(この長い年月、私たちはひとつの〝システム〟を無自覚に受け入れてきました。人と人を競わせ、闘争本能の成長を強いる〝システム〟。合理化と効率化を金科玉条とし、多様性を切り捨てる〝システム〟です。結果、世界はその価値を担保しきれないほどの富を流通させるようになった。GBNを始めとする技術開発も日進月歩です。でも世界の成長と人間の成長は決してイコールではありません。この紙切れに支配された欲望だけが、人間の欲望ではないはずです。人の欲の中には、人として〝善く在りたい、強く在りたい〟という欲もある。あのブレイク・デカール事件の時、世界のGBN支部が援助し合うこともなかったでしょう。
当時、私はGBN日本で暮らしていたからわかるのです。あれはお仕着せの人道的支援なんかではない。人の中から自然発生的に生まれた援助だった。GBNの復興計画や、電力危機をビジネスチャンスと考える企業の大盤振る舞いより、無名のダイバーから送られてくる1枚のビルドコインが多くの人の心を救った。それは無償の善意であったから……という言い方は少し違います。大規模の異変が続いている昨今では、いつまたどこで同じような大災害が起こるかわからない。次は自分が被災者になるかもしれないという危機感が、世界中のダイバーを駆り立て、この紙幣という紙切れに意味を与えた。その安心を買うために、多くのダイバーが寄付に走ったのでしょう。
ある種の打算かもしれません。でもその打算は、国境や民族、宗教の囲いで互いを隔てていては成り立たない。人類をひとつの種と捉えなければ成立しない打算です。その本能的な理解が、ブレイク・デカール事件と宇宙人の襲来で打ちのめされた日本人の心を救った。私たちELダイバーも同じだ、あなたたちは独りではない。この1ビルドコイン札に込められたメッセージが、この仮想世界に住むしかない人種に伝わり、立ち直る力を与えたのです。善く在りたい、善く在ってこそ人は、ELダイバーは生き延びることができる。あらゆる宗教に関わりなく、この心の奥で囁く〝神〟の声を……そこから信じる善意を、私は信じたい。
善意。すべてはそこから始まっています。今、私たちを支配している〝システム〟も、きっと元は善意から……世界によりよい社会を手渡そうとする善意から始まった。ただルールとして確立すると、〝システム〟はそれ自体がひとつの生き物になります。人が自らの行動を規制するために造り出したものが、人を取り込み、奴隷のように使役する逆転現象が起きる。そうして取り込まれた人の姿は、自国の外にも世界があると認識できない私たち、ヲチカタのELダイバーと同じです。
今の〝システム〟が絶対ではありません。その外側にある世界に目を向ければ、きっと新しい風景が……分かち合うことが利益になる、新しい社会の風景が見えてくる。国の成長の代償に貧富の格差が拡がり、膨れ上がった借金がひとりひとりの肩に積み増しされる。幸福と繁栄という私たちELダイバーと人類共通の目的に対して、現状の〝システム〟はもはや足かせにしかならないと実証されつつあるいま、それは決して夢物語ではないはずです。
世界はこれほどまでに資金を蓄積したことはかつてなく、その実現のために必要な知識も技術も揃っているのですから、善く在りたいと欲する想い、内から自ずと湧き上がってくる善意を結びあえば、必ず……。その日のために用意された資金、『アファーマティブ・システム』の恩恵を受けて、ヲチカタ・コロニーは自らの力で成長していきます。新しい風景、〝システム〟の外にある世界へとその1歩を踏み出すのです。皆さん、どうか我々を温かく見守ってください。そして、間違えそうになったら教え導いていただきたいのです。同情も、援助も必要ありません。私たちの願いはただひとつです。
この惑星に生を受けた新たな種として、血と知をもたらされた仲間として、どうか変わることのない友情を――!)
