ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第十二話

 

 そうして歩き始めて、3年あまり。エイジは今もここにいる。

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

  新たなエンターテイメントとして、設立されたヴァーチャルMMО-RPG『ガンプラバトル・ネクサス・オンライン』の片隅で、深まる一方の闇に身を浸している。

 ここにいてはいけない、『A金貨』に関わるな。

 どちらの遺言も完全に反故にした格好だが、仕方あるまい。企図したことではないにせよ、エイジはクロウ――黒須修三の末期に立ち会ってしまったのだ。あんな光景を見せられて、はいそうですかと簡単に身を退けるわけがない。

 その後、四半世紀も引っ張り続けている事情はおくとしても、最初の一口は電話をかけてきた黒須自身が作ったのだと断言できる。これも自業自得、所詮は不肖の弟子のやることと甘受してもらうしかない。

 ひとつ守ったことがあるとすれば、遺された300万円を元手に、ネットカフェを出て、大卒の資格を得たという一事だ。別に黒須が望んだ人並みの青春を得ようとしたのではなく、『A金貨』とつきあうには相応の基礎学力が必要だとわかったので、通信制で経済と法学を修めさせてもらった。

 残るもうひとつの宿題、いつか親に会いにいけという件については、いまだ果たされていない。時期を逸してしまった今はともかく、当時はそれどころではないというのが為らざる心境だった。

 大学の受験に取り組む傍ら、『A金貨』の情報を集め、陸天事件の顛末を洗い直し、業界に食い込むべく詐欺修行も続ける。GBNで情報を集めるには、ある程度は実力がなければ相手にされないため、ガンプラ修行も続ける。ここに居続ける地力をつけるために、この3年の時間の9割が費やされたと言っても、過言ではなかった。

 黒須の死から1週間後、呂名正彦は自殺を遂げた。黒須同様、ホテルを転々として行方をくらましていた彼が、自ら警察に出頭したのは黒須が殺された翌日のこと。

 陸天事件についてどのような証言がなされたのか、そもそも聴取はあったのかすら定かではない中、正彦はその日のうちに警察から帰され、自宅のマンションに戻ってからからはほとんど外出もしなかった。

 辞表を郵送したきりの議員事務所にも挨拶にも出向かず、家族や恋人とも会おうともせず、自宅にこもり続けた呂名正彦の心中を推し量る術はない。が、警察に出頭したタイミングからして、彼が黒須の死を承知してた可能性は高い。

 〝財団〟がいよいよ清算に乗り出したと知って、もはや逃げ切れぬと覚悟して……? いや、自殺そのものが偽装で、呂名正彦もまた殺害されたのかもしれないし、警察への出頭が自発意志であったという保証もないのだが、正彦に形式ばかりの聴取を受けさせたとして、〝財団〟に何の得があったろう。始末するだけなら、失踪先で自殺したように見せかけた方が事は簡単に済む。前後の状況を鑑見て、やはり彼は自分の意志で警察に出頭したとみるのが妥当だろう。

 呂名正彦は、マスコミ相手に騒動を広げる黒須の意図が、自分を救うことにあると知っていた。その黒須が殺害され、責任を感じるとともに、〝財団〟のやり方に憤りを感じた。無論、警察に行ったからといって、〝財団〟を訴追できようはずもないが、疑惑の中心人物が動けば、マスコミの注目は否応なく集まる。それゆえ、半ば無駄を承知で警察に出頭し、鎮静化しかけていた事件報道に一石を投じようとした……と、これは推測というより、黒須の末期を知る者の願望と言った方が近い。

 なんであれ、呂名正彦は6日間の引きこもり生活の果てに死に、陸天事件を手繰る線は完全に途絶えた。その死と黒須の死を関連付けて報道するマスコミもなく、事件は不透明な幕に包まれたまま、すべてが闇に葬られた。

