イースターも終わった頃、ダンブルドア校長が停職になったというニュースは、瞬く間にホグワーツに広がった。
継承者による新たな犠牲者が出たのだ。
一人はペネロピー・クリアウォーター。レイブンクローの監督生。
もう一人はハーマイオニー・グレンジャー。グリフィンドールの秀才。
二人は図書館近くの廊下の曲がり角で襲われたらしい。
これまでの犠牲者と同じく石にされた二人の目には恐怖で満ちており、その近くには割れた手鏡が落ちてあったそうだ。
1週間もしないうちに休学を申請する生徒が増え、昨日には臨時のホグワーツ特急が発車して、休学する生徒達を乗せていった。
とっ散らかった研究室の中、煮たつ小鍋をぐるりとかき混ぜた私は、部屋の惨状を見渡してため息を吐いた。
シンクには使い終わった試験管の山ができており、ソファの周りには実家から取り寄せた羊皮紙が雪崩を起こしている。
研究が山場に入ると私はいつもこうだ。
片付けてくれる人がいると別だが、私一人だとどうしても片付けを後回しにしてしまう事が多い。
つい先週まではハーマイオニーがちょくちょく手伝いに来てくれていたため比較的片付いていたが、たった1週間でこの有様。今後、石化したハーマイオニーの手伝いは見込めない。
同室のダフネに頼ろうにも、彼女は昨日のホグワーツ特急で帰ってしまったし、サリーに頼ると試験管が割れ、床が薬液まみれになる未来しか見えない。
「まぁ、ひと段落したら掃除しましょ」
別に掃除が嫌いなわけじゃない。
只、今は優先度が低いだけだ。
1時間が経過し、リンリンとなり出した鈴を杖で叩いて止めると小鍋を火から下ろす。
「試験管、試験管。……しまった。もう無いじゃない」
大量にあった試験管は既に全部使用済みでシンクの中。
今から洗っても乾かす時間を待つまでに、小鍋の薬液が変質してしまう。
「仕方ないね」
私はティー戸棚からマグカップを取り出すと、薬液を注いでいく。
そこにあらかじめ取っておいた
動物への変化をかなり抑えた試験薬。
想定通りなら外見的な変化は殆ど起こらず、聴覚と脳にのみ影響を及ぼす筈だ。
「後はコレを少量ずつラットに投与して経過を観察かな。上手くいけばコレを元に最終調整すれば……あ、解毒薬も用意しないとね」
薬品戸棚を漁って、ハナハッカ・エキスの瓶を探していると、フィーフィーと笛を吹くような音が聞こえてきた。
出所を探ると、机の上に転がっていた隠れん防止器/スニーコスコープだ。
「父様から押し付けられたやつじゃない」
実家に魔法薬の材料を頼んだ時に一緒に届けられたお古のスニーコスコープ。
手紙には『研究室たる物、防犯装置の一つや二つ、置いておきなさい』との事だったが、実際は実家に新しい防犯装置を導入したため、必要なくなったスニーコスコープを押しつけてきただけだ。(何故分かるのかって? 同封の手紙4枚のうち3枚に渡って、いかに新型のスニーコスコープが素晴らしいか書かれていたからね)
どうやら研究室へ不審者が近づいてきているようだ。
安物は微妙な扱いを受ける事が多いスニーコスコープだが、それなりの値段がする物は様々な施設で防犯装置として重宝されるスニーコスコープ。
このお古でも空き教室を間借りしている私の研究室としては分不相応な一品だ。
「いや、そんなことより侵入者? いえ不審者の対処よね」
残念ながらこの旧型のスニーコスコープには、自動防衛装置は付いていない。
私はスニーコスコープを杖で叩いて止めると、扉へ杖を向けた。
「おい! お前が継承――」
「
杖から飛び出した火花は、無作法にもノックも無しに扉を開けようとした不審者を吹き飛ばした。
「……まぁ、結果オーライ」
侵入者は物理的に沈黙した。
扉の外から「ロン! 大丈夫!?」と誰かの慌てている声が聞こえてくるので、まだ不審者はいるのだろう。
私はミリーにある手紙を託すと、杖をテーブルに置いて扉を開けた。
「あら? ミスター、ポッター。こんな所でお散歩?」
「……その前にロンに何か言う事は無いのかい?」
「こんな所で寝てると風邪ひくわよ?」
「違う! 君が魔法をぶつけたんだろ! そのせいでロンは頭を打って――」
「ポッター。少しうるさいわ。この扉の掛け札の文字が読めないの?」
私はコンコンと扉を叩いた。
『立入禁止。大声禁止。守らないものには罰則を科す。セブルス・スネイプ』
ちなみにスネイプ教授の直筆だ。
「どうせ君が書いたんだろ」
「教授の筆跡も見抜けないなんて苦労するわよ?」
「……兎に角、ロンを医務室に運ばないと。ひどく頭を打ったんだ」