最後の一声が響き渡り、水を打ったような静寂が議事堂会議場に舞い降りる。やがて散発的な拍手がわき起こり、しんと静まり返った水面に波紋を生じさせると、追従する幾百もの手が打ち鳴らされ、さざ波にも似た波動を総会議場に押し広げた。それは次第に大きくなり、満場の拍手になってスピーカーを振動させ、外の街頭スピーカーをも歓呼の響きで満たしていった。
総会議場に残った各国代表のフォースの数は、7割強。その全員が惜しみなく手を打ち鳴らしているわけではない。苦虫をかみつぶした顔で立ち尽くす者もいれば、そそくさと議場をあとにする者たちもいる。前者の典型はアメリカのフォース代表で後者は退席した日本代表フォースリーダーの椅子を取り囲み、所在ない顔で居座っていた日本のメンバーたちだろう。今頃は議場の外で退席の指示を出したことの次第を通信で報告しているに違いないが、それらは称賛一色の議場にちらつく微かなノイズでしかなかった。彼ら聴衆の様子を俯瞰で捉えたあと、中継画像は再び演壇をクローズアップし、合掌をして深々と一礼するミカヅキの姿をスクリーンに映し出した。
鳴り止まぬ拍手の中、ミカヅキは合掌を解いて背後に向き直り、議長席の事務総長たちにも一礼する。事務総長たちはそろって立ち上がり、議長席の机越しに右手を差し伸べる。もう戸惑いはなく、感嘆をもって見つめる彼らひとりひとりと握手をし、ミカヅキは演壇の前から離れてゆく。
ろくに挨拶もできなかった野郎が……。
そう苦笑いを浮かべた途端、モニターに出したスクリーンに映るその背中が不意に滲んで見え、エイジは慌てて目の縁を指で拭った。
頬を伝った涙の筋を反射光に浮かび上がらせ、ビルの会議室にいた英一も微かに笑った顔を外のスクリーンに向けている。これでいい、とエイジは胸中に紡いだ。
これで俺たちの役目は終わった。
あいつはもうひとりで歩いて行ける。〝システム〟の及ばぬ地平、まだ誰も見たことがない世界へ、自分の力で羽ばたいてゆく。議事堂のの大スクリーンに投映されたヲチカタの人々の生活の断片、『いちばん大切なもの』が大切にされる世界へ。あのほの暗く懐かしい村の灯をもって、GBNを覆う闇を払いながら。
我が子を送り出す親の心境とは、こんなものかもしれない。
ふと思い、エイジはまた滲み始めた視界に心底辟易した。
柄じゃないにも程があるが、黒須という他人が自分の中で占めている位置を思えば、あながち笑い飛ばすこともできない。
スクリーンの向こうで世界中の注目を集める背中――ともに戦い、底深い闇をくぐり抜け、自分には手の届かぬ場所に送り出した背中。英一を救われない、そんな目先の思い込みから始めた計画の副産物であっても、それだけではなかった。
あれは、俺自身の背中でもある。
この胸の奥底でくすぶる何かを共振させ、そこから生じた力を得て歩いてゆく他人の背中。
自分の中から生じたものでありながら、自分では言葉にできなかった想いを背負い、この肉体ではたどり着けぬ時間の彼方まで連れて行ってくれる。
それはまるで……そう、まるで――。
(……なんになる。こんな能書きがなんになるというんだ)
低いうめき声が通信で発し、エイジは深い物思いから立ち返った。幽鬼のように青ざめたマイケルの顔が、通信ウインドウを映し出していた。
(具体性のない、青臭い演説だ。一夜明ければ、みんなまやかしに気づく)
「そうかい? ヲチカタのコロニー民が最新のデジタルツールを使いこなしてるって話は、十分に具体的だと思うがね」
<ターンX>の右腕をだらりと下げたまま、マイケルは充血した目をウインドウに向ける。エイジはレバーを握り、「わかんないのかよ」とその碧眼をウインドウ越しに見返した。
「たったいま、とんでもなく巨大な世界が誕生したんだぜ。〝システム〟にのっとって、ここから世界中の資本家が支援に乗り出す。あんたのお仲間だって例外じゃない」
ペダルを踏み、レバーを静かに押し、<ガンダム>をゆっくり立ち上がらせた。
背中のビーム・サーベルを抜く。発射口から光刃をのばした。
相手との距離を1歩分詰める。
マイケルはびくりと口もとを痙攣したのをウインドウで見えた。
「あんたも確かめてみなよ、その奇跡を。流れに乗り遅れたら、あんたこそ不快に思われるんじゃないか? お仲間に」
(……そうだな、それもいい。いち早く流れに乗って、途上エリアへの支援事業に見通しをつける。そのエリアのダイバーに渡りをつけて、彼の地を金で支配する。たしかに普通のプロジェクトには馴染まない長期の案件だが、『A金貨』でGBNを実効支配してきた我々には運用のスキルがある。あの携帯機器を使えば、ELダイバーの洗脳も容易なことだろう)