 一事が万事だ。

 当時の新聞記事を映し出すウィンドゥから目から外し、エイジは深々と息をはきつつベンチに寄り掛かった。どこからどう攻めても、核心部分はわからない。さんざん迂回路を歩かされた挙句、わからないということだけがわかる。

 これまで『A金貨』ネタで稼ぐ一方、その『A金貨』の真相を知るためにどれほどの金と時間を使ってきたか。なんとか食えている以上、収支はとんとんといったところだろうが、ここまで剥いても何も出ないと、これはそもそも中身がない、噂という名の皮が折り重なった巨大な玉ねぎなのではないかと思えてくる。

 どだい、ここまでの話は全て黒須と、黒須を見る自分の目を通して紡がれたもので、客観的な観測はない。なにもかもが黒須の妄想、ひき逃げもひき逃げ以外の何物でもなかった……という可能性も皆無ではないが、それではさまざま説明のつかないことも出てくる。

 政治家秘書という逃げ隠れできない立場にありながら、呂名正彦が陸天事件に手を染めた理由。呂名一族の個人情報管理には隙がなく、過去の事件報道や法人登記の記録から全体像を類推するよりほかないが、少なくとも金に困っている気配は片鱗もない。

 その御曹子が詐欺を働く理由がまず見つからないし、なによりすべてが呂名正彦の策したことであったなら、彼と黒須はなぜそろって死ななければならなかったのか。

 この疑問に対するもっとも有効な解答は、ひとつ。呂名正彦の背後に別のなにか――〝財団〟が控えていて、邪魔になった2人の口を封じたというものでしかない。

 やはり、『A金貨』は実在する。

 陸天サービスに対する融資も現実に進んでいたが、なんらかの事情で取りやめになり、正彦と黒須はハシゴを外された格好になった。いや、黒須という外部の人間をブローカーに雇い入れたこと、『〝財団〟でトラブルがあったらしい』と黒須に告げた陸天の社長の言葉に鑑みて、これはもとより〝財団〟としては正規の融資ではなく、呂名正彦が独断で押し通そうとしたことであったのかもしれない。

 結果、途中で断念を余儀なくされ、呂名正彦は失踪。黒須はその彼が〝財団〟に処分されるのを防ごうと、陸天やマスコミを巻き込んで事件を表ざたにするべく働きかけた。

 あるいは、この黒須の行動がなければ、陸天は告訴に踏み切ったりせず、〝財団〟も暗殺という極端な手段に頼ることなしに、事件は事件になる前段階で終息していたとも考えられる。しかし現実はそうはならず、黒須は〝財団〟に挑みかかるように騒ぎ続け、迎えるべき帰結を向けた。

 あの黒須をして、そこまでの決意に至らしめるものはなんだったろう? ようやくつかんだと思った本筋のルートがあっさり断ち切られた、その怒りと絶望は原因でしかあるまい。彼に命がけの行動を促した理由はほかに存在する。呂名正彦と、その背後にささやく者たちが体現するなにか。

 〝システム〟という言葉と1対になって語られる『A金貨』の真実――。

 そこまで考えたところで、思考の波は急速にしぼむ。原因はわかるが理由はわからない、結局はそういうことだ。自分自身の理由も説明できない男が、他人の胸の内を、推し量れるはずがない。エイジはウィンドゥの片隅で表示されているデータファイルをUSBメモリーとして可視化させ、手の中で温まった別のUSBメモリーを――〝A〟から託された真実へのカギをしげしげと眺めた。

