「射出中の<ドライセン>が狙撃された模様。左舷カタパルト・デッキ、大破!」
ダメージ・コントロール室からの1報を引き映し、通信長が怒鳴り返す。その頭上のスクリーン・パネルに、損傷個所を赤く点滅させる船体の俯瞰図が投影されていた。狙撃された<ドライセン>の爆発に巻き込まれ、左舷カタパルト・デッキをごっそり持っていかれた<ゴールデン・トニー号>。
長大な長方形ともとれる船体の左角部分を失い、虫食いに陥ったように見える自分の艦の姿を前にして、真っ暗になるのは一瞬だった。
「メロゥ機、大破!」
艦長席から身を乗り出して、「各部、損傷確認!」と声を張り上げた。
「滞空防御、なにやってる! 敵が入り込まれているぞ」
総計26基の近接防御火器はともかくとして、敵機より長射程である主砲もいまだ火線を張っていない。砲雷長を怒鳴りつけたライル艦長は、
「予測調がまだ……!」
と返ってきた声にぞっとなった。
飛来するデブリに紛れて高速で接近する敵機を相手に、調査測量を行おうとしていたとは。こういう時は、一撃必中を狙わず、弾幕で牽制するのが実戦の常識なのに。
「狙いなんかつけてる場合かよ! 撃ちまくれ!」
艦内オールの無線に怒声を叩きつける。砲雷長の面子を潰した格好だが、やむをえなかった。
スコアばかり追求させていれば、誰でも機転がきかなくなる。自身、艦の成績向上を至上命題にしていた日々を省み、ライルが唇を噛み締める間に、複数の迎撃の火線が窓の外に閃き始めた。
対モビルスーツ用の60ミリ機関砲が曳光弾の筋を引く一方、艦の上側両面に3基ずつ装備された主砲――2連装メガ粒子砲が亜高速の粒子弾を撃ちあげる。側面に装備された副砲もビームの光軸を吐き出し、<ゴールデン・トニー号>は四方に弾幕を張る火線の針山と化したが、いかにも遅い対応だった。
弾幕に触れたデブリが爆散し、無数の光臨を艦の周囲に咲かせる中、新たな直撃弾が船体を激震させる。ライルは艦長席に座り直したまま、
「敵は1機だ。弾幕絶やすな!」
と衝撃音に負けない声で怒鳴る。
艦の懐に入り込んだ敵影は、ひとつ。残りの1機は防空圏外に留まり、高みの見物を決め込んでいる。センサー画面を見上げ、どういう敵だ、と内心に吐き捨てたライルは、今度こそ艦長席に戻って背中のアタッチメントを固定した。
連携した応戦している味方機も、敵の動きにまるで追いつけない。ビームの直撃を受けたデブリが爆発し、灼熱した破片をまき散らすと、その熱源に紛れた敵機がするりと弾幕の内側に入り込んでくる。
かなりの手練れ――いや、もう人間業とは思えない。艦の盲点を知り尽くしているかのように、識別データ……<ガンダム>がデブリの海を舞い、前足を無くした<ゴールデン・トニー号>をじわじわと痛めつけている。
「何者なんだ……」
とライルが我知らず呟いた刹那、何度目かの激震がブリッジを襲った。船体が何メートルも振幅し、
艦長席に固定された体に横から荷重がかかる。
横部主砲、大破。
報告の声が上がるより早く、
「このままでは……艦が沈む」
ライルは窓に向けた目を動かさなかった。艦の戦闘能力を削ぎ取り、それから爆沈をさせるために可能性のある機関への直撃は避けている敵。青ざめた顔を自覚しつつも、「バカな。モビルスーツ1機で、そんなこと……!」と反駁したライルは、
「もうダメ!」
と悲鳴をあげたブリッジ要員の女性ダイバーを視界の端を捉えた。
「まだ艦は沈んでいない、落ち着け!」
と他の要員より早く怒鳴ったライルを無視した刹那、トニーから、
「ライル、聞こえるか、ライル!」と通信が入ってきた。殺気立った……というより怯えているその声に気圧され、ライルが、
