ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第百八話

 地上に降ろされたマイケルは両手に手錠がかけられ、困惑顔の兵士らが権利を読み上げる。うつむいたきり、マイケルはなんの反応も示さなかった。ここからでは表情はうかがえず、兵士に挟まれた背中が見えるのみだが、そこに先刻までに存在感がないことはわかる。まるで抜け殻のよう……いや、糸の切れた操り人形のようと言った方がより実像が近いか。

 ミーユの体当たりで床に仰向けになった英一も、覆いかぶさった身をそろそろと起こした彼女も、呆然とした様子でマイケルを注視している。自滅覚悟で英一に<ターンX>の銃口を突きつけながら、直前で思いとどまったように見えたフェアチャイルドの管財人――まさか、本当に壊れてしまったのか? その心の内はさすがに想像しきれず、

エイジは我知らずマイケルの方に足を向けかけたが、杞憂だった。兵士らに促され、歩き出したマイケルは、不意に立ち止まると鋭い視線をこちらに投げかけてきたのだ。

 連行する兵士らの腕を振り払い、体全部をエイジに相対させる。「ひとつだけ聞きたい」と発した声に、エイジは微かに顎を引いた。

「もし、私が取引に応じていたら……議事堂のスピーチを取りやめにするという選択肢はあったのか?」

 今更の質問に虚をつかれ、すぐには応じる言葉もなくその顔を見つめ返す。正直、そんな想定はしたこともなかった。計画を始める前、英一の身柄と会話記録との引き換えにマイケルが応じていたら、あるいは――。

 いや、それはないな。内心に自答し、エイジは顔をうつむけた。英一の身柄を確保した上で、スピーチは予定通りに敢行していた。他に、『アファーマティブ・システム』が拓きつつある可能性を世界に知らしめる術はない。意識もしていなかったが、その点では端からマイケルを騙していたというわけだ。

 顔を上げ、まさか、という風に肩をすくめてみせる。そうするのが、今はいちばん相応しい気がした。案の定、マイケルは苦笑をもってそれに応え、わかっていたよと言いたげに目を伏せた。「詐欺師め……」と辛うじて聞き取れる声で呟き、自分から背を向けて戸口の方に歩き出す。再び存在感を放ち始めたその背中が、兵士たちの狭間で清々と浮き立って見えた。

 何も知らずに詐欺師と会談中だったフェアチャイルド財閥の人間が、踏み込んできた隊員のせいで騙されていたと知り、逆上して銃口を突きつけた――立件まで行くかどうかはともかく、インターポールの見解はそんなところに落ち着くだろう。尋問されてもマイケルはなにも答えず、そのうちフェアチャイルド財閥の意向を受けた上層部から内々にお達しがあって、真相はうやむやのまま身柄は釈放される。

 そのあと、どうなるか。

 無論、これまで通りというわけにはいかないだろうが、少なくとも、すぐに駆除されるようなことにはなるまいとエイジは思っていた。

 今日の議事堂総会の気運があれば、福田の遺した〝爆弾〟がなくとも、ヲチカタを取り巻く謀議を告発することはできる。フェアチャイルド財閥にその矛先が向き、日本の〝財団〟を含むすべての統制が乱れていった時、組織防衛を効果的に行えるのはマイケルを置いて他にいない。事情に精通する唯一の人間として、フェアチャイルドは彼を利用し、彼の全体の中のひとりとして役目を果たすに違いないが、それはもうこれまでのような奴隷関係にはならない。全部が片付いた時には削除されぬよう、打てるだけの手を打ち、逆に噛みつき返すぐらいのことをマイケルならする。英一が言った通り、いつかは古き神々を放逐し、より強固にした〝システム〟に走らせる新たな盟主として――。

