遊戯王5D's after ~童実野第二高校ヒーロー部~ 作:レトやま
次回からデュエル回続きます!
[部室]
「え?」
亜美は素頓狂な声を上げ、瞬きを繰り返した。
「へ?」
ゆきも目を丸くしてスピーカーを見上げる。
恵は無言のまま小首を傾げ、ここのせは頭をかきむしった。
「なんでぇなんでぇ」
「なんだろう?」
良平が困惑顔で立ち上がる。
「とにかく呼ばれてるなら行くしかないわね。行くわよ」
亜美が椅子を蹴るようにして立ち上がり、部室の扉を開けた。
[職員室 外]
職員室の前に着くと、重厚な扉の向こうから激しい言い争いの声が漏れ聞こえてきた。
「それはあんまりではありませんか!?」
中河西あかね教諭の悲痛な声だった。
五人は顔を見合わせ、足を止める。
「では君は来年以降も面倒を見切れるかね?」
冷たく響くのは、教頭の厳しい声だった。
「それは……」
あかねが言葉に詰まる気配が伝わってくる。
「な、何か言い合いしてますね……」
ゆきが不安げに身を寄せる。
「何かあったのかな」
良平の顔に緊張が走る。
「入ってみたらわかるでしょ。失礼しまーす」
亜美は意を決して、職員室の扉を勢いよく開けた。
職員室内の教師たちが一斉に視線を向け、ざわめきが広がる。
一番手前に座っていた教師が椅子を回転させ、明るい声をかけた。
「おぉ、祭乃木! お前たちすごいなぁ、テレビで見たぞ!」
隣の席の教師も同調する。
「まさかホントにアカデミアを倒しちゃうなんてねぇ」
「とーぜんよ! それより、何かあったの? アタシたち呼ばれたんだけど」
亜美が胸を張って答えると、教師たちの顔からスッと笑みが消えた。
「あ〜……その、ごめんな。俺らじゃ上を止められなくてさ……」
「上?」
ここのせが眉をひそめる。
「私もデュエルは教えられないし……仕方ない、のかな。ホントにごめんね……」
教師が申し訳なさそうに視線を落とす。
「そんないきなり謝られても困るわよ。何があったのか教えてくれないとさ」
亜美が詰め寄ると、教師は奥のデスクを顎でしゃくった。
「あれだよ、あれ。教頭。呼んでるのもあの人だよ」
奥のデスクでは、教頭が腕を組んで仁王立ちしていた。
「とにかく、我が校の決定事項だ!!」
「だから……!!」
食い下がるあかねの顔には、疲労と悔しさが滲んでいる。
「な、中河西先生……!」
ゆきが息を呑む。
「うわ〜、なんか面倒くさそう……」
良平が顔を引きつらせた。
「アタシたちは何も悪いことしてないんだから、堂々とすりゃいいのよ!」
亜美はズカズカと教頭のデスクへ歩み寄った。
「あっ……。祭乃木さん……」
あかねが振り返る。
「アタシたちに話があるんでしょ? 教頭」
亜美が正面から教頭を睨み据えた。
「……君たちの活動について伝えておくことがある」
教頭は眼鏡を押し上げ、冷ややかな視線を五人に向ける。
「ヒーロー部についてか? それともチームHEROについて、か?」
ここのせが斜めに構える。
「両方だ。まずは、君たちの活動と活躍については大変誇らしいと思う。我が校の中でこれだけの成果を出したのは君たちが初めてだ」
「それは……どうも」
良平が素直に礼を言うが、教頭の表情は硬いままだった。
恵は無表情のまま、教頭のバイタルデータを読み取っているのかじっと見つめている。
「その甲斐あってか、この学校に様々な企業からお声がけをいただいたよ。中には品物を渡してきたり、提携契約をもちかけてくるところも出た」
「企業提携……?」
亜美の脳裏に、かつてチームツンドラの美優に言われた言葉が蘇る。
『けどね、HERO girl。貴女はこれから名が売れるでしょう。今でさえ、奇跡のチームと注目されている。この大会で勝ち上がれば、無名、というわけにはいかないワ』