「どうした!」
「あいつの<ガンダム>、もし俺の目算が正しければ……データを送る!」
目顔で許可を出すと、センサー長はトニー機からのデータを受信する。間もなく読み込まれたデータがセンサー画面に表示され、対戦中の<ガンダム>との照合が開始された。
2秒と置かずに適合の表示が灯り、光学センサーが捉えた<ガンダム>のスチールにCG補正がかかった。同機種の三面図とデータも映し出され、ライルは音もなくセンサー画面に見入った。
連邦系のスマートボディラインを持った、連邦系らしい直線で構成されたモビルスーツ。
デュアル・アイ式の頭部に、大出力のスラスターユニットを背負った機体の色は、目が醒めるような白。そして右肩には流れる星の紋章――。
「あいつは流星だ! あの<ガンダム>は……」
トニーが、震える声で艦へ通信をいれてきた。ざわと揺れたブリッジの空気を感じながら、「流星の<ガンダム>……」とライルはおうむ返しにした。
「かつて日本とアメリカ間で、GPデュエル大会が行われた……」
半ば焦点の定まっていない目を泳がせ、ブリッジ要員は続けた。
「アメリカの名うてのファイターたちを、たった1機で殲滅したモビルスーツ。それがあの、<ガンダム>。それがあの、流星……」
「聞いたことがある。たった1機のモビルスーツで、アメリカとメキシコのフォース代理戦争を制したというモビルスーツ。しかし……」
あり得ない。いや、あり得ないと思いたい。爆光を閃く宇宙に白いモビルスーツを幻視しつつ、ライルは汗で濡れた手袋の手をぎゅっと握りしめた。
流星。
かつての最強のパイロットとうたわれたアムロ・レイと同じあだ名。
ネットワークを使った代理戦争では、たった1機で戦況を変えたと言われる幻の男。
そのアニメのような男が、生きているとは冗談などではない。どこかのバカがその名を騙りだしたのに決まっている。
が。
だとしたら、この目前の敵の圧倒的な力はなにか――
「これが本当に『流星』なら、勝てないよ……。逃げようよ!」
血の気をなくしたブリッジ要員の顔は、次の瞬間、窓外で膨れ上がった爆発の光に染まった。がくんと沈み込む衝撃がブリッジを突き抜け、椅子のアタッチメントに固定された体がなす術なく揺さぶられる。渾身の力で艦長席に引いたライルは、「照合データ、各部に転送!」と叫んだ。復唱に損害報告の声が重なり、さらに接近警報のアラームが相乗する。
「敵は亡霊でもなんでもない。該当ありの機体だ。落ち着いて狙えば必ず落とせる。モビルスーツ隊にも報せ!」
逃げようにも、この状況では背中から撃たれる。流星、という言葉に圧倒させる内心を押し隠し、ライルは窓外に交錯するビームの光軸を見据えた。
照合データはただちに転送され、レーザー通信を介してモビルスーツ隊にも受信された。<ガンダム>のCGモデルにもデータ補正がかかり、ダイバーたちは敵機の形状を正確に把握できるようになったが、それで戦況が好転するものではなかった。
形がわかっても、照準内に補足できなければ意味はない。<ガンダム>は散乱するデブリの陰から陰へと飛び移り、ゴールデン・トニー号隊のダイバーたちに向き合う暇を与えなかった。かすめた、と思った時には遅く、死角をすり抜けた白い機体が防衛戦を突破し、新たな光弾を母艦に叩き込んでいるのだ。
直撃を受けた<ゴールデン・トニー号>から白熱した光球が膨れ上がり、左舷カタパルトを失った黄金の船体から大きく傾く。間断なく打ちあげられる対空砲火がデブリの奔流を引き裂き、無数の爆光が瞬かせる
中、シールドさえ傷ひとつついてない白い機体がジグザグに軌道を描く。
