるとここのせに差し出した。
「……これを……」
見てみると、見た目はUSBメモリのようであるものの、色は黒で、鼓動のように青い線がカクカクとした直線の溝に沿って明滅している。
持つとかなりの重量があり、感触からしてもプラスチックではないとわかった。
「な、なんでぇこりゃ……?」
「……あなたに持っていてほしい。私の全て……」
「す、全て……?」
「……認証コードは、貴方の大切なカード……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! お前、どうしてこんなもんをオレに……」
「……未来はまだ確定ではない。それはイリアステルが証明した……」
「え?」
ここのせは理解が追いつかず、間の抜けた返声を漏らす。
恵の意図が組み取れない。
「……でも持っていて……」
「お、おぉ……」
ここのせは気圧されるように頷き、その漆黒の物体を握り締めた。
「……それじゃあ、また明日……」
恵は踵を返し、その場を立ち去ろうと身体を翻した。
ここのせ「恵……!」
ここのせは反射的に手を伸ばし、彼女の細い手首を掴んで引き留めた。
「……なに……?」
「お前はこの先の未来を知ってるのか……?」
「……知らない。私は私の未来のことしかデータにない……」
「そ、そっか……。悪い」
ここのせは掴んでいた手首を放し、力なく呟いた。
「……もういい……?」
「おぉ。じゃあな」
「……ん……」
恵は短く応じるとエントランスへと入っていく。
揺れる銀色の髪がドアの向こうに消えるまでここのせは見つめていた。
[それからの数日間]
…………
「ーー来てください! 焔聖騎士帝シャルル!!」
ゆきは手札のカードを力強くディスクへと叩きつける。
背後から炎を纏いし伝説の騎士が、猛々しい咆哮と共に姿を現す。
「しゃぁっ!」
焔聖騎士帝シャルル
攻:3000 炎 戦士族 星9
「へぇ、少しはやるようになったじゃん!」
ツァンは不敵な笑みを浮かべ、眼前に立つ巨大な騎士の圧力を正面から受け止めた。
…………
「……」
唯信は対峙する良平をギロリと射抜くように凝視した。
背後には機械仕掛けの龍が浮遊し、冷たい金属音を響かせながら敵を威圧している。
「ガァァァァァァァッ!!」
サイバードラゴン・インフィニティ
攻:2700 光 機械族 ランク6
良平「……」
対する良平も静かな闘志を瞳に宿して彼女を見つめ返した。
傍らでは、旋回する巨大軍用機が鋭い駆動音を奏でている。
幻獣機ドラゴサック
攻:2600 風 機械族 ランク7
「あ、あの二人ずっと睨み合ってるけど何かあったの……?」
二人の間に流れる異様な緊張感に気圧されたツァンは、隣に立つ亜美へ当惑気味に尋ねた。
「良平があんな目つきになるなんて珍しいわよ」
亜美は腕を組み、かつてないほど険しい表情の良平を見つめる。
…………
作戦会議室――という名の恵の部屋のモニターには、解析された敵のデータが次々と映し出されていた。
青白い光が室内を照らし、張り詰めた空気の中で戦略の練り直しが行われている。
「今判明している中で、警戒すべきCardを確認するわヨ!」
美優は手にした指し棒で勢いよくモニターを叩き、毅然とした態度で言う。
「……もっとも警戒すべきはーー」
恵は淡々とデータを分析しつつ言う。
「つまり、相手はーー」
ツァンが腕を組み、続きをくみ取っていく。
…………
「うふ! 破滅の美神ルインで攻撃! 」
雪乃は妖艶な微笑を浮かべ、神々しくも禍々しい翼を持つ乙女に無慈悲な命を下した。
「……ふふ……!」
破滅の美神ルイン
攻:2900 光 天使族 星10 儀式