「……」
亜美は黙って教頭の次の言葉を待った。
「しかし、これは君たち個人の成績であって我が校は関与してない。そうだね?」
「そうね。どこかの誰かさんがアタシ達を認めてくれないせいでね」
亜美は腕を組み、皮肉たっぷりに笑い飛ばした。
「さ、祭乃木さん……!」
ゆきがヒヤヒヤして背中を引っ張る。
「そう。学校は部活動として認可しておらず、関与していないのだよ。よって我が校は企業からの君達へ支給品や奨励品等の受け取りを拒否することに決定した」
「!!」
予想外の通告に、四人は息を呑んだ。
「……」
恵だけが、瞬き一つせずに教頭を見つめ続けている。
「だからどうしてそうなるんですか!!? 生徒の頑張りを……!!」
あかねが再び声を荒らげた。
「待って、あかねちゃん!」
亜美があかねを遮り、一歩前に出る。
「祭乃木さん……」
亜美は一度深く深呼吸してから口を開く。
「……教頭先生。アンタだってベテランの先生なんでしょ。ただのいじわるでこんなことしてるわけじゃないわよね」
真っ直ぐな眼差しで問いかける。
「当たり前だろう! ……いいか、我が校はこれまで部活動実績は童実野高校に、デュエル教育はデュエルアカデミアに任せてきた。しかし、君たちが活躍したおかげで童実野第二高校の名前が大きく広まった」
「結構なことじゃねぇか」
ここのせが鼻で笑う。
「意図しない形で、だ! 我が校はデュエル教育に携わるノウハウも、人材も、設備も、金もない! そんな中で偶然、勝ち上がっただけの生徒を祭り上げてどうする!?」
「ッーー!」
亜美の額に青筋が浮かぶ。
「偶然だなんて、あんまりです!! 謝ってください!!」
あかねが教頭に詰め寄る。
「祭乃木さんッ……!」
僅かに亜美の拳が上がるのを察してゆきが亜美の制服の袖を必死に引っ張った。
「……大丈夫よ、ゆき」
亜美は低い声でゆきをなだめる。
「ふん! 来年以降も実績を出し続けられるか! 後続を育てられるか! 学校として受け入れたとして、全てが中途半端になり、教育にも新入生にも悪影響がでるに決まってる! そうならないように断固として対応するのだ!」
教頭の頑なな持論が、職員室に響き渡る。
「教頭先生ッ!!」
あかねが悲鳴のような声を上げた。
「わかったわ!! もうわかったから黙りなさい」
亜美は踵を返し、扉へ向かって歩き出した。
「な、何ッ……」
教頭が呆気にとられる。
「行くわよ、みんな」
亜美の背中を追い、良平が力強く頷く。
「うん」
「チッ、覚えてやがれよ」
ここのせが教頭を睨みつけながら後に続く。
恵は無言で会釈をし、ゆきは「うぅ……」と涙目をこすりながら職員室を後にした。
[職員室外]
重厚な扉が閉まり、廊下に静かな空気が戻る。
亜美は壁を背にしてうつむき、ピタリと動きを止めていた。
「祭乃木……」
良平がおそるおそる声をかけた直後だった。
「んんぁぁあああああっ!!!」
亜美が突然両腕を振り上げ、天井に向かって絶叫した。
「おわっ!?」
真横にいたここのせが肩を跳ねさせ、たまらず一歩後ずさる。
「耐えてたわよね!!? アタシ!!」
亜美は良平の肩をガシッと掴み、前後に激しく揺さぶった。
「え?」
「あのままいたらぶん殴るところだったわ!!! 偉いわよね!! ねぇ!?」
「間宮、ゴー」
ここのせが横から短い指示を飛ばす。
「偉いです、偉いです!!」
ゆきが慌てて背伸びをし、亜美の頭を両手でよしよしと懸命に撫で回した。
「でもこの学校……というか教頭って頭硬いとは思ってたけど、まさかあそこまでコンクリート級とは……」
良平は揺さぶられながらも、頬を引きつらせて苦笑いをこぼした。