マイケルは暗い笑みをうかべたまま、<ターンX>は右腕を突き出し、半歩あとずさる。
大空に幾つも表示されていたスクリーンはひとつずつ消えていき、代わりに<ターンX>は夕闇の細い光を浴びている姿をエイジは見つめ続けた。
(彼の演説の語られたとおりだよ。どうバラしたところで、人間社会は支配体制を構築し直す)
その重みを十全に理解したマイケルが言う。<ターンX>は右腕をあげて三つ又の手から光刃をのばし、構えた。1歩、また1歩とこちらの距離を詰め始め、エイジは左右のレバーを握りしめた。
(わかっている。GBNで繋がり合った民意こそが新たな支配者、途上エリアへの過度な干渉を監視する装置になると言うのだろう? IQが高すぎる、というのが私の感想だ。今の話をダイバーの何割が理解できると思う? すべては善意から始まった、人には善く在りたいと欲する本能がある……言葉は平易で魅惑的だ。だが似たような言葉は過去にもあった。すでにGBNで繋がっている先進国の人間たち、いま使われている30億の脳は、とっくにこの言葉を共有している。あの廃棄コロニーのELダイバーは新しいことは何も言っていない。ただ、忘れていたものを思い出させただけだ。そして多くのダイバーが……人間がそれを忘れていたのは、それが現実を生きる上で不要な情報であるからだ)
ビームサーベルをかまえた<ターンX>が地を蹴った。
即座に反応したエイジはペダルを踏み、背部のブースターを焚いて<ガンダム>を飛びださせる。
ふたつの白刃がぶつかり合う。
マイケルの顔色は相変わらず青白かった。瞳の奥も揺れている。自身、忘れていたものに奥底を揺さぶられ、動揺を隠しきれずにいる男の目――本人は気づいていないし、決して認めもしないだろうが、彼もまた〝出会った〟のだ。エイジは<ガンダム>を操作しながら、ひとつ息を吸い込んだ。そして逸らさないと決めた目を、アイ・フィールド・ビーム駆動、いわゆるIFBDの力で、ふわりと後方に浮かび退いていた<ターンX>に――いや、マイケルに据えた。
(途上エリアの発展拡充、ELダイバーひとりひとりに対する支援というアイデアはいい。それを実現してみせた実行力にも敬意を表する。だが、そのために我々の資金を盗み取った行為は、変わらず許しがたい。それで世界が変わると決めつけた、その賢い頭の中身もだ。30億の脳で行き詰まっていた世界が、プラス1億のELダイバーの流入で劇的に変わると思える根拠は? あの廃棄コロニーの少女ひとりの例をもってして、世界を括ろうというのか? そうではなく、1億の馬の骨が30億の足を引っ張ることになると――)
「あんた、神様に会ったことがあるか?」
<ガンダム>は空中に浮かぶ<ターンX>に狙いをつけ、バルカン砲を放つ。
神様。胸の内奥から自然にわきだし、ひと塊になって声帯を震わせた。
虚をつかれた様子で立ち止まった<ターンX>に、バルカン砲の弾丸は命中する。その機体を見据えたまま、「俺はある」とエイジは静かに続け、兵装を右手のビーム・ライフルに選択した。
照準。連続射撃。
「人の姿をしていたけれど、俺にはそれが神様に見えた。ただ命を救われたってだけじゃない。自分の中にある、形にならないものを引き出してくれるなにか。言葉にならないものを言葉にして、自分がなぜここにいるのか、これからどうしたらいいのかを教えてくれるなにか……」
ビームライフルから放たれる火線が、立ち止まって動かなくなった<ターンX>に命中し、装甲を焼いていく。だが強力なナノスキン装甲をもつ、<ターンX>には決定打にはならない。
横のウインドウに映された、英一の目がこちらを直視している。そこに自分以上の自分を見出し、まるで啓示を撃たれたかの如く――やめてくれ、そんなんじゃない。俺がロシアで出会った〝神〟は、今あんたが見ているものより100倍も眩しかった。熱を帯びて入り込んでくる視線を振り払い、ペダルを踏み、エイジは自分から<ターンX>に近づく足を踏み出し――
「みんながみんな、出会えるもんじゃない!」
飛び上がった<ガンダム>はバーニアを焚き、<ターンX>に接近してゆく。
「気づかないうちに素通りしちまうことだってある。でも何年も昔、呂名哲郎の前に現れた。その後も事あるごとに呂名一族の前に現れて、彼らに行く道を示した。あんたの祖父さん、ウィリアム・プログマンも同じだ。『A資金』は、〝神〟と出会ってしまった彼らが未来に託した遺産だった」
