「……ねぇ。ジニーって、ジニーじゃないよね?」
そう言った時、ジニーが何故かゾッとした笑顔で笑った気がした。
私より小さい背中しか見えないのに、彼女の雰囲気がすごくおどろおどろしい物にも見える。
「いつから気付いていた?」
ティーポットを片手にくるりと振り返ったジニーは、さっきまでと同じ笑顔だが、何故だか凄く冷たく感じる。
ああ、そうか。目が笑ってないのか。
彼女の目はじっとこちらを観察する目だ。
まるで研究者が、ラットを観察するときのような感じがする。
「最近? かな。でも、この調合を手伝ってもらおうと思った時には気づいてた。そうじゃなきゃ、いくら優秀でも1年生に手伝いなんて頼まないよ」
「へぇ」
短く返事したジニーはティーポットから優雅とも言える動作でカップへ紅茶を注ぐと自分と私の目の前に置いた。
「初めは私やサリーの前だから猫かぶってるのかなって思ってた。でも双子にも同じ感じで喋ってたし。
普通、猫被るなら身内じゃなくて他人に対して被るでしょう。自分の素の状態を知られている兄弟に猫被る意味なんて無いもの。
それ以外だと二重人格、トランス、降霊術、演技。色々考えたけど、降霊術が一番それっぽいかなと思って。
つまり今、私と話している貴方はジニーに降りた霊。あってる?」
ジニーはニヤリと笑うと、パチパチと拍手した。
「素晴らしい推理だ。厳密には違うが、スリザリンに1点をやろう。まぁ、僕としても女子の演技は素人だ。同性にそこから見抜かれても仕方ないな」
「え? 普段はジニーで、偶に憑いた貴方が出てくるのじゃなくて、普段から貴方なの?」
「は?」
てっきり誰にも見えないゴーストのような形で普段は出歩き、偶にジニーの口を借りて喋っているのかと思っていたが、普段の仕草から口調まで全て霊の仕業だったのか。
あの、双子の前でしていた妹然とした甘えた仕草も、サリーの恋愛話にうんうんと聞き入っていた乙女な一面も、全て霊の
「……あの、ちなみにだけど貴方って男の人、よね?」
「……そうだ」
「そう……演技、じょ、ジョウズダッタト、オモウ、ヨ」
「……」
き、気まずい。沈黙したままのジニー、もとい霊の顔がまともに見れなくなった私は目を泳がせると、お菓子の缶に目を止めた。
「あ、ホラ。紅茶にはお茶請けがいるよね。サリーが持って来たお菓子缶でも開けちゃおう。そうしよう」
「あ、おい待て」
バカンと音を立てて開いたお菓子缶から飛び出したのはクッキーやブラウニーでは無く、無数のカエル。
緑に黄色に赤にオレンジ。色とりどりのカエルが宙を舞う。
ああ、綺麗だ。とすごく場違いな感想が浮かぶくらいには、私の思考はから回っているようだった。
気を取り直したのは、ジニーが双子作のカエルを吐き出し続けるお菓子缶を閉め、消失呪文で部屋中からカエルを消し去った後の事だった。
「えーっと、なんて呼べばいい? ジニーに取り憑いた人」
紅茶を淹れ直し、カエルの鳴き声が聞こえなくなった部屋で、私たちは再度テーブルを挟んで向かい合った。
「トムだ」
「そう。トム。それで、トムは私に何の用だったの? 何か用があったから、ジニーの演技をしてまで近づいたんでしょう?」
「別に、当初は君に興味など無かった。ただ、君を殺そうとした犯人が継承者の名を騙った事が気に障ったからね。犯人を調べるついでに君のことを調べた。それだけだった」
「私が殺されそうになった事件って……。あれ、ちょっと魔法薬を間違えて飲んじゃっただけよ。サリーが大袈裟に騒いだだけで――」
「そうだろうな。調べるうちにそれは直ぐに分かった。あれは単なる不注意から来る事故だ。だか、君を調べるうちに面白いモノを見つけた。コレだ」
トムがローブから取り出したのは、いつかスネイプ教授に取り上げられたアルバート・セネット著の本だった。
禁書の棚から失敬してきたのだろうか。
「僕は、サラザール・スリザリンの継承者としてホグワーツを統治する。そして同時に不死を目指していてね。在学中、色々と不死の方法を探っていたんだ。だがある方法を除いて不死は僕が望むような姿では無かった。
だが、この本に書かれた『不死薬』はどうだ? 賢者の石で作られる命の水のように飲み続け、ただ寿命を伸ばすような紛い物の不死でもなければ、ユニコーンの血のように呪われる事もない。
不死鳥のように生と死を繰り返す類でも無ければ、分霊箱のように魂を分ける必要は無く、ただ作り出した薬を一度飲めば良い。それだけで完璧な不死だ。