中世の騎士を思わせるような堅牢な装甲の脚。
背部から伸びる2本のプロペラント・タンク。
流星のエンブレムが刻まれた右肩。
そのすべてが、『能動的質量移動による姿勢制御』(AMBAC)行う舵の役割を果たし、白い巨人のシルエットが自在に虚空を泳ぐ。
フレームやジェネレーターに性能差があっても、同じモビルスーツ・サイズのマシーン同士、作り手に差があれど、こんなに差があるという話はない。
母艦への1撃離脱を繰り返す<ガンダム>に翻弄されながらも、ゴールデン・トニー号隊のダイバーたちは陣形を崩さず、基本戦術を固辞して敵機と対し続けた。
メロゥの<ドライセン>はカタパルトごと撃破され、残る戦力は<スーパー・ギラ・ズール>と<バウ>が2機、<ギラ・ドーガ>が1機。
各々に索敵、攻撃、支援を分け合い、デブリの海に見え隠れする白い敵機を追う。
<ゴールデン・トニー号>からの火線もあれば、敵機が描く移動軌道はおのずと限られてくる。<ガンダム>にはサイコミュ兵器がないとわかっている以上、勝機はあるとダイバーたちは信じていた。
索敵を担うジュリエッタの<ギラ・ドーガ>が愚直に敵影を追い、攻撃役のトニーの<スーパー・ギラ・ズール>とキューリーの<バウ>が敵機を挟み込むべく追走。防衛役のジュリエッタ機はビームランチャーを携え、4機を遠望する位置を維持する。それぞれにぶつかり合い、不規則に飛散するデブリを紙一重の差で躱しつつ、3機は敵に隙が生じる瞬間を待った。
いかに超人的なAMBAC機動を駆使する敵とはいえ、かならず限界はある。
必中の一撃を幾度も回避され、母艦への直撃を許す数分を過ごした後、ゴールデン・トニー号隊のモビルスーツ隊はついにその瞬間を得た。
進路上に流れ込んだデブリに気をとられたのか、<ガンダム>の動きがわずかに鈍ったのだ。
追撃する<バウ>がすかさず牽制弾を放ち、
回避した<ガンダム>の先にトニー機が回り込む。
そのビームライフルからメガ粒子の光軸が走り、頭を押さえられた<ガンダム>の動きが止まった一瞬、<ギラ・ドーガ>を駆るジュリエッタが操縦桿のトリガーを引いた。
「それぇ!」
内蔵する発電ジェネレーターをびりびりと震わせ、ビームランチャーの砲口が太い光軸を吐き出す。戦艦の主砲に匹敵するメガ粒子の光弾は、デブリの海を1文字に引き裂き、細かな塵を霧散させながら敵機に殺到したが、<ガンダム>はぎりぎりのところでそれを回避した。他の3機と交戦中だったにもかかわらず、別方向から飛来した亜高速の弾を避けてみせたのだ。
代わりに直撃を受けた岩塊が砕け散り、灼熱した破片が四方に飛散する。<ガンダム>はその破片のひとつを蹴り、あり得ないと表現するべき速度で包囲陣を抜けた。ジュリエッタの<ギラ・ドーガ>に牽制の弾幕を張り、熱を帯びた破片群の中に自機の熱源を紛れ込ませる。
「どうして……!」
ビームランチャーに速射性能はなく、次発装填まで数十秒の充電時間を必要とする。ジュリエッタの<ギラ・ドーガ>がやむなく後退する間に、<ガンダム>は近接する<バウ>の足元に回り込んだ。
熱源センサーが使えず、視覚に頼るしかなくなった<バウ>の足元――360度の視野を確保するオールビューモニターにおいて、唯一の死角とされるリニア・シートの真下に。
今まで戦ってきたどんな強いダイバーよりも、ずっと獰猛で抜け目のない敵。
<バウ>のダイバー……キューリーの声は(下だ!)というトニーの声にかき消された。咄嗟にフットペダルを踏み込んだものの、その時には<ガンダム>のビームライフルが閃光を吹き出し、彼女の意識を消失していた。