反論の口を開こうとして果たせず、無為に機体を震わせた<ターンX>が空であとずさる。
いったん目を伏せ、決然とした目をマイケルに据え直した英一に促され、「でも、『A金貨』は孤独だった」とエイジは押し被せた。
「関わる人間たちの心を引き写したように孤独だった。呂名哲郎も、あんたの祖父さんも……。だから、自分の血を分けた者に事業を引き継がせた。自分の代ではたどり着けない未来に、『A金貨』を……『アファーマティブ・システム』を託すために。それは、孤独を引き継がせることでもあると知っていながら」
湧き出る言葉のままにレバーを動かし、ペダルを踏み、口を動かす。退いていく<ターンX>の踵が高層ビルの屋上に当たり、落ちていく瓦礫が大きな音を響き渡らせた。
「身勝手だよな。金が全部じゃない。資金は魔物だなんて言いながら、自分がそれを信じていない。『A金貨』って金を通してしか、他人と向き合うことができなかったんだから。始まりがそうなら、呪縛に取り込まれた一族の連中も似たようなもんだ。自分で自分を騙して、〝システム〟の奴隷になるか、独りで事を進めて隠しようがなくなったところで自爆するか。どっちにしろ、寂しいし愚かしい。世界を変える前に、変えられるってことを信じられない自分を変えなくちゃいけなかったんだ。それができたのは、この長い年月でたったひとり――」
わずかに首をめぐらせる。通信ウィンドウの向こう、視線を絡ませた英一が少し哀しげに微笑み、肉親たちの影を宿した顔を心持ちうつむける。
アイデアの優劣ではない。
信じられなければ、信じられるまで出会いを重ねて、傷つくことを恐れずに。彼が他の呂名一族の人間たちと違っていたのは、それだけのことでしかなかったと思う。「あんたもわかっているはずだ」と重ねたエイジは、さらにバーニアの加速をあげ、<ターンX>を高層ビルの壁面に押しつけ、すべての意識を振り向けた。
「才能は、心ある人たちは、GBNだけじゃない、世界のあらゆる場所に存在する。ミカヅキひとりが特別なんじゃない。ヲチカタはスタート地点だ。『アファーマティブ・システム』の恩恵を糸口に、これからたくさんのELダイバーたちの脳が目を覚ます。彼らは自分の力で成長してゆく。もう管理や保護をする必要はない。間違えそうになった時だけ、手を貸してやればいい。かつて、あんたたちは植民地に成り代わる支配構造を実現するために、GBNを造り出した。そこから新しい提案が生まれたのなら、これはあんたらの手柄だ。長い年月にわたる『A金貨』の歴史は新たなルールを生み出すための子宮だったんだ。フェアチャイルド財閥……あんたの同族の実験は成功したんだと考えられないか?
独り勝手に絶望して、殻に閉じこもるのはもうやめにしよう。今、俺たちが見たもの、ヲチカタから送られてきた何百万枚もの写真こそ、新しい〝神〟だ。俺たちが守り、繋げていかなければならないものだ。『A金貨』の呪縛は解かれたんだ……」
言いきった瞬間、肩にのしかかっていた重みがすっと消え去り、背後で何かが身じろぎする気配をエイジは知覚した。
高層ビルが立ち並ぶ中、それは音もなくエイジから遠ざかり、散歩するかのように足取りでコクピットから出ていく。振り返る必要はなかった。
『A金貨』の呪縛は解かれたのだ
この長い人生の間、何をするでもなく背中にへばりついていた〝亡霊〟も、成仏の潮時と心得たのだろう。エイジは、安堵と寂しさの両方を抱いてつかのま目を閉じた。
おめえも、もう独りじゃねぇな。ありがとよ……。
ささやく声を残し、それは別離も告げずにどこかへ消えていった。エイジは、あらためてウインドウの向こうのマイケルを見つめる。怯えたような目を宙に泳がせていた。「マイケル」と発した別の声がしてきた。
(あなたの言う事は正しい。人の気は移ろいやすい。どんな歓喜も高揚も、時が経てば風化する。ぼくらだって、 この先どうなるかわかったものじゃない。使われていない脳が活性化しても、世界は何も変わらなかった。遠い将来、そんな絶望を抱いて世捨て人になっていないって保証はどこにもない)
静かな眼差しでマイケルを見据え、英一が言う。(その時、何もできなかったでは済まされない)と続いた言葉は、前に踏み出された一歩とともに紡ぎ出された。