寿命で死ぬ事もなく、怪我で死ぬ事もなく、死の呪文でも死ぬことは無い。
殺す方法はたった一つ。反対薬を煎じて飲ませる事。
コレこそ、完璧な不死だ。僕の在学中からたった30年でコレほどまでに画期的な発見が生まれるとは思わなかった。
惜しむ点はコレが未だ理論止まりだと言う事。
……いや、不死は僕一人で良い。そう言う意味では、コレは惜しむ点にはなり得ないな」
「貴方が継承者だったの」
「そうだ。本来なら、ジニーの魂を完全に塗りつぶして実態を得てから動くつもりだった。ハリー・ポッターに会い、とある事を聞き出してからホグワーツを、ひいては魔法界を掌握する。最も、そちらに関してはもう一人の僕の仕事になるかもしれないが」
「もう一人の僕?」
「おや? 気付いていなかったか? ……ああ。僕のフルネームを教えていなかったね」
トムは杖を使うと空中に文字を書き出した。
「僕のフルネームは、トム・マールヴォロ・リドル。つまりはこう言う事だ」
トムが杖を振ると文字は並びを変える。
「俺様は、ヴォルデモート卿だ」
「……貴方が、あの『名前を言ってはいけないあの人』? いや、その分霊ね」
「素晴らしい。スリザリンに5点」
トムはパチパチと大袈裟に拍手した。
「その発想力。ここ数日で嫌と言うほど見せてもらった。全く恐れ入るよ。この僕の頭脳を持ってしてもどうしてそことそこが繋がるのか理解できない事が多々あった。
最も、魔法薬以外に関しては、その発想力は発揮されないみたいだが。
流石はこの『不死薬』の著者、アルバート・セネットの娘だと言うべきかな」
「単純に魔法薬以外は興味が薄いだけよ」
私は紅茶に砂糖を入れると、こくりと飲み、クッキーを摘んだ。
「驚いた。君は僕がその紅茶に毒を入れるかもとは考えないのかい?」
「あー、殺そうとするなら機会は何度もあったし、わざわざ紅茶で殺すほど殺し方に困っていないでしょう?」
魔法界には死の呪文という手っ取り早い方法があるのだ。
目を泳がせてそう言うと、トムはクッと笑ってカップを手に取った。
「確かにその通りだな。紅茶は相手を殺すものではなく、相手と対話し、飲むものだ。それに君には価値がある」
「父様に会いたいの? うちの屋敷に行けば私を通さなくても会えるよ?」
「アルバート・セネットに興味はあるが、君の価値とは結びつかない。君の価値とは魔法薬学の知識と、発想力。そしてその将来性だ。どうかな? 僕の従者として働く気は無いか?」
「それは私に死喰い人になれって事?」
「いや、僕個人がこれから作る組織の従者だ。僕は
次いでトムが言うには、私の父にはダンブルドア校長の監視がついている筈であり、これから勢力を拡大するに当たって初期に勧誘をかけるには適さないらしい。
監視から即座にダンブルドア校長に連絡が行き、勢力拡大前にこちらが潰される可能性が高い、と。
また、父は既にヴォルデモート卿の息がかかっている可能性が高いとも言った。
「父様が死喰い人……。父は純血じゃないですよ?」
「死喰い人は、純血至上主義だが、純血のみで構成されているわけではない。
それに彼は優秀な魔法薬師であり、不死性の解明に一役買った人物だ。不死性の秘密の解明を目的の一つとするヴォルデモート卿が彼に目をつけないはずが無いだろう。
どうした? 父親が死喰い人だと分かってショックか?」
「いえ、うちの金回りの良さとか、人体実験におけるサンプルの多さとか、いろいろ腑に落ちただけ」
今までは魔法薬の特許や、パトロンからの資金援助、アズカバンの罪人でその辺りが成り立っていると考えていたが、それだけではなく、死喰い人としての伝手もあったのだろう。
「さて、選択の時間だ。僕の組織の初の従者となるか、ならないか。
従者となるのなら、君が思う存分に魔法薬学に浸れる環境を。
ならないのなら、
どちらが良い?」
トムは杖を抜くと、私に向かって突きつけた。
「その環境は、今より良い環境?」
「君の実家と比べるなら直ぐには無理だが、いずれ。
ここと比べるなら直ぐにでも君の城を用意しよう」
「それなら選ぶ方は決まっているね」
私が右手をトムに差し出すと、トムは「そう言うと思っていた」と言い、杖をしまって右手を差し出した。
「最も、まだ名前も決まっていない組織だ。全ては明日、僕がハリー・ポッターとの決着をつけた後に始まる」
トムは言い、私たちは固く握手した。