ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第十三話

「さっさとダイバーを、退避させて!」

 ミーユの怒声をよそに、何の迷いもなく、ミカヅキはバイクをこちらに停めた。

「乗れ!」

 フルフェイスを上から被せられたエイジはわけもわからず、「何なんだ……」と追い立てられるようにミカヅキの言葉のままにバイクの後ろにのる。

 バイクには明るくないが、ミカヅキが取りついている車体は見た目からして排気量400はある。2人乗りをしても、渋滞する車列をすり抜けるのにさほど不便はないだろう。

 ミカヅキがバイクを一気に飛ばすと、モノレール駅の高架が見え、モノレールの水色の車体が目の上を滑ってゆく。高架の向こうでは5、6階建てのテナントビルが無個性の建物を林立させ、右手にはひときわ大きなテナントビルが、左手にはビルを始めとするショッピング・エリアの高層ビル街。

 エイジはあわてて、「ちょっとまて!」と怒鳴りつけた。カーブを曲がりかけた体を危うく踏みとどまらせ、ミカヅキはなんだと言わんばかりの顔をこちらに向けなおした。

「お前、なんなんだ! ずっと俺を見張ってたのか!? あいつらは何者なんだ!」

「説明している暇はない。早く――」

「どうしておまえを信用できる」

 とっさにそんな言葉がでたのは、誰もなんにも信用できなくて……揶揄したミーユの声が耳に残っていたのかもしれない。らしくないと思ったのは、ミカヅキも同じなのか、ろくに合わせようとしなかった目に探る色が浮かび上がる。気まずさをこらえてその瞳を見据えたエイジは、ため息をひとつついてから身体をこちらにわすかに向けた。

 その瞳に正面から見つめられ、

「〝A〟が必要としている以上――」

 見栄も気負いもなく、

「私が貴方を護る」

 ただ決まり事を説明する揺ぎ無さでミカヅキは言った。

 命に替えて、言外に付け足された声に聞いたように思い、エイジはなにも言えなくなった身を棒立ちにさせた。

「信じる信じないは勝手だ。奴らに捕まって、古い世界と心中したいならそうしろ」

 言うだけ言うと、ミカヅキは手すりにかけた足を勢いよく蹴りだし、バイクを走らせてみせた。こちらがバイクで逃げたことはすぐに露見する。こうしている間にも、ミーユが車で追いかけて、物騒な〝道具〟を向けてこないとも限らない。それだけ考え、他のすべてを保留にしたエイジは、

「意味わかんねぇ……!」

 と、呻きつつ掴む手を強めた。

 約10メートル先の路地裏に置かれたゴミバケツ。

 自転車等を視界に入れてしまってから、歯を食いしばって渾身の力でミカヅキにしがみつく。運動を忘れた膝ががくんと沈み込み、総毛だつ感覚が全身を貫いた。

「飛ぶぞ」

 バイクで坂道を飛んだと同時に身体をしがみつかせていたことが幸いした。エイジはどうにかバイクから振り落とされずに済んだ。

 休む間もなくバイクは走り、今度は後ろ隣に建つビルの路地へ。小振りのテナントビルの壁が幅を寄せ合う一帯は、いざ走り抜ければ張り紙と鉄製のゴミ箱、それに空調のダクトが生い茂る密林だった。

 ひっきりなしに人が往来しているに、路地には猫の子1匹おらず、人の目も届かない。こうなる事態を予測してあらかじめ下見でもしていたのだろうか? バイクを走らせ、アクロバティックな技を決め、こいつは一体何者だ、とエイジは胸中に呟いた。

 不意打ちのアドバンテージがあったとしても、その筋の男をバイクで3人まとめて叩き伏せた腕は訓練された者のそれだった。そのネームを検索しただけで、公安筋が飛んでくるベンチャー企業所属のELダイバー。

 2日前とは口調も表情も別人の厳しさだが、最初に会った時から、自分はこの厳しさと激しさを予見していたような気がする。そう、〝A〟に寄り添う……ミカヅキの姿は、秘書というより番犬のそれに見えた――。

 うまくやったな、とにやと伝えたつもりだったが、ミカヅキは仏頂面で辺りを見渡すばかりで、安堵した気配は微塵もなかった。

 可愛げのねぇ……と胸中につぶやきつつ、フルフェイスのヘルメットをかぶり直す。同じくヘルメットをかぶり直したミカヅキがアクセルを蹴った刹那、前方から甲高い急ブレーキの音が押し寄せ、エイジは自分の判断の甘さを理解した。