背後で扉がスライドする音が響き、あかねが廊下へ姿を現した。
「みんな」
「あ、あかねちゃん」
亜美がゆきの手から逃れ、ばつが悪そうに頭を掻く。
「ちゃんじゃありません、先生です……といいたいですが、これじゃ先生失格ですね……」
あかねは力なく肩を落とし、自身の足元へ視線を落とした。
「そんな……! 中河西先生のせいじゃないです!」
ゆきが首を横に強く振る。
「それに俺達は別に試供品が欲しくて戦ってたわけじゃないですしね」
良平がフォローを入れるように穏やかな声を出す。
「それでも、せっかく頑張ってる生徒を褒めてあげられないのは大人として恥ずべきことです」
あかねは拳を強く握りしめ、自身の唇を噛んだ。
「そう言ってくれるだけで、少しは胸がスッとするわ。さっきだってあかねちゃんが怒ってくれたからアタシは耐えられたもの」
亜美が腰に手を当てて笑いかける。
「しっかし随分気持ち良く言ってくれるじゃねぇか。偶々だなんだとよ。それに来年度だの学校教育だとか知ったこっちゃねぇってんだ」
ここのせが壁に寄りかかり、腕を深く組んだ。
「まぁ出来もしないデュエル教育をさも出来るかのように喧伝するのを良しとしない、っていうのはウチの高校らしいとは思うけどね。あの言い方は頭にくるよな」
良平も同意するように、小さく息を吐き出す。
恵は静かにその会話を聞きながら、無言のまま廊下の床を見つめていた。
「うぅ……わたしたちはこの学校に迷惑をかけているのでしょうかぁ……?」
ゆきが眉をハの字に下げ、両手を胸の前で組み合わせる。
「そんなことーーーー!!」
あかねが勢いよく顔を上げて否定しようとしたその時。
「それはどうかな」
廊下の奥から、聞き覚えのある声が響いた。
五人とあかねが、一斉に声のした方へ振り返る。
市原くるみが、規則正しい足音を響かせながらこちらへ歩み寄ってきた。
「話は聞こえていたよ。ただごとではないみたいだね」
「い、市原さん……?」
ゆきが瞬きを繰り返す。
「学校の言い分はわからないでもないさ。だがそれを我々学生に押し付けられてはたまらないよ」
くるみはあかねの横を通り過ぎながら、すらすらと持論を展開する。
あかねは何も言い返せず、静かに口を閉ざした。
「学校は校舎があって、教師がいて、校則があって、教材が黒板がチョークとその他諸々があって……」
くるみは五人の前でピタリと足を止める。
「そして――学生がいる。そういうもののはずだ」
「くるみん……?」
亜美が首を傾げる。
「ついてきて。見せたいものがあるんだ」
くるみは不敵に口角を上げ、そのまま踵を返した。
「見せたいもの?」
良平が問いかけるが、くるみは答えずに廊下を進んでいく。
亜美たちは顔を見合わせ、静かにその背中を追って歩き出した。
[体育館]
『ワーーワーーー』
『オォーオーオーオーオオオー』
体育館に近づくにつれ、地鳴りのような歓声が壁を伝って響いてきた。
「な、なんでぇ、随分騒がしいぜ……?」
ここのせが眉をひそめ、扉を見上げる。
「これって……まさか……?」
亜美は早まる鼓動を押さえるように、胸元に手を当てた。
「よっと!」
くるみが重いスライドドアに手をかけ、勢いよく開け放つ。
ガラガラッ、という無骨な音が響いた。
体育館の中には、数えきれないほどの生徒たちがひしめき合っていた。
先頭にはブラスバンドの楽器を構えた生徒が並び、後方にはボンボンを持った生徒群。
凄まじい熱気と興奮が空間を埋め尽くしている。
「あっ! 祭乃木さん!」
「え、うそうそ!」
主役たちの登場に気づいた生徒たちから、さらに激しいざわめきが巻き起こった。
「なぁっ……!?」
亜美が入り口で立ち尽くす。
「わぁ……!」
ゆきが両手で口を覆った。