ロングバレルのライフルから連続してビームが撃ち放たれ、速射モードに設定された光弾が真下から<バウ>を打ち据える。
1発が踵。
1発が手首をライフルごと撃ち砕く。
衝撃で跳ね上げられた<バウ>の手足が踊るように虚空をかく。壊れた人形のごとく舞った<バウ>は1秒のと経たずに内側からの爆圧で頭部を粉砕させ、次いで内蔵する熱核反応炉を誘爆させた。漏れ出す熱線が装甲を蒸散させ、衝撃波が鋼の内骨格を引きちぎると、人型を散らした機体が超高熱の光輪に飲み下されていった。
膨れ上がる爆光が周囲のデブリをこうこうと照らし、<ガンダム>の白い機体を虚空に浮かび上がらせる。
ジュリエッタは、そこでかつての戦場で目撃した特別な機体の印象を重ね合わせ、肌を粟立たせずにはいられなかった。<ダブルオースカイメビウス>、<コアガンダム>、そしてあの最強の……伝説を彩る機体たち――。
「これが流星なの……」
その時に感じたのと同じプレッシャーが、全身をこわ張らせてゆく。急きょ、体勢を整えた<ギラ・ドーガ>の後方で、<ゴールデン・トニー号>がまたひとつ被弾の光を爆ぜられた。
チャージの残時間を示すカウントダウン表示がゼロを示す。完了のアラームがコクピット内に鳴り響くと同時に、ジュリエッタはビームランチャーの引き金をひいた。
「行けっ!」
解放されたメガ粒子がバレル内の加速・収束リングを通過し、ランチャーの砲口から噴き出す。ピンク色の光軸が虚空を裂き、デブリを蹴散らしながら目標を突き進んだが、当たったか否かを確認する暇はなかった。射出の振動が収まる前に、ジュリエッタはスラスターを焚いて離脱行動に入った。
戦場での静止は即、撃破に繋がる。ビームを撃つ、という事は、こちらの位置を敵に知らしめることと同義だ。まして敵は、単機で<ゴールデン・トニー号>の防衛線をずたずたにした"流星〟。あの流星であるかはともかくとして、尋常ならざる敵であることはこの数分の経緯が証明している。トニー機が発するレーザー信号を見定め、ジュリエッタは乱数加速の軌道を描いて、デブリの海を飛んだ。と、まったく予想外の方向からビームの火線が飛来し、閃光と激震が<ギラ・ドーガ>のコクピットを襲った。
すさまじいGが横向きにのしかかり、背中のアタッチメントがぎりぎりと悲鳴をあげる。眼球が飛び出すと思い、思わずヘルメットに手を当てたジュリエットは、火花を噴いて遠ざかる何かを回転する視界の中に捉えた。それがビームの直撃で吹き飛ばされた自機の右足だと気づいたのは殺人的なGが収まり、片足になった機体の姿勢をどうにか立て直したあとのことだった。
AMBAC機動、26パーセントダウン。無慈悲に告げるコンディション表示を横目にジュリエッタはとにかくフットペダルを踏み込んだ。
あの白いモビルスーツは、流れに乗って複数の敵と斬り結んでいる。
デブリも敵機も等質であるかのように振る舞い、すれ違う1瞬にのみ無駄のない1撃を放ってくるのだ。
とどめを刺されなかったのは、ひとつの敵に執着して流れを止めたくなかったからでしかない。機動力の低下した機体でもたついていたら、次の接触で確実に仕留められる羽目になる。
ニュータイプ。
スーパーコーディネーター。
Xラウンダー。
どれも違う。
達人、というシンプルな言葉が脳裏によぎり、ジュリエッタは気力が萎えるのを感じた。奴はトニー機の追撃を振り切り、またしても<ゴールデン・トニー号>に接近しつつある。度重なるヒット・アンド・アウェイで砲を潰され、艦が張る弾幕は常時の3分の2に満たない。たった2機で、どうやって止められる――?