 例の会話記録は、その時まで取っておくことにしよう。

 ともかく、これで終わった。溜め込んでいた息を吐き出し、エイジはそのままくずおれそうな体をゆらとよろめかせた。額に浮き出た汗を拭おうとして、後ろ手にはめられた手錠が冷たい音を立て、舌打ちする気力もなく嘆息する。その重みをあらためて実感し、なんてザマだよ……と口中に罵った途端、左右からのびてきた兵士の手に両肘をしっかり押さえ込まれた。

 バカが、格好つけた結果がこれだ。再三の罵声を自分に浴びせかけつつ、屈強な兵士たちに引っ立てられた身を戸口に向ける。他人の行く末を気にしている場合じゃない。〝保険〟の代償にこれからハードな時間を過ごさなければならないのは俺の方だ。一体全体、なんでことになった?

 どこから振り返っていいのかもわからない数か月間の断片を頭に呼び出し、エイジは素知らぬ顔でマイケルの<ターンX>を見上げた。

 事の始まりはあのヴァルガの片隅で顔を合わせたミカヅキ。今やサラと並ぶ有名人になっちまったガキと、〝A〟と取り澄ました顔だ。

 僕と一緒に、世界を救ってみませんか?

 ――あの時、アホかと一蹴して背中を向けていれば、こんなことには……。

 徒然に思い、嗤う気にもなれずに後ろ手の手錠をカチャと鳴らした時、すっと差し出された手のひらが指先に絡みついた。その温もりが手錠の重みを取り除いてくれたように思い、エイジは背後を振り返った。

 いつからそこにいたのか、ミーユがすぐ後ろにいた。エイジの手のひらを握りしめたまま、その視線が兵士のほうに注がれ「少し時間を。お願いします」と張り詰めた声で言う。兵士はツカモトとかいうインターポールの男を見て、ツカモトは含んだ顔で頷いてからあらぬ方で頷いてからあらぬ方に目を泳がせた。彼がミーユの知古であったという偶然も、呂名哲郎らが施した天の助け……もしくは、解放を望んだ『アファーマティブ・システム』それ自体の意思が為さしめたことか。つくづく踊らされ通しだった我が身を痛感し、エイジはつかのま解放それた体をミーユと向き合わせた。つつけば弾けそうな瞳を震わせ、怒ったように睨みつける顔を前にして、すぐに目を逸らさなければならなくなった。

 このままフェードアウトするつもりでいたのに、なんてことだ。頬でもかいて取り繕うにも手の自由がきかず、エイジは無為に唇を噛んだ。しばし沈黙の時間を漂った後、「ちょっと、行ってくるわ」と無理にでも笑い、ミーユの視線をどうにか受け止める。

「マイケルが素直に降参してくれりゃ、英一と一緒にトンズラできたんだけどな。ま、期待はしてなかったけど――」

 皆まで言わせず、ミーユはいきなり胸に頭をぶつけてきた。その髪から漂う甘い芳香が鼻孔をくすぐり、預けられた肉体の重さが体中の神経を弛緩させるよう働く。思わずその肩に手をやろうとして、後ろ手を塞ぐ手錠に引き留められたエイジは、手首に走った痛みより胸の痛みに呻いた。

「待ってる」

 そのひと言にありったけの感情を込め、ミーユはエイジを抱く腕の力を強くする。精一杯に律したものが、ずるずると溶けだしそうな熱に炙られながら、「……行けよ」とエイジは絞り出した。

「ひとりで待っちゃくれないんだろ?」

 軽口半分、本音半分の声音に、胸から顔を上げたミーユが「バカ」と応じる。その唇が微かに綻び、濡れた瞳に本来の輝きを取り戻させて、激しい熱が穏やかな温もりに変わってゆくのが感じられた。