破滅の美神ルインは嘲笑を漏らし、その手にした武器を振り上げて眼下の鉄塊へと迫る。
No27ドレッドノイド
攻:2200 水 機械族 ★4
「ぐぉっ……!」
能瀬 心(ここのせ)
LP:4000→3300
押し寄せる衝撃波に身をよじり、ここのせは削り取られるライフポイントの数値に顔を歪めた。
「ッ! ドレッドノイドは不沈艦だ! 素材を取り除くことで破壊を免れるぜ!」
「うふふ、でもルインは2回攻撃できるわよ。耐えられるかしらぁ?」
「ここのせ! 耐えてアタシまで回しなさい!!」
…………
……
…
[WSC準決勝前日 夕方 ネオ童実野シティ カフェlike]
夕刻の柔らかな光がカフェの窓から差し込み、木目調のテーブルを淡く照らしていた。店内に漂う香ばしい珈琲の香りが、激しい特訓を終えた面々の張り詰めた空気を緩やかに解きほぐしていく。
「とりあえずやれる特訓はすべてやりきったわネ! あとは調整!」
美優は椅子の背もたれに深く身を預け、達成感に満ちた晴れやかな表情を浮かべた。
「これまでの実戦を活かしてデッキバランスをもう一回考えてみた方がいいよ」
アイスココアを両手で包み、ストローで吸い上げながらツァンが言う。
「調整ですかぁ……」
ゆきは手元の飲み物を所在なげに混ぜながら、少しだけ困惑したように眉を下げた。
「……」
唯信は沈黙を守ったまま、窓の外を流れるネオ童実野シティの街並みを鋭い瞳で見据えていた。
「神川さん、そろそろ……」
麗華は手首に巻かれた細い時計に目を落とし、落ち着いた声で美優に促した。
「WOW! もうそんな時間! ちょっと遅れちゃうかも」
美優は慌てて立ち上がり、危うく椅子を倒しそうになりながら身支度を始めた。
「何よ、アンタらなんか予定でもあるわけ?」
亜美が聞くと美優は茶目っ気たっぷりにウィンクをしてみせ、鞄のストラップを肩にかけ直した。
「YES! これからちょっとお仕事なのよ!」
ここのせは椅子に深く腰掛けたまま、不思議そうに腕を組んだ。
「うふ、私たちは一応アカデミア生なのよ。明日は我が校をあげての全校応援なの」
雪乃は優雅な微笑を湛えて豊満な胸を抱きかかえた。
「チッ……」
唯信はわずかに顔を顰め、面白くなさそうに視線を逸らして舌打ちを漏らした。
「でも応援なんてごめんだし、ボクたちはスタジアムマネージャーをやるんだ」
ツァンは少し疲れたような溜息をつきながらで立ち上がった。
「スタジアムマネージャーってこの間雪乃がやってたみたいな?」
亜美はかつての光景を思い出し、隣に立つ雪乃へ確認するように視線を向けた。
「そうね」
雪乃は短く肯定し、その動作一つにも気品を感じさせる仕草で頷いてみせた。
「明日はsemi-finals! 観戦しにくる人はたくさんいるワ! 今日はそのための準備とbriefingがあるの!」
「うわー、前も聞いたけど大変だな……」
良平は彼女たちの多忙なスケジュールを想像し、同情を込めた苦笑いを浮かべた。
「仕事内容はそんな大したことじゃないんだけどね」
ツァンは上着の埃を払うような素振りを見せ、淡々とした態度で出口へと歩み寄った。
「そういうわけだから、ワタシ達はここで上がらせてもらうワ!」
美優は身の回りのものを手早くまとめ、床を鳴らしながら勢いよく椅子から離れた。
「こちらは私達の分のお代になります」
麗華は手慣れた動作で小銭をトレイに置き、金属が触れ合う小さな音を立てた。
「え? いいのに……」
お代はこっち持ちだと思っていた良平は思わず眉を潜めた。
「今日明日の食事代は経費で落とせますので」
(それは……いいのか?)
