ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第百一話

(この携帯……みなさんが使っているウインドウ・システムより使い勝手がいい、ただそれだけのモバイル携帯です。いま、ヲチカタではこの携帯機器が半数以上のコロニー民の手に行き渡り、彼らはそれを使いこなしております。通信をつなぐ整備まで含め、かかった費用は決して些細なものではありません。それらはすべて『A金貨』……『アファーマティブ・システム』と呼ばれる秘密資金によって賄われました。

 日本とアメリカ、両国の間で密かに運営されてきた莫大な資金。それはGBNという人類の歴史の中から生まれ、未来へと託された〝お金〟でした。いまは、その詳細を語る時間はありません。問題は、それをヲチカタ・コロニーに投入することを良しとしない者たちが存在し、妨害を企てている事実です。ヲチカタにかけられたテロの拠点の嫌疑は、この『アファーマティブ・システム』による施策が、世界のバランスを崩すと考える一部の者たちによって仕組まれました)

 

 

 日本は午前6時43分、GBNの動画サービスがそろって朝のワイドショーを流している頃だった。普段なら絶対に寝ている時間だが、ツルギは起きて仮想空間の――宇宙空間の戦場の最中にいた。電子戦仕様の<ゲルググ>を岩に隠していると、<グレイズ>の頭が通過することもあったが、それは普段のフォースバトル風景ではあった。だが、今は違う。永琳会とフェアチャイルドの戦いと言う大決戦は、アヴァロン率いる有志連合の介入により、永琳会のほうに戦況は傾いていた。

 有志連合と言っても単なる仕事仲間にすぎない。ツルギはマスダイバーで、有志連合は清廉潔白な大部隊である。戦う理由は同じでも、個人的にそのメンバーらとは話したことはほとんどない。それが赤黒いストライク・タイプに乗るダイバーが、押しかけるように通信をかけてきて、簡単にいえば『今日が3週間目でしょ?』。落ち着かないのはあちらも同じかと思い、モニターにつけたテレビをチラ見しつつ、ひと晩、戦いに浸したツルギは、5分ほど前、GBNの世界の向こうから飛び込んできた〝3週間目の答〟を目の当たりにしているところだった。

 まるで見当がついていなかったわけではない。3週間前にこの戦いの号令を下して以来、エイジからの連絡は途絶えていたが、この永琳組とフェアチャイルドとの戦い具合、併せて取り沙汰されるようになったヲチカタ・コロニーの名前は、日々のニュースを見ていれば十分に判じられる。

 そのヲチカタが議事堂にオプザーバーを招き、世界に対して初めて真相を語ると期待された日が、エイジが3週間日の当日だったのだ。

 関連を疑わない方がどうかしている、という思いは仕事に関わった全員で、有志連合がこの戦いに介入してきたのも、少しでも近いここならいち早く議事堂からの中継を見られると踏んでやってきたらしい。

 実際、ツルギの<ゲルググ>には複数の電子装備の他、コクピットには改造ツールであらゆる動画サービスが見られる。英語放送でも問題はない。

 俺たちがなにをしようとしているのかは、3週間後にわかる――。

 エイジの言葉を思い出す度に、担がれているのかな、いや、あいつは仲間は裏切らないと、半信半疑の気分のまま戦場をかけぬけて数時間。果たしてヲチカタ代表のスピーチは始まり、ツルギは視線をずらしてテレビに向けたのだった。

 始まってすぐGBNニュースは別のトピックの速報で生中継を中断し、他のニュースチャンネルもそれにならった。動画サイトのストリーミング放送も途絶えてしまい、ツルギはエイジの言う〝商売敵〟の仕業かとぞっとしたのだが、真相はどうであれ、この作為的な事故はより多くの注目を議事堂中継に集める結果になってしまったと言える。

 ほんの1分ほどで中継は再開され、各サイトの動画配信も順次復旧していったものの、その時には閲覧者は10倍に跳ね上がっていた。ヲチカタが招へいしたオブザーバー――驚いたことに、ツルギとそう年齢が変わらない少女だ――が語る話の内容も手伝って、その数は現在も上がり続ける。

 ついには民放各局のワイドショーも、議事堂総会で起こった珍事として、スピーチの様子を断片的に紹介し始めた。GBNにも資金にも興味がない、しかし常に〝祭り〟を求めているネット住民には格好の撒き餌だ。

 あの携帯ツールはなんだ。

 ヲチカタの写メをもっと見せろ。

 どこの企業の陰謀だ。

 口さがない連中の書き込みがあちこちであふれかえるなか、最初の数分でもっともアクセスが集中したトピックはひとつ。

(アファーマティブってなに? その前に『A金貨』って言わなかった? 通訳システムの間違い)

 間違いではなかった。該当箇所を何度聞き返しても、ヲチカタの少女は『A-GOLD』と口を動かしている。他に訳しようはない。日米両国の間で密かに運営されてきた莫大な資金、という説明にしても然り――。

