遊戯王5D's after ~童実野第二高校ヒーロー部~ 作:レトやま
デュエルなし回です……!
[夜 ネオ童実野シティ 郊外]
夜のネオ童実野シティ郊外。
すっかり日の落ちた閑静な住宅街を、三つの影が一定の距離を保ちながら歩いていた。
亜美の赤毛のポニーテールが揺れるのを良平とここのせは所在なく見つめている。
夜道に規則的な足音だけが響く中、耐えきれなくなったここのせが口を開いた。
「あ、あー、食った食った。間宮んとこで随分ご馳走になっちまったな!」
「そ、そうだね。まさかあんなおっきなケーキを用意してくれるなんて……」
ここのせの無理に明るい声に、良平がぎこちなく同調する。
しかし亜美は何も答えない。
「間宮の母ちゃんなんてもう一生分泣いてたんじゃねぇか?」
「あ、あはは、そうだね」
ここのせがさらに話を続けるが、良平の乾いた笑い声の後は再び沈黙が訪れてしまう。
亜美は前を向いたまま、一切口を開こうとしない。
その背中から発せられる無言の圧力に、良平とここのせは冷や汗を流していた。
「……俺ちょっと喉乾いたからコンビニに……」
ついに耐えきれず、良平が逃げ道を口にした瞬間だった。
「お茶ならアタシん家にあるわよ」
振り返りもせず、亜美の鋭い声が飛ぶ。
「そ、そうか……」
「だけど素手で家にあがるってわけにゃいかねぇぜ。やっぱコンビニにでも……」
良平が怯む横で、ここのせも助け舟を出す。
だが亜美の足取りは止まらない。
「いいわよ、たいていのものはウチにあるから」
亜美に完全に逃げ道を塞がれ、ここのせは「うす」と力なく頷くしかなかった。
[祭乃木家 アパート]
古びたアパートの扉が軋む音を立てて開く。
「入って」
「お、おじゃましまーす」
「おじゃまします」
亜美に促されるまま、良平とここのせは大人しく靴を脱いだ。
(……あんまり広くない玄関に、畳張りの部屋。昔から変わらない祭乃木の家だ)
良平は密かに周囲を見渡す。
入ってすぐ左の襖が亜美の部屋で、リビングの隅には見慣れた仏壇が置かれていた。
「ここに来んのは小学生以来、か……。親父さんは?」
ここのせが部屋を見回しながら尋ねる。
「今日も出張。突っ立ってないで、そこ座わんなさい」
亜美がリビングの中央を指差した。
「あ、祭乃木。お線香上げるよ、ひさびさに来たし」
「あー……うん、ありがと。じゃあお願い」
良平は仏壇の前に進み出た。
添えてあったライターで線香に火を灯す。
飾られた亜美の母親の遺影を見つめながら、良平は小さく息を吐いた。
(やっぱり祭乃木に似てるな……。当たり前だけど)
静かに澄んだ鐘の音を響かせ、良平は両手を合わせる。
背後でここのせも同じように黙祷を捧げ、亜美も静かに目を閉じていた。
祈りが終わり振り返ると、亜美が腕を組んで二人を待っていた。
「……さて」
(うわ、しまった。正座崩すタイミングなくした……)
良平は慌てて背筋を伸ばし、居住まいを正す。
「……なぁ祭乃木。なんでそんな怒ってんだい」
ここのせが恐る恐る尋ねる。
「怒ってないわよ! でもアンタ達に聞かなきゃいけないことがあるわ」
亜美は真っ直ぐに二人を睨み据えた。
「……ダメージの実体化について、だよな」
良平が探るように呟く。
「それもだけど、それだけじゃない。アンタらがアタシに隠してること全部よ。アンタ達、例のダメージのことについて、詳しすぎ。不自然だわ」
亜美の追及に、良平は言葉に詰まる。
「特に良平。あの美代ちゃんってお医者さんにラーイエローがどうとか言われてたわね。どういうことなの?」
「……それは……」
「言いにくいことなの?」
どこから話そうかと思案したが、沈黙するのも気が引ける。
良平は意を決して口を開いた。
「いや……その……ダメージの実体化を調べるためにアカデミアに忍び込んだんだ。ツァンに協力してもらって……」
「忍びこんだ!? アンタが!?」
亜美が目を丸くする。
「うん……。ツァンから煉獄のことを聞いた。最初は半信半疑だったよ。でもストックホルムで例の化け物に遭遇しただろ。化け物だけじゃない。ヴァールさんたちが神のカードを実体化させてた」
「……うん」