「これは……!?」
良平が大きく目を見開く。
「な、なんでぇこりゃ……!?」
ここのせがたまらず一歩後ずさった。
「……推定、300名以上……」
恵は瞬き一つせず、網膜デバイスが弾き出した数値を淡々と読み上げる。
「――たとえ教師が認めなくても。校則が認めなくても」
くるみはゆっくりと歩みを進め、踵を返して五人に向き直った。
「君達の活躍は私たち学生が認めよう!」
くるみが高らかに宣言すると、彼女の背後に広がる生徒たちから一斉に歓声が上がる。
「い、市原さん……! これだけの数の生徒たちを貴女が集めたというの……!?」
あかねが震える声で尋ねた。
「いいや。私は何もしていないとも。そもそも最初は応援団ですらなかったよ。この学校でヒーロー部を応援していたのは水原くんだけだった」
くるみが視線を送ると、群衆の中から忠一が一歩前へ進み出た。
「いいや正直に言えば俺も最初は応援なんてしてなかった。くだらない。どうせすぐに負けるって思ってた」
忠一は首の後ろを掻き、視線を少しだけ逸らす。
「だが、初戦で奇跡を起こし、そこから勝ち上がり、あのデュエルアカデミアすらも打倒した。その姿に……惹きつけられた」
「私たちも最初は間宮さんのこと馬鹿にしてた……!! でも間違ってた! だってすごく頑張ってたから!」
「ただデュエルが強いだけじゃない! 一生懸命戦ってた……! だから応援しなくちゃって!!」
「私は、ただの冷やかしのつもりだった。でも、デュエルがあまりに熱くてついのめり込んじゃった。負けてられないなって思った」
生徒たちが次々と声を上げる。
「わたしも!」
「俺も!!」
「わたしも!!」
「君達ヒーロー部はいつも一生懸命だった。だから、ここまで集まったんだ。私はただ音頭を取っただけ。……水原くん、例のものを!」
くるみが指を鳴らす。
「はいはい」
忠一が懐から分厚い紙束を取り出し、片手でバサッと突き出して見せた。
一番上の紙には、びっしりと名前が書かれている。連名署名だ。
「な、何それ……?」
良平が身を乗り出す。
「サッカー部、野球部、バスケ部、水泳部にテニス部、バドミントン部や剣道部に柔道部の一部が力を貸してくれた!」
「運動部だけじゃない。科学部や手芸部、料理部の生徒たちもここにいる。無論学年もバラバラだがな」
くるみと忠一が交互に説明を重ねる。
「それに、ただ騒ぐだけではないよ。吹奏楽部、ダンス部、チアリーディング部の各顧問からは道具の使用許可と学外活動の許可も得てる! 生徒会執行部も許諾書に批准した!」
くるみが自慢げに胸を張った。
「これで計312名がお前たちの応援団となる」
忠一が紙束を軽く振りかざす。
「さ、312……!?」
亜美の声が裏返った。
くるみがビシッと指を突きつける。
「――今、学校中が君たちを応援している! 段取りは全てこの天才女子高生くるみん様に任せておきたまえ!」
「あとは、お前たちが勝つだけだ」
忠一が静かに口角を上げる。
「〜〜〜〜!!!!」
亜美は言葉にならない叫びを上げ、猛烈な勢いで駆け出した。
「わっ……とと」
「ぐっ……!?」
亜美はくるみと忠一の二人に同時に飛びつき、渾身の力で抱きしめた。
「アンタたち……ほんっっとありがと!!! 大好きよ!!!」
「ぅぅぅ……うわぁぁぁぁぁん……!」
ゆきは耐えきれず、その場にしゃがみ込んで両手で顔を覆った。
オイオイと肩を揺らすゆきの周りに、同級生の女子生徒たちが集まってくる。
「も〜、また泣いてる〜」
「こっちも泣いちゃうからやめてよ〜」
女子生徒たちが、しゃくりあげるゆきの背中や頭を優しく撫でた。
恵は無言のまま、自分の胸元にそっと手を当てた。
「へへ、こりゃ負けられねぇぜ? 良平」