 バイクを停めた玄関脇の先で、グレーのワンボックスカーがつんのめるように急停車する。配送業者にしては鋭すぎる目つきの運転手がこちらを見、助手席の男が無線機らしきものを口に近づけたようだが、確認する暇はなかった。

「飛ばすぞ!」

 叫んだミカヅキに反射的に従うや否や、股の下で猛然とエンジンが唸りをあげ、バイクは弾かれたという表現のまま急発進した。

 加速に押しひしがれた頭が後ろに倒れ、ビルの壁面、宝石商の看板、電線のかかった空があっという間に視界を流れ去る。振り落とされる直前にミカヅキの背中をひっつかみ、どうにか顔を正面に戻したエイジは、鼻先といっていい距離をかすめたワンボックスカーにまた肝を潰した。

 横倒しにしたバイクをぎりぎり立て直し、ミカヅキは100メートルほど先で交差する通りを目指してアクセルをふかす。

 昼間は配送トラックか営業車しか出入りしない路地とはいえ、じきに終業のこの時刻は人も車もそれなりに行き来している。即座に追跡の挙に出たワンボックスカーは、交差路から進入してきたワゴン車に行く手を阻まれ、けたたましいクラクションの音をエイジの背中にも叩きつけた。

 通りの上にかかる高速の高架はもう目前、渋滞気味の車列に紛れ込めば逃げ切れる。祈る思いで前方を凝視した途端、行く手の交差路から2台のバイクが飛び出し、ブレーキディスクがタイヤを噛む音がエイジの鼓膜をつんざいた。

 左右の道から同時に進入してきたバイクのライダーは、そろって黒いライダースーツを着込み、悲鳴をあげる通行人らを一瞥だにせずこちらに突進してくる。急制動をかけた車体を半回転させ、ミカヅキはそれまでとは反対の方向にバイクを走らせた。

 ワンボックスカーが立ち往生する交差路を右へ。

 次の交差路を左へ。

 公園のあるビルに戻るコースだったが、是非を問う間はエイジにはなく、それは公園の前に布陣するミーユたちにしても同じだった。

 発見の一報は聞いていても、まっすぐこちらに戻ってくるとは想像していなかったのだろう。

 通りの真ん中に立ち、背後の車に手を振り上げたミーユは、自分たちの車を壁にして通りを封鎖する魂胆に違いなかったが、こちらの進行速度に比すれば遅きに失した行動だった。

 ミカヅキの背中がぐっと硬くなり、バイクのエンジンが回転速度をあげる。ぐっと唇を噛み締め、ほんの1メートル手前で横に飛びずさったミーユを尻目に、バイクは橋のガード下に突っ込んでいった。

 即座に起き上がり、無線で指示を飛ばすミーユの姿がたちまち小さくなってゆく。ハンバーガー、天丼、宝くじの看板が矢継ぎ早に左右に流れ、ガード下をくぐり抜けたバイクが再びブレーキの音を軋ませる。このまま中央通り側を抜けるものと思い込んでいたエイジは、急な方向転換に慌ててミカヅキの背中にしがみつき直した。ミカヅキはハンドルを右に切り、エリア11の北口に通じる一方通行を逆走し始めた。

 かつては中堅フォースが連なっていた新築のテナントビル。その建物をかすめ、デパートとスーパーの中間といった体のビルを過ぎて、ひと息にショッピング通りとの交差点へ向かう。右手に不愛想な鉄道のガード、左手には花屋やたこ焼き屋が軒を並べるアーケード通り。

 いかにもエリア11らしい景観を見せる通りは、ガードを挟んだ反対側とは別次元の人の多さで、広場通りを抜けた先はいよいよ人の波になる。駅から吐き出されたモノレールの乗客、アーケード街を流してきた観光客、さらには周辺の商店に出入りする客や業者が交差点でぶつかりあい、昼も夜も人と車の乱流を生み出しているのだ。

 こんな所に突っ込んだら袋のネズミ……いや、人目の多い場所では、ミーユたちも無茶はできないということか? 