「あの時は、たまたまヴァールさん達に助けてもらったけど……。もし間に合わなかったら……? 誰かが怪我してたかもしれない。いや、下手したら死んでた可能性すらあった」
良平は緩やかに首を振る。
「他人事じゃないんだ。いつ俺達があの力に晒されるかわからない」
「実際オレと祭乃木は例の化けもんに襲われてるからな」
良平の言葉に、ここのせも腕を組んで頷く。
いつの間にか胡座をかいているのを見て良平もわずかに足を崩す。
「化け物だけじゃないよ。煉獄の阿久津もダメージを実体化させる。だからダメージを防ぐ方法を探さなきゃいけないって思ったんだ」
良平の言葉をここのせが肩をすくめて補足した。
「まぁ、結果はなんもわかんなかったけどな。デュエルで起こるダメージを防ぐ手段なんてもんは見つからなかった。それこそノーダメージで勝つくらいしかねぇ。どういうわけか、祭乃木、お前は防げるみたいだが」
「それは……。でも、なんで黙ってたのよ?」
亜美が不満げに眉を寄せる。
「……祭乃木を巻き込みたくなかったんだ」
「はぁ? 何よそれ」
良平は顔を上げ、亜美の瞳を真っ直ぐに見返した。
「……お前しかダメージを防げないってわかったら、祭乃木はきっとみんなを守ろうとするだろ」
「そんなの当たり前でしょ!!」
「当たり前じゃない! それじゃ祭乃木が危ないだろ!」
良平の語気が部屋に響く。
「それがなんだってのよ!! 防ぐ力があるなら、アタシは──ー」
「俺は祭乃木を盾になんかしたくなかったんだ!!」
良平の声に亜美が息を呑む。
「……それに祭乃木の力かレインボードラゴンの力かわからないけど、これだって降って沸いたわけのわからない力なんだ……。十分に使いこなせるかもわからない。それなのに矢面に立つなんて危険すぎるよ」
「……だからアタシが無闇に力を使わないように隠してたってわけ?」
「……うん」
亜美は暫く考えるように口を噤む。
しかしすぐに良平に目線を返した。
「でも今度はアンタがアカデミアに忍び込むなんて危ないことしてるじゃない。アタシはダメでアンタはいいっていうの?」
痛いところを突かれ、良平は言葉に詰まった。
「……うっ」
「……こりゃ分が悪ぃぜ良平」
「……そうだね」
形勢不利な良平を見かねて、ここのせが穏やかな声で間を取り持った。
「だけどな祭乃木」
「なによ」
「もしお前が同じ立場だったらどうする? お前に力がなくて、良平や間宮に力があったら。そいつが自分を盾にしてお前を守るって言いそうだったら」
「……そんなの……」
「お互い様だろ」
ここのせの言葉に、亜美はうつむいた。
想像するまでもない。
しばらくの沈黙の後、小さく息を吐いて顔を上げた。
「……わかった。もうこれ以上は言わないわ。でも約束して。アタシも無闇に力を使ったりしない。その代わり、このことで、もう隠し事はしないで。アタシだってアンタ達が心配なのよ」
亜美がまっすぐに見つめてくる。
嘘のない澄んだ瞳。
「……うん、そうするよ。どのみち、もう隠す必要もないしね」
良平が安堵したように頷くと、亜美は再び腕を組み直した。
「とりあえず、全部話しなさい。隠してたこと全部」
…………
……
……
隠していたことを概ね話しきると亜美は重いため息をついた。
頭を抱えるようにして語の数々を反芻する。
「……星遺物の神話、アカデミア、運命力、それにサイコデュエリスト……。前に聞いた恵の話もそうだけど、やっぱり大きすぎるわね……」
「だろ?」
相槌を打ちながら、良平は膝の上に置いた手を開き、またゆっくりと閉じた。
「それにしても星遺物カードまで関わってくるなんてね」
亜美の言葉にここのせは腰のホルダーから外した自分のデッキケースを軽く指先で叩いた。
コン、という硬い音が部屋に響く。
「運命力のないオレをここまで戦えるようにさせるってのはそれだけの力だってことだろ」
「阿久津やリオとかいう女がダメージを実体化させてたのは、アカデミアの研究の一貫だったってわけね。クイーンがアカデミアに近づくなって言ってたのはこういうことだったのか……」
亜美が独り言のように呟くと、良平は口を閉ざした。
『危険な実験をしていないか、などだな』
かつて聞いた言葉を脳裏で反芻し、良平はゆっくりと首を横に振る。