ここのせがニヤリと歯を見せて笑う。
「負けるつもりでデュエルすることはないよ。ここのせもそうだろ」
良平が強く拳を握りしめた。
「だな」
「良平! ここのせ! ゆき! 恵!」
亜美がバッと勢いよく振り返った。
その瞳には強い光が宿っている。
「アタシ達もクヨクヨしてられないわ! 残された時間、死ぬ気で特訓しまくって絶対クイーンを倒すわよ!!」
「うん!」
「おうよ!」
「はい!」
「……ん……」
力強い返事が次々と重なる。
「さぁ、行くわよヒーロー部!!」
亜美が天高く拳を突き上げると、体育館に集まった三百人を超える生徒たちから、割れんばかりの大歓声が沸き起こった。
…………
……
…
[WSC決勝戦 前日の夜 プリンセスホテル スイートルーム]
ネオ童実野シティの夜景を見下ろす、最高級ホテルのスイートルーム。
分厚い絨毯が敷かれた静寂の空間に、カードを切る小気味よい音だけが響いていた。
クイーンは手元のデッキを揃え、アンティーク調の荘厳な鏡の前にそっと置く。
ゴトッ、という硬い音が室内に落ちた。
「ーーー……ふぅぅ」
クイーンが長く細い息を吐き出す。
しかし、鏡の向こう側に映る彼女の姿は、ピタリと動きを止めたままだった。
やがて、鏡の中のクイーンだけが、現実の彼女とは全く違う優美な微笑みを浮かべる。
『ーーやはり見えないようですね』
現実のクイーンの唇は閉じられているにもかかわらず、鏡の中の存在が紡いだ玲瓏たる声が空間に響いた。
「巫女にも見えぬものもある。万能ではないさ。貴女と違ってな」
クイーンは鏡越しに、自分と同じ顔をした者と静かに視線を交わす。
『まぁ。我は万能ではないと貴女も知っているでしょう?』
鏡の中のクイーンが小首を傾げる。
「それは失礼した。……しかし貴女の方から語りかけてくるとは珍しいこともあるものだ」
クイーンが目を細めると、鏡の向こうの彼女はふわりと目を伏せた。
『ふふ、久しぶりに楽しそうにしていたので』
「くっくっ。運命が見えぬとは実に良い」
クイーンは指先で、鏡の精緻な装飾をゆっくりとなぞった。
『あの娘はまるで太陽のようですね。あまりに強く輝き、その光を以てトモカラをも包み込む』
「そのような者は今までいなかった。ふふ、これだからデュエリストは良い。私も巫女ではなく決闘者として血が騒いでいるようだ」
クイーンの瞳の奥に、かつてないほどの熱い闘志が揺らめく。
鏡の中の彼女もまた、その熱意を慈しむように見つめ返していた。
『時には休息もいいでしょう。因果に巻き込んでしまったこの我が申しては貴女も鼻持ちならないでしょうが』
「なに、私も苦ではないよ。それに楽しみとはいえ彼女たちはまだ幼い。私はまだクイーンを降りるわけにはいかんよ。負けられぬのは此度も同じだ」
クイーンが毅然とした態度で言い切ると、鏡の中の存在は静かに頷いた。
『そうですか。では祈りましょう。貴女のディアハに幸運がありますように』
「くっくっ、神に祈られるとはまた異なことよ」
クイーンが肩を揺らして笑うと、鏡の中の神なる気配が潮が引くようにスゥッと霧散していった。
鏡面には再び、現実と同じように笑う本来のクイーンの姿だけが映し出されている。
直後、重厚な扉を叩く控えめな音が室内に響いた。
「姐さん、良いかの」
扉の向こうから絵草の声がする。
「ああ」
クイーンが短く応えると、ガチャリと扉が開いた。
「……対話はもういいのか」
続いて部屋に入ってきたアバンスが、静けさを取り戻した鏡とクイーンを交互に見やりながら低く尋ねる。
「そんな大層なものではないよ。ただの世間話だ。それより、彼女たちの様子はどうだ」
クイーンが振り返ると、絵草は肩をすくめて見せた。