「あ、領収書をください」
「ああ、うん。ちょっと待ってて」
良平は慌ててレジカウンターへと走り、足音を店内に響かせた。
「りょーしゅーしょだってよ。やってること異次元だぜ」
ここのせは隣に座るゆきへ顔を寄せ、店内の音楽に紛れるような低い声で囁いた。
「やっぱり一足も二足も大人ですねぇ」
ゆきは麗華の後姿を感嘆と困惑の混じった眼差しで見つめ、ここのせの言葉に同意した。
「ちょっと露骨にヒソヒソ話しないで!」
ツァンは頬をわずかに赤らめ、二人を制するように鋭く小声で指摘した。
「えへへ、ごめんなさい」
「美優!」と亜美が立ち上がり玄関付近の美優の傍まで歩く。
「この合同演習めちゃくちゃタメになったわ! ありがとう!」
「No problem! 礼には及ばないワ。ただ、どうしても礼を尽くすと言うのなら貴女たちは勝たなければならない。できるかしら? HERO girl?」
美優は姿勢を正し、挑戦的に亜美を真っ直ぐに射抜いた。
「誰にものを言ってんのよ! アタシ達はヒーロー部! 世界最強の高校生よ!」
自らの胸を叩き、亜美も溢れんばかりの自信をその声に乗せて宣言した。
「WOW! それは頼もしいわネ! But 一つ訂正がある」
美優は人差し指を立て、自信に満ちた笑みを口元に浮かべる。
「何よ?」
「世界最強は、ワタシ達、チームツンドラ! 今度はそれを証明してあげる!」
美優は高らかに宣言し、軽やかな足取りでその場をくるりと踵を返してみせた。
「good bye!」
去り際に手を振り、カフェのドアに吊るされた鈴を軽やかに鳴らして外へと消えていった。
「大した自信だぜ」
閉まったドアを見つめ、ここのせは感心したように独り言を漏らした。
「アンタに分けてやってほしいわね」
亜美は不敵な笑みを浮かべ、茶化すようにここのせの脇腹を軽く突いた。
「あぁ? オレだって自信満々だぜ?」
「ふーん?」
「なんでぇその顔は」
「まぁまぁ」とゆきがなだめるように両手を広げた。
「……ユニーク……」
恵がただ一言、無表情に言った。
ツンドラたちの皿とグラスを片した後、テーブルを拭いてから再び5人はテーブルに着いた。
「それじゃあ、一応流れの確認をしておこうよ」
良平が言うと亜美がチーム煉獄のデュエルログをトントンと指で叩きながら答える。
「そうね。やっぱ理想的な流れは良平が先発を倒して、セカンドを牽制するって感じよね」
「ファーストプレイヤーの先取! ですね!」
ゆきが大きく頷いた。
チームデュエルにおける鉄則。
それは何も相手がチーム煉獄だからではない。
ないのだが、チーム煉獄だからこそ鉄則は守らないと後半が厳しくなるだろう。
「次鋒の女のトラップ型のデッキは守りは固ぇが、攻撃力は高くねぇはずだ。下手に攻めるよか長期戦に持ち込んだ方がいいだろうな」
ここのせが言うと良平が手を顎に当てた。
「幻獣機は効果破壊には弱くない。セカンドプレイヤーを牽制すること自体は難しくないと思う。ただ、逆に先発の炎星はアタッカーがたくさんいるビートダウンデッキ。対策の両立はでき……」
ーーーーズキッ
「痛ッ……」
良平は首筋に鈍い痛みを感じて咄嗟に押さえた。
多少の跡が残ってるであろうそれは、他の人に見られるのが憚られる気がして急いで襟を直した。
「日和田さん?」
「どうしたのよ?」
「い、いやなんでもないよ!」
適当にそうはぐらかす。
それから、ふとさっきまで考えていたことを冷静になって見直してみた。
「いや……そうか。対策を両立する必要はないのか……。ファーストプレイヤーをきっちりと処理すれば……」