「……単純に危ないっていうのもあるだろうけど、もっと深い意味もあると思う」
「深い意味……?」
眉をひそめる亜美に対し、良平は淡々と言葉を継いだ。
「アカデミアがそういう研究をしているなら、未来の技術で動いてる恵や何故かレインボードラゴンの力を使える祭乃木が目をつけられてもおかしくない」
「げっ、か、解剖とか御免よ?」
亜美は身をすくめ、自分の両腕をさすった。
ここのせが壁に寄りかかったまま口を挟む。
「流石に急にそんなことにはならねぇとは思うけどよ。でもモンスターを実体化してくるような連中だ。用心するに越したことはねぇだろ」
「アンタ達が不自然に恵と接したりアタシを遠ざけたりしてたのはそれもあるってこと?」
亜美が視線を向けると、良平はうつむいて短く応えた。
「……うん」
亜美は天井を仰ぎ見る。
「それならなおさら言った方がいいじゃない」
「だってプレッシャーになるだろ? それに状況証拠しかないし、確定かどうかもわからないものを押し付けられないよ……」
弁解する良平に、亜美は人差し指を突きつけた。
「はぁ……。アンタ達意外とアタシのことわかってないわね。アタシ、こういうの半端に隠されると余計に首突っ込みたくなるの。アタシを遠ざけたいなら正直に言わないとこういうことになるわよ」
「うん、よくわかったよ」
良平は肩からすっと力を抜き、うつむき加減で頷いた。
「それで、どうするの? そんな危ないことしてる連中なんてほっとけないし、アカデミアに乗り込んで実験してるやつをぶっ飛ばす?」
亜美が両手の拳を胸の前で打ち合わせる。良平は半ばジト目になって彼女を見つめ返した。
「あのな……」
「じ、冗談よ! アタシだって出来ることと出来ないことの分別くらいできるってーの! でも、ホントにどうするつもりなの?」
慌てて手を振る亜美に、良平は静かなトーンで返した。
「どうもしないよ。この件は、全部ツンドラの人たちに任せて俺たちはここで手を引く。アカデミアとはそれっきりで終わりにするんだ」
「ちょうど、阿久津の野郎にもケジメをつけたところだしな」
ここのせが胡座をかき直しながら同意する。
「そう。俺達は奇跡的にアカデミアのチームに勝っただけの普通の高校生。アカデミアとはそれだけの関係。実験とかは知らないし関わってない。そういうことにしようと思う。ツンドラにもそういう約束で協力してもらったんだよ」
良平の言葉に、亜美は合点がいったように手を叩く。
「ツンドラとの合同練習が急に決まったのは、アンタ達がそういう取引をしたってことか」
「そういうこった」
ここのせが短く頷いた。
亜美は唇を尖らせ、前髪を指で弾いた。
「はぁぁぁぁ……。なんか釈然としないわね……。というかツンドラだってアタシ達と同い年でしょ? あの子たちだって危ないじゃない!」
「あいつらはオレらと違ってアカデミアの人間だ。アカデミアのことはアカデミアがなんとかするってのは道理だろ。それにこいつは奴らのプライドなんだ」
「プライド?」
首を傾げる亜美に、ここのせは続ける。
「デュエルアカデミア、オベリスクブルーとしてのプライドだ。デュエルを妙ちきりんなことに使わせたくないっていうな」
亜美は言葉を飲み込み、組んだ腕にぎゅっと力を込めた。
「それにどのみちそんなことに関わってる場合じゃないよ。俺たちは、クイーンへの挑戦権を手にしたんだ。最強無敗のデュエリストが率いるチームディスティニー。片手間で倒すことなんて出来るわけない」
良平が居住まいを正す。亜美も顔を上げた。
「そうね……。それはそうだわ。でも、さっきの話じゃアタシたちを襲った化け物がアカデミアと関係があるかわからないわ。恵がアレと戦うならやっぱり見過ごせないわよ」
「わーってるよ。なにも臭いものに蓋をしようってんじゃねぇさ」
ここのせが手のひらをひらひらと振る。
「あれについては恵なら対処できるんだ。オレ達はできる限りのそのサポートをする。ただ原因を調べようとか深いことに首を突っ込まねぇようにするってこった」
亜美は一つ息を吸い込み、二人の顔を交互に見た。
「……わかったわ。でも恵を盾にするのはやっぱり嫌。だから何かあったときは絶対協力するからね!」
「その時は俺達も一緒だよ」