 どちらとも判断はつかず、ぜい肉を知らないミカヅキの背中に体を密着させたエイジは、これまでで一番激しい急制動に舌を噛みそうになった。

 いきなりバイクの前に飛び出してきた50絡みの男が、辛うじてブレーキをかけたバイクの鼻先で呆然と立ち尽くしていた。

 だいぶ前にリーゼントを当てた髪、年相応に脂肪を蓄えた体に野暮ったいズボンという出で立ちは、近在の〝おじさん〟以外の何者でもない。その足元に買い物袋が落ちているのも見たエイジは、思わずヘルメットのバイザーを開けた。怪我はないか、とかけるつもりの声を待たず、おじさんは不意に形相を変え、無言でバイクのハンドルに手を伸ばしてきた。

 ハンドルを握るミカヅキの左手ごと鷲掴みにし、ぐいと引き倒すように力をかける。思いもよらす膂力に車体が傾き、ミカヅキがどうにか足を踏ん張らせた瞬間を狙って、今度は鋭い蹴りがおじさんの足から繰り出された。

 つかんだハンドルを支点にし、ほとんど飛び蹴りの要領で見舞われた蹴りを脇腹に受け止め、小さくうめいたミカヅキの体が大きく傾く。

 なんだ、こいつは。

 その見てくれと行動の乖離ぶりに頭がついてゆかず、なす術なくおじさんの顔を見返したエイジの尻の下で、バイクのエンジンが腹にとどろく雄たけびをあげた。

 前輪のブレーキに押しとどめられ、猛然とアスファルトを掻く後輪がゴムの臭いを立ち昇らせ、バイクの車体をびりびりと振動させる。直後、ハンドルを切れるだけ切り、ブレーキを解放したミカヅキの挙動に従い、バイクは大きく尻を振りながら一回転した。

 マシンの質量に回転速度を掛け合わせた力に跳ね飛ばされ、路面を転がったおじさんの体が焼き栗の屋台に激突する。屋台のオヤジが怒鳴り声を張り上げたようだったが、内容を聞き取れる余裕はなく、おじさんの身を案じる神経ももはや働かなかった。

 急発進をかけたミカヅキの腰をしっかりと抱え込み、エイジはちらと背後を振り返った。やはりというべきか、おじさんは屋台のオヤジの手を借りるまでもなく立ち上がり、呆気にとられた通行人らを背に全力で走り始めていた。

 問答無用の視線をこちらに据えつつ、取り出した無線機に何事か吹き込む。

 駅の玄関口をすり抜ける瞬間、同じ無線機を手にした男の姿が視界をよぎり、エイジはぞっとする思いで交差点に目を走らせた。

 雑踏に紛れてこちらをうかがう監視者は、ガード下通りの入口にもいる。

 金髪に腰はきジーンズの若者。

 額の禿げあがった背広の男。

 詐欺師の類にしか見えない太った中年男――いずれも携帯電話より大きめの無線機を持ち、動き続ける雑踏のなかでじっと静止しているのに、意識してみなければその存在を判別することができない。

 街に溶け込む変装術は運営もお手の物だが、彼らのそれはレベルが違う。変装というより、普段そのように暮らしている者が正体を垣間見せた感じというか。日頃から張り巡らせている見えない網が、光の加減で細やかな網目をふと浮かび上がらせたというか。

 『A金貨』を包む黒い霧。国に、GBNに雇われた〝システム〟の守護者――俺たちはいったい何に追われているんだ? 

 思う間に、監視者の姿は雑踏に紛れ、ショッピングエリア西エリアに出たバイクの車体が左にハンドルを切った。

 先刻のバイクの追手は見えず、ミカヅキは巧みに車列を縫い、昔ながらの食堂やディスカウントショップが建ち並ぶ西エリアを走り抜けていく。電飾看板を過ぎ、左手にデパート本館のビルが見えてくれば、エリア11メインストリートたる中央通りは目と鼻の先だ。

 エリア内の主要幹線道路では、連中もさすがに無茶な真似はできまい。長いトンネルから抜けられた気分で、エイジはほっと息をついた。急ブレーキの音が何重にも鳴り響き、バイクが何度目かの急制動をかけたのは、それから1秒も経たぬうちのことだった。