この部屋からスネイプ教授の私室は近い。
ポッターが掛け札を信じたかは分からないが、少し声を抑えたポッターがロンを担いだ。
「待ちなさい。ハナハッカ・エキスよ」
手に持っていた小瓶の蓋を開け、ロンの頭にぶっかける。
すると白い煙と共に急速にロンの傷が塞がった。
怪我や魔法薬の治療用途として広く使われるハナハッカ・エキス。
その効果は見ての通り、即効性の高さと高い治癒力が売りだ。
多少の傷であれば数秒で治癒できる上、解毒の効果も高く、怪我した人、毒物を飲んだ人がいたら、とりあえずハナハッカ・エキスをぶっかけろというのが通説だ。
「それをかけるならロンを担ぐ前にしてくれないか? おかげで僕にもかかった」
「あら、ごめんなさい」
私は空になった小瓶をポケットに突っ込むと、扉にもたれ掛かった。
「それで? ポッターは何用なの?」
「ロンはもう大丈夫なのか?」
「心配性ね。傷はもう治っているわ。暫くすれば目を覚ますでしょ。気になるなら後でマダム、ポンフリーに診てもらえば?」
「ああ、そうするよ」
ポッターはその場に意識を失ったままのロンを寝かせると、ホルダーから杖を引き抜いた。
「物騒ね」
「躊躇なく攻撃してきた君に言われたくない」
「私のは正当防衛だと思うのだけど?」
どうだか。と言わんばかりにポッターは肩をすくめた。
「君に聞きたい事は一つだ。君がスリザリンの継承者なのか?」
杖を突きつけたまま問いかけてくるポッターに私は肩をすくめた。
「違うわ。何故そう思うの?」
「ハーマイオニーが石にされたからだ」
「何故ハーマイオニーが石にされたら私が継承者だということになるのかしら?」
「1ヶ月くらい前からハーマイオニーは君のことを探っていた。君に近づいてね。
君にバレないように情報を集めるのは大変だったんだろう。
いつもかなり疲れてる様子だったよ。
そしてついこの前、ハーマイオニーが酷く落ち込んでいたんだ。何を聞いても、答えたくないってね。
夕食にも顔を出さない。
恐らく、君の決定的な証拠を掴んだんだろう。だけどハーマイオニーは君に情が移ってしまい悩んでいたんだ。
その次の日、気になる事があると言って、朝早くから図書館に行ったハーマイオニーが襲われた。
君の操る怪物に襲われたんだ。
ハーマイオニーは君のためを思って悩んだのに、薄情な君は秘密がバレると直ぐにハーマイオニーを怪物に襲わせた!
この数日、空き教室に隠れてたつもりだったようだけど、残念だったね。もう逃げられないよ。怪物はその扉の向こう?」
「……ええっと……うん。そうね。君が酷く勘違いを拗らせていることは分かったよ」
ハーマイオニーが疲れているのは、毎度大量の試験管の洗い物と部屋の掃除を頼むからだし、実験の手伝いの期間は3ヶ月は超えている。
ついこの前ハーマイオニーが落ち込んでいたというのは、実験途中のラットを見てしまったからだろう。
しかも運悪く、サラマンダーの鱗を材料として使用した試験薬だったため、思うように猫に変化せずに、頭はイグアナ。手足は枯れ木のように痩せ細り、尻尾は急激に太くなってトゲが生えてきた。
おまけに体毛が自分の炎で燃え尽き、ヌメっとした湿っぽい肌が露出。皮膚を舐める炎に驚いたのか、ラットはキーキー声を上げてケージに噛みつき大暴れ。錯乱し、運動用チューブの中をものすごい勢いで疾走する所をようやく捕まえて解毒薬を投与したのだ。
魔法薬の開発をしていると、こういう失敗はつきもので私も最初のうちはショックを受けた事があったが、今ではすっかり慣れたものだ。
だがまだ初心者のハーマイオニーには刺激が強かったのだろう。
それらをポッターにどう説明したものかと私が思案していると、コツコツと特徴的な革靴の音が響いてきた。
「ポッター。ここで何をしている。……おや、非武装の相手に杖を突きつけるとは。流石、グリフィンドールですな」
ねっとりした嫌みたらしい声。スネイプ教授だ。
その足元の影に見えるミリーに気がつくと、私は内心ホッとした。
ミリーは言いつけどおり、スネイプ教授に手紙を届けてくれたのだ。
「何って、それは継承者を……」
「継承者? どこに居る? それともミス、セネットが継承者だと言い張るつもりですかな?」
「そうです! 彼女がハーマイオニーを石にしたんだ」
チラリとこちらを伺うスネイプ教授に、私はゆっくりと首を振った。
「それはポッターの勘違いです。私はハーマイオニーを石にしていませんし、そもそも継承者でもありません。何なら証拠をお見せしましょうか?」