 四半世紀も続く至高の堂々巡りに投じられた2つの石、その名もミカヅキと〝A〟。

 割れ鍋に閉じ蓋でありすぎる展開は、まずもって自分を陥れようとする何者かの策謀を疑わせるが、もしそうなら、これはとんでもなく周到で念入りに組まれた仕掛けだ。

 最初に会った時、現在の〝財団〟の名称は? と問うたエイジに対して、あっさり答えたセキの言葉。JNCという一語を聞いただけでも、その周到さが伝わってくる。

 JNC。

 日本電子文化復興会。

 20XX年に発足した公益財団法人で、公益法人法の適用要件を満たす最低限の活動しかしていないにも関わらず、理事には政財界から多数の歴々が就任している。

 この手の財団では名義貸しの理事が多いものだが、JNCの理事たちは月一回必ず会合を持つようにしており、会合の日は青山にある財団本部に1ダースもの送迎車が並び、その周囲を警備の人間がぐるりと取り巻く。会合の内容はその月の会報に掲載され、ホームページを介して一般の目にも届くとはいえ、『オランダ文化交流会の報告』だの『〇〇年度決算報告』だの、毒にも薬にもならない内容ばかり。

 それぞれに忙しい理事たちが、そんな呑気な会合に時間を割くとは考えられず、別の内容が話し合わせていることは間違いない。なによりエイジの注意を引いて離さないのは、発足以来、理事長職を任せられている男の名前だった。

 呂名信彦。

 おそらくは200X年末期まもなくにGBN誕生して以来、たびたび名を変えて存続している〝財団〟にあって、20XX年以降は常に理事の座についてきた男。限りなくクロに近い灰色の〝関係者〟にして、あの呂名正彦の実父――。

 『A金貨』の関係者であるという〝A〟の言葉が騙りなら、彼もまた独自に調べ上げ、自分をカモるために利用していることになる。3年の時間と資本を調べ上げ、ようやくたどりついた〝財団〟の情報を、だ。やっぱりその線はないか……と再確認したエイジは、やや重みが増したと思えるUSBメモリーを手でもてあそんだ。

 経緯や目的は不明であるものの、呂名一族が『A金貨』に深く関与してきただけは間違いない。〝A〟の口ぶりからして、彼の係累であるとするのがもっとも妥当な推測だが、安易すぎるという他にも腑に落ちない部分があって、いまだ考えを先に進められずにいる。

 あの目だ。

 じっと動かないのに、奥底の熱を受けて小刻みに振動しているような目。あれはなにかを維持運営する者、支配する側に立つ者の目ではないとエイジは思っていた。彼自身が言った通り、呪縛された者の目だ。闇の底に縛り付けられ、静止した時間を流されるまま漂いながら、目だけはわずかな光も見逃すまいと見開かれている。

 自分と同じ、ここに居続ける目だ。少なくとも、写真で見る限りは呂名正彦にも見られた維持者の目、既存の〝システム〟を底支えする壁にも似た硬さは〝A〟の瞳にはない。どうでもいいと捨て鉢になっている人間すら共振させる、魔物めいた破壊者の光があの瞳の奥にはある。

 そう、彼にもそんな目を持つに至った原因があり、持ち続けるに足る理由がある。ベンチの上のUSBメモリーに〝A〟の目を重ね合わせ、俺がここに居続ける理由はなんだ? とエイジは再三自問してみた。

 知ること。

 『A金貨』の真実を知り、見えない〝ルール〟の正体を見極めること。それだけで、彼らにとっては敵対行為になる……とドレルは言っていた。

 そうだろう、その自覚は最初からある。それでも知りたい。

 この命と引き換えでもいい、と思い詰めたことも1度や2度ではない。

 真実を知り、世界にあまねく違和感の根源を確かめたいという思いは、ほとんど本格的な衝動になってこの身の内に渦巻いている。

 なぜなら、それがどのようなものであっても、存在が認知された瞬間に〝システム〟は効力を失う。不可視であるがゆえに保たれてきた恐怖、不可侵性の箔が剥がれ落ち、世を規制する他の多くのルール同様、場合によっては変更も可能な決まり事のひとつに過ぎなくなる。〝システム〟の番人たちは、だからこそ人を真実から遠ざけ、近づこうとする者には死を与えさえしてきたのだろう。