「ちょっと良平! 一人で納得しないで話しなさい!」
「あ、ごめんごめん」
亜美に小突かれて良平は慌ててみんなの顔を見た。
「えっと炎星って炎舞とセットになってるデッキだろ」
「一昨日の作戦会議で確認しましたね! 確か炎舞、という名前がついている永続魔法罠カードと効果モンスター達の連携が強いデッキ、ですよね」
びっしり書き込まれたノートに目を落としつつゆきが確認すると、良平は頷いて口を開く。
「そうだね。聖剣と聖騎士で戦う間宮のデッキに少し似てるかもしれない」
「で」と今度はここのせ。
「あのギャルーー寺仔リオのデッキはトラップデッキと。両方ともバック破壊に弱めだってことで落ち着いたはずだぜ」
「そうなんだけど、炎舞がいくつか残った状態でバトンが回れば、間接的に相手の動きを阻害できるかもしれないと思ってさ」
「どういうことですかぁ?」
ゆきが小首を傾げると恵が声を出した。
「……使用不能なカードでマジックトラップゾーンが埋まるため、セットできるトラップカードの総数を減らすことができる……」
「そう。そもそも相手は仮にもオベリスクブルーだ。バック破壊を対策してないはずがない。だったら破壊できないことを織り込んで正面から戦う方向で作戦を固めた方がいいんじゃないかと思うんだ。少なくとも、ファーストプレイヤーに対してはね」
良平はグラスを持ち上げて口を湿らせる。
乾いた喉に冷たい水が染み込んでいくのがわかる。
水玉が滴れてコースターを濡らしていた。
「正面切ってぶつかった末にあわよくば、相手の足元を固めちまおうってわけか?」
「確実ではないけど、バック破壊対策をある程度は腐らせられるかもしれない。もちろん、全く破壊しないってことはないだろうけどね」
ここのせの言葉に良平も頷く。
うーん、と唸り声をあげる亜美。
「だけど、それってフルパワー全開の炎星と対決するってことになるわよ。大丈夫なの?」
「大丈夫かは……ごめん。正直わからない。ただ……」
『ーーオベリスクブルーを舐めるナ!』
唯信の声が良平の脳裏を駆け抜けていく。
「小手先の小細工が通用する相手じゃない。金とデュエルして気付かされたよ。だからシングルデュエルのつもりで挑ませてほしいんだ」
「し、シングルですかぁ……」
「もちろん相手の永続カードを敢えて残すことは意識するよ。でもそれ以外はチーム戦のことは考えない。まずは全力で先発を倒しにいく。どんな手を使ってでも、勝つ」
目の前の敵を。
ただひたすらに。
打倒する。
そのために戦う。
良平は目を尖らせてデュエルログを見た。
否、その先に敵の姿を夢想して。
「勝ち抜いた後は、トラップを踏めるだけ踏んで祭乃木に渡すよ。取り逃したやつは悪いけど祭乃木が処理してほしい。ざっくりで申し訳ないけど、先発はこんな流れにしていいかな」
「……良平」と亜美がやや前屈みで良平を見やる。
「ん?」
ーーピシッと亜美は徐に無防備な良平の額を人差し指でピンとはじいた。
「痛ぇっ……! な、なに……?」
額を抑えて目を丸くする良平に亜美は指を突き付けた。
「目つき悪すぎ! アンタちょっと、唯信に似始めてきたんじゃないの?」
「え!? まさか、あ、ありえないよ!」
「デュエル中、その顔で怒鳴り散らせばそのまんまよ?」
「そんなことないって!」
「ふふ」とゆきが両手で口を抑えて笑うので良平はわずかに頬を赤くする。
「でもアンタがそんな闘志剥き出しになるのも珍しいし、それほど本気ってことか。良平にここまで火をつけるなんてツンドラとの合同演習は本当にタメになったみたいね!」