「こんなんじゃ、みんな……」
思わず口にしてしまってから、ぐっと奥歯を噛み締める。弱気に搦め取られそうな頭を振り、操縦桿を握り直したジュリエッタは、(敵機につげる。交戦中の敵機に告げる)と発した無線の声を聞いた。
(ただちに投降せよ。私の目的は君たちのフォースの全滅ではない。繰り返す。私の目的は君たちのフォースの全滅ではない)
全波帯送信の無線――だが、送信元は<ゴールデン・トニー号>からではない。
「なに……?」
と呟いたジュリエッタはモニター越しに<ゴールデン・トニー号>の方を見た。間断なく流れるデブリ群の向こう、弾幕の火線を張る黄金の船体が小指ほどにの大きさに見え、
(私、クロウの目的は君たちの持つ"積荷〟にある)
と無線の声が重なる。索敵の目を凝らしつつ、積荷……? という言葉が頭にへばりついた。ここのフォースは運送業も兼ねて、働いているが積荷、という言葉がどうにも引っかかった。
(投降しなければ、積荷をこのまま船体ごともらってゆく。我々は撃沈の意志はない。我々には交渉の意志がある。返答を待つ)
無線の声が続いていた。
荷物。
理解できなかった。ただの荷物を運ぶフォースなのに。
みんなを助けるフォースなのに。
「積荷……。いったい、何があるというの?」
ジュリエッタは、不覚にも<ギラ・ドーガ>の動きを停止させ、流れていた。奇しくも、その位置は、真っすぐに<ガンダム>と同一線上にあった。
宇宙においての、停止は死だ。
彼女はそのことを頭のそばからおいてきてしまった。<ガンダム>のビーム光がオールビューモニターを覆い、ジュリエッタの体は光の中に呑み込まれていった。
「私は、このフォースの戦艦を任されているライルという。要求を聞こう」
ミノフスキー粒子を散布していないため、通信状態は悪くない。Gチューバーの紹介映像やニュースで何度か耳にした声――SランクダイバーのRX-78-2<ガンダム>使い、クロウの肉声が自然とそこに重なり、ライルは艦長席の肘掛けを握りしめた。
「彼本人とみて間違いないな……」
そう低くうめき、空調と冷却ファンの音だけがこもるブリッジ内に目を走らせる。前面のオペレーターたちは、敵の声をじっと聞き入っている。操舵長も砲雷長もだ。
だが、どうして。なぜあのダイバーが、この真実を知っている? ライルは悪夢を見る思いで、考え込んだ。その間に、
〈こちらは武装を解除して、こちらに投稿してもらいたい〉
とクロウの声がブリッジ中に響いた。
〈そうすれば、君たちの身の安全は保障しよう〉
「何のことを言っているのかわからないな。私たちはただの運送屋にすぎないが〉
(返してはもらえないのかな?)
「交渉の余地はあるのかね。本艦とモビルスーツ隊が安全と判断する間で離脱したあと、という付加価値はつくが」
(なるほど。積荷ではなく、ある意味では人質ではあるのか)
白いモビルスーツのダイバー――クロウの冷笑混じりの声に、マイクを握るライルの声がぴくりとひきつる。視線をちらと流し、ブリッジ要員の方を見た。音もなく、流れてきたブリッジ要員に顔を突き合わせ、「電波発信源の特定、やっているのか?」と小声で訪ねる。ブリッジ要員はセンサー・スクリーンを見上げ、
「方位は探知してますが、こうデブリが多いと……」
「狙撃は無理、か」
通信で注意を引きつけ、動きが止まったところを1撃。ライルの思惑は、味方より早く敵に伝わっていたらしい。正面のメイン・スクリーンに視線を映し、敵機を包み隠す無数の岩塊を睨み据えたライルは、
(交渉と呼ぶには不確定な要素が多すぎる。こちらに譲渡してもらうという確証もない)
と続いたクロウの声にひやりとなった。
「疑うなら、本艦に乗り込んで直接確かめたらどうだ?」
(それも手、だな。私が安全と判断する場所まで、貴艦に同道してもらうことになるが)
落ち着き払った声で、クロウは言う。相手のルールには乗らず、隙あらば自分のペースに引き込む言葉を繰り出してくる。きれる男だ、とライルは思った。あの、クロウというダイバーは、交渉というゲームの進め方を熟知している。
「あの流星と呼ばれる男が、ずいぶんと慎重なことだ」
と返した言葉には、無意識に焦りがにじみ出ていた。
(私は、貴官らの定義するところのただの傭兵だ。フォースをもたず、その恩恵も期待できないとなれば慎重にもなる)
「我々は投降するつもりはないぞ」
(未開拓のエリアに特殊部隊を送り込んでおいて、そのセリフは聞けないな。まして貴官は、その成果である貨物を楯にしてものをいっている身だ)
完全に向こうのペースだった。ぐっと声を詰まらせたのもつかの間、
(では、こちらの要求を言おう)
と、クロウの涼やかな声が続いた。
(ラグランジュポイントより拿捕した人物、フォース『ゴールドシチー』の所属するELダイバーの少女をこちらに引き渡してもらいたい)
司令席にしがみついていたライルが、思わずという風に身を乗り出す。全員が息を呑んで見守る中、
「こちらにその少女がいるという事実は、ない」
(大破したモビルスーツから、ダイバーを引きずり出したという事実があるが?)