 知識は光となり、迷妄という名の闇を払う。神話の時代から続く摂理を心得ている番人たちは、同時に自らのペテンを自覚してもいるのだ。

 知れば自由になれる気がする。知識という光が闇を払い、ここから抜け出す一歩を踏み出せると思う。国ぐるみ、世界ぐるみでなにかの支配下に置かれているような違和感も払拭され、静止した時間の中で不快の波に洗われ続けることもなくなる。

 もう飽き飽きなのだ、亡霊と一緒にここに居続けるのは。

 自由になるために――たぶん、それが『A金貨』にこだわり続けてきた俺の理由だ。

 『A金貨』を盗み出せ、などと無体なことを言ってきた〝A〟の理由も、似たり寄ったりであるのかもしれない。このまま不自由な闇の底で生きるか、バカを承知で〝システム〟に正面きって挑むか。覚悟というほどのこともなく、エイジは〝A〟から託されたUSBメモリーを手にとった。

 USBメモリーといっても、可視化させたプログラムに過ぎない。エイジは、新たにウィンドゥを開いて、その上にUSBメモリーを置いて、ぐっと瞼を閉じ合わせる。

 ままよ。

 メモリーを読みこむ音。

 閉じた目を押し開いたエイジは、息を詰めて、20センチ大のウィンドゥを凝視した。

 ざっと目を通すつもりでスライドショーを選択する。最初に映し出されたのは、さまざまなアニメーションの羅列だった。しゃべっている言語は、日本語のそれではなく、一見では頭の中で理解ができなかった。思わず、目を細めたエイジをよそに、次の画像ファイルが表示され、今度は中年の男と少年が砂漠を歩いているらしい写真が大写しになった。

 その次は、無限に広がる砂漠のうえに、いくつものガラス戸が張られた近未来的なデザインをしたビル。そのビルを守るように、立っているのは<ジムⅢ>などのモビルスーツ。そして、赤い甲殻類を思わせる大型機動兵器――モビルアーマー。

 どう見ても最新の日本のガンダム作品だった。

 どういうことだ? 

 スライドショーを止めて、画像をよく見ようとウィンドゥに手を触れた時だった。突然、すぐ近くに人の気配を察し、エイジはぎょっと顏をあげた。

「見たら、後悔するわよ」

 ウィンドゥの向こうで、いつからか目前に立っていた女が平然と言う。どくんと跳ね上がった心臓がつかの間に静止し、エイジは息をするのも忘れて女の顏を見上げた。

 ダイバーの外見は、20後半から30、青天を背負った顔は上等に入り、化粧もソレスタルビーイング風の制式制服もばっちり着こなしている。

 こんな初心者用サーバーには似合わない、優良ダイバーといった風情だが、一方でそれらの印象を帳消しにする要素も彼女にはあり、エイジの視線はしばしその以上の源に吸い寄せられた。

 目だ。

 別ににらみをきかせているわけでもないのに、しっかと見開かされてるとわかる黒い瞳。

 〝A〟にあったのと同じ、わずかな光も見逃すまいとする強い眼差し、闇にすんだ者の破滅的な揺らぎ――。最初に感じるべき身の危険を差し置いて、その強すぎる瞳の印象がエイジの胸をうめていった。

 

 

 

 一瞬の空白のあと、最初に思いついたのは画像の消去とUSBメモリの確保とだった。ウィンドゥを指でたたいて閉じ、USBのメモリに戻す。

 止めるでもなく、女は薄い笑みを口元に刻んでこちらを見下ろしている。自分の素性も、このデータファイルの中身も、なにもかも承知で声をかけてきた者の据わりきった視線だった。いつから見られていたのか見当もつかず、尋常じゃないという感触ひとつを確かめたエイジは、