良平が口角を上げると、亜美も「うん」と頷き返した。
三人の間に、静かな時間が流れた。
「……」
「……」
「ッあ────!!」
突如、亜美が畳の上に大の字になって倒れ込んだ。
「えっ」
「うおっ」
ビクッと肩を跳ね上がらせた二人が、転がった亜美を見下ろす。
「ど、どうしたの?」
良平が尋ねると、亜美は手足をバタバタと振って畳を叩いた。
「疲れた!! もー、色々ありすぎよ!!」
「あはは、そうだね」
良平が苦笑いをこぼす。
「でも、今日勝ってゆきのことも阿久津のことも一応は蹴りをつけたわ。とりあえず一息つけそう」
「なーに言ってやがんでぇ、まだだぜ? クイーンとのデュエルが山場も山場だろ」
ここのせのツッコミに、亜美は両腕を頭の上に伸ばし、背中を反らせた。
「それはそうだけど、今日はもういいわ! 明日から考える!」
「確かに、少なくともクイーンとのデュエルは危険が伴うわけじゃないからね」
良平が同意すると、亜美はそのまま畳の上をゴロンと転がる。
「そう! とりあえず肩の荷が降りた気分だわ〜」
「おいあんまゴロゴロすんなパンツ見えてんぞ」
ここのせが目を細めて指摘すると、亜美はピタリと動きを止めた。
「ばーか、スパッツだってーの」
「それはいいのか……?」
良平が眉を寄せる。
ツッコミをよそに、亜美は勢いよく上半身を起こした。
「よし、話は終わり!! 何する? アタシん家あんまゲームないけど、スプブラとかあるわよ?」
彼女は立ち上がり、テレビ台の引き出しを乱暴に開ける。
「え? いや、帰るよ……」
良平が立ち上がろうとすると、亜美が振り返った。
「えー!? せっかく来たんだし、ちょっと遊んでいきなさいよ」
「オレは構わねぇけど、大丈夫なのか? あんま騒いでっと隣からどやされるんじゃねぇか?」
ここのせが、すぐ横の薄い壁を指差す。
「ここ壁薄いからねぇ。でも大丈夫、最近隣引っ越したのよ。ウチもさっさと引っ越せばいいのに、お金に困ってるわけじゃないんだから」
「まぁまぁ、畳とか俺は落ち着くと思うよ」
良平が苦笑いして座り直すと、亜美は腰に手を当てた。
「なにジジくさいこと言ってんのよ! それで、どーすんの?」
「じゃあ、せっかくだから……」
「よしきた! じゃあスプブラやるわよ!」
亜美はパッケージを引っ張り出し、カチャカチャと音を立ててハードの電源を入れた。
「さっきから当たり前にスプブラスプブラ言ってっけど、なんでぇそりゃ。聞いたことねぇぜ」
ここのせが首をひねる。
「はぁ? スプブラって言ったらスプリガンズ・ブラザーズに決まってるでしょ! 烙印を巡るストーリーが熱いんだから!」
「格ゲーなのにストーリーあるんだ……」
良平はブラウン管のテレビに映し出されたタイトル画面を眺めながら、短く呟いた。
…………
……
……
「おりゃ! おりゃ!」
亜美の親指がコントローラーのボタンを激しく弾き、カチャカチャというプラスチックの乾いた音が小気味よく部屋に響き渡る。
「うわっ……!」
良平が操作するキャラクターが画面端へと追い詰められ、無情にも『GAME SET』の文字が色鮮やかに弾け飛んだ。
「よっしゃ!!」
亜美がコントローラーを両手で天に掲げ、歓声を上げる。
「かぁ、持ち主にゃ叶わねぇな」
ここのせが諦めたように息を吐き、手元のコントローラーを畳の上に放り出した。
「ちょっと休憩しよう。目が疲れたよ」
良平は目頭を指で揉みほぐしながら、ブラウン管の光から視線を外した。
「茶飲みてぇ」
ここのせが天井を仰ぐと、亜美はテレビ画面から目を離さないまま顎でキッチンをしゃくった。
「冷蔵庫にあるから自分でやって」
「へーへー」
ここのせはよっこらしょと腰を上げ、部屋の隅にある小さな冷蔵庫の扉を開ける。
「アタシのもお願い!」
「こんにゃろ、ダシにしやがったな。……良平は?」
「あ、じゃあお願い」
「祭乃木、この辺のコップ勝手に使っていいのか?」
「うん、使っちゃって!」
ここのせが水切りかごから適当なグラスを取り出し、麦茶を注ぐコポコポとした音が背後から聞こえてくる。
「……祭乃木」
良平が少しだけ声を落とした。
「なによ?」
「その……身体は大丈夫なのか?」