(だから、あなたたちは〝システム〟を作った。一時の感情に流されない強固なルール。欲望に根差した〝システム〟を作り上げ、すべてが資金に還る管理体制を構築した。それを実現したのは、あなたたち一族の、民族のネットワークだ。ある国の国民、移ろいやすい個人であると同時に、民族という全体の一部でもある個人。全体の利害と個の利害を同一視し、世界の平準化を願ってきたあなたたちは、GBNという枠組みに縛られたぼくたちの先を歩いている。生存と発展のために協力しあい、ひとつの世界を生きている人のありよう……これからすべての人間の、ELダイバーが目指していかなければならない理想の形、世界市民の先駆けなんだ)
(世界、市民……)
呆然と呟いたマイケルの碧眼にほずかな光が灯り、英一と視線を絡ませる。英一はうなずき、(マイケル。僕は何もしなかったよ)と穏やかに重ねた。
(何もできなかった。きっかけは作ったかもしれないけど、こうなったのは僕の意思じゃない。エイジさん……金家さんひとりが段どったという言い方も違う。僕たちは使われたんだ。呂名家も、プログマン家も、使うつもりで使われていた。『アファーマティブ・システム』に。もとはあなた達の中から生まれた金に……)
<ターンX>の頭部が、フェアチャイルドセンターの方を向く。こちらを完全に意識した格好だが、エイジは隙をついて攻撃しようという気にはなれなかった。
(きっかけはこれまでにもあった。叔父も、兄も、そのために命を失った。まだ時期が早かったのかもしれない。考えが足りなかったのかもしれない。でも一番の理由はエイジさんが言った通りだ。彼らは寂しい人間たちだった。人間に期待しながら、機体する自分を信じきれない。その足りない部分をひどく個人的な願望で埋めていた。家を、家族を呪縛から解き放ちたいという願い……怨念にも似た執着心で、自分を駆り立てていた。僕も含めて……)
あなたも。
言外に付け足された声音に苦渋の色を覗かせた碧眼が伏せられてゆく。英一は確かな光を宿した視線をマイケルに注いだ。
(それでは不足だった。結局、結局『アファーマティブ・システム』は自分の力で目覚めた。もう管理はできないし、その必要もない。『アファーマティブ・システム』が飛びだしていった先は、すべての人間、そしてELダイバーが繋がるネットワークの海だ。そこでは全体と個人が相対化され、両者の利益は不可分になる。ELダイバーひとりが生き続けるために、全体の繁栄が追及される。夢物語じゃない。GBNはその入口に立っているし、あなたたちの民族はその方法で繁栄してきた。長い年月を経て、人類もELダイバーもあなたたちに追いつこうとしているんだ。
ふたつの世界、ふたつの生命を共有する人類とELダイバーという個。あなたたちの中で蓄えられた資金、『アファーマティブ・システム』がそれを実現する。誰の意思でもなく、善く在りたいとする人の本能に従って、国や民族、家の呪縛に縛られて、これを断罪する権利は誰にもない。僕たちも孤独から抜け出すべきだ。古い〝神〟は、その役割を終えた。人も、ELダイバーも、変化の時を待っている。これからは――)
(違うな)
そのひと声は空気を塗り替えた。マイケルは伏せていた目を上げ、<ターンX>は押さえていた<ガンダム>の右肩を右手で押し出した。
ぬらと閃いた碧眼が見え、エイジは全身の肌が粟立つのを感じた。
(これも我々の理想を実現するひとつの形……と言いくるめたたいのだろうが、そうはいかない。似たようなことを言って共産主義を立ち上げた裏切り者どもが、どんな末路をたどったのか知っているはずだ。我々が年月をかけてそれを叩き潰したことも)
<ターンX>が左手が背中の武装コンテナからバズーカを取り出す。
エイジは反射的にレバーを動かし、<ガンダムを後退。
<ターンX>のバズーカから弾頭を一発、発射。至近距離の砲弾をかすめる。それでも<ガンダム>の頭部が半分吹き飛び、機体はアスファルトへと叩きつけられた。
メインカメラが半分破壊され、コクピットモニターの半分が停止した。
(言っただろう。どのような平坦な道にも格差を作り、差別することで結束をはかるというのが人という生き物だ。滅亡の最後の瞬間まで、それは変わらない)
乱れた通信ウインドウの映像でも、マイケルの笑みがわかる。乱れた映像のなかの英一もその目を見返している。
マイケルの目に殺気が走り、まずい、と身構えた時には遅かった。<ターンX>の四肢が素早く分離し始め、夕闇の空に散開した。エイジはレバーを動かし、素早く動かそうとしたが、同時に<ターンX>の四肢から突き出した銃口が突きつけられる。動こうと無駄だ――言葉より雄弁に語った碧眼にペダルを踏む足が縫い付けられ、<ガンダム>はその場に立ち尽くした。
「お前たちの方舟に乗るつもりはない」
ガチリ、とボタンを押す音が最後通牒だった。