 中央通りの交差点に進入した直後だった。

 宅配便の運送トラックが眼前で急ブレーキをかけ、後続のステーションワゴンがそのリアバンパーに追突したのだ。

 ワゴン車に続く2トントラックはぎりぎりハンドルを切ったものの、バイクと並走していたハイエースバンに接触し、激しい接触音を響かせてエイジたちの背後で停止する。ハイエースバンは宅配便トラックと互いのバンパーをこすり合わせて、そこに先刻のワンボックスカーも突っ込んできて、エイジとミカヅキはあっという間に5台の車両に囲まれる格好になった。

 それぞれの車両がクラクションの音を張り上げ、バイクのアイドリング音すら聞こえなくさせる。

「まいったなぁ」

「おい、信号ちゃんと見ろよ」

 と、わざとらしい怒声がそこに入り混じり、車から降り立った運転手らが近づいてくる。

 周囲の野次馬の目を遮断する車高の高い車の悲鳴を相殺するかのごときクラクションの音。偶然を信じられる状況ではなく、エイジは四方から近づく男たちの顔を見回した。

 宅急便の運転手は同社の制服を、ハイエースバンの運転手は仕入れの業者らしい作業服を着ているが、目つきはそろって堅気の人間ではない。突発的に追突したようでありながら、5台は互いの車体を隙間なく密着させ、退路のない即席の檻を造り出している。バイクを捨ててでも逃げ切れる状況とは思えず、観念したように動かないミカヅキにも絶望したエイジは、

「あんたら、正気かよ」

 発作的にヘルメットのバイザーを開けていた。

「一体なんだってんだよ。メモリーは渡したろ? 天下の公道でここまでするってどういう――」

 皆まで言わせず、背後から迫った宅急便の男がエイジを羽交い絞めにする。ヘルメットのお陰で口だけは塞がれなかったのを幸いに、

「いてぇな! 殺される! 助けて!」

 とエイジは声の限り叫び続けた。

 ミカヅキにも2人の男が取りつき、必死にバイクにしがみつく体を引き剥がそうとしている。ヘルメットを剝ぎ取られ、長髪がなびく。

 刹那、彼女の眼を窺い知ることができた。物怖じしない所か、透き通った緑色の瞳からは怒りを滲ませ、触れれば感電しそうな空気を張りつめさせている。確かに普通のELダイバーではないな、とエイジは思った。

 彼女には他にはない何かがあるのではないか? 

 だが、首に腕を回されては、いくらミカヅキでも抵抗のしようがない。その腰がシートから浮き上がりそうになるのを見たエイジは、夢中でミカヅキの背中に抱きついた。

 業を煮やした宅急便の肘がうなじにめり込み、爆発的に拡がった痛みに意識を朦朧とさせつつも、最後の意地で華奢な背中にしがみつく。

 と。

「絶対に、離すな!」

 ミカヅキの声が弾け、立て続けに轟いたエギゾースト・ノイズがクラクションの五重奏を退けた。

 バイクが雄牛のごとく路面を蹴り、取りついた男たちを引きずるようにして前進する。その前輪がハイエースバンの横腹に激突し、前方に取りついていた2人の男がそろって前に投げ出される。フロントフォークを沈み込むだけ沈み込ませ、後輪を浮き上がらせた車体が水平に戻るのを待って、ミカヅキは先刻と同じ要領でバイクを半回転させた。

 エイジを締め上げる宅急便の男がピンボールよろしく弾かれ、トラックのコンテナに背中を打ちつけるまでに、もうひとりの男も腰にテールランプの直撃を受けて路上に転がる。両腕と両膝でミカヅキの腰を抱え込み、一緒に弾き飛ばされる事態だけは回避したエイジは、残るひとりが懐から小型のスプレー缶を出すのを見た。

 多分――いや、間違いなく催涙ガス。

 自分はともかく、ヘルメットを剝ぎ取られたミカヅキはひとたまりもない。わかっても体が動かず、男がスプレー缶を振り上げるのをただ見つめたエイジは、ミカヅキがパーカーのポケットに片手を突っ込むのを視界の端に捉えた。

 そこから黒く平べったい円形の物体を取り出し、直径10センチ弱のそれを男に向かって突きつける。男の顔色が瞬時に変わり、スプレー缶を持つ手がわずかに引っ込められると、ミカヅキはその黒い物体をステーションワゴンの車体下に滑り込ませた。