「誰だ、あんた」

 と慎重に一声を返した。

「マナー違反だぜ。人のプライバシーをのぞくのは」

「それはごめんなさい」

「運営か」

「当たらずも遠からず。長い付き合いになるから、先に自己紹介をしておくわ。私はミーユ。よろしくね、エイジさん」

 一見、屈託のない笑みを浮かべ、こちらをまっすぐに見据えてくる。威圧感はなく、うっかり握手でもしてしまいそうなこなれた雰囲気があった。仕事柄、身につけた部分もあろうが、他人との距離の取り方が日本人との感覚と違う。リアルでのこいつはおそらくは、海外生活経験者――それも日本的慣習がなにひとつ通用しない欧米社会で揉まれ、合理精神と押し出しの強さこそ正義と学んできた手合いか。

 勝手な想像を膨らませ、無縁の一語で女の間に壁をたてたエイジは、

「運営でないとすると、どこぞの強豪のフォースのミーユさんかね」

 と目を逸らしつつ言った。答えは期待してなかったが、ミーユと名乗った女は言いよどむ素振りもなく、

「雇い主は運営と似たようなもの。でも、仕事が違う。火事場の火を消し止めるのが運営の仕事なら、私たちはボヤのうちに火を消し止めるのが仕事。あなたや〝A〟のような、ね」

 最後の一言は、鋭さを増した視線とともに胸の深いところに突き立てられた。事態を理解した頭が再び真っ白になり、エイジは手の中のUSBメモリーを我知らず握りしめた。

 なんのことはない。事の真偽を見定めあぐねるうちに、決定的な判断材料が向こうからやってきてくれた。

 『A金貨』を包む黒い霧、〝システム〟を守護する番人たち――その、育ちのよさそうな姉ちゃんが?

 言葉にする端から実感が遠のき、エイジは目の前に立っている女の顏をあらためて見返した。薄く浮かべていた笑みを不意にかき消すとミーユは無言で右の手のひらをさしだした。

「なんだよ」

「言わせる気?」

 エイジの手中に収まった可視化した物体――USBメモリーを一瞥し、ミーユはすぐにまた鋭い視線をこちらに据え直した。

「それ、あなたの手に余る代物よ。おとなしく渡したほうがいいと思うけど」

「こういうこと、運営には?」

「必要ないの」

 にっこりと笑ったミーユの周辺の空気の圧が、ざわと一段階さがった。公園の遊具からぬっとあらわれた2人……いや3人の男ダイバーたちと目をあわせて、エイジは今度こそ絶句させられた。

 かっちりとした背広を着た風体の40歳前半の男と、同じく30絡みの男。もうひとりはジャンパーを羽織っていて、店屋に出入りするような業者と見紛うばかりの50代だが、眼光の鋭さはほかの2人に勝るとも劣らない。

 個々にサーバー内のタウン内ですれ違えば、特に目立つこともない、数秒後には印象も消えてなくなる無個性のダイバーたちだが、こうして一団となった時に醸し出す空気は常人のそれではなかった。

 命令ひとつで獲物に襲い掛かる獰猛な番犬の臭い、モビルスーツなどなくても身ひとつで敵を制圧する、暴力の使い方を心得た者の陰鬱な影は、よく見ればミーユの影の底にも宿っている。