 ミーユは1歩下がり、潮時と察したらしい兵士が再びエイジの両肘を取って歩き出す。

 見送るミーユの傍らに英一が近寄り、よろけそうなその体を支えると、やはり濡れている瞳が一心にこちらに見つめる。

 ようやく寄り添えた2人。

 それを横目に捉え、まぁこっちのほうも期待してなかったけど……と胸中につぶやいたエイジは、いっさいの未練を捨て去ったつもりで正面に向き直った。

 ロシア政府高官云々の与太はすぐに虚偽と証明されるだろうが、6年前に指名手配された事件を含め、詐欺師のエイジ……金家栄治の経歴は洗いざらい露見することになる。日本の当局に引き渡されて、次にシャバの空気が吸えるのは何年後になるものか。1歩ごとに増す手錠の重みに負けぬよう、姿勢を正して歩こうとした時、「エイジさ――金家さん!」と投げつけられた声に背中を打たれた。

「ずるいですよ、こんなの。これじゃ、僕は……」

 先に言葉にならず、代わりにこぼれ落ちたひと筋の涙が英一の頬を伝う。こちらに近づこうとするその体を押しとどめ、辛そうに顔を伏せるミーユの姿も目に入れたエイジは、ひとつ吸い込んだ息をゆっくり吐き出した。

 こういう場は苦手だっていうのに、こいつらは。

 内心にぼやいた勢いで思い切り足を踏ん張り、その場で強引に立ち止まる。左右の兵士が文句を言うより早く、首をひねって英一と視線を絡ませたエイジは、なんだよ? とすがめた目で問いかけてやった。

 犠牲が大きすぎて堪えられないってか? ふざけんな。これからどんだけのものを背負わなきゃなんねぇのか、わかって言ってんのかよ。おまえさんが始めたのはそういうことだ。情けねぇ声出してがっかりさせんな。幕はとっくに上がってんだぞ。

 ほんの数秒のことだったし、どういう顔をしたのかは自分でもわからない。が、目を合わせた英一は小さく息を呑み、前のめりになっていた体をわずかに引くと、

「……僕も、神様に会えたみたいだ……」

 濡れた顔に笑みが浮かび上がり、強靭でしなやかな意思の光がその瞳に宿ってゆく。

 それでいい。それでこそ〝A〟、呂名英一だ。お仕着せの古い神様はもういらない。みんな、誰かが誰かの〝神〟になり、自分の〝システム〟を育んでゆければ……っ、て、クソ、だめだ。やっぱりカッコよすぎる。

 胸中に悪態をついたのも一瞬、「神様にしちゃ男前だったろ」と応じたエイジは、その拍子にぐいと両肘を引き上げられた。

 先刻より強固に押さえ込んだ兵士たちに挟まれ、半ば引きずられる格好で歩き出す。手を握り合い、寄り添って見送る英一とミーユの気配が遠ざかり、<ジェスタ>の足の装甲の向こうに消えてゆく。最後にミカヅキに会えなかったのは心残りだが、あの2人がうまく伝えてくれるにちがいない。タダシのこと、永琳組のこと、〝財団〟のことも然りだ。世界が変わったことかもしれない今日という日を経て、すべてはこれから始まる。そう思い、それを阻む100万もの障害を頭の外に追い出したエイジは、もうなにも振り返る必要もなく足を動かし続けた。

 この長い間、常に背中をつきまとい続けた〝亡霊〟はもういない。不快の波を洗う必要もない。それだけで、俺にとっちゃ十分な証明だ。これからしばらく留守にするが、頼んだぜ。あのヲチカタの村を彩っていた始まりの灯……新しい景色を消さずに広げていけるかどうかは、おまえら次第なんだから。

 わかってる。カッコつけすぎだよな。でも、今の俺は自由だ。これ以上にないってくらい最高の自由なんだ。収支はとんとん、いっそ黒字って気分だよ。何年食らい込むかわからないが、また会おう。頑固に変わらない世界、でも少しずつ変わり始めている世界の片隅で、いつかきっと。その時は、あの村でバカ騒ぎでもしようじゃないか。

 空気はひどく冷たくなり始めた。寒さのせいか、柄にもないことをやりすぎたせいか、大きなくしゃみがエイジの口をついて出た。

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