「防御っ!」

 怒鳴った男がその場から飛びずさる。

 ワゴンの運転席に残っていた男が慌ててギアを入れ替え、車を後退させる。

 ミカヅキはすかさずアクセルを噴かし、後退したワゴンの隙間を狙って包囲陣から離脱した。車内にいた男たちが次々に外に飛び出し、

「みんな退がれ!」

「爆弾だ! 伏せろ!」

 と、周囲の野次馬達に怒鳴る。

 エイジもぎょっと振り返り、急速に遠ざかる男たちの様子を見たが、爆発が起こる様子は一向になかった。頭を抱えて地を伏せた男たちと、反射的に彼らに従った数人の野次馬。交差点のど真ん中で立ち往生した5台の車を含め、しんと静止した時間が一帯に舞い降り、間の抜けた空気をじわじわ押し広げていった。

「どうなってんだ」

「クリームの缶を黒く塗った。100年待っても爆発はしない」

 対向風に風をなびかせたミカヅキが、事も無げな声をエンジンに相乗させる。囲まれた直後にやったらバレていただろうが、相手が泡を食った瞬間にたたみかけるというのは気がきいている。呆気にとられた数秒の後、「やるじゃねぇか」と、エイジは返してやった。

「ご同業の素質あり、だな」

「私は何も言ってない。向こうが勝手に勘違いしたんだ」

 交差点を抜けたバイクは、中央通りを左に折れて駅方面に向かっている。反対車線は今の騒動で車がびっしりだが、こちらの車線は普通に走る分には問題がない。むしろ後続の車両が事故現場に気を取られ、のろのろ運転をしているために、この時刻にしてはいつもよりは走りやすいくらいだ。

 またどんな襲撃が来るかわからないと警戒する一方、さすがにもう打ち止めだろうという思いも拭いがたくもあり、エイジはあちこち痛む体が漏れ出る息を吐いた。

 ミカヅキがどういう逃走プランを立てているのかは定かでない。

 なんならバイクを捨て、エリア11の駅から電車に乗ったってログアウトしてもいい。うまくすればミカヅキも巻いて、この厄介な事態そのものからおさらばだ。

 ようやくそれだけの思考をまとめられるようになった時、先行する車が急に減速し始めて、エイジは嫌な予感を覚えた。拡声器の割れた音声が遠くで鳴り響き、信号とは別の赤色が前方で灯るに至って、その予感は揺るぎないものになった。

(ただいま、エリア11西エリア交差点において発生した事故におきまして、緊急の検問を実施しております。ドライバーの皆様は警察官の指示に従うようお願い申し上げます)

 ここから100メートルほど向こう、片膝で座る<ジェガン>のコクピットの上に立つダイバーが拡声器の声を繰り返し、屋根のパトランプを伸長させたパトカーが赤い光を点滅させる。

 当然と言えば当然のなりゆきだった。

 じきにPC関係のビルの前に差し掛かるところだから、左折して通りを抜ければ検閲を免れるかもしれない。

 車線変更する気配もなく、詰まり始めた車列をすり抜けるミカヅキの背中をつつき、「おい、ヤバいぞ」とエイジは耳元に口を寄せた。ミカヅキは振り向きもせず、右手のひとさし指を天に向けた。

 指された方向を振り仰ぎ、そろそろ明度が落ち始めた空を視界に入れる。ほとんど雲のない晴れ渡った空に1機のサブフライトシステム――<シャクルズ>が浮かんでいるのが見えた。

 いったん意識してみれば、その轟音はたまに見かける時より大きく、かなり低空を飛行しているのだとわかる。機体の色は濃緑色。報道用のものでもなく、どこのフォースのものでもない。

 まさか、運営――? 

「ウソだろ……」

 いくらなんでも度がすぎている。あんぐり口を開け、明らかにこちらを追尾している<シャクルズ>を見上げたエイジは、急に加速したバイクから危うく振り落とされそうになった。

 渋滞の列から抜け出したバイクが、ガードレールの切れ目から歩道に乗り上げる。居合せた通行人らが飛び退き、悲鳴と怒号を浴びせかけるのをかまわずに、ミカヅキは一気に駅前通り口のハンバーガーショップ前をすり抜けた。