 彼女だけならまだしも、このいかつい連中が近づく気配すら察せられなかったとは。

 プロ。

 そんな言葉が実感を伴って胸に落ち、エイジはその場で身を固くした。

 耳に残らない鳥の鳴き声。

 遠くのほうからは、子供ダイバーたちの遊び声が聞こえてくる。

 こいつらがその気になれば、自分たちにはおそらく悲鳴をあげる間もない。子供たちの笑う声を一切、中断させることなく、場合によってはリアルを割り出されて逮捕され――。

「一応、聞くんだけどさ」

 不審な想像の数々を皮一枚に押しとどめ、エイジは無理にでも作った笑顔をミーユにむけた。

「あんたら、〝A〟が差し向けたサクラじゃないよな? 俺に話を信じ込ませるために、一芝居打ってるみたいな……」

「あっきれた。詐欺師ってそういうふうに考えるの? 誰もなんにも信じられなくて、寂しくならない?」

 本当に呆れた顔で、ミーユは汚いものでも見るような目でこちらを睨め回す。

「きっつ……」

 うめいて胸に手をやったエイジは、その拍子に掌中のUSBメモリーを指先でつまみ直した。

「そっちこそ寂しい人生だろ。歯に衣着せぬってのと、無神経は違うんだぜ」

「犯罪者の相手をするのに、細かな神経じゃやってられないの。さっさと渡しなさい」

 ずいと右手を差し出したミーユの周辺で、殺気の濃度を引き揚げた男たちが鋭い視線を相乗させる。選択の余地は無し、か。エイジはひとつ息を吐きだし、手の中のUSBメモリーに未練がましい目を落とした。

「これ渡したら、おとなしく帰らせたりする?」

「御冗談。長い付き合いになるっていったでしょ?」

「だよなぁ」

 秘密は感染力の強い病原菌のようなものだ。伝染の拡大を防ぐには、保菌者を隔離して消毒を徹底する他ない。この連中がどこから派遣されてきたのかはともかく、雇われのフォースには見えない点からして、隔離、消毒の手順もシステマチックに積み上げられているに違いない。

 たしかに長い付き合いになりそうだ、と観念しつつ、エイジは体温で温まったUSBメモリーをミーユに差し出した。片手で受け取ったミーユの口が緩み、「結構」とつぶやく。

「そうやって協力的な態度でいてくれたら、私たちの心証もぐっとよくなるってもんだわ。じゃ、ログアウトして待ち合わせしましょうか」

「……どこにいくんだ」

「聞いたら、いよいよ帰れなくなるわよ」

 その時だけは目を逸らして言い、ミーユは立ち上がってとばかりに手を差し出した。男たちは、遊具から隠れた位置でエイジがつかまるのを待ち受ける。

 脅しではあるまい。

 その名を見聞きしただけで帰れなくなる。こいつらはそういう場所からきている。

 運営と同じ雇い主? 

 警察? 

 国家に雇われた秘密の守り人? 

 およそ実感のない言葉の連なりは、黒須を殺した奴ら、という簡潔な一語によってヴァーチャルにはない、生々しい実感を持ちはじめ、エイジは汗ばんだ拳をぎゅっと握りしめた。

 もしそうなら、これはどこかで待ち望んでいた瞬間だ。連行されるなら本望、逆に食らいついて秘密を暴き出してやるぐらいの気持ちはあるが、体の方がついていかない。

 今、持ってきている機体を召喚するか――だめだ。ここは戦闘禁止エリアで、モビルスーツを召喚しようものなら、即運営に抹消される。よしんばできたとしても、機体を呼び出す前に、ダイバー自体の体力をゼロにされて〝制圧〟されてしまう。

 大声をだして、他のダイバーに注意をうながす――ダメだ、それぞれの事情で入り浸っているダイバーたちが、GМに通報などしてくれるものか。

 どだい黒須殺しの犯人も挙げようともしなかった人間たちが、この局面でいったい何の役にたつ? 

 ネットを徘徊する詐欺師がひとり、さらわれようが刺されようが気に留める者はなにも……。

 押さえてもあふれてくる弱気が胃袋を重くし、膝にこめた力まで奪ってゆく。ベンチに手をつき、震えだしそうな体をどうにか立たせたエイジは、ミーユのもとへとぼとぼ歩きだした。

 包囲の態勢を固めた男たちの顏は見ず、正面のミーユの目だけ見据える。わずかな光も見逃すまいと、闇の中でしっかりと見開かれた黒い瞳――最初に見た時と同じ印象の目と目を合わせ。見くびられてたまるか、という意地ひとつを頼りに一歩を踏み出した時だった。

 向こうのジャングルジムの影から、ひとつの影がすると立ち現れるのを見た。

 安っぽい黒いポンチョを羽織り、オートバイで、こちらへと通りがかってくる。

 あんなダイバーがいたか? 