「は? 何よ急に。セクハラ?」
亜美が胡乱な目を向けると、良平は慌てて両手を振った。
「違うよ! ……今日の試合も、一瞬だけ影霊衣化してただろ。前にそうなったときは倒れちゃったから……」
「ああ……」
亜美は自分の手のひらを見つめ、何度か指を握り込んだり開いたりした。
「一瞬身体が重かったけど、今は平気よ」
「そう。それならいいけど……」
良平は小さく息を撫で下ろす。
「そういえば影霊衣化って、たしかクイーンが教えてくれたのよね。あの人、なんでそんなの知ってるのかしら?」
亜美が首を傾げると、良平も深く頷いた。
「時空震のことも知ってたよね」
「お前、何回か接触してるんだろ? なんか言ってなかったのか?」
ここのせが三つのグラスをローテーブルに置きながら尋ねる。コトッ、コトッ、コトッと、冷たい水滴のついたグラスが並んだ。
「うん……。深く関わるなとしか」
良平がグラスを手に取り、麦茶を一口飲む。
「何者なのかしらね、クイーンって」
「……アカデミアの妙な実験に関わってるのかな」
良平の推測に、ここのせが自分のグラスを煽ってから口を挟んだ。
「それにしちゃ、アカデミア側と仲悪そうじゃねぇか」
「アタシや阿久津の影霊衣化を解いたりもしてたわね。変な鏡みたいなのを使ってさ。その辺が関係してたり?」
亜美が宙を見つめて記憶を探り当てる。
「……あれは多分、儀水鏡だ」
ここのせが低く呟いた。
「儀水鏡?」
「ああ。星遺物の神話の中に出てくる鏡だ。かつて存在した種族の力を身に宿す影霊衣の力を制御するキーアイテムって触れ込みだ」
「また星遺物の神話か……」
良平がグラスの縁を指でなぞる。
「それに不思議なのはクイーンだけじゃねぇよ。あの絵草っておっちゃんはオレに星遺物のことを教えてくれた。チームディスティニーは間違いなく、この一連の騒動に関わってるとみていいだろうな」
ここのせの鋭い指摘に、部屋の空気が再び重くなりかけた。
だが、良平は手元のグラスをテーブルに置き、努めて明るい声を出した。
「……いやそこら辺を深く考えるのはやめよう。とにかく、そういう人たちが最後の相手なんだ。気を引き締めなきゃね」
「誰が相手だろうとやることは一緒よ!」
亜美が勢いよく立ち上がり、両手を腰に当てて胸を張る。
「いつも通り、明日はヒーロー部合宿するわ! いいわね!」
[翌日 通学路]
朝の通学路。ゆきが一人で歩道を歩いていると、背後から小走りで近づく足音が聞こえた。
「おっはよー!」
ゆきが振り返ると、亜美が元気よく手を振っていた。
「おはようございます! あれ? こっちの方からなんて珍しいですね?」
「ゆきを待ってたのよ! 阿久津のやつは倒したけど、昨日の今日でしょ? だから念のためね」
亜美はゆきの隣に並び、周囲を軽く見回す。
「わぁ、お気遣いありがとうございます!」
ゆきが胸の前で両手を合わせると、亜美はその顔をまじまじと覗き込んだ。
「なんのなんの! あ、今日も少し化粧してるのね! うん、やっぱり綺麗!」
「お恥ずかしいです……。校則違反にならない程度なのでホントにちょびっとなんですけどね」
ゆきは照れくさそうに頬をかき、視線を落とす。
「やっぱ素材が……」
亜美が言いかけたその時だった。
不意に、背後から乾いたシャッター音が響いた。
「!?」
二人は弾かれたように音のした方へ振り返る。
「お二人ともいい表情! こりゃ一面はいただきだね!」
そこには、首からカメラを下げた見覚えのある少女が立っていた。
「こらぁ! 何勝手に撮ってんのよ!」
亜美が指を突きつけて抗議する。
「あ、貴女はたしかチームユニオンの……?」
ゆきが首を傾げると、少女は得意げに胸を張った。
「お、よく覚えててくれたね! でもチームユニオンはもう解散しちゃったからこれからは高校生新聞フォーカスフォース記者の遠木冬と覚えてほしいかな!」
【高校生新聞記者 遠木冬】
WSC本戦の第一回戦で戦ったチームユニオン、その元メンバーだ。
名刺代わりのように、遠木は手帳をパラパラと弾いてみせる。
「アンタねぇ、確認もせず写真撮ってたらそのうち痛い目みるわよ」
亜美がジロリと睨みつけるが、遠木は悪びれる様子もなく笑った。