「ほう。自身の潔白を証明できると?」
「少なくとも、ハーマイオニーの件に関してはですが」
「よろしい。見せてみたまえ。ポッターはその杖をおろしたまえ」
「でも……」
「二度は言わぬぞ。ポッター」
渋々と言った様子でポッターが杖を下ろした事を確認すると、私は研究室に置いたままのスニーコスコープの所へ二人を案内した。
「スネイプ教授なら知ってますよね。隠れん防止機、いわゆるスニーコスコープです」
「成程。旧型とはいえ、味方の識別機能、遠隔地への警報報告機能、おまけに録画機能付き。七十年代の最上級モデルですな」
「スニーコスコープ? 何なんだそれ」
ポッターは、何が何だか分からない様子だが、スネイプ教授は一目見ただけである程度の性能まで見抜いた様子だ。(さては教授もこの手のオモチャ。好きなんですね)
「簡単にいえば、防犯装置よ。でも今、重要なのは録画機能の方。コレは最大2週間分検知範囲の録画が可能です。
つまり、ハーマイオニーが石化された日。つまり1週間前から遡ってさらに1週間。私がこの検知範囲から出ていなければハーマイオニーを襲っていないことの証明になります」
「なるほど。理解した。では、再生したまえ」
教授に促されるまま私がスニーコスコープを叩いて再生を開始させると、壁面に鳥瞰図のような光景が映し出された。
「大体この部屋の中と前の廊下、近くの部屋までは網羅してますね。そしてコレが私。マーカーをつけますね」
「ほう。全体的に画質は荒いが、動いている――人物周辺は一時的に画質があがっている。面白いですな」
「あー、はい。早送りしますね」
心なしテンションが上がっていそうな教授を横目に、私がスニーコスコープを操作すると、凄まじい速度で映像が再生されていく。
「この真っ暗なところは何なんだ?」
「不可視エリアよ。盗聴や盗撮防止のための魔法が張られている場所は見えないの。ちなみに、ソコはシャワールーム。もう一個の方はトイレよ」
ポッターの質問に答えている間も映像の中の私は、凄まじい速度で動き回っている。が、その行動範囲はほぼ研究室から出ず、たまにトイレ、1日に1度はシャワールームに消えるだけだ。
暫く再生していると何かに気付いたのかポッターが声を上げた。
「……食事はどうしてるんだ? 大広間に行ってないみたいだけど」
「サリーに持ってきてもらってるわ。大広間までいく時間が面倒なのよね」
「……セネット、授業はどうした?」
「サボりました」
「……スリザリン1点減点。今後は出るように」
「善処します」
横でスネイプ教授が眉間の皺を揉むが、コレばかりは許してほしい。私にとっての研究の時間は、他の授業をすっぽかす程度の価値はある。
「そろそろ、ハーマイオニーが石化される頃ですね」
連日のように来ていたハーマイオニーがパタリと来なくなり、シンクに試験管が積み上がっていく様子が手に取るように分かる。
そろそろいいだろう。適当なところまで再生すると私は映像を止めた。
「ご覧の通り、ハーマイオニーが石化する1週間前から私はここから出ていないわ。怪物にハーマイオニーを襲うように命令することも、図書館の廊下でハーマイオニーを襲う事も不可能よ。
これで身の潔白は証明できたと思います。教授。
ポッター、まだ何か文句はあるかしら?」
「ああ。……いや、無い」
来た時に比べたら随分しおらしくなったポッターを尻目に私はスニーコスコープを片付けると二人を研究室から追い出した。
「じゃあ私は忙しいので。教授もよろしいですか?」
「ああ。だが部屋は早急に片付けるように」
綺麗好きな教授には部屋の惨状が気に食わないのだろう。
「はーい」と生返事をしつつ扉を閉めると、私はその場にズルズルと座り込んだ。
疲れた。
自分が継承者だと疑われたというのもあるが、コレは杖を突きつけられた事に対するストレスだろう。喉が酷く乾いた。
「ええっと、何してたんだっけ?」
確か、スニーコスコープが鳴る前は小鍋で煎じていた筈。もうアラームは鳴ったのだっけか?
私は膝を手で打ち、立ち上がるとティー戸棚へと向かった。
「カップ、カップ。あれ? ああ、あった。あ、コーヒー淹れっぱなし」
まぁ、水分補給には熱いコーヒーより、冷えたコーヒーの方が一気に飲みやすい。私はテーブルの上に置いてあったマグカップを手に取ると、グイッと飲み干した。
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
思い込みによる間違いって怖い。
(羊用紙って何やの。一発変換できない筈だわ)