「マスコミ共に集られちゃいるが、それ以外は平和そのものじゃなぁ」
「赤錆共が手出しするような動向は今のところ見られない」
アバンスが淡々と報告を重ねる。
「そうか」
クイーンは満足げに頷いた。
「まぁーそれにしても、運命力が強すぎて読み取れないっちゅうのは変な娘っこじゃな」
絵草が顎髭を撫でながら、カラカラと笑い声を立てる。
「くっくっ、油断すれば我々も負けるぞ?」
クイーンが挑発するように目を細める。
「なっはっは! 負けるかもしれん相手か、ええのぉ」
絵草は豪快に笑い飛ばした。
「誰が相手だろうと我々は負けるわけにはいかん」
楽しげな絵草とは対照的に、アバンスは険しい表情を崩さない。
「ふふ、それはその通りだが、此度はそんなに険しい顔で挑むものではないよ」
クイーンは窓際へと歩み寄り、眼下に広がる街の光を見下ろした。
「私と同じHEROの使い手、そしてその両脇を守る真に強き決闘者と星遺物を継ぐ者。まさに運命だ。くっくっ、心が躍る」
彼女は振り返り、サイドテーブルの上のデッキを手に取った。
「アバンス、エグザ、しばし付き合え。この昂りを抑えぬままに休息はとれん」
クイーンは流れるような足取りで二人の間をすり抜け、廊下へと歩み出す。
「承知した」
アバンスがすぐさまその後を追う。
「あいよっと」
絵草も気楽な返事を残し、部屋の扉を静かに閉めた。
…………
……
…
そして
[WSC決勝戦当日 ネオ童実野シティメモリアルスタジアム]
スタジアムの上空を何機もの報道ヘリコプターが旋回し、けたたましいプロペラ音を響かせている。
「今、まさに王者……いいやクイーンを決する戦いが始まろうとしています!! ご覧ください! この大観衆ーー」
熱を帯びたリポーターの声が、電波に乗って世界中へと配信されていく。
画面の向こう側では、かつて彼らと火花を散らした者たちもまた、その時を待ちわびていた。
……
…
とある大学の個室。
「すげー!! あいつらまさかここまでいくなんてなぁ!」
小春が身を乗り出して画面を指差す。
「あーあ、来年また、とか言わなきゃよかったかなぁ……」
レイラが頭の後ろで手を組み、苦笑いをこぼした。
「うふふ〜、わたしたちが迎えに行ってあげればいいのよぉ」
アリエルが両頬に手を当て、楽しげに目を細める。
……
…
遠く離れたストックホルムのフローリア邸。
「うぉぉっ、間に合えぇぇ!!」
廊下を猛烈な勢いで駆け抜けてきたヴァールが、そのままの勢いで床に滑り込んできた。
「うるさい、バカヴァール!!」
すかさずミーティスの容赦ない平手打ちが炸裂する。
「ぐぇ!?」
「人ん家で騒がないの!」
床に突っ伏したヴァールを跨ぎ、アルスが腕を組んでモニターを睨みつける。
「こんなときにまでアレが現れるとはな……! 試合は!?」
「まだ大丈夫だよ!」
セレナがテレビ画面から目を離さずに答えた。
……
…
とある薄暗いボクシングジムでは、鋭い呼気と空を切る音が響いていた。
「シッ! シッシッ!」
奥安は黙々とシャドーボクシングを繰り返す。
傍らに置かれたラジオからは、『今まさにWSG決勝戦がーー』という実況が流れていた。
……
…
足の踏み場もないほど散らかった薄暗い部屋。
「……」
時松もこは無言のまま、凄まじい速度でキーボードとマウスを弾き続けている。
三台並んだモニターの端の一つにだけ、『始まろうとしています! ご覧くださいこの大観衆ーー』というスタジアムの映像が映し出されていた。
……
…
別の静かな一室。
井ノ神はテレビ画面に映るスタジアムの光景を、静かに見つめていた。
「君らは僕らの星だ。最後まで輝いてくれ」
……
…
窪川フードコンポーネンツ、本社ビルの社長室。