「にゃはは、申し訳ない。目の前にスクープが転がってるとついつい早っちゃうんだよね〜」
「だいたいスクープって、アタシら何もしてないってーの」
「いやいや、何をおっしゃる祭乃木さん。貴女たちは、WSGの準優勝以上が確定してるチームHEROのメンバーじゃない!」
遠木の言葉に、ゆきが小さく息を呑む。
「チームHEROといえば今や、アカデミアを打ち倒し、無敵のチームディスティニーとの対戦を控えた超注目のダークホース! 記者が飛びつかないわけないだろ〜?」
「それで、アンタは一足先にアタシたちにインタビューってわけ?」
亜美が呆れたようにため息をつく。
「そゆこと!」
「あの……申し訳ないんですが、学校が……」
ゆきが腕時計を気にすると、遠木はカメラのレンズキャップを外した。
「うん、わかってる! だから一緒に歩かせて! それならいいよね?」
「もぉ、仕方ないわね。それで何を聞きたいの?」
亜美が歩き出し、三人は並んで学校へと向かった。
「まずは〜……」
遠木からの質問に答えながら、通学路を進む。
「ふむふむ、なるほど!」
遠木は器用に歩きながらペンを走らせる。
「答えられてるかわからないけど、これでいい?」
「もちろん! ……あっと、お二人ともストップ!」
遠木が不意に立ち止まり、手で制した。
「え?」
ゆきが足を止める。
「っとと……な、何よ?」
数歩先を行っていた亜美が振り返る。
「学校ってもう近いんだっけ?」
「はい。そこの角曲がったらすぐですよ?」
ゆきが前方を指差すと、遠木は顎に手を当てた。
「あぁ……それならちょっと遠回りして裏口から入った方がいいかも」
「は? なんでよ?」
眉をひそめる亜美に、遠木は交差点の角を指差す。
「角からこっそり正門の方をみてみて」
促されるまま、ゆきと亜美はブロック塀の陰からそっと顔を出した。
正門前には、無数の大人たちが群がっていた。
テレビカメラを担いだ男、マイクを握るアナウンサー、腕章をつけた記者たち。周囲には野次馬も入り混じり、異様な熱気を放っている。
「わわっ……!?」
ゆきが慌てて顔を引っ込める。
「な、何よあれ!?」
亜美も目を丸くして壁に背中を預けた。
「うはは、あれは貴女たち目当てで集まってきた記者たちだよ! なんでも童実野二高はお堅くて取材に応じてくれないみたいで、特集したいメディアはてんてこ舞いみたいだよ〜」
遠木が面白そうに笑う。
「あ、あそこに登校したら、どうなっちゃうんでしょう……?」
「そりゃもう揉みくちゃだと思うよ」
「げぇ〜、冗談じゃないってーの!」
亜美が顔をしかめる。
「裏口かなんかから入った方がいいと思うな。……さてさて独占インタビューができたし。厄介ごとになる前にドロンさせてもらうね! バーイ!」
遠木は踵を返し、風のような速さで走り去ってしまった。
「あ、行っちゃいました……」
ゆきがその背中を見送る。
「あれを教えたのがインタビュー料代わりってわけね。相変わらずしたたかだわ」
亜美は忌々しげに遠木が消えた方向を睨んだ後、ハッと我に返った。
「日和田さんとここのせさんにも伝えなきゃ!」
「でもここにいたらまずいわ! さっさと裏門から入るわよ!! 連絡はそれから! 行くわよ!」
亜美が踵を返し、裏門へと走り出す。
「あ、ま、待ってくださぁい!」
ゆきも鞄を抱え直し、慌ててその後を追った。
[童実野第二高校 昇降口]
裏門から駆け込んだゆきは、昇降口の冷たいタイルの上で膝に手をつき、肩を上下させて荒い息を吐いた。
「はぁ……はぁ……!」
「はぁぁ、まいったわねぇ。朝くらいゆっくりさせろってーのよ」
並んで立ち止まった亜美も、乱れた前髪を無造作に掻き上げながら大きく息をつく。
「あ、あの祭乃木さん!!」
不意に背後から甲高い声が飛んだ。
「え?」
亜美が振り返ると、そこには見知らぬ女子生徒が両手で可愛らしい封筒を握りしめ、顔を真っ赤にして立っていた。
「こ、これ! 受け取ってください……!!」
勢いよく突き出された手紙に、亜美は目を白黒させる。
「えぇ? て、ていうかアナタ誰……?」
「わ、私、一年の──」
「あぁぁ! ずるーい!! 私も生の祭乃木お姉様と喋る!!」