「『A金貨』ってあったんだな……」

 ツルギの<ゲルググ>のビーム・ライフルが何機か目の<GBN-ガードフレーム>のコクピットを貫いたことに、驚いたことに言うまでもない。その瞬間から、本当の〝祭り〟が始まった。

 ガンダムウィキを始め、『A金貨』に関する記述があるサイトはことごとくアクセスが集中し、天然のDos攻撃を喰らった状態でサーバー落ち。巨大掲示板にも有象無象の書き込みが相次ぎ、ミクロの事象としてツルギの通信も鳴りやまなくなった。

 見たぞ。

 本当なのか、どういうことだ、おまえらもグルなんだろう。

 今度の仕事でハブられた仲間たちを筆頭に、エイジの仕事向きを知る裏稼業の面々が一斉に通信攻勢をかけてきて、ツルギのウインドウのメールボックスには脅迫めいたメールも送られてくるようになった。この3週間、エイジの居場所を教えろとなんのと、再三メールを送ってきた仲間のひとりだ。メールアドレスが漏れただけで、こちらの素性はまだ割れていないとはいえ、このまま騒ぎが拡大していったら先はどうなるかわからない。ツルギは舌打ちし、「知らんといったら知らん!」と通信ウインドウに怒鳴った。

「俺だって、おまえの聞いてる以上は聞いちゃいない。聞かされても信じなかったろうよ、こんなバカな話。『A金貨』が本当にあって、それが慈善事業みたいなことに使われているって……。知らないよ、俺が聞きたい。まぁ、持ってる奴から盗ったんだから、エイジの信条からは外れてない。でもあいつが慈善事業って、創造できるか? おまえこそ何か聞いていないのか。……あぁ、そんなに大声出すな」

 ツルギの弁も虚しく、アニーダのものらしい大声が通信ウインドウの音量を超えてモニター内に響いてくる。ツルギはため息をつき、議事堂の演壇で喋り続ける少女を小型モニターのむこうで眺めた。

 先刻、中継が途絶える直前に席を蹴り、集団で退出し始めたように見えた各国代表のフォースらも、今やすっかり少女のスピーチに引き込まれている。

 通路に立ち尽くして聞き入る者。

 その脇をすり抜けて自分の席に戻りつつある者。

 彼らの視線を一身に引き受け、少女は堂々と、世界を向こうに回して淀みなく話し続けており、いったいどういう人なんだろう? とツルギはあらためて考えた。

 法律もへったくれもないコロニーで育ち、一度は人身売買フォースに売られそうになりながら、自力で這い上がってきた少女。きっと自分のようなダイバーとは違う。強靭な意思の持ち主には違いないが、なぜかELダイバーという気はしない。同じような年齢、アジア人と言っても通用するような顔立ちは別にしても、その言葉と物腰には自分たちに近しいなにかがある。外国語である英語を使いこなし、豊かな知見から発する言葉を並べていても、それらは自分たちという同じ足場から発しているような――。

 <GBNーガードフレーム>の頭部を遠距離から狙撃したところでモニターの右端にメールの着信が鳴った。

 今度はどこのどいつだ?

 うんざりとメールボックスに指をあてたツルギは、『御礼』と記された件名に眉をひそめた。

『遠くにいるあの人に代わって、御礼を申し上げます。ありがとう。皆様にもよろしく。新しい世界が始まりましたね』

 差出人の欄には<dorel>とある。どれる、ドレルさんか? ほとんど単独では交わしたこともない、チーム常連の中年の顔がおぼろに浮かび、ツルギはますます困惑した。

 このメールアドレスは副業用に使っているもののひとつで、チームの誰にも教えていないし、だいたいあのドレルがメール機能を使いこなす姿など想像できない。あの中年も今回の仕事に関わっていたのか? いまだ叫んでいるアニーダの声を受け流して、メールの文面に目を戻したツルギはある一文を読み直した。

 新しい世界。

 いつもなら笑い飛ばしているはずが、そうなのかも、となんの抵抗もなく受け入れている自分に困惑を新たにしつつ、議事堂からの中継映像に視線を感じた。

 たどたどしい同時通訳の声とは裏腹に、少女は落ち着いた様子でスピーチを続けている。

 おまえは、この仕事に関わったことを誇りに思う――予言めいたエイジの言葉がにわかに重みを持ち、ツルギはなにやら気恥ずかしい気分で鼻の下をかいた。

「柄じゃねぇんだがな……」

 そう内心に呟きながら、ビジネスやら金銭関係やら、この3週間集めに集めた資料データのことを思い出し、モニターの向こうの戦場を見た。

 天国の弟は見てくれているだろうか。この放送を聞いているだろうか。

 そんな思いが腹の底をじんわりと温めた。

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