革張りの椅子に深く腰掛けた窪川が、手元のワイングラスを軽く揺らす。
「ふふふ、さて、君はどんなデュエルをするのかな日和田くん。星を墜した君がどこまで飛べるのか楽しみだよ」
[ネオ童実野シティメモリアルスタジアム 内通路]
無機質なコンクリートの通路に、五つの足音だけが規則正しく反響している。
亜美、良平、ここのせ、ゆき、恵。
誰の口からも言葉は発せられない。
固く結ばれた唇と、前だけを射抜くような鋭い視線が、彼らを包む空気の重さを物語っていた。
「アナタたち、そんなお堅い顔似合わないわヨ、HEROs」
不意に、仄暗い通路の先から声が響いた。
五人の足がピタリと止まる。
張り詰めていた亜美の表情から力が抜け、その口角が好戦的な弧を描いた。
「うるさいってーの! アンタたちこそ、似合わず面倒見がいいわね美優! いやチームツンドラ!」
声の主たちが、照明の下へと歩み出てくる。
通路を塞ぐように横一列に並んでいたのは、神川美優を筆頭とするチームツンドラの五人――ツァン、雪乃、唯信、麗華だった。
「Wow ビッグマウス!」
神川が大げさに肩をすくめ、両手を広げてみせる。
「うふ、私たち意外と優秀で面倒見がいいのよ?」
雪乃が口元に手を当て、上品な笑い声をこぼした。
「よく言うぜ」
ここのせは肩をすくめて鼻を鳴らす。
「別にあんた達を見送りに来たんじゃないから! ボクたちはスタジアムマネージャーだから! 勘違いしないでよね!」
ツァンは顔をそっぽに向けながら、早口でまくし立てた。
「あはは……」
ゆきが眉尻を下げ、苦笑いを浮かべる。
唯信は無言のまま、鋭い眼光を良平に向けた。
良平もまた逃げることなく、その視線を真正面から受け止める。
言葉のない、決闘者同士の静かな交感だった。
「試合はあと30分で開始します。控え室で待機してください」
麗華が手元の端末から一切目を離さず、事務的なトーンで告げる。
恵は瞬き一つせず、その言葉を処理するように小さく頷いた。
「わかってるわよ。ここにいちゃ、リポーターが押しかけてくるかもだし」
亜美が再び歩き出し、彼女たちの横を通り過ぎた時だった。
「HERO girl!」
神川の声が、再び通路に響き渡った。
「何よ?」
亜美が肩越しに振り返る。
「クイーンは強いわヨ。勝機はあるのかしら?」
神川は腕を組み、値踏みするような視線を投げかけた。
「ハッ! そんなもんあるに決まってるでしょ!」
亜美は振り返り、両手を腰に当てて堂々と胸を張った。
「へぇ。それってどれくらい?」
亜美の唇が、ニィッと大きく吊り上がる。
彼女は神川を真っ直ぐに見つめ返し、パチンと右目を閉じて見せた。
「99%!!」
「!」
神川の目が僅かに見開かれる。
『デュエルは最後までわからない! ーー99%わからないから!!』
かつて、圧倒的な逆境の中で亜美が放った不屈の言葉が、神川の脳裏に鮮明に蘇った。
「アッハッハッ!! それでこそHERO girl! それでこそHEROs!」
神川は天を仰ぎ、通路の空気を震わせるほどの高笑いを響かせた。
「いいわ、最強の高校生の名はしばらくは預けてあげる! 最強無敵のQueenに胸を張って挑んできなさい!」
「言われるまでもないってーの! 行くわよ!」
亜美は踵を返し、今度こそ力強く床を蹴った。
良平たちがそれに続き、チームツンドラの五人が開けた道を真っ直ぐに通り抜けていく。
スタジアムの入場ゲートへと向かう彼らの背中を追うように、一陣の風が吹き抜けた。
その風は高くそびえるスタジアムの屋根を越え、どこまでも続く青く澄んだ空へと、一直線に駆け上がっていった。
第49話
『WSC本戦決勝 VSチームディスティニー』
デュエルスタンバイ!