「ELダイバーは、今や世界の宝だ。それとこれとは関係がない」
(それは私が判断する。要求を受け入れられないなら、貴官らを全滅させる)
威しではない、事実を述べたと思える声音が風になって吹き抜け、ブリッジの空気を凍てつかせた。血の気をひいた一同を視線が集まり、
「私達を全滅させるというのか」
そうライルが声を荒げる。
(今のままでは、積荷は回収できかねないと言った。不確定要素に基づいた交渉には応じかねる)
クロウが冷静に応じる。
(3分、待とう)
と無線の声が淡々と告げた。
(それを過ぎて有益な返答がない場合、当方は貴官らを全滅させる。賢明な判断を期待する)
応答を待たずに電波発信は途絶えた。ライルはマイクをもったまま、顔をうつむけた。
しばらくは誰も口を開こうとせず、重苦しい沈黙の時間がブリッジに降りた。
事態を受け止め、消化するのに必要な沈黙……だが、なにをどうすればいい?
Sランクダイバーのクロウ。
暴かれてしまった、裏の顔。
すべてがこちらを不利にしている。
いっそ敵の要求を受け入れ、今、運んでいるELダイバーなど引き渡してしまえという気にもなるが、さすがにそれは容認できない。顧客との信頼関係をある以上、客の期待は裏切れない。ましてや、ここまでやられてしまって引くに引けない……というのは、それこそ副リーダーの無能を示す思い込みではないか?
顧客に頼まれた荷物を死守するために、この戦艦のクルーたちに心中を強要する権利が誰にあるというのか……。
「ELダイバーなど積んではいない。奴はブラフを言っているんだ」
ライルが言う。
全員が身じろぎもできず、苦しさばかりの空気が流れる中、
(トニーリーダーより、ライル。聞こえるか)
と通信が流れた。
(奴のいう事は正しい! 今のうちにELダイバーの入ったコンテナは投棄しよう。その上で、降伏すれば……)
ライルは目を動かさなかった。トニーは続けて、
(あれは顧客に頼まれていた商品なんだ。あれさえなくなってしま――)
舌打ちしたライルが反射的に通信を切る。ライルが手にするマイクと、回線がつながったままになっている通信パネルを見る。こちらが本気であることを伝えるため、故意に切らずにおいた無線が、敵に予定外の情報を与えてしまった格好だった。
まずい、という表情を浮かべたものの、引っ込みがつかなくなったライルに対して、他のブリッジ要員たちも気色ばんだ目をむける。
「ライル副リーダー、本当なんですか。拉致をしていたって」
「ELダイバーを拉致して、闇組織に売り渡すことは国際法で禁止されているはずです」
「どうなんですか」
こうも正面切ってブリッジ要員たちに野次を言われるのは、初めての経験だったのかもしれない。息を呑んだあと、ライルは顔をうつむけていった。
「……やめないか!」
とそれを切り捨てるように、ライルは一喝する。
「今は女の理屈が通る時ではない。気に入らないなら、ここから出ろ」
「女って……そういうの関係あるんですか。ELダイバーをまるでものあつかいにして……」
「ELダイバーは人類に定義されるものではない。私達とは違う」
「そんな……。ライル艦長! どうしてしまったんです!」
皮肉にも、ブリッジ要員たちの野次が、ライルの口を塞ぎ、淀んだ空気を吹き散らしたかのようだった。その刹那、
(時間だ)
と無線の声が響き渡った。
(返答を聞こう)
もう……いや、端から選択の余地はない。ライルは小さく頷き、戦闘停止を各部に伝達するよう目で促す一方、ライルはデブリの向こうにいるであろう、<ガンダム>を幻視した。
(了解した)
と無線の声が短く告げた。
「君の……要求を呑もう」
<モビルスーツ紹介>
ガンダム
クロウの搭乗する白いモビルスーツ。
アニメで見た『強くて速くて硬くてカッコイイスーパーロボットみたいなガンダム』をコンセプトに、クロウの製作技術の全てを尽くして作られた機体。