コンコンと研究室の扉をノックの音に、私は羊皮紙に向かっていた手を止めて扉を開けると、そこには顰めっ面のスネイプ教授が立っていた。
「教授? どうかしました?」
「今は闇の魔術の防衛術の授業ではなかったか?」
「本日は体調が悪いので」
ギロリと教授の目が上下に動いた。
「……見たところ、健康そうに見えるが?」
「煩い所にいると頭痛がするんですよね。コレのせいで聴力が上がってるからでしょうけど。
あの人の授業は基本、煩いので予防的に自主休講です」
髪の毛に隠れるほど小さくなった猫耳をぴこぴこと動かしてやれば、スネイプ教授は若干声量を落としてくれた。
「それ以外に不調は無いのか?」
「無いですよ。そんなに気を使わないで大丈夫ですって」
誤飲事件から日に一度は、研究室に尋ねてくるスネイプ教授に、クルッとその場で回って体調に問題ないことを示せば、スネイプ教授は眉間に皺を寄せた。
「未調整の魔法薬を誤って飲んだのだ。今は問題なくても後からどのような事になるか分かったものでは無い。
少なくとも薬が抜けるまでは詳細な検査を続けるように」
「分かってますって。用事はそれだけですか?」
「いや、こっちが本題だ。まさか今の時間に居るとは思わなかったのでな。机に封書を置いて帰るつもりだったが……」
部屋に1歩踏み込んだ教授は目を大きく見開いた。
「……セネット。この前、部屋は片付けたと言わなかったか?」
「はい。教授も確認しましたよね? で、この部屋を使い続けても良いと許可貰いましたね」
「ああ。あれから1週間とたっていないはずだが、何だこの有様は」
「……ちょっとだけ散らかってます?」
「コレがちょっとに見えるのなら貴様の目は節穴どころではないな」
スネイプ教授の眉間に皺が寄るのが見えた。
それ程だろうか? ちょっと床にメモ代わりにした羊皮紙が散らばり、テーブルに薬剤が散らばっているだけだが……。
何かを見つける度に、眉間の皺が酷くなるスネイプ教授。よろしくない兆候だ。どうにかして誤魔化さなくてはなるまい。……そうだ。
「最近、どうにも体が怠くって。薬の影響ですかね?」
よよよっと傍の本の山にしなだれかかると、スネイプは一瞬目を眇めた後、呆れたような表情になったが何も言わなかった。
その翌日、またしても研究室のノックの音に私が扉を開けると、そこに立っていたのはスネイプ教授では無く、ウィーズリーの双子だった。
よし。私は何も見なかった。
「――ちょっ! 待ってくれ。ベス! ドアを閉めないでくれ。フレッドの足が! 足が挟まってる!」
薄暗くて分からなかったが、ドアの下の方で黒い何かがモゾモゾと動いている。
舌打ち一つ。仕方なしに扉を開けると、大袈裟に足を押さえたフレッドがその場に蹲っていた。
「酷いなぁベス。いきなり閉めるなんて!」
「そうだそうだ!」
「見ろ! お陰でこんなに腫れちまった」
「なんて事だ、まるで象の足だ!」
そう言って自分の足を突き出すフレッドの指先には、3倍にも膨れ上がった足首があった。
「……偽物でしょ。それ」
「バレたか」
ニヤリと笑ったフレッドが足首を掴んで引っ張るとスポンと音を立てて偽物の足がズボンから抜けた。
その下から現れた本物の足には、傷ひとつない。
フレッドが手に持つ偽物の足に目をやると、途端にぷしゅぅと音を立てて萎んでいった。
「衝撃を与えるとその部分が3倍に膨らむ足だ。名付けて『偽足』。手バージョンもあるぜ」
「しっかし、直ぐ見破られちまったな。やっぱり3倍に膨らむのはやり過ぎか?」
「イヤイヤ、見た目のインパクトは重要だと思うぜ」
「足首だけじゃ無くて靴まで膨れたら直ぐにバレると思うけど?」
「「そこか!」」
盲点だったと双子が揃って額に手を当てた。
「それで、双子が何の用なの? こんな悪戯グッズを見せびらかしにきたんじゃ無いんでしょう?」
その場で、あーだこーだと意見を交わす双子に、萎んだ偽足を弄るのにも飽きた私が尋ねると、双子がノンノンと首を振った。
「勿論、コレがメインだ」
「他にも用事はあるけどな。何せ俺たちは『悪戯仕掛け人』だからな!」
「そう……」
そっとドア閉めようとすると、慌てて双子に止められた。
「まぁ聞いてくれ。メインじゃ無い方の用事の事なんだが、昨日スネイプに罰則をくらっちまってな」
「いつもならトロフィー室の掃除なんだが」
「今回はこの部屋の掃除って事になってな」
「しかも2週間だぜ?」
「……は?」
思わず低い声が出た。
掃除? 2週間? つまるところ、この双子が私の研究室に居座るって事?
「ちょっと教授に抗議に行ってくるから、そこを退いてくれる?」
「あ、ああ」
ズサっと道が開いた廊下を私は足音高く、教授の部屋を目指した。
2時間後、戻ってきた私を出迎えたのは綺麗になった研究室の床に座り込み、悪戯グッズを広げている双子だった。
「おかえり、ベス。紅茶借りてるぜ」
「どうだった? って聞くまでも無いか」
あれからスネイプ教授の部屋に突撃してアレコレ文句を付けてみたのだが、双子の罰則が変わる事は無かった。
スネイプ教授は、「ミス、セネットは体調がよろしく無いようですからな。ウィーズリーに掃除をしてもらえればちょうど良いのでは無いか」と言っていたが、教授が親切心で言っていない事は明白だ。
言葉の裏を読めば、ウィーズリーに罰則を与えると同時に、この数日で部屋を散らかし尽くした私にも罰則を与えようと言う事だろう。
双子がスパイかもしれないと訴えても聞く耳は持たず、逆に研究者ならスパイがいる前提で活動するモノだと説教される始末。
どうにもこうにも踏んだり蹴ったりだ。
「……とりあえずウィーズリーはこれにサインして」
「何だこれ? 魔法誓約書?」
「簡単に言うと、ココでの知り得た秘密を漏らすと罰が与えられる魔法契約よ」
「罰って何だ?」
「漏らした秘密に寄るけど、基本的には死よ」
ピタリと双子の手が止まった。
「冗談よ。顔中に刺青のようなアザが浮き上がり、激痛が走る。解除されるまではそのまま。まぁ、そんな事になったら表を歩けなくなるから社会的な死という意味では同義ね」
「なかなかヘビーな罰だな」
「当たり前でしょ。魔法薬界じゃ情報一つで死活問題よ? コレでも大分緩い方よ」
「コレで緩いのか……」
絶句した様子の双子だが、秘密を漏らした直後、周りを巻き込んで爆発四散するような契約にしていないだけ有難いと思って欲しい。
床に直置きされてきたティーポットを双子から奪い取ると砂糖を4つ入れて、一気に呑み干す。
疲れた頭に糖分が染み渡っていくのがよく分かった。