 思わずその姿を目で追った途端、目深にかぶったフルフェイスごしに影の視線が投げかけられ、エイジは思わず声をあげそうになった。

 気配を察したのか、ミーユがすかさず背後をむく。

 その時、オートバイの影は、こちらを横目に通り過ぎ、いぶかし気なミーユの視線が、エイジの眼前に残された。他の男たちもわずかに殺気立ち、ひとりがオートバイの方向へ駆けてゆく。その手が上着の懐に差し入れられているのを、エイジは見逃さなかった。

 スマホをだそうというわけではない。脇の下に吊るした〝道具〟をしっかりと握りしめているらしい男が、首を振って異常がないことを告げる。ミーユは緊張した面持ちを崩さず、他の2人に顎をしゃくってエイジの連行を促した。

 左右からのびた腕が、エイジの両手に絡みつき、万力さながらにぐっと締め上げる。抵抗できない……というより、そもそものその気力を起こさせない確固とした力に吊り上げられた時だった。フルフェイス越しの視線を思い出し、悪寒ともつかない冷気が体を走り抜けるのを感じた。

 いや、まさか。

 考えようとした刹那、先を行くおっさんと思しきダイバーがいきなり横っ飛びに吹き飛んで、それは始まった。

 横から飛び出して、男にオートバイで体当たりをかけたのだった。人影が頭を地面に激突して、鈍くぐぐもった音をさせるまでに、素早く身をひるがえした人影が床を蹴る。それは半ば跳躍するように走り、あっという間にミーユと男たちの眼前に躍り出ていた。

 同時に後輪を浮き上がらせ、エイジの左脇を抱える30絡みの男の喉元を直撃する。げっ、と獣じみた声を出した男がうしろに倒れ、右脇を抱える50代の男が反応しようとした時には、どすっと着地した人影の拳が30絡みの胸を打ち据えていた。肉を打つ鈍い音がぐぐもり、とどめを刺された30絡みの男が仰向けに地面に転がる。

 引きずられたエイジも尻もちをつき、ベンチの角に思い切り腰を打ち付ける羽目になったが、痛みを感じる余裕はなかった。

 50代の男がすかさずエイジの腕を突き放し、上着の懐に手をさしいれる。間を置かず、繰り出された人影の拳がそれを阻み、50代は人影の攻撃を防ぐので手一杯になった。その見てくれとは裏腹に、矢つぎ早に動く50代の手が人影の手を払いのけ、一瞬の隙をついた人影のオートバイの前輪をあげて50代の向こう顔面を打ち付ける。

 苦悶に歪んだ顔は、急所を蹴られた痛みによるものか、その瞬間に敗北を喫するとわかったがゆえのものか。

 おそらく両方とエイジが結論するより早く、オートバイの前輪が50代の喉に食い込み、冴えないジャンパー姿が背後のベンチに頭を打ち付ける。朦朧になった50代のうなじに手刀が叩き込まれ、さらに尻を蹴られた勢いで前のめりに倒れた。

 ふっ、と息をつき、人影がすらりとした体躯を立ち上がらせる。いつの間にかぬげたのか、手元に落ちていた影のポンチョを拾い上げたエイジは、黒い影……少女を羽織った背中をまじまじと凝視した。

「おまえ……ミカヅキか?」

 つぶやいたエイジをほんの一瞬見返し、

「そんなことは後だ」

 とだけ言い放ち、いったい、どうなってる、と出しかけた声は、

「まちなさい!」

 と飛んできた声音に吹き散らされ、エイジは痛む腰をさする間もなく立ち上がった。ついてくると決めている三日月の背中に従うのは癪だったが、殺気だったエイジの気配を背に他に選択肢はなかった。

 少数だった人だかりが、すこしずつ集まっていく。ようやく、運営スタッフが駆け付けたのか、

「うわ、ひでぇ」

「人が倒れてるぞ!」

「死んでねぇよな?」

 といった声が切れ切れに聞こえた。

 

 

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