ポリジュース薬、誤飲事件から1週間。
頭に生えた猫耳はすっかり消えてなくなった。
検査結果も問題なし。薬の残留物の反応も無く、スッカリキッカリ完治だ。
実験は
おかげで机の上には羊皮紙の束が山と積み重なって今にも崩れそうだ。
「サンプルが多いのは我が家の強みよね」
年齢層に偏りはあるものの、この短期間ですでに50例。
ホグワーツ内で被験者を募っていてはできない芸当だ。
私は新たな試験薬にラベルを貼ると、窓枠に止まっていたフクロウに託し、肉を与えて送り出す。
「少し休憩するかな」
あのフクロウが再度帰ってくる頃には夜中だろう。
その間に食事を取っておこうか。でもまだ大広間は開いていない。なら先にシャワーを浴びてこよう。そうしよう。
そう考えていると、ガチャリと研究室の扉が開いた。
「よ、ベス。掃除に来たぜ」
「ついでに、俺たちの新しい悪戯グッズ見てくれ。こいつをどう思う?」
ウィーズリーの双子がやってきた。
「イリス? ちょっと授業で分からないところがあって、教えてもらってもいい?」
その双子の背後から顔を覗かせたのはサリーだ。
なぜかこの所、研究室に入り浸るようになったサリーは、双子とも仲が良い。もしかしたら、双子のどちらかに気でもあるのだろうか?
「どうかしたの? イリス?」
まぁ、サリーに限ってそれはないだろう。
「……なんでもないよ。見せて。ああ、それと、双子の方は今日は掃除はいいから。汚れてないし」
「おいおい、どこを見て言ってるんだ?」
「そうだぞ。 ンッンッ――ミス、セネット? この窓枠についている土汚れが見えないのですか? これで良く汚れていないと言えたものですね。スリザリン、5点減点」
気持ちの悪い女声を出しつつ、ツーッと窓枠を指先で拭ったジョージがマクゴナガル教授の真似をする。
微妙に似ていないそれは強調された仕草も相まって非常に気持ち悪い。
「分かった分かった。机の上の物には触らないでよ」
さっさと済ませて帰ってもらおう。
私がしっしっと双子を追い払う仕草をすると、双子がポンと手を叩いた。
「そうだ。忘れてたぞ兄弟」
「そうだそうだ。今日はもう一人勉強を見てやって欲しい奴がいるんだ」
「あのね。ここは塾ではないし、私は教師では無いの。勉強は先生たちか、知り合いなら双子に見てもらいなよ」
「あ。……そうだよね、ごめんねイリス。やっぱり先生に聞きにいくから」
「サリーは良いのよ。色々手伝って貰っているからね」
「ホント?」
「ええ」
「俺たちだって毎日やって来ては掃除してるぞ?」
「双子のは罰則でしょ? それに、半分はあんた達が持ち込んで散らかした悪戯グッズじゃない」
今や研究室の半分は双子によって持ち込まれたテーブルやソファでまるでサロンの様になっている。
さらに最近は運び込まれた小さな戸棚に何に使うのかも分からない葉っぱや木の枝。触媒のカケラなどが詰め込まれており、(まるで
おかげで報告書を読んでいると衝立の向こうから小さなカエルやら、でかいカエルが飛んでくるありさまだ。
本当に心臓に悪い。
「まぁ、そこをなんとか頼む。教えて欲しいって言ってたのは魔法薬学だし、俺たちが聞いてもサッパリ分からんかった。それにグリフィンドールがスネイプに直接聞きにいくのは……その、アレだろ?」
比較的甘い対応のスリザリン生でも、スネイプ教授に質問に行くものは猛者と呼ばれる程だ。
グリフィンドールなら尚更だろう。
「それに今なら食堂でくすねて来た高級チョコレートもつけるぜ」
「……まあ、それなら少し見てあげても良いけど」
決してチョコレートに釣られたわけでは無い。
少しだけ小腹を埋める何かが欲しかっただけだ。
「よっしゃ。ベスならそう言ってくれると思ったぜ」
「おーい、ジニー。許可が出たぞー。入ってこい」
双子に呼ばれて入って来たのは、赤毛の小さな女の子だ。
少し寝不足気味なのか、目の下のクマを化粧で隠しているのが分かる。
オドオドとしきりに部屋の中を覗う様子は小動物を思わせた。
「双子の妹?」
「お、よく分かったな。末の妹だ」
「グリフィンドールの赤毛だし」
「ジネブラ・ウィーズリー。ジニーよ。よろしくね」
「イベリス・セネット。それで? どこが分からないの?」
握手もそこそこに問いただすと、ジニーは抱えていた一冊の本を掲げた。
「えっと。……この本に書かれている『不死薬』についてなのだけれど――」
「ちょっと、ちょっと待って。この本、どこにあったの?」
ジニーが抱えている本の背表紙を覗き込むと、そこにあった著者の名前はアルバート・セネット。
私の父の名前だ。なんでコレがこんな所にあるのか私は頭を抱えたくなった。
どうせ寄贈という名目で勝手に書架に押し込んだに違いないが。
「図書館の1番右奥の棚にあったわ」
「あぁ、そう。……遮って悪いね。何が分からないの?」
「大丈夫よ。それでこの『不死薬』についてなのだけれど、斬新な切り口で驚いたわ。今までおとぎ話でしかなかった『不死薬』についての考察と製法が記されてる。だけれど、あたしの考える限り、この通りに作っても望み通りの効果が出ないはずなの。
ホラ、ここを見て――」
立板に水のように話し始めたジニーの話をふんふんと聞いていると、双子がサリーを連れてテーブルに移動したのが分かった。
どうやら話が長くなりそうな気配を察して、サリーの勉強も見てくれるらしい。
それは助かるのだが、どちらかというと喋り続ける妹の方をなんとかしてもらえないだろうか?