亜美は椅子に深く座り込んでアイスココアのストローを吸い込んだ。
「な、なんか釈然としないなぁ」
額をすりすりと擦って良平はつぶやく。
その様子を見てここのせは肩をすぼめた。
「だが本気にもなるってもんだぜ。これはただのデュエルじゃねぇ。プライドと命をかけたケンカだ」
「わかってるわよ。奴らはあの変な力を使ってくるかもしれない。でもそれに屈するアタシ達じゃないってーの!」
「はい!」
亜美の音頭にゆきは両手を握りしめて答える。
「……祭乃木亜美と間宮ゆきのデッキはシナジーがある。一部のサポートカードの共有が可能。その点を活かし、セカンドプレイヤーからラストプレイヤーへの接続の際にカードの引き継ぎを狙うべきと考える……」
虚空を見つめながら言う恵。
「できればアタシが全員ぶちのめしてやりたいけどね」
亜美は腕を組んで鼻を鳴らすがここのせは肩をすくめた。
「良平が先発をぶち抜いた後、祭乃木がトラップ女の処理をすんだろ。あの野郎を十分に叩くリソースがあるか怪しいぜ」
「悔しいけどそうね。 ゆき、アタシと良平で場を片付ける。アタシはトラップ女をあと一歩まで追い詰めたら、バトンを回すわ! 最後は任せたわよ!」
「ーーはい! お任せください!」
僅かに鋭くなった目でゆきは頷く。
「今更だが、間宮、本当に交代しなくて大丈夫なんだな?」
まっすぐにゆきの目を見るここのせ。
「大丈夫です。わたしがやります!」
「ん、なら応援に徹せるな!」
話はまとまったと言わんばかりに亜美が拳を突き出す。
「よーし! 目に物見せてやるわ! 絶対に勝つわよ!」
「うん!」
「はい!」
「おうよ」
「……ん……」
[同時間 デュエルアカデミア本島 デュエル研究所 地下]
LEDの蛍光灯で照らされたその部屋は、地下であることを忘れるくらいに明るい。
ただその無機質な光は、ただ照らすということだけに終始していて、そこに過ごしやすさなどは一切考慮されていなかった。
幸か不幸かその部屋に居住性は必要なく、十分な光さえあれば良い。
部屋中に置かれたスーパーコンピュータの筐体とそれに繋がれたさまざまなモニターや機械。
その機材は手術室を彷彿とさせ、実験室と手術室のハイブリッドのような部屋だった。
―――ピッ……ピッ……。
規則的に電子音が響く。
「ねぇ、マジだるいんだけど。早くして。剛に会わせて!」
頭に機械付けられた少女――寺仔リオが機材をバンバン叩きながら言う。
胸元を大きくはだけさせ、トラ柄の下着が見えていた。
しかし周囲にいる白衣の男たちは誰も彼女の声を拾わない。
「チッ、無視かよ。……ねぇ〜! 美代ちゃーん!! なんとかしろよぉ!」
ジタバタと駄々をこねるリオ。
そこに片眼鏡をつけ、白衣を着た40代程の女性――三代美代子がパタパタとスリッパを鳴らしながら寄ってきて、人懐っこい笑みを浮かべた。
「はいはいはい、大丈夫よ〜。もう少しで調整終わるからね〜」
「もー、ちょーだりぃー!」
「でも調整しないと大変になっちゃうのよ。もうちょっと我慢して」
「もう嫌、この体質ぅ〜!」
「暴れないの。あと少しだから。あとで飴ちゃんあげるから、ね?」
「ちぇ、子供扱いすんなしぃ」
「あらあらごめんなさいね」
そんな風に対応しながらも美代子は手元の資料に目を落とす。
精神汚染:軽度
アトラクトフォース(運命力):A
実体精度:破壊可
精度:コントロール可
調整:脳波シンクロ、低容量ピル、ホルモン点滴
同患者を要調整なサイコデュエリストと認定
