「あのジニーは、トムじゃなかったなぁ」
医務室を出た私が小さく呟き、天を仰いだ瞬間、拡声魔法で強調されたマグゴナガル教授の声が廊下に響いた。
「皆さん! 朗報です。秘密の部屋に連れ去られた生徒は無事に帰ってきました! 継承者も倒されました!
秘密の部屋は、閉じられたのです!
皆さん、起きている者は寝ている者を起こして大広間に集合なさい。……パーティです!」
途端に城が揺れたかと思うほどの歓声が上がった。
上空から聞こえる歓声は、おそらくグリフィンドールと、レイブンクローの寮から。
下はスリザリンと、ハッフルパフから。
城が一体になったかのような歓声の後、バタンと扉が勢いよく開いては騒々しく駆ける音が微かに聞こえてくる。
みんな、大広間を目指しているのだろう。
このまま廊下に居て、生徒の波に轢き潰されてはたまったものではない。
私は急いで手近な空き教室に逃げ込んだ。
……トムは死んだのだろうか?
元々霊体のため、生きているという表現が正しいのかは分からないが、とにかく継承者が倒されたということはトムはこの世から居なくなったのだろう。
「残念、だなぁ」
借り物ではない私の研究室、私のお城、欲しかった。
何より見た目が同世代で話が合い、疑問を投げかければ打てば響くような回答をしてくる人物。
その上、私の望むままの環境を用意しようと言ってくれる人。
この先、探しても見つかることは無いだろう。
喧騒が去って暫く、私が大広間に赴くと立食形式でパーティが既に始まっていた。
何故か壁際にいるウィーズリーの双子が杖を振ると、壁際に1列に並んだ筒から花火がポンポンと上がる。
次いで軽やかな弾けるような音と共に広がった火花は、チョコレートに代わり、皿の上に狙い澄ましたかのように落ちていく。
どうやら新作の悪戯グッズのようだ。
中央のテーブルには本日の主役であるポッターとウィーズリーがいるのだろう。
誰も彼もが、この騒動の解決者で立役者であるハリー・ポッターの話が聞きたくて、彼らのテーブルの周りには二重三重の輪が出来ている。
その輪から外れるようにして、仲間内で小さく輪を作り、パーティを楽しんでいる組の中に見知った顔を見つけた私はそのグループに近寄った。
「や、マルフォイ」
「ん? なんだ、セネットか。あっちには加わらないのか? ポッターが有り難くも武勇伝を披露してくれているぞ」
「さっきまで調合しててね。生憎、事態にさっぱり追いつけないのよ」
マルフォイが怪訝な顔をして眉根を寄せた。
「調合って、こんな時までか?」
「こんな時だからこそしないといけない調合もあるの。例えば、ほら」
私が指さしたのは、大広間のドアからちょうど入ってきた石化が解けた一団だ。
「ハリー!」と先頭で入って来たハーマイオニーが叫び、一瞬静まりかえった大広間がわっと弾けた。
「なんだ。穢れた血も治ったのか。あのまま、石になっていれば良かったのにな」
「石になったままだと、私の調合技術が疑われちゃうわね」
「そういう意味じゃ……いや、いい。お前とまともに話せると思った僕が愚かだった」
「失礼ね」
テーブルに置かれたカクテルグラスを手に取ると、中身も見ずに煽る。
強烈なトマトの味。
次いで若干のお酒が入っているようで、喉奥で焼ける感覚が気持ちいい。
「美味し。何て名前なの?」
「全く、僕のだぞ? 頼みたいなら屋敷しもべ妖精に自分で頼んでくれ」
そう言いつつも、指を鳴らして新たな2杯のカクテルを用意するあたり、マルフォイは紳士だ。
「お酒なんていいの?」
「どうせ、咎められやしない。誰も彼もポッターに夢中だろうからな」
「そう言うと、ポッターに振られて拗ねた恋人みたいね」
「っ! 誰が恋人だ!」
顔を赤らめてギャイギャイと反論するマルフォイを適当に宥めていると、唐突にマルフォイが話を変えた。
「そういえば、寮対抗杯の得点見たか?」
ここ数日どころか数ヶ月、寮杯の得点など気にしていなかったが、例年通りスリザリンがトップを取っているのだろう。
そう聞くと、マルフォイは苦々しく口を歪めると首を振った。