ジニーの説明はまだまだ続いていた。
「――で、ここでホダックの目を投入するのだけど、あの目は火属性じゃなく、土の属性よ。紛らわしいのだけど、アレは実際に燃えているわけじゃ無い。
魔力の揺らぎがそう見せているだけ。
そしてここで問題になるのが、投入直前の大鍋の中の属性は水だ。
ここの注釈によれば、ホダックの目を投入する事で、属性の相反とそれによる不活性化を狙うとあるが、土の属性であるホダックの目を投入した所で相反が起こるはずがない。
単なる記述ミスか?
もしそうなら僕は、グランバンブルを投入すべきだと思う。アレは虫であるには珍しく火の属性が高い。しかし後述されているこの部分読み解く限り、七日七晩眠らないという効能が必要になる。この効能はホダック特有の物だ。つまり、ここは記述ミスではなく、意図的に記載していることになる。
しかしこの効能はホダックの目では無く、角に宿る効能だ。そうなると何故、最初にホダックの目を投入したのかが疑問に残る。その上――」
話が進むうち私は唸った。
ジニーは、よほど勉強したのだろう。
多くの学生はおろか、専門の薬師でも適当に扱うことの多い属性を把握し、効能がどの部分に強く宿るのかもしっかりと認識している。
もしかしたら寝不足なのは、コレを調べていたからだろうか。
それにしても凡百の1年生にしては、出来過ぎの解釈。学生にしておくにも惜しいほどの知識。家が家なら、天才だと持て囃されたのかもしれない。
「これ、実際に作ってみたの?」
「いや、残念ながら時間が無かった。だが、たんなる戯言として切って捨てるには辻褄が合いすぎる。
著者は意図的にこの部分を改竄したような気さえするんだ」
「そ。じゃあちょっとやってみましょ」
「なに?」
「写真は千の言葉に値するのよ」
私は薬棚から取り出した溶液を混ぜ合わせ、水の属性を持つ薬液を少量生成する。
それを一番大きく頑丈な大鍋に投入すると、薬品棚を探った。
炎のように揺らめくホダックの目は、新鮮なうちに採取した証だ。
小瓶から小さめの目をひとつ選び取るとジニーに渡す。
「ホダックの目よ。あっちの大鍋に入れてあるのは属性だけを限りなく合わせた薬液。要はレシピのあの部分の再現よ。どうなると思う?」
「……水と土の属性は親和性が高い。水の薬液にホダックの目は溶け出すだろう」
「残念。ハズレ。ホダックの目は死んで暫くたってから採取すると土の属性となるけど、新鮮なうちに採取すれば火の属性のままよ」
ジニーの手からホダックの目を掴み取り、私はヒョイと大鍋に投げ入れると杖を掲げた。
「プロテゴ・マキシマ〜最大の守り」
眼前に最高硬度の盾が形成された瞬間、大鍋が爆発した。
衝撃波に部屋が揺れ、盾の範囲から外れた棚から何本もの瓶や本が吹き飛び、床に散乱する。
亀裂の入った盾の呪文越しにもうもうと白煙が上がる大鍋を見て、ジニーは口をぽかんと開けた。
「ジニー! ベス! 大丈夫か! 何があった?」
ドタドタと研究スペースに入って来た双子に「少し実験しただけ。怪我は無いわ」と告げると窓を開けて煙を逃す。
ホグワーツの尖塔に向かって登っていく白煙を見ながら、私は人生で上から数えて2番目に匹敵するような大爆発だったなと少し懐かしくなった。