クリスマス休暇明け、ロンとの3階女子トイレの片付けを掛けたチェスで負けたハリーは、トイレの扉を開けて口をあんぐりと明けた。
床一面がびしょ濡れになっていたのだ。
そして啜り泣くような声が唯一閉まったトイレの中から聞こえてくるのに気づくと、ハリーはため息をついた。
「あー、マートル。どうしたんだい? これ、君がやったのかい?」
「……誰よ。……もしかして、また私に本をぶつけようって言うの!」
スンスンと鼻を啜る様な音の後、締め切られたままの扉から文字通り、マートルの首が勢いよくにゅっと飛び出してきた。
「なぁんだ。ハリー、貴方なのね」
「心臓に悪いから、それ、やめてくれない?」
急に猫撫で声になったマートルがすぃっと、宙を泳ぐと逆さのままハリーの目の前で停止した。
「こんなのは、どぉ?」
「どっちが上か、わからなくなりそうだ」
さっきまで泣いていたのが嘘のようにマートルはクスクスと笑った。
「それで、何でこんな水浸しなんだい?」
「ふん! 私が気に食わないからって、本を投げつけるんですもの。そのお返しよ!」
「本?」
ハリーが辺りを見渡せば、黒革の古びた手帳が床かタイルの上に落ちていた。
「誰のだろ?」
ハリーは手帳を掴み上げると、表裏をひっくり返した。
「日記帳。……T.M.リドル? 君にこれを投げつけたのはリドルなの?」
「知るもんですか。ああ、そいつが女ならそうなのかもしれないわ。何故って? だって私がトイレの水をぶっかけたらキャアってかん高い悲鳴あげて逃げたもの。いい気味」
「これ、トイレの水なの?」
今まさに水浸しの床に足をつけていたハリーは少し後退りした。
いくらホグワーツのトイレが清潔であると言っても、”トイレの水”を好き好んで踏む物好きではない。
救いなのはリドルの日記帳が水に濡れていない位置にあった事だろう。
げんなりした表情でハリーが靴裏を確認した時、トイレの扉が空いて一人の女生徒が入ってきた。
さて、私ことイリス・セネットは『最も強力な魔法薬』のレシピをもう一度確認したいと、貸出し申請書を持って図書館を訪れたところ、まだ未返却。
ハーマイオニーはまだ返していなかったのかと、マートルのトイレを訪れれば、女子トイレの中に何故かポッターがいる現場に出くわしたのだ。
「覗き? それとも盗撮? これは、現行犯で捕まえて先生を呼ぶべきかしら」
ローブから杖を引き抜いてポッターへ突きつけると、ポッターは慌てたように両手を上げた。
「待ってくれ。僕はどちらもやってない!」
「男子トイレは角を曲がったさきのはずだけど、女子トイレで用を足したいという願望でもあったのかしら? 貴方、そんなに変態だったのね」
「勘弁してくれ。僕は至ってノーマルだ」
既に白い体であるマートルが、更に青白くなり、ポッターから距離を取るのが見えた。
「ノーマル(普通)な人は、女子トイレに足を踏み入れないものよ」
「……僕は片付けに来ただけだ」
「片付け? あらホント。びしょ濡れね。バケツの水でもぶちまけたの?」
「僕じゃない。マートルだ」
マートルへと視線を向けると、マートルはギーギー声で訴えた。
「そうよ。誰かが私に本をぶつけたりするからよ」
「本って、それ?」
「ああ。T.M.リドルって人の日記帳らしい」
「わざわざ日記帳を投げ捨てるなんて物珍しい人も居たのね。誰に見られるかも分かんないのに。貸して」
私はハリーから日記帳を取り上げてパラパラ捲ると、眉を顰めた。
「何だ。白紙じゃない。つまんないの。……あげるわ」
「僕も要らないんだけど」
「要らないのなら捨てて頂戴」
白紙な他人の日記よりも、さっさと『最も強力な魔法薬』を回収して調合の続きをしたい。私は日記帳をポッターへ押しつけると杖をしまった。
「ああ、そうするよ。ところで、君は何しにここへ?」
「あら、トイレに来る理由を聞くなんて、本当にデリカシー無いのね」
「え? あ、ごめん。すぐ出てくよ」
若干頬を染めたポッターが慌ててトイレから出て行くのを見送った私は、慌てふためくポッターの様子にくすくすと笑いながらトイレの個室から『最も強力な魔法薬』の本を取り出した。
「その本を取りに来たの?」
「そうよ。マートル。ああ、そうだ。彼を狙うなら幽霊用チャームパウダーお薦めするよ。辛気臭い顔色がマシになるから」
ようやくの主人公の登場ですが、次出るのはいつになるんでしょうね……。