ケース022に該当
十六夜レポートより参照
(まだ精神汚染は抑えられてるけど、また少し退行が見られるわね……)
「あー、ダルぅ」
「……」
美代子はすぐさま傍のノートパソコンを開く。
素早い手付きでロックを解除し表示されたデータを確認する。
(……ホルモンバランスが大きく崩れて月経が遅れてる。それに脳波に一部ノイズ……)
グラフに大きな上下があり、不安定に揺れ動いていた。
「リオちゃん。あなたまた力を使ったでしょ」
「あぁ!? 美代ちゃんに関係ねぇだろ!!」
「関係あるわよぉ。私は貴女の主治医なんだもの」
「チッ! ……目の前の邪魔虫を踏み潰すために使ったんだよ! 何が悪いんだ!! 美代ちゃんまで!! 美代ちゃんまでぇ!!」
ガンガンッとリオはそこら中にあるものを蹴り飛ばす。
「違うわよ、リオちゃん。責めてるんじゃないの。ただね、おばちゃんはあなたが傷つくのが心配なだけ」
「〜〜!! うるさい! 今日はもう喋らない! もう寝る!」
「わかった、じゃあ、よく眠れるお薬処方しましょうね」
優しい声音でそう言うと、美代子は立ち上がって薬剤庫に向かう。
そこで誰にも聞こえないようにため息をついた。
(十六夜レポート、役に立つけど役に立たないわね。自分がサイコデュエリストじゃないと完全なカウンセリングは難しい。それにしても、こんな不安定な子をデュエルリングに立たせるなんて……)
――――ピッピッピッ
先ほどよりも早いテンポの電子音がする。
目を向けるとがたいの良い少年―――阿久津剛が頭に大仰な機械を付けられた状態で呻き声を上げていた。
「ぐぅぅ……!」
「脳波が安定しませんね……。運命力は一時的にAランクまで落ちています。降魔鏡を再使用しますか、主任?」
白衣の男は、魘されたような阿久津を見ながら隣に立つ男に問いかける。
その男ーーデュエル研究所所長のウィリアム・スミス主任もまた白衣を羽織っておりその黒斑の眼鏡を中指で押し上げた。
そして、自信の背後にあるスーパーコンピューターに取り込まれたような荘厳な鏡を仰ぎみる。
「降魔鏡の重ね掛けは成功した前例がない。ただでさえ精神汚染が進んでいる状態だ。最悪、精神崩壊して使い物にならなくなるぞ」
「わかりました。では精神安定剤を投与して休息させます」
「任せる」
「はい」
部下らしい白衣の男が去っていくとスミスは腹立たそうに舌打ちした。
「やってくれたなクイーン……。ようやく安定して『相応』させたというのに台無しにしやがって……。だが、貴様が片割れを持っていて使い方まで知っていることは明白だ。必ず手に入れてやる……。デュエルの更なる発展のために犠牲になってもらうぞ……」
ブツブツと独り言をこぼすスミス。
「……」
美代子は思わずやや離れた場所で不貞寝しているリオの背中を見つめた。
(人間性を保つ、居場所を保つ、そのために依存させる……。治療としては危うくもあり、でも正しくもある、か。それに工学科の人たちは別の目的もあるみたいだし、今更私では止まらないわ)
それから踵を返し薬剤室へと歩みを進める。
(それに、私も足を止めるわけにはいかない。私は医師一人でも多くの命を救わなきゃいけない。そのために私は、
重ねまして本作品を読んでいただき誠にありがとうございます!
また感想、評価いただいている方、本当に心の支えになっております。
今後も月に1回程度ではありますが更新を続けていきますので応援いただければ幸いです……!
▼次回予告
第42話
「WSC準決勝 蒼き炎の煉獄」
デュエルスタンバイ!