名乗ろうとした一年生を横から押しのけるように、別の女子生徒が凄まじい勢いで身を乗り出してきた。
「え、ちょっ」
「私が先!!」
「なによー!!」
「ちょっとアンタたちねぇ……!」
後ずさる亜美の視界に、さらに別の女子生徒が飛び込んでくる。
「亜美お姐様!!」
「うっっわ!? な、何よ、ってアンタは隣のクラスの……!」
「亜美お姐様が私を認知してくれてる〜! 幸せ〜」
両手を頬に当ててうっとりと身をよじる同級生に、亜美は声を荒らげた。
「去年同じクラスだったでしょうが! ていうかなんなのよお姐様って!? 同じ学年じゃないの!!」
「魂のお姉様なの!! 亜美様! バド部みんなで応援にいくから!!」
「様はやめなさいってーの! ……ってバド部?」
もみくちゃにされる亜美の姿に、ゆきは鞄を両手で抱え込み、オロオロと視線を彷徨わせる。
「あわわわ……」
「ま、間宮!」
今度はゆきの背後から、裏返ったような声がかかった。
「へ?」
ゆきが振り返ると、そこには同じクラスの男子生徒が、やけにそわそわとした様子で立っていた。
「よ、よぉ」
「あ、えっと笠原さん、ですよね? 同じクラスの」
ゆきが小首を傾げて尋ねると、笠原と呼ばれた男子生徒は、耳の先まで赤くして視線を泳がせた。
「お、おぉ。その間宮、最近綺麗になったというか……いやいやいや、えっと、その俺たち夏の大会終わったからみんなで間宮たちの応援に行こうって話になってさ」
「えぇ! ホントですかぁ!? 嬉しいですぅ!」
ゆきの顔に、パッと花が咲いたような無邪気な笑みが広がる。
「うっ」
その眩しさに当てられたのか、笠原は小さく呻き、胸の辺りを手で押さえてたじろいだ。
「わーたーしー!!」
「ずーるーいー!!」
亜美の周りでは、依然として女子生徒たちが激しい押し問答を繰り広げている。
昇降口に集まった他の生徒たちも足を止め、遠巻きにひそひそと囁き合う声が重なり、異様な熱気が膨れ上がっていく。
その騒ぎを切り裂くように、始業を告げる無機質なチャイムが校舎に響き渡った。
──―キーンコーンカーンコーン
「あー! ちょっとアンタたち! 遅刻になるわよ!! さっさと自分の教室に行きなさ──い!!」
亜美の号令のような叫び声が、朝の昇降口に木霊した。
[昼休み 部室]
「はあぁぁ〜びっくりしたぁ……」
机の上に上半身を投げ出し、亜美は深く沈み込むようなため息を漏らした。
鞄は床に放り出されたままだ。
「なんでぇらしくねぇな」
パイプ椅子に深く腰掛けたここのせが、背もたれに体重を預けながらからかうように口を開く。
「だって大騒ぎだったのよ!? クラスでも大変だったんだから! ちょっと前までは微妙に注目を集めてるくらいだったのに」
亜美は机から顔を上げ、抗議するように両手をバタバタと振った。
「なんかめちゃくちゃ囲まれてたからなぁ」
良平は朝の騒動を思い出し、苦笑いを浮かべて頬を掻く。
「お前はどうなんでぇ?」
「祭乃木ほどは……。そういうここのせは?」
良平が話をそらすと、ここのせは大げさに肩をすくめて見せた。
「オレと恵はすっかりベンチウォーマー扱いさ。意外と強かったんだねーとか言われる始末だぜ? 4決めの試合見てねぇのかってんだ」
「……中継が放映番組の視聴率は、チームBandit戦が31.2%だったのに対し、チーム煉獄戦は48.8%。注目度が違う……」
恵は空をじっと見つめたまま、網膜デバイスに表示される無機質な数値を読み上げた。
「かぁぁ、世知辛いねぇ」
ここのせが後頭部で両手を組む。
「それにしても朝もびっくりしましたねぇ……。あんなにたくさんメディアの方々がくるなんて……」
ゆきが首を傾げながら、部室の窓からグラウンドの方へ視線を向ける。
「試合の後のインタビューとかはちゃんと答えてるのに、なんでだろう」
「大方、熱闘デュエルと週刊誌だろ」
ここのせの推測に、良平は納得したように小さく息を吐いた。
「なんか色々ちやほやされて嬉しい気持ちもあるけど! アタシたちがやることは変わらないわよ!」
亜美は両手で自身の頬をパンッと叩き、無理やり気合いを入れ直す。
「そうですね! まずは作戦会議、です!」
ゆきが両手を胸の前で軽く握りしめた。