 そのまま第2公園沿いの間道に向かうかと思いきや、地下駐車場のエントランスを過ぎたところで歩道から外れ、ダイバーたちが検問を敷く交差点にまっすぐ突っ込んでゆく。

 警笛の音が錯綜し、血相を変えた警備がこちらに突進してきた直後、『シン・マツナガ公園』と記された石碑がミカヅキの視界に大写しになった。

 警備の手が肩の数センチ手前で空をつかみ、車止めのポールが足のすぐ横をかすめて過ぎる。卵型の石碑が鎮座する向こう、マツナガの森とも呼ばれる都内有数の緑地公園に進入したミカヅキは、スロットルを絞ることなくバイクを直進させた。

 シン・マツナガの銅像が建つ高台を右手に見つつ、追いすがる警備を振り切って公園を縦貫する遊歩道を驀進する。手をつなぐカップル、園内を根城にする小売人らが足を止めて見守る中、バイクは緩やかな坂道を一気に駆け上がり、勢いよく流れる桜並木の緑がエイジの視線を埋めた。

 頭上にまで垂れこめた緑は、池に下りる階段の手前でいったん途切れ、そこから先は道幅を倍に拡げた遊歩道が竹の大噴水広場まで続く。

 ミカヅキはハンドルをわずかに左に切り、バイクを歩道脇の茂みに突っ込ませた。

「おい……」

 うめいたエイジを一瞥だにせず、木をなぎ倒しながら50メートル余りも進む。茂みの向こうは急な斜面になっており、ひとつ運転を誤れば20メートル下の間道に滑り落ちかねない。思わずミカヅキの背中に抱きつき直した瞬間、バイクの車体がいきなり右に傾き、エイジは足の着く間もなく天地が真横に倒れるのを見た。

 ミカヅキの腰にまわしていた腕がすっぽ抜け、回転する視界に地面が映りこんだかと思うけど、骨身が砕けるような衝撃が肩のあたりで爆発する。

 こういう時は身を縮こまらせず、力を抜いて衝撃を受け流す……のだったか? 

 あやふやな記憶をまさぐるうちに、めまぐるしく回転する視界が木の葉に塞がれ、枝のへし折れる音がヘルメットごしに連続した。木に突っ込んだらしいエイジは、出し抜けにのびてきた手に容赦なく引き起こされた。

「急いで。ここからは歩く」

 枯れ葉が付着したバイザーの向こうで、言い放ったミカヅキが返事を待たずに踵を返す。

「おい、ログアウトできるだ――」

「出口は固められている」

 すぐ傍らで横倒しになっているバイクを見、固められてるってマジかよ……と文句を言いかけたエイジは、頭上から押し寄せるつんざくような羽音に口を閉じた。

 例の戦闘機<シャクルズ>だ。

 折り重なる椎の枝木に遮られて見えないが、先刻より明らかに高度を落とし、腹に響くローター音を轟かせている。こちらから見えなければ、向こうからも見えないのが道理か。

 歩道にまで張り出した緑を見上げ、公園内に逃げ込んだミカヅキの意図を得心した時、警笛の甲高い音色が遠くに響いた。もはやどこが痛むのが判然としない体をどうにか動かし、エイジは這うようにして木の茂みから抜け出した。

 いつからか歩道側に集まっていた数人の野次馬が、付かず離れずの距離を保っていたこちらを注視する。池の方から流れてくる人の数の多少は増える。

「大丈夫かよ、あれ」

「誰か運営呼べ、運営!」

 遠巻きに聞こえてくる声をよそに、エイジはヘルメットを脱ぎ捨て、体中についた土や枯れ葉を落とし落とし歩き出した。怯えた様子で道を開けた学生らしきカップルの顔は見ず、再び鳴り響いた警笛の音を背に重い足を動かす。リバーシブルのパーカーを裏返し、黄色から紺に切り替わったミカヅキの背中は、すでに20メートルも先に遠ざかっていた。

 ポケットに突っ込んでいた帽子をかぶり直し、ミカヅキはこちらを気にする素振りもなく噴水広場に向かう。噴水広場には詰所があり、おそらくはもう連絡をうけた警備が自転車を走らせている。前と後ろに警察、頭上に運営のものらしい<シャクルズ>。歩道の端により、なるたけ木陰から出ないより留意しつつ、エイジは何事もないふうを装って足を動かし続けた。

 これからどうするのか。

 先の脱出プランはあるのか。

 

これから、俺はどうすればいい……。

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