「いや、グリフィンドールに取られた。それもついさっき、宴会が始まる前だ」
「さっき?」
「そうだ。グリフィンドールが一瞬で400点増えた。
……まぁ、理由は分かる。
ポッターとウィーズリーがこの事件を解決したからな。その分の点数といったところだろう。
一人につき200点か? いかにもグリフィンドール贔屓のダンブルドアがやりそうな事だ。
おかげでこっちは積み重ねたリード含めて、パーだ。
ああ、全くやりきれないね」
「何点、差が付いたの?」
「ざっと200点。クィディッチでも無ければ、今から挽回は不可能だ」
マルフォイは不満げな顔のままグラスを煽った。
「ふぅん」
「興味なさそうだな。スリザリンが2年連続で負けるんだぞ?」
「それで何かが変わるならだけど、何も変わらないでしょう?」
精々、寮杯の置き場所くらいだろう。
優勝したからって食事が美味しくなったり、寮の設備が変わったりする事はないのだ。
「相変わらず個人主義だな。レイブンクローの方が似合っていたんじゃ無いか?」
「嫌よ。私は勉強は嫌いなの」
「魔法薬学だって同じだろう?」
「違うわよ」
「そうか? ……まぁいいや。セネットの方の研究? で点は取れないのか?」
「今日レポートを出したから直に入るだろうけど、去年の点数と同じなら精々30点てとこでしょ」
「それじゃ、全然届かないな。……今年は何作ったんだ?」
「
マルフォイは少し考える仕草をすると、視線をずらした。
「……それは、クラッブやゴイルでもか?」
私も数個離れたテーブルで食べ物を口にかき込んでいる二人を見た。
その姿はお世辞にも品があるとはいえず、まるで養豚場の――ンッンッ……。
「……服用者の知能を上げる薬じゃないから」
「……残念だ」
「さて、私はそろそろ寝るわ」
ポッターの話が3巡したころ、私はギムレットが入っていたグラスをテーブルに置いて立ち上がった。
「あ? なんだ、もう飲まないのか?」
「昨夜からほぼ徹夜なの。マルフォイは、……ちょっと水でも飲んだ方がいいと思うよ?」
普段の青白い顔を紅くさせたマルフォイは、ふらふらと揺れており、見事に酔っぱらっている。
「はっ、僕は酔っ払ってなどいない!」
「そうね。少し、抑えないと流石に先生に目つけられるよ」
「……それは、困る……むぅ」
おぼつかない手つきで水のグラスを探すマルフォイを隣にいた男子に預け、私は大広間を後にした。
「『少しはスリザリンらしく』、ねぇ」
誰もいない談話室に帰って来た私は、パーティでマルフォイに言われた言葉を思い返していた。
組み分け帽子が歌うスリザリン生とは、野心があり、狡猾で目的を選ばない。
またその一方でスリザリン寮の特徴としては、仲間意識が高く、排他的だ。
寮内では権力者を頂点とする幾つかのグループが存在し、互いに牽制し合いつつ、スリザリン外の敵に対しては一丸となって立ち向かう。
そして、たとえスリザリン生であっても一度、敵と認定された者が再びグループに入る事は難しく、他のグループでも受け入れられる事はほぼ無い。
その為、敵認定された者は寮内で孤立するのだ。
そんなスリザリン寮内での私の立場は微妙なのだろう。
権力のあるスリザリンの上級生とは殆ど交流を持たず、年度の半分は研究室に篭って、夜遅くに寝に帰って来るくらい。
今のところスリザリンの各グループからは、スリザリン寮に高得点をもたらす者としては見てもらえているが、年に一度の30点は、要領の良い上級生の生徒なら普通に稼ぎ出す点数だ。
つまりこの待遇は今だけのもので、上級生がちょっと上手くできた下級生を大袈裟に誉めているだけに近い。
それを理解しているからこそ、マルフォイのあの言葉は、『何か今のうちにスリザリン寮のためになる事をしておけ。でないと、爪弾きにされるぞ』と言う警告と優しさだろう。
「スリザリンらしい事、らしい事……。するにしても、めんどくさいなぁ……」
案はあっても自分が実行犯となるのは、リスクとめんどくささがある。
いっそ委託方式にしてみるのでも良いのかもしれない。
考えを巡らす夜はひっそりと更けていった。