「相手のデッキと戦術を考えなきゃね。とはいえ、デッキについては調べるまでもないんだけど」
良平が身を乗り出し、部員たちの顔を順に見回す。
「クイーン……。アタシと同じヒーローの使い手」
亜美の表情から先ほどの疲労感が消え、鋭い勝負師の目つきに変わる。
「同じヒーローでも、祭乃木さんはE・HEROで、クイーンさんはD・HERO……。どんな風に違うんでしょうか……」
ゆきの問いに、恵が淡々とした口調で応じた。
「……E・HEROが連続融合とビートダウンが得意なのに対し、D・HEROは数ターン先や他のフェイズに影響を及ぼしつつフィールドをコントロールする力に優れている……」
「まさしく運命を操るってわけね」
亜美が腕を組み、顎を引いて頷いた。
「むむむ……。他の人はどうなんでしょう……」
「絵草のおっさんとは一度デュエルをしたことがある」
ここのせが組んでいた手を解き、前傾姿勢になる。
「星遺物について教えてもらった時、だよね?」
「あぁ。絵草霜。オレと同じ星遺物の使い手。デッキのメインはオレの機界騎士と同じ星遺物の力を受け継いだモンスタ──ーオルフェゴール」
「オルフェゴール……。大会の映像で見たことがある。墓地をまるで手札のように使う凄まじい展開力を持つデッキ」
良平の顔に緊張が走る。
「むむむむ……! それじゃあ最後一人は……?」
「……アバンスという男性デュエリスト。重爆撃禽ボムフェニックスをはじめとする炎属性の使い手……」
「毎回、先発で出てくるやつよね」
「恵さんのお家で見た映像では、最初に大きなダメージを与えていましたね……」
「ボムフェニックスの効果ダメージは通したら負けもあり得るほどだよ。制限カードに指定されるだけはある……」
良平が指先で机をトントンと軽く叩く。
「……ファーストプレイヤーで相手を大きく削り、セカンドプレイヤーで盤面を制圧する戦術と考えられる……」
「クイーンさんは……?」
ゆきが不安げな視線を向けると、恵は首を横に振った。
「……ほとんどがセカンドプレイヤーの時点で継戦不能となっているが、チームの状況に関わらず相手を打破する力を持っていることが予想される……」
「無敗のチームと言われるだけあって、どの人も一筋縄ではいかなそうですね……」
ゆきが両手を膝の上で強く握りしめる。
「それで選出についてなんだけど……。アタシのわがまま、聞いてほしいんだけど、いい?」
亜美が背筋を伸ばし、真っ直ぐな視線で仲間たちを見据えた。
「なんでぇ?」
「アタシ、クイーンと戦いたい。今のアタシとHEROがどこまでやれるのか試したいの」
「なんだそんなことかよ」
ここのせが呆れたように息を吐くと、亜美は眉を吊り上げた。
「そんなことってなによー!」
「まぁまぁ。でもクイーンと戦うのはやっぱり祭乃木だろ」
良平が間に入ってなだめる。
「はい! わたしたちのリーダーですから!」
「……ん……」
ゆきの言葉に、恵も小さく頷いた。
「みんな……。うん、ありがと!」
亜美の顔に、いつもの快活な笑みが戻る。
「それなら、セカンドプレイヤーはオレにやらせてくれ。一度は負けた相手だが、今のオレなら対等に戦えるはずだぜ」
ここのせが親指で自身の胸を突く。
「わかったわ」
亜美が力強く頷き返す。
「じゃあ先発は俺が行くよ。二人が望んだ相手と戦うにはファーストプレイヤーを墜とさなきゃいけないからね」
良平が自ら名乗り出た。
「わぁ! 元祖ヒーロー部メンバー、ですね!!」
ゆきが顔をほころばせ、嬉しそうにパチパチと拍手を送る。
「ゆき! 恵! 今回は控えに回ってもらうわね」
「構いません! めいっぱい応援します!」
ゆきが鼻息を荒くしてガッツポーズを作った。
「……バックアップするのはデュエルロイドの役目の一つ。まかせて……」
恵も細い指で小さくピースサインを作って見せた。
「さぁ、そうと決まったらさっそく────」
亜美が立ち上がろうとしたその時。
校内放送のスピーカーから、無機質な電子チャイムが部室内に響き渡った。
──―ピンポンパンポーン
『2年4組、祭乃木、日和田。2年5組、能瀬、レイン。2年2組、間宮。至急職員室に来なさい』
「え?」
亜美は中腰の姿勢のまま、間抜けな声を漏らした。